ISジャーナリスト戦記 CHAPTER10 日常終焉 |
―――一人の“不幸”が、その他大勢の人間から見て“不幸”だと必ず認識される事はまずない。『人の不幸は蜜の味』ということわざに代表されるように誰かが必ず“不幸”を見て笑っている。
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ついに訪れた運命の日、当日。二月中旬というのもあって寒さがピークに達しているこの時期に、学生たちは己の勉学の成果の集大成にして最終決戦である『受験』へと戦いを挑んでいた。
必死に食らいつくような猛獣の如き瞳を内に秘めてペンを取り、目の前に置かれた問題用紙に向かっているであろう学生らの姿を想像しながら灯夜は、特に何をするわけでもなく紅魔館の客間にて二人の少女とテーブルを挟んで前に座り事が終わるのを静かに待つ。
「・・・・・・いよいよ、か」
そんな中で自然と漏れた呟きはいつもの彼にしてはやけに弱々しく感じられた。いち早くそれに気がついた・・・既に前日にIS学園を受験済みの妖夢は様子を窺いつつも疑問を口にする。
「いいのでしょうか、阻止しなくても・・・時間帯的にもうすぐ彼は――――」
「『会場』に予定通りに到着するな。・・・だが、俺達の“仮定”が“真実”になる前に動いたところで結果は変わらない。こちらが介入して無事に藍越学園を受けられたとしても・・・結局は同じ場所へ行き着くことになるだろうな」
「ですが・・・」
ですがもヨスガもないのだ。一夏が藍越を受ける事ができ入学を果たしたとしてもあの女はそう簡単には諦めない。クラスメイトと仲が良くなったところを見計らってISに接触させ、強制的に転校させるという手段を取らないとは限らないのだ。そうなれば一夏は屈辱的なダメージを受けた上でIS学園への入学を強いられる事になる。酷な話だと思わないだろうか?
「阻止して状況を悪化させるよりはこちらの計画通りに篠ノ之束の書いたシナリオに添ってIS学園に入学してもらい、影で私達がサポートしてあげた方が余程良い。・・・そういうことですね?」
「ああ、そうだよ。・・・まあ、『会場』に向かう道の途中で彼以外にバレないように声をかけて応援するぐらいのことはしてやりたかったが、イレギュラー要素が発生することを危惧して止めたよ」
もっとも、妖夢の報告から考えるにそんな事をしなくとも大丈夫そうだがな、と言って灯夜は肩を竦めて心配は一先ず無用と告げた。しかし、妖夢は唸る様子からまだ納得しきれていないようで別の話を持ち出し彼に迫り不安を吐露する。
「IS学園に入学してしまうという事は、いつか彼が己の正体を理解する時が来るという事ですよ。もしかしたら私達から話すことになるかもしれない≪真実≫を彼は受け止め切れるでしょうか・・・?」
「・・・流石に今の状態でそれは無理だ。だからこそのサポートだ。一夏には数々のトラブルが必然的に降りかかるだろうからな・・・出来る限り負担を軽減させて、その分精神をより鍛えてやれば彼なら耐えられる。俺はそう信じている」
事前に妖夢と咲夜には一夏の素性やISを動かせる可能性について説明はしておいてある。初めは両者とも驚くばかりであったが亡国機業との関係性まで教えると途中から何も言わずに憤りを隠して真摯に最後まで聞いてくれた。二人には酷な仕事であるが一夏のこの先の人生の行く末を思って彼への協力を改めてお願いする。
「俺も全力でサポートさせてもらう所存でいる。というか、二人に指示を飛ばす俺がしっかりしなけりゃやってられないよな」
「フフフ・・・そうですね。思う存分キリキリ働かせていただきますのでしっかりとした対応を宜しくお願いしますね、灯夜さん」
「そ、そうですよ!灯夜さんを信じてこちらは行動するんですから変な指示は飛ばさないよう気を付けてくださいね!」
「・・・わかってるから唾を飛ばすな。そして目上の人に指を指すな」
ハンカチで口酸っぱく言ってきた妖夢の唾を拭いジト目状態で苦笑する灯夜。その表情とは裏腹に灯夜は心の中で深く一夏の今後を案じ、彼が向かったとされる『会場』がある方角をただ無言のまま暫く見つめ続けた。
〜一夏移動中〜
「へっくし!・・・う〜」
その頃、灯夜に噂されて尚且つ滅茶苦茶心配されているとは知らない一夏はというと駅を四駅ほど乗り継いで家から一番近いはずの高校の試験会場へと向かって歩いていた。彼は寒さに凍えながら愚痴を漏らして不満を露わにする。
「まったく迷惑な話だぜ・・・カンニングなんて最初からすんなよ」
昨年起きたカンニング事件は犯人が某掲示板にて自身のカンニングを暴露するという自爆行為によって発覚した。その影響もあってかねてからカンニングに頭を悩ませていた教育委員会は政府に要請して入試会場を二日前に通達するという無茶苦茶な対応を行なった。真面目に勉強している学生にとってはエラい迷惑である。近々再度この方法は見直されるというが既に時遅し、俺にとってそうされる頃には関係の無い話だ。せいぜい今の自分にできるのは愚痴を口にして少しでもストレスを外に出しきることぐらいだ。
さて、気分を変えて俺が受けようとしている私立藍越学園の特徴について話しておこうと思う。この学園の良いところは大きく分けて5つほどあるのだ。
まず一つ目は自宅から近い点。これは通学の際の手間が省けるという良さがあって学生ならば誰もが望むであろう環境だ。交通費を特に節約したい俺にとっては非常にありがたいと感じている。
二つ目は学力が高くもなく低くもないバランスの取れたランクであること。優劣の差をあまり気にしないで済む限り、新たな友人作りはそんなに手間はかからないと思われる。コミュニケーションをどうとっていくかが今後の課題になりそうだ。
三つ目は何といっても学園祭が毎年あるということ。普通じゃないかと思われるが最近一年ごとにやるとか自粛している高校が出てきているらしいからそうとも言い切れない。まあ、簡単に言えば楽しみは多いほうがいい、そういうこと。
そして四つ目。私立なのに・・・私立なのに学費が派手に安い。超安い。何故安いかというと理由は五つ目のメリットが事情を詳しく説明してくれる。なんと学園の卒業生の進路、その九割が学園法人の・・・早い話が繋がりがある関連企業に就職することになるからだ。卒業後の進路サポートが充実している点が最大の利点であろうと俺はそう思っている。
「判定は余裕でAだったんだ、凡ミスさえしなければ大丈夫だ。落ち着けよ、一夏・・・」
心を落ち着かせ緊張を和らげてから会場の門をくぐり抜ける。
試験会場は名前だけしか知らない、今回初めて何処にあるかを知った典型的な公共事業の産物である多目的ホール。私立が市立の施設をわざわざ借りるというのもおかしな話だが『入学希望者が多いなら、借りるしかないじゃない!!』という事情があったんだろう。日程を増やすかずらすなりすればいいと思いはしたけれどもそこは大人の事情という奴である。相変わらず大人は唐突に子供が理解できないことを平然とやってのける。痺れもしないし憧れもしない。
「案内役とか居ないもんなのかね・・・・・・いかん、迷うなこれは」
迷いそうだとかそういう問題ではなかった。もう既に迷っているっぽいのだ。設計はここらへんの出身のデザイナーが担当したと聞くが常識に囚われなさ過ぎてもう建物と呼んでいいのかどうかもわからない。耐震性という言葉すら理解していないで感覚だけで建てた・・・そんな感じしかまるで伝わってこなかった。
「・・・・・・・・・」
沈黙のまま迷走すること数分。やっとのことで『受験生待機室』と非常にわかりにくい汚い字で書かれた紙が扉の上のプレートに張り付けられた一室を発見する。念の為に隣の部屋を確認してはみたがまるで目印はなかった。ということはこの部屋であっているのだろう。意を決して妙に重々しい扉のドアノブを捻る。すると、そこには俺の他に生徒の姿はなく代わりに神経質そうな三十代後半の女性教師が立っていた。
「あー、君、受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるからなるべく急いでね。ここ、四時までしか借りれないっていうからやりにくいったらないわ。まったく、何を考えて――――」
(・・・着替え?ああ、カンニングペーパー防止用の専用服でも用意されてでもいるのか。大変だな、何処の学校も)
どうも機嫌が悪いか相当忙しいようでブツブツと愚痴を一人で勝手に呟いて彼女は指示を出すだけ出してとっとと外へ出ていってしまった。終始俺の顔を見なかったことが気になりはしたものの、指示通りにカーテンをめくって着替えの為の部屋とやらに入ってみる。するとそこには先客が―――いや、奇妙な物体が鎮座していて重量感をアピールしていた。
「・・・『IS』?ここの会場、後でIS学園の試験会場にでもなるのかね」
事前に準備して置いてあるのかわからないが着替えのスペースをかなり圧迫していた。というか、着替えが見つからないのでどうやらラフな格好になれという意味で着替えだったようだ。仕方なしに学ランのボタンに手をかけて脱ぎ始めてみた。
「うーん・・・やっぱし狭いな」
一分も経たないうちにYシャツ姿になってみたはいいがやはり『IS』が無駄にスペースを取っているせいで落ち着かない。別にこんなに早く置いておかなくてもいいだろう、この後に来る他の受験生も絶対同じ文句を言うぞ。そう思った俺は余計な事だとは承知でどうせ男には反応しない『IS』にゆっくりと手をかけて隅へと押し出そうとした。だが、その瞬間―――
キィィィィィィィン・・・と無機質な金属音が頭に鳴り響く。
「!?」
そしてすぐ、意識に直接流れ込んでくるおびただしい情報の数々。数秒前まで存在しか知らなかった「IS」の基本動作、操縦方法、性能、特性、現在の装備、可能な活動時間、行動範囲、センサー精度、レーダーレベル、アーマー残量、出力限界、エトセトラ・・・。
まるで長年熟知したもののように、修練した技術のように、すべてが理解、把握できる。そして視覚野に接続されたセンサーが直接意識にパラメータを浮かび上がらせ、周囲の状況が数値で知覚できる。
「おい、まさか・・・!?」
動く。動くのだ。本来ならば動くはずのない『IS』が。それも自分の手足にように。
肌の上に直接何かが広がっていく感触―――皮膜装甲スキンバリアー展開、・・・・・・完了。
突然体が軽くなる無重力感―――推進機スラスター正常作動、・・・確認。
右手に重みを感じると、装備が発光して形成されていく―――近接ブレード、・・・・・・展開。
世界の知覚精度が急激に高まる清涼感―――ハイパーセンサー最適化、・・・終了。
それらすべてがわかる。知りもしないのに、習っているわけでもないのに、わかってしまった。
―――そう、俺は今・・・『IS』を起動させて使える人間となってしまったのだ。
「はっ・・・くそったれ、そういう事かよッ!!」
油断していた。無事に藍越学園を受けられると信じていたのが甘かった。不意打ちとはいえ気づくのが遅すぎたのだ。
『あの女に関わった以上、覚悟はしておけ。――――己の日常がいとも簡単に壊される、その日をな』
定期的に連絡とっていた誘拐事件での恩人の忠告が現実となってしまった今、俺は初めから全ては仕組まれていたのだと嫌でも把握した。彼女は・・・篠ノ之束は最初から俺の姉へ恩返ししたいという将来の夢など、興味のない人間と同じようにどうでもいいと考えていたのだ。
机に置かれた案内の紙を空いていた左手で握り締めて俺は憤る気持ちを抑えるとまず先に状況を整理することを優先する。展開からして自分はもう藍越学園は受験不可能、それは真っ先に予想ができた。
「解除して逃げれても出口に行き着くまで時間がかかる。試験会場がそもそも正しいのか確認する時間も考えたらどちらにせよ藍越はもうダメか」
ならば、再募集に全てを賭けるか浪人してでも受け直すかだ。しかし、お金の問題を考えてみればそう簡単には事は上手くいかない。受験はタダで受けられるものではないし浪人は要らぬレッテルと経歴を自身の人生に刻みつけることになる。そう考えたら迂闊に動いて逃げるわけにはいかなくなった。
「・・・考えろ、俺。逃げない場合、この先どういう状況に置かれるのか予想しろ!」
政府や国際IS委員会が当然保護に動くのは目に見えている。そりゃ希少な、前代未聞の存在だ。何故ISが使えるのか数多の研究機関が調査を行おうとするだろうから阻止に動くに決まっている。第一、日本は人体実験を認めてないからな。許したら大問題だ。
となると問題は学業がどうなるかだ。軟禁状態で通信教育なんて状況もありえるかもしれないがそれ以上に安全な場所が一応は存在する。IS学園に特例措置として入学を許可するとかお偉いさんは多分言うんだろうな・・・中卒状態でいるよりかはマシだけど。
『次の受験生の方ー!!どうしましたかー、試験始めますよー?』
部屋に入った時とは別の扉から今度は二十代の直感的に優しいそうな女性らしき声が呼びかけてきた。同時にここでじっとしている時間はもう残されていないということを俺はすぐに悟った。・・・もう逃げられない、退路は既に絶たれたのだ。
「―――いいぜ、そっちがその気なら俺は・・・藍越でやりたかった事を思う存分やらせてもらう!!」
元より工学系の道を目指す予定ではあった。ISとは違う、真の意味で『人の為になる』パワード・スーツを将来作ってやろうと俺は考えていた。場所は違えど必要な知識を得られるのであれば喜んで乗ってやろう、その巫山戯た思惑に。
一夏は己を利用しようとする束の思惑を利用し返してしまおうとニヤリと微笑み、またその景気づけに試験を合格してやろうと試験用アリーナへと続く扉を大きく開け放って足を強く踏み入れた。
日常の終焉は、新たなる日常の幕開けでもあった。
・・・ちなみに試験後、彼は当然拘束される結果になったが偶然の勝利ではなく真剣勝負で試験官だった山田麻耶に打ち勝ったとここに記しておこう。
「・・・わかった。受け取ったら俺の方ですぐに対処しておくから安心しろ」
そして、一日も経たない内に一夏の家には人権をまるで無視したイカれたキチガイ科学者(笑)連中からの面会依頼という名の人体実験依頼が相次いだそうな。電話を切ればまた別の場所からかかってくるという連鎖に一夏がノイローゼになるのではと心配してニュースになる前に携帯で電話を入れ、一先ず留守電に録音出来るだけ録音し後は電話線でも抜いて無視しろとアドバイスを送ったから大丈夫らしいが。今は二度目の電話の最中で録音テープの内容について簡単に聞き出し終わったところである。
『本当に・・・どうすればいいんでしょうね、俺』
最初は気を張っていた頑張ろうとしている様子の一夏であったが話し込んでいくうちに本当のところの気持ちを表現し始めた。それに対し俺は兄のような心情で片手でペンを回しながら返答する。
「なるようになれよ。こうなった以上後戻りは無理だ、さっきお前が言った通りに利用し返してしまえばいいじゃないか。何を迷う必要がある」
『でも、よくよく考えれば結局は千冬姉に守られる形になっちゃって・・・・・・それが情けなくて』
「・・・そうか」
事情があろうがなかろうが織斑千冬は関係なく織斑一夏という『弟』をたった一人で今まで守ってきていた。だから、一夏が恩返しをしたいという思いはそれだけ強いのだろう。けれども、『IS』を使えるようになってしまって恩返しをするつもりが逆に迷惑をかけることになってしまった。引け目を感じてしまうのも仕方ない。
『・・・烏滸がましいんでしょうかね、俺のしたいことって?』
「・・・・・・」
誰かを守りたい、その気持ちが嘘じゃないということは十分伝わってくる。だがしかし、想いだけでも力だけでもそれは達成は出来ないのだ。一夏はその両方を備えているにもかかわらずあと一歩及ばないでいる。それを解決しなければいつまでも同じことの繰り返しだ。
「それは俺が判断していい問題じゃない、お前が自分自身で決めるべきことだ。俺に言えるのはただ一つ・・・・・・『手間をかけた分だけ料理は美味い』、それだけだな」
残念だが遠回しでしかアドバイスはくれてやれない。お兄さんそこまで優しくないからね。というか、Hじゃない限りすぐにわかるような意味合いなんだがわかってくれただろうか?誠に心配である。
『・・・・・・そう、ですね。焦っちゃかえって何も出来ませんからね。ゆっくりコツコツとやっていくべきでした』
うん、それでいい。焦りは禁物って言うからな、少しずつ少しずつ努力を積み重ねて行け。若いうちは苦労したほうが得だぞ。・・・まあ、俺は違った意味で苦労したがな、主に怪異に対して。
時計を確認するともう零時近かった。明日も同じように電話ラッシュな軟禁状態に追い込まれるであろうから適当なところで切り上げて一夏に少しでも睡眠時間を与えてやろうと配慮する。こちらとしても確認したいことが他にあったので俺はおやすみと言うと返事を聞いた瞬間に電話を切った。
「―――さてと、噂の藍越学園の試験会場案内の検証でもしますかね?」
皆が寝静まった頃を見計らって灯夜は一夏に妖夢へ送るように促した偽物らしき案内とわざわざ学園から取り寄せた案内を食い入るように見比べて事実確認へと移った。
マドカが可愛く見えてきた今日この頃。よく考えたら灯夜との年齢の差は10歳だった。・・・どないしよう?
まあ、ぼちぼちそれは考えていきます。あと、幻想郷編のシナリオが少し纏まったきました。時期的には福音戦後に幻想入りする予定でございます。
では、次回予告。
自分以外は女しかいないIS学園に放り込まれることになった一夏。当然女子はみんな興味津々である。そして、かつての幼馴染とイギリスのお嬢様との出会った彼はクラス代表決定戦を強いられることになる。ブレードオンリーという最初から縛りプレイな状況に灯夜はどう動いて一夏をサポートするのか?
次回、『CHAPTER11 魔窟入学』
お楽しみに。
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うむ、難儀であった。 | ||
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