少女の航跡 第4章「変貌」 1節「闇を開いて」 |
雲は重く。淀みが広がり、空気は歪んでさえいた。昼間であっても夜の闇にも似た不安感を周囲に広げるのに十分な空気が流れており、全てがそれに包まれている。
大気を流れる空気も、今にも落ちてきそうな空も、何もかもが重い空気に包まれている。それは灰が大気に充満しているようにも似ていた。空気の香りは、死の香りがし、また灰の香りがしている。
この世界にもはや、安心というものは存在する事が無かった。安心する生活も、平和も、戦争のない世の中も存在する事は無い。
それは数年の間に変わってしまった。全てがそれに包まれるものとなり、子供にも大人にも、どのような種族に対しても容赦なくやってくる。
その力は圧倒的だった。
誰も、この世界全てを鷲掴みにするかのような空気から逃れる事はできなかった。空気はどのような生き物も、皆が吸うものだった。そして、体を取り囲み、決してそれから逃れる事はできない。
空気自体は攻撃してくる事は無かったが、不安、絶望を感じさせるには十分なものだった。
この世界には、もはや滅びの道以外が存在しない。
皆がそう思っていた。
しかしながら、どこかに希望は残されているはず。そう思う者も少なくは無い。本当にこの世界全てが、灰が覆い尽くしたかのような世界にまで堕ちてしまったのか。そうではないはずだ。
この重苦しい空気が覆い尽くす雲のどこかには、一筋の光が差し込むところがあるはず。そう考える者達も少なくは無い。
彼らは力を集める事を求めた。力をもってして、この状況を切り抜けようと考えていた。
この世界で、勝利を勝ち取り、状況を打破するために、まず必要になってくるものは力だ。それは、この世界の基本概念だった。
『リキテインブルグ』のピュリアーナ女王も、やはり力こそが、この状況を打破する一つの手段であると考えていた。
彼女自身、西域大陸一とも言われるほどの軍事力を保有している、『リキテインブルグ王国』の女王であったし、彼女の元には、まだ多くの人材があった。
一年前に起こった《シレーナ・フォート》の陥落。それは女王達も、誰もが知らぬ軍勢によって引き起こされた、大規模な攻撃だった。
その大規模な攻撃には、ピュリアーナ女王配下の兵士達が太刀打ちする事はできなかった。更にその激しい戦いの中で、『リキテインブルグ』一の強さを持っていた、『フェティーネ騎士団』の騎士団長、カテリーナ・フォルトゥーナも死亡したものとされ、結果的に《シレーナ・フォート》は陥落し、ピュリアーナ女王も都を追われざるを得ない状況となってしまった。
女王は自分たちの拠点を、『リキテインブルグ』北部にある街、《ハルピュイア》へと移し、依然として自分の配下である騎士達を動かしていた。
しかし女王は、自分も、今までの祖先達も遭遇したことの無い、そして、王国の文献のどこを探しても見つける事のできない、謎の軍勢に襲われていたのである。
『リキテインブルグ』の中央部は広大な平原によって覆われている。その平原が今では荒野と化していた。
相次ぐ戦いと、異常な気候によって、青々としていた緑がどんどん浸食されていき、今ではそれは荒野と化してしまっていたのである。
その荒野の中を一つ、また一つと大きな音を踏み鳴らし、地面を揺るがしながら、巨大な生物たちが姿を現してきていた。
その生物たちの姿は、サイにも似た姿であったが、そうではなかった。彼らの体躯は紫色の姿に変色し、まがまがしい黄色の眼を顔にいくつも持っていた。
そして表情は無かった。どのような生き物でさえ、表情はあるものだ。しかしながら、このサイにも似た巨大な怪物、そして、更に巨大な体躯をした狼たちは、全くその表情を持っていなかったのである。
更に巨大な地震でも起こそうかというほどの、大きな音を立てながら現れた生物がいた。それは、この文明の者たちが、誰も見たことがないと思う程巨大な四本足の生物だった。
馬に似ているのか、それともイノシシに似ているのかは分からない。だが、そのような生物の存在など、いかなる文献を探しても見当たらない。そんな巨大な生物が現れようとしていた。
荒野の地平線の彼方から現れた巨大な生物達。それは大地を蹂躙し、あたかもすべてを呑みこまんとする勢いで、荒野の上を突き進んでいく。
このような生物達に呑みこまれれば、いかなる都市であろうと、一瞬の間に呑みこまれ、そして壊滅してしまうだろう。それは必至だった。
しかも彼らは、真っ直ぐにスカディ平原を南の方角へと進路を取って進んでいる。スカディ平原の南の端には、《シレーナ・フォート》がある。一年前の戦いで陥落してしまった都だ。
だが、王都を守るべき義務が、女王配下の騎士達、そして兵士達にはあった。何としてでも、この巨大な軍勢を食い止めなければならない。
そのような意思を持った者達が、巨大な軍勢を見渡すことができる荒野に姿を現していた。その数はおよそ千ほど。
巨大な体躯を持つ軍勢たちは百ほどの数だが、相手は、この文明のどのような存在をも凌駕したかのような姿をしている。一体を相手にするのですら、百の人数で足りるかどうかというところだ。
だが、『リキテインブルグ』の兵士たちはそれに立ち向かっていった。それだけではなく、その中には、他の国からやって来た兵士たちの旗もはためいていた。彼らは甲冑を纏い、疾走する馬にまたがって、勇敢にも、巨大な軍勢たちへと立ち向かって行ったのである。
その中に、白馬にまたがった、他の騎士達の体格に比べれば、少し小柄な騎士の姿があった。甲冑を身に着け、兜の面頬を降ろしているために、その姿はうかがい知ることができないが、その人物も確かに、騎士達の混じり、剣を携え、疾走する馬に乗っていた。それも先陣を切っていたのである。
その若干小柄な姿は、少年か、それとも女か。甲冑に覆われた姿からはうかがい知る事はできない。
両者の軍勢は激突した。『リキテインブルグ』側の兵士達としては、奇襲という形でこの戦いを始めるしかなかった。正面から立ち向かうにしては、あまりにも相手が強大すぎるのだ。
横側から、槍を大量に突き出す者達が、激突していき、その際に、サイの姿をした、そして狼の姿をした巨大な怪物たちへと激突していく。
巨大な軍勢たちとしても、この奇襲は予期していなかっただろう。彼らの弱点は、小回りが利かない事、そして何より人間ほども頭が良くなかったのだ。すぐには対応する事ができず、『リキテインブルグ』側の兵士達によって、一気に呑みこまれていく。
これが、ただの人の軍勢であったならば、ひとたまりも無かっただろう。騎士達の奇襲によってすぐに壊滅するだけだ。
しかしながら、『リキテインブルグ』の兵士達が倒すことができた怪物は、ほんの少しに過ぎなかった。ほんの3,4体ほどを倒すことができただけで、その他の怪物は、逆に壁となって押し寄せてきたのである。
相手があまりにも巨大すぎた。サイの怪物がうなりを上げ、その頭についた巨大な牙を突き上げれば、馬ごと騎士の体が宙へと突き飛ばされていった。
その光景に数名の騎士が怯んだ。その怯んだ隙に一気に突進してきた巨大な狼によって、またしても騎士達の数名がなぎ倒された。相手の力はあまりにも巨大だった。まるで巨大な岩でも叩きつけられたがごとく、兵士達がなぎ倒されていくのである。この光景には、多くの者たちが怯んでしまう。
だが、一人の騎士は違った。そのまま馬を、怪物達の巨大な体の隙間を見つけ、滑り込ませるように進めていき、怪物達の隙をついた。怪物の巨大な目からは、素早く、あたかも風であるかのように通り抜けていく、その騎士の姿は見えていなかった。
巨大な怪物達の陣の外延部で起きた戦いの最中、一気に駆け抜けていく騎士は、兜の面頬を降ろしたままに、ただ、その中心。最も巨大な怪物がいるところを目指して突き進んでいた。
外縁部で行われている激しい戦いの騒音が聞こえてくる。怪物達は、そのうなり声をあげ、大地を揺るがしており、兵士たちは鬨の声を上げていた。だが、その声はだんだんと小さくなっていく。
白馬に乗った騎士は、そのまま中央にいる巨大な怪物の方へと向かう。巨大な怪物は、地を踏みしめ、その度に地震さえも起こし、この地を蹂躙するがごとく歩いている。
その眼はまっすぐと先を見据えている。あまりにも巨大すぎる体躯のせいか、小柄な騎士の方は全く見えていないようだった。
それを確認した白馬に乗った騎士は、そのまま怪物の巨大な足めがけて飛び込んでいく。そしてそのまま、大木を何本も重ねたかのように太い、生命体の足へとしがみつくのだった。
丸太のように硬く、ごつごつとしたその足にしがみついた騎士は、全身に甲冑を纏っているにも関わらず、そのまま登っていく。軽やかな動きだった。小柄でなければ、こんなに素早く怪物の足によじ登っていく事はできないだろう。
巨大生物の胴体には、大きな鞍がかけられていた。その鞍というのも、ただの大きさではなく、あまりにも巨大なものだった。そこに一つの建物が建てられようかというほどの大きさで、実際に、鞍はそのまま建物が組みあがっているかのように、巨大生物の胴体に備え付けられている。
この巨大生物は、何者かに操られている、巨大な戦車なのだ。ただ、そのままこの荒野に放たれたのではない。あくまで、戦闘用の生物として、この荒野に放たれているのである。
小柄な騎士が目指していたのは、その建物となっている鞍の中だった。
数分かかって、巨大生物の足を登りあがったその騎士は、そのまま巨大生物にかけられた鞍の中へと入りこんでいく。
そこは基地となっていた。戦のための兵器がいくつも置かれており、大筒なども設置されていた。そして、その大筒などを操作している者達はゴブリンだった。小柄な小鬼達に悟られないように、小柄な騎士は、その面頬の隙間から様子を伺って、この基地の中を進んでいく。
この巨大生物を止める方法は一つ。それは、これだけの生物を操る事ができる御者を倒す事だった。
鞍の中を何層も登っていき、騎士がたどり着いたのは、その司令塔となる場所だった。巨大生物にかけられた鞍の中で、最も高い場所に位置している。その鞍の司令塔となる場所へと、小柄な騎士は足を踏み入れていた。
この場所からは、まるで山の頂に立ったかのように、巨大生物が見下ろしているもの全てを見下ろすことができるようになっている。この生物を操るからには、十分な場所だった。
小柄な騎士は慎重に足を踏みしめながら、ゆっくりとその中央へと進んでいった。
その時、騎士ははっとする。この鞍の最上層に、二体の大柄なゴブリンがいた。騎士はそのゴブリン達に姿を見つけられた。
ゴブリン達は、鉄球を繋いだ槌を持っていた。その人間では到底扱えないような巨大な武器を手にしながら、騎士の方へと迫ってきた。
だが、小柄な騎士は臆する事は無い。そのゴブリン達に向かって身構え、己の武器である剣を抜き放っていた。
二体の大柄なゴブリン達はその鉄球を振り回しながら、騎士に向かって迫ってきた。大きな鉄球はそれだけでも押しつぶされてしまいそうな迫力がある。
だが、鉄球が振り下ろされる瞬間、騎士は素早く飛び上がった。鉄球は床の木の板を打ち砕くだけだ。素早く飛び上がった騎士は、そのまま、跳躍を利用して剣を振り下ろそうとする。
大柄なゴブリンに向かって切りつけられる剣。それは大きな負傷を負わせることはできなかったが、十分な衝撃をゴブリンへと与えることができたようだった。
すかさずそのゴブリンは、鉄球を騎士の方へと向け、床の板を宙に舞いあげながら放って来る。
騎士は空中で身をひるがえしながら、その木片と鉄球を避ける。しかしその際、衝撃で、面頬さえ降ろしていた兜が落ちた。
兜の中から現れたのは、目も奪われるかのような見事なブロンドの髪だった。髪は肩辺りで切りそろえられ、エルフほどではないものの、美しい白い肌をした少女の顔がそこから露わになった。
彼女、ブラダマンテ・オーランドは、兜が落ちたのを構わず、そのまま怪物達と対峙をした。
一気にゴブリン達は間合いを詰め、鉄球を振り回してくる。
甲冑をつけたまま戦うのは、まだブラダマンテにとっても慣れたものではない。金属がこすれ、所々、間接も動かしにくい。だが、素早く彼女は間合いを取り、また、剣によってそのゴブリン達の鉄球を受けながら戦いを続けた。
ゴブリンの鉄球につけられた鎖によって、ブラダマンテは、剣を絡められてしまう。だが、彼女はそれを逆に利用して、剣を使って、もう一体のゴブリンの鎖をも絡め取った。そうする事によって、ゴブリン達は、お互いの鉄球につけられた鎖を絡められてしまうのだった。
そして絡めあってしまった鉄球をむりやり解こうとするゴブリン達だったが、それに彼らは悪戦苦闘をしてしまう。
ブラダマンテは離れた場所に立ち、彼らが簡単な事もできない事を見やった。ゴブリンの頭では、目の前の鉄球を無理矢理解こうとする選択肢しかできない。鉄球を繋いでいる鎖をそのまま離してしまえば良いものを。
「そこまでだ」
だが、そのように声を響き渡らせ、先に進もうとするブラダマンテを制止する者の姿があった。
ブラダマンテは周囲を見回すが、その姿は見えない。だが、彼女は見えない相手に対しても警戒を払う。
「変われば、変わるものだ。ただの小娘と侮っていたようだ」
声は再び響き渡り、ブラダマンテの目の前にある空間に歪みが現れる。空間の一部分が歪み、そこから影のようなものが湧き出すように溢れた。溢れた影はそのままだんだんと人の姿のようなものを形成していく。
そして黒衣を纏った男の姿が、そのまま影から形成されていくのだった。
「ジェイド」
ブラダマンテはこの男を知っていた。知っていると言うどころではない。もはや彼女にとって宿敵ともいえる存在だった。
ジェイドと彼女が呼んだ男は、そのまま影のようなものを手の内に形成していき、そこから一振りの刃を取り出した。それは、長い刃を持つ長剣だった。肉厚もあり、大型の獣であっても叩き切る事ができてしまいそうなほどのものだ。
「ブラダマンテとやらよ。そろそろ終わりにしよう。長き闘争にも、いずれ終わりが来るものだ」
ジェイドはそう言ってブラダマンテとの距離を縮めてくる。
ブラダマンテは一定の間合いを取りながら、この奇怪な男と対峙をしていた。《シレーナ・フォート》の陥落後、何度も刃を交えてきたこの男だったが、実のところ、ブラダマンテはこの男の正体を知らなかったのだ。
ただ、この世界を覆っている危機には必ず敵として現れる存在。そのようにブラダマンテは理解していた。
勝負は、ブラダマンテの敗北か引き分け。彼女が勝ったことは無い。今もまだ生きてこの男と対峙する事ができるのは、辛くも、ブラダマンテがその場から逃げる事ができているからだった。
「あなた達を、今日こそ止めてみせる」
ブラダマンテはそのように言って、ジェイドとの間合いを少しずつ縮めていこうとしていた。だが、恐れなのか、何なのか分からないが、一歩を上手く踏み出すことができないでいる。
この男に対して恐れや、怖さを感じているのだろうか。それがより大きなものになるにつれ、まるで、目の前のジェイドという男は、より大きな存在として、自分に襲いかかってくるかのように思えた。
この男は、恐怖というものをそのまま具現化しているのか。だとしたら、尚更立ち向かわなくてはならない。今のブラダマンテにとって、恐怖というものは打ち勝たなければならないものだった。
「恐れているのか。良い事だ。恐れを知らない者は愚かな事をする」
ジェイドがそう言いかけた時、ブラダマンテは相手に対してすでに切りかかっていた。
だが刃は彼を捉える事はなく、ブラダマンテはそのまま体勢を崩しながら、何もない場所に刃を走らせていた。
「そう。そのように愚かなことだ」
ジェイドはブラダマンテをあざ笑うかのようにそう言って来る。
そしてジェイドはその肉厚の刃を頭上から振り下ろしてくる。それにとっさに気が付いたブラダマンテは、甲冑を着たままの体を上手く起こして、その刃からの追撃を逃れた。
ジェイドが振り下ろした刃は、要塞の床を打ち砕き、木片が辺りに飛び散ってくる。ブラダマンテはそれに怯みつつも、すかさず体勢を立て直した。
ジェイドは更に刃を振るって、ブラダマンテを追いつめてくる。その刃による斬撃は、衝撃だけでも彼女をなぎ倒してしまうに十分だった。
刃を何とかかわそうとするブラダマンテだったが、やがては、ジェイドのその斬撃を自分の持った剣で受けなければならなくなってくる。その一撃一撃はとても重いものであり、彼女が連続して受けきるのには限界があった。
やがて、ブラダマンテはその刃に耐え切れず、剣を手放してしまう。彼女の持っていた剣は音を立てながら転がっていってしまった。
ジェイドは容赦なくブラダマンテへとその刃を振り下ろしてくる。すると、再び床は砕かれるのだった。ブラダマンテはぎりぎりのところでその刃を交わして、再び相手と対峙をする形になる。
だが剣を手放してしまった。もう残っているのは、身を守る甲冑と、腰に唯一吊るしてある短剣しかない。
「さあ、どうする?我を倒さねばならぬのだろう?こうしている間にもお前の仲間達は窮地に陥っているぞ」
刃をブラダマンテの方へと向けながら、ジェイドが迫ってきた。
だがブラダマンテは、
「まだ手はある!」
そのように言い放ち、自ら床を思い切り蹴り付けた。すると幾度もジェイドによって打ち砕かれていた床の底が抜け、彼女は下の階へと落ちて行ってしまった。しかしながら、ブラダマンテの目的はそこにあった。
「逃げるのか、無駄なあがきを」
ジェイドはそのように言って、その場から姿を消した。あたかも影がぷっつりと切れるかのように姿を消してしまう。
ブラダマンテは下の階層へと逃げ込み、そのままある場所へと向かっていた。
ブラダマンテは手にした短剣を手にしたまま、ある場所へと向かっていく。
だが、通路を駆けていこうとする彼女の前にジェイドが立ちふさがる。
「無駄だ。どこへと逃げようともな」
そう言ってきたジェイドは、ブラダマンテに刃を突き出してくる。
「いいえ、無駄ではない」
そのように答えるブラダマンテ。次の瞬間、ジェイドの眼前にあった扉が、突然、激しい爆発音とともに吹き飛び、そのまま彼の体へとぶつかってきた。次いでやって来たのは荒れ狂う炎だった。
ブラダマンテはその身を伏せ、炎から身を守る。だが、ジェイドはその炎に思い切り身をさらしていた。
「おのれ、火薬庫に火を点けたか!だが、この程度では!」
彼がそのように言い放った時、ブラダマンテは素早く、近くにあった窓から外へと飛び出していた。
続けて起こる連続した爆発。猛烈な爆風と共に、爆弾がさく裂したかのように何発も爆発が起こる。やがてそれは大規模なものへとなっていった。
ブラダマンテは、要塞の外にある縁に手を掴ませていたが、あまりの爆発の衝撃で、その縁から手を離してしまっていた。そして彼女自身も爆風にあおられていってしまう。
巨大な怪物の上の要塞に積まれていた火薬庫の火薬の量は、想像以上ともいえるものだった。
爆発は次々に連続して起こる爆発で巨大化をしていき、巨大な怪物は、自分の背中の上で起こった爆発に咆哮を上げた。その身を焼かれ、そして爆発にあおられているのだ。
そしてその巨大な爆発に体が耐えきれなくなったとき、巨大な怪物は咆哮を上げながら、横向きに倒れてくる。
倒れてくる先には、狼やサイの姿をした怪物の軍勢たちがいた。仲間の軍勢の存在などお構いなしに、巨大な体躯が倒れてくる。
そして、荒野の大地を揺るがさんとするほどの音、衝撃、地響きを立てながら、巨大な怪物は大地に倒れるのだった。
ブラダマンテが気が付いた時、辺りは、巻き上げられた土埃、そして煙に包まれていた。戦場の激しさを物語っている。辺りには、巨大怪物が倒れた時の衝撃で倒れた、狼やサイの姿をした怪物達が倒れていた。
ブラダマンテも、全く爆発の衝撃を受けなかったわけではない。むしろ、あんなに傍にいてよく助かったものだった。
体がほのかに熱い。どこか大きな怪我をしているのではないのかと思ったが、そうでもないようだった。自分は奇跡的に助かっている。それも、不自然と言えるような奇跡で助かっているようだった。
「貴様…」
だが、油断をしている暇も無かった。休む隙すらも与えないがごとく、ブラダマンテの目の前にはジェイドが立ちはだかっていた。
しかし彼も無事ではなかった。粉々になるほどに吹き飛ばされた、あの要塞の中にいたのだ。彼が立っている事がまだ不思議なくらいだ。
「あなたは、弱っている。だから、私はこの場であなたを倒す!」
ブラダマンテは手を伸ばし、地面に突き刺さっていた、黒くくすんだ剣を手に取った。それは今の爆発で吹き飛んできた敵方の剣だったが、彼女は迷わずそれを手にする。
「そんな事ができるのか、小娘めが!」
ジェイドはそのように言い放ち、ブラダマンテへと迫ってきた。彼はもはや巨大な剣を手にしてはいなかった。ただ、影が手を伸ばすかのように、しかしそれは空間に現れる黒い煙が、獣のように手を伸ばしてくるかのような姿だった。
それが、そのままブラダマンテに迫ってきていた。
不思議と恐怖はブラダマンテの中には無かった。代わりに彼女は別のものが見えていた
赤い塊をブラダマンテは影に見ていた。ジェイドの漆黒の黒い体が煙のように立ち上っており、その靄の向こうに赤い塊が見える。
先ほど対峙した時は見えなかった。だけれども、今はその赤い光を放つ塊を見ることができる。それはあたかも、彼の魂のようだった。
脈打ち、鼓動を持っている。ブラダマンテは直感した。今、彼の体から見えているそれが、彼自身だ。外を取り巻いている人の形をした煙は、ただ今まで目をくらまされていただけであり、彼自身は、その赤い塊でできている。
ブラダマンテは手にした剣を構えた。ジェイドも同じように剣を構えてくる。
まだ地響きが聞こえ、そして周囲からは煙が立ち上る、あまりにも殺伐とした世界で、二人は対峙していた。
かなり長い時間が経っていた。だが、静寂を切り裂いて、あたかも獣の咆哮であるかのような声と共に飛びかかってきたのはジェイドの方からだった。
彼は巨大にさせた、黒い煙のようなものと共に剣を振り下ろしてくる。だが、ブラダマンテは目を見開いて、そのまま剣を突き出した。
彼女が放った剣は、ジェイドの赤い塊へと命中し、それを砕いていた。ジェイドは呻き、ブラダマンテへと剣を振り下ろし切る事ができなかった。
ジェイドは剣を落としてしまう。そしてそのまま、自分の砕かれた赤い塊のようなものを抱えるようにしながら、足元をふらつかせ、ブラダマンテへと睨みの視線を送った。
だが、次に彼が発したのは、大きな笑い声だった。とても不気味な笑い声だ。地の底から呻きあがってくるかのような笑い声だ。
そして彼は言葉を発した。
「小娘よ。これで勝ったとでも思っているのか?違う!我は一端に過ぎぬ。すでにこの世界は破滅したも同然だ。お前たちにする事など何もできぬ!せいぜい滅んでいくこの世に絶望するのだな!」
ジェイドはそのように言うなり、自分の体内にある赤い塊から、強烈な光を放っていくのをこらえようとしたが無理だった。赤い光は周囲に大きくふりまかれ、彼の体は、まるで爆発するかのようにその場から消え去った。
その後には何も残らなかった。少しの煙も、何もかもがその場から消えてしまっていた。
ただその場に残されたブラダマンテは、黒ずんだ剣を持ったまま、ジェイドが消え去った後を見つめていた。
「だけれども、私達は生きてみせる。そして、この世を守って見せる」
ブラダマンテはそのように言っていた。
しかし周囲に広がる重々しい煙、そして、昼の明かりをもかき消すほどに厚い雲は、どこへも消え去る事は無く、彼女たちの上へとのしかかっていた。
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第4章。『少女の航跡』の後半が始まります。闇に包まれていく世界の中、異形の怪物の軍勢へと、ある女戦士が立ち向かっていきます。 | ||
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