「ぅ……ん……？」

シンジが目を覚ますと白い空間にいた。床はあるのでしっかり踏み締めることができる。

シンジは状況が飲み込めずしばらく呆然と虚空を見つめていた。

「僕は、死んだのかな……？」

手を握り、広げる動作を繰り返して自分が生きていることを確かめた。幽霊ではなかったことに少し安心した。

ドサッ

何か落ちた。唐突な出来事に思わずビクッと縮こまった。

恐る恐る振り向くと少女が倒れていた。

「！？」

シンジは少女に駆け寄り腕に触れて脈を確かめた。ゆっくり均一なリズムで血は流れていた。

シンジは胸を撫で下ろすと少女に呼び掛けた。

「もしもし、大丈夫ですか？」

「…………」

「大丈夫ですか？」

仰向けの状態にして少女の頬を軽く叩いた。少女はピクリとも動かない。

「もしもーし！」

「…………」

「生きてるんですよね！」

「…………ん？」

少女は漸く目を覚ました。

「あ、あれ私、死んだはず……？」

「君は生きてるよ」

「……貴方は？」

「僕は碇シンジ。僕もサードインパクトで死んだと思ってたけど」

「サードインパクト？」

「いわゆる……爆発事故だよ」

少女は住んでいる世界が違うらしく、よく分かってないらしい。シンジも似たような言葉でごまかした。

「あ、私は宮藤芳佳です」

「宮藤さんか」

「はい」

シンジの手に捕まり、フラフラしながら立ち上がった。

二人の周りには何も無い。

「ここはどこですか？」

「分からない、死んだと思ってたらここにいて……心臓も動いてるのに」

シンジと芳佳はまっすぐ歩き出した。どこかに出口があるはず、と二人は信じていた。

「疲れた……」

「まだ……見えない」

かなり歩いた。しかし景色は何一つ変わっていない。右に曲がったり左に曲がってもただ白い世界が広がっているだけ。

まるで出口の無い迷宮に閉じ込められた雰囲気だ。

「少し休憩しませんか……」

「そうだね……」

二人は白い地面に座り込んだ。

触り心地は柔らかくない、しかし固くない、不思議な感触だった。

「宮藤さんって事故で死んだの？」

「まあ、事故というより戦争です。ネウロイと戦っていたら撃たれて……」

「……撃たれた？」

「私第５０１航空団に所属している軍人なんです」

「へー凄いね」

「そ、そんなこと…………？」

芳佳は後ろを見た。そこにあったものに目を丸くした。

「シンジさん、後ろ見てください！」

「？」

シンジが振り返ると後ろには巨大なニンジンが浮いていた。普通のニンジンではなくオブジェのような輝きを放っている偽物だ。

そもそもこんなニンジンがあるわけ無い。

「なんだろう……？」

シンジはコンコンと軽く叩いた。

すると二つに割れて中からウサギが飛び出した。

「ヤッホー、始めまして。この空間を作り出した天才篠ノ之束さんだよ?」

「…………」

「…………」

シンジと芳佳はポカンと口を開けた。

「あれー？シラけちゃった？」

「…………作った？」

「そ、たまたま不良品のコアを弄ってたら暴走して、物理法則を捩曲げちゃうような空間が生まれたの。ただ単に異次元の世界かと思いきや、なんと！」

束は二人の目の前にいくつものモニターを展開して見せた。

「私の開発したＩＳ。そのＩＳの適正値がずば抜ける人が迷い込む空間。その名もＩＳホイホイ！」

「…………」

「…………」

Ｇが引っ掛かりそうな名前だと二人は思った。

「という訳で君達はＩＳの操縦者としてここに呼び出したの」

「つまり、どこかで死んだ人でＩＳっていうのが使える人がこの空間に生き返って戻ってくることですか？」

「そ、時々生きたアンモナイトやホホジロザメ、果てには見知らぬ未確認生物や宇宙人がやってきてびっくりしたもん」

簡単に言えば三人がいるのは死んだ後にＩＳ適正値が高ければここに来ることができるらしい。

束の言う通り何度か入ってきたが全て生き物であり人間では無かった。

人間が来たのは今回が始めてだという。

「とりあえず君達はラッキーなことにＩＳを動かせる。始めて人間がやって来たからＩＳを造ってあげるよ」

「そもそもＩＳってなんですか？」

「そっかそっか。異世界から来たからＩＳ知らないんだ、ゴメンね?」

二人は束に連れられて空間から彼女のラボへ移動した。ゴチャゴチャと配線が床を這うように並び、所々に資料の山が築かれている。

「ミサトさんの部屋より汚い……」

「ハルトマンさんの部屋より汚い……」

「まあまあ、とりあえずこれ読んでて?」

束は二人の呟きを気にせず、電話帳並の厚さの本を渡した。

「これは」

「ＩＳ学園の入学参考書とＩＳのルールブック。一昔前だからちょっと変わってるかもしれないけどだいたい変わってないから大丈ぶい☆」

束はラボの奥に入っていった。

数時間後

レンチやペンチを指で振り回しながら束が戻ってきた。

「そういや名前聞いてなかったね」

「あ、そうでしたね。私は宮藤芳佳です」

「僕は碇シンジです」

「年は？」

「１５歳」

「１４歳」

「めんどいから二人とも高校生ね、あと生まれた年は？」

「１９３０年」

「２００１年」

「えっ！？」

「えっ」

「えっ？」

三人は互いに顔を見合わせた。

「１９３０年って８０年も前だけど……？」

「２００１年って何十年も先の未来ですけど」

「因みに今は２０１０年だよ。さすが異世界からの人間」

束はうんうんと勝手に納得している。

「とりあえず二人の入学申請しとくね。ちーちゃんに頼めば引き受けてくれるし」

「入学って？」

「ああ、よっちゃんとシンちゃんはＩＳ学園で過ごしてもらうから」

…………。

「「えええっ！？」」

二人の阿鼻叫喚な声がラボに響いた。

「ＩＳ学園で基礎をみっちり学んで活躍してもらうのが当たり前。そのためにその分厚い参考書を読ませてる訳」

「拒否権は？」

「ある」

「じゃあ拒否します」

芳佳は真っ先に辞退した。

「何でかな？」

「一度死んで生き返ったなら私、元の世界で戦いたいんです。みんなの為にまた戦わなくちゃいけないんです」

「でも、この世界から戻る方法なんて……」

「あるよ」

「じゃあ、早速おねがいし」

「だけど死ぬよ」

束は笑顔から一変し真剣な表情で芳佳に告げた。

「よっちゃんって死んでさっきの空間に来たんだよね？」

「はい、ネウロイに撃たれて……」

「じゃあ生きて帰れないよ」

「どうしてですか！？」

「今、一時的によっちゃんがいた世界は時間が止まってるの。それにその身体はここの世界のために再構築された言わばもう一人の自分さ。だから戻る場合、この身体から魂だけ分離して魂だけ元の世界の自分に戻る。だからほぼヒャクパーの確率でよっちゃんは死んじゃうの」

「…………どうにかなりませんか」

「こればかりは天才の束さんにも難しいなぁ……」

束は珍しくううん、と唸った。絶望した芳佳は膝をついてうなだれた。

「そん……な」

「あ、でも仲間と過ごすことはできるよ。時間が止まってる時間が長くなるほどよっちゃんを中心に世界があの空間と繋がってドンドン掃除機みたいに吸い込まれるから」

「でも……世界が」

「分からない？世界はよっちゃんが戻らない限り動かない。つ・ま・り、よっちゃんが言うえーとネウなんとかも戦うことはない。世界平和が永久に続くんだよ」

芳佳の中では二つの未来が天秤にかけられている。

片方には自分が戻らず、元の世界の時間や争いを止めたままにすること。

もう片方には自分が戻り、仲間や家族、友人の時間を動かすこと。

前者を選べば人々は二度と動かない。また後者を選べばネウロイとの戦いは続く。

どちらにもメリットとデメリットがあり芳佳に苦渋の決断を迫る。

芳佳は決断を下した。

「…………それでも、私は戻ります」

「分かった。じゃあ空間に戻ろう」

「はいじゃ、これ」

「これって……」

「私のストライカーユニット？」

束が両脇に抱えていたのは芳佳のストライカーユニットだ。

「これを基礎によっちゃんのＩＳを作ろうとしたけど……あ、出力がちょっと上がったくらいだから問題ナッシング」

「ありがとうございます」

芳佳はストライカーユニットを受け取り足に装着した。普段通り起動し、魔導エンジンも正常に作動した。

「とにかく速く上へ行けば元の世界に戻れるよ」

「分かりました」

芳佳は終わりの無い天井を見上げた。一旦振り返り二人に頭を下げた。

「シンジさん、束さん、ありがとうございました」

「気をつけてね……」

「バイバイ」

芳佳は出力を最大限に引き上げ、天井へ突き進んだ。下を見下ろすと二人の姿が小さくなっていた。

再び正面を向くと白い空間に黒い靄（もや）が浮かんでいる。

芳佳は更に出力をあげて靄に突っ込んだ。

「シンちゃんはどうするの？」

「……僕はいいです。戻っても世界は無くなってますから」

「そう、じゃあ早速改造しよう」

シンジはふと気づいた。

芳佳が死ぬ間際まで使っていたストライカーユニットが彼女と一緒にこの世界までやってきた。

そしてシンジは死ぬ間際まで初号機に乗っていた。

「まさか、改造って……」

「かなりおっきくてボロボロだったけど束さんの手にかかればあっという間に新品のＩＳに！」

「ちょ、ちょっと待ってください！」

「大丈夫！壊さないし、コアも大きいからコピーしてＩＳ用に造るから」

「大丈夫かなぁ……」

初号機の運命はいかに。

続く