烏 |
――ここは現実ではない。
私はそれをすぐさまに理解した。しかし逆にいえばそれしか理解はできていなかった。意識ははっきりとしているが、これが夢ではない保証もないし夢である保証もない。
考えてもわからないことはそのまま放って置くことにして、目前にあるものに近づいた。電柱がそこにはあった。横に縦に地平線の向こうまで電柱が連なっている。電線が斜めを除く四方向の電柱に繋がっていた。
現実では見ることもない異形。
私から見て一番近くの右の電柱には何個かのゴミ袋が落ちていた。その一本の電柱とゴミ袋だけを見れば現実となんら変わらない普通の光景だ。ただ少し視線をずらしただけで、先ほどのありえない光景がまた眼に映りだす。
この世界は何なのだろうと天を仰いだ。視線の先には太陽らしき光の点。ただ、それはすぐに光の点ではなくなった。その白い光の中から黒いモノが無数出てきたのである。徐々に近づいてきたかと思うと、それは私の周りにある電線に止まった。よく見るとそれはカラスであった。
電柱、ゴミ袋、カラス。
言葉から連想をしてみれば普通であるが、今の光景はおかしい。数が異常だ。電柱だけではない。カラスの量が多すぎる。最初は私の周りにしかいなかったものがどんどんと広がり、遥か彼方にある電線にも止まりだしている。再度頭上を眺めて見れば、まだまだ黒い点が降りてくる。光は消えそうではあるが、私の視界がなくなるようなことにはならず、絶妙な明るさで世界を照らしているようだった。
突然、周りのカラスが近くにあったゴミ袋に群がり出した。ビニール袋を嘴で突き破り、中に入っているゴミを貪り出したのだ。一つの袋に何十匹のカラスがいるのだろう。蠢く黒の集団はゴミ袋を啄き続ける。この世界ではとても貴重なものなのかもしれない。その餌を得るための行為に没頭し、私が近づいていってもそのカラス達は何も反応を示さない。
私の右手を見ると、いつの間にか木の棒を握っていた。先端部分が膨らんでいる。あのカラス達を振り払うためではなく叩くためにあると私は直感した。左手にも何か掴んでいるような感触があったので私はそちらを見ると、鳥用の餌と記されたビニール袋を持っていた。中を見てみるが、私が食べたこともないような高級な食材が詰まっている。鳥用の餌という表現には違和感があった。鳥用という表現、餌という表現の両方に。
私はその高級な餌をビニール袋に群がるカラス達に放り投げて見た。カラス達はそれに気づいたようだったが、訝しげにそれを見ただけでそれを食べる気配はない。電線からその様子を見つめるカラス達も何も反応を示さない。思い思いが別のことをしているようで、虚ろ。
私は右手にあるものを強く握りしめた。何の意味があるのかはわからないが、あのカラス達をこれで殴らないといけないように思えた。たしかに誰もが気持ち悪がる光景を見ているが、私自身が意志を持ってこのカラス達を殺すというとどこか違う。これも憶測に過ぎないがこの世界がそうさせているのだろう。
私はカラス達を躊躇いなく棍棒で殴った。殴られたカラス達はピクピクと痙攣をしているようだが、痙攣が止むとパタリと静かになり黒い霧に変わって消滅した。それを何度か繰り返すと、ゴミ袋がまた見えるようになった。すると不思議なことに先ほどは全く興味のないようにしていた電線のカラス達が一斉にそのゴミ袋に群がりだしたのである。ゴミ袋は少数しかないのにもかかわらず、いつまで経っても無くならないように思えた。
私はまたも棍棒でそのカラス達を殺す。霧となって消滅していくが、霧がなくなるわけではない。世界はどんどんと黒い霧が蔓延していく。
私の体はそれを気にせずにゴミ袋に寄ってくるカラスを打ち払い続けた。何度も、何度も繰り返す、繰り返す。いつしか世界は真っ暗になっていた。それでも私はカラスがいる場所をなぜか理解し、殺し尽くす。殺すのはこのゴミ袋に寄ってくるものだけであるが、それは一向に無くならない。なぜ寄ってくるのかわからない。高貴な餌には興味を示さず、下劣な餌に興味を持つのがカラスなのか。自分の中にある知識と照らし合わせてみるとそんなことはないという結論が出てくる。しかしこのカラス達は貪ることを止めようとしない。私が殺すのを見ているにもかかわらずやってくる。カラスは殺されにやってくる。
棍棒を振る音とカラスの消滅する音がこの世界の中に延々と響いた。
そうして、私はこの世界にいるカラスを一匹残らず駆逐した。次の瞬間、霧は消え去り世界に光が戻ってきた。握っていた棍棒は血に汚れることもなく、綺麗なままで不気味であった。棍棒が掌からするりと落ちた。落ちた音はしなかった。私の掌は血豆に溢れ、見るに耐えない惨状となっていた。
これでこの世界は終わりなのか。なんの意味があったのか、わからないままようやく解放されるのだろうか。ふっと体を支える力が抜けた。そのまま地面にひれ伏すことになる。瞼を開こうとするのだが、体はそれに反して瞼を閉じようとする。私はそれに抗うのだが結局は視界を閉じていた。
目が覚めると、外は光に満ちている。見たこともないような白い光。私は窓から眺めるだけではと思い、扉を開いて外に出た。快晴であり、世界は気力に満ち満ちている。ここが天国であるかのようだ。ただ天国ではないのは理解していた。
叩き潰されたような人間の死体が外には溢れていたのだ。白い光を浴びて、その光を赤黒く反射している。誰なのか判別できない身体が私の瞳に焼きついた。
私はあのカラス達が人間であるのを知って、嘔吐した。吐瀉物はまるでゴミのようであり、それは辺りに広がった。こみ上げてくるものは収まりを知らず、たまらず地面に手をついた。
胃の中にあったものを全て吐き出し、頭をあげるとその吐瀉物にはカラスが群がっていた。
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カラス。 | ||
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