辛勝、そして──後悔。
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 ──数日前。

 マルカルスの宿「シルバーブラッド」を出た時はやや曇りがちだったが、晴れてはいた。

 基本、一人で行動している俺はもちろん、マルカルスに来た時も一人だったのだが──

 そこでの一仕事──といっても、あくまで荷物を受取人に渡すだけの仕事だが──を終え、そのままとんぼ帰りを決め込むつもりだったのが……

 気がついたら翌朝、宿屋のベッドの上に居た。

 そして、頭には鈍痛。

 よくよく思い返してみると、仕事が終わって一杯飲んで帰るつもりだったのが、記憶がなくなるまで飲み、そして今に至る──というわけだ。

 硬い石で出来た寝台にうつ伏せになって寝ていたのと、装備を解かないまま着の身着のまま状況で寝ていたため体中もぎしぎしと鳴るように痛む。起き上がり、関節を動かしてほぐしてから、鈍痛を和らげる為俺は荷袋から疾病退散の薬を取り出し、一気に口に押し流した。

 ふっ、と体が軽くなり痛みが瞬時になくなる。薬としては高価な部類に値するものなため、滅多に俺は使用しないのだが、さすがに二日酔いに効く薬は持っていなかった。

 そのまま部屋を出て、酒場となっている一階の広間までくる。夜は賑やかな喧騒が響くこの場所も、朝の時間は静かだ。普通ならそこでモーニングでも頼むべきだろうが、食欲は生憎沸いてこない。そのまま扉を開けて市街に出る。

 正門前には行商人が元気よく声を張り上げて商品のアピールをしているが、そのまま素通りし、俺は正門の扉を衛兵に開けてもらい、マルカルスを後にした。

 

 薄明かりがさす空の下、俺は正門前にある馬屋の一角にとめておいた自分の馬に跨った。

 これといって何も変わらない筈なのに、今朝はやけに静かだな……と空を仰ぎ見ていると、

「これから帰りか?」

 見回りでそこらじゅう歩いているマルカルス衛兵の一人に話しかけられた。視線を空から足元で突っ立ってこちらを見ている衛兵に向ける。

「……ああ、ホワイトランにね。今日はやけに静かだな。俺の気のせいじゃなきゃいいんだけどさ」

 気さくに話しかけられる立場なのは、このマルカルスでの事件──フォースウォーンがマルカルスで殺人事件を起こし、その首謀者が脱獄、一時は自分も殺人事件の犯人に仕立て上げられるも、彼らが俺の冤罪を引き受けてくれた一件だ──以来ここに来る度、だ。首長含め、俺への冤罪を謝罪した後は、彼らとは一応は友好的な立場をとっている。従士になることも出来る位自分の名はこの町で知れ渡ってはいるのだが、今のところホワイトランの従士を下りるつもりはない。

「そうか? お前が久しぶりにマルカルスに来たからそう思うだけじゃないのか? ……まあいい、ホワイトランまで長いからな。空に気をつけろ、旅の人」

 お決まりの言葉を最後につけ、マルカルスの衛兵は軽く会釈をしてくれた。

「こちらこそ。空に気をつけろよ」

 手綱を右手側のみくっ、と引っ張って馬をゆっくりとターンさせてから、俺はホワイトランに向かう街道に出た。

 そのまま馬を疲れさせないように並足で走らせ、のんびり帰路に向かいつつ、道中素材でも拾いながら行こうか……と馬に揺られながら考えていた矢先だった。

 

 ざあっ、と風が凪ぐ。

 ただの風ではなかった。その風に影がついていたからだ。

 風に影がつくわけがない。風を発生させている何者かの影だった。それは翼を広げた、巨大な影。

 その直後、ざわっ……と全身に鳥肌が立つ。

 何かが居る、何かが近づいてきている。

 そしてその感覚はこれまでも何回もあった。その感覚が起きるとき、自分の血の中にある何かが、求めるように、欲するように、沸き立つのだ。

 ──ドラゴン。

 認識するやいなや、俺は馬から飛び降りた。降りしな乗っていた馬の尻をぽん、と手で叩く。叩かれた馬はびっくりしたように後ろ足を飛び上がらせ、そのまま街道を走り去っていった。

 ドラゴンは敵味方関係ない。そこにいる命あるもの全てに攻撃をする。それが馬だろうがヒトだろうが獣だろうが見境なしに。

 俺は左腰に帯びてある剣を掴み、鞘から抜き放つ。上空を仰ぎ見ると、翼をはためかせ空を自在に飛び回るドラゴンの姿がマルカルスの正門付近をぐるぐると旋回している。

 大地を蹴り、正門まで走った。見回りをしていた衛兵がそこかしこで同じように正門まで走っているのが見えてきた。

 そんなヒトの姿を見て嬉しいのか、ドラゴンが声をあげる。そして上空でホバリングをするように、翼のみ動かしながら首を地上に向け──かっ、と口から炎のブレスを吐き出した。

 ブレスを吐き出したとき、俺は正門に向かうなだらかな坂道を上っていたところだった。肌に火照りを感じるだけだったが、その威力は何度も味わってきたから分かる。

 ようやく正門前にたどり着くと、衛兵が数人、炎にまかれていた。その中に馬屋の主人など一般人の姿も見受けられた。人が多いところはドラゴンにとっては格好の餌場だろう。

衛兵が空を飛ぶドラゴンに向かって弓矢を放つも、大したダメージとなってはいない。

 ドラゴンは空から降りてくる気配すらない。こちらにむかってブレスを吐いてくる時のみ、空中で動きを止める位だ。俺は剣を一旦鞘に収め、背中で抱えていた弓を手にとった。

矢筒から矢を取り、構える。

 俺の姿を発見したようにこちらに目を向けたのと、俺が弓を放つのはほぼ、同時だった。目一杯引いた弦を指から離すと同時に矢は勢いよく正面へ飛び、弧を描きながらドラゴンの首にぶすり、と刺さる。

弓に追加攻撃の符呪をかけておいたため、矢が刺さるのと同時に追加攻撃の痛みも加えてドラゴンに襲い掛かった。

 よしっ、と思った矢先、ドラゴンは俺に向かって飛びながらブレスを放ってきた。炎のブレスとはいえ、焼死するほどの威力はない。しかしそれは体力と抵抗力の勝負であり、尽きてしまえば死に値する。一時的に炎の威力を弱める効果のある薬をのんだり、体力を回復しながら戦うしかない。

しかしこちらにはまだ切り札はある。それが俺がドラゴンボーンとよばれるべき力──

 俺は息を深く吸い、そして──叫んだ。

 それは人語ではない。ドラゴンの言葉、いや古代の言葉というべきか。俺も全ての言葉を習得した訳ではない。しかしこれがドラゴンボーンと一部の者にしか扱えないスゥームと呼ばれる力。ドラゴンに対抗できる力の一つ。 

「……ラ………ォ……ェイ!」

 声を解き放つと同時に、見えない何かが収束し、空を飛ぶドラゴンに襲い掛かった。見えない圧力によって吹き飛ばされたかのような格好になった後、ドラゴンはバランスを崩し落ちるような格好で地面に倒れた。

 周りで弓を射掛けてた衛兵はこぞって落ちてきたドラゴンに近づき、剣を抜き攻撃をしかける。俺も武器を剣に持ち替え、ドラゴンに近づく。

 倒れたドラゴンは翼を折ったのか、それ以上は飛ぶ気力はなさそうだった。しかし──

 かっ、と再び一閃。衛兵にブレス浴びせる。まともに浴びた衛兵は焦げたのかその場でどたり、と煙を全身から噴かせながら倒れた。

「ドラゴンの顔に向かうんじゃない! ブレスの餌食になるか、食われちまうぞ!!」

 衛兵にそう指示しながら、俺は大きく剣を振りかぶり、ドラゴンの皮膚にがっ、突き立てた。

 その時──馬屋や農場から出てきた平民が思い思いの武器を手にし、ドラゴンに一矢報いようと近づいてくるではないか。

 俺は慌てた。束になって敵う相手ならいいが、ドラゴンはそうじゃない。そこらの野獣と同じではない。

「ドラゴンめ、死ねえぇ──!!」

 若い男が不慣れな手つきで、納屋から持ち出してきたのだろうか、やや錆の浮いた剣で斬り付けようと振りかぶった時──ドラゴンは待ってました、とばかりにその男の体にがぶり、と噛み付きかかった。

 食いちぎろうとしたのか、暴れる体をねじ伏せようとしたのか、ドラゴンは首を左右に振り、そして噛み千切った。咥えられた部分はドラゴンの喉の奥に。そして残り半分は首を振った時の遠心力で吹っ飛び、やや離れた地面にぼとり、と落ちた。

 その直後状況が一変した。平民は恐怖の声を叫びながら散り散りになって逃げ出し、衛兵は尻込みし始める。衛兵の顔色はフルフェイスに覆われてるため窺い知ることはできないが、恐怖で顔が引き攣っているのは自明の理だろう。

「逃げるんじゃない! 俺が盾になる。お前たちは両側から挟みこむように叩き込め!」

 声を張り上げ、逃げ腰の衛兵を叱咤する。冒険者風情に馬鹿にされまいと感じたのか、逃げ腰だった衛兵が再びドラゴンに近づき、今度は散り散りではなく、いっせいに背後や胴体を攻撃しかけた。

 俺は前に回りこみ、ドラゴンと正面から対峙する。

 傷だらけで血が滲みはじめてきたドラゴンだが、俺に向ける視線は相変わらず、獲物を焦がそうと再びブレスを口から吐き出す──と同時に俺もスゥームを解き放った。

 力の言葉を解き放ち、言葉は圧力となりドラゴンを打ちのめす。

 ドラゴンは明らかに弱まってきていた。しかし最後まで油断はできない。俺は傷を負いながらも衛兵や一般人を巻き込まないよう、自分に敵意を向けるように攻撃しているため、消耗がすさまじかった。薬を飲みながら耐えるのにも、薬の手持ちがわずかになってきている。

 まずいな……あとは連続的に畳み掛けていくしかない。

 そうこちらが思った事をドラゴンが感づいたのかは知らない。しかしドラゴンは最後の力を振り絞るかのように、俺が剣を振りかぶるその僅かな隙を突いて、首を手前に突き上げたのだ。

 がんっ、と胴体にドラゴンの首がめりこみ、瞬間俺は意識が吹っ飛ぶ。

「がは……っ!」

 体が浮いた、と思ったら次の瞬間には地面に叩きつけられていた。よろよろと体を起き上がらせると、ドラゴンは脇で剣を突き立てる衛兵に向かって首を傾け、ブレスを放っていた。

 しまった……俺ははぁはぁと息を喘がせながら、俺は左手のひらをかかげ、心の中で力ある言葉を唱え始める。

 言葉にしないままそれを解き放つと、手のひらで輝いていた淡い光が俺の全身を回り込むように包み込み、痛みを徐々に取り除いていった。

 吹っ飛ばされた距離はさほど遠くはない。俺は再び地面を蹴ってドラゴンとの間合いを詰めていく。

 ドラゴンは周囲にいた衛兵をことごとく倒していた。あたりの地面には血溜まりがあちらこちらにできている位……

 俺は鬨の声を上げ──ドラゴンが気づきこちらを向いたとき、その瞳に刃を突き立てた。

 眼球を抉るように突き刺し、左手に持ったもう一本の剣で、口を開かないよう直角に剣を振り下ろす。硬い鱗を突き破って柔らかい内部の肉にまで達した手応えを感じた。

 鮮血が噴出し、ふっと力が抜けたかのように、ドラゴンの長い首が地面に倒れる。命が尽きた瞬間だった。──直後ドラゴンの体が光ったかとおもうと、無数の光の糸となり、その糸が俺の全身に吸い込まれるようにして吸収されていく。

 ずきっ、と体に鈍痛が走った。──いつもそうだ。ドラゴンソウルを吸収するとき、体全体に抵抗するかのような鈍い痛みが襲う。

 無数に迸る光の糸がやがて消えると、後にはドラゴンが鱗も中身も抜かれた骨だけのまま地面に転がっていた。

 俺は言葉すら出せなかった。ドラゴンの骨の周りには、衛兵、農場の若者、巻き込まれた一般人がばらばらと同じように地面に倒れていたからである。

 生き残っていた、もしくは避難していた一般人がわらわらと出てきた。死骸を見つけ、身内のものが地面に伏せて泣き喚いている。

「…………」

 なんと声をかけたらいいのかわからない。

 踵を返し、黙ってその場を立ち去ろうとした時、

「何故あんただけ生き残ってるんだ? 他は皆死んでしまったのに」

 嗚咽を漏らしながら聞こえてきた声は、どうやら農場で勤めている平民のようだった。

 背後から声をかけてきたため、俺も一瞬顔をむけようかと思ったが……どういえばいいのかわからなかった。

 自分はドラゴンボーンだから? それがどう答えになる? 明かしたところで何になる?

 ドラゴンが復活したのは別の何らかの影響からだとしても、俺がドラゴンボーンになったのはまったくの偶然だ。それを説明したところで殺された者の命は戻らないし、ドラゴンは再びマルカルスを襲うだろう。

 俺が出来るのは倒し、力を得、そしていずれはアルドゥインと戦うのだろう。犠牲が出るのは仕方がないにしても。

 しかしそれを面と向かって言える程、俺はバカじゃない。

 結局俺は振り向かず、そのまま走ってマルカルスを離れた……。

 

 しかし……それでよかったのか、と今でも思う。

 そんな葛藤が夢に出ちまったのかもしれない。

 

 眠れないまま夜が明け、俺は黙って起き上がり、装備品を身につけ、部屋を出た。

一階に下り、そのままリビングを通って玄関に向かい、扉を開けて家を出ると、正門に向かって俺は歩き出した。

 

 一つの仮説を聞くために。

 

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第一話(?)の続きです。
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