木津千里 無題
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「木津さん、どうしました? ボンヤリとしている様ですが。」

「……はい、大丈夫です。」

 

 本当は嘘。 ここ数日ずっと、先生のことばかり見ているもの。

 

「そうですか、顔が熱っぽい様ですが」

「……先生?」

 

 薄ぼんやりとした視界に一杯、先生の顔が映り、その白い掌が視界を塞いだ。

男の癖に少し冷たい……それとも私が熱くなったのか分からない。

厭ね、きっちりしないのって。 でも、触れられていると気持ちが良い。

 

「誰か、保健委員は居ませんか?」

「……先生、私は大丈夫です。出席数を落とす位なら座ってます」

「大丈夫だと思ウナ、マリアの国の大人、病気でスグ死なない事有るヨ。 カゼになり易くなるけどナ」

「それはそれで非常に危険に思われますが……」

「もうすぐ授業が終わりますから、先生がすぐ連れて行けば良いと思います」

「可符香さん、ですから保健委員……いましたっけ? では委員長……今回の病人は千里さんですね」

「先生! 委員長の僕が居るじゃないですか! 酷い!」

「分かりました、先生が連れて行きましょう。 連絡事項は特にありませんのでホームルームは無しです」

「……いつも通りじゃないですか」

 

 チャイムのあと、先生の言うまま背中に寄りかかり、首に手を回す。 少し白檀の香りがした。

 

「先生……思ったよりも肩幅が広いのですね」

「木津さん、少し揺れますよ」

 

先生がスっと立ち上がる。 頼りないと思ったのに、躯の軸すらぶれない。

寄りかかっていると心臓の音が聞こえてしまう様な気がして、少し怖い。

……今は私だけの先生でいて欲しい。

 

そっと肩に顎を載せると先生は少しビクりとした。

何時までも負ぶさって居たいのに、あっという間に保健室へと着いてしまった。

 

「ちょっと横になってください、具合はどうですか?」

「さっきよりずっと……熱っぽいです」

「それはいけませんね、今日は保健の先生が休みなので、車で病院へ行きましょう」

 

去ろうとする背中を抱き留めて引き寄せる。 胸が苦しい。

 

「先生、苦しいんです……ブラのホックを外してもらえませんか?」

「お安いご……教師として出来ません! いずれ大切な生徒に手を出す鬼畜教師として報道され……」

「先生、大切な生徒として、人として……助けてください」

「仕方有りません……後ろを向いてください!」

「苦しい……、振り向けない」

「ええい! こうなったら!」

「あふっ……」

「すみません、すみません!」

 

正面から回した手に背骨辺りをなぞられ、思わず身を捩ってしまう。

先生の胸に顔を埋める形になり、とても心地よい。

目を瞑ったまま手探りで、一生懸命に助けようとしてくれている。 凄く嬉しい。

震える手でブラの結合部分に触れ、しっかりと摘んだみたい。

 

「すみません、外しますね」

 

プツっと音がして拘束が解かれ、勢いで肩から紐が滑り落ち、脇の辺りで止まる。

私は慌てて体を離そうとする先生の襟を掴み、耳元に口を寄せる。

 

「木津さん!」

「先生……あの日からずっと、待っていたんです。 ずっと、熱っぽいんです」

「いけません! ああっ!」

 

ベッドの上に、先生が覆い被さる形で二人横たわる。 先生、私は……。

 

「先生、わたしのこと、忘れてませんか?」

「あなた、いつからそこにいたの!?」

「ずっと」

「邪魔しないで! 私たちはまた結ばれるの。 今度はちゃんと記憶に残すのよ!」

 

ストーカー女は私を見て薄ら笑いを浮かべる。 なんて忌々しい!

 

「記憶に無いって、本当はそんなこと無かったんじゃない?」

「適当なことを言わないで! 私と先生は同じベッドで!」

「じゃあ、あなたが最初に寝ていたベッドは何処なの?」

「壁側から二つ目のベッド……ここよ!」

「では、先生と寝ていたベッドは?」

「壁から一つ目のベッド……。」

「あなたが、寝返りを打って先生の懐に転がり込んだとしたら……?」

「それは無いわ! だって、だって……。 ずっと見ていた訳じゃないでしょ!?」

「見てたから……ずっと」

 

膝が笑い、視界が歪む。にじり寄ってくる常月纏を撥ね除けることが出来ない。

心の中に在った疑念、先生と私は……。

 

「直ぐ分かるよ。 ほら……」

「やめなさい」

「こんなにしちゃって」

「だって、先生が!」

 

指が私の体を無遠慮に触れる……痛い、やめてよ!

 

「きついよ、息を吐いて力を抜いて」

「やめてよ、そこに触れて良いのは先生……だけっ!」

「常月さん!止めてください! 私がいけないのです、だから彼女を責めないでください!」

「……わかりました。 先生が言うから止めてあげます」

 

彼奴の居なくなった保健室、先生は私の乱れた服を直す。 私は天井を見つめたまま泣いていた。

嘘。 先生、私の気持ちは何なのですか? ……もうわからない。

私は先生と関係を持っていなかった。 好きになる理由なんて無かった。

頭がおかしくなる……。 何よ、この気持ち。

 

「木津さん、先生が送ります」

「……優しくしないで。 一人で帰れます」

 

帰り道はどう帰ったか分からない。 只、空一面の灰色の雲が広がっていた事は覚えている。

……あの日からずっと先生のことを想い続けてきた。 でも、私は何を想い続けてきたの?

私は、先生が好き。 ぐうたらでいい加減でも好き。 喜んでいる顔が好き。

好きになった理由なんて無い……理由は無くなった。 

 

頭を掻き毟ると、大事に伸ばしてきた髪がプチプチと音を立てて十数本抜け、切れた。

あんなに強く引っ張ったのに、大して切れないものね……。

そうね、きっと大事にしてきた気持ちも簡単に切れないはず。 きっとそう。

 

そうよ、私は先生が好き。 理由なんて後から作ればいいもの。

空はますます曇って行くけど、私の心は晴れやか……いえ、雷光の様に輝いている。

私はひたすら先生の家に向かい歩いた。 先生……今、会いに行きます。

 

いつの間にか辺りは真っ暗になり、程なくして大粒の雨がザラザラと落ちてきた。

工事現場に積まれた土砂が崩れ、スコップが私の前に倒れてきた。

 

 カラララ…… カラララ……

 

私はスコップを牽くときの音が好きだ。 時折大きく跳ねる感覚が心地よい。

摩耗したアスファルトに削られ、先端は鋭く研ぎ澄まされていく。

お気に入りの制服が濡れ、躯に張り付いて少し不快だけど、今は良いの。

 

 カラララ…… カラララ……

 

長い髪が顔にまとわりつき、鬱陶しい。 ……鬱陶しかったら、なおせばいい。

鬱陶しい状況も、このスコップで取り除ける。……突き刺して払いのければいい。

道の真ん中に陰を見つけ、立ち止まる。 つきまとう忌々しいモノよ、消えてしまいなさい。

 

 

先生の家に着き、玄関を叩く。

 

「……はい、どちら様でしょう」

「先生、私です。」

「……木津さん?」

 

カラカラ音が鳴り、先生の家の戸が少し開く。 ……先生は一言もしゃべらない。

いやだ、私は服を汚してしまったものね。

 

「木津さん、制服についた赤いシミ……」

「やだ、汚れた服で……恥ずかしい。ごめんなさい、先生。 どうしてもお会いしたくて。」

「まさか」

 

素早く戸に手を差し込んで玄関に滑り込み、スコップの背で逃げる先生の頭を叩く。

その様子を見た交君が泣き出したので、縛り上げて口をガムテープで塞いだ。

先生が倒れている姿に見とれるけど、今のうちに縛ってしまわないと。

 

「……あ……木……津さん……?」

「先生、先程はごめんなさい。」

「……木津さん、いけ……ません」

「私、気付いたんです、愛って明瞭な物じゃないって……だから。」

「木津……さん」

 

濡れたセーラー服のホックを外すのは大変だけど、今の私たちには必要な過程ね。

先生はネガティブな事を言うから、スカーフを猿ぐつわにして黙って貰った。

下着が白いせいで胸が透けてしまっている、自信がないのに。

 

「先生、恥ずかしく無いですよ、私のも後で見せてあげますから」

 

舌先で触れると、先生は目をつぶったまま身もだえした。

やり方はよく分からないけど、直接聞きながらやれば良いわね。

 

「先生、私を感じてください。」

「ううっ……う……」

 

そっか、猿ぐつわしてたんだっけ、でも喉を鳴らしたり呻いたりしているから大丈夫ね。

喜んでくれて嬉しいけど、邪魔が入る前に契りを交わしてしまわないと。

……でも、こんなに大きくなった物が入るのかしら?

 

ブラとショーツを脱ぎ捨てると、ぺしゃりと音を立てて畳の上に落ちた。

先生の袴を下ろして着物をはだけさせる。手足を縄で縛っているせいで半脱ぎの状態になってしまう。

少しあばらの浮いた華奢な躯と相まって、とてもいやらしい。

 

先生の上に乗り、肌と肌で触れあう。 冷え切ってしまった私の躯には丁度いい温かさね。

猿ぐつわを解いて口づけすると、私の髪が先生の顔にかかった。

 

「木津さん、なぜこんな……」

「先生、愛しているって言って下さい。 私はあなた以外要らない、好きです。」

「……こんなの間違ってますよ」

「過ちは……いずれ許されます。」

 

私は先生を導き、体の奥へと受け入れていった。

先生に寄りかかり、首筋に口付けをした。

 

おわり

 

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