【短編】助手の視点と支店と死線【オリジナル小説】 |
シュルシュルとした((衣擦|きぬず))れの音。窓辺から差し込む朝の((木漏|こも))れ日がこの部屋の間接照明。打ちっ放しのコンクリートと((素っ気|そっけ))ないインテリアや雑貨品。生気のない室内に((紛|まぎ))れ込むように短めのショートカットのシルエットが浮かぶ。
「おはよう。」
「おはよう。」
「今日も良い朝ね。」
「今日も良い朝。」
「でもあと((幾度|いくど))、この((通過儀礼|つうかぎれい))を繰り返したら探し物は見つかるのでしょうか。」
「でしょうか。」
「悩んでも」
「悩んでも」
「それはいつの日のことか」
「いつの日のことか。」
鏡合わせの世界のように対象的に並んだ二つの影が、春の終わりの風を玄関に招き入れ、それと入れ替わる様にして外へと出て行った。
しんと静まり返った室内で蛇口から((滴|したた))る水の音だけが響いていた。
そこは真っ暗な世界。
見渡せど見渡せども、辺りを真っ暗な闇が包んでいる。怖くて全力で叫ぶ。だがその声さえも闇にかき消されてしまう。
ここは、暗黒の世界。
時折ノイズの如く、耳に割り込んでくる音とじめっとした気色悪い感覚。
そして、いつもある・・自分が内側から裏返ってしまうような・・。形容のし難い・・あの・・自分が自分で無くなってしまう様な・・あの・・感覚が
「うわぁあああああ!」
ベッドから跳ねるように飛び起きると、目覚まし時計の針は午前6時を指していた。見渡せばいつもの自分の部屋。
寝汗でじっとりと((濡|ぬ))れたパジャマが肌に嫌な感じでまとわりついている。
「なんだ・・。夢か・・」
すでにうろ覚えになりつつある夢の内容に((身震|みぶる))いをしつつ、ベッドから起き上がった。
今日は転校初日。自分でも気がつかないうちに気が張っていたのだろう。洗面所でどっしりと重いパジャマを脱ぎ捨て、顔を洗う。その横を母が通り抜けて行く。
「おはよう」
「おはよう」
軽く((挨拶|あいさつ))を交わしてそのまま通過しようとするが、ピタと足を止め、
「うなされていたみたいだったけど、大丈夫?」
心配そうに声を掛けられた。
「うん、大丈夫。」
「そう、・・ならいいけど。学校、今日からでしょ?前の学校の時みたいにはならないと思うけど、あんまり気にしちゃダメよ?」
「・・うん。わかってる」
重苦しい空気の中、軽く朝食を済ませた。ブレザーのジャケットに袖を通しネクタイをキチンとしめる。トントンと一年ほど、履き古した革靴を足に((馴染|なじ))ませ、身支度を整える。パタパタとスリッパの音を響かせ母親が玄関先まで見送りにやってくる。
「分かってると思うけど。あんまり無理しちゃダメよ?」
「うん、・・行ってきます」
ガチャリとまだ新築の匂いのする玄関の戸を開ける。外は清々しい朝の匂いであふれかえっていた。
「うわぁ・・」
都会には無かった草木の若々しい匂い。土の香り。引越してからずっと昼過ぎまで眠っているような((怠惰|たいだ))な生活を繰り返していたのでこんな朝の早い時間に外に出るなんてしたことがなかった。深呼吸をして朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで
「いってきます!」
もう一度、大きく挨拶をして僕は玄関を出て行った。新しい生活が始まる。そこに期待と不安を織り交ぜながら・・。
ジリリリリ・・
けたたましい目覚ましの音に苛立ちを憶えながら、薄く((瞼|まぶた))を開ける。
時間はまだ6時半。もっそりとカップラーメンやらビールの空き缶やらをかき散らして布団から((這|は))い出すと、その辺に転がっているペットボトルを口にする。賞味期限?・・知ったことか。
「むふぁああああ・・
腐った熊のような大あくびをあげると、辺り一面にむわぁっと酒くさいヘドロのような臭気が広がった。
「あいてててて、こりゃあ飲みすぎたな」
じんわりと痛む後頭部をさすりさながら、((不恰好|ぶかっこう))に伸びた((無精|ぶしょう))ひげをさすった。
「あーこりゃ、そろそろ((剃|そ))らなきゃいかんなぁ」
ごそごそと山のように積み重なった弁当やら空き袋やらつまみの空袋やらを((掻|か))き分け、電動((髭剃|ひげそ))りを手にとる。
「しっかし、夢をみたんだよなぁ」
と、うっとりと思い返すようにさっきまでの夢の続きを思い起こす。
「こう・・つるっつるでよぉ。肌なんかピチピチで・・優しくさわると・・しっとりと吸い付くように・・って、ああっ!くそ・・!なんで目覚ましなんかかけたんだろうなぁ・・!もうちょっと感触を・・」
「・・って、もう3日目なんだよなぁ。・・いかんいかん、たまってるんかぁ?オレ。」
ボリボリと剃ったばかりの無精ひげのあった場所を((掻|か))くと、部屋のどこかに脱ぎ捨ててあったランニングシャツを手にとった。すでに何日目に突入しているのか分からない黄ばんだTシャツを脱ぎ捨てランニングシャツに腕をつっこみながら
「こりゃぁあ、今夜あたり((GESHUYA|ゲスヤ))でビデオでも借りてきたほうがいいかなぁ!がっはっはっはっは!そろそろエッグイ新作のおねーちゃんでも出てるだろうしな!」
と、申し訳程度にハンガーにかけてあったエンジ色のジャージを((羽織|はお))り、しわくちゃのズボンをもそっと((履|は))いて玄関から出て行った。カランカランと学校の備品のスリッパを鳴らし、通学路の道を((闊歩|かっぽ))してゆく。
「おはよーございます、先生」
「おー、おはよー」
そったばかりの無精ひげのあとをさすりながら、道々で掛けられる((挨拶|あいさつ))に返事を返してゆく。無駄の((象徴|しょうちょう))としか思えないような校門を抜け、職員室の自分の席に向かう。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
目の前には眼鏡姿のきつそうな女性。
「うわ、酒くさ!・・ちょっと酒井先生。せめてお酒を((嗜|たしな))んだ後の日ぐらいは歯を磨いてきて下さい」
「あー・・」
「あー・・、じゃないです!ほんとに分かってます?」
「あー・・はいはい。すみませんねぇ。」
「・・もう!・・はい、これ。新品の歯磨きセットですから、これで磨いてきて下さい」
「あーいつもすいませんねぇ、山本先生。で、これ終わったら先生に返せばいいんです?」
「いりません!」
プリプリと真っ赤になっている女教師を尻目に歯磨きセットを持って洗面台のある場所に向かう。
あー・・そういえば今日、転校生がくるなぁ・・。そう思いながらがしゃがしゃとめんどくさそうに歯を磨いた。前の学校で問題をおこしたとか、なんやら・・。やれやれ・・。面倒ごとは嫌いなんだが
けだるそうに廊下を歩いていると((所在|しょざい))なさそうに職員室の前に立っている男子生徒が目に止まった。
「あー・・、もしかしてきみ?」
「あ、すみません、あの転入の手続きとかって・・」
あー、この子か。ボリボリと首の裏側を掻きながら眺める。どことなくヒョロっというかスラッというか今時の都会っ子ぽい背格好でどこか自信なさげな((瞳|め))が印象的だ。
「えーと、真田・・((明|あきら))君?」
「あっ、はい。そうです。」
「どうも。これから君の入るクラスの担任の酒井でしう・・
・・((咬|か))んだ。
「はっ・・?」
「いや、うん・・まぁ、なんだ。これからもよろしくってことで!」
「は、はぁ・・」
「じゃ、じゃあさ、とりあえず必要なものを持ってくるからさ!君はここで待っててよ!」
「あ・・、はい、分かりました。」
いそいそと自分の机で書類を整理していると山本・・先生が耳元まで寄ってきて
「でしう・・・子供か。」
と呟いて去っていった。・・あのババァ! とりあえず必要なものだけ手にとり、外で待っている転入生のところまで向かうことにした。
「やあ、待たせたね。」
「あ、いえ・・、大丈夫です」
うんざりするほど続く廊下を歩きながら、世間話じみたことを話した。
「じゃあ君はけっこう都会から来たんだなぁ・・。しかしここは田舎だろう?」
「いえ、まだここに着いて日が浅いのでそう((散策|さんさく))は・・」
「あー、そうか。じゃあ((機会|きかい))があったらしてみるといい。びっくりするほど何もないぞー!」
「そうなんですか。それじゃあ、そのうち機会があったらいってみます」
「おお!してこいしてこい!どうせやることなくなって歩き回るぐらいしかなくなるからな!」
「そうなんですか・・?でもそれぐらいのほうが丁度いいかも・・。」
「お、着いたぞ。ここが今日から君の居場所となる我がクラスだ」
「ただ、覚悟しておけよー?ウチは都会とは違って((騒|さわ))がしい・・
廊下の前に立っているだけでその騒々しさは特筆ものだった。
ガラッと教室の扉を開け((教壇|きょうだん))の前にズカズカと進んでゆく。
「こらー!お前等!静かにせんかー!((HR|ホームルーム))はじめるぞー!」
キャッキャと響く声を掻き分けて、強引に教室を静める。
「ほらー!今日は転校生の来る日だろうがぁ!ちゃっちゃと席につけー!」
ざわついている教室の中から手招きで転校生を呼び寄せ、教壇の隣に立たせる。
「今日からこのクラスの一員になる。さな・・、なんだっけ。」
「真田、明です。」
「真田 明君だー!仲良くしてやれよー!ってか、ほら!ご((馳走|ちそう))の前に群がる犬みたいになってるから!お前等!((鎮|しず))まれ!鎮まれっ!」
チラリと横を見ると少し((怯|おび))えた表情になっている。こりゃ、自己紹介は無理か。
「ほら!お前等が騒がしいから自己紹介はなしだ!とりあえず真田君。一番後ろの空いている席につきな」
激しくブーイングの沸き起こるのを落ち着かせ、無理やり、((半|なか))ば強引にホームルームを始めた。おとなしいもやしっ子には面食らうような紹介のしかただろうがそのうちに慣れてしまう。大丈夫。大丈夫!子供なんてそんなもんだ!
とりあえず今夜、((GESHUYA|ゲスヤ))で借りるDVDの品定めを心の中でしながらホームルームを終え、教室を後にした。
昼休みの((休憩|きゅうけい))のチャイムがなった。教室の中では机を動かす音や、生徒達の((談笑|だんしょう))の声が聞こえてくる。
・・びっくりした。
なんか予想とぜんぜん違っていて慌てふためいていただけのような気がする。ようやく開放されたような気がしてドッと疲れが押し寄せてきた。いや・・都会とは違う暖かさが感じられたのがなんていうか心地よかった。・・けど、疲れた。
机に突っ伏すようにしているとひょいと、眼前にショートカットの女の子の顔が突然、現れた。
「わわっ、な、なにっ?」
「ふふ、びっくりしてる」
シニカルな笑みを浮かべ、ショートカットの子はこちらを見上げている。
「真田、明、君」
「えっ?あ!は、はい・・」
不意打ちで名前を呼ばれたのでビックリして顔が熱くなった。耳の上側まで熱くなってるような気が・・。
ショートカットの子がじっとこちらを見つめたまま((微動|びどう))だにしない。((堪|た))えかねて
「ええと、きみ・・の名前は・・?」
と、聞くも
「ふふっ」
としか言ってくれない。どうすればいいのだろう。この沈黙の間はきつい。そうこうしていると同じ顔がまた増えた。
「真田、明、君」
「は・・?!は、はい・・!」
ふたつに増えたショートカットの子がじっとこちらを見つめてくる。何だこれは・・!なんか、今まででいちばん・・キツイ!
「((白部由奈|しろべゆな))。」
「((黒部由依奈|くろべゆいな))。」
「は・・?」
「・・私たちの名前・・」
「は?え、ああ・・、よろしく」
そう返すとふたりは鏡のようにピッタリと微笑んだ。
「えっと・・、ふたりは双子なの?」
沈黙に耐えかねてそう返すと
「((苗字|みょうじ))違う」
「うん、苗字違う」
「え、でもふたりともソックリなんだけど・・」
「そうかな」
「そうかな。」
と、見合わせるようにしてお互いをしげしげと((眺|なが))めた。
「うん、違うよ」
「うん、全然違うよ」
と声を((揃|そろ))えて言った。
「でもほんとに似てるよ。それで双子じゃないなんて驚きだなぁ。」
眺めれば眺めるほど同じとしか言えないようなふたりに向かってそう呟く。少しきょとんとしていた二人だが、やがてなにかに納得したように
「あぁ、((違|ちが))う生き物だから、一緒に見えるんだよ」
「((違|ちが))う生き物だから。」
なんてよくわからない受け答えを返して、そのまま
「きみは実に興味深い人だよね」
「興味深い。」
と、これまた謎のメッセージを残してその場から去っていった。僕はそれから一気に((噴出|ふんしゅつ))した疲れで昼飯も((喉|のど))を通らないまま、昼休憩を終えた。
夕暮れ。
校門の前から眺める夕日は以前住んでいた場所とはまったく違っていて気がついたらしばらくその場に((立|た))ち((尽|つ))くしていたらしい。山本先生の
「おーい。そろそろ校門閉める時間なんだが、閉めてもいいかー?」
なんてすこし((間延|まの))びした声で((我|われ))に返ると
「あ、すみません。もうこれから帰りますので・・」
と((空返事|からへんじ))のような調子で返事をして、足早に走り去った。夕食時、母親が興味深そうに
「で、学校どうだった?」
と尋ねられたので、今日あったことをかいつまんで話していった。「心配なさそうね。」なんて一安堵したような感じの母親に僕は内心ほっとしていた。
眠る前にベッドに((潜|もぐ))り込んで一冊の小説を見る。毎日の日課にと。取り組んでいるものだ。都会での勉強漬けの日々に((堪|た))えかねて壊れてしまった
僕のなかで唯一残っている日課だ。一時期、教科書をみるだけでも((嘔吐|おうと))を繰り返していた僕にとって唯一、目を通すことのできた活字。その日課を終え、照明を落として眠りにつく。今日はゆっくり眠れそうだ。
しばらくの間は眠りの浅い日が続いていたから・・と、考えているうちに僕は眠りの世界へと沈んでいった。
夜の((雫|しずく))。月の雫。闇の雫。ぽつり ぽつりと静けさを((孕|はら))みながら((宵|よい))の草木に((降|ふ))り注いでいる。
「真田、明、君」
「真田、明、君」
「彼かな」
「彼かな」
「うん、彼かな」
「うん、彼だね」
闇夜に浮かぶふたつのシルエット。どこか揺らいでるようで、消え入るようで。
古ぼけた一軒家の前で佇んでいたかと思っていたら
そのうちに消えた。
それは真っ暗な世界。
辺り一面、闇。いけどもいけども何も見えず、何も感じず。ただ・・、あるのはドウシヨウモナイ((焦燥感|しょうそうかん))と内側から((蠢|うごめ))くあの・・
「うわぁあああああーーーー!」
((跳|は))ねるようにしてベッドから飛び起きる。((尋常|じんじょう))じゃない汗の量に自分でも驚いていた。
いったい何度目だろう・・。
べっとりと((濡|ぬ))れたパジャマの((袖|そで))で額の汗をぬぐいつつ、時計を見る。時刻は午前7時。
「やばい、寝過ごした!」
重いからだを無理やり動かして朝の((支度|したく))をする。足早に朝食を済ませ、そそくさと家を飛び出した。今日で転校してまる1週間。ようやく慣れてきた学校での生活。騒がしいクラスでの生活にも馴染めてきた気がする。
「おはよう」
教室のドアをガラリと開け、朝の挨拶をする。このクラスではなぜかそれがクラス全体の決まり事になっているらしい。わいわいとクラスの連中に((茶化|ちゃか))され、席につく。なんというか。自分でも不思議なのだが生まれ変わったみたいな気分だ。いや、救われたともいうべきか。
こんなに自分が活発な人間だったとは自分でも思ってみなかったのでここ数日の内面の変化は自分でもただ驚いた。買い食いするなんてこともなかったし、授業終了後、暗くなるまで皆でしゃべっているなんてなかったし、遊びにでかけるなんてこともなかった。今まで((灰色|はいいろ))だった視界に色がついたようだった。
放課後、珍しく一人きりで帰ることになったので散策にでかけることにした。散策といってもいつもの道からちょっとだけ離れてみるくらいだけれども。ここは自然の風景がそのまま残っていて、普通の行き帰りだけでも十分楽しめた。
夕暮れに映える草木の色がとても見事で辺りをキョロキョロと見渡しては((感嘆|かんたん))の((吐息|ためいき))をついていた。少ししゃがんで名も知らない花を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「一人でそんなの見て、楽しい?」
振り返るとそこに肩口まで伸びた髪の毛の少女が立っていた。おそらく同じ学校の生徒であろう。ようやく見慣れ始めた制服を着てる。
「あ、うん。楽しいよ。」
「ふーん、もう見慣れちゃったからそんなこと全然感じないけどねー。 君、あの転校生君でしょ?あの・・名前・・。さな・・」
「真田です」
「ああ、うん真田君」
そういうと女生徒は耳にかかる髪を直しながら((微笑|ほほ))んだ。
「わたし、深田っていうの。ねぇ時間あるんでしょ?よかったらお話しない?」
「あ・・。うん、喜んで」
僕は深田という生徒としばらくの間、夕暮れに染まる道を歩きながら((喋|しゃべ))りあっていた。深田・・さんは都会に興味があるらしくっていろんな事を根掘り葉掘り聞いてきた。
「へぇー!都会じゃそんなことが流行ってるんだぁ!」
「うん・・、でもこれくらい普通だよ・・」
「そんなことないよ!こっちじゃあ携帯だって普及してないんだよ?」
「知ってる?せっかくわたしが頑張って携帯買ってもらっても他にだーれも持ってないから、なーーんにも意味ないんだよ!アンテナだって常に一本だしさぁ!」
「あはははは!それはひどいねぇ・・・」
「でしょ?!ほんとにあーあ、はやく高校卒業したらこんなこと出てってやるんだぁ。真田君はさぁ・・。なんでこんなこと来たの?」
「・・僕は」
「・・ああ、ごめん。変なこと聞いちゃったかな。うん、答えたくなかったら答えなくていいよ」
「・・僕は」
考えていた。今日始めて会うのに不思議とこの子には話してもいい気がしていた。だけど・・、
「・・大丈夫?顔色あんまりよくないけど。嫌だったら無理に喋らなくていいよ。話題、変えよ?」
「・・。いや、聞いてほしいんだ。」
そうして僕はここに来るまでの((顛末|てんまつ))を話した。
深田さんは((真摯|しんし))に僕の話を聞いてくれた。そしてすべてを話し終えると深田さんは
「・・そっか。辛い思いをしたんだね。ごめんね。無理に聞いちゃって。」
そう言って、僕を優しく抱きしめた。僕は何かの((堰|せき))が切れたように大声で泣き声を上げながら深田さんを抱きしめた。そして、その後、二人手を繋ぎ、自然の残る一本道を夕闇に照らされるように歩いていった。
それからは授業後、深田さんとよく一緒にいるようになった。僕らが始めて出会ったあの花の咲いている場所を待ち合わせ場所に暗くなるまでおしゃべりしたり、休みの日には一緒に出かけたりもした。学校のなかでは不思議と会う事もなかったし、学校だと恥ずかしいなんてちょっと照れ屋な彼女の一面をみれたりもしたのでそう、特に疑問を持つ事もなかった。
もうすぐこの学校にきて2週間。僕はかってないほどの充実した日々を過ごしていた。
「真田・・、おい、さーなーだー」
クラスメートに声を掛けられ、我に返る。
「あ、ああ。どうしたの。」
「どうした、じゃないよ。お前ここ最近変だよ?」
「え?どこが?」
「どこがって・・、いつもボーっとしてるしさ、それに目のしたの((隈|くま))、すごいよ?ちゃんと寝てる?」
「え・・、うん。寝てるけど」
ここ数日は例の悪夢をみなくなっていた。気がつくと朝になっているし身体もすこぶる軽い。自分ではかってないほど身体の調子がいいと思っていたのでそんなことを言われるとは((心外|しんがい))、というか思っても見なかった。
「いや、大丈夫だよ。身体も調子いいし」
「そうかー。それだったらいいんだけど」
そう言ってクラスメートはどこかへ行ってしまった。
ううん・・。そんな風に見えるのかなぁ・・。そう、気にするほどでもないだろう・・。
「え?顔ー?別に普通だと思うけどなぁ」
そう言って深田は僕の顔をまじまじと見つめてる。
「でしょ?そんなのただの気のせいだよね」
「ふふっ、まぁいい男ではあるけどね」
そう言って深田は唇を重ねてくる。僕は抵抗せずに受け入れる。ここ数日、さらに二人の仲は深まった気がする。僕は細い深田の肩を抱き締めるといっそう深く唇を重ねた。
「ん。。、」
((呻|うめ))くようなどこか甘ったるい声を上げ、息を荒げた。このままずっと二人でいられれば・・。なんて、((甘美|かんび))な都合のいい考えさえも浮かぶ。((囁|ささや))くような春の終わりの風が草むらを揺らす。夕日に染まって真っ赤になった草を眺め、この甘い((余韻|よいん))を一層楽しむようにと、目を閉じる。
暗闇の中、((唇|くちびる))の感覚だけが伝わってくる。やがてお互いに重ねていた唇を離し
その((残滓|ざんし))を楽しんだ。そして目を開けると
そこは、教室だった。
「!??」
いったい何がおこったのか分からず、思考がパニックにおちいる。教壇の上の時計に目をやると時刻は11時半。授業中だ。ビックリして声も出せずにいると、やがて授業終了のチャイムがなった。
おそるおそる前に座っているクラスメートに尋ねる。
「ねぇ、今日って授業ってもうおわってたよね?」
「え、何言ってるの?まだ11時だよ?あれ?真田もしかして寝てた?」
「え、・・いや、そうだよね。うん。そうだそうだ。ごめん、寝ぼけてたかも」
「おいおいー、しっかりしろよー」
あはははと笑い声を上げ、((誤魔化|ごまか))す。おかしい。どうなっているんだろう?たしかに夕方だったはずだ。そう思って家に帰って((愕然|がくぜん))とした。いつの間にか一日過ぎていたのだ。混乱する頭で必死に考えながら、ベッドに入り眠りの世界へと落ちていった。
次の日、深田に会うと笑われながら
「えー?憶えてないのー?あの後すごい真田、積極的だったのにー!」
なんて茶化されてしまった。
「じゃあ、昨日の続き、やってみる?」
なんて甘えた感じで寄りかかってくるので、僕もその気になっって手を伸ばした。
そして、気がつくと自分のベッドの上だった。
「いったい。どうなっているんだっ!!」
真っ暗な部屋の中、大声で叫んだ。物音ひとつしない。家族も誰も気がついていないようだった。
僕は掛け布団を頭からかぶると背を縮めて丸くなって眠りに着いた。
それは真っ暗な世界。
辺り一面、闇。いけどもいけども何も見えず、何も感じず。ただ・・、あるのはドウシヨウモナイ焦燥感と内側から蠢くあの・・
「うわぁああああああああ!」
跳ねるようにしてベッドから飛び上がった。それはまた、あの悪夢。時計を見ると午前5時。
ようやく日が昇り始めた頃。少しずつ明るくなり始める部屋の隅で僕は小さく震えていた。
教室に入り、自分の席に座る。僕は見慣れたあるものに気付く。それは僕を見る視線。((怯|おび))えたような、どこか不気味なものを眺めるような・・。それは以前の学校でも感じたものだった。深くため息をついた。
・・結局、この学校でもダメだったか・・。深い絶望と悲しみにくれていると、
「気をつけなさい」
と、白部さんに声を掛けられた。
「気をつけなさい」
「気をつけなさい」
後から来た黒部さんも合わせて((連唱|れんしょう))する。
「今夜、狙いにくる。気をつけなさい」
「気をつけなさい」
そう言って、ふたりはトコトコと自分の席についた。僕はいったい何のことかまるで理解することができなかった。
放課後、僕は日の沈みかけた田舎道をとぼとぼと歩き続けていた。ふらつく足取りで目指すのは、あの花のある場所。あそこに行けば深田に会える。そうだ。相談してみればいい。深田に聞けばきちんと相談に乗ってくれるはずだ。初めて出会ったあのときのように・・。
わらにもすがりつきたい一心で、((朦朧|もうろう))とかすむ意識の中、一歩一歩、重い足をひきずるようにして進んでゆく。
・・いた。
深田はいつものように土手の端っこで赤いちょうちんみたいな花を眺めるようにしゃがみ込んでいた。
「深田。」
声を掛けると、((物憂|ものう))げそうに花弁を((揺|ゆ))り動かしていた手を休め、にっこりとこちらに歩み寄ってくる。
「真田、どうしたの?おそいよー」
と手をひいて、いつもの二人の定位置へと僕を誘う。二人、土手にちょこんと腰掛けしばらくの間、無言の時間を過ごしていた。どちらも花をみつめたまま、固く口を閉ざしている。
ふと彼女を見つめると、((僅|わず))かに口元が((緩|ゆる))んでいるような気がした。目が合う。吸い寄せられるように唇をかさね合わせて、ひとときの((静寂|せいじゃく))をかき消した。
「どうしたの?何かあったの?」
微笑むようにして彼女が問いかける。僕は((喉元|のどもと))をごくりと鳴らし、最初に発するべき
一言を選びかねていた。
「ぼ・・」
「大丈夫、安心しなよ。これからはずっと一緒だよ」
「え・・何を言ってるの?」
「何って・・、そっちこそ何を言ってるの?だってほら、これってアレでしょ?」
「え、ごめん。君が何を言ってるのか良く分からないんだけど・・」
「いやいや、ほら。何照れちゃってんのー。ほら、これってさーテレビとかで
よくある告白のシチュエーション?ってやつじゃん?真田君も役者よねー!やるぅ!」
「ち、ちょっと深田さん、なにをいってるの・・僕はただ・・」
「大丈夫、大丈夫。そんなーてれーなくてもー。二人はー一緒ー。いや、ひとつ?」
「ほら、もう一度、誓いのキスをしてよ。」
やさしく((滑|すべ))るように僕の((顎下|あごした))のラインを指でなぞり、彼女は顔を近づけながら唇を重ね合わせようとする。
「こらー!離れなさいー!」
突然の大声に僕は((呪縛|じゅばく))から逃れるように声の方角へと振り返る。
と、その((刹那|せつな))、二人の間を突風が突き抜けるように黒いナニカが駆け抜け
僕はそれに((攫|さら))われる様な形で、それに抱えられ一瞬でそこから引き((剥|は))がされた。
「え、白部さん?・・なの?」
先ほどの声の主であろう人物は、白い髪にえらく丈の短い((振袖|ふりそで))、下は((作務衣|さむえ))のようなズボンをはいたショートカットの見慣れた女子生徒だった。そして、僕を抱きかかえている人物はそれと同じ((格好|かっこう))をした黒髪のショートカットの少女。
「え、あ?く・・黒部さん・・?」
問いかけると、その黒髪の少女は微笑み、抱え込んでいた僕をゆっくりと地面に降ろしぱっぱっと、((土誇|つちぼこ))りを払った。見上げ込むように二人を眺めていると、ぱさぱさと黒い羽のようなもので頭を((撫|な))でられる。
「え?羽根ー?」
少しばかり自慢げに背中から生えた羽根を見せ付ける二人。もう何がなんやら分からない。そこへ追い討ちをかけるようにして、後ろの方から一人の人物が近づいてくる。
ザッザッという足音に気付き、
振り返ると、
「酒井先生ーー!??」
そこにはいつものえんじ色のジャージを着た担任の酒井先生の姿が
「ひ、光ってるーー?」
なんか・・後光出てるんですけど!むっちゃ、まばゆいんですけど!・・離れた場所では((苦々|にがにが))しげに顔を歪めた深田がこちらをじっと((睨|にら))み付けていた。
「大人しく((投降|とうこう))しなさい!今ならまだお手軽パックで((降伏|こうふく))できますよー!」
いつものぼそぼそ声とはまるで違う、はっきりとした白部さんの声。ゆらゆらと四つんばいの格好をしたまま、深田はこっちを睨み付けたままだった。
「無駄な抵抗はやめて下さーい!こっちはあなたの正体は突き止めてるんですよー!」
大声で叫ぶ白部さんと野犬のようにして唸り声を上げる深田。
「うるさいっ!あと、ちょっとだったのに!せっかくあとちょっとのとこまでいったのに邪魔してっ!一体、どういうつもりなのっ!アンタらっ!!」
パタパタと白い羽根を揺らしてガン無視を決めこむ白部さん。そんなキャラでしたっけ?
((苛立|いらだ))ちを抑えきれなくなった深田が四つんばいの姿勢のまま、一気に距離を詰める。
ガッ!ガガッ!!
((鈍|にぶ))い金属のこすれるような音が響き渡り、深田が((弾|はじ))かれるように地面に叩き付けられた。涼しい顔でその姿を見下ろす白髪の少女。僕の隣では黒部さんが腕組みをしたまま、あくびなんかしてたりする。どこからとりだしたのか六角形の長い棒を深田の眼前に突きつけ、
「本気、出さなくていいんですか?」
なんて余裕の面持ちで話し掛け、白部さんはつんつんと相手の((顎|あご))をつついたりしてる。その((隙|すき))を突くようにして、爪先の伸びた腕を伸ばし高下駄を履いた足を刈り取りにかかる。
その((斬撃|ざんげき))をさっと交わし、僕らのいるほうへと白部さんが舞い戻る。
「なかなか正体を((現|あらわ))してくれないですね」
「んー、なんででしょう」
「なんででしょう。さっさと本気を出してくれたほうが、こちらもやりやすいんですけど」
「もしかして、あれで本体じゃない?」
「欠片がどこかになるのかもしれないですね」
「あー、もしかして」
「あー、そうか」
二人してこちらを見合わせる。
「ちょっと失礼します。」
なんて僕のワイシャツのボタンを上から順にはずしてゆく。そんな心の準備が・・。
「あー、やっぱり。それじゃ本気だせないわけですよ」
そういうと白部さんは((懐|ふところ))からお札を取り出し、((露|あらわ))になった僕の上半身に貼り付け、ジャラジャラとした((紐|ひも))を僕の身体にくくりつける。
「オンソワカソウジャクソワオンヒサソワカ」
と、呪文のようなものを唱える。途端に吐き気とともに視界が真っ暗に包まれいつも見た悪夢のような状態に((陥|おちい))ってきてしまった。
「え?白部さ・・、う、・・」
「気を楽に。すぐ終るから」
呪文と唱え続けている白部さんの姿を真っ黒に変わり果てた視界のなかでなんとか確認しながらますます強くなってくる吐き気と戦った。僕の身体の内側がめくれたり戻ったりするのを感覚で掴みながら、途切れそうになる意識をかろうじて繋ぎとめる。最後の仕上げといわんばかりに、掛け声と共に、みぞおちの辺りを強く突かれると、それまで必死に((堰|せ))き止めていたものが、身体の中から一気に((噴出|ふんしゅつ))した。口から((物凄|ものすご))い勢いで黒い固まりが噴き出す。それは大気に散らばると、黒い霧に変わり深田さんの方へと((怒涛|どとう))の勢いで集まっていった。ようやく開放され、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。よろめいた腕をさっと支えられて、倒れ込むのを何とか持ち直す。
「い、今のは・・」
荒い((息遣|いきづか))いを整えるようにしながら、支えてくれている黒部さんに((尋|たず))ねる。
彼女は表情を変えずに
「あれは妖怪のからだの一部です。妖怪『なりすまし』。人間の身体に取り入って、内側から乗っ取ってしまう妖怪。・・ギリギリセーフでした。よかったですね。」
「よ、妖怪・・?」
「そうです。あなたの体調の原因は病気などではなく、妖怪の仕業だったのです」
「私たちはずっと手がかりを探していたのですが、反応が鈍くずっと特定しきれずにいたのです。」
「でも、ようやく強い反応を示したおかげで、ほら、ごらんのとおり探し当てる事ができたのです。」
「よかったよかった。」
「うん、よかったよかった。」
満足げに((頷|うなず))く彼女達。
「でも、探し当てるってどうやって・・」
「それは、アレです!」
と、自慢げに酒井先生を指差す二人。
「アレって・・、えーーーーーーーーっ!?酒井先生っ?!」
「そうです。アレは高機能のレーダー探知機能を備えた、私達の((酋長|しゅちょう))から切り離された((煩悩|ぼんのう))で作られた酋長の((僕|しもべ))。いや、分身といったところでしょうか。」
「え、酋長って・・、そもそも・・君たち」
「はい。私達も古くからの言い伝えに伝わる(小烏天狗|こがらすてんぐ))の((末裔|まつえい))。いわば、『妖怪』ってやつですね。」
「うん、妖怪。」
「はっ?」
「((理由|わ))けあって妖怪退治をしている((若輩者|じゃくはいもの))の((御身|おんみ))ですが」
「・・酋長の封印してた((小瓶|こびん))を遊んでて割ったのは内緒」
「あ、・・むぅ。言っちゃダメ。」
「あ、ごめん。」
「・・と、まぁ、いろいろと事情があって、というか後始末ぐらい自分達でしろ。と言われて妖怪退治を任された身というか・・」
「でも中に封印されてたのがいっぱい入っていたから、アイツもそのひとり。」
「そう。まだほかにもいっぱいいて・・だから、手こずってる場合じゃなくて・・」
「さっさとしないと酋長にまた怒られる」
「そう、怒られる。」
「でも、僕たちはまだ封印できないから、さっさと酋長を呼び出す」
「うん、呼び出す。」
「でも、呼び出すって・・、どうやって」
「アレを・・((媒介|ばいかい))にする。」
と、再び、酒井先生を指差す。
「アレは首長と繋がっている分身だから、アレを媒介に使って酋長に呼びかければ一瞬で入れ替わる。」
「一瞬で。」
「酋長、めんどくさがって封印しかやってくれないから、弱らせるのは私達の役目。」
「私達の役目。」
「一部でも妖怪の((欠片|かけら))が残っているとそこからまた復活するから、今回は全部見つかってよかった。これで、ようやく酋長を呼び出せる。」
「酋長を呼び出せる。」
そう言って、二人は酒井先生?に向かって、手をかざしなにやら呪文みたいなものを((唱|とな))え始めている。僕は、疑問に思っていた事を口にした。
「煩悩って・・、いったよね。これっていったい何の欲・・なの・・?」
一瞬、二人は押し黙る。
そしてぼそっと呟いた。
「・・すけべ欲」
「・・ああ。」
・・なんか、すごい納得した。
((眩|まばゆ))いばかりの光に包まれ、((体躯|たいく))の大きな立派な((烏天狗|からすてんぐ))が現れた。この人が・・((酋長|しゅちょう))か・・。
酋長は押し黙ったまま動かない。やがて、大きなため息をつくと、その大きなくちばしをグいっと突き上げた。それを合図にするかのように、二人の((小烏天狗|こからすてんぐ))は深田の方へと((構|かま))えを向ける。
「あーあ。もうマジで?ほんとにさ、はー、もう、やんなっちゃうなぁ。せっかくあとちょっとだったのにぃー。ホントいいとこまでいったと思ったのになぁ」
と、黒い固まりから普通っぽい今風の((格好|かっこう))をした女の子が現れた。都会でよく見かけたお姉さんっぽい服装をした女性をみて僕はちょっと面食らってしまった。
「え、妖怪って?あれで?ほんとうに?」
「妖怪だって、ずっと昔のままの格好をしてるわけじゃないもん」
「そうだよ、私達のこの格好だって酋長に無理やり((強制|き))させられて・・」
「・・あんな格好してみたい・・。」
と、ふくれっ面になる二人。
「はぁー、あ。せっかくあとちょっとでその身体、手にはいったのになぁ・・。」
プラプラと手を動かしながら、目の前の女性の妖怪が((愚痴|ぐち))る。
「その身体が手に入ったらぁー、都会行ってー、いろんなもの見てーおいしいもの食べてー、とか・・いろいろ出来たのになぁ・・」
「うるさいっ!そんなの、その身体で十分出来るじゃないかぁ!人間に迷惑かけちゃダメってちゃんと教わったでしょう!」
「・・違うのよぉ。その身体でやるから意味があるんじゃない。そんなの・・この女子の身体でやったってしょうがないでしょ・・?僕には夢があったんだ・・」
・・僕?
「そう、開放されてからいろいろな物に触れて刺激がいっぱいあってさぁー、ある日、近所の((満喫|まんきつ))でインターネットやってたら、すごい画像が目に飛び込んできたんだぁー」
「フリフリのドレス着たかわいい女の子みたいな格好でさ、何この子、かわいい!って思って見ていたら、股間にはさ、僕にはないものがついてるじゃないか。それなのにフリルのたーくさん!ついたドレス着て、お澄まし顔でちょこんと座っていてさ。それを見た瞬間、『これだっ!』って確信したのよぉ。僕がなりたかったものはぁ・・、これなんだってっ!!」
そう、うっとりと手を合わせて、その場でクルクルとまわる妖怪。
「うん、そう・・。僕がほんとうになりたかったものはこれ、なんだって・・。そう・・、ぼ、ぼぼ・・、ぼくは・・お、おと・・お・・
男の娘に・・・・なりたかったんだ、・・って。」
真っ赤になりながら、きゃっ、なんて((微笑んで|わらって))いる妖怪を((尻目|しりめ))に僕は、目の前がクラクラとした・・。
・・そんなバカな事が。そんなくだらない理由のおかげで,・・あんな大変な目にあったのか。
「そんなのっ、おんなのこのからだでだって出来るじゃないかっ!」
白部さんが叫ぶ。
「ダメよぉ。おとこのこの身体でやるから意味があるんじゃない。この身体だとぷにぷに、フニフニし過ぎていて、『おとこのひと』と交わった時に全然気持ちよくないのよぉ。こうもっと細いけどがっしりとした筋肉のぶつかる感じ?解かる?ごつごつとした肉のこすれる感じが味わいたかったのよぅ。」
何ていう事だ。・・何ていう事なんだろう。僕は、さっきとは違う感じでフラフラしていた。なんて理由で狙われてしまったのか。じゃあ、もし、なりすましが成功していたら、僕の身体はあんな格好やそんな格好を・・
「オエェーーー!」
酋長はただ、うなずいている。 ・・おい。
「とにかく、大人しく封印されなさいっ!」
「やだよぉー!どうせだから、アンタ達を退治してさっさと続きをやるんだ か ら 。・・ね?真田君?」
こちらにウィンクを飛ばしてくる。それはまっぴら((御免|ごめん))だ、((勘弁|かんべん))して下さい・・。
「と、とにかくあなたは、私達に大人しく退治されればいいのっ!」
「・・じゃあ試してみる?」
なんて小ばかにしたような感じで女妖怪は余裕の表情でいる。
「酋長」
と黒部さんが聞く。酋長は黙ってうなづいた。
「黒兵衛・・」
と、白部が声を掛けた。
「まずは僕の番だよ、白兵衛。・・弱らせてみせるから隙をついて、後ろから((援護射撃|えんごしゃげき))してよ」
「うん、わかった」
そう言うと、白部は後ろへと一歩引いた。
黒部さんはまた、どこからか六角状の棒を取り出してそれを上段に構える。
「僕が相手だよ。」
「ふぅん、二人がかりでもいいのに」
じりじりと距離を詰め寄らせお互いの射程距離に近づいてゆく二人。
・・瞬間。ごう、という((唸|うな))り声を上げ、
((六角杖|ろっかくじょう))が宙を切り裂く。一重で交わし、鋭い切っ先を腹部に放つ。一撃、二撃、三撃。速さとは裏腹の途方も無く重い斬撃が((容赦|ようしゃ))なく六角杖を削り上げる。回転させるようにそれを((薙|な))ぎ払うとそのまま遠心力を利用し上段、下段へと振り抜く。後方へ((逃|のが))れる黒い影をすかさず一歩強く踏み込んで、串刺しするかのように先端を((捻|ねじ))り込ませる。・・瞬時に((迫|せま))る((漆黒|しっこく))の点を手のひらで軌道を((逸|そ))らし、((懐|ふところ))へと潜り込み肉を((抉|えぐ))りにかかる。((乱|みだ))れた体勢から一気に杖を引き戻し、それを軸に半回転し受け流すように交わした((刹那|せつな))、後頭部に足の甲を叩き付けた。だが、後ろに目があるかのような動きで足首を((掴|つか))まれた瞬間、身体が入れ替わり、鋭い牙が足に襲い掛かってくる。ぞわりとした((悪寒|おかん))に包まれ、すんでのところで六角杖で腕を((薙|な))ぎ払うと少し離れた位置に着地した。
「あれ、結構やるんだね・・」
「・・ふぅ。」
ぺろりと腕からわずかに((滴|したた))り落ちる血を舐め、妖怪はくすりと((嗤|わら))う。
じりじりと再び間合いを詰める。じくりとした緊張感。冷たい汗が流れる。
「・・ふっ」
小さな掛け声と共に、一呼吸で三撃。すべて交わされる。・・
「なりすましのなっちゃんとは僕のことだよっ!伊達に何百年も生きているわけじゃないっ!」
と、両腕を巨大な鉄のハンマーのようにして襲い掛かってくる。重く鋭い連撃にみちり・・と腕のきしむ音が聞こえる。((怒涛|どとう))の如く続く攻撃を柳のように受け流しつつ、反撃の糸口を探っているがなかなか見つからない。
わずかに甘く入った攻撃を切り口に体勢を入れ替え、反撃に出る。だが、それが罠だと気付くのに((幾間|すこし))かかった。だが、押 し 切 る。
「たぁーーーーー」
めこぉっ。
防いだ体躯ごと地面にめり込ませ、大地に大穴を開ける。そのまま、地面ごと((抉|えぐ))り出すかのように、二撃、三撃と、追撃の手を重ねる。
「やった!押してるじゃないか!」
「ダメ、あれじゃ」
黒部の猛攻に興奮するかのように僕が叫ぶと、白部は((諭|さと))すように言った。
「私達は大きすぎる力を制御しなければいけない。そうしないと人間の社会すら((脅|おびや))かしてしまうから。黒部の今の戦い方は、後で大きな((爪痕|つめあと))を残してしまう。そうしないように私達は力を((行使|こうし))しないといけない。これも酋長の修行のひとつ。」
「あんな戦い方をするようじゃ、まだ未熟な証。あれだけ他の場所に((痕|きず))が残るということは力が((拡散|かくさん))してしまっている証拠。」
「・・そうなのか。」
「そう、訓練を積み重ねれば、力を一点に集中させることも出来る。」
「そういう点では、酋長はすごい。巨岩の上に乗った豆腐をきれいに真っ二つにすることだって出来る。」
「・・それは、すごい事なのか・・?」
「・・酋長、マジ変態。」
ハンマー状に形を変えた腕に異質の衝撃が((奔|はし))り抜けてゆく。なにこれ、打撃?((斬撃|ざんげき))?とにかく今までに受けたことが無い攻撃なのは確かだ。
まるで衝撃を受けた所が((起点|きてん))になってそこから((爆|は))ぜてゆくような・・。武器による打撃の衝撃はない。代わりに、お互いの((得|え))物が接触した瞬間、そこから球状に重い重力場が発生したかのような衝撃だけが身体を削ってゆく。
これが彼女のほんとうの力?こんな小さいのに?信じられない!まぁ、天狗なんて妖怪の種族の中じゃあ、力が強いというのは知っていたけど・・。
・・まさか、ここまでとはね・・。でも、負けられない。負けることなんて考えられない。
「へへ、やるじゃないお譲ちゃん。お姉さんびっくりしちゃった!」
「無駄口叩いてる暇なんて」
「フフフ、オッケー、オッケー。手を動かせってね。」
ッガッ!ギャリッ!・・ッキィン!!。鈍い火花の光と空間の((歪|ひず))みを発生させながら異常な斬り合いは続いてゆく。
・・ったく、どんな体力してんのよ。こっちは((大分|だいぶ))、息があがってきたっていうのに顔色ひとつ変えやしない。・・隙をつく・・にしてもそんなものあったらとっくにやっている。ああ、もう。くやしい!
「キャハハ、ほんと最近の子供は成長早くて困るわぁ。僕ももう少し若ければぁ、こんな手こずったりしないんだけどなぁ・・、なんてお姉さんも年かなー!こんな((愚痴|ぐち))っちゃったりして!でもね、それでも意地ってのがあるのっ!アンタみたいな、まだお股に毛も生えてないような、チビにやられるわけにはいかないっつーのっ!」
「・・っ生えてるもんっ!。」
((鈍|にぶ))い((圧搾音|あっさくおん))は激しさを増し、周囲に突風を巻き起こしながら、斬り合いは続いてゆく。
先より幾度目かの体勢の変化。軽やかに身を((翻|ひるが))し相手の背後の陣地を奪う。
ふわりとした着地とは裏腹の((疾風|しっぷう))の((如|ごと))き猛烈な突進撃を((繰|く))り出しぎゃりぎゃりと鈍い音を立てながら、なりすましの身体を削ってゆく。
均衡を保っていた攻防はすでにこちらの優勢になっている。
血まみれになりながらも向かってくる相手の攻撃を交わす。返す刀で肩口に抉りこむように叩きつけ、反動で脇腹へとねじりこんだ後、後方へと速やかに飛び去りつつ、((懐|ふところ))へと手を伸ばす。取り出した複数の((錫杖|しゃくじょう))。((呪言|じゅごん))と((護符|ごふ))が((施|ほどこ))されたそれを((縫|ぬ))い付けるように六発、地面に((突|つ))っ伏したままの相手へと叩き付ける。その瞬間、後方で待機し続けていた白兵衛に向かって、大きな声で合図を送った。
「白兵衛!」
「あい!」
空中で翼を羽ばたかせ待機している白兵衛はばさばさと古びた帳簿のようなものをめくり、ささっとすばやく印を結んでゆく。
「あれは・・?」
離れた場所へと避難させるべく、急スピードでやってきた黒部に抱き運ばれながら僕は不思議そうに((尋|たず))ねた。
「あれは・・、いろんな教えてもらった術を書き記した帳簿。白兵衛、教えてもらってもすぐに忘れるからいっつもあれ見てやってる。」
「それ、・・ダメじゃん!!憶えようよ!」
微妙そうな面持ちの黒部。反面、一生懸命な顔で必死に呪文をとなえている白部。こんな時、いったい僕はどんな顔をしていればいいのでしょうか・・。
高らかに声を張り上げ、着実に((儀式|ぎしき))を進行させてゆく白部の姿。すばやく結んでゆく印と共に、空に((濛々|もうもう))とした黒雲がどんどん立ち込めていった。
「オンジャクソワカスイエンソウジュクソウワクソウアクソウレイツゲイショウ!」
いつの間にか集まってきた雷雲と共に((幾多|いくた))もの雷が((駆|か))け巡る。
「ソウジャクソウゼンキョウシャク!」
数々の雷光、下腹部を((揺|ゆ))さぶらんばかりの轟音が響き渡る中、白部は禁術の最後の((締|し))め((括|くく))りへと取り掛かってゆく。
「オンジャクソワカワクソウアクソウ、・・ソウゼンキョウシャクソワカ!」
最後の印を斬り終え、天に向かって腕を大きく振りかざした!
「招き召しませ!雷神襲来ィっ!!」
天高く((掲|かか))げた印と同時に、幾多もの((極雷|きょくらい))の集合体が女妖怪に向かって降り注いでゆく。突き抜けんばかりに轟く物凄い数の雷撃が、((繋|つな))がれたままの女妖怪の((体躯|たいく))を情け((容赦|ようしゃ))なく((暴虐|ぼうぎゃく))と((被虐|ひぎゃく))の限りを((尽|つ))くし、成す術も無く一身を((嬲|なぶ))り続けられた女妖怪は((断末魔|だんまつま))のような悲鳴を上げ、((身震|みぶる))え((悶|もだ))えさせ、((苦悶|くもん))と絶叫を繰り返させた。
「うわ、うあわっ、うわぁああーーーー!」
黒部に抱えられたまま、想像を絶する凄まじさに叫ばずにはいられなかった。
「ちょ、これ迷惑もなにも・・、う、うわぁああああーーー!」
目の前をかすめるようにして、巨大な雷が足元の近くに生えていた巨木を真っ黒に焼き焦がした。バチバチと火柱を上げ先ほどまでの姿も見る影も無く、真っ黒な((残骸|ざんがい))が地面に転がり落ちてゆく。
「ちょ、これ・・いくらなんでもやりすぎじゃ・・」
と行使している白部の方角へと目をみやると、
「ええと・・、この((印|いん))があれで・・出力を((絞|しぼ))る((印|いん))は・・、と、え?あ、あれ?こ、これは出力を上げる((印|いん))だ!あ、え、あ、あれ、あ、あばばばばばばば・・」
降り注ぐ((極雷|きょくらい))は激しさを増し、あらゆるものに向かって降り注いでゆく!
「な、なにやってんのーッ?!」
「え?あ、あれ・・、あ、こ、こう・・?あ、違う・・!え。ちょ、え、え?」
軽くパニックになっている白部さんに向かって黒部さんが叫ぶ!
「に、にゃあああぁぁあああーーーーー!」
そ、それも違うっ!
くっそ!黒部さんも目がぐるぐるまわってるじゃないかっ!何だよっそれっ!きっと目の前をかみなりが落ちたときに思考が停止したなっ!でも、ど、どうすればっ!・・ああっ!、そうだっ!
「白部さーーーん!止めてっ!とりあえず、いいから((一旦|いったん))、術をとめてーーーーっ!」
っと、ダメもとで叫んでみるっ!
「へぇっ?!あ、え、いあ、そ、そうか・・!カスイエンソウジュクソウ!・・去ねっ!収束ーっ!」
印を結び直して、なんとか術を治めさせることに成功した。助かったぁ・・。
あちこちで煙が燻ぶってる中、まるで隕石でも((襲来|しゅうらい))したかのようなクレーターが
ぽっかりと((幾|いく))つも空き、天変地異の((如|ごと))き極悪な術を((行使|こうし))してしまった((後景|ごけい))。
何個目かの大穴の中で、妖怪『なりすまし』は上半身だけを残し、かろうじてそのかすかな呼吸を((保|たも))っていた。
「か・・、は・・、あ、」
声にすらならない((雑声|ざっせい))を((擦|かす))れさせ、それでもまだこちらに手を伸ばし襲い掛かろうとする。届かないはずの手を((警戒|けいかい))し、その間合いに近寄ろうとしない二人。少し遅れて((小烏|こからす))天狗の酋長も到着する。
「では、封印します」
「します。」
二人の声に酋長はうなづき、三人は散らばる。『それ』を囲うように三角形の陣を((敷|し))き、印を結んでゆく。
「少し離れててください」
そう((促|うなが))され、ぽっかりとしたクレーターの上からぼんやりと((体操座|たいそうずわ))りで((眺|なが))めていた。
何かを唱える声は次第に大きくなって、3人に対になるように置かれた3つの錫杖で六亡星を形作った。しばらく見ていると、煙でも上がるかのようにして妖怪なりすましはその形を消滅させた。
終わってみると、なんとも((呆気|あっけ))ない最後だ。周りを見渡せば((悲惨|ひさん))なことこの上ないが・・。
クレーターからよじ登ってくる手に気付き、近寄った。
「終わりました。」
「終わりました」
にこやかにそう告げる彼女達はさわやかに微笑んだ。
「お疲れ様。」
思わずそう声を掛けてしまったが果たしてそれは合ってるのか。どちらにせよ彼女達によって僕は助かることが出来たわけだし、それならば感謝するのはこちらの方こそ。・・なのではないか?ああ、そうか、それなら掛けるべき言葉が違うじゃないか・・。僕はそう思い直すと、彼女達に手を差し出し、
「あ・・
「きゃあ。」と、白髪の下に((埋|う))もれるたわわ・・とは((言|い))い((難|がた))い((両胸|りょうむね))を((鷲掴|わしづか))みにする酋長。続けざま「ひゃあんっ。」片方の手で黒髪の小ぶりな尻を下から乱暴に((撫|な))で上げる。何してるんだよ。このばか酋長・・。かなり本気に近い握り拳をその身に受けつつ
酋長は再び姿をくらました。というか透明になって消えていった。というか頼むから、もう姿を見せないで下さい・・。お願いします。
完全にタイミングを見失ってしまった僕の手は行き場を失い((彷徨|さまよ))っている。ごまかすように頭にもって行き、なんとも情けない空笑いをするしかない。
「酋長、マジ変態」
「マジ変態」
ふくれッ面のように((頬|ほほ))をぷーっと((膨|ふく))らませ、二人は怒っている。困った。こういう局面を打開するにはどうすればいいのでしょう。誰か、教えてください。
「あ、そういえば((報酬|ほうしゅう))。」
「は?」
いったい何のことをおっしゃってるんでしょう?この娘さん方は?
「妖怪退治の報酬」
・・あ、
「あー、うんそう、報酬・・。報酬ね・・。」
「うん、報酬」
「報酬、ください」
でもよくよく考えてみると妖怪退治してもらった妖怪?に渡す報酬ってなんだ?お金・・、ではないし、そもそもうちの家庭はそんな大金もってるわけはない、・・。いや、もしかしてよく昔話とかにあるじゃないか。助けてもらった((御礼|おれい))にその身を((捧|ささ))げるとかって・・。ということは、命?!じゃあ、なんだ。今度はこの彼女達に僕は命を狙われるって事か!?え、うーん、助けてもらったしそれにそう、取って((喰|く))われるわけでもないし・・。それにそんな・・・悪い気も・・。
「わ、分かった。でも、いったい君たちに・・どうすればいいの?」
と、((尋|たず))ねると何も考えていなかったかのようにきょとんとされる。
「・・えー、どうすればいいんんだろう」
「どうすればいいんだろう」
示し合わせたように首を傾げる二人。
「えー、いままで報酬もらったこともなかったし・・」
「うん、酋長が報酬もらえって言ってただけだし・・」
「どうすればいいんだろう」
「どうすればー」
腕組みをしてうんうん考え込んでしまっている。よっぽど考えてなかったんだろう。
「あー、そうだ」
黒部さんが思いついたように言う。
「じゃあ、助手になって下さい」
「じょ、助手ぅ・・?!」
「うん、いや・・あれ?なんか違うな。あ、そうだ、友達になって下さい、だ」
「あ、それだ」
「うん、名案」
「ん、名案。」
うんうんと((頷|うなず))き合っている二人。そんなことでいいのであれば簡単な事だけど。いや、ほんとにそんなんでいいのかー?本当によく考えたのだろうか。
「え、いや・・そんなんでいいのなら、こちらこそって・・」
手を差し出すと、喜んだようにはしゃぐ二人。
「ほんと。やったー」
「やったー」
「これでちょっと楽になるー」
「うん、なるー。あと50ひきくらいはいるから、手伝ってもらうとすごくラクー」
「ラクー、やったー」
「やったー」
とても嬉しそうにはしゃぐ二人。・・うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!それ、ほんとに友達じゃなくて・・ただ、の助手じゃないかぁあ!((呆然|ぼうぜん))とする僕の手を取って指切りを((交|か))わし、
「契約、契約ー」
「契約ー」
と、ブンブン振り回された。すみません、考え直させてもらってって・・、もう遅いか。彼女達の嬉しそうな笑顔を見てると、仕方ないっていう気にもなってくる。・・しょうがない。助けてもらった命だし、乗りかかった船だ。ただ、命の危険はないようにお願いします。照れるように頭を((掻|か))きながらも僕は
「ああ、うん。じゃあ・・しょうがないね。・・うん、こちらこそよろしくー」
なんて少しばかり後悔を((滲|にじ))ませながら言うのだった・・。
こうして何の((因果|いんが))か僕は妖怪による妖怪退治の片棒を((担|かつ))がされるはめになったのだけどそれを大変にこっぴどく((後悔|こうかい))することになるのは、
そう遠くない未来の話である。ただ、今は((束|つか))の間に訪れた((安堵|あんど))の感情と、これから巻き起こる様々な出来事への期待をじわっと胸に噛み締めて一刻もはやくお風呂に((浸|つ))かって、ベッドのなかでゆっくりと眠りにつきたいだけです。今日はこれで開放されるだろうという((安易|あんい))な((願望|がんぼう))を打ち砕くかのように黒部さんがこちらへと振り返る。じーーっとこちらを((見据|みす))えてると
「そういえば、((白兵衛|しろべえ))、報酬あげてない」
と、白部さんに((咎|とが))めるように言った。
ビクッとなる白部さん。心持ち緊張したかのような((面持|おもも))ちになって
「・・う、うん。」
と、ぼそっと((呟|つぶや))いた。なんか気のせいか、ほんのりと顔が赤く染まっているような・・。
「あー、いや、うんいいよいいよ。僕は助けてもらった立場なんだし・・」
となだめるように言うと
「ダメ。妖怪の世界では助けてもらったら((御礼|おれい))をするのが常識。それを((破|やぶ))ったらダメ」
なぁんて強い口調で((咎|とが))める黒部さん。
「うん、わかってる。ちゃんとする・・」
しおらしく答える白部さん。
「ちゃんとする。白兵衛。いい?」
「うん、分かってる・・ちゃんとする」
うつむいて口をきゅっと締める。な、んだろう、報酬って・・。
「あの・・」
意を決したかのように顔を上げる。なんか瞳が((潤|うる))んでるんですけど。
「あの、((頬|ほっぺ))にキスと、((頬|ほっぺ))をペロペロ・・、ど、どっちがいいですか・・?」
「は、はぁーーーーー?」
「あの、し、真剣に答えて・・くだ・・さい・・」
報酬って、そ、そういうことかー。
「あ、あの・・それじゃ、頬っぺにキス・・で」
キッ・・と顔を上げ
「ほ、ほんとに・・それで、・・いいんですかっ?」
と真剣な面持ちで((尋|たず))ねてくる。
「あ、うんー。それで、いいよ・・」
「あ、あう・・。わかりました。じ、じゃあ目を閉じててくださいね」
「あ、うん。」
((促|うなが))されるままゆっくりと目を閉じる。しばらく何もしてこないなーと思っていると右頬に温かい感触が・・。しっとりというか、・・う、動いてる・っ?!
「な、なぁ・・!?」
慌てて目を開けると白部さんがこちらに身体を((擦|す))り付けながら必死に((右頬|みぎほほ))を舐め回しているっ!
「な、ちょ・・ちょっと!白部さんっ?白部さんっ?!」
「だ、だってぇ・・」
なんて潤んだ瞳でこっちを見つめてくる。
「白兵衛、・・やっぱり」
――なんて、ちょっと((意地悪|いじわる))そうな顔でこちらに向かってにやけている黒部さん。
「ち、ちがうもんっ!酋長に((触|さわ))られたからスイッチが入っただけ・・、あう・・。」
なんて必死に((反論|いいわけ))するもまるで説得力のない白部さん・・。ちょ・・、くすぐったい!くすぐったいから・・!
必死に顔を((擦|す))り付け甘えた子犬のように密着してくる白部さんと、抵抗していいものか分からず、戸惑い手足をバタつかせている僕とそれを遠くからニヤニヤ眺めている黒部。
((傍|はた))から見ると、もう何が何やら分からない状況というか((羨|うらや))ましいぞコンチクショーってか、おい、そこ代われみたいな、もう、どうしてこうなった・・的な光景のまま、夕日の沈む平和な田舎道だったはずの・・もう、すでに・・ただの荒地としか言いようがない場所で某ラノベも顔面蒼白なまま裸足で駆け出し、スタコラさっさと逃げ出してしまいそうな((―――|ピ―――))シーンを演じるのだった・・。
そして、その後、妖怪退治の助手となり幾多もの妖怪達と決死の((死闘|しとう))を繰り広げるのは、それは、また別なお話。
説明 | ||
久しぶりに物語的なものを作ってみたい衝動にかられたので勢いのまま作りました。やりたいことをそのまま全部突っ込んだので、ごった煮感満載ですね・・。すみません。 | ||
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