命-MIKOTO- |
1章〜歯車〜
―異動。無能だから、ではなく。有能だからこその転勤。合併吸収した先にある
千葉のやや田舎っぽい所に所在する会社を成功させるために異動させられたのだ。
電車に揺られながら隣にいる少女に目を向けて話す。
「ごめんね、マナカ。また引越しすることになって」
少女は少し嬉しそうに、でもどこか寂しげな顔。表情の変化が僅かで私にしか
わからない変化だったが、それでも十分だった。
「いいよ。ヒトミがいれば寂しくないよ」
彼女の反応を見て私は疲れた気持ちを癒しながら電車に揺られ外の景色を眺める。
車の免許も持ってはいるが、とりあえずの土地の把握、調べ、住民の間の調査。
それを無駄にしないためにも、ここから始めることにした。もう少しで、目的地に
辿り着く。そうしたら、仕事も、彼女のことももう少し頑張ってみようと思った―
――――――MIKOTO SIDE――――――
私が萌黄と付き合ってから2年が経過した。それから私は、萌黄が働く会社に入った
けれど、世間に不慣れだった私はもっと地元の人と仲良くしてみたいという気持ちが
強くて、買い物途中に見かけたお店を見たらすごく惹かれるものがあった。
おもちゃ屋・昴(すばる)
自然と引き寄せられるように店に入っていき、店長さんに気付かれてから話がホイホイ
進んでいって、家人と話をしてきますと言って、出はしたが。自分の中ではもうここで
働きたい気持ちが強くなっていた。
そのことを萌黄に話すと最初こそは嫌そうな、寂しそうな表情を浮かべてはいたけど、
私の目をジッと見てから何か思う所があったらしく、少しぎこちなかったけど頷いて
くれた。いつもお世話になっていて悪かったけど、これだけはどうしてもやりたかった。
それから1ヶ月。ようやく仕事の作業にもなれてきて、長身である私は男性陣から
色々な意味で重宝されていた。店長さんはいまどきの中学生の平均くらいの身長で
やや小さいから私はよく大きい大きいとからかわれている。
それは、言葉の響きとかで悪気ではなく、楽しくやろうとしている気持ちが伝わって
きた。そして、徐々に周りの人たちとも楽しくできるようになった。一気に視界が
広がったような、気持ちが開放されたようなそんな気持ち。
「でっかいおねーちゃん」
「どうしたの?」
「このカードどこにある?」
「それは、レジの前にあるよ」
「ありがとー」
最近よく見かけるカードを提示してきた少年が見てる私が釣られるほどの笑顔を
している。小学生の低学年くらいだろうか。幼い少年の質問に少し柔らかく対応
できるようになった私は少し自信がついた。あまり人見知りしないと思っていたけど
初めのうちは予想を上回る緊張が私を襲っていたけど。ようやく、少し滑らかに、
言葉を噛まないようにはなれた。
「きゃっ」
レジで会計を済ませた少年は入り口付近で品物のチェックをしていた私のお尻を
触ってから走って去っていった。その早さたるや、すごいものだった。
「こら、エロガキ!」
一緒に仕事をしていた茶髪の好青年の方が少年に叱り付けるが、既にそこには
誰もいなく、強く放った言葉は空振りに終わってしまった。私は必死でやっている
彼が微笑ましくて、つい声に出してしまった。
「ありがとうございます」
「い、いや。それにしても最近のガキはもう・・・」
一見、不真面目そうな外見からは似つかないほど、がんばっている彼を見ていると
私もがんばろうという気持ちが湧いてくる。それにしても、彼こと、高田さんは私に
気をかけてくれたり優しい面はあるのだけれど、あまり目を合わさないのは何故だろう。
「それに・・・他にもこういうことする人に思い当たりがあるし・・・」
「え?」
「な、何でもないです・・・!」
脳裏に浮かんだ愛しい人の姿を浮かばせると自然に言葉が出てしまった。いけない、
仕事に集中しないと怒られてしまう。せっかく、仕事場の雰囲気が良いのだから大切に
しないといけない。すると世間話なのか、高田さんは何とか思い出しそうにしようと
しているのか。やや、あやふやな表現でぽつぽつ話し始める。
「ほら、最近新しい怪談話ができたみたいじゃないですか」
「怪談?」
「そう、ジェット美人とか、ミス・新幹線とか…俺が小さい頃聞いていた、そういうのは
大抵、婆さんとか、ちょっと怖い系だったんですけどね」
「・・・」
一瞬、肩がぴくっとなって強張る。実はその噂の張本人とは口が裂けても言えない。
萌黄がお弁当やその他諸々忘れていたときに、うっかり能力を出しちゃってバスと並んで
走っていたり、轢かれそうだった猫ちゃんを能力で加速して助けたりと、色々と能力を
外に出していたらそんな噂ができてしまっていた。
「そ、そうですか。あはは」
「?」
「おい、そこの二人。何をいちゃいちゃしているんだい?」
ちょうど良いタイミングで小さな店長が奥から覗いて声をかけてきた。今はお客さんが
いないのでレジをしていた店長が奥で休憩の準備をしていたらしい。そして、
いちゃいちゃ発言に顔を更に赤くした、高田さんは店長に怒鳴っていた。
「店長、今の時代は男女共にそういう発言するとセクハラ扱いを受けるんですよ!」
「なんだよ、別にここだったらいいだろ。まみちゃんも嫌がってないし」
「まみちゃん・・・?」
摩宮の苗字を使っていての「まみ」ちゃんなのだろうか。少し解り辛い呼び方に
私は苦笑いをした。いっそ、名前の方で呼んでくれた方がわかりやすいのだが。
この時間帯は特に客も来ないらしいので、少しの間だけ休憩することになった。
奥にある部屋は畳が敷かれていて、コタツにみかんと、なんだか抜け出せなくなりそう
な組み合わせが置いてあった。みかん以外にも近所の人にもらったらしい、駄菓子とかが
無造作に置かれている。
「誰もいなくていいんですか?」
私は近くにあるポットのお湯を急須に溜め、湯のみ茶碗にお茶を淹れながら店長に
聞くと、店長は苦笑しながら「いいの、いいの」という。話を聞くにどうやらここ数年間、
この時期、この時間帯にお客さんは来ないらしい。それどころか、経営自体も少々
苦しいとか。
「大きな建物が増えてきたし、そろそろこの辺の商店街もお終いかもね」
穏やかじゃない物言いの高田さんに店長は呆れ顔で高田さんの肩を掴んで凄みを
利かせた。身長が今の男性にしてはちょっと低めで優しい顔立ちをしているから
軽い口を出されやすいけど、怒ると少し怖い。おしゃれに生やしているという顎髭の
せいだろうか・・・。
「それを君たちのがんばりで商店街を盛り上げて欲しいってんでしょうが・・・」
「ええぇ、そこまで俺たちに望まないでくださいよ!」
お茶を啜りながら、この辺の商店街を見ていると確かに、大部分のお店は全て
シャッターを下ろしてあった。いつから、ここの商店街は過疎化していたのだろう。
けっこう立派な屋根もついていて、広くて、使うと快適そうな環境なのに。
すると、お店の方から声が聞こえてきた。店長の「数年」に当てはまらない人だ。
私は二人に休憩を続けさせて一人で向かった。声からすると大人の女性みたいだけど、
子供にあげるためのおもちゃでも買うつもりだろうか。スーツをかっこよく身につけ
ショートカットの、どこか男性を思わせるような風貌に、私は一瞬、声をかけるのが
遅くなった。
その間に、彼女と私は目が合う。彼女の目が微かに見開くと私の思考が僅かに
揺らいだような気がしたが、私はそれを振り払い、目の前にいるお客様に声をかけた。
「何かお探しですか?」
「あっ、いえ。ここの店長と話がしたくて来たのだけど」
彼女は私にそう言うと、少し意外そうな顔をしていた。その理由が私には計れないが
さっきの思考に変化が起きそうだったことと何か関係があるのだろうか。一般の人には
気付きにくい何かが彼女にはありそうだった。
「では。今、お呼びします」
何だか、吸い込まれそうな感覚が不気味だ。私は急いでその場から離れ、休憩していた
店長を呼んで、その女性を紹介した。それで、別に話があるからと女性は店長と共に
奥へ歩こうとしたとき、一時振り返って、私・・・いや、その少し横に目を向けて名前を
呼んだ。
「マナカ、少し待っていてね」
「・・・わかった」
「え?」
まるで気配を感じなかった。私の隣にいた、あまりにも存在感が薄くて今にも消えて
しまいそうな儚げな雰囲気を持つ女の子がそこにいた。消え入りそうな小さな声を
聞き取ったのか、彼女は、マナカと呼ばれた女の子に手を振って奥へ消えていった。
「・・・」
うかつに触れれば壊れてしまいそうな空気に私は息を飲み込む。しかし、一見すると
普通の少女だ。私はいつも通りに声をかけてみた。
「何か興味のある玩具とかある?」
「ない」
「そう・・・」
「貴女、今困ってる目をしてる」
「え・・・?」
「面倒・・・とは違うけど、戸惑っているような、扱い方がわからない目」
この子も、普通の子とは違う何かを持っているような気がした。そうか、この子は
人の目を見て相手の感情を読み取れるのか。それじゃあ、普通の子として扱っても
仕方ない。私は、萌黄と同じように振舞うような顔をしてマナカと呼ばれる少女と
向き直った。
「えへへっ、すごいね、君。随分と鋭い目をしてる」
「―――!」
無機質のような無表情だった顔が少しだけ驚いた顔になってような気がする。
私は、せっかくの機会だからと自己紹介を始めた。
「私は――摩宮、摩宮・命(まみや・みこと)あなたは?」
「…聖・愛神(ひじり・まなか)愛の神って書いてマナカ」
「へぇ、いい名前ね。あまり見ない顔だけど、最近越してきたの?」
「う・・・うん」
まるで私の本心が読めないと訝るように顔を必死に覗き込んだ。どうやら、彼女を
知った後だと私のような反応をする人がいなかったみたいだ。それもそのはず、私は
本心から彼女と接したいし、別の顔を作ることもしないからだ。
「ねぇ、どうして私を怖がらないの?こんな目を持ってるのに」
「そうね、愛神ちゃんと同じで不思議なモノを私も持ってるから・・・かな?」
「え・・・?」
愛神ちゃんが私の言葉が気になったらしく、更に私に問いかけようとしたとき、
話が終わったのか奥から凛々しい女性と少し肩を落としている店長が出てくる。
あまり、良い話ではないことは容易に想像ができた。かといって今の私にできることは
何もないだろう。一緒に帰ろうとする、二人に私は一つの商品を持って愛神ちゃんに
手渡した。
「せっかくの出会いに、私からのプレゼント」
「・・・」
「また会いましょう?」
私が手渡したのは筒状の先に紙で作られたものが巻かれているモノである。筒状の
所から息を吹き込むと丸まっている部分が一気に伸びてピンッと張るものだ。
昔からあるやつだが、それなりに楽しめるものである。まぁ、今の遊び道具が盛んな
子供達にはたいしたものではないかもしれないが。
「・・・うん、ありがとう」
愛神ちゃんの表情が若干緩んでいるのを見ると私はホッとした。その子を見ていた
話をしにきた彼女が私と顔を合わせて一言、愛神ちゃんと同じようにお礼を言われた。
それから彼女達は店を出て、ゆっくりと姿を消していった。
大したものではないとはいえ、商品は商品。私は財布から100円玉を2枚出して
レジの中へ投入した。
それからの店長は少し戸惑いを見せながらもいつも通りの態度に戻して残りの時間を
終える。あの二人が入店して以来は別段変わったことはなかった。
家に帰る途中でスーパーによって今晩のごはんの材料を調達して家へと戻る。
まだ、中には誰もいないから家の中が薄暗い。玄関、リビング、台所の灯りを点灯
させてから私は買ってきた材料を使って調理にかかっていた。ここに着たばかりの頃は
あまり上手くできなかったけど、萌黄が色々教えてくれてからは料理を用意するのも
楽しくなってきた。今では包丁の扱いは萌黄よりも上手くなったと思える。
「今日は少し寒いからシチューにしようかしら」
野菜を切りながら今日あった不思議な目をした二人をぼんやりとながら思い返していた。
何のために店に訪れたのか、あの子は他の子供と違ってどこか寂しそうだったこととか。
そうしているうちに、鍋の中に野菜を投入して煮込み始めた。その間は小皿に盛る程度の
簡単なものを作っておくことにしよう。
「ふぅっ・・・こんなものかな」
まだ煮込む時間はけっこうあるので、テレビをつけ、ソファーに腰をかけてから
ニュースの特集を見ていると、新婚の奥様の手料理コーナーをやっていた。
帰ってきた旦那様を迎える奥様。テレビの前だというのにいちゃいちゃしている
姿を見ているとまるで私達みたいだなぁと思っていると、かなりの時間が経過していた
ことに気付いて、シチューのルゥと入れてかき混ぜる。
ガチャッ
玄関から扉が開く音が聞こえた。どうやらこの家の主のお帰りである。私はしっかり
混ぜ終えると早足で萌黄の迎えに出た。
「おかえり、萌黄」
「命ちゃーん」
「どうしたの?」
容姿が小さくて学生と言っても通じそうな幼さにスーツが微妙に違和感を覚える。
そんな萌黄はポニーテールを揺らしながら私に飛びついてきた。なんだか、少し泣き
そうな声だったのが気にかかったが、萌黄は何かを思い出したかのように、パッと
私から離れて両手を組んでシナを作ってから口を尖らせてきた。
「おかえりなさいのちゅ〜っ」
「えっ、今日も・・・!?」
付き合ってからは毎日とばかりにキスをねだられている私だが、嫌ではないし、
むしろ気持ち良いのだが、何しろ毎日だと少し恥ずかしさを感じる。しかし、以前に
私が恥ずかしがって時間をかけたら拗ねられてしまったから、そうならない内に
今度は私から腰を屈めて萌黄のぷるぷると瑞々しい唇に軽く口付けをしたら後頭部に
手を回されて強引に引き寄せられ、口の中へ強引に入れられてしまった。
「ん、んんんんっ・・・!」
「ん・・・んふっ」
「はぁはぁ・・・。もう・・・萌黄ったら」
「えへへぇ。今日のごはんは何かなぁ〜」
「あっ、ちゃんと手洗いうがいをしてくださいよ!」
口の中で私は弄ばれた後、満足げに頷いた萌黄は台所へ直行しようとしたところを
私は子供を叱るように萌黄に一言告げると、萌黄はその場から半回転して洗面所に
入っていった。その間に火照った顔を手で扇いで風を送りながら台所へ向かった。
もう一つの新しい理由。また一段と萌黄の舌技が冴えてきたからというものある。
それをやられると私は全身の力が抜けて妙な声を上げてしまうから、少し・・・
恥ずかしいと思ってしまうのだ。
「いただきま〜す」
「いただきます」
晩御飯の用意を済ませると早速二人で手を合わせて一言呟く。パン・シチューが
メインの内容である。後は、軽く野菜を炒めたものを小皿に乗せてある。
「あっ、そうそう。命ちゃんとの大切なちゅ〜をしていたら話すこと忘れたよ」
「なんですか?」
キスの方が優先されるのだから大したことはないと思っていたのだが萌黄の一言で
驚きのあまり思わず口にしたモノを吹きそうになったのを何とか堪える。
「・・・んっ・・・くっ」
「命ちゃん、なんだか声がエロい」
「嬉しそうに言わないでください・・・」
聞き間違いか、もう一度萌黄に同じことを言ってもらうことにした。
「いやぁ、会社が吸収合併されちゃってさぁ〜」
「キスより大事なことじゃないですか!」
「なにおぅ、命ちゃんとのスキンシップより大事なことはない!」
「言い切らないでください」
これじゃあ、萌黄の上司に当たる人は大変だなと思っていたところで、その上司は
つい最近、緑さんになったことを思い出した。そうか、緑さんは大変なんだなぁ。
萌黄のいる課は他の社から扱っている商品を売ることになっていて、書類を作成、整理
する人たちとテレフォンアポインターの大きく二つに分かれている。萌黄は前者の方だが。
話を聞いていると会社の赤字が続いていて最近、急激に業績が上がっている、とある
会社との合併をしたのだとか。まぁ、潰れるよりはいいとは思うけど。それによって
環境も大きく変化しそうで、萌黄の性格を見ていると少し心配になってきた。
「どうしたの、ジッと私をみて」
「いえ・・・別に」
ポッと顔を赤らめて照れる萌黄に私は呆れていると、そこから本番とばかりにいい加減
だった萌黄の表情が急にキリッと引き締められた。さすがに今までのは悪ふざけだった
のか、少し安心した。
「そこで私達の課に新しい仕事ができてね。ここら辺一帯の商店街とか寂れてる箇所の
調査をすることになったんだけど。本社から来たキャリアウーマンが酷くてねぇ。
あっ、見た目は男の人っぽいというか、タカラ塚というか」
「あぁ、そういう人、私の行ってるお店にも来ましたよ」
「そうなんだぁ、奇遇だね。だけどそいつが横暴で。名前が・・・確か聖・瞳魅
(ひじり・ひとみ)って言ってたかなぁ。なんだか偉そうで緑ちゃんが、かなり
困っていたよ」
「ひじり・・・」
あれ、私の脳内に同じような響きがあったような気がした。そう、働いているとき。
浮かんできたのは小さい女の子と自己紹介を交わしたとき、確かに同じ苗字だった。
あまりない苗字だからはっきりと覚えている。
「命ちゃん?」
「あっ・・・もしかしたら、その人。お店に来た人と同じ人かもしれません」
「え・・・!?」
何かを知ってるのか萌黄は心底驚いた顔をして少し俯きがちで考えていた。
その様子を見ていると、どうやら萌黄の問題だけではなく、町全体の問題なのかも
しれないと直感的に感じていた。あの人は一体、この町へ何しに来たのだろう。
私にも多少なりとも危機感を覚えていた。
続
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第2部。前作も含めてpixivに上げてるのでよければ是非見ていってください。妖狐の子がちょっと非日常の生活を送るほのぼの話しです。 | ||
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