第十話:彼の誇り、少年の願い
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サイと刹那の邂逅の夜から一夜明けて翌日。

眠い目を擦りながら玄関の下駄箱から上履きを出していたサイの後ろから声をかける者が居た。

 

「何だ、随分眠そうだなサイ」

 

「おはようございます、サイさん」

 

それは勿論、エヴァンジェリンと茶々丸である。

まあ、と言うかこの二人以外でサイに挨拶をする者は、例え毎日がお祭り騒ぎの2−Aでも少ないのだ。

最初の転入して来た日の乱暴そうな印象が彼に声をかけるのを躊躇わせているのかも知れない。

 

「おう、キティに茶々丸、おはようさん。

・・・ふあぁぁぁ、ちっと昨日は遅くまで起きて居過ぎたか」

 

実は昨日、サイは標的の始末を終わらした後に麻帆良で散策をしていた。

現れた怪物達はサイの記憶の奥底から思い出したもので、全て魂獣界に“存在していた”魔物達なのだ。

 

『存在していた』と言うのには理由がある。

実は出て来た魔物達は遥か昔の古い時代に“絶滅”した筈の者達ばかりであり、少なくともサイの居たであろう時代には存在しなかった筈である。

そんな魔物が一体、何処からこの麻帆良に現れているのか気になったのだ。

 

しかし時間ギリギリ、まさに太陽が登り始めるギリギリまで捜索したが現れている場所は解らなかった。

その為サイは結局の所1時間程度仮眠を取っただけなのだ。

・・・そりゃ眠いのは当然だ、寧ろ起きれたのが不思議な位でもある。

 

「まあ良い、私達は先に行く。

・・・ってコラそんな所で立って寝るな、せめて教室まで来てから寝ろ馬鹿者」

 

「サイさん、眠いようでしたら私が教室までお連れしましょうか?」

 

立ったまま寝ているサイを起こす二人。

 

「・・・あぁ? あぁ・・・大丈夫、大丈夫。

茶々丸も心配要らねぇよ、直ぐに、クラスに・・・Zzz・・・」

 

いや、ダメだ。

完全にこの少年、立ったまま寝ている。

その様子を見たエヴァは溜息を一つ吐くと茶々丸の方を向いて言う。

 

「やれやれ・・・茶々丸、クラスまで背負って行ってやれ」

 

「はい、畏まりましたマスター。 ではサイさん、少々失礼致します・・・」

 

茶々丸は軽々とサイを背負う。

エヴァはそれを確認してから先に鼻歌を歌いながら歩き出した。

・・・本当にこのような姿など、かつてのエヴァでは見られなかった光景だ。

 

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そしてもう一つ―――

先程までサイの後姿を監視していた視線があった。

いや、どちらかと言うと監視と言うよりも・・・興味か、それとも何か物言いたげな視線だろう。

 

「・・・あっ・・・」

 

小さくそう呟いた視線の主。

影に隠れて居る為、誰かは理解し難いがどうやらサイドテールの少女のようだ。

結局、何の為にサイを見ていたのかは解らないが、その少女もHR開始の時間5分前程になってクラスの方へと向かっていった。

・・・その背に見覚えのある大きな竹刀袋を背負って。

 

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「オォ、やっと来たアルな」

 

クラスの前まで来たエヴァと茶々丸に、茶々丸の背で爆睡しているサイ。

そんな三人に声をかけてきたのは本来なら珍しい・・・いや、彼女のお眼鏡に適えば珍しくもないか。

まあ、このクラスないしこの麻帆良ではそこそこ名の知れている人物だった。

 

「むっ? 何だ、拳法バカ娘ではないか。

何か用か・・・まあ、その様子では用があるのはコイツだろうが」

 

エヴァが指差すと拳法バカ娘こと、古菲が人懐っこい笑顔で頷く。

どうやら彼女が用事があるのは茶々丸の背中でグッスリ爆睡中のサイだったようだ。

 

「そうアルよ、エヴァにゃん♪

あ〜、でも何だか完全におねむみたいアルねぇ・・・お〜い、サイ〜♪」

 

―――昨日自己紹介されたばっかなのに馴れ馴れしく呼び捨てで呼ぶ古。

しかし呼んでは見たが、完全に寝入っているサイはピクリともせずに寝息だけ掻いている。

 

「・・・誰がエヴァにゃんだ、誰が。

そんなどこぞのユルい外見のマスコットキャラのような呼び方で私を呼ぶな、バカイエロー。

まあ貴様の用事は大体理解出来る・・・が、今は寝かしておいてやれ」

 

このバカイエローと言う言葉の意味は後々に説明しよう。

エヴァの言葉に続くように茶々丸は教室に入ると、サイを起こさないように優しく椅子に座らせた。

そのままサイは机に突っ伏すと、いびきを掻き始める。

 

「古菲さん、マスターの仰る通りです。

何やらサイさんは明け方まで寝ていなかったそうですので、起きるのは昼過ぎではないでしょうか?

其処まではゆっくりと寝かせておいて差し上げてください」

 

まあ、二人の人物にそうまで言われてしまっては古も無理やり起こす訳には行かないだろう。

少々残念そうな表情をしたが一瞬でいつもの明るい表情に戻る・・・と、そのタイミングでHR開始の呼び鈴がなった。

 

尚、ちなみにサイはこの―――。

エヴァや茶々丸の想像通り午前中の授業など完全に無視して爆睡し続けた。

その際にネギに授業中に刺されたりもしたが、完全に眠っているサイはピクリとも動かなかったのは説明するまでもない事だろう。

 

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「あぁ〜、良く寝た!!」

 

そんな一言を言いながら起きるサイ。

席の横にいたエヴァは、呆れたような表情で彼を見ながら呟く。

気が付けば窓から見える空の太陽は沈み始める時間となっていた・・・。

 

「お前は全く・・・まさか、放課後まで寝ているとは思わなかったぞ」

 

「・・・正確には放課後ではなく、6時間目のレクレーションの時間前の休み時間ですマスター」

 

律儀に訂正する茶々丸の言う通り、時間はもう既に6時限目のレクレーションの前。

つまりコイツ、学校にほぼ寝に来ただけである。

 

「しょうがねぇだろ眠ぃんだからよ。

・・・ん? そう言や、他の連中は何処行ったんだ?」

 

エヴァの説明によると、レクレーションの時間の為か屋上でバレーをやりに行く為に出たらしい。

昨日一日居て座ってやる勉強と言うものに飽き飽きしていたサイにとって、その内容は魅力的だったのだろう。

立ち上がり伸びをすると二人に呟く。

 

「要は椅子に座ってお勉強じゃねぇんだろ?

なら良いや、ちったあ退屈しのぎになるだろうしよ・・・行くかね」

 

「全く本当に、お前は何の為に学校に来てるんだかな。

まあ良い、行くぞ茶々丸・・・ああサイ。 先に言っておくが私はやらんからな、面倒臭い」

 

エヴァの言葉にサイと茶々丸は頷くと屋上の方へと向かった。

そこで面倒な少女達の姦しい争いが始まっているとも知らずに、実に暢気に―――

 

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「・・・で、何だこの状況は」

 

「私が知るか、私が・・・」

 

見れば取っ組み合いの喧嘩をしている女子がちらほら。

その筆頭は明日菜と委員長こと『雪広(ゆきひろ)あやか』の2−A、もう1グループは外見的に大分大人に見える。

この少女達は麻帆良学園の敷地内に存在する女子高、聖ウルスラ女子高等学校の者達だ。

 

「何だアンタ、やっと起きたの?」

 

明日菜がサイに気付き声をかける。

喧嘩をしていた為か、少々機嫌が悪そうにだが・・・。

 

「五月蝿ぇな、別にテメェに迷惑なんぞかけてねぇだろうが。

てか、今起きたばっかで良く解らねぇんだが・・・何がどうなってこんな状況になったんだ?」

 

「あぁ、それはね・・・」

 

そこで明日菜から説明がされる。

簡単に説明すれば実はこの状況のそもそもの始まりは、昼休みの時間に中等部と高等部の小競り合いから始まっていた。

2−Aのクラスの少女達がバレーをやっていた際に高等部の者達が割り込み、そこで罵り合いが始まり、一度はタカミチによって止められたが・・・高等部の者達がわざと屋上をダブルブッキングして再燃したと言った所だ。

・・・その原因の一つは、生徒数の割にコート数が少ないのも悪いといえば悪いが。

 

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「・・・くっだらねぇ、つうか馬鹿じゃねぇの?」

 

「な、ななな、何ですって!?」

 

喧嘩の理由やら何やらを聞いた時、正直サイにはそんな言葉しか出て来ない。

その言葉に高等部の女子達や、同じクラスメイトである中等部の生徒達から怒声やら不満の声やらが上がる。

しかしサイは興味を持たず、寧ろ淡々と言葉を続けた。

 

「そもそもガキじゃねぇんだから、ちっと言われた程度の事で一々目くじら立てんじゃねぇよ。

大人気ねぇったらありゃしねぇ・・・それに此処以外に場所なんざあるだろうが、そう言うガキみてぇな所が抜けねぇからこういう騒がしい事になってんだよ、自覚しろアホ共」

 

「な・・・・ななな・・・・っ!!!」

 

サイの完全に喧嘩を売るような言い方に怒りで紅くなる高等部の生徒達。

それは当然、例えば自分達よりも遥かに大人・・・この学校で言えば包容力があり、頼り甲斐の在るタカミチなどに言われるならそれ相応に我慢も出来るだろう。

だがこれを言ったのは明らかに自分より年下にしか見えない小僧なのだ。

 

「それにテメェらもテメェらだ。

自分達より年上挑発して騒いでんじゃねぇよ・・・そんな態度だからガキ扱いされんだ、それをちったあ自覚しろ」

 

「・・・は、はい」

 

辛辣な言葉は中等部の騒いでいた者達にも言い放たれる。

一応言っている事は正論な為、ばつが悪そうに騒いでいた者達も静かになった。

喧嘩両成敗・・・本当に下らない事で、自分達が悪くないなどと思って騒いでいる連中に向かってもサイは同じように諌めた。

彼にとっては同クラスだろうが何だろうが関係などない、道理が通らない事には道理を通す人物なのだから。

 

「・・・そうだ! こうしたらどうでしょう?

両クラスでスポーツで勝負して決着を付けるというのは?」

 

ふと、今まで黙っていたネギが声を上げる。

 

「うを!? って、あれ? 居たのかお前」

 

存在感が実に薄かったのか居た事に気付かなかったサイは驚く。

そんな彼や中等部、高等部の者達に対してネギはこの状況を打破する方法を彼なりに考えた。

そして・・・スポーツと言う爽やかなもので汗を流せば、一緒に蟠(わだかま)りも解けると考えたのだ。

しかし、その程度で蟠りが解けるのであればもっと前に解けると思うが。

 

「・・・面白いじゃないの。

良いわよ、だけど年齢とか体格とかの差があるからハンデをあげる。

種目はドッジボールでどう? こっちは全部で11人で、そっちは倍の22人で掛かって来て良いわよ。

ただし、アンタ達が負けたら・・・ネギ先生を教生として譲ってもらうのと、其処のさっき私達を散々虚仮にしたガキに土下座して謝って貰うわ。 良いわね?」

 

否応無しに条件を付けられてしまった2−A。

サイの土下座などどうでも良いが、ネギを取られるのは適わない・・・だが、勝てば良いだけだと考えると条件を飲むのであった。

(まあ、若干何名かはどうでも良くないようだが・・・)

 

その瞬間、高等部の女生徒達の口元に笑みが浮かんでいたのに誰も気付かない。

いや・・・サイとエヴァンジェリンだけは気付いていた。

 

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「良いのか? 良ければ私も手伝うぞ」

 

「ハッ・・・必要ねぇよ」

 

そんな言葉をエヴァと交えてからサイはコートの中に向かう。

22人のメンバーの中にサイも選ばれてしまい、出る事になってしまった。

ちなみに彼、勿論ルールなど知っている筈もないが・・・それについては5分程、ある人物から教わっている。

 

「あ、あの・・・さ、さささ、サイさん―――・・・。

る、ルールは、お分かりに・・・な、なりましたか・・・?」

 

それはサイに階段から落下した時に助けられたのどかである。

彼女は実はいつも体育のルールブック集を持ち歩いており、それを使ってサイにルールを教えたのだ。

まあまさか、ドッジボールのルールを知らない中学生が居るとは思わなかったようだが。

 

「要はあれだろ?

ボールを避けて、ボールをキャッチして、相手にぶつけりゃ良いだけだよな?

心配要らねぇ、ガキでも直ぐに覚えれるぜ」

 

・・・お前はそのガキでも覚えれるルールを知らなかったがな。

しかしサイの生まれを考えれば、当然といえば当然のような気もするが。

 

「が、頑張りましょうねサイさん!!」

 

既に体育着に着替えていたネギがサイにそう言うと、サイはネギの頭に手を置いて返す。

 

「まあ、気楽に行こうや。

ガチガチじゃどんなに自分が強かろうとも負けちまう」

 

殆ど同じ位の身長のサイがネギの頭を撫でて勇気付けている光景は実にシュールだ。

しかし当のネギとすればこの行為のお陰で緊張が解けていた。

 

『それでは・・・試合開始!!』

 

審判の声とともに笛の合図が鳴り響き、勝負は開始した。

 

「行くわよ小スズメ達!! 必殺・・・!!」

 

掛け声と共に思いっきり振りかぶるリーダー格の栄子。

その姿にびびった2−Aの生徒達はもみくちゃとなり、逃げ場を失ってしまった。

 

「・・・それっ」

 

軽く放られるボールが背を向けた者達の頭に連続してぶつかる。

 

「ほら、もう一丁」

 

更にもう一度放たれたボールは先程以上の数の生徒達に当たり、一気に七人がアウトとなってしまった。

 

「何だ、人数多い方が不利なんじゃねぇか」

 

サイの一言はごもっともだ。

そりゃ考えてみれば同じ広さの陣地のなのだから、必然的に人数が多い方が身動きが取れなくなる。

寧ろ人数が多いよりも少ない方が有利なのだ。

それに気付いた明日菜とあやかの声が耳に響く。

 

「このおバカ!!

22対11と言うのはあまりハンデになってないじゃありませんの!?

その位の事はお気づきなさい!!」

 

「いいんちょだってその条件飲んだでしょ〜〜〜〜〜!!」

 

そんな声を聞いて頭を抱えるネギ。

一方、サイは呆れたような表情で見ている・・・そして知らない内にハンデの人数差など殆ど無くなっていた。

 

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「ふっふっふ・・・私達に勝てる訳無いのよ。

何故なら私達は―――関東大会優勝チーム、麻帆良ドッジ部『黒百合』だからよ!!」

 

おもむろに制服を脱ぎ、投げ捨てる栄子達。

関東大会優勝という言葉に一瞬驚く明日菜達だったが・・・。

 

「ってか・・・高校にもなってドッジ部って・・・?」

 

「小学生ぐらいまでの遊びとちゃうの?」

 

「そもそも関東大会って、あいつ等しか出てなかったんじゃないの?」

 

明日菜を筆頭に顔をつき合わせてそんな事を言い始めた。

彼女たちはドッジ部の事を知らなかったようだし、元々子供のお遊びの様にしか感じていないのだろう。

ただネギは純粋に凄いと拍手をし・・・。

 

「う、うるさい・・・余計なお世話よ!!

って、何よアンタ!? アンタも私たちを馬鹿にしてんの!?」

 

栄子の言葉は、拍手しているネギの横で無愛想に立っているサイに向けられた。

・・・極めて珍しい事にサイは明日菜達の輪に入らず、貶す事もしない。

彼の口から出たのは全く逆の言葉だった。

 

「馬鹿にする? 何でそんな事する必要があんだ?

テメェ等は理由やら何やらは別として、この“どっじぼーる”ってのに誇り持ってんだろ?

だったら良いじゃねぇか、逆に馬鹿にする奴の方が薄っぺらな誇りもねぇような連中だろうぜ」

 

その一言が後ろで笑っていた明日菜達の耳にも届く。

サイは口が悪い人物だが、誇りや信念と言うものを例えどのような形でも持っている者を馬鹿になどしない。

まあ実際にこの言葉を聞いても、栄子達にとっては弱者の喚きにしか聞えないが。

 

「子猿の癖に生意気な!!

ビビ! しぃ! トライアングルアタックよ!!」

 

「「解った、栄子!!」」

 

―――どこぞの“黒い三○星”のジェッ○ストリー○アタ○クのような技名を出すと外野が動く。

そして見事なパス回しで意気込んで前に出てきたあやかの背中を捕らえる。

 

「いいんちょー、全然ダメやんか!!」

 

涙目になって突っ込むは和泉亜子(いずみ あこ)。

 

「クッ・・・パスの軌道が読めませんわ・・・。

トライアングルアタック、一体どのような陣形ですの・・・?」

 

「だから三角形(トライアングル)やん」

 

的確に突っ込みを入れるは木乃香―――

まあ確かに彼女の言う通り三角形の陣形なのだが。

その攻撃方法によって更に数が減らされて行き・・・遂にその人数差は11対10。

つまりは一人の人数差となってしまっていた。

 

「さらに行くわよ、太陽拳!!」

 

更に栄子は止まらず、太陽を背にして高く飛ぶ。

其処からバレーのアタックの要領で光に目が眩んだ明日菜にボールを思いっきり叩き付ける。

 

「いたっ!!?」

 

更に跳ね返ったボールが相手側の陣地に浮かぶ。

それを狙い、栄子は飛び上がると倒れて背を向けている明日菜に向かってもう一発叩きつけようとした。

 

「あ、アスナさん、危ない!!!!!」

 

「きゃ・・・!?」

 

ネギの叫び声に明日菜はボールが飛んできた事に気付くが時既に遅い、咄嗟に目を瞑る明日菜―――

そのまま明日菜はボールを・・・。

 

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―――バシィィィィィン!!

 

音は響けども痛みは何時まで経っても来ない事に明日菜は目を開けた。

其処には・・・。

 

「・・・えっ・・・?」

 

其処には誰かの背中があった。

小さく、頼りにならない・・・更には自分に喧嘩を売るような口調でいつも話しかける人物の背が。

 

「やれやれ、危ねぇな・・・。

さっき教わったルールじゃ、倒れてる奴に再度ボールをぶつけるのは反則って書いてあったが?」

 

そう・・・其処に、明日菜の前に居たのはサイだ。

悔しげな表情をしている栄子を尻目に、サイは明日菜の方を向くと手を差し出す。

 

「ホレ、とっとと立てよ」

 

その姿をぼうっと見ている明日菜。

目に映るサイの姿が、知らない筈の誰かと重なる・・・何故か、かつて同じような言葉を掛けられたような気がする。

しかも、自分が今よりも幼い頃に―――

 

「おい、聞いてんのか?

さっさと立てよ・・・そんな所で惚けてんじゃねぇ」

 

「・・・はっ!? れ、礼なんか言わないわよ!!」

 

何か、何かを思い出しそうになった少女。

だがその記憶は正気に戻った事により、記憶の奥底へと消えていった・・・。

 

「す、凄いですサイさん!!

あんなに早いボールを、片手で止めちゃうなんて!!」

 

目を輝かせながらそう言うネギの頭を再び撫でると・・・彼は後ろを振り返る。

そこに居たのはボールが地面に落ちなかった事により明日菜がアウトにならず、安堵の表情を浮かべている他のメンバーが居た。

だがそれは消極的に前に出なかった為、当てられなかったに過ぎない・・・。

そんな少女たちにサイは―――

 

「おい、テメェ等・・・悔しくねぇのか?」

 

「「「「「「「・・・えっ?」」」」」」」

 

サイの言葉に少女達は彼を見る。

其処に居たのは・・・エヴァや刹那は見た事がある、いつもとは違う真面目な表情のサイだ。

 

「えっ、じゃねぇよ。 悔しくねぇのかって聞いてんだ。

全部が全部アホ女(明日菜)や俺任せで・・・他人任せでテメェ等に一体何が得れる?

勝つか負けるか―――そんな事は解らねぇが、勝ったとしても負けたとしてもテメェ等は胸張って居られんのか?

逃げ回って後ろ向いてたって状況は良くなんかならねぇんだよバカが」

 

言い方は悪く、傷口に塩を塗るような辛辣な口調。

しかし何故だろうか? どうしてこんなにも心に響くのだろうか?

後ろの方で諦めていた少女達の目付きが少々変わる・・・それを解ったかのようにサイは言葉を続けた。

 

「やるなら前向いてでやれ、負ける前から諦めて言い訳考えるんじゃねぇ。

それでも言い訳言いてぇなら・・・全力出し切って、全てやれる事をやりきって結果が出てから言え」

 

サイは明日菜にボールを渡すとそのまま背を向けて外野に出て行く。

本来ならば出て行く必要など無いが、サイがコートの内野に居ては他の連中は答えが出せない。

更にもう言うべき事は全部言ったという事だろう・・・。

 

「あら、逃げるのかしら? このまま行けば負けてアンタ私達に土下座よ?」

 

今まで黙っていた栄子が笑いながらそうサイに言葉を飛ばす。

しかしサイは背を向けたまま言葉を返した。

 

「『残心』って言葉の意味、知ってるか?」

 

「へっ・・・?」

 

言葉の意味を知らないのか、首を捻る栄子。

そんな彼女にサイは、背を向けたまま再び言葉を続ける。

 

「心配すんな、そいつらが負けたら土下座だろうが腹踊りだろうが何でもしてやるよ。

まあ・・・やる気になった連中相手じゃ、残心した所で勝てねぇよ」

 

其処まで言った後、サイは『ああ、それにな・・・』と続ける。

 

「それにな・・・テメェ等は自分から自分達の誇りを汚した。

そんな連中じゃ真っ直ぐ前向いて取り組む奴等になんぞ勝てる訳ねぇ」

 

コートを出終わると床に寝転ぶサイ。

寝転んだ状態で見る、己のクラスのメンバー達の目は今までとは違う。

その眼差しに満足したサイは、己の後の身の振りをクラスの者達に任せて目を瞑るのだった。

 

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その後、サイの言葉やらネギの言葉やらによってやる気を取り戻したネギ達のチーム。

まるで覚醒したかのようなその強さは年齢差も体格差ももろともせずに爆発し、文字通り怒涛の展開で劇的に幕を下ろした。

結果は敗北ではなく勝利・・・ある意味では、誰かに頼ろうとする者達をサイが叱咤して信じた事がこの結果を生み出したと言っても過言ではないだろう。

 

「んぁ? 終わったか・・・?」

 

とぼけた様な言葉を吐きながら目を覚ますサイ。

その目には10対3と言う結果と、勝利に喜ぶネギ達の姿があった。

結果に満足し、喜んでいる者達にまた不快を与える心算も無い為・・・サイは一人、帰ろうとしていた。

 

まさにその時、突然座り込んで呆然としていた栄子がボールを片手に立ち上がる。

 

「・・・まだよ、まだロスタイムよ!!」

 

喜びに浸っているネギ達は気付かない。

後ろから明日菜に向かって剛速球のボールが放たれ・・・。

 

「・・・いい加減にしろや、クソ女共」

 

其処に居たのは寝転んでいた筈のサイだ。

まさに瞬動と見紛う程の速度で明日菜の後ろに回り込んで迫り来るボールから彼女を護ったのだろう。

右手でボールを鷲?みにしているその姿は何処から誰がどう見ても頭に来ているのは明白である。

 

「1度や2度はまだ我慢してやる。

だがなぁ・・・流石に『仏の顔も3度』って言葉位、知ってるだろうなぁぁぁぁ!!!!」

 

“ミシッ、ミシッ!!”と言う聞き慣れない音が何処からとも無く鳴り響く。

良く見てみれば音のしている場所は理解出来た―――なんとサイが片手で鷲?みにしているボールが音源だった。

まるでソフトボールの軟球を握り締めるかのように、バレーボールがサイの指の形に潰れていく。

・・・バレーボールは硬球の筈だが。

 

バレーボールが栄子達の横に投げつけられる。

“メキャ!!”と言う音が鳴り響き、栄子達はボールの投げられた場所を恐る恐る見た。

すると目に映ったのは―――壁にめり込んでいるバレーボールの無残な姿だ。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

「失せろ・・・。

さもないと次は・・・お前等自身が其処の壁とボールと同じ道を辿るぞ。

解ったら四の五の言わず帰りやがれ!!!!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!! ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 

サイの最後の怒声に慌てて走って出て行く高等部の生徒達だった。

 

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見ると後ろにいたクラスの者達も呆然とした表情をしてサイを見ている。

『やれやれ・・・やり過ぎたか』などとサイが思っていると・・・。

 

「ちょ・・・何今の!? 凄いじゃんか、サイくん!!」

「何の魔球アルか、サイ!?」

 

「もっと早く出しなよ〜〜〜〜〜〜!!」

 

2−Aのクラスメイト達は恐れる所かサイに興味心身で質問を飛ばしてくる。

 

「・・・オイオイ、こいつ等の常識大丈夫か。

俺はもしかして、とんでもない所に入っちまったんじゃねぇだろうなぁ・・・」

 

そんな事を考えていると・・・。

 

「さっ、サイさん!!

け、けけけ、喧嘩は駄目ですよぉぉぉぉぉ!!? そ、それに魔法がばれちゃいますぅぅぅ!!」

 

「ちょっと、アンタ!?

幾らなんでもやり過ぎよやり過ぎ!! あんなモノ、見せてどうすんのよ!?」

 

明日菜とネギが後ろからサイにだけ聞える大きさの声で言う。

・・・まだこの二人はサイが魔法使いだと勘違いしているのだ。

 

「いや・・・済まん」

 

反省してるんだかしてないんだか解らない態度でそう返すサイ。

そんな彼に次に続くのは再び怒号かと思ったが・・・。

 

「まあ、良いわよ。 今回はアンタに二度も助けられたしね。

あの、その・・・あ、ありがとぅ・・・」

 

明日菜は笑顔を見せ、最後の方はか細い声で礼をする。

一方、ネギの方はと言うと―――何故かもじもじして、頬を紅く染めながら言う。

 

「あの・・・サイさん。

ボク、一つだけ・・・サイさんにお願いがあるんですけど・・・」

 

「あぁ? 何だ?」

 

するとネギは言い辛そうに答える。

 

「ボク、ボク・・・さっきサイさんに緊張してた時に頭撫でてもらって、凄く嬉しかった。

緊張して、失敗しないかって思ってたボクに、サイさんは・・・勇気付けてくれた。

サイさんが・・・サイさんがボクのおにいちゃんだったら、どんなに良かったかなって思っちゃって」

 

其処まで言うとネギはサイをしっかりと見る。

そして、望みを言う―――

 

「だからサイさん、迷惑かもしれないけど・・・。

これから“お兄ちゃん”って呼ばして下さい・・・お願いします!!」

 

サイは何も言わない。

その態度が拒絶だと思ったネギは、小さく頭を下げると呟く。

 

「・・・そ、そうですよね。

ごめんなさい、知らない子にお兄ちゃんなんて呼ばれても迷惑ですよね。

あ、あはは・・・わ、忘れて下さい」

 

そう言うと教室に戻ろうとするネギ。

彼の小さな背中に、サイは小さく笑いながら言葉を返す。

 

「・・・公私はしっかりと分けろよ“ネギ”」

 

「えっ・・・? そ、それじゃあ・・・?」

 

照れ臭そうにサイは頭を掻く。

そして後ろを向くと・・・小さく答えた。

 

「好きにすりゃあ良い・・・まっ、俺なんぞを兄貴のように思うなんざ奇特も良い所だけどな」

 

言い終わるとそのまま去っていくサイ。

そんな彼の背に向かって、ネギは笑顔で言った・・・。

 

「うん、ありがとうお兄ちゃん!!」

 

空はもう夕暮れ・・・。

紅く染まる空に、ネギの嬉しそうな声が響いた春の一日であった・・・。

 

―――尚、余談だが。

サイの事を怖がりながらも、凄まじい投球技術を見せた事に感銘した麻帆良ドッジボール部。

そんな彼女たちがサイをスカウトをしに来たのは語る必要は無いだろう。

(勿論、今回の場合はサイは怒っても居ないので丁重に断ったそうだ)

 

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第十話再投稿完了です。

すいません、お待たせしまして―――色々な事情(仕事+その他)があったもので・・・。

出来るだけ再投稿は早めにする心算ですので飽きずにお待ちください(m−−m)

 

 

今回の話は【誇り】に対してのサイなりの考え方ですね。

例えどんな事であろうと自らのやっている事に誇りを持っている者をサイは馬鹿にはしません。

しかしそれは逆に言えば、その誇りを自ら馬鹿にするような行為に対しては不快感を顕にすると言う事です。

 

勿論、勝負事に卑怯もクソも無いでしょう。

勝たなければ意味は無い、その為ならどんな手でも使う・・・それも間違いではありませんし、私も否定する心算でこのような物語を描いたのではありません。

ですが卑劣な手を使って勝負事に勝つと言う事は、自分の誇りに泥を塗っている行為と同じではないかと考えています。

 

自分としての一番の考え方は【自分の行動に責任を持ち、誇りを持ち、尚且つ卑怯な手段すら肯定も否定もしない】ってのが良いですかね。(つまりは徹底的なリアリスト主義です)

そう言った主人公を描くのが苦手なので中途半端なキャラクター描く事が多いのですが・・・。

 

では、物語は次回へと続きます。

 

説明
誇りを貫く事、それは並大抵の事ではない
頂に辿り着く為に越えるべき壁は厚く、そして大きい
故に彼は何であれ誇りを背負い生きる者を尊み・・・それを自ら穢す者に憤慨する
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