ファースト・コンタクト |
ホワイトランから……いや、スカイリムの何処からでも拝めることのできる山がある。
その山──世界のノドという俗称らしいが──の山頂からやや中腹に、ハイ・フロスガーという修道院があるというのは、スカイリムの民なら旧知の事だ。
しかし、その修道院、もしくは寺院と呼ぶべきか──に行く者は数少ない。
せいぜい物好きな巡礼者か、もしくはジェラール山の麓にある小さな村、イヴァルステッドに住む者が僅かな食料物資を修行者に向けて定期的に届ける程度。
それには理由が二つあった。
一つは、ハイ・フロスガーまでの道中、七千階段と呼ばれる山道があるのだが、その名のとおり心臓破りといってもいいくらいの長く険しい階段が続き、山頂が近づくにつれ吹雪にも見舞われるからだ。スカイリム随一の高い山だけあって、山頂付近が晴れる事は年に一、二度程度しかない。晴れた日を狙って向かうことはほぼ不可能と言っても過言ではないだろう。
そしてもう一つは、修道院まで向かう道中、恐ろしいモンスターが襲い掛かってくる事も、巡礼者の減少を抑えられない原因の一つだった。
大体が狼、稀にフロスト・トロールが襲い掛かってくるという報告もある。巡礼者は身軽な軽装だから、襲い掛かられたらひとたまりもない。
そんな事が相次いで、今や巡礼者の宿場町といってもよかったイヴァルステッドはさびれ、時折旅人が宿を求めるしか、人の行き来は少なくなっていった。
若者はそんな村を見限り、町へ出稼ぎに向かえば残った者は年寄りか代々土地を守ろうとしてきた僅かな者達のみ。
そして今は戦の時代。旅人の行き来もますます減る一方──巡礼者ではない彼が訪れたのは数ヶ月前。
彼は巡礼者にはどうにも見えない容貌だ、と久しぶりに余所者が訪れた村はひそひそ小声で彼を横目で見ながら姿を追ったものだった。
彼は確かに巡礼者ではなかった。しかし村人にとっても悪い者ではなかった。
村人がずっと頭を悩ませてきた、街道脇すぐそばにある通称「隠匿の炉床墓地」での幽霊騒動。
その事件を彼はあっさり解決し、その名がイヴァルステッドの村中に知れ渡ることとなったのだ。
その者の名は──ジュリアン、と。
「ジュリアン! 久しぶりじゃないか? あれからどうしていたんだ? ハイ・フロスガーに向かったと聞いてから姿も見せないし……」
ホワイトランを出てからイヴァルステッドに到着したのは夜。
街道沿いにある木造の宿「ヴァイルメイヤー」の扉をくぐるとすぐ、宿屋の主人ウィルヘルムの声が飛んできた。余程嬉しいのかなんか知らないが、彼はカウンターからこちらに向かって歩いてくる。
「……ああ、ウィルヘルム、久しぶりだな。宿を取ろうと思って──」
「宿か? あれからどうしたっていうんだ? ハイ・フロスガーには行ったのか?」
こちらが喋り終わる前に言葉を重ねて聞いてくるので、思わず俺は右手で制するポーズをとった。
「後から話す。とりあえず荷物を降ろしたい。部屋を貸してはくれないか?」
彼は本来の職を思い出したのか、後退して久しいがまだまだ薄い毛が残るブロンドの髪をがしがしと手でしごいた。
「あ、ああ。部屋に案内するよ。こちらへどうぞ」
部屋に案内され、とりあえず荷物を置く。荷物といっても普段持って歩いているのはポーション等の生体賦活剤、非常食や食材、調合用の薬草などが入ったバックパックだ。装備品は常に携帯しておくため、身からはずすことはない。
宿、といってもスカイリムにある宿はほぼ、酒場と宿屋を兼業としているため部屋を出ればすぐバーカウンターとテーブルがある、といった具合だ。中央には細長く切り取った暖炉が置かれ、暑いや暖かいといった感覚がまるで無いスカイリムの土地を歩き回った旅人へのねぎらうように焚かれている。
借りた部屋は粗末なベッド、サイドテーブルに荷物を入れておける箱が置かれてあるだけで、これまた一般的な宿屋の部屋と変わらない。唯一違う点は扉が無いことくらいだ。扉がない、という点でプライバシーも何もあったもんじゃないのだが、以前聞いたところによると防犯上の意味も兼ねているのだとか。
どんな防犯があるのかは知らなかったが、いわゆる連れ込み宿とは違う、という事を強調しているのだ、というのを以前、ブレイズのメンバー兼元宿屋の主人であった、デルフィンから聞いた事があったが……
俺は部屋を出てカウンターにおかれてあるスツールに座る。こちらが何も言わずとも、カウンター越しに突っ立っていたウィルヘルムがハチミツ酒のビンとグラスを寄越してきた。どうやらおごってくれるらしい。
「ハイ・フロスガーには行ったのか?」
先ほども開口一番で聞いてきたことを再び繰り返すウィルヘルム。
「……ああ」
「修道者と会ったのか?」
「……ああ」
ああ、しか言わない俺に一瞬、業を煮やしたような態度をとったウィルヘルムだったが、そこはこらえた様子で、
「またハイ・フロスガーに向かうのか?」
質問を変えたが、俺はそれにも同じような返事をするだけだった。彼は俺に聞くのをやめ、黙って酒場の掃除をし始めた。こちらが話したくない気分だとでも思ったのだろう。さすが酒場の主人といったところか。
俺は黙ってハチミツ酒の入ったグラスを傾けるだけだったが……
「……なぁ、ウィルヘルム」
「なんだ?」
すぐに返事を返すウィルヘルム。
つと、顔を上げて彼の顔を見る。カウンターに手を置いて、なんでも聞いてやるといった彼の様子。
その態度に俺は思いをぶつけてみることにした。
「もし……もしもの話として聞いてくれ」
ああ? と語尾を吊り上げたが、水を差さずに彼は俺の口から出る言葉を待った。
「もしも、自分がほかの人とは違う力を持っていて、その力を使うことによって、世界は救われるかもしれないが、決して全員が救われることなく、死ぬ者も大勢出てしまったとしたら、あんたは自分の力に誇りを持てると思うか?」
俺の言った事が予想外だったのだろうか、彼は口を半開き状態にしたままぽかんとした状態でしばし、黙っていたが──
「……難しいことだな。俺にはよく分からないよ」
そうだろうな、誰だってわかることじゃない。落胆は隠せなかったが、聞いただけでも心が若干軽くなった。
「まぁ、そうだよな。……変なこと聞いちまった。忘れてくれ」
愛想笑いを口に浮かべ、俺は肩をすくめた。それでその話を終わらせようとしたつもりだった。
しかし、
「ジュリアンはその、ほかの人と違う力を持っているのか?」
唐突にウィルヘルムが聞いてきた。グラスを口に傾けていた俺はむせそうになる。動揺してはまずい。
「……何でそんなことを?」
つとめて冷静に聞いたつもりだった。
「いや、だって、ハイ・フロスガーにはグレイビアードが居るんだろ? 彼らはスゥームと呼ばれる不思議な力を持っていて、それ故に人とは関わらないっていうじゃないか。あの修道院でグレイビアードに会う奴なんていくら巡礼者でも見たことがない。大概はがっかりして帰る姿を見てるからな。
巡礼者が修道院の中に入ったとまで聞いたことはないし、あの修道院の人間と関わったってさっきお前さんが言ってたじゃないか? だったら、ジュリアンにはその不思議なスゥームという奴が扱える『ほかの人とは違う力』があるって事になるんじゃないのか?」
……見かけによらず鋭いな。
思わず心の中で舌打ちする。さすが巡礼者が通る街道沿いにある宿屋といったところか。山頂から時折奇妙な声が聞こえるとも聞くし、ここはスカイリムの中でもあの修道院が他とは違うことをよく分かっているのかもしれない。
「そう……かも、しれないな」
言葉を濁してスツールから腰を上げる。それ以上この話について何も言う気にはなれなかった。
「ハチミツ酒、ご馳走さん。……おやすみ」
そういい残して俺は借りた部屋に戻り、お世辞にも柔らかいとは言いがたい寝台に乗っかり、体を横たえた。
……そうかもしれない、じゃない。事実そう、だ。
しかし俺はマルカルスの一件以来、自分の力に疑問を抱き始めていた。
何故──俺なんだ? 何で俺がドラゴンボーンじゃなければいけない?
ヘルゲンで処刑される馬車に押し込められる前、俺はたまたまウルフリック・ストームクロークを罠にはめようとしていた帝国軍に間違って捕らえられたのは覚えている。
それまでの自分は今と変わらない。変わったのは、体の中にある何かが目覚めたこと──
アルドゥインがヘルゲンを襲い、命からがら逃げ出した先で待っていたのは、自分の中に『他と違う力』ドラゴンボーンの力があると分かった事だった。
だからアルドゥインがヘルゲンを襲った、という理由には繋がらないだろうが。
だがしかし、そのアルドゥインと戦える唯一無二の存在が俺であるドラゴンボーンなのだとしたら、あるいはその逆も有りなのではないか?
その為に俺は──ハイ・フロスガーに再び出向くのだから。
「……つまり、お主はこういいたいのか?『スゥームがドラゴンの言葉なのだとしたら、アルドゥインと会話することも可能ではないか』と?」
翌日。ハイ・フロスガー修道院。
夜明けとともに宿を飛び出した俺は、馬で七千階段を上り、この修道院に来た。
日も高く昇っている頃でも相変わらず修道院周辺は晴れることなく雪がちらちらと降り、そして目に入る場所全てが白い世界にに覆われている。この場所の雪がなくなるということ世界が終わるまでないだろう。
修道院の重い鉄製の扉を開け、中に入れば外と違う暖かさに体が安堵する。外と中は雲泥の差だ。一時間も外に居れば氷の彫像になってもおかしくない寒さなのだから。
この修道院には四人程度しか修行僧はいないにもかかわらず、建物全体はものすごく広い。広間があって、食堂があって、そして瞑想をする場所がある。そんな感じだが、住んでいる者が少ないため、人を探すのにも一苦労だったりする。
歩き回ってようやく修道長のアーンゲールを見つけると、開口一番で俺はこう話した。
「アーンゲール、ドラゴンの言葉が喋れるなら、アルドゥインと会話はできるのか?」
出会い頭にいきなりそんなことを言われたせいで、彼はかなり面食らったようだった。
だが落ち着きを取り戻すと俺の言った言葉を理解するために、しばし時間を措いた後──そう返事を返した。
驚きもせず、いつもと同じ落ち着き払った声で。
「そうだ。俺はアルドゥインと話がしたい。できないか? アーンゲール」
話す俺を、彼はじっと見つめていた。俺が修道院に入って彼の目の前に立ってからずっと。
「……話す事は可能だろう。何もスゥームでなくても、アルドゥインや他のドラゴンは人語を操ることは可能だと聞き及んでおる」
「人語を?」
黙って彼はうなずく。「そうだ。アルドゥインは一応は神に近い者。人語を操ることは可能だろう。……しかし」
言葉を切ると、彼は突然、びっ、と俺に人差し指をさした。いきなりの行動に俺は思わず体を硬直させてしまう。
「何を考えている、ドラゴンボーン? アルドゥインと話すとして、何を話すというのだ?」
アーンゲールの言うことはもっともな質問だ。誰だってドラゴンと話したいと言ったら狂気の沙汰というか、もしくは何を話すというんだといわれるに決まってる。
けれど、俺には考えがあった。今、スカイリムは動乱の時代だ。そんな時にドラゴンが襲ってきたら人々は絶望しか残らないだろう。
マルカルスで起きた一件が頭をよぎる。戦争ではなく、ドラゴンの襲撃で死んだのだ。もしドラゴンが襲ってこなければ……生きていた。彼らの命。
だからこそ──
「俺はアルドゥインに交渉をしたい。共存することはできないのか、と」
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スカイリムの二次創作3章目です。地味に細々続いてますw | ||
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