第十六話:記憶無き破壊者 |
『一目会ったその日から、恋の花咲く事もある』
昔やっていたテレビ番組で司会者が言っていた口上だが、中々どうして当て嵌まる物は多い。
所謂、人の恋愛感情と言う物はそれ即ちが『勘違い』やら『つり橋効果』やらというモノから始まっているものだが、そんな中でいつしか勘違いなどは相手の良い部分を見つけて『愛』へと発展していく。
恋愛の始まりとは様々である。
出会いから始まり、その工程、結ばれると言う時に至るまで全員が全員同じと言う物は一人も居ない。
自らが自分自身で相手を見つける事もあれば、偶然居合わせただけと言う事もあり、更には他の誰かから紹介されてと言う事もありえる。
―――今回はそんな恋愛模様と言う物を此処に語ろう。
全ての始まりは、ネギに届いた一通のエアメールからであった。
「あっ・・・これお姉ちゃんからだ♪」
その日の朝、明日菜からネギに渡された一通のエアメール。
それは日本より遥か遠い、イギリスのウェールズにある『魔法学校』に勤める彼の姉のような存在のネカネからの手紙であった。
『久しぶりネギ、元気にしてる?』
ネカネの姿が映像として現れ、その一言から始まった手紙。
それをネギは嬉しそうに、明日菜は興味津々に見ていた。
『ちゃんと先生になれたのね、おめでとう♪
でも、これからが本番なんだから気を抜かずに頑張ってね』
映像に写るネカネの表情は、まるで自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。
自分が家族として慕う姉の言葉に、ネギは少々照れ臭そうに笑っている・・・どの世界であれ、褒められて喜ばない者などあまり居ないだろう。
『それと・・・ふふっ。
ちょっと気が早いけど、あなたのパートナーは見つかったかしら?
魔法使いとパートナーは惹かれあうものだから・・・もう、あなたの身近に居るかもしれないわね』
パートナー? その言葉の意味は一体何なのだろうか?
言葉通りに取るのなら『恋人』と言う事だろうが、魔法使いを引き合いに出していると言う事は違うのだろうか?
『うふふ、修行の期間中に素敵なパートナーが見つかる事を祈ってるわ♪
それじゃあもう少し話したい事もあるけど、そろそろ終わりみたいだからまた手紙を送るわね。
ネギ、身体に気をつけてね・・・それじゃあまた、次の手紙で』
その言葉を最後に手紙の映像は消えた。
ネギはまるでビデオを巻き戻すように、手紙についていた巻き戻しボタンのような物を押してから小さく呟く。
「パートナーかぁ・・・。
やだな、お姉ちゃん。 ボクにはまだ早いよ〜」
そんな呟きに明日菜が疑問を持ち、ネギの首に腕を掛けて尋ねる。
「ちょっと、ネギ何よパートナーって?
もしかして恋人の事? がきんちょの癖に生意気ねぇ〜〜〜」
しかしその問い掛けにネギは首を横に振る。
そしてそこで、己の本分である『魔法使い』と、その『パートナー』という物の関係について語りだした。
―――同時刻。
いつものように教会での手伝いを終わらせた後、サイはエヴァンジェリンの所でいつもの『実戦訓練(コロシアイ)』を終えて食事をご馳走になっていた。
その時に丁度、ネギ達と同じくパートナーと言うものの話をしていたのだ。
「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)? 何だそりゃ?」
口の中に茶々丸特製の唐揚げを放り込みながら聞くサイ。
別に誰も取る者も居ないと言うのに、じゃんじゃん食べ物を口一杯に放り込んで咀嚼している。
最初の頃は引いていたエヴァも茶々丸も、何日か経つと次第にサイのこの食べ方に見慣れてきていた。
その頭の上でワインをラッパ飲みしているチャチャゼロの姿があったのは、意外とシュールだが。
「コラ、良く噛んで味わってから食え馬鹿者。
うむ・・・そうだな、魔法使いが修行期間を終えて社会に出る際にそれをサポートする相棒の事だ。
特に『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指す際にはパートナーの一人や二人も居んと格好が付かん。
・・・まあ、少なくともお前には必要無いだろうがな」
「あぁ、何で? あっ茶々丸、メシおかわり」
ちなみにサイはこれでおかわり10杯目。
エヴァの所の食費が逼迫しないか実に心配である・・・少なくともエンゲル係数は上がっているだろうが。
「はい、少々お待ち下さい」
「・・・まだ食うのかお前は、やれやれ・・・まあ良いがな」
「ケケケ・・・本当ニ面白ェナ」
・・・するとエヴァは何故サイにパートナーが必要ないのかを説明し始める。
実は正直、エヴァはサイを従者にしたいと考えても居たが、彼のある身体特徴に気付いた為か止めていた。
「元々、魔法使いの従者と言うのが必要とされるのにはある理由がある。
元来『魔法使い』と言うのは魔法を使うのに多かれ少なかれ『詠唱』と言うものが必要だ。
そしてその呪文詠唱中は全くの無防備となってしまい、攻撃をされてしまえば呪文は完成せん。
その際に魔法使いの呪文詠唱を守護するのがパートナー・・・つまり魔法使いの従者(ミニステル・マギ)の役目と言う事だ。
―――此処までは理解出来たか?」
頷くサイを見てエヴァは言葉を続ける。
「しかし基本的にお前の場合は近接戦を主にしているし、魔法が使えんからな。
所謂、前衛をメインとしているお前の場合は従者を作る意味が無いのに併せて私の知るあるバカに良く似ている。
故に例え魔法を使えたとしても圧倒的な戦闘能力のお陰で従者など必要あるまい。
更にもう一つ最大の理由がある、それはお前自身の持つ能力が原因だ」
「俺の持つ力?」
サイは首をかしげながら呟く。
完全に記憶が戻っていない事もあり、自分の能力などと言われても良く解らないのが現状だ。
だがエヴァの場合は、何度か彼と殺し合いじみた修行方法をしていた事により彼の能力の片鱗を理解していた。
・・・それは本来なら普通の者どころか魔法世界関係者、それも上位の者であったとしても持てる力ではなかったが。
「うむ・・・本来、魔法世界と呼ばれる裏の世界の方でも珍しいのだがな。
お前は所謂魔法―――いや魔力に連なる力を無効化する力『魔法無効化(マジックキャンセル)』を持っている。
しかもお前の場合は本来無効化出来ない魔力さえも無効化してしまう故、従来知れ渡っている魔法無効化を越える極めて異質な力だ。
その力の関係で従者契約を結ぼうとしてもキャンセルされてしまうだろう」
魔法無効化―――
その力は魔法を知る者の中でもA〜Sクラスのレアスキルである。
エヴァはサイとの最初の邂逅の際に魔力によって障壁を張っている筈の自分に何故簡単に攻撃を出来たのかを疑問に思っていた。
そしてサイが自分の共に修行をする際、幾つかの魔法を彼に黙って使った事がある・・・その結果、その全ての魔法が効果なしという状況を見て彼女は確信したのだ。
サイが『魔法無効化』と言う能力を持っていると。
実際、エヴァの見識は正解である。
白面九尾の一族は無に連なる混沌の力を操り、それも最上位に当たる者達は他者の力やら起こった事象やらを完全に無効化出来る能力を持っているのだ。
その能力の名は―――『能力無効化(アビリティキャンセル)』
事象、他者からの力を完全に無効化してしまうという能力を考えれば、ネギま世界の『魔法無効化』よりも上位の力と言えよう。
「ふ〜ん、成る程ね。
まあ、俺は従者なんてモン要らねぇし別にどうでも良いわ。
しかし能力無効化ねぇ、そう言えば俺らの一族はそんな能力持ってたような気がすっけど」
「ふっ、まあそうだろうな・・・。
それに今や嘆かわしい事に『魔法使いの従者』なんてのは、恋人探しの口実のようになってしまっている」
そう・・・エヴァの言う通り。
魔法世界にも戦争と言う物は昔あり、その頃の者達はその意味を知っているが・・・。
ネギ達位の世代となると、従者なんてのは恋人探しの名目程度か仕事上のパートナー程度にしか考えられていないのだ。
・・・そこでふと、サイは顎に手を当てて考える。
「・・・あれ?
何か俺、昔戦友(パートナー)って居たような気がするけど・・・。
しかも何人か居たような気が・・・俺の気の所為か?」
「な、ななななな、何ぃぃぃぃぃ!?
誰だ、どういう女だ、何処にいたのだサイ!? 隠すと為にならんぞ!!
さあ吐け、とっとと吐いて楽になれぇぇぇ!!!」
サイにパートナーが居たと言う発言に珍しく動揺するエヴァ。
両の手はサイの上着の首元を掴み、締め上げている・・・大分彼女は暴走しているようだ・・・。
更にその横ではオロオロとしながら茶々丸が主人であるエヴァを止めるべきか、それとも話の続きを聞くか迷っていた。
・・・ちなみに別にサイは恋人とは言っていない。
あくまでも彼の場合の言い方は―――戦友としてのパートナーと言う奴だ。
「ををを、何すんだキティ?
う〜ん、戦友(パートナー)ねぇ・・・どんな奴が居たっけか?
確か・・・ダメだ、思い出せねぇや」
喉元までは出掛かっていたのだが、激しくエヴァに振られた事により思い出せなくなってしまう。
・・・結局、彼女は自分の手で自分の知りたかった情報をサイに忘れさせてしまうのであった。
―――さて、場面は再びネギ達の方へと戻る。
パートナーという物の説明をエヴァとは違い簡易に説明するネギ。
「へ〜〜、パートナーねぇ。
それってやっぱり女の子? てゆーか異性なの?」
「はい、そうですね。
やっぱり男の魔法使いだと綺麗な女の人、女の魔法使いだと格好良い男の人が良いですよね。
で、今だと大体はそのパートナーと結婚しちゃう人が多いですけど・・・」
その言葉の返しに明日菜は『要は恋人のようなものね』などと納得する。
あまりこの話の中では語られていなかったが、彼女は所謂“オジコン(オジサンコンプレックス)”と言う奴で、自分より一回り位年上であるタカミチに恋をしていた。
まあそんな事は今はどうでも良いのだが、片隅にでも覚えておいてくれれば良い。
・・・とその時。
不意に二人しか居ないと思っていたのに後ろからのんびりとした声が掛けられた。
「へ〜、ネギ君実は恋人探しに日本に来たん?
じゃあ、ウチのクラスの女の子だけでも30人やからよりどりみどりやね♪
あ、のどかと古ちゃんと長瀬さんとエヴァンジェリンさんは違うかな?
(ボソッ)まあ他にも怪しい子は何人か居るみたいやけど・・・」
「いえ、だから違う・・・。
って、わぁぁぁぁぁ!? こ、こここ、このかさん!? い、いつから其処に!?」
後ろに居たのは木乃香だった。
魔法の事を聞かれてしまったと思ったのかネギは慌てている。
それは当然の態度だ、ネギは魔法使いの見習いの為・・・もし魔法が一般人にバレようものなら仮免許剥奪に強制帰国の上、オコジョにされてしまうのだから。
それともう一つ、バレてはいけない事があるのだが―――それはまだ秘密である。
・・・しかしもう既に一般人の明日菜に魔法はバレてるが。
「ん? 途中からやけど? 何の手紙なん、それ?」
「何でもないです、何でもないんですよぅ!!」
急いで手紙を仕舞うネギ。
そこで木乃香は冗談で、しかも大声である事を叫ぶ。
「みんな〜!! ネギくん、恋人探しに日本に来たらしいえ〜〜!!!」
「ぎゃ〜〜〜!?
ち、違いますぅぅ!! 本当に先生やる為に来たんですよぉぉぉぉぉ!!!」
実際にネギが麻帆良に来たのは本当に修行の為だ。
此処で変な噂が流れ、失敗者の烙印を押されるのも変に騒がれるのもネギは望まないだろう。
それにそんな事になれば、魔法よりも頑なに隠してきたもう一つの秘密がバレてしまう可能性が高くなるからだ。
故郷の祖父代わりであったメルディアナ魔法学園の校長から幼い頃から言い聞かされていた。
「スマンスマン、冗談やネギくん♪
あ、アスナ。 おじいちゃんがまた呼んどるから行ってくるわ〜」
「・・・え〜、またあの話?」
明日菜の問い掛けに困ったような表情で『せや〜』と肯定する木乃香。
実は彼女、祖父の未確認生物ジジイこと学園長の半ば趣味とも言えるある事に何時も付き合わされていたのだ
それが何の話か解らないネギ・・・しかし、取り合えず木乃香に魔法の事がバレなかったので胸を撫で下ろしていた―――
だが・・・二人は気付いていない。
部屋の開いたドアの影にがきんちょ二人(鳴滝姉妹)が居て、木乃香の言葉を聞いていた事を。
そして二人は知る由も無い。
その“バカガキ二人”の所為で、まるで灯油の染み込んだ布に火が点くかのように十五分で寮内を駆け巡った事を。
・・・しかもその内容は『ネギが小国の王子で正体を隠してる』だの『結婚相手は舞踏会で探す』だのと現実を明らかにひん曲げられて伝えられたのは言うまでも無い。
これによりネギが暴走した2−Aの生徒達と追いかけっこをする事になるが・・・。
此処では全く以って重要ではないので省略させて貰うとしよう。
「あ゛〜〜〜〜、ったくキティの野郎・・・」
先の『パートナーが居た』と言う発言により、暴走(?)したエヴァが怒りながらもくっ付いて離してくれないという厄介な状況からやっと解放されたサイ。
空を見上げれば燦々と輝く太陽はもう既に沈み始める軌道に入っていた・・・つまりはもう、昼をかなり過ぎていると言う事だ。
今日は町の方を散策に行く心算だったのだが・・・。
「おっちゃん、『はんばーがー』一個くれ」
「おう毎度、待ってろよ坊主」
最近になって美空に奢って貰い知ったハンバーガーなる食べ物。
サイはこれが大のお気に入りであり、教会でシスターシャークティの手伝いやら侵入者の排除で学園長から貰えるボーナスやらで良く買いに来て食べていた。
(尚、ボーナスは大卒の初任給位は貰っているが彼には殆ど金を使う趣味は無い為か殆ど手付かずでシャークティに預けている)
・・・ちなみに季節限定のメニュー以外は既に完食してるのは言うまでも無い。
「ほれ、坊主。 何時もご贔屓にしてくれてるから今回はポテトはサービスだ」
「おぉ、あんがとよおっちゃん」
手作りのハンバーガーとポテトを受け取ると食いながら歩き出す。
尚、サイはどうやらマ○ドナ○ドやらロッ○リアやらモ○バー○ーやらでは決して買わず、必ず手作りで作ってくれる移動屋台の店でしか買わない。
・・・変な所に拘りを持つ少年だ。
「しっかし・・・さっきのキティの態度は何だったのかねぇ?
しかも茶々丸もチャチャゼロも止めてくれりゃ良いのに立ち止まってフリーズしてたり爆笑してただけだしよ。
それに何だか大事な事を思い出せそうな気がしたんだが・・・あ〜、ダメだ思い出せん」
そんな事を呟きながらもぐもぐとポテトとハンバーガーを直ぐに食べ終わる。
食後の一服てな具合に自動販売機で缶コーヒー『ジ○ージアの微糖』を買うと、壁に寄りかかって飲み始めす。
更に着物のような衣装の内ポケットから煙草を出すと吸い始めた。
・・・紫煙が宙に浮き、実に平和で穏やかな時間が流れる。
その時、ふと二本目の煙草を吸おうとしたサイの目線に此方に走ってくる少女の姿が捉えられた。
走って来る人物は腰まで届く長い黒髪で着物姿の大和撫子と言った感じだ。
どうやら大分走ってきていたのかハアハアと肩で息をしているようにも見えた・・・何かにでも追われているのだろうか?
「・・・チッ、ま〜た厄介事かよ」
口では文句を言いながらも自由気ままでお節介焼きな性分のサイ。
こちらに向かって来る少女に見えるように手招きした後、自動販売機の後ろを指差す。
・・・どうやらそこに隠れろという意味だろう、着物姿の黒髪の少女は急いでその後ろに隠れた。
「「「お嬢様〜〜〜〜!! 何処ですか〜〜〜!?」」」
野太い声やら低い声のサングラスに黒服の明らかに堅気ではなさそうな屈強な男達が走り去っていく。
どうやら自動販売機の裏に隠れた少女には気付かなかったらしい。
「・・・おい、もう大丈夫だぞ」
サイのぶっきらぼうな言葉に呼吸を整える少女。
・・・その少女は誰かに似ているような気がしたが、そんな事はサイにはどうでも良い。
別に彼は気が向いたから助けた等と言うだけなのだから。
「ふー、助かったわ〜、おおきになサイくん♪」
「誰だテメェ? つうか何で俺の名前知ってる?」
サイの言葉にずっこける少女。
「『誰だ』なんてイケズやわ〜。
サイくん、同じクラスのウチの事を忘れたらアカンやんか〜〜〜!!」
・・・その喋り方、ほんわかした雰囲気。
いつもとは全く違う服装やら髪型をしていたので解らなかったが、顔を良く見てサイは理解した。
「あぁ、何だ木乃香か。
・・・何だその格好? 普段着にしちゃあ随分と動き辛そうな格好だが?
ついでに何だ、さっきの明らかにカタギにゃ見えねぇ連中? お前の知り合いか?」
そう、逃げて来た少女は木乃香であった。
木乃香に気付いたサイが矢継ぎ早に質問をぶつけると、彼女はいつもどおりのんびりとした口調で返す。
「さっきの人達はおじいちゃんの部下の人や。
この格好はおじいちゃんがお見合いが趣味でな、お見合い用の写真を撮る為にこんな格好してるんよ。
ウチまだ中2やのにフィアンセとか言って無理矢理進められとったから逃げ出して来たんやわ」
「・・・あの妖怪ジジイ。
いつかヤバイだろうと思ってたが、遂に痴呆かアルツハイマーにでも罹ったか。
ったく、下らねぇ事やってる暇があったらもっと別の事に心血注げってんだ」
・・・身も蓋も無い言い方である。
最早此処まで悪口を叩けば、怒りやら呆れやらを通り越して賞賛に値する程だ。
だが、元より自由に生きているサイにとってはどんなに学園長が偉かろうが何だろうが、孫の人生の伴侶を勝手に決定するというのは気に食わないようである。
人生とは自分で選択するからこそ意味がある。
そんな考え方をしているサイにとって、幾ら親心のようなものであったとしても余計なお世話と言う奴だ。
「んで、これからお前どうすんだ?
逃げ回った所でど〜せ、またさっきのバカ共が探しに戻ってくるぞ?
一思いにあの痴呆ジジイに『見合いなんて嫌だ』って言えばそれで大丈夫じゃねぇか」
確かにサイの言う事にも一理ある。
だが・・・厄介な趣味を持っているとは言え、木乃香にとっては心優しく、身近に居る唯一の肉親だ。
しかも祖父に何度かお見合いをしたくないと言う事を仄めかした事はあるが、結局は聞いて貰えていない。
「はぁ・・・サイくん。
そんなに簡単なモノやないんよ・・・だからウチ、困ってんねんて」
だが、そんな木乃香にサイは普通に返す。
まさに何を迷っているのかと言わんばかりにだ。
「何が難しいんだ、簡単だろ?
そもそもお前がどうしたいか、どうするかを伝えれば良いだけじゃねぇか。
あの妖怪ぬらりひょんジジイでも、本気で孫が嫌がってると思えば止めるだろうよ。
それかまあ、適当な理由考えて断るかだな」
「・・・? 適当な理由って?」
聞き返した木乃香にサイはある事を言う。
それが後に、己にしっぺ返しのような形で返ってくる事も知らずに。
「まあ『好きな男が出来た』とか、何だとか理由付ければ良いだろ。
んなものは適当にだ、適当に・・・さて、んじゃ俺は麻帆良散策の続きに行くんでな。
まっ、頑張れや・・・アバヨ」
そう一言言い残すと去って行った。
そしてその後、不意に木乃香が何かを考える素振りを見せたり、急に顔を紅くしたりとしていた。
最後には顔を紅くしながら微笑み、学園の方に向かって行ったようだが―――
次の日の朝―――
珍しくサイは学園長に呼び出された為、学園長室に来ていた。
しかも何故か、エヴァが先に来ており・・・他の者が居たら間違いなく引く程の殺気を纏った目付きで笑みを浮かべながら。
「何だよジジイ、俺に話って?
つうか・・・なんだこの空気の重さ? 何かあったのか?」
エヴァの放つ強烈な殺気に学園長さえも引いている。
これ程の殺気なら上位・・・いや、最上位種のドラゴンであったとしても尻尾巻いて逃げ出すだろう。
事実、脳天気なサイに比べて学園長がどれ程此処から逃げ出したいと思っている事か。
「じ、実はのサイ君・・・。
昨日、このかがわしの所にやって来て『好きな人が出来たからもう見合いはしない』と言ったのじゃよ」
「へぇ、そうかよ・・・つうか俺にゃ関係ねぇだろ。
何で一々、テメェの孫娘が好きな男が出来たからって呼び出されなきゃなんねぇんだ?
まあ良いや、昨日も何だかテメェの下らねぇ趣味に付き合わされて迷惑だみてぇな事を言ってたし・・・好きな男が居たってんならそれで良いじゃねぇか。
まっ、取り合えず木乃香にゃあ『おめでとう』とでも伝えておいてくれや」
全くマイペースな少年である。
まあ彼にとって誰と誰が愛し合おうが無かろうがそんな事はどうでも良いのだ。
だが・・・学園長はその態度に溜息を吐き、エヴァは更に殺気を強くする。
「何だよ、その可哀想な人を見るような目は?」
学園長の視線にサイがそう言い放つと―――
学園長は深く大きく溜息を吐いて切り出した・・・エヴァが機嫌の悪い理由を。
「ハァ・・・良いかの、サイ君。
このかが好きだと言ったのは・・・他でもない、君の事じゃぞ?」
「・・・はぁ? 何だジジイ、本格的にボケたのか?」
サイは学園長がボケたのでは無いかと本気で心配して言う。
しかし学園長はゆっくりと首を横に振って疲れているかのように返す。
「・・・わしゃ、まだボケとらんわい。
昨日このかは此処に来て『ウチはサイ君と言う好きな人が居るからもう見合いはしない』と言ったんじゃよ。
お主、いつの間にこのかとそんなに仲良うなっておったんじゃね?」
学園長の言葉にサイは顎に手を当てて考える。
可能性があるとすれば一つ・・・昨日、木乃香との別れ際に言った言葉だろう。
しかし、確かに適当に理由を付けて断れば良いとは言ったが・・・まさか自分をダシに使われるとは思って居なかった。
そんな風に思考を巡らせていると・・・不意に誰かに首元を掴まれて振り回される。
「サ〜〜〜〜〜イ〜〜〜〜〜!!
貴様ぁぁぁ、私と言う者が居ながらぁぁぁぁぁ・・・どういう事だぁぁぁぁぁ!!?」
首を掴んでいたのはイイ笑顔をした金髪の悪魔だった。
本来、登校地獄の呪いはサイの血によって解けたが、本来の魔力を封印している方は完全に解除されていない筈。
なのに付近のテーブルやら窓やらがエヴァから漏れた魔力の所為でミシミシと音を立てている・・・。
更にテーブルの上にあったカップが粉々に粉砕する・・・まさにこの中に居る者は、並の人間では正気を保っているのが難しい程だろう。
「あ〜いやキティ、誤解だ誤解。
昨日其処のUMA(未確認生物)ジジイのアホらしい趣味から逃げて来た木乃香を匿ってな。
そん時に『見合いすんのが嫌なら好きな男が出来た』とでも言って断れって俺が言ったんだ。
多分、その言葉を鵜呑みにしただけだろうよ」
その言葉にピタッと動きを止めるエヴァ。
どうやらサイの目を見て、真偽の程を確かめているようだ。
・・・まあ、良く考えて見れば『男として何かが欠けているのではないか』と疑いたくなる程に淡白で無愛想な彼がそんな事に一々嘘を吐く理由などあるまい。
特に男子の身の上でありながら女子校に編入し、しかもエヴァが知る限り2−Aの中で特に“癖のある”人物達から好意を寄せられてアプローチ(物騒なのもあり)を受けているにも拘らず、色恋沙汰には興味が無いと言うスタンスを貫いているサイにそんな器用な事が出来る筈もないだろう。
「フン・・・良かろう、信じてやる。
ジジイ、私はもう行くぞ・・・邪魔をしたな」
サイの首元から手を離し、さっさと部屋を出て行くエヴァ。
心なしかその足取りはスキップを踏んでいるようにも見えたが・・・それは本人でなければ解らない。
そんな彼女の後姿を見送りながらサイは『・・・やれやれ』と呟くと立ち上がって服の埃を払う。
「全く・・・木乃香の奴。
何で一々、俺の名前なんぞ出すんだかな? もっと他にも身近な奴が居るだろうが」
ブツブツと文句を言う。
ちなみに同年代の男子ならばいざ知らず、サイ自身は余り女性に興味は無かった。
かといって同性愛と言う訳でもない・・・寧ろ『色恋沙汰』と言うそのものに興味を持っていないのだ。
だから彼には“何故人を愛するのか?”と言う意味さえも解らない。
「フム・・・そうか、このかがのぅ。
確かにわしは勝手にあの子の将来を決めさせようとしとっただけかも知れんな。
うむ、良し。 わしとてあの子の幸せの方が大事じゃわい・・・これから見合いをさせるのは程ほどにしようかの、フォッフォッフォッフォッフォ」
そんな彼の言葉で木乃香の思惑が解ったらしい学園長。
しかし木乃香は信じられずとも孫娘だ、彼女の心内は完全ではないにせよ理解している。
そして彼女が“断る為のダシとして目の前の少年を使う”とも思えない。
目の前の少年はそれに気付いていないようだが。
「どうじゃね、サイ君?
君がこのかと見合いをするというのは?」
この一言も学園長なりに孫娘を応援する心算か、もしくは冗談で言ったのだろう。
案の定、サイの答えは予想した通りの物だった・・・後に続いた言葉は予想外だったのだが。
「・・・遠慮する。
それに俺のような奴に大切な孫娘をくっ付けようとするな。
俺は所詮、人とは相容れない『バケモノ』だ」
「・・・フォ? バケモノ?
わしから見たらどう見ても唯の人間じゃが?
お主、理由は解らぬが・・・余り自分自身を卑下するでない・・・『ククク・・・』・・・何か可笑しな事をわし言ったかね?」
すると・・・その言葉を聞いたサイが笑い始める。
「フフフ・・・アハハハ・・・」
その笑いはどこか自嘲的で―――
「アハハハ・・・ア〜ハッハッハッハ!!!!!」
そして・・・何処となく悲しげに哂っていた。
学園長が声をかけようとした次の瞬間、いきなり笑いを消し飛ばすかのような巨大な音が響く。
“ゴシャァァァァァン!!”
音の音源は直ぐに解った―――サイの居た入り口の横の壁が、獣の爪牙によって付けられたような痕が刻まれていたのだ。
・・・それをやった者は、言うまでも無かろう。
「・・・これの何処が“唯の人間”だ?」
その表情から彼の本当の考えは理解出来ない。
「言った筈だ・・・俺は『バケモノ』だ、とな・・・」
だが・・・その姿は少なくとも―――
「それに俺は壊す事しか知らん存在だ。
そうだろう? 殺す事しか出来ぬ俺が誰を愛せる? 誰を護れる? 出来る筈も無い。
・・・ジジイ、耄碌するのは目だけにしとけ」
まるで・・・啼いているように見えた―――
第十六話再投稿完了です。
今回の話は原作第二巻の木乃香のお見合いの所の話ですね。
しかし、中身は別としても外見は中坊のサイが煙草吸ってる姿はシュールですな・・・。
基本、この作品のサイは誰かを愛する資格がない云々以前に自分を人間だとすら思っていません。
それはある意味では、その簡単に人を殺せるほどに昇華されている武術の数々が原因の内の一つです。
そこら辺の事情はもう少し後に出てきますので敢えて此処では書きませんけど・・・。
そして明かされたサイの能力。
明日菜の魔法無効化を超える力を持つその能力の名は『能力無効化(アビリティ・キャンセラー)』。
明日菜の場合は魔法を無効化する能力ですが、サイの場合は魔法どころか魔法に連なる能力の一切合切を無効化できます。
・・・まあ故に後々、その事がネックになるんですけどね。
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少年には確かな記憶はない 持って出でた力の意味も、人を殺せる程の技術の意味も しかしそれでも少年は進む、その答えを知る為に |
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