天馬†行空 十三話目 龍は産声を上げた
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「北郷殿ー? どちらにおられますかー!?」

 

「あ、はーい! こっちですー!!」

 

 城壁の上で補修作業をしていると、下の方から誰かに呼ばれたので少し身を乗り出して声の主――((伯珪|はくけい))さん付きの侍女さんだ――に返事をする。

 しかし、何だろう? 午前で一通りの仕事は終わった筈だけど(ちなみに補修作業は趣味で手伝ってる)。

 

「太守様がお呼びですー! すぐに玉座の間へ来られるようにとー!」

 

 む、何かあったみたいだな。

 

「解りました! すぐに行きますので!」

 

 その前にコテ(補修作業用)を片付けてっ、と。

 

「北さん、片付けは儂らがやるでな。急ぎみてえだし、行ってやんなよ」

 

 道具箱へ持っていく途中、一緒に作業していたお爺さんがそう言うと俺の手からコテを持って行った。

 

「すみません、助かります。じゃあ行って来ますね!」

 

「おう、行ってきなー」

 

 お爺さんに頭を下げ、階段を駆け下りる。

 玉座の間へと走る途中、俺はここ二週間の内にあった出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

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 路銀が尽きたと言う星にどうするのか尋ねてみると、ちょっと仕官してくる、とこれまたあっさりとした返事。

 多少手持ちに余裕があったので貸そうか? と提案してみたがどうも星はお金の貸し借りが嫌いな様で丁重に断られた。

 南皮での例もありますし、真っ直ぐ城に向かうよりも先ずは街を回って太守の評判を確かめてからにしてみては? と言う稟さんの案に星が頷き、皆で街を一通り回ってみた後で昼食を摂りながら(ちなみに昼食代は大丈夫だった星)それぞれが感じた街の印象を言い合ってみると、

 

「普通ですね。可も無く、不可も無くと言ったところですか」

 

「だな。民も現状に大きな不満は無いのは寧ろ良いことなのだろうが……」

 

「面白みには欠けますねー」

 

「南皮みたいにある意味面白味がありすぎる街よりは良いって。普通なのが住む人達にはとって一番だよ……確かに普通だったけど」

 

 以下、稟さん、星、風さん、俺の感想である。……微妙に褒めてるのか((貶|けな))してるのか判別しにくいコメントになった。

 あ、でも気になったところが一つあったな……幽州、特にこの北平の辺りまで来ると中央から大分離れているから交趾と同じで辺境のイメージがあるんだけれども、この街には行商人の姿が多く見られた。彼らが扱っていた品物の中で特に注目したのは、交趾などの南方ではメジャーだけどこの辺りではなかなかお目に掛かれない『竹』が売りに出されていたこと。他にも市場に行商の人達専用のスペースが用意されていたようで公孫賛さん(ちょっと言い難いな)は商業に力を入れているのかもしれない、と思い返して気付いた点を話していると、

 

「お前っ! 解ってくれるか! そこに気付いてくれるか! ……やっと、やっと違いが判る人間が……くううっ!」

 

「おわっ!?」

 

 隣の卓で食事をしていた赤髪の少女にいきなり泣き付かれた(嬉し泣きみたいだけど)。

 突然の出来事に一瞬フリーズするが、ふと周りの状況に気が付き女の子に声を掛ける。

 

「えーと、その、色々と言いたいことはあるんですが、とりあえず一言だけ」

 

「あっ、ああ! 何だ?」

 

「皆こっちを見てますよ?」

 

「へっ?」

 

 素っ頓狂な声を上げた女の子は俺に抱きついたまま顔を上げ、辺りを見回し、

 

「「じーーーーー」」

 

「――――ぶはっ!!」

 

 半眼でこちらを見る星と風さん(風さんは割りといつも眠そうな半眼だけど)と目が合った。

 その横で鼻血を噴出して倒れる稟さん――――鼻血!!?

 

「ちょっ!? 稟さん大丈夫!? ……うわ気絶してるし!!?」

 

「……何か私が驚くところがそれ以上の吃驚で無かったことにされたような……じゃなかったな! おい、大丈夫か!?」

 

 稟さんの身体を軽く揺さぶると、どこか悩ましげな表情で、

 

「出会った二人が……その日の内に…………ぶふっ」

 

 稟さんはぼそりとうわ言を呟いた――って、わー!? 出てる出てる!! 血の池が出来るぐらいの勢いで鼻血が!!?

 慌てて辺りを見回すと、興味津々な様子でこちらを窺っていたお客さん達と、星が席を立ってこっちに……あれ? 風さんは……居たっ!

 周りに集まって稟さんの介抱をしようとしている女の子と星、手拭い等を持ち寄って来る他の人達の間を猫のようにするするとすり抜けて、風さんは稟さんの傍らにしゃがみ込み、

 

「あー……このところ無かったので安心していたのですがー。稟ちゃ〜ん、とんとんしますよー、とんとーん」

 

 手刀を作り、稟さんの首の後ろを軽めに叩き始めて……あ、鼻血止まった。

 血が止まると風さんは慣れた様子で懐から紙を取り出し稟さんの鼻に当てる。

 

「はーい、稟ちゃん。ちーんしましょうね、ちーん」

 

「……ちーん」

 

 意識が戻って来ているらしく、風さんの声に反応して鼻をかむ稟さん。

 完全に血が止まると風さんはこちらに向き直り、

 

「皆さんお騒がせしましたー。もう大丈夫ですのでー」

 

 ぺこり、と頭を下げた。

 

「なあ、なんであの人形、頭から落ちないんだ?」

 

「俺に聞かれても」

 

 俺も密かに気になった点を女の子に尋ねられたが、分かろう筈も無い……宝ャ、実は生き物だったりしないよな?

 

 

 

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「さっきはいきなり、その、だ、抱き付いたりして悪かったな……えーと」

 

「北郷です」

 

「その、北郷。私はここの太守で姓は公孫、名は賛、字は伯珪だ」

 

「!」

 

「ほう」

 

「ほー」

 

「ふむ、貴女が……」

 

 噂をすれば何とやらとは言うものの、まさか下町にある酒家の、しかも隣の席で太守さんがご飯食べてるなんて……普通は思わないよなあ。

 ……星に風さん、復帰した稟さんとも自己紹介をすると、伯珪さんは自分の分の食器を持ってこちらのテーブルに移って来た。

 

「なあ、さっき街の様子を話してたみたいだったが。その、子龍達はどう思った?」

 

 あ、初めの方に話してた感想は聞いてなかったみたいだな……あれを言っても良いものか、皆の顔を、

 

「普通でしたねー」

 

「うむ、普通だな」

 

「普通、かと」

 

 窺う前にまさかの三連コンボ!!?

 

「だよなあ〜〜……皆、そう言うんだよなあ〜〜」

 

 怒涛の三連撃の前にテーブルに沈む伯珪さん。

 大丈夫ですか、と声を掛けると伯珪さんは「大丈夫だー慣れてるからなーはははー」と突っ伏したまま力なく手をひらひらさせた。

 

「ですが、一刀殿の言葉を思い返してみれば確かに他の都市――まあ言うほど私も多くを見てはいませんが――とは違う部分ですね」

 

「そですねー。あの竹もしっかりした物でしたし、わざわざ遠い所から行商人や商隊がここへ来るのは商品を持って来ればよく売れると解っているからでしょうねー」

 

 稟さん、風さん、ナイスフォロー!

 

「うむ、確かにこの――」

 

 と言った星は丼から何かを箸でつまみ上げ――って、それはまさか、

 

「――メンマもなかなかの物だしな」

 

 やっぱりメンマかよ!!!

 

 ――喉元まで出掛かった突っ込みを辛うじて飲み込む。

 今突っ込むのは危険だ……突っ込めば星は逆にメンマの素晴らしさについて語り出すに違いない。そう、恐らくは最低三刻(約四十五分)ぐらいは。

 

 ……ほら、やっぱりだ。ヤツは何かを期待する目でこちらを見て――

 

「って、メンマかよ!!!」

 

 ――伯珪さんが盛大に地雷を踏み抜いた。それはもう、見事としか言い様が無い、まさしく非の打ちどころの無い突っ込みだった。

 

 星の目が光る。俺は静かに心の中で十字を切った――。

 

 

 

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 ――三刻後。

 

「一刀殿〜」

 

「ほんご〜」

 

「ぐぅ……おや、終わりましたかー?」

 

 恨めしそうに俺を見る二つの視線。そしてちゃっかりと寝てやり過ごした風さん……出来るなら俺もそうしたかった。

 事の元凶は語りを終えるとさっぱりとした顔でメンマ皿をもう一つオーダーしていた……メンマ代は路銀とは別枠か……。

 

「すいません伯珪さん……注意するより前に貴女が突っ込むのを失念してました」

 

「あ〜……いや、知らないとはいえ私も不注意だった。顔を上げてくれ北郷」

 

 頭を下げる俺を爽やかな笑顔でフォローする伯珪さん……良い人だなー。

 

 

 

 

 

「ところで伯珪殿」

 

「……むぐ。な、何だよ子龍。いきなり((畏|かしこ))まって」

 

 突然、身体ごと向き直り姿勢を正した星に、食事中だった伯珪さんは慌てた様子で口元を拭う。

 

「私を召抱えてみませんかな?」

 

 お。

 

「また唐突だな。仕官希望で、武官か? ……ふ〜ん……へぇ、結構、いやかなり腕は立つみたいだな」

 

「ほう、見ただけでお判りになられると?」

 

「おいおい、あんまり甘く見るなよ? 私だって太守だ、このくらいの目は持ち合わせているさ」

 

 そう言った伯珪さんの((雰囲気|ふんいき))が変わったのに気付くと、彼女の((琥珀|こはく))色の瞳はまるで((凪|な))いだ湖面の様に静かで揺るがない光を湛え、星に向けられていた。

 やや張り詰めた空気に思わず息を飲む。ふと気付くと稟さんと風さんも伯珪さんの様子をじっと見つめていた。

 

「先ずは客将からだな。それでいいならウチに来てくれ」

 

「それで結構。では今より我が槍、公孫伯珪殿にお預け致す」

 

 おお〜、凄いな星。とんとん拍子に交渉が成功してるじゃないか。

 

「で、戯志才達も仕官志望なのか?」

 

「いえ、違います。我々は諸国を見聞する旅の途中でこちらに立ち寄っただけですので……」

 

「さっきの伯珪さんには少し興味がありますが……今は((一所|ひとところ))に腰を落ち着ける気はありませんからー」

 

 気さくに声を掛ける伯珪さんに、稟さんと風さんは少し申し訳なさそうに断りを入れた。

 うん、そうだよね。彼女達は旅を始めたばかりだし、それにいずれ軍師になるつもりなら、もっと多くの土地を見聞したいだろうし。

 

「そうか……あ、いや、無理に誘うつもりは無いから気を悪くしないでくれ」

 

 星と同じく、風さんと稟さんの資質も見抜いたのだろうか? 伯珪さんは僅かに残念そうな顔になったが、すぐにそう言って笑顔を浮かべた。

 

「……で、その、北郷。お前は?」

 

 さっきの抱き付きの一件があった所為か、少しどもりながら伯珪さんが尋ねてくる。

 

「星が残るなら、俺もここに残りますよ」

 

 伯珪さんに返事をしながら、俺はこちらの様子を窺っていた星に片目をつぶって見せた。

 

「なあ、それならいっそのこと北郷もウチに来ないか? さっきの話を聞いてた限りじゃお前、文官に向いてると思うんだが」

 

 さっきの話? ……ああ! 市場の話か! でも文官って……むう、どうだろうか。

 雲南にいたときには、にわか部隊長と土木工事の監督兼現場作業員で文官の仕事は……そういえば一回、輝森さんと一緒に獅炎さんの書類仕事を手伝ったっけ。

 交趾では度々威彦さんと文官さん達の話し合いに混ぜて貰ってはいたけど……実務経験は殆ど無いんだよなあ。

 

 あ、でも伯珪さんのところで働かせて貰った方が俺も今後の路銀を確保できるし……う〜ん。

 

「伯珪殿、一刀は軍、政、いずれもこなしますぞ」

 

 悩んでいると――って、星!?

 思ってもみなかった角度からのフォロー(?)に思わず星を見ると彼女はしたり顔で、

 

「それに私も一刀も実戦経験はありますしな。私程ではないですが、一刀も戦働きはお手のものですぞ」

 

 そんな風にのたまった――いや星!!? それは明らかに持ち上げすぎだ! 俺はそこまで手慣れてないから!

 だいたい戦働きって言っても、一度目は夕の作戦通りに動いただけだし(それに主な指揮は輝森さんが執っていたし)、二度目は張任さんにのされて途中リタイヤしてるから!

 

 大声を出すとまた周りから注目されかねない為、目で星に訴えてみるも当の本人はニヤリと口元に笑みを浮かべ……あ、嫌な予感が。

 

「それにご覧なされ伯珪殿。一刀もそれ、このようにやる気に満ちた目をしておりますし」

 

「いやいや子龍、どう見てもあの目はお前に文句があるようにしか見えないぞ?」

 

「あ、いや伯珪さん、いいですよ。手慣れてはいませんけど、星の言った通り実戦経験はあります。文官の経験はほぼゼロですが。それでも宜しければ、ぜひお願いします」

 

 ……冷静に考えればここに残る時点で星と別行動する理由も無いし、ここは素直に伯珪さんの好意に甘えさせてもらおう。

 

「そうか! 歓迎するよ、子龍! 北郷!」

 

 ((相好|そうごう))を崩す伯珪さん……ひょっとしてあんまり人がいないのだろうか?

 

「おめでとうございます星殿、一刀殿。短い間ではありましたが((貴殿|あなた))方と共に旅が出来て良かった」

 

「――とは言え、風達ももう少しの間はこの辺りを見聞しますので、すぐにお別れではないですけどねー」

 

 柔らかな口調で祝ってくれる稟さんの横でぼそりと呟く風さん。

 

「なあ二人とも、もし良かったら北平にいる間は城の部屋を使わないか? 一緒に旅してたなら色々と積もる話もあるだろうし」

 

 風さんの言葉を聞いて伯珪さんが明るい声で二人に話し掛けた。

 

「――あっ! いや別に無理強いしてるわけじゃないんだ、部屋も城の隅の方で悪いんだがわりと綺麗にしてるし――」

 

「ふふ、伯珪殿、そのお心遣い、ありがたく受け取らせていただきます」

 

「伯珪さん、ありがとうなのです……ふふ」 

 

 途中から自分に視線が集まっているのに気付き、しどろもどろになる伯珪さんに二人が笑顔で応える。

 

 

 

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「ところで稟さん、もう大丈夫なの? いきなり倒れたから吃驚したけど……」

 

「そういや、かなり危険な量出てなかったか戯志才? ……やっぱり医者を呼んだ方が」

 

 話と食事が一段落したところで、さっきの出来事について聞いてみた。

 伯珪さんも気になってたみたいで稟さんの顔を心配そうに見ている。

 

「い、いえ……大丈夫です。お恥ずかしいところをお見せしまして」

 

「久しぶりでしたし、だいぶ多かったですねー稟ちゃん」

 

「風っ!?」

 

 ぽつりと呟いた風さんにびくり、と反応する稟さん。 

 

「久しぶり? ……なあ仲徳、前にも同じ様な事があったのか?」

 

「正確にはお兄さん達と一緒に旅をする二日前でしたが、それまではちょくちょくありましたねー」

 

「風! わざわざ皆の前で――」

 

 尋ねる伯珪さんに答える風さん。稟さんは慌てて止めようとするも、

 

「――稟ちゃん、風達はお城の部屋をしばらくお借りするわけですがー」

 

「うっ」

 

 のんびりとした切り返しを受けて言葉に詰まる。

 

「いや、部屋を汚すのは別にいいんだが、もし持病でもあるのなら医者を」

 

「いえ! 別に持病という訳では、ない、筈です、多分……」

 

 体調を心配する伯珪さんに、ぶんぶんと手を振って否定する稟さんだが……何か、語気が小さくなっていってるんだけど。

 

「ふむ、何か言い辛い訳がありそうだが……しかし、せめて原因が分からねば我々も気を付けようが無いぞ?」

 

 稟さんの様子を窺っていた星が助け船を出すが……確かにそうだな。

 

「簡単ですよー。さっき稟ちゃんが鼻血を出した直前にあった出来事を思い出してみて下さい」

 

「? 出来事って――っ!」

 

 あ、伯珪さんにいきなり抱きつかれた事か、って伯珪さんも思い出したみたいで顔が真っ赤になってる。

 

「ぬ――そういうことか」

 

「あ、俺も解ったかも」

 

 伯珪さんのアレもそうだが、倒れた稟さんのうわ言も思い出して納得。つまり、

 

「((色事|いろごと))、か」

 

「星ちゃん、当たりなのです」

 

「いやあれは色事って言うほどのものじゃ無かっただろ!」

 

 やっぱりそうか。……とは言ってもあの時の稟さんは妄想が凄まじく飛躍していたような気が。

 そして伯珪さん、否定すればするほどドツボにはまりますよー……特にその二人相手だと。

 星も風さんも弄る気満々な笑みを浮かべてますし。

 

「い、色事……」

 

 ん? 稟さん? いきなり俯いてどうし――って、まさか!?

 

「一刀殿の手が……伯珪殿は生まれたままの――」

 

「――おいーーーーっ!!? 戯志才っ! 何を口走ってるんだ何をーー!!!」

 

「ああっ! いけません一刀殿、そんなに強く――」

 

「――わーっ!? わーーーっ!!?」

 

 ――突っ込む隙が見当たらんのですが。そして伯珪さんに突っ込まれてもボケ倒す……と言うより完全に妄想一直線な稟さん。

 

「風さん、そろそろ準備しといた方が良くないか?」

 

「そですねー、大きいのがまた来そうですしー」

 

「((難儀|なんぎ))だな、風」

 

「いえいえー、もう慣れっこなのですよー」

 

 そう言って風さんが袖口に手を入れた瞬間、

 

「ぶーーーーーーーーーっ!!」

 

「おわーーーーーーーっ!!?」

 

(伯珪さんを巻き込んで)再び宙に見事な鼻血のアーチが描かれたのだった。

 

 

 

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 色々な意味で濃い出来事があったその日から五日後の夜、俺と星が稟さん達が借りている部屋にお邪魔した時の事。

 

「北平の見聞も終わったので、明日にはここを発とうと思います」

 

「伯珪さんにはお昼に一緒になった時に挨拶しましたのでー」

 

 他愛も無いおしゃべりが一段落してから、二人はそう切り出した。

 

「もう発つのか……いや、寧ろ今まで滞在した街よりは長かったか?」

 

「はい、居心地は悪くありませんでしたし……それに、いざお二人と別れるとなると街を見て回る足も((鈍|にぶ))りまして……」

 

「…………ですねー」

 

 稟さん……風さん……。

 

「ふふ、そんな顔をするな二人とも。これが今生の別れでもあるまい? 我らは既に『友』であるのだから――なあ、一刀」

 

 星はそう言うとこっちを向いてなにやら思わせ振りに片目をつぶる…………? ――ああ!

 

「大丈夫だよ、稟さん、風さん」

 

「一刀殿?」

 

「お兄さん?」

 

 二人は不思議そうに俺と星を見た。

 

 

 

 ――美以ちゃん、あの台詞、借りるね。

 

 

 

「『友達ならまたいつか会える』から」

 

 ――って、うわあああ!? 口に出すと思った以上に恥ずかしいぞこの台詞!

 

「自分で言って真っ赤になってりゃ世話無いぜ兄ちゃん」

 

 しかも宝ャに突っ込まれたー!?

 

「締まらんな一刀、ふふ」

 

「ふふふ、星殿、一刀殿、ありがとうございます」

 

「ありがとうですよお兄さん、風もそう思うのです」

 

 まあ、湿っぽくならなかったから、これで良かった、かな?

 

 

 

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 ――翌日、早朝。

 

 自分の時もそうだったけど、旅立つ時は誰もこの時間帯を選ぶのだろうか? と思いながら、二人を見送る為に星と城門までやって来た。

 

「わざわざ見送りまでして頂くほどでは……」

 

「そう言うな、稟」

 

「そうだよ稟さん。しばらく会えないんだから、このくらいはさせてよ」

 

「――ありがとうございます星殿、一刀ど――って、風! こんなときに寝るなっ!!」

 

「――おおっ!? いや稟ちゃん、流石にこの時間はまだ眠いのですよー」

 

 静かな相方に気付いて突っ込む稟さん。うん、風さんの言う通りまだ少し眠気の残る時間帯だけど、いつも通りキレのいい突っ込みだ。

 一方、頭をゆらゆらさせている風さん。こちらもいつも通……いつも以上に眠たそうだ。

 

「ははは、いつもの調子が出て来――ん?」

 

 ふと、怪訝そうな顔になった星が後ろ(城がある方角)に目を遣る。

 つられてそちらに目を遣ると、誰かがこちらに走って来るのが見えた。

 朝靄に霞む街の通りに、近付いて来る人影の輪郭が徐々にはっきりして――お、あれは。

 

「おっ、間に合ったか!? ……はぁ……はぁ……ふぅ。もう出発したんじゃないかと思って焦ったぞ」

 

 息を切らして走って来たのは、やはりというか伯珪さんだった。

 

「伯珪殿、貴女まで……お気持ちは嬉しいですが、太守ともあろう方が供も付けずにお一人で――」

 

「――それを言ったら会った時も私一人だったろ、それに供ならそこにいるじゃないか」

 

 と言って星と俺を見る伯珪さん。

 稟さんは伯珪さんを見て一瞬顔が((綻|ほころ))んだが、すぐに表情が引き締まりお説教モードに切り替わる……素直じゃないなー。

 案の定、伯珪さんに上手く(?)返されて言葉に詰まっているけれども。

 

「伯珪さん、ありがとうですー」

 

「世話になったな、影の薄い姉ちゃん」

 

「一言余計だ! 宝ャっ!」

 

 その点、風さんは素直だ。頭上の宝ャにも手を振らせ――どうやって動かしてるんだろう。

 ……伯珪さんも律儀に宝ャに向けて突っ込んでるし。

 

「さて、名残惜しいですが」

 

「行きますか稟ちゃん?」

 

 ええ、と風さんに頷き、稟さんがこちらを向く。

 

「星殿、一刀殿、以前の繰り返しになりますが、貴殿方と旅が出来て本当に良かった」

 

 笑顔でそう言った稟さんは、伯珪さんに向き直り、

 

「そして伯珪殿、北平での生活に便宜を図って頂き、本当にありがとうございました」

 

 綺麗なお辞儀をした。

 

「あー……風が言いたかったこと、ほとんど言われちゃいましたねー」

 

 風さんはあんまり困ってなさそうな、いつも通りの口調で、

 

「ではまた、どこかでお会いしましょう」

 

「星、兄ちゃん、普通な姉ちゃん、またな!」

 

「普通って言うな!」

 

 ぺこりと頭を下げるが、宝ャの台詞でなんかもう色々と台無しである……伯珪さん、突っ込むだけ疲れますよー。

 

「ふっ、稟よ、私も同じだ。一月にも満たない日々ではあったが……楽しかったぞ」

 

「風さんも元気で……稟さんの鼻血、いつか治まるといいね」

 

「……折角来たのになんか私の扱いが酷くないか? まあ、良いか……二人とも、道中気を付けてな」

 

 背を向ける二人に声を掛け――あれ?

 

「あ、稟ちゃん、少し待ってて下さいねー」

 

 風さん、何か忘れ物でもあったのかな?

 

「お兄さん、ちょっとしゃがんで貰えますかー」 

 

「……? ! ああ、おんぶ?」

 

「はいー」

 

「よっと……はい、どうぞ」

 

 思い返すほど昔の事でもないけど、風さんとはこれが切っ掛けで縁が出来たんだよなあ。

 出発前、最後におんぶを要求する風さんを微笑ましく思いながら、背を向けてしゃがみ込む。

 

「では失礼してー……よいしょ、っと」

 

 初めての時もそうだったけど、風さん物凄く軽いなあ。……う〜ん、もう少しくらいは食べても大丈夫だと思うんだけど。

 背中に感じる僅かな重みにそんな感想を抱いていると、不意に首筋にくすぐったい感触がして、

 

 

 

 

 

「お兄さん、――が治まった後にでも、また――で会いましょう」

 

 

 

 

 

 吐息と一緒に、囁き声が耳に入ってきた。

 

「っ!? 風さん、もしかして――」

 

 ――見当が付いているの? 

 

 何故か大声を出すのが((憚|はばか))られて、小声でそう聞き返す。

 

「ふふっ、お兄さんなら考えれば分かりますよー……そろそろ降りますね?」

 

「あ、ああ。うん……よ、っと――!?」

 

 

 

 えっ!? ――今、頬に当たったのって、え? うええ!?

 な、何か、柔らかい感触が!?

 

 

 

「稟ちゃん、お待たせしましたー」

 

(態度には出さないように苦心しながら)狼狽する俺とは対照的に極々普通に稟さんの横に並ぶ風さん。

 その表情は……駄目だ、いつもと同じようにしか見えない。

 ちらりと他の三人を横目で見たが、特に気付いた様子も無かった。

 結局、風さんには最後までやられっぱなしだったような気も……思わず苦笑いを浮かべながら、歩いていく二人に手を振る。

 

 ――彼女の言う通りなら十中八九、そう遠くない先に再会するんだろうな。

 

 遠ざかる二人の影に手を振りながら、俺は耳元で囁かれた言葉を((反芻|はんすう))していた。

 

 

 

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 ――更にその翌日、俺と星が仕官してから丁度一週間経った日の事。

 

 星は最近募集されて集まったばかりの義勇兵の訓練、俺は伯珪さんや文官さん達が処理し終わった竹簡(結構量がある)の整理をそれぞれ終えて、一緒にお昼ご飯でも食べに行こうか、と話をしていたら伯珪さんから呼び出しが掛かった。

 

「ああ、よく来てくれた二人とも。飯時で悪いがちょっと聞いて欲しい話があってな……お、来た来た」

 

 執務室に入ると、机に向かっていた伯珪さんが顔を上げて軽く手を振りながらそう切り出し――途中で侍女さんが点心を運んでくる。

 

「まあ座ってくれ。飯も来たし、先ずは食ってから話にしようか」

 

 ふわりと漂う食欲をそそる香りに、我先にと((蒸籠|せいろ))に手を伸ばす。

 ……おっ! 出来たてだ! むぐむぐ……ん〜〜!! 美味いっ!!

 

「うむ、これは美味いですな。……ふむ、ここにメンマが――」

 

「――いやあ! 気に入ってくれて良かった! まだあるから遠慮しないで食ってくれよ!!」

 

 伯珪さんナイスカット! ……メンマ話はもうこりごりです。

 

「で、だ。話って言うのは――」

 

 と、伯珪さんは北平一帯を騒がせている賊について話し始めた。

 

 賊と言っても一つではなく小規模なグループが複数存在しており、兵が配置されていない村や、居ても数が少ない街を散発的に襲撃しているらしい。

 勿論伯珪さんは報告が上がる度に討伐を行うのだが、その都度離散しては(馬持ちが多い為、逃げ足が早い)また集まるといったイタチごっこになっている状態。

 それが幾度か続き、伯珪さんもいい加減腹に据えかね、今回は義勇兵を広く募って一挙に討伐してしまうつもりのようだ。

 

「――とまあ、今はそんな状況なんだが。今回の討伐でもまた同じ事の繰り返し、ってのも何だしさ……何か良い考えでもあれば聞きたいなー、と思って」

 

「ふむ、確かに城下でも賊の噂は耳にしましたな」

 

「……伯珪さん、賊の集団の数とそれぞれの人数って判りますか?」

 

「ああ、それなら――」

 

 

 

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「おっと」

 

 回想しながら走っていたらいつの間にか玉座の間の前まで来ていた。

 

「北郷です! すみません、遅くなりました」

 

 声を掛け、一礼して入室すると正面に伯珪さん、その傍らに星。

 そしてこちらに振り返る、見知らぬ三人の女の子。――? 誰だろう、新しく仕官した人達かな?

 

「おっ、これで全員揃ったな……あ、休憩中に呼び出して悪いな、北郷」

 

「いえ、急ぎなら仕方ないですよ……もしかして、賊が動いたんですか?」

 

「察しがいいな北郷。今からその話をするところだよ」

 

「その前に一刀。そこな劉備殿達も今回の作戦に参加することになった。先ずは自己紹介をしておくといい」

 

 ああ――――って!? 劉備っ!!?

 

 星に促されてくるりと振り向くと、三人の内の、桃色の髪の女の子が笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。

 この子があの? ――おっと、そうじゃないな。今は、

 

「これは失礼しました……北郷と言います。そこの子龍と同じく、伯珪さんの客将です。よろしく」

 

 一週間前の賊の話の事もあり、目の前に居た人達に挨拶するより前にそちらの件が気になってしまった。

 無視した形になった彼女達にお詫びの意味もこめて、名乗りながら深くお辞儀をする。

 

「あ、そんな、頭を上げて北郷さん! 私は気にしてませんから!」

 

 下げた頭の先から慌てたような声と気配がした。

 一呼吸してから元の姿勢に戻ると、目の前まで来ていた少女はほっとした顔になった。

 

「えっと、趙雲さんがもう言っちゃったけど……劉備、字は((玄徳|げんとく))です。北郷さん、こちらこそよろしく!」

 

 にっこりと笑った玄徳さんが自己紹介すると、すぐ後ろに居た背の高い子と小さい子(南蛮の子サイズ)がこちらに向き直る。

 

「我が名は関羽。字は((雲長|うんちょう))。北郷殿、よろしく」

 

「鈴々は張飛で((翼徳|よくとく))なのだ!」

 

 綺麗な長い黒髪の長身の子が雲長さんで、虎の髪飾りを付けてる赤い髪の小さい子が翼徳さん、と。

 

「雲長さんに翼徳さんですね。はい、これからよろしくお願いします」

 

 二人に再び一礼をして、こちらの様子を見ていた伯珪さんに向き直る。

 星もそうだが、伯珪さんの表情がいつもより固い……これは、すぐにでも出陣かもな。

 

 

 

 ……だとすると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――例の策が上手く行ったかな?  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あとがき

 

 天馬†行空 十三話目です。

 今回は真・恋姫†無双、蜀ルートの初戦直前までをお送りしました。

 次回、賊との戦闘になります。『龍』の参戦で討伐戦はどう動くのか、そして一刀の言う『策』とは?

 

 ※一話目〜十二話目までを手直ししました。ストーリーは変わっておらず、表現の変更、及び追加(どちらも若干ですが)や誤字の修正がメインです。

 

 

 

 

 

 星さんが絶好調すぎる……。

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。
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コメント
既に治まっているのに閨とはこれいかに。(アルヤ)
>聖刻犬王−ヒトャムスさん wwwその発想は無かったwww コメント読んだ直後、呼吸困難になりましたよwwwww(赤糸)
「お兄さん、――が治まった後にでも、また――で会いましょう」・・・ふむ、これはおそらく「お兄さん、性欲が治まった後にでも、また閨で会いましょう」だな!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
>陸奥守さん アンチするつもりは無いですよ、ご安心を。(赤糸)
>アルヤさん 黄巾の乱はあまり話数をかけない……予定です。(赤糸)
>PONさん コメントありがとうございます。作者は『龍=英傑』としてタイトルをつけましたが、確かに朱里も『伏龍』でしたねw 紛らわしくてすみません。(赤糸)
>summonさん 他の三人からは、降ろしている際に少しぐらついた様にしか見えなかった、と考えております。(赤糸)
>量産型第一次強化式骸骨さん 今後、変化をつけた展開に……出来るといいなあw(赤糸)
>狭乃 狼さん 確かに出血大サービスw 賊討伐戦は原作同様あっさりめになる、かも?(赤糸)
この小説の劉備達はどんな人達なのか?劣化させてアンチというのは勘弁して欲しいけど。(陸奥守)
ここからどうなるんですかね。楽しみです(アルヤ)
風は一体なんなんでしょうか。素直に考えれば黄巾の乱がおさまったころに、となるだろうけど…劉備軍に入って凜たちと敵対するようなことにはならないでほしいなぁ…まぁ公孫?ルートでも袁紹を倒した後はそうなるだろうけど。あと龍とか言うからはわわがやってきたのかと思いました。紛らわしいw(PON)
風は最後に盛大な置き土産を残していったようで…星にも気づかせないとはやりますね。(summon)
風とは再会するみたいですが、稟とはどうなのでしょうね。桃香たちも出てきましたが、星を取られてしまうのでしょうかw(量産型第一次強化式骸骨)
稟も絶好調だと思いますw さて、桃香たちが出てきて、この後一刀と星は・・・・?(狭乃 狼)
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