ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」02
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壇上に立つエクトラ師は、その少し痩けた顔立ちには似合わない小さい丸眼鏡の位置を直すと、大きく息を吐いた。彼が放った『魔弾』が炸裂した壁は未だにくすぶっている。魔法学園らしく魔術で強化された建材を使っていなかったら無惨に穴が穿たれていただろう。

「おっと、駄目生徒の所為で話が逸れましたね。どこまで話しましたか。そう、魔女戦争の影響についてでした。……各国歴史の転換点になった魔女戦争は魔道的見地からも一つの重大な出来事でした。これ以前の魔術といえば共感魔術やヘルメス学の万物照応理論に代表される。因果の縁故を扱ったものが主でした。しかし『魔女の秘術』に対抗する為に、この時代の魔法使いはこぞって、呪言魔術などの万物構成を扱う魔術式を研究しました」

 無表情のエクトラ師は、何事もなかったように講義に戻った。それだけエディ達のことなど、歯牙にもかけていないのだろう。

 当のエディは、酷い扱いをされたのは確かだが、落ちこぼれと評されている現状には慣れっこで、あれ以上ごちゃごちゃ小言をくらうより、さっさと講義に戻ってくれてよかったと、肘枕でエクトラ師の話を無気力に聞いていた。さすがにもうノートをとる気分にもなれず、ペンは手の中で遊ばせている。

 逆に、さっきまで講義を聞いていなかったマリーナは、背筋を伸ばして壇上に真面目な視線を送っている様が、少し滑稽に見えた。

(そういえば、『魔女の秘術』と普通の魔術って何が違うんだっけ?)

 根が真面目なのだろう。やる気をなくしてエディはしっかり講義を聞いており、そんな疑問が心中に浮かんだ。注意されたばかりなので隣のマリーナに聞くわけにもいかない。

(まぁ、いっか。『魔女』なんてとっくに滅んだんだし……)

 『魔女』と呼ばれる存在は古今東西、かなりの数が存在したらしい。最も有名所は、先程から講義の話題にのぼる魔女戦争で討滅された『不死の魔女ファルキン』だ。彼女は欧州を恐怖の渦に陥れた最凶の『魔女』であると、各地で伝説が語り継がれている。

 そんな恐怖の対象である『魔女』も十九世紀に産業革命が進み、ついには二十世紀が始まった今日では、噂や伝承に姿を現すばかりで実際に会ったという者は、大抵ほら吹きか売名に躍起になる低俗な人間だと思われるのが常だった。中世の封建時代から文明の発展により魔道の世になった今だからこそ、『魔女』なんてものがそうそういるはずがないのだ。

 そんな現状を、「夢がない」と言うものがいる。『魔女』という者が存在しえる許容を世界が失ったのだと。

 しかし、そういう話は、『魔女』が如何なる存在か真に理解していないエディには、哲学的な、自分には関係のない専門家の意見としか取れなかった。

「それにより魔道技術が飛躍的に発展することになり、魔女戦争以後の約百年間は、工業的な構造改革が進んだ産業革命と対比する形で、魔道革命の時代とまで言われています。現在の魔法使いの間で呪言魔術が主流なのは、そういった流れが今でも続いているからです。さて、これでやっとこの講義の本流に入れます。魔法を扱うとき魔術を系統立てて考えるのは非常に有効で」

 エクトラ師の話を遮るように、学園中に重い鐘の音が響いた。

 講義時間終了の合図だ。長々とした面白味のない講義から解放され気が抜けたのが、講堂中から伸びをする生徒の漏れ声が聞こえてくる。

 話が中断されたことに、多少何か思う所があったようだが、深い溜息をついて

「それじゃあ、今日はここまで。次回は呪言魔術の系統論から。予習して来るように」

 と言うと、エクトラ師はさっさと壇上から降りてしまった。

 普通なら生徒に質問がないか確認してもいいのだろうが、そんな素振りは全く見せない。

 魔法学園の講師は彼と同じように座学に力を入れていない者が多い。やはり魔法学園というものは魔法の実践があってこそで、座学を重視する人間は魔法使いになれなかった魔術師や魔学者だと認識されているのだ。ただそれでも、魔法学園は魔法使いと同時に魔術師、魔学者も育てる場でもあるので、座学がなくなることはない。

 よって魔学の講義は、形だけで講師が淡々と喋るだけのものが多い。受ける方も、真面目にノートを取っているエディはかなり珍しい部類に入るのだ。

 いつもなら潮が引くように、いつの間にか講堂から姿を消すエクトラ師のはずが、今日に限っては、何か思い出したように立ち止まった。

 一体何事かと、生徒達から注目が集まったことに何やら溜息を吐いたエクトラ師は

「エディ・カプリコットとマリーナ・クライスは、後で僕の部屋に来るように」

 と付け足した。

『え〜ぇ』

 エディとマリーナの不満の声がそろう。それには耳を貸さずに、エクトラ師は今度こそ、早々と去っていった。

「たかが私語ぐらいであのオッサンはぁ。もう、なんなのよ! 女の子二人も密室に呼び出して何するつもりなのよ〜。 ……エディ、ごめん」

 謝罪の言葉と共に、マリーナはしかめっ面を見せた。

 その表情にはエディ共々落ちこぼれ扱いされたことへの不満は感じられない。彼女にしてみれば、単に講師に呼び出されたのだけが問題なのだろう。マリーナは序列にこそ入れていないが、エディと比べれば格段に成績はいい。上手くいけば序列四十位台に滑り込むことだって夢ではない。そのあたり、絶望的に成績の悪いエディとは少し事情が違っていた。

「別にいいよ。そんなの」

「でも、あのオヤジ、あんなに簡単に魔法撃ってきて、ほんとにもう、信じらんないよね」

「エクトラ先生が狙いを外すわけないし、絶対に当たらないんだから」

 そう、あの鼻先をかすめるような『魔弾』の軌道は、二人が妙な動きをしない限り絶対に当たらないものだった。

 魔法学園の落ちこぼれであるエディにも、たった一つだけ身に付いている能力がある。それは『霊視』と呼ばれる「この世ならざるものを視る」能力。

 といっても、『霊視』という能力は生まれつきの体質によって左右されるもので、その能力保持者は魔法使いならそれほど珍しくはない。であるから、『霊視』が出来るからといってエディを誉めてくれる者はこのバストロ魔法学園には一人もいない。それは例えるなら「動体視力」のようなものだろう。その能力が高ければ有利になることはあるが、その能力だけでどうにかなるわけでもなく、それを生かす技術を身につけなくてはいけないのだ。

 エディの『霊視』には、エクトラ師の魔力の高まりから、魔法起動、その弾道まではっきりと見えた。さすが魔法学園講師と言うべきか、彼の『魔弾』は完全に制御されたものだった。

「そうよね。あのクソオヤジ、無駄に自信があるから、あんなバンバン撃ってきて。ほんと間違って当たったらどうするんだっての」

 だから当たらないんだって、と口にしそうになったエディはその言葉をぐっと飲み込んだ。

 あまり霊的な感知能力のが高くないマリーナには、あの魔法の完成度がいまいち把握出来ていないのだろう。それある意味彼女にとっての幸福といえる。裏を返せばエディには不幸が付きまとう。実力がないのに目だけはいい。普通の者には見えなくても、エディなら皆がどれほど自分より優秀なのか見えてしまう。人と自分との差ばかり見せつけられるエディは、いつでも打ち拉がれる運命にある。

 全くのノーモーションで撃たれた魔法とは思えない、流麗で完成されたエクトラ師の『魔弾』。エディには魔法を打ち込まれた怒りよりも、講師の実力への感嘆の方が大きかった。

(私も、あんな滑らかな魔法起動をしてみたい……)

 その羨望をエディは口にすることはない。それは人から見れば明らかに高望み。そもそもエディは魔法制御が苦手で、まともな魔法起動を行えた例しがない。そのエディが講師と肩を並べるなど片腹が痛いというものだ。

 

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の02
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タグ
魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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