風のえいぷりるふーる大教練・後編
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「待つにゃ、えんじゅちゅー!」

「待てと言われて待つものが、どこにおるのじゃ!」

 

呑気…いや、元気な声が聞こえるのは城内の庭先。

美以と美羽が鬼ごっこをしている。

早起きしてしまったが、そのあと眠るに眠れず、始めたものだ。

 

「お嬢さまー、頑張ってくださーい♪」

 

七乃は花壇の縁石に腰掛け、声援を送っている。

南蛮三人娘はいないようだ。

 

「つかまえたにゃー!」

「うぬぬぬ……」

 

野生児の美以と箱入りの美羽では、百数える優位性は無いも同然だった。

 

「ん〜…ずるいのじゃずるいのじゃずるいのじゃ〜〜!!」

「な、なんじょ……」

「もーかくはずるいのじゃずるいのじゃ!!」

 

鬼のときになかなか捕まらないか、逃げるときに簡単に捕まってしまうと、大抵、美羽が駄々をこねる。

さすがの美以も、べそかかれては敵わない。

 

「わ、分かったじょ。ズルなしで、もう一回やるにゃ」

「……本当かの?」

「ホント、ホントにゃ」

 

こくこくと頭を上下に動かす。

やってもいないズルを認めつつ、美羽に合わせる器量は、さすが南蛮王といえるのかもしれない。

 

「今度は二百数えるのじゃぞ!」

「わ…わかったじょ…」

 

百を数えるのがようやくの美以には厳しい要求だった。

 

 

…………

……

 

 

「九十九…百……うぅ…ひゃく…い、ち?…百、に…ぃ?」

「はよーせんかー、もーかくー!!」

 

逃げ飽きた美羽が圧力をかける。

 

「あぁ……自分で二百数えろと言っておきながら百もそこそこにあの横暴な振る舞い。さすがお嬢さま♪」

 

最後の一文以外は全くその通りだ。

 

 

…………

……

 

「九十九…百にゃ!!」

 

嬉々として駆け出す美以。

もう一回、百を数えればいいんですよ。という七乃の助言のおかげで、何とか数えきることが出来た。

 

「待つにゃーー!!」

「待てと言われて待つものがどこにおるのじゃーー!!」

 

二百を数えられた感動で手加減を忘れなかったのは、曲がりなりにも王たる所以か。

美羽に付かず離れず『鬼ごっこ』を楽しんでいた。

そんなところへ、ぬっと現れた影一つ。

 

「おやおや、楽しそうで何よりなのですー」

「ふーにゃ!」

「風かや。一緒に混ざるかえ?」

「魅力的な提案ですが、今はお二人に用事があってきたのですよー」

「にゃ?みぃとえんじゅちゅかにゃ?」

「はい〜。月ちゃんがお二人にとお菓子を作ってくれたそうなのです〜」

「本当かや!?」

「ゆえのお菓子にゃ!」

 

風を食らわんとばかりに食いつく二人。

時間的に朝食と昼食のほぼ真ん中。

鬼ごっこも手伝い、二人とも小腹が空いていたのだ。

 

「そろそろ出来上がるので、食堂まで来てほしいと…」

「えんじゅちゅ、行くにゃ!」

「うむ!七乃もついて参れ!」

 

言うや食堂へと駆け出す二人。

 

「ちょっとちょっと。お二人とも、待ってくださいってば」

「ぎょふっ!!」「み゛ゃっ!!」

 

二人は首根っこを七乃にものすごい力で掴まれる。

そのまま少し風から引き離される。

 

「な゛な、なんじゃっ、七乃!?」

「ぞ…そうにゃ!早く行かないとりんりんあたりに食われてしまうのにゃー!」

「忘れちゃったんですか?今日は風ちゃんが嘘をついて回ってるんですよ?」

「「???」」

 

首を傾げる二人。本気で忘れているようだ。

 

「今日の朝、言われましたよね?嘘を見抜いたら、一刀さんが何でも言うこと叶えてくれるって」

「おぉ、そうじゃ!ハチミツ一年分じゃった!」

「お肉一年分なのにゃー!!」

「何でも望み叶え放題なのに、一年分とかせせこましい望みしか出てこない器の小ささ……さすがお嬢さまっ♪」

 

三人の頭の中はお祭り状態だ。

 

「きっとこれが、風ちゃんの嘘なんですよ!」

「にゃんと……」

「そうじゃったのか……」

「私の告げ口がバレたら失格扱いですから、お二人が自分で気付いたように振舞ってくださいね。

 風ちゃんに怪しまれないように、騙された振りをしておくと良いですよ〜」

「「分かったのじゃ!」にゃ!」

 

悪い笑みを浮かべる三人。特に七乃。

 

「あの〜どうかしましたか?もしかして七乃さんがお二人に告げ…」

「いやいや、なな、なんでもないのじゃ」

「そ、そうにゃそうにゃ」

「そですかー」

「そうにゃ!ゆえには、鬼ごっこの決着がついたら行く、と伝えてほしいのにゃ」

「別に嘘に気付いて行かないのを誤魔化しておるというわけではないのじゃぞ?」

「分かりましたー」

 

そう言いこの場を去る風。

 

「…うははははは〜〜!!」

「…にゃあ〜はっはっは〜〜!!」

 

七乃の献策で、ご褒美を受け取ったと確信し、高笑いをあげる二人。

そんな二人を見て、七乃は本当に嬉しそうに、ほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 

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太陽が頂点に届こうかという頃

魏屋敷の中庭では、春蘭と季衣が鍛錬をしていた。

 

「いきますよー、春蘭さまー!!」

「おうっ!いつでも来い!!」

 

二人は十数歩ほど離れて立っていた。

周りの木々や地面は鍛錬の爪あとで、既に惨憺たる有様だ。

 

「でぇ〜〜りゃーー!!!」

 

ブオンと空気を斬り裂きながら、巨大な鉄球が春蘭の顔面目指して唸り飛ぶ。

しかし、春蘭は少しも避ける気配はない。

 

「まだ……甘いっ!!」

 

(ガギンッ!!)

 

春蘭は迫りくる鉄球を真横から七星餓狼でぶん殴り、弾き飛ばしてしまった。

刃紋を曲げずにこんな芸当が出来るのは、三国広しと言えど、春蘭くらいしかいないのではないか。

 

(ドゴーーーン……)

 

また木が一本、犠牲になった。

 

「くそ〜、今度こそ春蘭さまから一本取れたと思ったのになぁ〜」

「はーっはっはっ!まだまだ精進が足りんぞ、季衣」

 

…………

二人は気付いているのだろうか。

季衣の一本、即ち、死であることを…

 

「おやおや、これは精が出ますね〜」

「あ、風ちゃんだー」

 

てくてくと風が季衣の後ろから現れた。

 

「風ちゃんもやる〜?」

 

ぶんぶんと鉄球を振り回す。

 

「いえいえ、さすがに風では二人のお相手は務まりませんねー。なんなら宝ャが…」

「オレの豪腕を見せてやりてぇ〜ところだけどな。今はちょいと腕を痛めててなぁ…残念だぜ」

「そっか〜、残念だなー」

 

そんな他愛もない話をしていると、春蘭も近付いてきた。

 

「何か私たちに用か、風」

「おぉっ!忘れるところでした。お二人に伝言を頼まれていたのでしたー」

「伝言?誰からだ」

「はい〜。秋蘭さまと流琉ちゃんからですー」

「秋蘭さまと流琉から?」

 

季衣が首を傾げる。心当たりはないらしい。

 

「お二人のためにお昼ご飯を作ってくれたそうですよ〜」

「えっ、本当!?やったー!!」

 

諸手を挙げて喜ぶ季衣。

 

「そろそろ出来るので、食堂まで来てほしいとのことでしたー」

「早く行きましょう、春蘭さま!!」

「季衣、ちょっと待て。風、二人にはもう少ししたら行くと伝えてくれないか?あと少し汗をかいておきたいのでな」

「分かりましたー。頑張ってくださいね〜」

 

 

…………

……

 

 

「まだやるんですか、春蘭さま?早くしないとご飯冷めちゃいますよー」

「待て、落ち着け季衣。よく考えてみろ」

「はい?」

「風が朝、言っていただろう。今日は嘘を見抜く訓練があると」

「……そういえば、そんなこと言ってましたね」

「それに今日の鍛錬には、秋蘭と流琉も参加するはずだっただろう?」

「そういえば、昨日急に別件が入ったとか、言ってましたね」

「そうだ。そんな二人が、我々に食事を作れるはずがあるまい」

「ということは……今のが嘘なんですか!?」

「恐らくな。おめおめと食堂に行ったら、誰かに失格を言い渡されるのだろう」

「危なかったー!ボク一人だったら、絶対引っかかってましたよ。さすが春蘭さま!」

「はっはっは!そうだろそうだろ」

 

得意気に胸を張る春蘭。

 

「前の知力試験、三位だっただけありますね!」

「はーっはっはっは!!よせよせ…」

 

ますます存在を主張する胸。

 

「じゃあ、今日のお昼はボクのとっておきのお店に行きましょうよ!」

「そうだな。今日は全て私のおごりだ!好きなものを好きなだけ食べるがいい!」

「やったー!!」

 

上機嫌な二人は、街へと繰り出していった。

戻ってくるときには、春蘭の財布も、相当ご機嫌になっていた……

 

 

 

 

 

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「うりゃ!ていっ!たぁーー!!!」

「ふっ!ほっ!だりゃーー!!!」

 

昼下がり。

蜀屋敷の中庭では、裂帛と金属音が響いていた。

今日も今日とて、暇あらば鍛錬の鈴々と翠だ。

昼前から鍛錬を始めて数刻。昼飯を挟んで早十数戦を数えている。この一戦も五十合を超えてた。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃーー!!!」

 

鈴々の跳ぶように素早い、それでいて重い突きが翠を襲う。

 

「なんのっ!ふっ……はっ!」

 

しかし翠はそれを紙一重で避わす。刺突の雨を避けながら徐々に間合いを詰め、隙を窺う。

何発も繰り出した疲労からか、突きが僅かに鈍った、その一瞬…

 

「だっしゃおらあぁあぁっっ!!!」

 

下段から上段への打ち上げ。白銀に煌めく穂先が鈴々の顎元を捉え……なかった。

捉えかけたその刹那、翠の槍と同じ速度で後方へと一回転。

見事に避わしきった。

 

「やるな、鈴々!」

「そっちこそ、なのだ!」

 

二人同時に後方へ跳び、間合いを取る。

数瞬の間ののち、二人同時に大地を蹴る。

 

「うりゃ〜〜〜〜!!!」

「てりゃ〜〜〜〜!!!」

 

ギーン、と高い音が響き渡る。

庭の中央で二人の得物がぶつかり合う。

 

「に゛ゃぁ〜……あぁ…」

「くぉお゛〜…ぉぉ……」

 

得物を合わせての力比べ。これもほぼ互角だ。

擦れあう得物からは火花が起こる。

そんな二人を庭の隅から眺めている人物がいた。

 

「(相変わらず、バケモノじみてるよねぇ…)」

 

蒲公英だ。

一応、三人で鍛錬を始めたのだが、いつの間にやら二人の世界。

初めのうちは一人で素振りなどをしていたのだが、二人を見ているとバカらしくなってそれも止めてしまった。

 

考えることは今日行われる知力訓練。

蜀の指定武将は鈴々・翠、そして蒲公英だった。この面子に蒲公英は不満があった。

鈴々の知力は30、翠は44。蒲公英はなんだかんだで56はあるのだ。

これなら60の紫苑と変わらない、と主張したいところだが、それだと69の焔耶に負けてしまうので黙っている蒲公英だった。

それはさておき、今回の訓練にはこれからの蜀を背負う人材としての期待が込められた選出なのだが、

 

「(あんな脳筋たちとたんぽぽを一緒にしないでほしいよ…)」

 

そこまでは気が回らないようだ。

そんなことを考えていると、どうやら勝負がついたらしい。鈴々が勝ったようだ。

 

「くっそ〜〜〜!!もう一回!もう一回勝負だ!!」

「望むとこなのだ!!」

 

飽きもせず、もう一勝負を始める気だ。

十歩ほど離れて得物を構える。

 

「ホント、付き合いきれないよね〜」

「(そうそう、全くだよ……って)たんぽぽのつぶやきを取ったの誰!?」

「ここにいるぞ〜」

「風っ!?」

 

風だった。ちょこんと蒲公英の隣に座っていた。

考え事していたとはいえ、気付かれずに武人に接近できる風はかなりすごいのではなかろうか。

 

「あれ?風じゃねぇか」

「本当なのだ」

 

翠と鈴々も蒲公英の声で気付く。

 

「風も一緒にやろうっ、なのだ!」

 

ぶんぶんと片手を、丈八蛇矛を持ったまま風に振る。

 

「いえいえ、さすがに燕人と錦のお相手は風では務まりませんね〜」

「ん〜、残念なのだ」

 

本当に残念そうに肩を落とす鈴々。

しかし鈴々といい季衣といい、本気で風とやり合って楽しいと思っているのだろうか?

本気でやりあえば……的な脳筋的思考では、本気で思っているのかもしれない。

 

「あぁ、そうそう。お三方にお伝えすることがあったのでしたー」

「三人?何の用だ?」

「朱里ちゃんがおやつにと点心を作ってくれるとのことですー」

「おやつなのだ!」

「朱里の点心かー。ちょうど小腹が空いたところだったんだよな」

 

喜ぶ二人。そんな二人を尻目に、蒲公英は顔には出さずに頭を回した。

そして一つの結論を得ると、ニヤリと笑った。

 

「ですので、食堂に……」

「よしっ!行くぞ、鈴々!」

「食堂まで競争なのだ!」

「鈴々、お姉様、ちょーっと待って!!」

 

駆け出す一歩目のところで、蒲公英は二人を止めた。

 

「なんだよ、蒲公英」

「早く行かないと冷めちゃうのだ!」

「いいからちょっと待ってってば!あ、風。伝言ありがとねー」

「いえ、なんのなんの」

 

風がいなくなるのを待ち、蒲公英は口を開いた。

 

「二人とも忘れたの?今日は風がたんぽぽたちを騙そうとしてるんだよ!?」

「あー……そういや、そうだっけかな」

「すっかり忘れてたのだ」

 

ポンと手を打つ二人。

 

「だからー、きっと今のが嘘なんだよ。食堂には点心はなくて、朱里に『はい、三人とも失格です』

 とか何とか言われちゃうんだよ!……多分」

 

ごく小さな『多分』。

 

「っかーー!こりゃ見事な罠だな」

「危うく引っかかるところだったのだ」

「そうそう。だから、絶対に食堂には行っちゃダメだからね!」

「おう、分かったぜ」

「蒲公英に助けられるとは思わなかったのだー」

 

納得し朗らかに笑う二人を見て、蒲公英は悪い笑みを浮かべる。

蒲公英は、先の風の言葉は嘘ではないと推測した。

少し前の厠へ行った帰りに、調理場で何かを作っている朱里を見たこともあるが、これは言葉の罠だと踏んだ。

朝、今日嘘をつくと言ってつかない。

そして、つかないと言ってつく。

是即ち、謀略の基本。

知能犯(イタズラ好き)の蒲公英だからこその看破だった。

鬱憤が溜まっていた蒲公英は、上手いこと二人を言い含めて、点心とご褒美を独り占めしようと算段した。

仕上げは、怪しまれないようにこの場を離れるだけ……

 

「よしっ!どうせならもう少し腹を空かせてから屋台にでも行くか」

「賛成、なのだ!お城の周りを十周くらいでいいか?」

「ま、そんなもんでいいだろ」

「いぃ!?ちょ、まっ!!」

 

ちなみに城の外周は12,3里ある。

 

「(そんなに走らされたら、たんぽぽ死んじゃうよ!)」

 

命の危機を感じつつ、抜き足差し足、少しずつこの場を逃れようと歩を進めた。

 

「…ん?どこ行くんだ。蒲公英」

 

バレた。

 

「いえっ!?えーっと……たんぽぽ、ちょっとお花を摘みに…」

「なーに言ってんだ。お前さっき行ってきただろ」

「え、いや…その、あれはっ……」

「はは〜ん。さてはお前、十周走る間に漏らさないか不安なんだろ?」

「なっ…!!お姉様じゃあるまいし!たんぽぽ、そんな恥ずかしいこと心配したりしないもんっ!!」

 

(ぶちっ…)

何か切れる音がした。

 

「そうか……そこまで言うなら、汗も出ないくらい走りこませてやるよ…」

「えぇ〜〜!!そんな脳筋のノリにはたんぽぽついていけな…」

「あたしより後ろを走ったら…鈴々。その蛇矛で尻、ぶっ叩いてくれ」

「分かったのだ」

「ちょおっ、鈴々!そんなのでお尻叩かれたら、たんぽぽお嫁に行けなく…」

「グダグダ言ってんじゃねぇ!行くぞ!よーい、どん!!」

 

駿馬の如く駆け出す翠。

あっという間に一里近く駆けてしまった。

 

「ちょっと待ってお姉様!まだたんぽぽやるって言ってな…」

「いくぞ〜」

 

振り返ると、楽しげに頭上で丈八蛇矛を振り回す鈴々。

臨戦態勢だ。

かなり前方に虎。もとい馬。

そして後方に狼。もとい虎。

 

「うぇ〜〜ん。こんなのたんぽぽのノリじゃないのにーー」

 

脱兎の如く鈴々から逃げ出し、翠を追いかける蒲公英。

結局、日の入り直前まで走り続ける羽目となった……

 

 

 

 

 

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「ふっ……ほっ……はぁっ!」

「なんのっ、はっ、てぇい!」

 

陽が頂点を越え、まもなく赤みを帯びようとしている頃、呉屋敷の中庭からもまた、気合と得物がぶつかる音がする。

ただ魏や蜀と違うのは、その音がより鋭く、さらに得物が木製だということだ。

打ち合っている思春と明命の攻撃は威力よりも速さに重きが置かれている。

しかし手数は求めない。

二人の戦法は一撃必殺、急所狙いだ。

今は寸止めなしで、お互いの急所を本気で狙いあっている。

真剣だと無事では済まないので、木製の模造刀を使用している

もちろん、木製とはいえ重さもそれぞれの得物とほぼ変わらず、直撃なら怪我も免れない。

達人同士の組み手ということもあり、必殺の一撃はすんでで止められたり避けられたりと、決まってはいない。

しかし、その柔肌には細かな傷がいくつも出来ていた。

 

えもいわれぬ緊張感が漂う中、ポツンと弛緩した空気があった。

 

「つまーんなーーい」

 

小蓮だ。

庭に設けられた長いすに腰かけ、足をブラブラさせている。

今日の訓練を受けている者は、基本的に仕事がない。

ないが、なるべく屋敷からも出ないように言われているので、暇をもてあますことになる。

脳筋ならば身体を動かそう、となるわけだが小蓮は然にあらず。

一応、最初は鍛錬に加わっていたのだが、結果はかくの如く。

 

「(そもそも、シャオにこんな訓練必要ないのよねー)」

とは本人談。

確かに、勉強嫌いでよく逃げてはいるものの、分からないわけではない。

典型は的な『やれば出来る子』型だ。

今回、孫呉の未来を担う姫として、という期待を込められているのだが、蒲公英同様、この手の思いは得てして伝わらない。

そんなこんなで、小蓮の不満は頂点に達しようとしていた。

そんな時、

 

「小蓮ちゃ〜ん」

 

どこからか小蓮を呼ぶ声。声の主はもちろん…

 

「風じゃない。何か用?」

「えぇ。ちょいと、お耳を拝借ー」

「すぐ返してよね」

 

お決まりのやり取りをしながら耳を寄せる。

そんな二人に気付いたのか、思春と明命は手を止めてそちらを見やる。

しかし貸せと言いながら風は小蓮には近付かず、内緒話とはいえない距離と声量で喋り出した。

 

「ついに、雛里ちゃんが巨乳食を発見したそうです〜」

「「………………」」

「んなあぁんですってぇ〜〜〜!!!」

 

小蓮が猛り叫ぶ。無理もない。

ある意味、貧乳党の悲願とも言える代物だ。

 

「品目は、大豆の絞り汁と甘藍なる薬草だそうです」

「……情報源は?」

 

やけに煤けた背中で聞く小蓮。

 

「お兄さんの天の知識から、朱里ちゃんと雛里ちゃんが現在の文献に当たり、近いものまたは同じものを発見したそうです〜」

「「「………………」」」

 

増す信憑性。

 

「これから雛里ちゃんが貧乳党本部で試食するようですので、良ければ顔を出してみてください〜」

 

そういうと三人に背を向け、出口へと向か…わずに立ち止まる。

 

「ちなみに――」

 

風にしてはやや大きな声で。

 

「量は多めに用意してあるようです。貧乳党は来る者は拒みませんのでー」

 

明らかに思春と明命に向けられた科白だった。

 

「それでは、風はこれにてー」

 

来たときと同じように、風は音もなく去っていった。

 

 

…………

……

 

 

「行きましょう!」

 

高らかに声を上げたのは明命だった。

 

「ばいんばいんになりたいです!!」

 

分かりやすい欲求だ。

 

「ふんっ!何がばいんばいんだ!下らない…あんな脂肪の塊なんぞ、あって良いことなんぞ一つもない!!

 だらしなくでかいものが胸についていれば、戦闘では動きが制限されるし、密偵では目立ってしまう。

 大体、何かを食べただけで胸が大きくなるだと?そんな都合の良い話があるものか…怪しいことこの上ない!」

 

思春にしては長尺の台詞。

おっぱいについてある種、並々ならぬ思いがあるようだ。

 

「思春の言う通りよ、明命。シャオたちは貧乳党の誓いを立てているわ。時同じくして乳を成長させようと…

 だからこれは本来、貧乳党の会議で取り上げるべきもの。それが、風を介してとはいえ、口伝えはおかしいわ」

「じゃあ……これは嘘ってことですか?」

「恐らくね」

「「「…………」」」

 

沈黙。

疑問・懐疑・期待。様々な感情が入り混じる。

食い下がるのは、最も期待の度合いが高い明命だった。

 

「でも小蓮さま。一刀様の知識と朱里さん雛里さんの調査というのは、信憑性が高いのでは?」

「そこもミソよ。朱里も調査に携わったはずなのに、試食会の主催は雛里のみ…これは怪しいわ」

「でもでも、雛里さんがもし抜け駆けをしているかもしれません」

「もし雛里が抜け駆けするなら、風にバレるような真似はしないはず。シャオは雛里を信じるわ」

「ん〜でもでもっ!もし本当だったら、みすみすばいんばいんの好機の逃してしまうことになりますよね?」

「う〜ん…それはそうだけど」

 

粘る明命。胸のこととなると目が変わる。

小蓮も折れそうになる。

そんな様子を見て、静かに怒りを溜めていたのは…

 

「周幼平っ!!」

「はいっ!!」

 

思春だった。

 

「貴様は何者だ!言ってみろっ!!」

「はっ!周幼平であります!」

「貴様はどの国に仕えている!!?」

「はっ!孫呉です!!」

「そうだ。貴様は孫家に仕える者だ!その孫家の姫が仰ることに否があるのかっ!!?」

「はっ!ありません!!」

「よろしい!ならば、このまま日の入りまでに素振り千本だ!」

「はいっ!!」

 

一、二、と数えながら素振りをし始める明命。

 

「小蓮さまも!お付き合いください」

「ひっ!」

 

そーっと逃げようとしていた小蓮の首根っこが掴まれる。

 

「なによー!離しなさい、思春!」

「先刻、退屈されていたようでしたので、今回は是非お付き合いください」

「嫌ったら嫌なのー!離しなさい思春!孫家の姫の言葉は絶対なんでしょ!?」

「主家をお諌めし、正しき道を示すのも、忠臣の役割です」

「詭弁よー!そんなのご都合主義だわー!!」

 

ジタバタと暴れるが暖簾に腕押し。

思春監視の下、小蓮と明命の二人は日の入り寸前まで掛け、千本の素振りをさせられたのだった。

 

 

 

 

 

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陽が西の地平線に沈んだ頃、城の中庭には、今日の訓練に参加した者が集まっていた。

そこかしこに篝火が焚かれていて、照らされる顔は、晴れやかな顔もあれば、憔悴しきった顔も見られる。

参加者は全員集合しているようだ。

 

「おやおや、風が最後ですかー。これは失礼しましたー」

 

試験官の風がやってきた。

てくてくと人の間をすり抜け、階段を上り東屋前へ。

そこに置かれていた温州みかんの箱に登る。

雰囲気作りに、しゃもじを握っている。

 

「あー、てすてす…」

 

風の細やかなボケなど眼中にせず、風の発表のみを一心に待つ大勢。

ボケ流しの風は、そ知らぬ顔をしているが、宝ャの目は不満げに釣りあがった。

 

「あー…皆さん、今日はお疲れ様でしたー」

「「「したー!」」」

「それではー、さっそく答え合わせを致します〜」

 

ごくりと誰かが息を飲んだ。前のめる試験者たち。

どこからかドラをかき鳴らす音が聞こえてくる。

高まる緊張感。

 

「今日、風がついた嘘は……」

 

場の緊張感が頂点に達したとき、ドラが一際強く叩かれた。

 

(ジャーーン!!)

 

「今日の朝ついた『今日、皆さんに嘘をつく』という嘘でしたー」

「「「…………は?」」」

 

凍りつく風以外。

あまりにも予想外の答えだったらしい。

 

「ど……どういういことだ、風?」

 

いち早く動き始めたのは春蘭だ。

 

「ですから〜、朝みなさんとお別れしてからは、風は嘘をついてないということですー」

「…じゃあ、秋蘭と流琉が昼飯を作ったというのは?」

「麻婆とシュウマイでしたよ〜」

「朱里が作った点心は…?」

「とても美味しかったですよー」

「妾たちに作ってくれたという、月の菓子は…」

「お兄さんの国のお菓子で、くっきーとか言いましたかね〜?」

「……雛里が見つけた巨乳食は?」

「感想は個人のもので、効果は保障できないのです〜」

「「「…………」」」

 

愕然とする参加者たち。

ご褒美を逃した衝撃や食べ逃した衝撃など、種類は違えど、その大きさは面々にありありと浮かんでいる。

 

「ちなみに用意されたものは全て、すたっふが美味しく頂きましたー」

 

……ダメ押しだった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「さて、実はここからが本題なのですー」

 

本題。その言葉に僅かながら希望を見出したように、目に光が戻り始める。

 

「みなさんに考えていただきたいことがありまして、本日、風は『嘘をつく』という嘘をついたわけですが……

 はて?風は嘘をついたのでしょうか。それとも、つかなっかたのでしょうか?」

「……ど、どういうこと?」

 

季衣は既に限界が近かった。

 

「風は嘘をつくという嘘をつきましたが『嘘をつく』が嘘なら、嘘をつかなかったことになりますね〜?」

「そう……なるのか、の…?」

「『嘘をつく』が嘘でなかった場合、嘘をつかなければならないのですが、となると『嘘をつく』というのは嘘ではなかったわけで…」

「んむ〜、なに言ってるのかさっぱり分からないのだ〜…」

 

鈴々は頭を抱え、目を回している。髪飾りの虎もいっぱいいっぱいだ。

 

「みなさんには、これを議論して頂きたいのです。結論が出せれば、お兄さんからご褒美が出ますよ〜」

 

この言葉に奮起したのは数名。

が、元が脳筋。

議論というよりは声を荒げるだけの、戦中の罵詈雑言のようだった。

やれ議論がまとまりかける(大声で大勢を動かす)と、風が冷静に疑問を投げかける。

 

「だから!嘘だと言ったら嘘なのだ!間違いない!!」

「でも春蘭さまー。『嘘をつく』が嘘なら、嘘はついてませんよね?ということは嘘ではないのではないですか〜」

「ぐむぅ……そ、それはだな…」

 

 

 

…………

……

 

 

 

侃々諤々

喧々囂々

丁々発止

 

もともと答えなどないこの議論は、夜通し行われた。

結果、風以外の全員が頭痛や風邪の症状を訴え、華佗にお世話になる羽目になったそうな。

 

知力は一朝一夕にしてならず。

今後はこつこつと勉強会を開くことになっていった……

 

 

 

 

説明
2週間遅れの後編で〜す。
作中の数値は11のものを使用しました。
詳しい作品説明は前編をご参照くださいm(_ _)m
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