ブラック・バニー 2
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「敵は?」

「サイド4空域を離脱する機動をとったようです」

 戦闘空域を離脱した母艦の『オルベスク』に帰還したグレッグ・ノーマン中尉の開口1番の問い掛けに対し船長のサムール・カディスは、『オルベスク』の貧弱な探査装置で得られた情報から推測された敵の動きを伝えた。

「離脱?ですか?」

 追撃されることを覚悟していたノーマン中尉にとってそれは意外な答えだった。仮に追撃されていた場合、確実に捕捉されるのは間違いがなかった。相手は、おそらく正規の軍艦、こちらは優速であるといっても他の貨物船と比べての話である。本気で追撃されたら逃げ切れるものではない。

「ええ、間違いないでしょう」

 カディス船長も、その点については何度か情報を検討させなおしていた。もしも間違っていた場合、それが引き起こす結果は悲劇的なものに違いないからだ。

「一安心ですが・・・」

「ザク3機喪失、痛いですな、中尉」

 ノーマン中尉の言葉じりを受けてカディス船長が、苦虫をかみつぶしたような顔でいう。ただそこには自分の責任ではないという気楽さも少しあった。船長の役割は、あくまで船の運航であって戦闘行為に関しては、全くのノータッチだからだ。

「まさかあんな宙域に連邦軍が部隊を、しかも、モビルスーツを伴う部隊を展開させているとは思いもしませんでしたからね」

 船長は、民間人、一応軍属ということになってはいたが、階級が付与されてはいない、であるのにノーマン中尉は、丁寧な言葉遣いでいった。ひとえに、船長が年嵩であるからだ。

「それにこいつの機関がいかれてなきゃ、そういう事態も避けられたんですがね」

 タイプ22型の量産型貨物船のコンテナ部分を改装し、モビルスーツの運用能力を付与された仮装巡洋艦『オルベスク』の機関が、故障し、自力航行ができなくなったのは昨日午後遅くだった。貨物船の機関は、やはり貨物船用であって戦闘航海をする戦闘艦用ではなかったのだ。貨物船は、加減速を頻繁に行うことはなく、戦闘艦は全くその逆である。

 哨戒活動中に機関に支障を来した『オルベスク』は、補助機関と進路変更用のロケットバーニアを駆使して誰も住むもののいなくなったコロニーの陰に停船し必死の修理をすることになった。

 そして、ようやく直ったと思えば連邦軍との遭遇だった。

 当初は誰も事態を深刻に考えてはいなかった。『オルベスク』には、6機ものザクが搭載されてあり、連邦軍の1個戦隊がやって来たとしても『オルベスク』が危険にさらされる可能性はほとんど零に近かった。そして、連邦軍が、ルナ2を遠く離れた空域で1個戦隊以上の戦力を展開させることはまずあり得ないことだった。しかし、それは相手がモビルスーツを伴わない場合である。

 それでも、第3警戒ラインを越えて接近してきたものが、どうやら人型らしいと知ったときノーマン中尉は、千載一遇のチャンスに恵まれたと思ったものだ。ここで戦果の一つ、上手くすれば捕獲でもできればこのつまらない任務から抜け出すチャンスには違いなかった。

 6月以降、このL4方面に対し連邦軍は、地球周回軌道に展開するジオンパトロール艦隊をすり抜け、積極的に偵察行動を展開していた。しかし、それらの部隊は大抵速度だけを売りものにした旧式な駆逐艦であることが多く、捕捉自体が難しかった。たとえ、捕捉して撃破に成功してもその戦略的価値どころか戦術的価値ですら、捕捉に要した労力のことを考えると決して高いものとはいえなかった。それに比べれば、連邦軍のモビルスーツを撃破する、あるいは捕獲するという戦果は、例えようのない価値があった。

 運もこの時は、味方していると思ったのだ。05タイプのザクから06Cタイプのザクへ換装を受けたばかりだったし、数も相手の4に対して6機、不安な要素はなかった。

 しかし、それは戦闘を始める前まででしかなった。

「あんなのが相手ではザクでは話になりませんよ」

 いいながら、今まで連邦軍のモビルスーツとの遭遇報告をまともに聞かなかった自分のせいでもあると思っていた。8月以降、連邦軍のモビルスーツ運用部隊と交戦したという報告が何報か上がってくるようにはなっていたのだ。それに目を通した(目を通さないものも少なくなかった)モビルスーツ隊の指揮官達は、自分たちならもっとうまくやると考えた。そう、その報告のほとんどは負け戦だったのだ。

「しかし、俄作りでしょう?連邦軍のモビルスーツなんか」

 連邦軍のモビルスーツなど、どれほどのものでもない、その考えは、一般の兵士、ましてや軍属の間では盲目的に信じられている。この辺りは、戦時下で報道管制されているせいなのだ。ノーマン中尉も自分が、参加した作戦でかなりの損害を被ったにもかかわらず報道では、ほとんど損害がなかったように報じられるということを経験している。カディス船長も盲目的に信じているという点では例外ではないらしかった。

「俄作りにしてもビーム砲相手では如何ともしがたいですよ、船長。それに信じられないかもしれませんが、こっちの攻撃をはじき返したんです」

 それは、ザク同士の模擬戦闘を何度となく経験したノーマン中尉にとって驚愕すべき事実だった。模擬戦闘では、120ミリ砲弾を1発命中させることで相手は撃破として判定される。事実、ザクは120ミリ砲弾の直撃によって容易に破壊される。

 核弾頭を装備できなくなった現在、連邦軍を開戦劈頭恐怖のどん底に陥れたザクという兵器の実体は、脆弱な装甲と貧弱な火器しか持たない中途半端な機動兵器でしかなかった。

「ビーム兵器は別として、たまたま角度が悪かったんじゃないんですか?」

 カディス船長は、モビルスーツがビーム兵器を搭載するということの意味の大きさを全く知らないようだった。

「そう信じたいところですが、わたしの射撃はそれほど下手ではありませんよ」

 それは、事実だった。後方部隊に配属されてはいても1部隊の長を務めるいじょう並以上の能力をノーマンは持っていると自負していたし、実際射撃の腕前は大したものなのだ。

「ですが、1機は仕留めたんでしょう?対策がないわけじゃないってことでしょう?」

「2機ですよ。ネビル伍長も、バズーカをぶち込んで落としたんです」

 中尉も伍長もそれを戦果として勘定していたが、実際には伍長が攻撃した連邦軍のモビルスーツは、帰還していた。状況から、伍長は撃墜と判断したのだ。

「じゃあ、スコアは、2対3だ。わたしには、それほど悪いようには思えませんが?」

「仕留めたやつは、素人ですよ。少なくとも、わたしが仕留めたやつはね。それでも120ミリ砲弾を50発以上も打ち込んだんですよ」

「全部が命中したって訳でもないでしょう?」

 50発も命中して撃破されないモビルスーツは化け物だが、50発も命中させるパイロットはもっと化け物だとカディス船長は思った。

「それでも5、6発は命中してますよ。少なくともね。それに忘れてもらっちゃあ困ります、こちらは6機だったんですよ」

 これは、実際には大変な優勢であったことを示す。1対1でそれぞれが戦闘を行ったと仮定すると常に2機が、それを援護できるからだ。敵は、常に目の前の敵と回り込もうとする敵の2つに注意を向けねばならないからだ。

 だが、現実には、ザクの想定交戦距離の遥か手前からの狙撃、しかもビーム砲による、で2機のザクを撃破されてしまったのだ。そして、対等、いや相手の火器を考慮するならばそれ以下、の戦闘が始まったのだ。

「で、どうします?」

 もう船長の興味は、別のこと、すなわち船の安全、に移っていた。門外漢の話をするよりもこれからの方がずっと大事だと考えているのだ。

 名目上は、この船の船長であっても実際に指揮運用するのはやはり正規の軍人であるノーマン中尉だった。

「体勢を整えて追撃といきたいところですが、こっちの手持ちは3機、あっちは最低でも2機。それに、連邦軍がモビルスーツを運用できる艦艇を展開しているとなるとそいつは最新鋭艦でしょう。もう4、5機はもっているかも。こいつでは役不足です」

 もっとも、追撃というのは強がりでしかなかった。

「はっきりといってくれますな」

 戦前からこの貨物船の船長を勤めているカディスにとっては分かっていることではあっても、はっきりいわれるとさすがに面白くないらしかった。顔には、不満の色がはっきりと出ている。その反面同意しないほどの頑固でもない。

「すみません、カディス船長」

 ノーマン中尉は、カディス船長が、納得する程度に軽く詫びた。

「仕方ありませんけどネ、相手は軍艦、こっちはザクを運用できるとはいっても所詮は貨物船ですからね」

 カディス船長のいうとおり、仮装巡洋艦とは名前ばかりでしかない。

 それでも、このタイプ22の貨物船が仮装巡洋艦として選ばれたのにはそれなりの訳がある。1つにして、最大の理由として上げられるのが最初から戦時には仮装巡洋艦として運用すべく設計生産された船であるということだった。ザクの運用を前提としたムサイ級巡洋艦の建造は、ザクの運用の可否以前の問題で軍用艦であるという事実が、連邦政府を刺激するのは当然のことだったし、その建造及び維持コストは、明らかにジオン公国にとって重荷であった。

 タイプ22の貨物船は、戦時に絶対的に不足するであろう巡洋艦戦力を補うべく構想され、設計、建造が始まった船だった。主船体は、標準型のL3タイプのコンテナを縦に3つ抱え込むタイプで、この当時の全くもって標準的な設計であり、なんの冒険もされていない。もっとも開発に時間のかかる機関部分は、既存の商船用機関を改良強化することによって比較的短期間で開発が終了した。整備をするにしても軍用のドックを必要としないタイプ22の貨物船の仮装巡洋艦化は、ジオン公国の戦時経済、戦争に突入すればどういう経過を辿ろうが必ず逼迫するであろう、にとっても大きくプラス面として作用すると考えられた。

 0074年には量産が始まり、最初の就役船が連邦政府の役人に臨検、当時は公国制を引いたとはいってもその程度の規制は受け入れざるを得なかった、されたが、彼らはなんの疑いも持たなかった。つまり、ジオンにしては優秀な貨物船を建造したじゃないか、程度の認識だったのだ。連邦政府の役人が、なんの疑いを持たなかったのも無理はない。タイプ22の貨物船は、通常のL3コンテナをくっつけている分にはただの高速貨物船でしかなかったからだ。

 こうして完成したタイプ22の貨物船、いや仮装巡洋艦が運用するコンテナは大きくわけて3種類あった。1つは、通常の貨物コンテナL3である。これは、貨物を搭載できると同時に貨物のかわりに補給物資を積み込めば1隻のムサイ級巡洋艦を完全補給することも可能だった。ただ、専用の補給能力を持たされてはいないので補給にかかる時間は専用の装備を持ったパプアなどに比べるとかなり掛かってしまう。

 2つ目は、武装コンテナともいえるL3Aタイプでコンテナ上面の4隅と、下面の中心線上の2箇所に格納式の対空連装機関砲座が装備されている。また両側の側面からは8斉射分のリムタイプの個艦防衛用のミサイルを発射できた。

 そして、目玉ともいえる3つ目がモビルスーツ運用可能なコンテナL3Mだった。雑多な補給品とともに同時に2機のモビルスーツを冷却可能な装備を備えることによって6機のザクをこのコンテナは運用できた。つまり、このタイプ22の仮装巡洋艦は、最大で18機のザクを運用できる能力を付与されていた。しかし、実際には6機のザクを運用することが多く、最大の18機運用を行ったタイプ22の仮装巡洋艦は記録されていない。

『オルベスク』も例外ではなく、3つのコンテナのうちモビルスーツ用のL3Mコンテナは、1つだけしかなかった。他は、通常の貨物コンテナになっている。L3AとL3Mコンテナは、外見上はほとんど貨物用のL3コンテナと変わらず、一見しただけでは仮装巡洋艦かどうかは見分けられない。

「いいえ、船長、本艦は商船ではありません、仮装巡洋艦、オルベスクですよ!」

 ノーマン中尉は、控えめな笑いを含んでいった。「本艦は、ソロモンにいったん寄港します」

 

「やはり、22型貨物船を武装しているようですね、ジオンの奴等は」

 ルナ2へ向かう『ナイル』のブリッジでトレイル中佐は、面白くなさそうにいった。『ナッシュビル』と『キョウト』から上がってきた情報を総合した結果、敵は1隻のタイプ22の貨物船であったことが判明していた。

 艦橋の前面モニターには、第1小隊の持ち帰った映像が流されていた。ほとんどが、ザクを捉えたものだった。報告では6機が、確認されたことになっていてそのうち3機を撃墜したことになっていた。映像でも、それは確認できた。接近するまでに2機を、接近してからは1機をそれぞれ撃墜していた。戦闘時間は、双方が接触してから僅か10分ほど、つまり帰還してきた3機分の映像を見ても30分で事足りた。

「分かっていたことだよ、中佐」

 ハルゼイ艦長は、映像に見入りながらいった。トレイル中佐と違ってハルゼイ艦長にとっては、敵性空域で出会った艦船は全て敵なのだった。

 映像は、2機のザクの接近を映し出していた。パイロットの罵声も入っている。ザクが、マシンガンを放つ、映像がぶれないところを見ると命中しなかったのだろう。そのザクは、画面から外れる様な機動をとる。メガ粒子が、そのザクに向かって行くが惜しいところで躱される。同時に後方のザクが、画面を外れる。さらにザクが、発砲。視界をシールドが覆う。激しいぶれとともに一瞬カメラ映像が途切れる、命中弾を受けたのだ。そして、さらに激しいぶれと、1秒近い映像の途切れ、そしてパイロットの悲鳴。

「スコーラン曹長の映像ですね?」

 トレイル中佐は、モニターの方へ歩きながらいった。痩身で背の高い中佐は、さほど首に負担を強いないでもモニターを見上げることができた。

「そうだな、なかなか巧みな連携プレイだ。額面では、ザクのバズーカなど命中しないことになってるが、やられようによっては命中弾を浴びてしまうわけだ」

「ですな」

 ハルゼイ大佐の分かったような解説を聞きながらトレイル中佐は、うなずき、ジムの喪失についても考えた。通算して4機目。1機は事故だから仕方がないにしても3機は、戦闘で失われたのだ。

 ジムが、ザクに対し、圧倒的な性能を持たされていることを聞かされていた中佐にとって最初の喪失は、衝撃的だった。しかし、戦闘損失3機目の今日は、そのパイロットが新米であったことも相まって普通に受け入れられるようになっていた。艦長風にいうならば『戦争っていうのは相手があるからな』というわけだ。

「これで全部か?」

「ええ、戦闘に関するものはそうです」

 艦長の問い掛けに主任オペレーターのダイアナ・ササキ曹長が応えた。曹長は、日系の血を引いているらしかったが外見でそれと分かるところはほとんどなかった。あごのラインに揃えて切りそろえられた髪は淡いブラウンだったし、顔の作りも彫りが深くすっとのびた鼻筋は日系人に特有のものではない。強いていえば、強い意志をもって見える黒い瞳くらいなものだった。

「何か探知しているか?」

「どうなの?」

 画像操作をしていたササキ曹長がペアを組むグレッグ・トーマス上等兵を振り返る。問い掛けながら半円系に浅くくりぬかれた全天プロットモニター、ペガサス級にも採用されている、を自分でも見上げる。2人で艦を中心とする半分づつの空域を担当することで危険に対する処理能力がアップしている。

「現在のところ、進路はクリアー、後方からの追撃もありません」

「よろしい」

 そういうといつの間にか身を乗り出していたハルゼイ艦長は、艦長席にどっしりと背中を預けた。「加速停止、現在の監視体制を維持しつつ本艦は、現在のコースで地球周回軌道に接近する」

「了解、加速停止します」

 やや渋味のある声で復唱したのはオージェイ・マクレガー少佐だった。モビルスーツ隊のマクレガー大尉とは兄弟である。連邦軍は、原則として兄弟を同じ艦、あるいは同じ部隊には配置しない方針をとっていたのだけれど、その原則が適応されなかった形だ。

「現監視体制を継続します」

 同様に、ササキ曹長も復唱し、74戦隊は最大戦速で巡航を継続した。

 

 ジャブローのシャトル打ち上げエリアに通じる通路に、全くもって連邦軍の制服が身に付いていない1団があった。モビルスーツの生産が急ピッチで進められる中、これもまた急速養成されているモビルスーツパイロットのうち、連邦宇宙軍に配属されることになった者たちである。彼らは、フライマンタや61式戦車からの乗り換え組ではなく、正真正銘の新兵だった。それが、制服が身に付いていない1番の理由だった。

 彼らは、いわゆるアースノイドの志願兵が大部分を占め、したがってほとんどのものが、宇宙に出るのはもちろんのこと初めてである。それでも、彼らは、全員が既に正規の部隊への配属が決定している。全ての訓練をシュミレーションで済ませているのである。

 もちろん、理想をいえば宇宙に出た後に実際にモビルスーツを使った訓練を100時間、それでも全く十分とはいえないが、ほども行いたいところだったが、現在の連邦軍にそういった贅沢は許されてはいない。

 その1団の中にコニー・アクセル曹長の姿もあった。

 比較的体格の良い者たちが選ばれているモビルスーツパイロットの候補生の中にあってアクセル曹長は、女性であることを勘案しても小柄な部類だ。事実、モビルスーツパイロットの要件をぎりぎりで満たし、ようやくパイロット教育団に入団できたのだ。

「もう戻れないな」

 コニーにそう声を掛けてきたのはここにいるパイロット候補生、いや配属が決まった以上既に正規のパイロット、の中でもっとも優秀な成績で教育過程を終えたデュロク曹長だった。

「え?うん、そうね」

 心臓が高鳴っているコニーは一瞬何を言われているのか分からなかった。熱望していたパイロットの1歩を踏み出せるという事実に胸が高鳴っていたのだ。宇宙戦闘機のパイロットになる、子供の頃からの夢が、その対象がモビルスーツになったにせよ、叶うのだから高鳴らないわけがなかった。

「しっかりな」

「うん、デュロクもね」

「ああ」

 そうコニーにいわれたデュロクは、思わず苦笑いをした。無理もない、1番の優等生が1番の劣等生にいわれたのだから。もっとも、コニーは自分が1番の劣等生などとは思ってもいない。多少成績が悪い、その程度にしか思っていないのだ。

 それでもコニーが、どうにか課程を修了させることができたのは教官の1人が知り合いだったおかげだ。何かちょっとでもいいからいいように書き加えてという願い、というよりは半分脅迫、そう誰にだって知られたくない過去はある、を聞きいれた教官が『全般に劣るが、直感力にややみるものがある』と、書き加えたのだ。

「そこ、無駄口叩かないっ!」

 基地付きの下士官の罵声が飛び、思わずコニーは、首をすくめた。

 デュロクも肩をすくめてウィンクする。

「よし、発進準備が完了した。これより乗船を開始する・・・」

 下士官が偉ぶって指示をするのは、もうコニーの耳には届いていなかった。そのせいで、もう一度罵声を浴びせられるのだが、そういったことは宇宙に思いを馳せるコニー・アクセル曹長にとっては些細なことでしかなかった。

 

 1時間後、コニーを乗せたシャトルは、地球周回軌道を突破しルナ2からの通称お迎え艦隊との合流に成功していた。心配されたジオン軍のパトロール隊の迎撃を受けることもなくルナ2からの迎えの連邦軍との合流に成功したのだ。

「サラミスが、来てくれてるね?あの向こうの不格好なのは何かしら?」

 ちゃっかりと優等生の隣に席を確保したコニーはシャトルの小さな窓から宇宙を眺めていった。デュロクは、優等生であると同時にハンサムでもあった。自分たちを迎えるために連邦軍が、サラミス級巡洋艦を繰り出してくれたことに感動しているので自然と声は明るいものになっている。

「コスメント・クラスの護衛空母じゃないか?あんなのがまだ残ってるなんて・・・」

「コスメント?」

 宇宙戦闘機や攻撃機については初めて正式採用された機体名から型式番号まで知っているコニーだったけれど、連邦宇宙軍艦艇についてはそれほど深い造詣を持っていない。コニーにとっては初めて聞く名前だった。

「ああ、木星船団用に建造が始まった空母さ」

 木星船団に関しては、南極条約以前からどのサイドの所属であれ臨検、または捜査の対象外となってはいたが、小惑星帯にはいわゆる宇宙海賊が巣くっており、それを牽制する目的で建造が計画され、一昨年から就役が始まった艦種だった。

「木星?あんなので大丈夫なの?」

 コニーがそういうのも無理はなかった。サラミス級が研ぎ澄まされたような雄々しさ、たとえザクに抗するべくもなくとも、を持つのに対してその空母はどちらかというと女性的ですらあった。

「あれでいいのさ、あんまり軍艦軍艦しちゃうと推進剤をバカ食いして不効率なんだよ」

 宇宙艦艇を建造するとき、推進剤の総量と艦の総重量は常に相反する項目であり、設計者が頭を悩ますところだった。そういった意味では、サラミス級巡洋艦は傑作中の傑作だった。

「だったら・・・」

「そう、こういう任務には不向きさ。それだけ艦の数に余裕がないってことだろ?」

 デュロクがいうようにコスメント級は、戦闘時の被弾を全く考慮していない、つまり装甲が皆無だった。

「・・・」

  シャトルは、思わずコニーが絶句した護衛空母への接近を開始した。同時にその空母からは周辺警戒のための機体が発進していく。セイバーフィッシュが4機、それに悪名名高きボールが3機。速度を合わせるとシャトルはそのまま護衛空母の甲板へと向かう。シャトルが着艦する軽い衝撃がシート越しに伝わりコニーは、ますます不安に駆られた。

 窓越しに見えるこの空母の構造はあまりにも簡素すぎたからだ。それは、シャトルから降りることによっていっそう感じられた。空母と呼ぶよりは、航宙機が発着できるプラットフォームと呼んだほうがよさそうだった。

 それでも、この空母は8機のセイバーフィッシュと6機のボールを艦載できる連邦軍宇宙軍のれっきとした一員だった。

「ねえ、もしかしてこれが私たちの母艦?」

「そうだよ」

 デュロクの顔には笑みがこぼれていたが紫外線をカットするコーティングがなされたヘルメットのバイザーに光線が反射して、コニーには分からなかった。

「え〜〜〜っ!」

 この船に乗組みの兵士がいるということも忘れてコニーは、大袈裟に驚いた。もちろん、彼らには聞こえはしない。

「嘘だよ、このクラスの艦にはジムの運用能力はないさ、せいぜいボール止まりなのさ」

 くっくと笑いながら、デュロクは驚くコニーに嘘であることを教えた。

「もう、驚かさないでよ」

 やっぱりコニーの顔が見えるわけではなかったけれど、身振りだけでコニーが本当に安心したのがわかってデュロクは、同時に自分の緊張が解けていくのも分かった。

「悪い悪い、まあ俺達が配属されるのはルナ2の守備隊か、改良されたサラミスかマゼランさ」

 モビルスーツを運用するにはそれなりの装備が必要であり、そういった装備はこの貧相な護衛空母には搭載すら不可能だった。そして、そういった装備を持つ艦艇は、サラミス級とマゼラン級の改良型以外には、少なくともデュロクの知るかぎりでは、なかった。

「そうよね、これじゃあね」

 けれど、コニーは知らなかった。自分だけが、この中から1人全く別の部隊に配属されるということを。

 

つづく

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