第十九話:大切な事は直ぐ近くに在る |
「やれやれ、痛ぇな・・・。
まああんだけボロボロだったんだ、5日間も寝てた程度じゃ完全に治る訳がねぇか」
「・・・いや、少なくとも貴様の自然治癒力は可笑しいぞ。
何で粉砕骨折していた筈の腕がたかが5日間で殆ど完治して動くようになる?」
「それだけではなく全身中の筋肉が断裂していたと言うのに普通に痛みを感じるだけで歩ける事も凄いかと思われます。
一体どのような再生力があればそこまで回復が早くなるのでしょうか?」
サイの回復力に唖然としているエヴァンジェリンと茶々丸。
今まで何度か彼が重傷を負っていて、何日間か起きずに爆睡する事によって回復するのは見てきた。
だが・・・明らかにこの回復力は“異常”以外の何ものでもない。
例えばサイがエヴァのように真祖の吸血姫だったら話は別だ。
真祖とは今は無き魔法によって人から人外へと化生した存在であり、銃やら剣やらでは殺す事が出来ない程の再生能力を持っている。
しかしそれは“人間を辞めた代償”であり、人間と人外やその合いの子にそのような力がある筈もないのだ。
「あぁ、そう言えば言ってなかったか?
俺は人間と魂獣のハーフだが、魂獣の血の方が濃いんだ。
代々、白面九尾一族は歴史の舞台に何度も姿を現してるように法力の保有量が尋常じゃねぇんでね。
特に俺は法術がからっきし駄目な代わりにその法力が身体中に伝達させられてる、だからもし重傷を負ったとしても身体に流れてる法力が普通の人間を裕に超える程のスピードで回復出来んだ。
―――まあ、代わりに傷を治すのに使われた法力の回復の為に動物と同じように短時間だけど【冬眠状態】にならなきゃならねぇって欠点はあるがよ」
サイの場合は言うなれば某忍者漫画の主人公、九尾の人柱力と同じだ。
法力のよって圧倒的なまでの回復力を持ち、全身中の皮膚が焼き爛れようが骨が折れようが回復が早い。
しかしその代わり件(くだん)の九尾の少年とは違い、身体の法力の殆どを【傷の治療】の為に使われている為、法術関係には一切合切の才能が無かったという事である。
・・・まあ、勉強嫌いだったと言う事も否めないが。
「・・・全く以って規格外だな貴様は。
まあ良いさ、私の認めた男があの程度の事で死ぬとも思っていなかったしな」
ふんぞり返りながら偉そうにそう言うエヴァ。
・・・しかしその横にいたチャチャゼロがワインを呷りながら呟く。
「ケケケ、何言ッテヤガンダ御主人?
サイノ野郎ガ全身中ボロボロデ此処ニブッ倒レテタ時、目ガ覚メネェカラッテ涙グンデタ・・・『わ、わぁぁぁ!? チャチャゼロ貴様ぁぁぁ!?』・・・ア〜ララ、コリャヤッベェナ」
急に顔を真っ赤にしたエヴァに追い掛け回されるチャチャゼロ。
軽い魔法を連発されているようだが、流石は【不死の魔法使い(マガ・ノスフェラストゥ)】の最初の従者と言うだけあり、走り回りながら魔法を避けている。
「サイさん此方にどうぞ。
折角傷が治ったというのに流れ弾で再び怪我をしてはいけません」
手際よく魔法の飛んで来ない場所へとサイを誘導する茶々丸。
ちなみに彼女もサイの余りの状態に当初は大分心配をしていたが、センサーが瀕死状態を越えたと表示され小康状態となった事をいち早く知れた為に胸を撫で下ろした。
彼女にはまだ心の奥底にある感情に気付いては居ないがそれでもサイはエヴァ以外の家族のようにも感じて居たのだ。
「おう、悪ぃな・・・てか、アレ止めなくて良いのか?」
「問題ありません、マスターと姉さんはいつもの事ですから。
ではサイさん、目覚めのコーヒーでもお淹れ致しますので少々お待ち下さい」
そう言うと一礼してコーヒーを淹れに向かう茶々丸。
そんな彼女と追いかけっこをしている真祖の吸血姫と奇怪人形を見ながら『・・・やれやれ』と一言だけ呟くサイであった。
尚、これは蛇足だが―――
この後疲れるまで走ったエヴァと魔力が切れる寸前まで逃げまくったチャチャゼロ。
折角サイは目覚めたと言うのに、今度はその二人がぶっ倒れてしまう―――お陰でコーヒーを淹れて来た茶々丸がサイとの一時を独り占めして満喫したそうだ。
―――その日の昼。
ぶっ倒れたエヴァをゆっくり寝かせる為にログハウスを後にしたサイは、本来ならいつもエヴァの別荘で行っている修行を外の人気の少ない森の中でする事とした。
まあ、と言っても別荘内とは違って無茶な事は出来ないので精神統一兼思い出した技術の見直しだけだが。
「・・・来い、六道拳アスラ」
サイの一言と共に両腕に纏われる篭手。
手を握り締めしながら感覚を確認するようにした後、徐(おもむろ)に突きを放つ。
踏み込んだ震脚(拳法の歩法で所謂“踏み込み”)は地に大きな足跡を残し、叩き込まれた拳の一撃は大樹に拳の跡を残し・・・多くの木の葉を降らせた。
「・・・七魂剣スサノオ」
次の呟きと共にサイの手に握られる小剣。
軽く空を一閃すると、降って来た木の葉が真っ二つに切り裂かれる。
「やれやれ、斬れたのは眼に見えた所の葉だけか。
昔は降って来た葉を全て切り裂ける筈だったが・・・まだまだ完璧って訳じゃねぇな。
まあ、キティとバトってればこっちの方は問題ないか」
回転させながら七魂剣を腰のホルダーに仕舞う。
七魂剣はサイの専用として作り出された代物の為、現界させていても問題ないのだ。
・・・いざとなれば簡単に消せるし。
「次は・・・そうだな。
来い―――炎王剣ヒノカグツチ、雷王剣タケミカヅチ」
言葉と共に両手に握られる一振りの剣と刀。
これは所謂模倣品のような物・・・いや、言い方を変えれば“本物に極めて近い模倣品”か?
六道拳はかつて、サイの父親であった男が使っていた神具・・・その中に記録された多くの猛者との戦いの記憶が、サイの持って生まれた法力と多重神具使用能力(デュアルアビリティ)によって現実化していると言った所だ。
実際の神具とは魂獣を召還する力を持たない事だけの違いしかない・・・まあ、それが大きいとも言えるが。
「ふう、やはり大分法力を奪われるな。
こりゃ纏めて召還するのは切り札として使用するのが無難か。
どうやら召還したのを“別のに変化”させるのは問題ねぇようだが・・・これも要修行って所だ」
消える二本の神具。
後はサイ自身が実戦で覚えた剣術・歩法の確認と言った所だろう。
サイの覚えている『火群流剣術』は、所謂精神修行の為の剣術とは訳が違う―――確実に、的確に、急所を狙って相手を屠る為の“殺人剣”と言う奴だ。
『天地最強』と呼ばれ敵を斬る事にのみ特化したその剣術は、既存の御座敷剣術などでは決して昇り得ぬ次元にある。
ただし、今の制御状態ではその本質の半分以下程度の力しか出せないのが欠点だ。
更にサイの戦い方は所謂、実戦の中で極限まで鍛えられたモノ。
光明司流古武術と火群流剣術と言う流派は覚えていれど、それだけではない。
彼の本来の真髄はその目で見、その身で味わった全ての型を己の型として吸収し、更なる強さを手に入れ進化する。
まさに言うなれば『自由奔放な“無型の型”』・・・それこそが彼の戦い方だ。
「・・・シッ!!」
独特の呼吸音が静かな森林にこだます。
まるで降り注ぐ木の葉の動きに合わせる様に流れ、舞い踊るかのような足取りを取るサイ。
これはサイが得意とする、まるで緩やかに流れる河の流れのような歩法・・・名付けて『流水蓮歩』。
「まあちったあマシかな。
さて・・・じゃあもう一つの方は、と・・・」
急に大樹から距離を取ると立ち止まる。
すると次の瞬間、サイの姿が一瞬で消えると―――大樹の前で拳を止めていた。
これはサイが得意とするもう一つの、まるで荒れ狂う河のように一瞬の踏み込みで相手との距離を詰めて貫く歩法・・・名付けて『烈火瞬歩』。
円の動きと線の動き。
二つとも剣術と言う存在の中では必要となってくる技法だ。
だが、本人としては不完全な物らしくサイは何度と無く二つの歩法の訓練を行っていた。
「やれやれ、まだまだだな。
戦い方はキティやら茶々丸やらチャチャゼロと戦ってたお陰で収穫もあったが―――
歩法の方は大分錆付いていやがる・・・“記憶を失う前”は、もっと早く鋭く動けたと思うんだがなぁ。
まっ完全じゃねぇし、何度も戦ったりしながら勘を取り戻すしかねぇな」
一通りの訓練(と言う名の苦行?)を終わらせたサイは流れていた汗を拭きながらしみじみと呟く。
上着は脱いでいるが傷自体が大量にあるのを驚く者など一人も居ない。
・・・思えばこの身体の傷も戦場やサイなりの訓練の中でついたものだ。
無理矢理に身体を痛めつけ超回復と呼ばれる筋肉の回復動作を利用して戦闘に適した肉体へと変えた。
昨今の無駄に筋肉を付けている筋肉達磨達とは訳が違う、完全なまでの“実戦向け”の肉体である。
しかし無茶をしまくった体のヘイフリック数(細胞分裂の回数)は間違いなく減り、彼の寿命を縮めている事だろうが・・・彼は別に気になどしない。
其処までして強くなりたかったと言う理由が彼にはあった。
傷だらけの全身だが、背には傷は一つもない。
それは即ち、彼が背を向けて逃げる事の無かったと言う証だろう。
傷だらけになり、無茶をし続けながら現在に至るサイは一体どれ程の苦悩を背負い、どのような事を考えて自らを鍛え抜いて来たのか?
・・・記憶無き彼に答えれる答えなど無い。
「・・・んで、何か参考になったか、えっと・・・ああ、そうだ刹那だったな?」
そこでサイは背を向けたまま声を上げる。
先程から声を飛ばした方向より視線を感じていた彼は、其処にいた人物を苦行とも呼べる修行の最中に確認していた。
その人物は刹那だ。
どうやらあの様子からすれば偶然此処に来たようだが。
「・・・はっ!?
あ、こ、こここここ、こんにちは・・・」
しばし呆けたようにサイの事を見ていたらしい刹那。
どうやら休みの日故に修行の為にこの人気のない場所に来たのだろう。
そこで彼女は明らかに自分を超える程の技法を持ちながらも慢心せずに修行を続けるサイを見つけ、その姿に釘付けになっていたのだ。
彼女は我に返ると慌てて頭を下げた。
「んだテメェ? そんな畏まんなよ。
つうか、最初に会った時に斬りかかって来た勢いはどうした?」
「あ、あれは・・・その・・・わ、悪かったと思っています。
お嬢様の事となると見境が付かなくなってしまって―――本当に申し訳ありませんでした!!」
初めて面と向かって謝る刹那。
その姿を見たサイは別に興味も無さそうに返す。
「別にもう良いよ、謝られる必要もねぇ。
それに俺もテメェに余計な事言わせちまったしな。
俺に斬りかかろうとした理由は木乃香を護りたかったからだろ? だったら俺がそれに一々頭に来てたって仕方がねぇよ。
寧ろもし俺の立場だったとしても、ぽっと出の正体不明の奴なんざ居たら怪しむだろうしな。
・・・まあ、流石に問答無用で斬りかかる様な事はしねぇが」
―――真顔で平気にグサグサッと胸に刺さる余計な一言を言うサイ。
まあもうこれはこの人物の癖のようなものであり、悪意がある訳では無いのだが。
(いや、もしかして少しは悪意があるのかもしれないが・・・)
「んで何だ? 最近は覗き魔にでも鞍替えしたのか?
さっきから俺の事覗いてたろ?」
「あ、あう・・・すみません。
じ、実は自分の修行に来たのですが・・・先客でサイさんがいるのが見えまして、それで・・・」
真面目に謝るように頭を下げる刹那。
どうやらこの少女は真面目な人物らしく冗談は通じないらしい。
「冗談だ、そんなに謝るんじゃねぇよ」
サイのそんな一言にからかわれたと知ってむくれる刹那。
しかしその表情は迫力が無く、所謂少女特有の怒っている表情の為か全然怖くはない。
「そうむくれんな、今から稽古でもすんだろ?
んじゃ俺は邪魔しねぇように帰るから、無理しねぇ程度にやれや。
その歳で女ボディビルダーみてぇにゃなりたくねぇだろうし、無駄に俺みてぇに傷ばっかってのも嫌だろうよ」
そう言い終わると六道拳を戻し、ポケットに手を入れて大股で歩き出す。
するとその背に向かって刹那が声をかけた。
「あ、あの・・・サイさん、少しだけ宜しいですか?」
「あぁ? んだよ?」
刹那の呼びかけに足を止めて振り返るサイ。
彼女が其処から語ったのはサイが想像していなかった言葉だった。
「あの、その・・・宜しければ、私に稽古を付けて頂けませんか?」
「はぁ? 正気かテメェ?」
何かの冗談だと思って言葉を返すサイ。
しかし、その目は真剣そのものでありふざけている様子は無い。
「あ、あの・・・い、いけませんか?」
不安そうに眉を顰める刹那。
「いけませんか、っつうか・・・。
テメェは確か、神鳴流とか言う流派を修めてるんだろ?」
「え、ええ、良くご存知で・・・未だ修行中の身の上ですが」
刹那の事については襲撃をかけられる日の前にエヴァから聞かされていた。
桜崎刹那・・・西の関西呪術協会にかつて所属していた神鳴流と呼ばれる流派の剣士であり、そして木乃香の親友でもあった少女。
・・・更に意図的に知る心算も無かったが、サイと同じく人間と人外のハーフ。
質問の意図が解らない刹那は頭に疑問符を浮かべながら答える。
その答えに対してサイは肩を竦めながら言葉を返す。
「んじゃ止めとけ。
俺のは“流派”なんて小奇麗なモンじゃねぇ・・・どうやって相手を倒す(殺す)かってだけの所業(すべ)だ。
言わば流派ってな名前は在ってもほぼ我流の、戦場で戦いながら覚えた効果的な『殺人術』さ」
そう、前にも書いたがサイのスタイルは実戦の中で得た“敵の効果的な倒し方”。
その為正規の剣術を修める者に教えれる事など一切合切無いのだ。
言い方を変えるならば刹那が“剣士”ならば、さしずめサイの場合は“戦闘家”だろう。
そのような旨を刹那には伝えたのだが。
「それでも構いません。
サイさんが私よりも強いと言うのは明白ですし、戦って頂けるだけで私にとって十二分過ぎる成果となります。
・・・だから、どうか宜しくお願いします」
真摯な目で真剣に頭を下げる刹那。
その目を見れば思い付きではなく、前々からしっかりと考えた結論だと言うのは鈍感なサイにも理解出来る。
・・・それに彼は自分のする行動に確りとした明確な信念を持つ者を無下に断る気も無い。
「あぁあぁ、解った解った。
だが先に言っとくぜ、俺は元々人に物教えれる程器用じゃねぇ。
それに実戦形式でしか教えられねぇから大怪我する可能性もあるが文句言うなよ?」
「は、はい、構いません! あ、ありがとうございます!!」
顔を綻ばせる刹那。
背に背負った竹刀袋から野太刀を抜くと構える。
サイは六道拳を召還し、同じような刀である雷王剣を召還すると間合いを離して同じように構えた。
「いきます、サイさん!!」
「オラ、とっとと来いや」
その言葉が終わるや否や―――
燦々と輝く昼の空に剣戟の音が響き渡った。
「・・・うう、一太刀も当てる事が出来ませんでした」
そこそこ実力を持っていた刹那をついつい調子に乗ってコテンパンに伸してしまったサイ。
勿論、刹那は修行中の身の上だと言う事は充分過ぎる程に理解はしている・・・しかし流石に此処まで手も足も出ないとショックを受けてしまう。
背中には所謂漫画などで落ち込んだ際に描かれる縦線効果があった。
「まあ当然だな。
そん所そこ等のガキに比べればそれなりの実力はあるが実戦経験が薄い分まだまだ青いぜ。
だが筋は悪くねぇんじゃねぇの? 当てられそうになった場面が何度か在ったしな」
「・・・うう、ほ、本当ですか?」
涙ぐみながらサイを上目遣いで見上げる刹那。
意図してやっている訳ではないだろうが、このような仕草に心奪われない男は少ないだろう。
・・・まあ超鈍感で女心のおの字も解らない様なサイに理解は出来なかったが。
「まあその分、剣撃が読み易過ぎだ。
剣士の美学だか何だか知らねぇが、そう言った戦い方は変則的な戦い方する相手にゃ不向きだろうよ。
道場剣術じゃ変則戦闘なんぞ必要ねぇだろうが、実戦じゃテメェ・・・簡単に死ぬぞ」
「ぐっ・・・やっぱり私、駄目なんですね・・・」
褒めて落とすはサイの特技。
しかしそれはサイなりの優しさであり口は悪いが相手の苦手な部分を身を以って教えてやってるに過ぎない。
・・・これを素直に受け取るか、それとも突っぱねるかは本人次第だろう。
「さて・・・腹減ったな。
そろそろ飯でも食うかね―――テメェも一緒に食うか?」
「・・・うう、私は駄目な子・・・このままではお嬢様は・・・」
いじけながらのの字を書いている刹那。
背中の縦線効果は前よりもさらに濃く、しかもどんよりした雰囲気まで醸し出している。
だがそんな事など全く気にせずその頭に拳骨を落とすサイ。
「人の話を聞け、刹那。
飯にするから食うかと聞いているんだ、無視しねぇでYesかNoか位とっとと答えろ。
トロい事してっと殴るぞ?」
・・・まさに暴虐無尽。
実に傲岸不遜だの何だのと言う言葉が良く似合うサイである。
「も、もう既に殴ってるじゃないですかぁぁ!?」
「んなモンは殴ってる内に入らんわ阿呆。 で? 食うのか食わんのかはっきりしろ」
「あ、えっと・・・(グウゥゥゥ)・・・い、頂きます」
最初は断ろうとした刹那だが、空気を読まずに鳴ってしまった音に頬を赤らめながら答える。
それを聞いたサイは近くに置いてあった袋の中から大量の何かを出すと、刹那の方に歩いてきた。
その手に抱かれていたのは・・・大量のハンバーガー(種類色々)だった。
「・・・って、え?
あ、あの・・・サイさん? 何ですかこの大量のハンバーガーは?」
「何って、俺の昼飯だが?
まあ大量にあるから遠慮すんな、特にテリヤキバーガーは美味いぞ」
此処で刹那は初めて、サイの食生活の偏食さを知った。
そう、コイツは自分で食事をする時はハンバーガーしか食わないのである。
(普段は教会に居るし、昼御飯の弁当はシャークティやらエヴァ&茶々丸やらが作ってくれたのを食っているのだが)
「あの・・・もしかして、これしか食べないんですか?」
「当然だろ、当然」
サイは『何を当然の事を聞くんだ?』と言うような表情で刹那を見ながらそう答える。
この答えで理解出来た、少なくともサイは“食育”とか“食生活”と言う事だけに関しては大分ダメ人間だと言う事を。
「・・・サイさん。
明日から私がお昼を作ってきます、良いですね?」
「あぁ? 何だ、さっきも言ったとおり俺のはテメェの修行になんぞ訳にたたねぇぞ。
それに飯に関してもどうせ明日もハンバーガー買って来るから・・・『・・・良・い・で・す・ね?』・・・まあ、テメェが面倒じゃねぇなら好きにしろや」
放たれた強烈な殺気のようなものにそう返事を返すサイ。
意外に刹那は面倒見が良いと言う事だろうか? もしくはダメ人間を放って置けないのだろうか?
どちらにせよハンバーガーだけ食っていそうなサイにとっては健康面ではありがたい事だろう。
(まっ、精神面と言うか本音の方は大好物のハンバーガーだけ食って居たいだろうが)
そんなこんなで昼飯の時間は終わり、再び実戦稽古に戻る二人であった。
―――そして時は夕方まで流れる。
「で、ずばり今の気分はどうだ刹那?」
「・・・最悪です」
サイの足元で憮然とした刹那の声が響く。
其処には大の字で寝転がっている刹那が密かに頬を服らませている姿が見えた。
「結局夕方まで本気でやったのに一本も取れませんでした・・・」
「まあこちとら喧嘩しか能がねぇんでよ。
そんな簡単にやられているようじゃ俺の存在理由が薄くなっちまう、それに手加減なんざされたくねぇだろ?」
「うう・・・それはそうですけど・・・」
確かにサイの言う通りだ。
稽古と銘打っているのだから加減などされては意味がない。
だがそれでも刹那はサイから納得行く一本が奪えていないのが不満らしく、こうしてむくれているのである。
「さて、今回はこれで充分だろ。
次から修行に付き合うも付き合わねぇも勝手だ、好きにすりゃあ良い。
俺は用事がない時はキティの所か此処に居るからよ・・・あっ、ちなみにキティってのはエヴァンジェリンの事だ。
だけど俺以外、キティって呼ぶとぶっ潰すらしいから言うなよ」
「あ・・・はい、わ、わかりました。
サイさん、きょ、今日はありがとうございました」
ヨロヨロと立ち上がると頭を下げる刹那。
しかしサイの(一応、刹那のレベルに合わせてだが)修行によって体力は限界に近付いていたようだ。
そのままフラフラッとすると前のめりに倒れそうになる。
「おい、大丈夫かテメェ?
あぁ、まあ考えても見たらちっとハード過ぎたかねぇ?
仕方ねぇな、ほれ」
「え、ええええ・・・ええっ!?」
刹那が困惑してるのを気にせずに背に背負うサイ。
後ろで刹那は紅くなっているが、それを前を見ているサイは気付く筈も無い。
「あ、ああああ、あの、その///。
お、降ろしてください!! わ、わわわわわ、私自分で歩けますから!!///」
「何抜かしてやがる、さっき倒れそうだったじゃねぇか。
つうか無駄に動くんじゃねぇよ、疲れてんだから黙って背負われてろこの馬鹿が」
その言葉に動きを止める刹那。
サイは動きが止まったのを理解すると、無言で歩き出した。
・・・コイツもこういう部分は口が悪いが面倒見が良いのである。
「あ、あの・・・重くありませんか?」
「ん〜? 気にすんな、思った程じゃねぇよ」
・・・デリカシーと言う言葉の欠片も無い男だ。
こう言う時は嘘でも『重くない』と言えば済む話なのに。
しかしそんな超失礼な言葉に刹那は答えを返さない・・・怒ったのかと思い表情を垣間見ればそうではなく、どちらかと言うと何かを聞きたそうな表情をしていた。
「・・・あの、サイさん」
「ん? 何だ?」
ぶっきら棒にそう返すサイ。
彼のこう言った誰にも媚びない部分は今に始まった訳ではないが。
そんなサイに刹那は初めて会い、勢いで襲い掛かり正体がバレ、そしてサイも自分と同じだったと言う事を聞いて今までバツが悪くて聞けなかった事を今此処で聞いた。
「・・・サイさんも『私と同じ』生まれなんですよね?」
「あ? 何だ、キティにでも聞いたのか?
あぁ、まあな・・・俺は魂獣っつう存在と人間のハーフだ。
魂獣ってのが何なのかは妖怪ジジイから聞いてんだろ、それがどうかしたか?」
サイは気にする事もなくあっけらかんと言葉を返す。
彼は自分の生まれを気にしていないのか、それともその本心を隠しているだけなのか。
「・・・すいません、聞き辛い事をお聞きしますが。
やはり、その魂獣と言う種族の方々や人間から仲間外れにされたりしたのですか・・・?」
刹那はかつて父親の一族からも母親の一族からも否定されて生きて来た。
そんな彼女だからこそ、口は悪かれど底抜けに前を向いて真っ直ぐに生きているサイの過去が気になったのだ。
まあ、記憶喪失だと言う事は聞いていたが。
「まぁな、当然あったさ。
少なくとも俺の生まれた世界は何よりも種族同士の小競り合いが多かったからな。
特に『人間なんてのは魂獣を道具のようにしか扱わねぇ連中だ』なんつって嫌われてたからよ、当然半分その血が混じってる俺に対しての差別なんざ尋常じゃなかったぜ」
重々しい事を興味も無さそうに語るサイ。
本来ならば彼は自分の事をペラペラと語るのは嫌いであり、更に殆ど語る事も無い。
しかしこうやって語っているのは刹那が同族だと思ったからだろうか?
いや違う、何の因果でこの世界に来たのかは理解出来ないが彼は多くの者達に助けられてきた。
そんな事実がサイを変えたのかもしれない。
「えっ・・・じゃあ、どうして・・・?」
どうしてそんなに歪まずに居られたのか。
刹那は自分の秘密を命を賭けて護りたい親友、このかに知られてしまった時に存在を否定されるのではないかと思っている節がある。
だからこそ、人の道を外れた化物だからこそ親友と道を別ち、影から見守っていく道を選んだのだから。
しかしサイの答えは意外なものであった。
「・・・親友(ダチ)が居てくれたからな」
「ダチ・・・? 友達ですか?」
意外な答えだ。
サイはそんなに友人を作るのは得意そうには見えない。
いや寧ろ自分から友人など作らないだろう、自分の生まれの事なども相俟って。
「・・・最初は子犬みてぇに引っ付いてくるだけのウゼェ餓鬼だと思ってた。
その頃の俺は自分の殻に閉じこもって、馬鹿にしたり卑下する奴を見つける度にボロボロになるまで叩きのめしてた―――いつだって独りで強くなってバカにした連中を見返してやるなんて思ってた。
ムシャクシャしてた時に丁度良い獲物を見つけてな、そいつ等をぶっ飛ばしたらそいつ等に苛められてたのが最初のアイツとの出会いかな」
懐かしげに目を細め、在りし日の過去を思い出すサイ。
思い出せた記憶、それは自らのある意味では忘れたままで居たかった愚かな過去であった。
だがその過去を忘れたままでいるという事は、己を変える切欠をくれた親友を忘れてしまう事と同じ。
故に彼はその自らの過去を否定せず、肯定しているのだ。
「その後はなし崩しに懐かれちまってな、何処へ行くにもアイツは俺の後ろ追っ駆けて付いて回ってきた。
余りにもウザかったからな、ソイツにある日言った事があんだ・・・『俺のような半端者と居れば、テメェはまた苛められるぞ』ってな。
・・・そしたらそいつ、なんつったと思う?」
サイの答えを待つように無言で居る刹那。
そんな彼女の配慮を理解したのか、サイは少しだけ微笑みながら答えた。
「『ボクは別に気にしないよ、だって君はボクを助けてくれたもん』だとさ。
全く、あんな能天気な答えを聞いたのは初めてだった。 いや違うな・・・俺は自分の生まれを言い訳にして人に歩み寄ろうとしないだけだったって事にそこで気が付いたんだ。
まあアイツが・・・メルトが居なけりゃそう言う大事な事にも気付かなかっただろうよ」
メルトという名前を出した時に一瞬だけサイは懐かしそうな表情はした・・・勿論、その表情が何を表していたのかは知らぬ刹那が理解出来る訳もないのだが。
そんな何とも言えない表情をしながらサイは背負っている刹那に向かって小さく呟いた。
「刹那・・・親友は大事にしろ。
大切なモンは無くしちまってから気が付いても、もう遅ぇ。
このかの事を今でも大切な親友だって思ってるなら拒絶するんじゃねぇよ・・・それにアイツの事は会ってまだそんなに時は経たねぇが、テメェを拒絶なんてしねぇよ」
・・・その言葉はどこか聞きようによっては悲しげに聞える。
そして刹那も頭ではわかっている―――木乃香は誰彼を差別するような人物では無い事位は。
しかし頭では解っていても、己が今まで生きて来た差別と偏見と言う記憶は簡単には消える筈もなかった。
それだけ彼女の心にに刻まれた傷とは根深い物なのだから。
「・・・でも・・・でも、もし拒絶されてしまったら・・・私は・・・」
そうもじもじしながらブツブツと否定的な事を言う。
それにイライラしていたサイは立ち止まると、ウジウジしている刹那に言い放った。
「あ〜もう、ウジウジすんじゃねぇよ!!
“でも”も“へちま”も何もねぇ!! テメェは木乃香の親友だろうが!?
だったらそんな風に迷ってねぇで木乃香を信じろ、この馬鹿が!!」
するとサイは自分の胸を親指で指差して続ける。
いつもの口の悪い皮肉屋な性格とは違い、何処までも熱い熱血漢のように。
いや、もしくはこの姿こそがサイの本当の姿なのかもしれない。
「此処に抱かれてる本当の想いってのが真実だろうが!!
此処にあるのが嘘偽りのねぇテメェの本心だろ!? だったらウジウジする前にテメェの心に従いやがれ!!」
サイは誰よりも他人の幸せを願う。
己の幸せなど棄てたように生き、憎まれ、蔑まれ、嫌われようとも唯苦しみ悲しむ者に厳しくも優しく支えの手を伸ばす。
かつて誰かが言った。
『本当の悲しみを知っている者は、誰かを悲しみから救いたがっている』と。
そしてまたかつて誰かが言った。
『悲しみを受けてそれを力にする者も居ればその同じ悲しみを受けてそこで挫ける者も居る。 その違いとは何か? それは心の強さである』と。
彼の記憶は未だ戻らず、彼の過去に何があったのかは解らない。
だが少なくとも彼は、悲しみというものを見、そして背負ってきたのだろう。
そしてそんな彼はそんな過去から逃げる事をせず、全ての現実を心に刻んで生きて来たのだろう。
だからこそ彼の言葉は周りを拒絶して生きている者達の心に響くのだ。
「幸せはテメェの手で掴め、そして掴んだらずっと手放すな。
踏み出せなきゃ何も変わらねぇ、だが唯一歩でも前に踏み出す勇気があればもう怖いモンなんぞねぇ。
それでもしテメェが誰も信じられねぇなら・・・俺が信じてやる、俺が味方をしてやる。
だから近くにある大切なモンから逃げるんじゃねぇよ」
後ろで唯聞いていた刹那の頬に暖かい何かが流れ落ちる。
それは勿論彼女は自分で何なのかは理解していた―――そして、本当に自分が望んでいた事にも気付いた。
「うっ・・・ううっ・・・」
本当に彼女が望んだ物、そして何故彼女はサイを最初は嫌っていたのか。
彼女は本当は心の奥底で望んでいたのだ―――ずっと誰かに言って欲しかった、味方になって貰いたかったのだ。
「うあ・・・うああ・・・・」
孤独は人を強くしない、寧ろ弱くする。
嫌い、拒否し、関わらなかったのは・・・あの日に聞いたサイの出生、そんな苦しみを背負いながらも少しも曲がる事無く真っ直ぐ生き続けている彼の姿が眩しいが故に目を背けていたのだろう。
「うぁぁぁぁぁぁん!!!」
その日、彼女はかつて大切な人を失い全てを憎んでいたエヴァと同じように大声で泣いた。
泣く事自体が久しぶりであり、泣く等と言うのは己の弱い部分をさらけ出すだけだと彼女は思っていた。
だが今は違う、片意地を張って只管に強さだけ求めようとした今までとは違う。
人は弱くて良い。
弱いからこそ、誰かと共に居る事が出来る。
弱いからこそ、誰かを護る為に何処までも強くなれる。
泣く事を彼女は最早恥だとは思わない。
己の弱さを知り、大切な事が何なのか気付いた彼女は少なくとも、今までよりも強い。
この日刹那は押し留めていた感情をすべて流す。
「気が済むまで泣け。
泣き止むまで背位、幾らでも貸してやるからよ」
そして彼女が泣くその間、サイは言葉を掛ける事もせずにただ静かに気が済むまで背を貸してやっていたのであった。
再投稿第十九話の調整が完了です。
今回で刹那のサイに対する蟠りのようなものは雪解けしました。
本編でも書きましたが孤独は人を強くなどしないと筆者は考えています。
勿論考え方ってのは其々あるでしょうし、あえて孤独を生きる事によって強くなる人だっているとは思いますが。
でも多分、人と人の触れ合いってのを否定してまで強くなるってのは独り善がりな強さなのではないかと。
独りで強くなってると思ってる人にだって必ず繋がってる人は居ると思います。
例えばどれだけ強い剣豪であったとしても、強くなりたいと目指す目標のような人物がいるからこそ強くなれると思いますし。
アニメや漫画などで人との触れ合いを否定して強くなろうとするキャラクターが居ますが、結局突き詰めれば『コイツを見返したい』とか『コイツを倒したい』って他人への明確な意思があるからだと思いますので。
私が好んでやってるPCソフト『神咒神威神楽』と言う作品がありまして。
この作品に登場する悪役に“第六天波旬”ってキャラが居ます・・・コイツ、既存の作品の悪役が可愛く見える程に最低最悪にして最強最悪の人物です。
ですがそんな人物になった事情も突き詰めれば『何時でも誰かに見られているのが不快だった』=『他人を否定しているが、その他人が原因で強大な力を得た』ってな理由を持ってます。
だから結局の所ですが、人は他人と言う存在や自分とは別の存在が居るからこそ強くなれるんだと思いますね。
・・・まあ自分で何言ってんだか良く解りませんが。
ではそろそろ次回に続きます。
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人の想いは目に見えない 大切な事も同じく目で見る事は出来はしない だが・・・ほんの少しの助力で、直ぐ近くにある事を気付く事は出来るのだ |
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