そらのおとしものショートストーリー4th 望むままにならぬ現実
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望むままにならぬ現実

 

拙作におけるそらのおとしもの各キャラクターのポジションに関して その2

 

○桜井智樹:本作では智樹自身は争奪戦の勝者に送られる景品という役割を担っている。故に桜井智樹には明確な意思がない。しかし例外的に風音日和が登場した時のみ彼女と積極的に結ばれるよう行動するように宿命づけられている。

 フラレテル・ビーイングを背負うと死にたがりになる。脱衣(トランザム)と股間のレールガンを扱い攻撃力はエンジェロイド以上に高い。原作でも智樹が強くなりすぎて困る。

 

○守形英四郎:桜井智樹と同程度に女性からモテる本作第二のハーレム王。しかし原作以上に女に興味がない為に本人に自覚は全くない。新大陸に原作以上に執念をもやし、その結果よく騙される。智樹を巡る攻防戦の横でひっそりと酷い目に遭うことも多い。

 智樹がリタイアした作品では智樹に代わってエンジェロイドの指揮を採る役割につく。

 

○鳳凰院・キング・義経:本作においては智樹最大のライバル。智樹よりも強力な脱衣(トランザム)を扱う。またイカロスに何度撃退されても蘇るゾンビ属性も智樹同様に会得している。故に本人たちは決して認めないが類友でもある。

 妹の月乃を溺愛しているが、一方で自分の理想の妹像を押し付けているので月乃の精神に負担を掛けていることにあまり気づいていない。

 

○シナプスのマスター(ガタッさん):強いて言うなら馬鹿。強いて言わなくても馬鹿な人。昔はイカロスたちをネチネチ苛めていた筈だが、最近はダイダロスの嫌がらせに晒され、イカロスやニンフには智樹争奪の駒に体よく利用されている。

 パピ子とパピ美は役に立たず、カオスは戻ってこず、イカロスには腹いせという理由だけでシナプスを破壊されそうになる。ガタッさんの明日はどっちだ?

 

○ケイネス・エルメロイ・アーチボルト:

 魔術の名門アーチボルト家のH代目当主で魔術の最高峰時計塔で講師を務める天才魔術師。『魔術の優劣は血統の違いで決まる。これは覆すことができない事実である』が信条で天才ゆえに何でも出来る。天才ゆえに何度死ぬような目に遭っても気が付くと実は生きていたりする。天才ゆえに作品の垣根など彼の前には無意味である。同じく天才である網場先生という宿命のライバルがいる。天才は2人も要らないという悲しい運命が存在する。

 

 

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望むままにならぬ現実

 

 

 商店街のマドンナとして知られる文具屋の1人娘マキコは店のレジに座りながら悩んでいた。

「あんちゃんは……あの女の人が好きなの?」

 考えれば考えるほど溜め息ばかりが増えていく。

 マキコの暗い表情を見て店に入って来た客がすぐさまに出て行ってしまう。だが、落ち込んでいる彼女はそれにすら気が付かない。

 マキコは重症だった。

「なんで……あんちゃんと話が合うの? そんな人、私以外にいないと思ってたのに……」

 1週間前の花見の光景を思い出す。

 あの時、魚屋のあんちゃんは動物園のお姉さんととても楽しそうに話をしていた。2人の息はぴったりだった。マキコが声すら掛けることが出来なかったぐらいに。

 それはマキコにとって大きな衝撃だった。

「あんちゃんもやっぱり優しい女の人の方が良いのかなあ……はぁ」

 また溜め息が出る。今日何度目になるのか分からない溜め息。

「私が一番……あんちゃんと一緒にいた時間は長い筈なのになあ……」

 1人っ子だったマキコは幼い頃から近所に住むあんちゃんに懐いていた。

 いつもあんちゃんあんちゃんと後ろを付いて回った。

 マキコにとってあんちゃんは兄に等しい存在だった。

 そんなマキコがあんちゃんを異性として意識するようになったのは美空中学に入ってからのこと。

 

 マキコは異性の同級生や先輩に対して何ら興味を感じなかった。男子に気を向けるよりもアマチュアレスリングに打ち込んでいる方が遥かに楽しかった。

 そんなマキコに対して友人たちはマキコの恋愛観を根掘り葉掘り聞いてきた。

 マキコは男に興味がないと答え続けてきた。が、長い間続けて問われ続けている内に自分はどうも年上の男が好きであるという今まで考えなかった可能性に気が付いた。

 そんな時分、学園祭にやって来たのが当時高校生だったあんちゃんだった。

 あんちゃんはレスリングの試合を終えたマキコの元へ出向き笑顔を見せながら言った。

『戦っているマキコちゃんって格好良くって……俺、大好きだよ』

 それはあんちゃんにとって普通の誉め言葉だった。特に含みを持っていない。異性として告白したのではない。

 それはマキコにも十分良く分かっていることだった。

 だが、その言葉を聞いたマキコは自分でも予想外の反応を見せた。

『あっ、ありがとう……』

 自分でも驚くぐらいに顔が真っ赤になった。試合中よりも全身が熱かった。

 まさか、とは思った。

 でも、それ以外考えられなかった。

 改めてあんちゃんの顔を見る。

 何の変哲も無いその表情を見ただけでマキコは心臓が破裂しそうになった。

 それでもう自覚せざるを得なかった。

 あんちゃんに恋しているのだと。

 中学生男子に興味が持てないのも納得だった。

 4歳違う男を意識していれば同年代は子供にしか見えないのだと。

 だが、ここからマキコの初恋は大きく変な方向に飛んでしまうことになる。

『ねえねえ、マキコ』

 レスリング同好会の友人に脇をつつかれた。

『何?』

 あんちゃんを見送ったマキコは友人に振り返る。

『さっきの男の人、誰?』

『私の知り合いのあんちゃんで、商店街の魚屋の息子だよ』

 マキコは何の気なしに答えた。

『もしかしてマキコって……あの人と付き合っているの?』

 その質問にマキコの頭は大パニックを迎えた。

『そ、そんな訳ないじゃないっ!』

 焦りながら必死になって否定する。

 マキコは今しがた自分の恋心を自覚したばかりで、2人は当然付き合ってなどいない。

『だよねぇ』

 友人は頷いてみせた。

 そして後々までマキコの恋愛に大きな影響を与えることになる一言を放った。

『だってあの人、何かダサいもんね』

『えっ?』

 マキコの頭が一瞬真っ白になった。

『幾らここが片田舎だからって……何か田舎臭すぎっていうか、明るいっていうか馬鹿っぽいって言うか』

『そ、そうかも知れないわね。魚屋で格好とか臭いとか気にしていられないし、馬鹿っぽい明るいキャラクターの方がお客さんに親しみやすいし……』

 今しがた自分が格好良いと思った男が友人に駄目出しされた。しかもたった一目見ただけで。

 それは人目を特に気にするようになる思春期少女にとっては大きな問題だった。

 そして耐え難いほどのショックだった。

『あれじゃあ絶対彼女とかいなさそうだよね』

『あ、あんちゃんに彼女がいたって話は聞いたことがないわね……』

 マキコの恋愛観が崩れていく。

 自分が初めて興味を自覚した異性は友人にいとも簡単に駄目の刻印を押されてしまった。

 それをどう捉えれば良いのかマキコには分からない。

『あのダサい人がマキコの彼氏じゃなくて本当に良かった。絶対にマキコとは釣り合わないもん』

『そ、そりゃあそうよ。昔はよく一緒に遊んでもらったけど、それは幼い頃の話。異性としては別に……』

 マキコは友人の前で見栄を張る方を選んだ。

 胸が痛む作業だった。が、それでも中学生である彼女にとってはそれをする方が大事だった。

『だよねえ。マキコなら格好良い人を幾らでも狙えるもんね』

『私の理想は高いんだから。このレスリングのようにね』

 マキコは格好を付けて胸を逸らした。

 大きな過ちを冒したのではないかと胸中を不安にしつつ。

 この一件でマキコは自分の恋心を自覚し、同時に自分の想いを突き詰めていく作業を中断させてしまった。

 そして──

『やっぱりあんちゃんって……女の子から全然人気がないんだ』

 マキコが調査した結果、あんちゃんにはまるで女っ気がないことが判明した。しかも、同年代の女子からの評判はダサいや格好悪いという良くないものばかりだった。

 だからマキコは安心した。

 あんちゃんが女と付き合う可能性はない、と。

 それで安心してマキコはレスリングに打ち込んだ。

 打ち込んでいる間はあんちゃんのことを思い出さずに済んだ。

 

 そして、気が付けば中学を卒業し、高校を卒業し現在に至ってしまっている。

 その間一切の進展はなし。

 とはいえ、マキコの恋心が冷めた訳ではない。学生を終え、家業を手伝う社会人になった今、思春期少女時代のように同級生の目を気にして見栄を張る必要もなくなった。

 今ならもっと素直に。そう思う時も増えた。

 実際に行動に移したことは今まで皆無だったが。

 一方であんちゃんは高校時代から今に至るまで清々しい程に女っ気がない生活を続けている。

 そのことはマキコをホッとさせていた。

 だが、あんちゃんには女っ気がないという点がマキコにとっては自分の恋愛にはブレーキになり続けていた。

 安心してしまい、積極的に動くことまで抑制していた。

『まっ、あんちゃんのお嫁さんになってあげられるのなんて、結局私ぐらいのもんだからね』

 マキコは半分は根拠がある、そして半分は根拠がない自信を抱いていた。

 あんちゃんと結婚すれば魚屋の経営を一緒に営むことになる。

 だが、魚屋の労働条件は大変厳しい。

 あんちゃん自身男としては魅力に乏しいことに加えて、魚屋への嫁入りという条件は大きなネックになっていた。

 その為にお見合いの縁談さえまともに組めない。

 だからマキコはお嫁入りして魚屋を継ぐのは結局自分しかいないと考えていた。

 同じ商店街で働く者としてあんちゃんの仕事がどういう物であるのかはよく知っていた。

 自分ならこなせると確信も抱いている。

 そして、実家の文房具屋は父が自分の代で閉めると何度も宣言しているので嫁入りには支障がなかった。

 後はあんちゃんの家が同じ商店街で働く比較的年が近い娘である自分をお見合い相手に指名するのを待つだけ。

 マキコはそんなことを頭の隅で考えていた。

 そしてその時はそう遠くない。

 魚屋が息子の嫁を本格的に躍起になって探していることをマキコは商店街情報網を通じて得ていた。

 だから積極的に動かなくても自分の恋は成就する。

 そう思って安心してしまっていた。

 あんちゃんが女性と親密になるという可能性を考慮せずに。

 だから、あんちゃんがお姉さんと親しげに話している光景を見た時に、マキコの世界は一変せざるを得なかった。

 果てしない悔恨と共に。

「こういうのを……望むままにならない現実って言うのよね」

 マキコの下のレジスターが濡れていた。

 

 

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「おぅ、マキコ。邪魔するよ」

 店内に老婆が入って来た。

 その老婆はマキコがよく知る人物だった。

「いらっしゃい。バァちゃん」

 老婆はマキコが赤ん坊の頃から世話になっている公民館のバァちゃんだった。

「バァちゃんが文具屋に来るなんて珍しいね」

 気ままな隠居生活を送っているバァちゃんは滅多に買い物に来ることはない。

 中でも文具屋に寄ることは少なかった。店で会ったのは数年ぶりのことではないかとマキコはふと思った。

「な〜に。今日は人を案内してここまで来たんだよぉ」

 バァちゃんは元気に笑った。

 見ればバァちゃんの後ろには青い修道衣のような服装をした金髪の若い男が立っていた。

 男の瞳は青み掛かっており、彼が西洋人であることが見て取れた。

「バァちゃん。そちらの外国人さんは一体?」

「ああ。この人には最近ちょっと世話になっていてねえ」

 バァちゃんは豪快に笑った。それ以上具体的なことは述べない。

 故にマキコには2人の具体的な関係は分からない。特に知りたいとも思わなかったが。

「ロード・エルメロイがここに仕る」

 男は1歩前に出て胸を張りながら述べた。

「ろ〜どえるめろいさん、ですか?」

 よくは分からないがこれがこの金髪の男の名前なのだろうと思うことにした。

「そこな一般人の娘よ」

 流暢な、だが高圧的な日本語で男は話し掛けてきた。

「は、はい。何でしょうか?」

 慣れない外国人との対応にちょっと焦りながらマキコが尋ねる。

「赤、青、紫、橙、黄、緑、紫のインクを所望だ。即座に集めよ」

「は、はい」

 指示に従って慌てて動き出す。

「あの、インクというのは水性でしょうか? 油性でしょうか?」

「油性だ」

「は、はい。今集めます」

 焦りながら何とか商品を準備する。

「油性インク7点で税込み4410円となります」

 緊張するなあと思いながらレジ打ちまでは終了する。

 これで緊張から解放されるとマキコは思ったが、それは甘かった。

「支払いはカードで頼む」

 そう言って男が出したのは黒光りするクレジットカード。

「あの、うちはカード支払はやっていないもので……現金でお支払い頂けますか?」

 少額支払いが多い文具屋で手数料の扱いが面倒なカードは扱っていなかった。

 そうでなくても、現在の日本ではカードによる支払いが欧米に比べて普及していない。

「現金などという重たいものは持ち合わせていない」

 男の返答を聞いてマキコは困った。

 何か打開策を考えないといけない。

 マキコは焦りながらも必死になって活路を求め周囲に目を配った。

 向かいの電器屋が目に入った。

 

「すみません。ちょっとカードをお貸し下さい」

「うむ」

 男からカードを受け取ると電器屋に向かってダッシュする。

「おじさんっ!」

 マキコは扉を開けながら店主の中年男に向かって叫んだ。

「どうしたんだいマキコちゃん?」

 店主は首を捻りながら尋ねた。

「カードでの決済をこっちの店で代行して欲しいんだけど」

 マキコが思い出したのは、ここが商店街で数少ないカード決済出来るお店だということ。

「またか。最近カードしか持ち歩かない人が増えたからなあ」

 店主は面倒臭そうに決済用の機械を準備する。

「決済金額は?」

「税込で4410円」

「ほいほいっと」

 店主は手帳に『文具店 4410円』と書き込み、次いでレジを操作した。

「はい。決済完了。代金は来月にでも取りに来てね」

「ありがとう」

 マキコはカードを受け取る。

「他人の店の決済なんてのも、この商店街だから出来るんだよなあ」

 店主は息を吐いた。

「じゃあ、私、お客さん待たせているから戻るね」

「ああ。しっかり頑張りなよ」

 手を振りながら急いで店を出る。

 後はこのカードを金髪男に返せば任務は完了。

 難問を突破してマキコの気分も盛り上がる。

 だが、マキコは目撃してしまった。

「えっ?」

 視界の隅に映る1組の男女を。

「あんちゃんと……動物園の、お姉さん」

 魚屋の前であんちゃんとお姉さんが楽しげに会話している光景を。

 遠くから見ても2人はとても楽しそうに見えた。

 よくお似合いだとマキコは思ってしまった。

 

「仕事、しなきゃ……」

 一気に気落ちして重い心を抱えながら文具屋へと戻る。

「会計、終了しました……」

「うむ。ご苦労」

 計算は終わった。機転で問題も対処できた。

 けれど、マキコの心は少しも晴れなかった。

 問題を解決したことで、先程の光景について考える余裕が生じてしまった。

 それはマキコをより一層落ち込ませた。

 そんなマキコの表情を見てバァちゃんは溜め息を吐いた。

「どうやらあの光景を見ちまったようだねえ」

「えっ?」

 図星を刺されたようでマキコは驚いた。

 けれど、そんな筈はないと思い返す。

 何故ならマキコがあんちゃんに想いを寄せていることは誰にも話したことがないのだから。

 バァちゃんが知っている筈がなかった。

「魚屋の小僧と動物園の娘が楽しそうに一緒にいる光景のことだよ。お前、それでショックを受けているんだろう?」

「ど、どど、どうして、バァちゃんがそれを?」

 余りにもピンポイントで言い当てられてマキコは狼狽した。

「あたしゃ、マキコがガキの頃から面倒を見ているんだよ。アンタにレスリングを教えたのもあたし。いわばあたしはマキコの人生の師さ。そのあたしがアンタの好きな男のことぐらい分からない訳がないだろう」

 バァちゃんの言葉は力強かった。

「じゃ、じゃあ私の気持ちもずっと前から知っていたのぉっ!?」

「勿論さ」

 バァちゃんはニヤッと笑いながら頷いた。

 その仕草を見てマキコは軽く死にたい気分になった。

「しっかし、アンタも馬鹿だねえ」

 バァちゃんの目が鋭くなる。

「魚屋の小僧なら簡単に捕まえることは出来た筈なのに、7年もダラダラしているから他の女に言い寄られちまうんだよ」

「うっ!」

「一言で言えば、今の状況はアンタの自業自得。それ以外の何物でもないね」

「そう、ですよね」

 マキコがガックリと首を落とす。

 そんなマキコ落ち込みきった様子を見てバァちゃんはもう一度溜め息を吐いた。

「だけどあの2人はまだ付き合っちゃいない」

「えっ?」

 マキコは顔を上げた。

「そしてあたしは名前も知らない女よりマキコの方が可愛いのさ」

「あの、バァちゃん?」

 バァちゃんが何を言いたいのか分からなくてマキコは首を傾げる。

「まあ、ここはあたしと天才魔術先生に任せておきな」

「任せる? 天才魔術先生?」

 マキコには全く意味が分からない。

「まあ、近い内にわかるさ。さあ、行こうさ、大先生」

「フム。世話になったな」

 バァちゃんは男と共に店を出ていった。

「一体、どういうことなの?」

 マキコにはまるで意味がわからなかった。

 だが、何か良くないことが起ころうとしている予感がして止まなかった。

 

 

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 公民館のバァちゃんと謎の西洋人が文具店を訪れてから数日が経った。

「結局、バァちゃんのあの言葉はどういう意味だったのだろう?」

 考えるほどに分からない。

 そして、言葉の意味を悩んでいなければマキコは更に落ち込むしかなかった。

「あんちゃんとお姉さん……昨日も一緒にいたもんね……」

 マキコは2人が一緒にいる姿を度々目撃するようになっていた。

 2人とも忙しく空いている時間は不規則。

 なのに、いや、だからこそ2人は互いに自分の空き時間に率先して互いに会っている。

 そんな図式がマキコにも見て取れた。

「私の入る余地なんか……全然ないじゃない」

 レジスに体を突っ伏させる。

 レスリングで体を鍛えているとは思えないほどに無気力がマキコを支配していた。

 そんな時だった。

「たっ、大変だぁ〜〜っ!」

 電器屋の主人が血相を変えながら店内へと入ってきた。

「どうしたの、おじさん?」

 マキコが跳ね起きながら尋ねる。

「虎のマスクを被った若い女が商店街で暴れているんだっ!」

「何ですってっ!?」

 虎のマスクを被った女と聞いてマキコの脳裏にある人物が思い浮かんだ。

 だが、その想像をすぐに打ち消す。

 その人物は若い女という項目を満たさない。

「今、魚屋のあんちゃんがその虎女に絡まれて大変なんだっ!」

「あんちゃんがっ!?」

 店主に話を聞いてマキコはその場にジットしていることが出来なくなった。

「おじちゃんっ! ちょっとこの店のことをお願いねっ!」

「へっ?」

 エプロンを外し、店外に向かって駆け出し始める。

「ちょっと、マキコちゃ〜んっ!?」

「待ってて、あんちゃん。今助けに行くからね〜〜っ!」

 店を電器屋の中年店主に任せ、マキコは必死に駆けていく。

 

 30秒ほど走り続けると見えた。

 魚屋の前に出来ている沢山の人だかりが。

 そして虎のマスクを被ったスタイルの良い若い女性に片手1本で軽々と持ち上げられている魚屋のあんちゃんの姿を。

「フンッ! 近頃のガキは貧弱で困るねぇ」

「はっ、離せぇええええぇっ!」

 あんちゃんは必死に暴れるもののその抵抗は無意味だった。

 襟首を絞められたあんちゃんの抵抗は徐々に弱くなっていく。

「あんちゃんっ!」

 あんちゃんの命の危機を察知してマキコが駆け寄ろうとする。

 だが、マキコがもう少しで2人で到着しようとするその瞬間、女はあんちゃんを魚屋の店舗に向かって投げ捨てた。

「ぶほぉっ!?」

 あんちゃんは魚の保存用に積まれていた氷に勢い良く突っ込む。そしてくぐもった悲鳴を上げるとそのまま気絶してしまった。

「あんちゃんっ!」

 マキコは慌ててあんちゃんの元へと駆け寄る。

「………………っ」

 あんちゃんは気絶して一切の反応はない。

 だが、命に別状はなさそうだった。

 とはいえ、体には大きな打撲の跡があり、しばらく仕事に支障をきたすかもしれない。

 足にも傷があり、バイクにも乗れないかも知れない。

 仕事大好きなあんちゃんを一方的な暴力によって仕事を出来なくさせる。

 それは同じ商店街で働く者として、そしてあんちゃんに想いを寄せる者として許せることではなかった。

「許せないっ!」

 怒りに燃えながらマキコが立ち上がる。

 だが、マキコはまだ気づいていなかった。

 何故女はあんちゃんを途中で放り投げたのかを。

 マキコ達の目があんちゃんに向けられたことで何に目を向けられなくなったのかを。

 

「さあ、アンタの王子様はいなくなったよ」

 女は先ほどあんちゃんが投げ飛ばされた位置のすぐ横に座り込んでいた女性に詰め寄っていた。

「あ、ああ、ああああ…………」

 頭に『どうぶつえん』と書かれたキャップを被った若い女性、動物園のお姉さんは体を震わせながら地面に座り込んでいた。

「女1人守ることが出来ないあんな男はアンタに相応しくない。さあ、早くあんな男とは別れちまいな」

 女はいやらしい声を出しながらお姉さんに決断を迫っていた。

「わ、わ、私達、付き合っている訳じゃ……」

 お姉さんはぶるぶると震えている。

「付き合っていないなら、もう2度あの男に近付かないようにしてくれないかねえ」

 女は悪い魔女のような声を出しながらお姉さんに更に詰め寄る。

「い、い、嫌、です。そんなこと、貴方に命令される覚えは、ありません」

 お姉さんは全身を震わせ続けた。

 だが、女の要求を拒否した。

「あたしゃ、あの男に近づくなって言ってるんだよ! 分からないのかい!」

「わかりませんっ!」

 お姉さんは半分泣いていた。

 だが、お姉さんは女の脅迫には屈指なかった。

「チッ! 聞き分けのない小娘だねえ」

 女の声色が変わった。

 その雰囲気の変化をマキコは敏感に感じ取った。

「いけないっ!」

 あんちゃんを地面に寝かせ直すと女に向かってダッシュを始める。

「アンタがあの小僧と別れてくれないと、不幸になる子がいるんでねえ。ちょっとばかり痛い目に遭ってもらおうかね」

 女が両手を天に向かって振り上げた。

「ヒィッ!」

 お姉さんが息を飲む。

 けれども、あんちゃんと会わないという脅迫に屈することはなかった。

「じゃあ、痛みを知ってから再度の交渉と行こうかいっ!」

 女が鋭利な日本刀を思わせる両手をお姉さんに向かって振り下ろすっ!

 まさにその直前の瞬間だった。

「止めろぉおおおおおおおおぉっ!」

 マキコが女に対して横からレスリングで鍛えた下方からの鋭いタックルを仕掛けた。

「やっと来たね。馬鹿弟子が」

 女は瞬時にマキコへと体の向きを直すと、その鋭いタックルを両手で受け止めにかかった。

「このぉっ!」

「猪口才なっ!」

 がっぷりとよつに組み合うマキコと女。

 そして組み合った瞬間、マキコは驚かざるを得なかった。

 女の力強さに。

「角度、勢い共に完璧だった筈なのに……っ」

 タックルが決まれば押え付けるまで5秒も掛からない。

 マキコはそう考えながら攻撃を仕掛けた。だが、実際には五分と五分の力比べを果たすまでに至っている。

 いや、角度と勢いがなければそもそも五分五分になどに持っていけなかった。この大勢とていつまで維持できるか分からない。

 マキコは相手の強さに舌を巻かないわけにはいかなかった。

 そして、女とは初対面の筈であるのに組んだ感触がとても懐かしいことに疑問を抱いていた。

  まるで昔組み合ったことがあるようなそんな既視感を覚える。

「フンッ。アンタにタックルの手解きをしたのは誰だと思っているんだい?」

「へっ?」

 一瞬頭の中が真っ白になって力が抜ける。

 力比べ状態が解けて地面に押さえ込まれそうになったマキコは慌てて意識を覚醒してキックを牽制に使いながら距離を取る。

「戦いの最中に考え事とは弛んでいるねえ……この、馬鹿弟子がぁっ!」

 女が大声で吠えた。

 タックルを手解きしたという言、自分を馬鹿弟子と呼んだこと。

 その2つの事象を併せ持つ人物などマキコは1人しかいなかった。

「アンタまさか…………公民館のバァちゃん、なの?」

 マキコとて自分の言葉が荒唐無稽なものであることは重々承知していた。

 でも、そうとしか語れなかった。

 そして、女は意外な行動に出た。

「いい線いっているけれど、ちょっとだけ違うねえぇ」

 女は虎の覆面に手を掛け、自ら脱ぎさりながら語った。

「あたしは……公民館のお姉さん、さ」

 覆面の下には、若かりし日の公民館のバァちゃんの顔があった。

 

 

 

 

 お前が一番動物園のお姉さんを邪魔に思っていたのではないかい に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
水曜定期更新

リアルや一次創作とかで忙しくこれの更新も厳しいぜ。
前回、巧妙に偽装した筈だったのですが、キャラクター紹介と実際の登場人物が一致しないという取るに足りない問題が生じましたので今回はちゃんと出すようにしました。

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2012お正月特集
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ショートストーリー2nd
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ショートストーリー3rd
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優子VSラスボスシリーズ
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康太と愛子と決戦バレンタイン温泉旅行
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にっ 裏話
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短編
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コメント
tkさまへ ロードエルメロイさんが元はどんな作品のキャラだったのかは記憶から排除してしまったので、私の中ではもうそらおとの住民です(枡久野恭(ますくのきょー))
BLACK さまへ 天才魔術師はちゃんと出てますから。ええ、ちゃんと出てますよ(枡久野恭(ますくのきょー))
…うん、確かに紹介にあったキャラが出ていますね。でもそのロードエルメロイさんって、もともとは別作品のキャラですよね?(tk)
まだ続いていたよ。(笑)(紹介したキャラが出てこない意味で)(BLACK)
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