第二十三話:少女の覚悟、幼き魔法使いの秘密
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ネギとエヴァによる決闘より日は明け、次の日の朝―――

サイはエヴァと茶々丸と共に、彼女が気に入って良く足繁く通っているカフェテリアでお茶をしていた。

別に暇だったからとか朝食後のティーブレイクという訳ではない、三人は此処に来る筈の人物を待っていたのだ。

 

「ふむ、来たか」

 

買ったアイスコーヒーを一口飲むと呟くエヴァ。

その横には待っていた人物の姿を確認して頭を下げる茶々丸と静かに煙草を吸ってるサイ。

彼ら三人の目線の先に居たのは・・・昨日エヴァと互角に渡り合ったネギと、明らかに助からないような傷を負った筈なのにピンピンしている明日菜だった。

 

「お、おはようございますエヴァンジェリンさんに茶々丸さん、それにお兄ちゃん」

「おはよ〜、三人とも」

 

ネギは昨日、伝言のような形で父親の事を教えてくれると言われた為か緊張気味だ。

その逆に明日菜はいつも通りに馴れ馴れしそうに、それで居ながら何処となくサイを意識するかのように見ている。

 

・・・見ればおかしな事に、明日菜の右手には包帯のようなものが巻かれていた。

怪我でもしたのだろうか? しかし昨日、方法は不明とは言え傷は全て全快したし、そもそも腕に怪我などしていない筈である。

そんな明日菜は何処となくだが、サイを意識する様に見てから自分の右腕に視線を向ける。

 

この包帯は何か、そして一体何があったのか?

その答えが出る前にエヴァが突っ立っているネギと明日菜に言葉を飛ばす。

 

「・・・いつまでそんな所でボーっと突っ立ってる心算だ? とりあえず座れ、話はそれからだ」

「あっ、は、はい、判りました」

 

ネギはその言葉に素直に従い、明日菜もまたゆっくりと座る。

そしていざネギが己が父親の話を聞こうとした時に明日菜とサイが同時に口を開いた。

 

「あのさ、サイ・・・ちょっと聞きたい事が・・・」

「・・・明日菜、お前に伝えなきゃならねぇ事がある」

 

タイミング良く言葉が重なった事により黙る二人。

どうやら二人とも、言いたい事を先に言わせる心算なのだろうが結局どっちもが譲り合う為か肝心の話が始まらない。

そんな態度を見ていたエヴァはため息を一つ吐くと二人に向かって言葉を吐いた。

 

「おい、貴様ら・・・いつまでお見合いして話の切欠を譲り合ってる心算だ?

話したい事があるのならとっとと話せ、こっちの話が一切合切進まないではないか」

 

その言葉に意を決したように明日菜が口を開く。

右手に巻かれた包帯を解きながらだ。

 

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「ねぇサイ、聞かせて欲しい事があるの。

昨日確か私って変な鎌が飛んで来た時にアンタを庇って凄い痛みを感じて意識を失ったわよね?

なのに次の日起きてみたら傷が一つも残ってなかったんだけどもしかしてアンタが助けてくれたの?

それにこれ何だか判る? 朝から石鹸で洗っても一切消えないから取り合えず包帯で巻いて隠して来たんだけど」

 

そう言って包帯が解けた右手の甲をサイやエヴァ達に見える様に見せる。

そこにはまるでタトゥーのように何かを象った紋章のようなものが刻み込まれていたのだ。

紋章は何処となく虎の顔を象っているようにも見えた。

 

「・・・済まん、明日菜」

 

次の瞬間、サイは信じられない事をした。

何と、明日菜に向かって深々と膝を付き土下座したのだ。

朝の早い時間とはいえ、生徒や一般人も疎らに居る・・・何があったのかと興味深く普通なら見るだろう。

まあ、先にエヴァが認識出来なくなる魔法を使っていたが。

 

「ちょ、ちょっとアンタ、何やってんのよ!?

あ、頭上げなさいよ・・・一体何なのよ一体!?」

 

突然の事に驚く明日菜、そして何の事だか判らないが慌てているネギに土下座の姿に何かを感じて邪魔せず声をかけないエヴァと茶々丸。

だが彼のやった事は土下座して謝罪するだけでは済まされない事だと言うのをサイ自身が良く解っている。

なぜならあのタトゥーのようなものは“人を止めてしまった存在の刻印”なのだから。

 

「その刻印は、重症を負ったお前を助ける為に俺が刻み込んだものだ。

魂獣変生(スピリッツ・フェノメノン)と呼ばれる本来なら禁忌とされている技法・・・白面九尾の最上位のみが使える黄泉へと向かった魂を呼び戻す、人の命を冒涜した能力。

命の灯火が消えんとする存在に神具に封じられた魂の欠片を仮初の命として変質させるものだ」

 

サイの説明を補足するならこういう事だ。

つまり重症を負った存在に神具に眠る魂を宿られた事によって一命を取り留めさせた。

しかし、その代わりに神具の魂を人間に安定させる為にその人間そのものの身体を半魂獣として変化させたという事。

 

その説明の答えはつまり―――

今の明日菜はもう人間ではない、どちらかと言えばサイ寄りの半魂獣と変わってしまったという事だ。

勿論、仮初の魂が明日菜自身の欠けた命を復元出来れば元には戻れるがそれが一体どれ程かかるかも解らない。

説明の補足をサイから聞かされた瞬間、明日菜の表情が凍り付いた。

 

「・・・弁解はしない、それしか方法が無かった。

お前が気が済むように好きにしろ、どんな事でもその罰を甘んじて受けよう。

此処で死ねというのなら、腹を掻っ捌いても構わない・・・それで許される等とは思っても居ないが」

 

そう、サイはこの日既に覚悟を決めて来た。

例え命を落としかかっていたとしても、人間として未来を持っていた者を巻き込んでしまった事を。

一応いつかは人間に戻れるとしても半分でも魂獣の魂が入り込み変質すれば人間から化物として排斥される可能性は高いのだから。

 

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だが、明日菜はサイに対して何もしない。

いや・・・寧ろ土下座してるサイに近づき、座り込むと小さく呟いた。

 

「・・・もう良いわよ、頭を上げなさいって」

 

「いや・・・だが・・・」

 

サイは困惑していた、明日菜のその態度に。

しかしそんな困惑など気にする事も無く明日菜は笑う。

 

「だからもう良いって言ってんでしょ?

あんまりしつっこいとアンタ、本気でぶん殴るわよ?

理由や方法はどうあれアンタは私を助けてくれたんでしょ? それを感謝しても何処に憎む必要があるの?

それにアンタのさっきの説明聞いたら取り合えずいずれは元に戻れるんでしょ? だったら良いわよ」

 

いや、勿論これは彼女のやせ我慢だ。

良く見てみれば彼女の手は小刻みに震えている―――当然怖いに決まっていよう。

 

だが、彼女は知っている。

己が不幸や運命を嘆いた所で現実は好転しないと、己自身が己自身で変えようと願わない限りはずっと不幸のままだとある人から教わった。

・・・その人物の顔すら今は思い出せないが。

 

「だからほら、この話はおしまい!!

それに要はネギとしてた仮契約(パクティオー)ってのがアンタに変わったようなモンじゃない。

どっちにしたって結局私は巻き込まれた事には変わらないし、それを嘆いたところで何も変わんないわよ。

ほら、だから早く立ちなさいってば」

 

「・・・済まない」

 

ただ小さく一言だけサイはそう呟く。

そして彼は明日菜を改めて『強い女だな』と認識してからカフェの席へと戻ったのであった。

 

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「・・・成る程な、重症の傷を治す代償にその身体自体を変質させているのか。

道理で朝から神楽坂明日菜の気配が今までと違うと思った―――しかしサイ、問題は他には無いのか?」

 

「少なくとも身体能力は明らかに人間のそれを上回る。

更に魂獣は法力が無ければ行動する事は出来ねぇし―――今は制御の方法を知らねぇだろうから教えなきゃならねぇ。

取り合えずしばらく法力の制御方法さえ何とか叩き込めば、後は普通に生活出来る筈だ」

 

サイが淡々と答えた後、エヴァは頷いてからネギの方を向く。

今まで語られた内容に驚愕し、言葉も無かったようだが・・・サイの話が終わったと解ったのだろう。

エヴァに質問を投げかけた。

 

「それでエヴァンジェリンさん・・・あの、父さんの事を教えて頂いて宜しいですか?」

 

「うむ、良かろう。

ついでに一々フルネームで呼ぶも面倒だろう? これからはエヴァで良い。

元々貴様の父親のナギ・スプリングフィールドは『サウザンドマスター』と呼ばれ、間違いなく世界で一、二を争うような実力と人気を併せ持っていた文字通り“魔法世界最強の英雄”だ。

まあ、実際の所はどこまでもガキのような奴だった―――しかもアホだったな、魔法など5〜6個程度しか覚えていなかったし、アンチョコが無ければ詠唱は唱えられないし・・・あぁ、そう言えば魔法学校中退とも言っていたかな?」

 

「え゛っ・・・そ、それ本当ですか?」

 

今まで抱いていた“英雄である父親像”と全く違う事に聞き帰すネギ。

しかしエヴァはゆっくりと頷き、続けて語りだした。

 

「まっ、魔力だけは桁違いにあったぞ。

何せサイが来るまでの約10年以上、私はナギの落とし穴作戦によって捕まっていい加減な封印掛けられたからな。

お陰で10年もの間、中学生を経験するというしたくも無いような事をさせられた」

 

そこで重い口調に変えると小さく呟く。

思えば、彼女は例え情を深めても学園から出る事が出来ないというジレンマの中で孤独に壁を作って生きて来たのだろう。

外見はネギと同じ年頃だが、その雰囲気はサイと同じく年不相応な表情を滲ませていた。

 

「・・・十年前に奴は死んだ。

いつか私の呪いも解いてくれる約束だったが、まあくたばったのなら仕方あるまい。

幸いにもサイのお陰でその呪いは解除されたのだが―――全く以って、勝手に死ぬなどバカな奴め」

 

その表情は時々サイが見せるのと同じく悲しげな目をしていた。

だが・・・そんなしんみりした雰囲気をネギの一言が変える。

 

「でもエヴァンジェ・・・『エヴァで良いと言った筈だが?』・・・は、はいエヴァさん。

でもボク、父さんと―――サウザンドマスターと会った事があるんです、しかも6年前に・・・」

 

その言葉を聞いた瞬間、エヴァの表情が変わった。

驚愕の表情をいつもの自信満々の表情に貼り付け、声を荒げて言い返す。

 

「・・・何だと? 今の話を聞いていなかったのか!?

奴は確かに十年前に死んだ!! お前は奴の死に様を知りたかったのではないのか?」

 

「違うんです! 大人はみんなボクが生まれる前に父さんは死んだって言うんですけど。

6年前の雪の夜、ボクは確かにあの人に会ったんです・・・その時に貰ったのがこの杖で―――

だからきっと父さんは生きてます、ボクは父さんを探し出す為に父さんと同じ“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”になりたいんです!!」

 

ネギのその目は確信の光が宿っている。

どうやらネギの勘違いではない―――何処に居るかは解らないが、少なくともナギは生きているのだろう。

 

「そうか・・・奴が生きているか。

そうか、そうだな―――あの男が簡単に死ぬ筈が無い、そんな事をなぜ私は忘れていた?」

 

静かに、それで居て嬉しそうにエヴァは呟く。

気持ちは解らなくも無い・・・横で聞いていたサイもそう考えていた。

 

無くなった筈の人物が生きていた。

そのような奇跡が本当になれば言葉では言い表せない程に嬉しい事だろう。

少なくともサイもそうだ・・・記憶なき己であっても、もし例えば己の家族が“生きていたとしたら”これ程に嬉しい事はない。

 

―――最も、彼の脳裏には強く“それは決してない”とも刻み込まれていたが。

 

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「ふむ・・・そう言えば坊や。

奴を探すといっても手掛かりに心当たりはあるのか? 大方、その杖位しか手掛かりは無いのではないか?」

 

ネギからサウザンドマスターが生きていると聞かされたカフェからの帰り道。

唐突にサイの横を歩いていたエヴァがそうネギに対して問いかけた。

その問いに対してネギはバツが悪そうに呟く。

 

「はい、その通りです・・・」

 

「フン、だろうと思ったよ。

ならば京都にでも行ってみると良い―――どこかに一時期、奴が住んでいた家がある筈だ。

奴が死んでいないというのならそこに何か手掛かりがあるかも知れんしな」

 

サイはエヴァの『京都』と言う言葉に首を捻る。

当然だ、サイは麻帆良に来てから一歩も学園都市の外に出た事は無い。

そんな彼が京都などと言う場所を知る訳も無いのだ。

 

「サイさん、京都とは日本で有名な古都の一つです。

日本文化やお寺、神社、仏閣などに秀で、数々の文化遺産が存在する美しい町並みを擁しても居ますよ。

麻帆良も美しい風景は多いですが、京都はそれ以上でしょう」

 

「ほぉ〜、此処以上に良い風景があんのか。

そりゃ一度見てみてぇな、俺は麻帆良に来てから一歩も外に出た事はねぇし・・・」

 

見た事の無い古都・京都へと思いを馳せるサイ。

一方、父親の手掛かりが京都にあるのではないかと言われたネギは嬉しいやら何やらで慌てていた。

 

「き、京都!? あの有名な!?

・・・ええっと、日本のどこら辺でしたっけ!? 困ったな・・・休みも旅費もないし・・・」

 

だが、そんなネギを見ながら明日菜は微笑んで呟く。

 

「へー、京都か。

ちょうど良かったじゃん、ネギ。 ねえ、茶々丸さん?」

 

頷く茶々丸―――そしてサイに『サイさんの願いは直ぐに叶うと思いますよ』と意味深な言葉を呟く。

その言葉の意味を解らないサイとネギは首を捻るばかりである。

 

話を終わらせたサイ達はそこで別れる。

用事があるという明日菜には『もしお前が機能の話しを良く考えて裏の世界を生きる覚悟を決めたなら・・・明日、世界樹広場の近くにある森林にバイト終わらせたら来い』と伝えた。

更にエヴァは家に帰ってもう一眠り、茶々丸は猫たちの餌やりとログハウスの庭のガーデニングをするらしい。

 

・・・という事で必然的にサイは、ネギと行動を共にする事となったのであった。

 

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〜Side エヴァ〜

 

「フン、あの馬鹿が生きていた、か・・・。

まあ当然だろうな、ククク・・・アハハハハハ!!!」

 

自宅に帰ったエヴァは実に終始ご機嫌であった。

先ほども書いたが、死んだと思っていた者が生きていたのだから当然と言えば当然だろう。

 

「ヘェ・・・随分機嫌良イジャネェカ御主人。

マア、今更アノ非常識野郎ガ生キテテモ、全クト言ッテ良イ位ニ不思議ジャネェケドヨ」

 

帰って来た後に茶々丸からエヴァが機嫌が良い理由を聞いていたチャチャゼロはそう呟く。

そんな機嫌が良いエヴァに対して、珍しく複雑そうな表情で茶々丸が尋ねた。

 

「マスター・・・あの、その・・・。

マスターにとってサウザンドマスターは大切な人だったと存じております。

ですが・・・マスターは過去と決別してサイさんと共に生きていくのをお選びになられたのでは・・・?」

 

その質問にエヴァは直ぐに返す。

 

「ん? 勿論、過去と決別してサイと共に進むさ。

考えても見ろ茶々丸、確かに一方的だったにしても10年間もの間、人の事を忘れてたような輩を選ぶと思うか?」

 

エヴァの言葉に迷いも虚偽も一切ない。

そう、彼女はもう既に選んでいるのだ・・・それに、彼の過去を垣間見てしまった時に答えは既に決まっていた。

己から孤独に生きる道を選び、憎まれようとも誰かの為になるように事を運ぶ、何処までも優しく何処までも不器用な馬鹿。

そんな苦しみを背負い生き続けている漢を、同じように運命の悪戯によって人生が変わってしまったエヴァが放って置ける訳がない。

 

そして過去を見た際、彼女は気付いた。

確かにサイは昨今稀に見る事無いような良い男だ、それこそ彼に惹かれる理由が解る程に。

だが彼を愛するという事は彼にとって“重荷”にしかならないと言う事も。

 

だからこそエヴァは、性別を超えた親友のような関係を取り・・・共に居る事を選んだのだ。

 

「まあ再び奴と会った時に驚かせてやるのが私の今の目標だ。

己が『光り輝け』といった奴がどれだけ魅力的になったか、そして10年前に私を選ばなかった事を後悔させてやる。

そしてもう、今更私に惚れても遅いという事もな♪」

 

明日へ、未来へ。

止めていた時計の針を動かし、前を向いて進むと誓ったエヴァはもう昔の様な暗い表情は見えない。

その事が茶々丸にとっては嬉しくもあり、己の“心”の選んだ事に気付けて居ない為に悲しさも感じていた。

 

その後、エヴァは寝直すのではなく茶々丸を連れて買い物へと出かけた。

何だかんだ言いながらも、来週からこの住み慣れてしまった麻帆良から出られるのが嬉しいのだろう。

 

来週から始まる、修学旅行が。

 

〜Side out〜

 

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〜Side 明日菜〜

 

「はぁ・・・さっきはああ言ったけど・・・」

 

サイ達と別れた明日菜はトボトボと歩きながら溜息を吐く。

先ほどは気にするなと自分で言った事だが、気にならない方がおかしいだろう。

 

思えばほんの少しの間に色々あった。

自分の憧れの先生は担任から副担任になり、代わりに赴任して来たのは子供の先生。

更に女子校なのに何故かチンピラのような口調の男子生徒は編入され、しかも出会った最初の日にそのチンピラ生徒と子供先生が“魔法使い”などという存在だとと言う事を知ってしまった。

 

その日から始まった賑やかでとんでもない事が続く日々。

だがそんな中で口は悪くも優しいサイと直向に頑張ろうとするネギを見て、最初は追い出そうとしていた明日菜も変わっていく。

 

そしてある日、ネギの元に現れた一匹の変態小動物により明日菜は裏世界へと足を踏み入れた。

まあ実際の所は嫌だったのだが変態小動物に『中三にもなって初キッスも済ましてないのか』などと挑発されて自棄になり、ネギの『一回だけで良いから手伝ってください』と言う言葉に押されて渋々仮契約をしたに過ぎない。

しかも本来は唇にしなければならない所をおでこにキッスした為に中途半端な契約となってしまった。

 

最初は少しだけ付き合えば良いとだけ思っていた明日菜。

ネギの直向に頑張る姿に協力を惜しまない心算だったが・・・其処から起こった事は彼女の想像を裕に超える。

 

結局流されただけで裏の世界、つまり命の遣り取りをするような世界に入り込んでしまった。

それについて覚悟の意味をエヴァとネギとの決闘の際にサイから考えさせられる。

・・・そして無意識に彼を庇って、今度は否応なしに裏の世界から足を洗えなくなってしまったのだ。

 

「・・・でも、何であの時に私、サイを庇ったんだろう?」

 

明日菜は聖人君主ではないしヒーローでもない。

それどころか少しだけ足腰が強く、バイトして学費を払っている唯の苦学生に過ぎないのだ。

命の危険があれば真っ先に逃げる、それが普通なのだから。

 

しかしあの時―――

サイに鎌の刃が当たりそうになった瞬間、彼女は自らの事など垣間見ずにその刃の前に身を晒した。

意思で考えた訳ではなく、唯本能的に。

 

「あ〜、もう!! 私は元から頭使うの苦手なのよね!!

もう難しい事考えたって答えが出ないんだからヤメヤメ!!

それにずっとこのまんまじゃないってサイも言ってたし、私には私に出来そうな事をするだけよ」

 

・・・彼女は強い。

己が例えば何かに巻き込まれれば、腐って自分の不幸を嘆く者の方が多い。

だが、それを嘆かずに居れる者など少ないだろう。

 

しかしそれは彼女が今まで生きてきた中で見つめて来た“ある背中”のお陰だ。

明日菜は事情は説明出来ないが、実は小学校以前の記憶が何故か抜け落ちている。

その失われた記憶の中に、どのような苦境でも下を向かず上を向いて命の限り信念を貫いた一人の漢がいたのだから。

記憶は失われようとも、その漢の生き様は無意識に脳裏に刻み込まれているのだから―――

 

〜Side out〜

 

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一方、その頃。

気ままに麻帆良の散歩をしようと思ったサイは、途中までネギと共に歩いていた。

 

「う〜ん、しかし来週に何があるのかな?

それに父さんが住んでいた所か〜、父さんを見つける為の手がかりになれば良いけど・・・」

 

一人で大きな声で独り言を言っているネギ。

その横を無言で、時よりネギの表情をチラッと見ながら歩き続けるサイ。

この様な態度はサイにしては実に珍しい。

 

そんな雰囲気に気付いたんだろう。

ネギはサイの方を向くと首を捻りながら尋ねる。

 

「お兄ちゃん、さっきからどうしたの?

何だかいつもと違って変だよ・・・何かあったの?」

 

「・・・いや、別に何でもねぇ」

 

サイの態度がいつもと違うのは昨日からだ。

しかし、サイの態度がおかしい事の理由が解らないネギはしきりに首を捻るばかり。

 

エヴァと戦った事を怒っているのか?

いや、それは違うだろう・・・少なくともサイは昨日、戦っていた際に激を自分に向かって飛ばしてくれた。

更に昨日の決闘は自分からではなくエヴァから挑んで来たものだ、怒る理由など無いだろう。

 

一般人の明日菜を巻き込んだ事か?

それも違うだろう、確かにサイは戦いに関係の無い者を巻き込む事を何よりも嫌う人物だ。

しかし、それをいつまでもネチネチと言い続けるような性格でない事は何度も見て来て知っている。

意外にクールに見えて内はさっぱりして、更に熱い漢なのだから。

 

理由を考えても考えても結論には行き着かない。

意を決したネギはサイに対して『何故、いつもと態度が違うのか?』と問う。

・・・そこでまさか、前回の戦いの際に彼が知ってしまったネギの秘密を語られるとは思っていなかったようだが。

 

「・・・ネギ」

「ん? 何、お兄ちゃん?」

 

神妙な面持ちでネギに言葉を飛ばすサイ。

ネギは聞き返すと、次に語られた言葉に言葉を失った―――

 

「・・・なんでお前、男のフリしてんだ?」

 

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次の日の朝―――

刹那と対峙して実戦形式で稽古を付けてやっているサイ。

しかしその脳裏には、昨日のネギの慌てていた姿が思い出されていた。

 

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〜Side 昨日〜

 

「お、おおおお、お兄ちゃん!?

だ、だだだだだ、誰に、誰にそれ、き、聞いたの!?」

 

「いや誰に聞いた訳じゃねぇし、元々どっかおかしいなとは思っていた。

実際に気付いたのは昨日、エヴァとの決闘が終わった際にお前が大分傷負ってたから治療してやろうと思って服脱がした時だ。

・・・あぁ、ちなみに脱がしたのは明日菜だから心配すんな」

 

そう、サイがネギが『男』ではなく『女の子』だと気付いたのは昨日の事だ。

それまでもネギの歩き方やら雰囲気やら匂いやらと言ったもので男ではないように感じていたサイ。

それが昨日、手当ての為に明日菜に頼んでネギの服を脱がしてもらった際に本来、男性ならばあるべきものが無かった。

 

更にもう一つ、サイが気付いている事があった。

それはどのような状況でも、戦いの中でも・・・無意識にだろうが、ネギは己の顔に傷が付かない様にしていたのだ。

言うなれば顔を守ると言うのは女性の生物学上の無意識の行動である。

(ちなみに17〜8歳位になると、顔と腹を無意識に庇うようになっていくらしい)

 

その言葉を聞いた瞬間、ネギは泣きながらサイに言う。

 

「お、お兄ちゃんお願い!!

お願いだから・・・お願いだからボクが“女の子”だってのは誰にも言わないで!!

ボク・・・ボク・・・それを知られちゃったら・・・」

 

「・・・馬鹿かお前は。

安心しろ、始めから人の隠してぇような事を他人に言い触らす心算なんぞサラサラねぇよ。

まっ、何だか知らねぇし興味もねぇが・・・それ相応に事情って奴があんだろ?

だが成る程ねぇ、道理で木乃香があんな事言ってた訳だ」

 

実は少し前だが、木乃香が『ネギ君っていつも一人でお風呂入ってるみたいやけど、寂しゅうないんかな〜?』などとぼやいていた事がある。

また他の人物もぼやいていた事だが、ネギと一緒に風呂に入ろうとしたら信じられないような力で抵抗されたらしい。

 

「だが一つだけ忠告っつうかお節介を言っとくぜ。

女の身の上で男のフリして生きるってのは随分キツイ事だろうぜ。

だからこそ、ちったあテメェ自身の身体を労われよ―――俺にゃあ事情が理解出来ねぇからそれ以上の事は言えねぇけどよ。

我武者羅に進むのも嫌いじゃねぇが、テメェみてぇなガキの内は誰かに頼るのも悪ぃ事じゃねぇ」

 

それだけ言うと他には敢えて問う事も聞く事もせずに背を向けて手を振って散歩に向かうサイ。

 

「・・・おにいちゃん、ありがとう・・・」

 

―――不意にそんな言葉が後ろから聞こえた。

 

〜Side out〜

 

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「・・・イさ・・・サイさん!!」

「ん? あぁ、何だ刹那か。 どうかしたのか?」

 

どうやら考え事をしていたらしい。

そんな上の空の状態でも一撃も攻撃が当たらないのは流石はサイと言うべきか?

 

「どうしたかじゃありませんよ!!

何だか急に黙り込んだと思ったら上の空になって、その状態でも攻撃が当てられない私の身にも成って下さい!!」

 

剥れている刹那・・・。

そりゃあ、朝一から稽古をつけて貰っているのに上の空では流石に拗ねるのが当然だ。

特に最近、武道四天王と呼ばれる他の三人(古、楓、真名)が度々朝の稽古に乱入して来ていてピリピリしていた所もある。

・・・彼女はまだ、サイに恋している事には気付いて居ないのだから。

 

「あぁ、悪かった。

んじゃ、こっからまた真面目に・・・」

 

しかし、その言葉がサイの口から全て語られる事はなかった。

彼の目線の先に現れた一人の赤髪でオッドアイの少女の姿を見つけて―――

 

「おはよう、サイ。

アンタに言われた通り・・・来たわよ」

 

雰囲気を、目を、表情を見て解った。

明日菜は力の制御の為だけに来た訳では無い事が。

そんな明日菜に向かって、サイは静かに呟く。

 

「・・・そうか、決めたんだな。

でも良いのか? お前の選んだ道は前にも言った通り『優しい道』じゃねぇぞ。

下手すれば途中で死ぬかも知れねぇ、そうじゃなくても一生残るような深い傷を負うかも知れねぇ。

本当に・・・それでも良いんだな?」

 

サイの問いに明日菜は確りと頷く。

 

「覚悟とかなんかってのはまだ良く解んない。

でも、私はその答えを選んだんだから・・・私に出来る事をするだけ、それだけの事よ」

 

明日菜の答えを聞き、深く頷くサイ。

その言葉はかつて、己の呪われた宿命をぶち破り生きた・・・サイの大切だった人物の一人が言っていた言葉と同じだ。

そしてこの日から、サイによる明日菜の仮初の魂獣の力を使いこなす為の訓練が始まった。

 

 

時は春の風が過ぎ去り、夏の熱き風が吹き出し始めた季節。

色々な事が起こり、色々な事情を知り、それでも前へと突っ走っていく。

そしてこれが、次なるサイの戦いが始まる一週間前の出来事であった。

 

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再投稿第二十三話のアップを完了しました。

これにて白面ノ皇帝・第一章『吸血姫邂逅編』は終わり、続いて第二章『京都修学旅行編』へと続きます。

 

 

明日菜は前回の損傷によって半魂獣状態へとなりました。

この物語では仮契約(パクティオー)は主人公・サイの事情により出来ません、故に準主役とも言える明日菜にはこの様な方法を取らせて頂きました。

まあ戦う方法は出てくるのはまだ先ですが、原作+神羅ネタを組み込んだものとなりますのでどうぞお楽しみに。

 

 

そして遂に明かされた秘密―――

はい実はネギ君、この物語では男の子ではなく女の子なのでした。

まっ、一応作品のジャンルに“TS”という言葉を入れてましたので気付いていた人も多いと思いますが。

 

本編でも一応幾つかの所は気を付けています。

本来なら“彼”などと称する部分を“ネギ”と名前を使ったり、僕→ボクと片仮名にする事により性別関係の所はぼやかしてみました。

ネギが何故女の子で、何故それを隠さなければならなかったのかと言う部分は後々に語ると言う事で取り敢えず勘弁してください。

 

ではそろそろ次回に。

 

説明
人の運命はひょんな事から大きく変わる
それが良い変化なのか、それとも悪い変化なのか、それは進んだ先でしか理解出来ない
大切なのは唯一つ、選んだ道に後悔をしないと言う事―――
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