ガンパレードオーケストラ 白の章外伝 紺碧の復讐者 第一楽章 |
それが世界の選択である
1945年
太平洋戦争と呼ばれた人間同士の大きな戦争は、意外な形で幕を閉じた。
月と地球の衛星軌道上に突然現れた謎の[黒い月]の出現。
それと同時に神話の怪物の名をもち、幻のように現れ己の命が尽き果てるまで人の命を狩り、幻のように消える異形の怪物の出現。
突如出現した怪物[幻獣]に対し、人類は防戦を開始した。
1997年
幻獣の出現から52年。中国焦土作戦の失敗からの劣勢により、人類はユーラシア大陸から撤退せざるを得なかった。
それから翌月、ユーラシア大陸は幻獣群の侵攻により陥落した。
人類に残された僅かな生存圏は、南北アメリカ大陸と南アフリカの一部、そして日本のみとなった。
1997年 9月
幻獣群は九州西岸から上陸、日本侵攻を開始した。
1998年
八代平原会戦において人類は幻獣に対し、BC兵器や核兵器等あらゆる手をうつが、記録的敗北を喫す。
これにより政府首脳部は、打開策としてある二つの法案を可決し起死回生を図ろうとした。
一つは幻獣の本土侵攻を阻止する為の拠点として、九州中心部に位置する熊本県の要塞都市化、これを中心とする九州防衛ラインの構築である。
こうして、四十七都道府県の内の一県でしかなかった熊本県が人類最後の砦となった。
もう一つは、徴兵年令に満たない14才から17才の少年少女達を、学籍のまま兵士として強制召集。
本土防衛の為の正規自衛軍、つまり[本物の軍]が完成するまでの時間稼ぎをするためという大人達の無能な策だった。
政府の見解では1999年以降、九州戦線の学兵全てが戦死すると見ていた。
「子供風情が、激戦地で生き残るなぞ到底無理」
政府はそう考えていた。
だが、予想外にも政府の目論見は覆された。
銃を手に、剣を手に、歌を口ずさみながら、学兵達はしぶとく戦い、生き抜いていた。
1999年
幻獣の出現から54年。
現在も少年少女達は、人類は戦い続けている。
1999年 11月
日に日に激化する戦闘に比例して、連日放映する脚色された無責任な報道番組は、志願する学兵達を激増させた。
同年12月には、入軍志願者は400万超までに達した。
政府にとって大変喜ばしい事だが、皮肉にも軍首脳部にとっては頭を悩ませる事態となった。
九州戦線の総力を挙げた最大規模の戦闘、[熊本城攻防戦]における学兵達の死傷率の高さ、兵士としての錬度不足にほとほと愛想を尽かしていた。
もうこれ以上子供達を戦場に出すわけにはいかない、と軍部は断固として戒めていたのだ。
辛くも熊本城攻防戦の勝利は、軍首脳部の失われた算術感覚を取り戻させていた。
だが、「入軍志願を呼びかけておいて、志願した学兵達を兵士として使わないのはどうか?」という政府や高級官僚の無責任な発言に軍部は、よりいっそう頭を悩ませた。
そこで、妥協案として考え出されたのが、戦線後方のニ線級部隊に学兵を配置。
山岳師団や警護師団などといった名目上の部隊、総じてニ線級師団とも呼ばれた。
これらの半分は幸運なことに銃を手に取らず、ほとぼりが冷める頃には任期満了ということで実家に帰され、半分は運悪く一線級師団に格上げされ銃の扱いもままならぬまま地獄の戦場に投入された。
さらに運が悪いことに、頭に山岳や警護などをつけたまま実戦を迎えたいくつかの師団などがあった。
これから始まる物語は、頭に山岳や警護などつけたまま実戦を迎え、類稀な悪運で切り抜けてきた部隊の物語である。
青森県に配置された第108警護師団は、殆どの部隊に戦車等の機甲装備を配備していない。
元々名目上ということもあり、完全に機械化された小隊は極一部で、大半は戦車1両だけなどの半機械化された小隊や完全な歩兵小隊を占めていた。
豪雪地帯により戦車の運用が厳しいという最もな理由があるが、実際は学兵を統括する文部省の現場の状況を理解していない予算による予算不足、車両や暖房などに必要不可欠である燃料が不足しているといった事実があった。
燃料に関しては策源地である北海道の人工石油で賄っていたが、北海道に駐留する<東北最強>第107機甲師団や一般住民街、特に車両を使う激戦区などに優先された。
九州戦線の防衛力に阻まれ九州上陸に頓挫した幻獣は、第107機甲師団が北海道から動けないように足止めさせ、同時に本土の大動脈である北海道輸送ラインを潰すべく青森に出現、攻撃を開始した。
後方戦線には現れないという油断から第108警護師団は奇襲を受け県内各所に分散、師団として全く機能せず戦力35%弱を残し幻獣に敗北。
事実上半壊した状態からの開戦であった。
そんな中、隊長石田 咲良が率いる[正式名称<第3方面第2大隊第4中隊旗下第1小隊>、略名<3241小隊>]、通称[ヒロイン天国小隊]はそんな逆境をものともせず偽造書類を使った装備品の受領や、人型戦車に強く異議を唱える会津閥の影響力の強い青森に芝村閥の人型戦車を運用する、などといった危ない橋を渡りながらも活躍していた。
石田が着任する前は出撃回数5回、撃破数3といった悲惨な戦績で、幻獣を誘き寄せる為の生き餌として、どの部隊よりも最も早く戦死する地獄の[懲罰大隊]のリストに危うく加えられるところだった。
だが、着任してから数ヶ月にして<防人の楯>や<奪回従軍記章>などの戦績を挙げ、大隊長の目をみはらせた。
雪を味方に、時には雪に悪戦苦闘しつつヒロイン天国小隊は戦い続けている。
それは、まだ雪がちらつく冬の寒いある日のことだった。
ヒロイン天国小隊---石田小隊は数ヶ月程前までは<お荷物小隊>などと呼ばれていたが、現在では師団内高ランクの<精鋭>部隊までに昇格していた。
それ故に何時出撃がかかるか解らない為、隊員達は自分のコンディション調整や技能向上の訓練に明け暮れていた。
ただ、幾ら高ランクで優遇されていても戦車2両分の燃料や数種類の僅な弾薬、故障しやすい中古の銃火器などが受領リストに加えられただけだった。
それでも不足や逼迫した場合は、岩崎の偽造書類に頼ってなんとかまともに戦えていた。
もはや日課ともなったランニング、射撃訓練などを終えた石田は、近々執り行う予定の[小隊内全体合同訓練]の訓練内容について、副官の谷口 竜馬と小隊長の横山 亜美、小隊事務官の山口 葉月らと石田の自室でもある隊長執務室で会議を開いていた。
山口は以前まではたまに顔を出す程度だったが、最近は進んで出席するようになった。
というのも小隊の食事を賄う山口にとって、訓練の内容次第では隊員達の身体を考慮した食事メニューを決めなければならないからである。
各隊員の身体能力や性格面、技能等を考慮し、各々の長所を伸ばし短所を補うなどの訓練メニューの内容について会議は白熱した。
「・・・と、言うことで決定とする。異議は無いわね?」
「異議無しです」
「異議無しであります」
「はい、ありません」
程なくして会議は終了した。
「それじゃ葉月、大変かもしれないけど私たちもできるだけ手伝うから」
それもそのはず、事務官とはいえ山口もれっきとした兵士である。
過酷な訓練後には、隊員全員分の食事を作らなければならないから倍に動く事になる。
「い、いえ大丈夫ですよ。万事、葉月にお任せ下さい」とハニカミながらも山口は屈託のない笑顔で答えた。
「・・・あー、しかし、それにしても一体何なのですか?この部屋は」
谷口が呆れるのも無理はない。
デスクは書類の山で埋もれ、ベッドは石田の着替えなどで部屋は散乱していたのだ。
会議を執り行った所も、なんとか片付けて得た場所だった。
「いいですか。貴方はもう少し隊長として、我々部下の見本となるべき模範的な行動をですね・・・」と谷口の小言が始まった。
訓練が続くさなか、最近私生活がだらしなりつつある石田に、隊長としてせめてキチンと見本となる行動をしてもらおう、と思っての小言なのだ。
ただ、最近は仕事の事以外に服装や素行、寝癖のついた髪型に対してなど風紀委員の様に細かい所を注意、いや母親の様に長々と説教するから後が悪い。
「ま、まぁまぁ、それよりも片付けましょうよ。隊長、私達も手伝いますから」と、山口がなだめた。
着替えに関しては山口に一任し、石田と横山、谷口らは分担してデスクの書類の山の整理を始めた。
訓練に明け暮れていたとはいえ、目を通していた書類は戦況報告書や装備品受領書など数枚程度で、後は疲労感からか目を通す前に眠りこけてしまっていた様だった。
一応隊長として職務を全うしようとしたのだろうか分からないが、何枚かの書類にはシミのようなものがあった。
石田と横山は二人で分担、谷口は一人で素早く的確に整理した。
副官を務めるだけあって、谷口の仕事は中々のもの。石田の確認印の有無、さらには到着した日付順に整理した。
(あれ?)と横山が一枚の書類に首を傾げた。
書類には[重要]の印や、[転属隊員名]などと書かれてあった。
「あのぉ、隊長?この書類って・・・」
谷口に気付かれないように横山は、石田に小声で問いかけた。士官クラスではない横山にも、如何に重要な書類だということはなんとなく分かっていた。
もし谷口に見つかったら、小言どころか一時間以上の説教になりかねない。
瞬時に察知し、親友でもある石田にコッソリと尋ねたのだ。
しかし、そんな親友の気遣いもむなしく石田は書類を目にした途端、顔色は血の気が引くようにみるみるうちに変わり「あぁ---っ!!忘れてたぁ!!」と大声を上げた。
概略すると、書類には貴隊に転属隊員が来ます云々等といった内容だった。到着予定日は、終日から4日後とあった。
しかし、書類が着いた日付は一週間近く前の日付。
翌日か、最悪今日には隊員が到着してしまう。
冷静を取り繕う石田だが、端から見れば慌てふためいている。
考えれば考えるほど、色々と余計な考えが浮かんではグチャグチャと纏まらず、終いには頭の中が真っ白にフリーズしてしまった。
「さ、じゃなくって隊長!しっかりして下さい!!」
横山は石田の両肩をバンと叩き、喝を入れた。
横山の喝のお陰か、停止していた石田の脳内シナプス細胞が復活、瞬時に何十何百通りの考えが閃いた。
「葉月は何人か連れて、大急ぎで買い出し!!軽トラの使用も許可する!!」
「は、はい!」
「り、谷口は何人か引っ張って、教室、ハンガー、食堂の掃除!」
「り、了解であります」
「亜美は私と、後の残った人数で情報収集と歓迎用の鍋の下ごしらえ!!」
「りょ、了解!」
次々と少しおかしな指示を出す石田の迫力に圧倒され、四人はロケット花火の様に大急ぎで隊長執務室を飛び出した。
一方その頃。
新青森駅へと向かう列車に三人の学兵が乗り合わせていた。
三人は、石田隊が駐屯する高校のダッフルコートを羽織っていた。
「こうしてみると、皆さん頑張ってますね」と三人の中で一際背の小さい少女が、向かいの席に座っているバンダナキャップの少年に声をかけた。
「そうっスね。けど、かなり危ない橋の連続っスね」
自分達の配属先である石田隊の資料を読みながら、少年は答えた。
すると、通路を挟んだ隣の席からイビキの様な寝息が聞こえてきた。
顔を資料で覆い被せ、座席にゴロリと横になっていた学兵がいた。
「ちょ、ちょっとアニキ!ちゃんと資料読んだっスか?!」
バンダナキャップの少年は、慌てて学兵に尋ねた。
すると、学兵はもう読んだと言わんばかりに手をヒラヒラと振った。
どうやら新青森駅まで寝るつもりのようだった。
それを見た少年は、諦めたようにため息をつくともう一度資料を読み返した。
「本日は、JR青森鉄道をご利用いただき有難うございます。この先降雪により、当列車は安全確保のため徐行運転に切り替えます。到着予定時刻に若干の変更がございますので、ご了承願います。」
車内アナウンスから到着する駅順に、変更された予定時刻が流れた。
「ハァ、雪で徐行っスか。熊本や佐賀じゃ、中々体験出来ないっスね」と少年はぼやいた。
「え、えっと、長野の方とかはもっと凄いですよ?凄い時なんか二階近くまで雪で埋まっちゃいますよ」と、少女は少年の気を紛らわせようとした。
資料の隙間から二人のやり取りを見ていた学兵は、ヤレヤレと苦笑いを浮かべた。
シンシンと静かに雪が降り積もる中、列車は終点の新青森駅を目指した。
「へぇ、そんな事があったんだ。石田さんらしいというか」
山口から告げられた先の顛末について、軽トラックを運転する小島 航からは驚きというよりも半ば呆れた笑い声が出た。
「で、でもその新しく来る人達って、一体どんな人達でしょうね?」と中央席の竹内 優斗は笑いを堪えながら尋ねた。
「うーん、私もまだ詳しくは分かりませんけど、隊長や横山さん達が大急ぎで調べてるそうですよ」と助手席の山口は答えた。
不意に後方からコンコンとノックがした。
竹内が後ろを振り向くと後部窓から野口 直也が恨めしそうに覗いていた。
「どうでもいいけど、何で俺が荷台なんだよ!!」
若干鼻水を垂らしながら、前部席に向かって文句をかけてきた。
「いやいや、[どうせだから、席決めは公平にクジで決めよう]って言い出したの君じゃない?そうだろう、野口君」と野口の隣に座っていた岩崎 仲俊が、野口の文句をかき消した。
「いや、確かにそうだけどさぁ、お前はどうなんだよ!こんな一際寒くて、しかも雪が吹雪いてるこんな日に荷台だぞ!荷台!」
「うんうん、確かに結構吹雪いてるけれど、雪なら竹内君が僕たちの為にシートで作ってくれた屋根があるじゃないか」
確かに出発前、竹内の提案で荷台の二人の為にシートをスロープ状にした屋根を取り付けた。
「で、でも雪は良くても寒さはどうなんだよ!」
「うんうん、確かに今日は寒いけれど、寒さなら葉月さんが僕たちの為に毛布とカイロ、それにコーヒーをくれたじゃないか」
出発前
自分が提案したクジの結果にブツブツと文句を垂れる野口を後目に、岩崎は荷台へ先に乗り込もうとしていると「あ、俊君。待って下さい」と山口が呼び止めた。
「はい、野口君と二人で分けて下さいね」
山口から手渡された物は、二人分の厚手な防寒毛布と携帯カイロ、そして暖かい缶コーヒーだった。
「今日は寒いから。風邪引かないように、暖かくして下さいね」
「はい、有難うございます。葉月さん」
「確かに山口さんには感謝はするけどさぁ、荷台は無いだろ?荷台は」
岩崎に手渡された缶コーヒーを飲みながらも、野口はまだ文句を垂れていた。
「うんうん、でも君が[公平にクジで席を決めよう]って言ったからね。当然だよ、野口君」
缶コーヒーを飲み終えた岩崎が、野口の文句を切り返した。
「そりゃ、そうだけど。小島は、免許持ってるからクジは免除だけどさ。何故に俺とお前、竹内君だけでクジなんだ?」
「いやいや、葉月さんをこんな寒い荷台に乗せる訳にはいかないよ、女性は大切にしないと。当然だよ、野口君」
かれこれ出発してから、野口は同じ愚痴を繰り返していた。
「はいはい、文句はそこまで。もうすぐ商店街に着くよ」と運転する小島から、呆れ交じりに告げられた。
この時、軽トラが商店街に近くにつれ山口の目付きが獲物を狙う狩人の如く変容していったのは言うまでもない。
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昔コツコツと書いていたガンオケの小説です ようやく日の目を見ることになりました |
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