小説:眺むれば月ぞ残れる の一部
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 幼き頃から聡明であられたあのお方は、ずっとひとつの葛藤に苦しみ、それによって人生を終えられた。そのことはあのお方の運命を、そして私たちのそれもまた決することになった。

 

『大地は神々の時代から変わらず、海は水を湛えている。何故、人間は死を受け入れなければならないのか』

 

 

 

 

 神子が床に臥せってから既に二月が経とうとしている。布都も屠自古も自ら寝ずの番となりその様子を伺っていた。

 神子は日に日に衰弱していった。

 その姿を見るのはつらかったが、誰よりも一番つらいのは神子本人であろう。布都もまた尸解仙となる身ではあったが、不老不死の研究を主に行っていたのは神子であったため鉱物による体への影響は少なかった。

 神子に近づく死期の足音が布都にも聞こえるようであった。

 

 前日は屠自古が神子の傍についていたためこの日は布都の番であった。他にも女官は大勢いるが、一瞬でも神子の傍に居たかった。体力、気力共に限界はとうに超えていたが迷うことはない。神子と共に尸解仙になることを約束したから、そして、何より自身の気持ちがずっと神子を欲していた。既に彼女なくして自らは有り得ないのだ。

 

 神子の元へ向う前に彼女の行いを手元の巻物に全て記載していく。その全てが真実であったが、道教で得たその能力はあまりに卓越したものであったために後世では虚構だと思われるようになった。しかし当時の布都はそのことを知る由もない。ただひたすらに自身の目で見てきたものと神子を信じ、筆を進める。

 尸解仙の秘術は必ずしも成功するとは限らなかったが、布都にとってはむしろ楽しみであったと言っても良かっただろう。この後、いつになるか分からないが、神子と共にずっと眠り続けることが出来るのである。しかも、目覚めてからは永遠に彼女の傍に。これほど心踊ることはなかった。

これではまるで神子の死を望んでいるようではないか、そう心の中で自らを咎めながらも、もはや未来は変えられないのだろう。それを言い訳にして遠くない彼女の最期を待っている。

 布都はそこまでを思い、筆を止め自嘲をこぼした。何と浅はかで不敬な考えであろうか。この欲は恐らく神子に筒抜けであろう。

しかしそんな自分をこれより先ずっと傍に置くものとして選んでくれたのだ。

 今後何が起ころうとも必ず神子に着いていこうと思ったその時、屏風の向こうから慌しい足音が響いてきた。はっと背筋が凍る。

「布都様、太子様が―……!」

 駆け込んできた女官の顔色はすっかりなくなり、その額には珠のような汗が浮かんでいた。そのただ事ではない様子と言葉を聞くまでもなく布都は覚悟を決めている。しかしながら、やはり神子の死は恐ろしかった。もうこれで今の自分の役目は終わり、次のいつかの世に目覚めるための準備が始まる。神子のための死とはいえ彼女と共に死ぬことは出来ない。彼女を残し先に眠らなければならない。

 神子の死自体が恐ろしいというべきではない。あの、幼少の頃より誰よりも聡明で誰よりも寂しがりやの彼女を置いて、先に眠らなければならない恐怖だ。

「布都様、直ちに寝台へ―……」

「わかった、すぐ参ろう」

 女官が明かりを持って闇に沈む長い廊下を先導していく。外は雪の舞う静かな夜だった。明日は辺り一面真っ白になるのだろう。

「布都様?」

 廊下を歩いていたはずがいつの間にか立ち止まっていた。女官に声をかけられはっと顔を上げる。

 瞼の裏を、幼い神子と自分が、雪ではしゃぐ様が横切っていった。

 

 

「太子様、物部布都でございます」

 帳の奥へそっと呼びかける。蝋燭の灯が小さくなったり大きくなったりと不規則に揺れ、独特の香りを漂わせるために中の様子は窺い知れない。しかし、

「ああ、布都……。入って下さい」

 帳の奥から発せられた消え入りそうな声が全てを物語っていた。心の中で一瞬躊躇いが生まれたが、それを表に出さぬよう返答しその場で叩頭した。

 女官が帳を上げるのを待ち、頭を下げながら神子の寝台へと入った途端に布都はとうとう心の狼狽を抑えることが出来なくなった。苦しそうな息遣いでありながらも笑みを浮かべ、鎖をかけられたかのような動きの腕を持ち上げ、やっとのことで布団の上に差し出した。その姿を見た瞬間揺らいでしまった。しかしながらその反応を何とか一度の瞬きで飲み込み、口端を持ち上げて布団の上に置かれている痩せ細った神子の手に自らのそれを重ねた。

「忙しいのにありがとう、布都」

「いいえ、太子様のためならいつ何時でも布都は参ります」

 その言葉に神子はほっと息をつき、睫毛を揺らしながら軽く頷いた。彼女の動きのひとつひとつがかぼそい。

「ふふ、布都も屠自古も本当によく仕えてくれるわ、ありがとう」

「礼には及びませぬ!」

 あえて明るくしようとはしない。そういう姑息な手段を使おうとしても、神子はもう既に布都の内心を見抜いているだろう。

素直な気持ちを表に出した時、それは自然といつもの調子にすることが出来た。

 痩せ細った神子の手を軽く撫でてから姿勢を正す。神子は一度ゆっくりと瞬きをしてから深く息を吸い、そして彼女らしい静かな声で語り始めた。

 

 

 

説明
この本(http://www.tinami.com/view/389259)のみこふと漫画を文字化したものです。すごく・・・一部です・・・。すごく・・・妄想設定です・・・。都産祭の再誕ノ儀(霊-12)で出す予定の新刊です!漫画じゃなくて小説です・・・出来ればにゃんよしも・・・
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