さらばガンタンク |
今回の作戦を指揮していたのは、どうやら“赤い彗星”のようだった。
パイロットルームで、アムロ・レイがいつになく興奮して顔を紅潮させながら話すのを、ハヤト・コバヤシは他のパイロットやメカマンと一緒に聞いていた。そう言えば、北米を脱出してから、アジア、ヨーロッパでのオデッサ・オペレーションと、シャア・アズナブルの名すら聞かなかったような気が、ハヤトはしていた。それは、アムロ達他のクルーも同様だった。
アムロは、パイロットルームから引き上げる際に、背を向けたままウッディ・マルデン大尉が戦死したことを告げた。シャアのMSにやられたそうだ。
ホワイトベースの気密作業は、順調に進んでいた。ウッディ大尉初め、ジャブロー守備隊の決死の防戦で、宇宙船ドックへの敵部隊の侵入は阻止された。
降下したモビルスーツは28機。内、撃墜確認が21機、残る7機がまだ稼働中か、あるいは水没して消息不明か、どちらにせよ補給は不可能なので稼働時間を考えれば、もってあと一日で全機が戦闘不能になるだろうと、参謀本部が発表した。
これだけの部隊を単なる消耗戦に使うとは、まさしくアムロが言ったことを裏付けるようだった。
アムロが引き上げたあと、メカマンの一人がみんなを輪にして妙なことを言いだした。ハヤトも、その輪の中に入って聞いた。
「まだ秘密なんだけどさ、どうやら、キャノン二機積んでくらしいぜ」
カイ・シデンの方が、ハヤトより先に驚いた。
「え、誰が乗るんだよそれ、セイラさんか?」
「セイラさんはブースターだろう?」
ハヤトは、太い眉を顰めた。
「じゃ誰だ、スレッガー中尉か? まさかジョブってわきゃねえだろ?」
ジョブ・ジョンは、カイの皮肉を空かして首を横に振りながら、ハヤトを見た。
「ハヤト、君だよ」
「えっ、ぼ、僕が?」
あまりの突然さに、ハヤトの小さな目が取り残されそうになった。
「タ、タンクはどうすんだよ、タンクは。置いてくのか?」
「らしいよ」
カイもそれなりに驚いたが、話を切り出したメカマンは冷静に答えた。
「そうだよな、宇宙にキャタピラはいらねえよな」カイは肩をすくめた。
「なんでも、コアシステムを簡略化した、キャノンの量産型が開発されるらしくて、そのデータ収集が目的なんだってさ」
ジョブは、時折金髪をかき上げながら、訝し気に話した。
「どうするよ、ハヤト」
「どうするって、カイさん、キャノンでもタンクでも、どっちでも戦力的には変わらないと思うけど」
「そういうこと訊いてんじゃねえよ」
カイの腕が輪の間をすっと抜けて、ハヤトの肩先を叩いた。
「このままタンク置いてっていいのかって訊いてんだよ」
もし、メカマンの言うことが本当なら、先刻の戦いがハヤトにとってガンタンクでの最後の戦いになる。ホワイトベースは、気密作業が完了次第、宇宙に上がる。
ハヤトは、今一つ気持ちの切り替えが出来ないでいた。タンクを降りるにしても、もう少し活躍して納得してから降りたかった。いちいちMSに愛着を抱いていては戦争など出来はしないが、それにしてもタンクにはあまりにも思い出が多すぎる。どうにかなるものなら、してやりたいと、ハヤトは思っていた。
戦闘終了後のチェックアンドリポートの催促が、ブリッジのブライト・ノアから出た。蜘蛛の子を散らすように、パイロットルームは空になった。
翌日、ブライトとミライ・ヤシマは司令本部に呼ばれ、アムロ達パイロットクルーは、MSの総チェックを行なっていた。明日にもホワイトベースの気密作業が完了しそうだと、ウッディ大尉の副官ジェラルド・ベイツ中尉が言っていた。
タンクのチェックを終えて、二機目のブースター005のチェックを手伝おうとしたとき、ハヤトは昨日のメカマンの言ったことが本当だとわかった。
トレーラーに乗せられて、二機目のキャノンが運ばれてきたのだ。
「コバヤシ曹長、ハヤト・コバヤシ曹長はいるか」
ハンガーデッキの入り口で、ベイツ中尉が両手を口の周りに立てて声を張り上げていた。ハヤトは、それに負けないくらいの返事をすると、デッキへ下りていった。
「キャプテンから、こいつについて何か聞いているか?」
ベイツ中尉が後ろに向けた親指の先に、赤い見慣れたMSが横たわっていた。
「いえ、何も」
「そうか」
ベイツ中尉が手招きをしたので、ハヤトはあとについていった。
「君には、あれに乗ってもらうことになる。タンクは、こちらで引き取ろう」
わかっていたことだが、ハヤトは心の準備が間に合わなかった。恋人に別れてくれ、と言われたような感じが胸の奥を貫いた。
「詳しいことは、またキャプテンから話があると思うが・・・」
宇宙船ドックに、警報が響いた。第二次警戒警報、昨日の敵がまだ残っていたようだ。ベイツ中尉は、素早く腰の通話機を取った。
「状況は、・・・・・・わかった。ホワイトベースからも出てもらおう」
通信機を戻して、ベイツ中尉は忌ま忌ましく舌打ちをした。
「しまった、キャプテンは司令本部か。・・・コバヤシ曹長、今すぐ何かMSを出せるか」
ハヤトはデッキの方を振り向いた。ガンキャノンはABパーツばらし中、ガンダムに至ってはシステムすら立ち上げていなかった。ガンタンクだけは、先刻全てのチェックを終えたばかりだ。
「タンクなら出られます」
「了解した。ただちに君は出撃準備を。詳細は追って指示する」
「は、はいっ」
ベイツ中尉に背を向けて走りだしてから、ハヤトは笑みが絶えなかった。これでタンクの最後を飾ってやれる。
「ブリッジ、ガンタンク出るぞ」
アムロが、コクピット前で両腕を×の字にして首を振っていた。
この揺さぶられるような振動が、ハヤトはいつの間にか気に入っていた。一度オイル系のトラブルでショックアブソーバーが効かず、コクピット内で酔って吐いたこともあった。まだリュウと一緒に搭乗していた頃の事だ。
辛い事のほうが多かったが、今は全てが素晴らしい思い出だ。
「ガンタンク、コバヤシ曹長。第16モビルスーツ隊と合流してAブロックエリア34へ向かえ。以後はチャンネルSW4でリーダーの指示に従え。以上だ」
ワンウェイから、ベイツ中尉の指示が流れた。コンソールに指示を入力して、ペダルを踏み付けた。
後方、洞窟の陰から味方機が4機、量産が始まったジムというMSらしい。短めのライフルとシールドを持っている。先頭の隊長機は、ガンダムと同じライフルを持っていた。
「こちらガンタンク、コバヤシ曹長。チャンネルSW4確認、リーダー応答されたし」
ややあって、声高な応答があった。
「トーラスリーダーから、ガンタンク、コバヤシ曹長へ。第16モビルスーツ隊シェフィールド准尉だ。以後、作戦終了まで我が隊の指示に従ってもらう。君のコールネームはトーラスGTだ、どうぞ」
「トーラスGT、了解」
「期待してるぜ、ニュータイプ」
その言葉にハヤトは少し腹立たしくなったが、期待されていることに重圧を感じ始めた。ホワイトベース、イコール、ニュータイプという認識が、連邦軍内に行き渡っているようだった。
「トーラスリーダーからトーラスGT、フォーメイション合わせよろしいか?」
「トーラスGT、了解した。F3Bで照合されたし」
ガンタンクを取り囲むように、4機のジムが配置に着いた。
「敵MSは4機。地上でエリア34のハッチをいじくってるようだ。迎撃するぞ」
人工的に造られた洞窟の中を、リーダー機が先頭に立って最大戦闘速度でMS隊は進んでいった。
「前方に障害物、全機その場で停止せよ」
昨日の爆撃の影響か、洞窟の天井が崩れ落ちて行く手を塞いでいた。
「迂回している時間はないな・・・。二番機、三番機、FSを解除しろ。攻撃用意」
中列をなしていた二機のジムが前に出た。
「一機分の幅でいい。撃て」
銃口からプラズマが走り、短いビーム粒子が小刻みに発射された。集束率が低いのか、出力が弱いのか、岩を破壊するどころか削り取る程度にしかならなかった。
「だめです。岩が大きすぎて、これ以上撃つと戦闘時まで持ちません」
シェフィールド准尉の舌打ちが聞こえた。
「くそっ、なんてこった」
「僕がやります」
ハヤトは、タンクを前進させた。
「こいつの火力なら、いけるでしょう」
「そうか、頼む、コバヤシ曹長。全機、タンクの射線上から退避せよ」
このくらいの岩なら、肩の長距離砲数発で砕けるだろうとハヤトは踏んだ
「FS解除、三番機もう少し下がって」
左後方のジムがじりじり後退していった。
「・・・この辺、だな」
道を塞いでいる、一番大きな岩の塊の中央やや左下に、ハヤトは照準を合わせた。
鋭い轟音と共に、両肩の砲身から同時に砲弾が発射された。レシーバーから、驚きにも似た低い歓声が聞こえた。
「な、なんて火力なんだ。重戦車並みなんてもんじゃないぞ、ありゃ」
岩は見事に砕け、右端に出来た隙間の向こうに、エリア34のハッチが見えた。
「よし、全機再起動してあとに続け」
最後のジムが隙間を抜けたとき、司令本部から連絡が入った。
4機の敵MSは、攻撃を仕掛けにきたのではなく、救助を求めていることがわかったのだ。即座に作戦は中止、敵兵士とMSの回収作業に切り替わった。もちろん、彼等は捕虜として扱われるのを覚悟の上だが、こんなジャングルの真ん中に本隊から置き去りにされるとは、ハヤトには少し同情の余地があった。
帰投後、ハヤトはタンクをハンガーデッキに上げようとしたが、整備員に止められた。もうハンガーデッキは満員だったのだ。二機目のキャノンが、機体番号も瑞々しく並んでいた。
「御苦労だったな、ハヤト」
ブライトが、コクピットから降りたハヤトの肩を叩いた。
「それは、こいつに言ってください。ブライトさん」
ハヤトは振り向かなかった。明日までに、新しいキャノンの調整を済ませなければならない。徹夜覚悟でないと、ホワイトベース出航までには間に合いそうになかった。
シェフィールド准尉の感嘆が、後ろで聞こえた。ハヤトは、少しだけ誇らし気に胸を張り、ハンガーデッキに向かった。
「お疲れさん、ガンタンク。・・・ありがとう」
もし、戦争が終わったら、あいつを引き取って恩給で博物館でも建てるか。ハヤトに小さな夢が出来た。
copyright (c)crescent works 1995
#G001
説明 | ||
1995年作品。 パートV劇場公開当時、何の説明もなしにガンタンクが出てこなくなりました。 なんでかなとは思いましたが、誰も異を唱えることなく、そのままガンタンクはなかったことになってしまいました。 それではかわいそうと思い、こういうサイドストーリーを思いついたわけです。 ハヤトの性格からして、思い出の多いガンタンクを置いていくことは、多聞に感慨深いものがあったに違いありません。 その辺をすっきりさせてやろうというのが、最後の一文につながっています。 |
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