明日に向かって撃て! 【八方ふさがり】
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【八方ふさがり】

 

 

 車体に[犬の美容室]というシールを張った白いバンが、最近よく目に付くようにな

った。

 室内で飼う犬が増えて、家族も同然。

 子供が中学生・高校生ともなると相手にしてもらえなくなり、その代用として飼い始

める人が多い。そういった人たちは大型犬を好む。子供が巣立ち夫婦ふたりの生活にな

った人たちは中型犬から、老夫婦の場合小型犬を好む傾向にあるらしい。

 老夫婦にとっては、愛犬を駅前の美容室まで連れて行くのが大儀だ、と思う人が多い。

 大型犬の場合は、シャンプーをした帰り道で地面に寝転がられて土やごみで汚れてし

まったり、植え込みに突っ込んで草まみれになられたのでは、腹立たしいことこの上な

い。

 よって、少しの間だけでもシャンプーしたてのまま過ごせるように、車での送迎を考

えるらしい。

 シャーロックは、風呂場でシャンプーをする。小型犬なので洗うのは楽だ。

 

 さて、そのバンである。

 散歩をしていると再び出会った。町内をぐるぐる回っているらしい。目的の家が見つ

からないのだろうか。ちょいと中を見ると、中年の男女が乗っていた。視線が合うとす

かさずそらされた。

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 ペットの捜索願いは、ぼつぼつとではあるが相変わらずあるものだ。

 今回は珍しく大型犬である。しかも日本では珍しい犬。

 ディズニー映画『101匹わんちゃん』で有名な、ダルメシアン、である。男前(イ

ケメンといってはいけない)で中高年女性に人気の高いスポーツ選手と同じ、『ダルち

ゃん』という名前を付けている。

 かなり目立つ犬だからすぐに見つけられそうなもんだが、1週間前にいなくなってか

ら、飼い主は近所を捜し回っても何の情報も得られず、俺のところへ持ち込んできた、

というわけだ。

 昼間は庭に放し飼いをしていて、その間にいなくなったという。

 俺としては、もう時間が経ち過ぎていて、なんともしがたい、といった気分だ。

 

 ソファに座り壁に貼ってある市内地図を睨みながら、どちらの方角からあたってみよ

うかと迷う。こんな時にはダーツを投げるに限る。その方法で株式銘柄を選ぶと、証券

アナリストのポートフォリオに頼るよりもよっぽどよく当たる、と言われているらしい。

 試しに投げると、隣の高槻市にそれた。そんな所まで飼い慣らされた犬が行くわけな

い。目撃情報がないというのだから、山に入ってみることにした。

 シャーロックはいつものように小沢耕作さんに預かってもらおう。鼻が使えないとい

うのは大きな痛手だが、短足胴長ときては山歩きはきつかろう。

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 午前中に山道を歩きまわったが、予想通り何も分からなかった。そのまま公園に立ち

寄ってシャーロックを受け取って帰ることにした。

 

「ありがとうございました。シャーロック、ご迷惑かけませんでしたか?」

「お疲れさんでしたな。その様子は成果なし、ってとこでんな」

「もう日が経ってますし、なんも分かりませんでしたわ。おらんようになった日に見か

けた人もいてへんし、けったいなことです」

 

「それやけどなぁ、ここに来るスズメがさえずってたんやけど、3丁目のドーベルマン

がおらんようになったし、1丁目のボルゾイも行方不明なんやて。変やと思わんか」

 さすがは小沢耕作さん。一日無下にボーッとしてるわけではない、というのが頼もし

い。きっちりと耳を澄ませているのだ。年の甲というより、性格によるものだろう。

 

「それで思うんやが、今はもう見かけんけど、少し前まで犬の美容室、て書かれた車を

よう見かけたんやが、知ってるか」

「僕も見ました。けど最近は流行ってますから」

「それやがな。犬泥棒とちゃうんかいな、と考えたわけやな」

「素晴らしい推理ですね」

「コナン君は新聞を読まへんみたいやけど、ブリーダーちゅうんがおって、珍しい犬を

繁殖さして、たこうで売るんやな。頭数が少ないよって血縁が濃うなってくるさかい、

病気で死にやすうなってきてるんやて。それでそういった犬が少ないんで、喉から手が

出るほどに欲しいらしいわ」

「たいていの犬は家の中で飼われてますし、庭に出すんは昼間だけとゆうんがほとんど

ですわ。昼日中にどうやって大きな犬を連れ出すんですか。住宅街やゆうても人通りが

結構ありますし。それこそ人目につきます。そんな目撃情報はなかったですよ」

 

「そやから犬の美容室、なんや。いくつかほんまの店はあるやろうけどな、そう思わせ

といて犬を盗み出す。誰も気にせえへんやろ。たとえ見てたとしても、認識してなかっ

たら見てへんのと同じや。これを『注意の錯覚』ゆうんやな。学問としても立派に研究

されとる事や」

「よくご存じで」

「無駄に時間過ごしてるわけやないからな」

「ふゥーん。もしそうやとしたら、そんな車が再び現れてくれんことには、犬の行方は

分からんちゅうことですかねぇ」

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 それ以降も[犬の美容室]と書かれた車は時々見かけるが、市内で営業している身元

の確かな店ばかりだった。

 ダルちゃんの捜索願いを受けてからもうひと月になろうとしている。今回ばかりは打

つ手もなく、クライアントに推理だと断わって内容を報告した。

「繁殖犬にされたとしても、平穏に生きてくれてたらいいのですが」

 寂しげな表情が忘れられない。

 

 誘拐されて繁殖を目的に飼育されているのだとしたら、おそらく、おそらく狭いケー

ジに入れられて運動もできず、狭いケージに入れられたまま車や飛行機で運ばれて交尾

だけの目的を果たすと、また戻されて。 交尾能力が無くなったら・・・まだ若いうち

であれば欲しがる人もいるであろうが。

 欲しがる人がいるから無理な繁殖を強いる。

 

 どうしようもない気分が続く。仕事がうまくいかなかったこともあるが、仕事自体の

依頼件数がここんとこ少ないことも加わっている。

 くさくさした気分の時は喫茶“憩い”に行きたいものだが、緑ちゃんに会うのがつら

くなってきていることもある。

 なぜかというと、こんな俺でも夢ばかりを追いかけているわけではない。現実に目を

向けると、このように不安定な収入の探偵仕事を続けていていいのだろうか、と。この

ままでは、自信を持って緑ちゃんにプロポーズできっこない、と思うようになってきて

いる。

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探偵小南の活躍、なし。第六弾
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