「提案なのだが、このままリーンボックスに留まり、この大陸の女神グリーンハート様を信仰してみる気はないかね？それにもし煉君さえ良ければだが、グリーンハート様の護衛役になってもらいたいのだが。」

「…とりあえずその提案を挙げた理由を教えて下さい。」

俺は教院長さんから理由を聞いたわけだが、彼の言い分を要約するとこんな感じになる。彼の提案の前者「グリーンハートへの信仰」の理由は至って単純明快、人ひとりが女神様を信仰するだけで、その信仰された女神様はその分だけ力を獲得しそれだけ街が豊かになっていく。その糧となれる人物が今目の前にいるのだから彼が勧誘するのは至極当然のことである。

さて、問題になるのは後者の「グリーンハートの護衛」についてだ。どうして教院長さんがそのような大役を俺に与えようとするのか……その理由はどうやら俺の「態度」と「経歴」にあるらしい。

「レン君も分かっているだろうが私は長年この協会で教院長を勤めている。そして私はグリーンハート様を一身になって信仰し、常に精進しながら生きて来た。しかしその為なのか周りの輩からは厳格そうな人間としか思われなくなり、会話する際にもどこか挙動不審で目線を合わせない者ばかり。確かに私の態度や口調にも問題があるだろう、だからと言って私の行動に一々臆してしまうのもどうだろうか？」

「そこに俺が登場というわけですか…。」

「うむ、その通りだ。初対面であるにも拘らず、レン君は私の外見や態度に臆することなく堂々と立ち振る舞い、私の予想を裏切って圧倒さえして見せたのだ。そんな君に興味を覚えないはずがない。」

その…なんというか……教院長さん、すみません。堂々と立ち振る舞ってたわけじゃなくて、早々にあなたとの会話を終わらせようと適度に頑張っていただけです。ぶっちゃけ遊び心半分で適当に話していただけです。(笑)

「そしてレン君が先ほど話してくれた記憶喪失の件だ。君が意識を取り戻した場所はラステイションのダンジョンの中だと言った、それならばモンスターには遭遇したかね？」

「えぇ…まぁ…それなりに。」

「では戦闘には入ったのかね？」

「はい、確かに戦闘を行いました。偶々そこで遭遇した人(ノワール)に援護してもらい、無事モンスターを倒せたって感じですね。」

「そこだよ！！」

途端に教院長さんが俺に詰め寄り両肩を掴んできた。ちっ、近い、主に顔が！ちょ、誰か助けて！！

「記憶喪失ということは当に赤子も同然、そんな人間がモンスターと遭遇すればほぼ間違いなく逃げ出すに決まっている。なのに君はモンスターと果敢にも戦闘を行い、あまつさえ勝利を収めたのだ。それだけでも十分に素晴らしいのに、君は更にその後もモンスター達の討伐を行って自分自身を磨いているのだろう？」

「まぁ確かに報酬を得るため、クエストに参加してモンスター退治を行っていますね。教院長さんはどうしてそこまでのことを知っているのですか？話していないはずですけど…。」

「それは私の推測になってしまうのだが、君の立ち振る舞いと雰囲気、それに武器の使用頻度からそう思ったのだ。具体的に説明するのは難しいが、長年生きていると曖昧ではあるだがそんな空気を見て取れるようになってくるのだよ。」

歳を取るだけでそんな能力が手に入るのですか！？ある特定の人間は３０歳を超えるとクラスチェンジして魔法使いになれるとはよく言うが、その魔法使いの能力の一つなのだろうか？だとしたら魔法使いって何でもアリなんだな…、俺も早く歳取って魔法使いになりたいね。

「レン君はまだ戦闘経験が少ないようだが、それでも稀に見ないスピードで成長する力を秘めているようだ。やがて誰もが知る程の人材に成り得るかもしれん、私はそんな力を持った君にグリーンハート様を手助けして欲しいのだよ。」

「教院長さんは随分と買ってくれているみたいですが私はそこまで大した人間じゃないですよ？」

「謙遜する必要はない、それに君は運にも恵まれているかもしれん。ダンジョンの中で記憶喪失になっていたというのなら数分、いや数時間単位で気を失っていたに違いない。そんな無防備な状態を晒しているにも関わらず、モンスターから襲われることもなく今こうして私と無事に会話が出来ているのだ。これを幸運と呼ばずして何と呼べばいいのかね？」

ヤッベー、適当に話した嘘からめっちゃ過大評価されてます！もう今更「さっきの話は嘘wwwうはっ、騙されたイヴォワールまじワロスwww」とか言えるわけないし…、もう白を通すしかないか…。

「君の立ち振る舞いに態度、能力全てが今我が協会が欲しているグリーンハート様の護衛に適しているのだよ。任命されてみる気はないかね？」

「…今すぐには決めかねます、少し時間を頂けませんか？近いうちにまた協会を訪れますので、その時に返事をしたいです。」

「それで構わない。次に会った時に良い返事を期待しているからね。」

…さて、どうしたものか。グリーンハートの護衛？実際のところ護衛ってどんなことするんだろ？護衛と言うくらいだから基本的に女神様を守る仕事が多いのだろうけど、果たしてそれだけ済む仕事なのだろうか？

まぁ今すぐに決めることでもない、暇な時にでもじっくり考えてみればいいさ。それにしてもリーンボックスに来てまだ初日なのに面倒なイベントが発生したもんだ、こんな調子で俺はこの大陸でやっていくことが出来るのか？

「あぁ、言い忘れていたがリーンボックスにはゲイ・マーズという素晴らしいお店ｇ「今日はお話ありがとうございました！失礼します！！」あ、あぁ、またね。」

バタンと勢いよく扉を閉め、俺は協会からの脱出に成功した。まさかイヴォワールの粘着性があそこまでレベルの高いものだったとは…、危うく会話の無限ループに突入してしまうところだった。あの人と次に会話する際は絶対に話の優先権を譲ったらいけないな、硬く心に誓っておくとしよう。

協会を出た俺は当初の予定通りクエストでも受けようとアニメエイトに向かった。思った以上に協会で時間を食ってしまったわけだが、それほど推奨レベルの高いクエストでなければ日が落ちる前に問題無く帰って来れるだろう。今日は結構歩き回ったことで疲れも溜まってきていることだし、低レベルのクエストを一度だけやって後は大人しく宿に戻ることにしよう。

「待て〜○○ちゃん〜〜！」

「待たないよ〜□□く〜ん♪」

「こっちにおいで〜♪」

アニメイトへ向かっている途中、俺の前を横切っていく子供達。どうやら鬼ごっこをしているようだ、子供達はみな楽しそうに街中を駆け回っている。

無邪気な子供達の姿を見ているとなんだか荒んだ心が癒さていくようだ。俺も中学生の頃まではあの子達と同じような清らかな心を持った元気一杯の青少年だったはずなのに…、一体どこで道を踏み間違えたのだろうか……。

今にして思えばこのような光景はラステイションでは見れなかったな、やはりラステイションとリーンボックスでは環境の差がどうしてもものを言ってしまうのだろう。

晴れることの無い曇り空、荒んだ空気、そびえ立つ数多の工場、ラステイションの持つこれらの特性は子供達に取って弊害にしか成りえない、これでは外で遊ぶ子供達の人数が減少するに決まっている。対して、広がる青空に清んだ空気、街の至る所に綺麗に並び聳え立つ木々たち、余裕を持って作られた歩道、リーンボックスのこれらの特性には内向派の俺ですら思わず家から出てヤッフーしたくなるってもんだ。

「やべぇ〜今度の鬼は××かぁ〜、アイツは足早いから大変だぞぉ。」

「きゃ〜こっちに来た〜、誰か助けて〜！」

「うわぁ〜こっち来るなぁ……、ってあれ？」

「なんで私だけ追ってくるのよ〜！」

「××の奴、鬼になってからずっと△△しか追いかけてないぞ、なんて卑怯なんだ！！」

「「「汚いな流石××きたない。」」」

「汚いは…褒め言葉だ…。」

子供達の会話が途中から変になった気がするのだが…まぁ些細なことなのだろう。俺は改めてアニメエイトへと向かった。