仮面ライダーオーズ 旅人と理由と3人のライダー[007 迷いと希望と人質]
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映司は、遠い昔のことを思い出していた。

 

――――自分達は、命あるものはいつかは死んでしまうということ

 

――――その日が来るまでは、絶対に全力で生きなければいけないということ

 

両方とも、幼少時代に父から聞かされた言葉だった。当時の自分でも、それらの言葉の意味は分かっていた。生きることと死ぬこと。たった一つだけ与えられた命のスタートとゴール。絶対に逃れることの出来ない、一種の運命。

 

ただ、それだけを理解していた――――それだけである。その厳粛な運命の中身、重さ、運命を終えた時に及ぼす影響。自分はそれらを一切理解していなかった。

 

それを思い知らせる光景が今、映司の目の前の光景に広がっていた。

 

「……」

 

目の前にあるのは、この村のシンボル――――制作者が、いつか訪れるであろう平和を願いながら作った塔。

 

その前の広場に集まるのは、この村に住まう人々。

 

全員が注目しているのは、一人の女性――――カルの妻であり、ルゥの母親であるサラの遺体が入れられた一つの木の棺。

 

今、映司の目の前で、一人の女性の葬儀が行われている。

 

最前でこの地域特有の儀礼を行う男性の傍らにはカルとルゥが目を閉じながら何かを祈っているのが見える。

 

「……」

 

映司は、それを葬儀に参加した人々の間から見つめていた。周りから聞こえる人々のすすり泣きが重苦しい空間に痛々しく響いている。

 

彼らの表情は見えない。見えないが、彼らの背中からはこれまでの生活で感じ取れた温かさも優しさも感じられない。

 

そこから感じるもの――――大切なものを失った悲しみ。

 

手に触れることが出来る距離にいるのに、もう二度と会話をすることが出来ない。途方も無い絶望感が支配しつつある、そんな悲しみ。

 

それは、人との繋がりを大事にしてきた映司にとっても重々理解できた。同時に、言葉の意味でしか知らなかった人の死の中身を知った。

 

――――吐き気がするほど、重い

 

言葉で表すのも生温い。そこに妙な理屈など生まれるはずが無い。

 

それが、人の死。

 

その人自身が積み重ねてきた善行も、犯してきた罪も、泣いたことも、笑ったことも。何もかもが、無かったことになる。何十年と歩いてきた道も、その一言でなくなってしまう。

 

重すぎる過去に似合わない――――軽すぎる別れ。

 

「(どうして……こんな……)」

 

映司にとって、サラと過ごした日々はほんの一週間ほどだった。そのほとんどがルゥと一緒に話していただけだったが、それでも彼女は自分達の会話を柔らかい笑顔で見守ってくれていた。遠く離れた場所にいる自分の母親を思い出すほど、家族を温かく包み込んでくれていた彼女。

 

そんな彼女は、紛争の流れ弾に当たってこの世を去ったらしい。

 

――――旅の話をもっと聞かせてあげたかった。

 

――――御礼を言うこともできなかった。

 

どうしようもない、取り戻すことが出来ない時間を悔やみながら、映司は底が見えない後悔の渦に飲み込まれていく。

 

「エイジ……」

 

その最中、映司を呼ぶ声が聞こえた。

 

我に返った映司の右手をつつみこむ、小さな掌に目が行く。

 

「ルゥ……?」

 

「エイジ、もうお葬式終わったよ?」

 

その一言に映司は辺りを見渡す。そこには、先程まであった人ごみが全く無かった。葬儀を終えたことにより皆自分の家庭に戻っていったのだろう。周りが動き出したことに気がつかなかった自分は、一体どれほど自責の念にとらわれていたのだろう。ふと、そんな考えが浮かぶ。

 

「そっか……」

 

一言が、重かった。本当に自分が出した声なのだろうかと思うくらい、その声を疑った。

 

「エイジ、ママにお別れの挨拶しなきゃ」

 

それを言うと、ルゥは映司の手を引きながらサラが眠っている棺へと歩いていく。

 

「……」

 

棺の前に立った映司を襲ったのは、先程以上の後悔の念。それをした所で彼女が戻ってくるはずがないのに、それを繰り返す自分の女々しさに嫌気がさした。

 

「(どうか……安らかにお眠りください……)」

 

日本なりの儀礼で、彼女に語りかける映司。自分を責め立てるよりも、このことが大事だと思えたのは奇跡といってもいいほどだったかもしれない。

 

当時の映司は、それほど未熟だったからである。

 

「エイジ……」

 

サラへの一礼を終えた映司に、ルゥが話しかける。

 

「ん……?」

 

「エイジ……ありがとう……」

 

「え……?」

 

「ママのために……凄く悲しんでくれて、ありがとう……」

 

映司は、驚愕する。

 

自分より、悲しいはずなのに。

 

年相応の少女らしく、もっと泣いてもいいのに。

 

彼女は、映司にお礼を言ったのである。

 

「きっと、ママも喜んでいるはずだよ。まだそんなに時間が経ってないのに、こんなに私達を思ってくれる人がいるなんて、すっごく幸せだったと思うよ」

 

「ううん……俺はなにもしてないよ……」

 

謙遜する映司。事実、映司にはそれほど大きなことをしたつもりはないのだ。感謝などされる価値もないだろうと思う。

 

それでも、ルゥの言葉は救いとなった。ひたすら自分を責め続けていた映司にとって、それがどれほどの救いとなったか。そのルゥの言葉にむしろ、映司の方が感謝を覚えたくらいだった。

 

「……ルゥは、もうママに挨拶できた?」

 

「うん、もう言ったよ」

 

「……そっか」

 

どこまでも成熟しきっているルゥの行動に、映司は頭が下がる思いで一杯だった。自分よりも、彼女の方が年上であるような感覚を覚え、情けなく感じてしまう。

 

「ルゥは、強いね……」

 

「え?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

独り言を誤魔化すように、苦笑いを浮かべる映司。ルゥはよく判っていなかったのか、映司の顔を不思議そうに眺めながら映司の手を取ると、二人は家へと戻っていこうとした。

 

「エイジ……」

 

その時、カルが映司の元へとやって来た。つい先程まで泣いていたのだろう。真っ赤に腫れ上がった両目を見て、映司の胸の辺りがズンと重くなる。

 

「カルさん……もう、大丈夫なんですか……?」

 

「心配をかけてすまない……もう大分落ち着いた」

 

彼の声の調子はいつものそれに近いものだった。こんな言い方は不謹慎ではあるが、自分が思っていたよりも元気そうな表情を見て、映司の心も幾分か軽くなった気がした。

 

「少し、二人で話せるかな……?」

 

「え……?」

 

「君にとって、大事な話だ」

 

普段通りに、しかし重々しく話す彼の口振りに、映司は有無を言わずに頷く。それを見たカルは映司とルゥに加わり、帰路へと着く。数分間歩き、家に着くと、ルゥには部屋に行くように仕向ける。

 

そして、ルゥが部屋に入ったことを確認すると、カルは映司に向き直って、その口を重々しく開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、夕日が村を赤く染め上げていく時間となった。この時間帯になると、村人達は夕食の準備にとりかかるため、外に出ている者はほとんどいなくなる。

 

それはカルにルゥ、映司も同じだった。カルが取ってきた野草や魚を映司が料理する。調味料の類はほとんどないため焼いた魚には簡単な味付けを行い、野草は食べれそうな部分を残してスープ用の湯の中に入れるといったシンプルな内容だった。

 

シンプルさ故に食事の準備もあっという間に整い、夕食の時間となった。カルがルゥを呼んで来たため、料理が一番温かい時に食事を開始することが出来た。

 

「ルゥ……」

 

やがて、食事が終わると同時に映司が口を開いた。

 

「なに?」

 

「実はさ……」

 

続きの言葉を紡ごうとしたものの、映司はそこでどもってしまった。何を言おうとしているのかを聞こうとするルゥの瞳から視線をそらしながら、続きの言葉をなんとか探そうとする。

 

そんな間が支配した後、映司は意を決するように唇を噛み締めた。

 

そして―――――

 

「俺、もうこの村を出て行こうと思うんだ……」

 

 

 

 

サラの葬儀から帰宅した後、映司はカルに重大な話があると言われた。その内容は――――この村を一刻も早く立ち去ること。

 

カルいわく、この村は紛争地帯と言われつつも比較的安全な場所だったそうだ。故に、万が一の事態に備えての避難所へ身を隠すのみで事を得ていたようなのだが、安全圏と思われていた場所でこのような事態が発生したのである。

 

もはやこの地域も安全と呼べるかどうか、かなり怪しい。怪しいと呼べる以上、身動きが取り辛くなる。旅人である映司はなおさら動けなくなり、さらに時間を重ねればますます動き辛くなるのは目に見えている。それを見越してのカルの意見だった。

 

ただ――――映司自身は、その意見の回答に悩んだ。

 

カルの言うことは、的を射ている。だが、自分が感じた恩を返せないままに、映司はこの村を去ることを望んでいなかったためだ。

 

自分自身が感じた人と人との繋がりは、一方的なものでは成立しない。ギブアンドテイクという言葉があるように助けてもらった以上こちらも何か手助けになることがしたいと、映司は思っている。

 

自身の我侭としか言い様の無い考えだが、それが映司の行動力の源なのだ。だから、映司はすぐに答えを出すことを渋っていたのである。

 

だが、結果として、今の映司に出来ることなど何があるのか。自身を見つめなおしてみても、何も思い浮かばない。唯一の利点といえる旅で身につけた体力も、戦況により変化を繰り返す場所では安定した長所にはならないのだ。それに加え、自分の身を自分で隠す技術を身につけている村人達に加わってそれを持っていない映司が加わってみると、身を隠せないばかりに犠牲者が増える可能性だってあり得る。

 

自身の我侭につき合わせることで、誰かが犠牲になるくらいなら。

 

映司は、そう言ってこの村を出て行くことを決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

映司の言葉を聞いて、ルゥは黙り込んでしまっていた。共に過ごしてきた時間は短かったが、それでも本当の家族同然の付き合いをしてきたのだ。母親がいなくなったうえに、今度は映司がいなくなったら、彼女は1日で家族を2人も失ってしまうことに他ならない。

 

今、ルゥの心中がどれほどのものなのか。都合のいい言い訳をただ並べていなくなろうとしている映司には想像もつかないものだろう。

 

「急に言って本当にごめん……」

 

言い訳をするつもりもない映司には、謝ることしか出来なかった。大人になるために学んだ汚い知識が映司の胸をしめつけていく。自分が逃げるために、汚さを知らない少女の心を傷つけたのだ。彼女の口からどんな罵倒が飛び出してきても、映司は黙って聞き入れる。

 

あまりにも軽すぎる罪滅ぼしだと、映司は胸の中で皮肉的な笑みを浮かべた。

 

そして、ルゥの口が開くと――――

 

「そうなんだ……」

 

あまりにもあっさりとした言葉が出てきた。想像していた内容の言葉と違っていたため、映司は一瞬何を言っているのか判らなかった。

 

「もう足の怪我も綺麗に治ってるし……うん、大丈夫だね」

 

「ルゥ……」

 

「もう、怪我しちゃ駄目だよ?エイジのパパやママやお友達が悲しい顔しちゃうからね?」

 

ルゥの声は、いつも通りの声だった。映司の突然の発言に取り乱すことも無く、悲しむことも無く、いつも通りの彼女の声だった。

 

「うん……分かった」

 

「本当?約束だよ?」

 

「うん……約束」

 

純粋な笑顔を映司に向けながら、ルゥは小指を差し出してきた。以前に映司が話した指きり――――友達と交わす、約束のしるし。

 

映司は自身の小指をルゥの小指に絡める。それを確認すると、二人は一緒に歌を歌い始めた。

 

『ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたーらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!!』

 

歌が終わると同時に、二人の指が離れる。「えへへ」と笑うルゥに対して、映司も笑顔で向かい合う。

 

だが、全てを許してもらったわけではないと言いつけながら浮かべた笑顔は無理矢理で、今にも泣き出しそうな笑顔だった。

 

「じゃあ、私お守りつくってくる!エイジが旅でまた怪我しないようにお守り作ってあげるね!!」

 

「あはは……なにも言えないや……じゃあ、お願いしようかな?」

 

渇いた笑い声で、映司は応える。そんな彼の答えにルゥは「まかせて!!」と意気込んで自分の部屋へと戻っていく。その背中が完全に見えなくなった後、映司は右手をこれでもかというほど強く握り締めていた。

 

「エイジ……」

 

「カルさん、俺……こんなにも自分の選択に自信がないのって、初めてです……」

 

「……」

 

話しかけたカルに、心苦しそうな表情で歪める映司は応える――――気丈そうに振舞っていても、自分達の前で何気ないように明るく笑っていても、それが彼女の本心でないことはよく判っているつもりだった。ほんの少しの時間だったが、自分達は家族だった。だからこそ、その表情が心の底からのものではないことも理解していた――――結局、今の自分が出来ることに正しい答えなど全く無かったのだ。

 

「……私は少し席を外す。君は用意を整えておきなさい」

 

それだけつぶやくと、映司の返答を待たずにカルはその場を立ち去った。彼なりの気遣いだったのだろう――――この家族で唯一の男である彼だからこそ、今の映司の心境を理解していたのかもしれない。

 

「……ありがとう、ございます……」

 

誰もいなくなってから、映司は独り言にように呟いた。言うべき時にはっきりと言う事ができない自分に情けなく思いつつも、映司は与えられた時間を無駄に過ごそうとはしなかった。

 

再び旅立つ準備は、もう既に出来ていた――――心の中の整理を除いては。

 

「少し……散歩してくるか……」

 

この気持ちが変わらない以上、自分は満足に旅立つこともできないのは判りきっている。同時に、旅立つ機会を与えてくれたカルとルゥに失礼でもある。

 

故の、気分転換だった。こんなことで気が紛れるか判らないが、それでも何かをしないよりはよっぽどましだろうと考えていた映司は、頭を大きく左右に振ると、早足で家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フラフラと、映司は村の中を歩いていた。行く当てもないまま、沈んだ気持ちのまま、いつもよりもはるかに小さい歩幅の彼は今にも倒れそうなほど、弱々しかった。

 

どれだけ歩いても。

 

どれだけ頭を振るっても。

 

結局は、ルゥの顔が頭に浮かんでくる。

 

 

見た目よりもずっと成熟した思考を持っていた彼女。一体、どのような生活を送ってきたのかなど、想像もつかない。だが、少なくとも今映司が感じているものよりも、はるかに重いものに違いない。

 

それを、映司は知らない。故に、その重さに立ち向かう力が無く、立ち向かおうとする者の負担を心の底から理解してあげることも出来ない。

 

――――自分は、どこまで非力なのだろうか。

 

旅をしてきて、それなりに知識を積んだつもりだった。

 

人と人との繋がりを尊重し、その人を助けることに奔走したこともあった。

 

けれども、これほどまで自分が無力感を感じたことはなかった。結局は、それほどの世界しか知らなかったこと。当然である、映司が旅をしてきたのは、このような紛争地域以外の国のみなのだから。

 

「あ……」

 

気づけば、映司は川にいた。ルゥが溺れていて、映司がそれを助けた、二人が初めて出会った場所。

 

この地域を通ろうと思ったのは、たまたま次の目的の場所の最短かつもっとも安全なルートだったからだ。通ろうかどうしようか迷っていた時もあったが、この道以外はどこも紛争がここより激しいものであったが故にこの道を選んだ。

 

言わば映司がこの道を選んだのは、時の流れが積み重なった偶然。

 

その偶然の中でルゥと出会ったのは、奇跡といってもいい。

 

偶然に偶然を重ねた先で、自分はルゥを助けた。

 

それなりに経験を重ねてきた自分は、このような地域でも充分に人を助けることが出来る力を持っていると感じていた。あの時、ルゥに伸ばした手で映司はルゥを助けることが出来たと思っていた。

 

だが、ルゥがどれほど苦しい思いで生きてきたのか、判らない。本当の意味で、彼女を救うことが出来たとは到底思えない。結局は、自分の自惚れに過ぎなかった。

 

「……どこに行っても、こんな考えしか出てこないんだな……」

 

見る景色を変えれば、自分の無力さに対する後悔から逃れられると思っていた映司の思考はあっさりと切り捨てられていた。忘れようとすれば忘れようとするほど。考えれば考えるほど、自分の非力さが際立っていき、思考の呪縛に身を奪われていく。

 

正直、自分のことを他人のように感じていた。こんなにも冷たい人間がいるんだな、と頭の中で、もう一人の人格が呟いているような錯覚を抱く。

 

――――こんな時……あの人はどうしたのかな……

 

どこまでも、青い空が似合う男性。

 

幼き頃の自分を、孤独という地獄で苦しんでいた自分を救い出してくれた男性。

 

――――彼ならば、ルゥを救えるだろうか

 

――――紛争で苦しんでいる人々に、心の底からの笑顔を思い出させることができるだろうか

 

答えは簡単――――可能である。今の映司を動かしているのも彼という存在があってこそ。十数年経った今でも、その存在感は映司の心の中に強く強く突き刺さっている。

 

そんな力を、その男性は持っていた。手を伸ばした先にいる人々を、心の底から救うことができるとてつもなく大きな力を。

 

「俺にも……」

 

力なく開かれた手のひらを、見つめながら呟く。

 

「俺にも……あの人みたいな、力があったら……」

 

――――エイジ!!

 

全く知らないにも関わらず、無邪気な笑顔を向けてくれたルゥ。

 

――――エイジには早く元気になって欲しいもん

 

自分のことだけでも精一杯なはずなのに、傷を負った映司の世話をしてくれたルゥ。

 

――――……早く、来てほしいな……

 

遠くで聞こえる爆撃の音に震えていたルゥ。

 

――――ママのために……凄く悲しんでくれて、ありがとう……

 

泣き出したいほど悲しいはずなのに、涙を懸命にこらえていたルゥ。

 

触れ合うたびに、映司は少しずつ知っていった。彼女の悲しみの奥底までは見えなくても、彼女の行動、言動のひとつひとつが『助けて』と叫んでいた。

 

「……っ!!」

 

奥歯を強くかみ締め。

 

右手を強く握り締める。

 

今、自分が出来ることはなにもないのか?

 

本当にこの場所から旅立ってもいいのか?

 

ほんの少しも救えないまま、自分は旅立ってもいいのか?

 

映司の中に、自分が下した決断が正しいという自信はもはや微塵もなかった。

 

あるのは、この村を救いたい。

 

誰にでも伸ばすことが出来る手。心の底から救ってあげることが出来る大きな力。

 

それを、映司は無償に欲していた。今の自分にはそれがないことを、誰よりもよく知っていたから。

 

「エイジー!!」

 

その時、背後からルゥの声が聞こえた。我を取り戻した映司は、ルゥの方を向く。

 

「ルゥ……?」

 

「ハァ……ハァ……もういなかったから、出ていっちゃったと思っちゃった」

 

走ってきたルゥは全身を使って呼吸していた。小さい体を目一杯使って生き生きとしている彼女は、年相応の少女、そのものだった。

 

「どうして……」

 

「エイジ……?」

 

「どうして、君は笑っていられるんだ……?」

 

苦しいはずなのに。

 

泣き出したいはずなのに。

 

それでも、彼女は笑っている。

 

映司には、そのことがどうしても理解できなかった。

 

「お母さんがあんなことになって、悲しくないはずないだろ?それなのに、どうして君は……」

 

「……悲しいよ」

 

「じゃあ、どうして……!?」

 

「私が泣いてたら……ママは安心できないもん」

 

ルゥは、答える。その瞬間に、映司は黙り込んでしまった。

 

泣き喚いていた子供が親に突然怒鳴られ、何も言わなくなる。まさに、そんな光景。

 

「ちょっと前なんだけどね……私の友達がね、死んじゃったの……」

 

語りだした事実に、映司の胸が詰まる。その心のどこかで、唯一残っていた冷静な部分がルゥがこれほどまでに成熟しきった考えを持っていることに、どこか納得していた。

 

「その時はね、私もたくさん泣いちゃったんだ。涙がなくなっちゃうくらい、一杯泣いた」

 

でも。

 

「でもね、その時お母さんが教えてくれたんだ。『友達は死んでないよ、ただ住む世界が変わっただけ』って……」

 

「住む世界が変わった……?」

 

「よく判らないんだけどね、人は人の思い出の中で生きてるんだって。でも、その人が忘れちゃったら友達は本当にいなくなっちゃうんだって。だから、心の中でその人のことを思い続けるの」

 

両目を閉じて、両手を胸の前に合わせるルゥ。そして、祈るようにしながら、静かに囁く。

 

「『ずっとずっと、その人が幸せでいますように』って……それから、その人が笑顔でいるために、笑ってあげるんだって」

 

「……!」

 

「そうすれば、その人はずっと笑顔でいてくれるし、私も笑顔になれる。住む世界が変わったとしても、ここにいた時と同じようにずっと笑い合えるんだって」

 

『どっちかが笑顔だとさ、もう片方も笑顔になれるよね』

 

かつての、自分を救った恩人の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

この少女もその男性と同じだった。

 

笑顔の本当の意味を知っている。笑顔の本当のすばらしさを知っている。

 

知っているからこそ、彼女はそれを続けている。それがこの理不尽な世界の中での彼女の戦い方なのだろう。

 

泣きたいときこそ。

 

何もかも、嫌になってしまいそうなときこそ。

 

笑顔になる。

 

そうすれば、相手も笑顔になることができ、その輪はどこまでも広がっていく。

 

彼女は、そんな世界を実現しようとしているのだ。

 

「だから、私が泣いてばかりだったら違う世界にいるママも泣いちゃうかもしれないでしょ?ママや友達が泣いていると、私まで悲しくなっちゃうし、パパも悲しくなっちゃう……だから、笑うの。」

 

「……」

 

「『いつか争いがなくなって、みんな笑顔で暮らせる日が来ますように』って」

 

映司は、ため息をつく。

 

完敗だった。ルゥは、こんな世界と真正面から向かい合っている。そして、純粋に自分の夢を実現しようとしている。

 

自分のように大きな力を欲さずに、自分の持っている小さな力を最大限に使って、精一杯の抵抗をしている。力がないことを言い訳に、何もしようとしない自分など彼女に敵うはずもなかった。

 

「だからね……エイジにこれあげる!!」

 

小さな手のひら一杯に乗った、白くて丸いもの。

 

それは、この村の伝統のお菓子だった。初めてきた時に歓迎の意味をこめて送られたものよりも、若干形が歪だったが――――いや、歪だからこそ判る。

 

それは、ルゥが作ってきたものだったのだ。

 

「このお菓子はね……願いを込めながら作るとその願いが叶うって言われてるんだ。だから、映司のお守りにちょうどいいかなって思って作ってみたの」

 

お菓子がお守りとは、なんとも斬新な考え方であるようにも感じる。だが、願い事をこめ、それを食べることで体に吸収された願い事はいつまでも自分と一緒にいる。その願い事をずっと忘れないでいることができるのだろう。

 

だとすれば、ルゥは映司に何を願ったのだろうか?

 

「俺の、お守り……?」

 

「うん!!映司が『ずっと笑顔で旅ができる』ようなお守り!!」

 

屈託のない笑みだった。

 

過去にどれほど重いものを背負ってきたか。

 

それすらを感じさせない――――否、それを超えるほど輝かしい笑顔だったのだ。

 

「うん……ありがとう!最高のお守りだよ!!」

 

それにつられて、映司も笑った。

 

たくさんの思いを込めてくれたお菓子を受け取りながら、映司は思う。

 

自分はまた、笑顔に救われた。

 

自分が捜している男性は少なくともこの光景を見てきたのだろう。そして、笑顔でいることの素晴らしさを知っているからこそ、彼は笑顔がよく似合っていたのだ。

 

笑顔と笑顔が結びつけた絆。

 

その温かい繋がりを映司は思い切り抱きしめるようにかみ締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は流れ、今は太陽が昇るほんの少し前。

 

真夜中は他の兵士達は活動を停止しているため、その時間帯付近に移動することがベストと言われたのだが、この地域に慣れていない映司には無理な状況だった。故に完全に明るくなり始めた今の時間帯に出発することを決めた。

 

かなり早い時間帯にも関わらず、カルとルゥはきちんと見送ってくれた。こうまで手厚くしてくれると名残惜しさが強くなってしまうのだが、映司はそこまで子供じゃない。旅立つと決めれば、しっかり旅立つことが出来る。そこにあるのは、別れではないのだから、悲しむ必要もない。

 

だから、映司は笑顔で旅立つことが出来た。ルゥがくれたお守りのおかげで、映司は迷わずに歩いていけるのだ。

 

「……また、いつか」

 

村からだいぶ離れた場所で、映司は村の方を振り返る。今はまだ、目の前の恐ろしさに震えているだけかもしれない。だが、いつかはルゥの笑顔が村中に広がって、にぎやかな村となるだろう。

 

――――今度来るときは、そうなっていますように

 

そう、心に願って映司は再び村に背を向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その背後で、大きな爆撃の音がした。

 

「……え……?」

 

なにが起きた。

 

その言葉の羅列が並ぶ前に、光景が飛び込む――――村が、燃えていた。

 

――――なんだ

 

――――村が、燃えている

 

――――なんで?

 

――――さっきの爆発が、原因で……

 

ぐるぐると、言葉が脳裏を飛び交う。ほんの一瞬で何百回、何千回、何万回も飛び交う。

 

『誰か、助けて!!』

 

そんな中で、自分の頭にそんな言葉が響いたように感じた。

 

誰のものなのか、わからない。それでも、映司はその言葉が誰のものなのか、悟りきっていた。

 

「ルゥ……!!」

 

もと来た道を、一目散に走り出す。小さかった村がみるみるうちに小さくなっていき、村から巻き上がる巨大な炎がますます大きくなっていく。

 

ルゥは、カルは、村の人々は無事なのだろうか?

 

映司の頭の中が、それだけに支配されていく。

 

 

 

そんな映司の耳に――――なにかが破裂したような音が聞こえる。

 

その一瞬後に、映司の全身が異様なほどダルくなるのを感じた。興奮状態だったにも関わらず、うつらうつらと両目が閉じそうになり、今にも倒れそうになるのをなんとかこらえる。

 

――――こんなところで……倒れるわけには……

 

なんとか意識を保とうとする映司のもとに複数の足音が近寄る。それに感づいた映司はこんな時にいったいなんなんだ、とボーっとする頭で見渡す。

 

肌黒で、筋肉質な体系を有し、防塵ジャケットらしき上着を羽織った男性達。それを理解するのが、今の映司にとってやっとだった。耳元で彼らが何かを囁くのが聞こえたが、今の映司にはそれを聞く余裕などない。さっさとルゥやカル達の安全を確認しなければ……と彼らを押しのけ進もうとする。

 

だが、その瞬間――――映司は、顔面に強い衝撃を感じた。

 

何が起こったのか。それは今の映司でも理解できた――――男性のうちの一人が映司を思い切り殴り飛ばしたのだ。

 

奇襲をかけられたうえに、体が言うことを聞かなくなっていた映司はその場にドサッと倒れこんでしまう。それでも立ち上がろうとするが、両手にも両足にも力が全く入らず立ち上がることが出来ない。

 

そんな映司のもとに、先ほどの男性達の一人がやってきた。

 

「火野……映司……だな?」

 

そして、映司の耳元で囁く。

 

「お前は……人質だ……」

 

聞き取れた言葉に映司は疑問を抱く。だが、今の映司にはそれを追求する力など全く残されていなかった。

 

「(どういう……ことだ……)」

 

薄れゆく意識の中で、誰にも届かない言葉を告げる。そこまで言い終えると同時に、映司は朦朧とした意識をいつの間にか手放していた。

 

説明
仮面ライダーオーズ作品の第7話となります。更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
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