黒髪の勇者 第二編 王立学校 第十話 |
黒髪の勇者 第二編 第一章 入学式(パート10)
「全く、入学初日から遅刻に加えて私闘なんて。」
ほとほと呆れた様子で、女性教員であるヘレン=マーガレットが詩音とセリスに向かってそう言った。入学式の際に詩音らを迎え入れた、まだ若い教員である。
ギリアムとの私闘の後、騒ぎを聞きつけて訪れた教員に詩音とセリスは連行され、そして今、教員室でお叱りを受ける羽目になったのである。
「侮辱に対して、正当な剣を抜いたまでですわ。」
セリスが憤然としながらそう言った。
「なんでも武力に頼ることは良くはないわ。ここは学校なのだから、問題の解決手段は他にもあります。第一、私闘決闘の類は校則では勿論、アリア法によっても禁止されているというのに。」
その言葉に、む、としてセリスは押し黙ってしまった。ついでに言うと、ギリアムと取り巻きの五人はこの場にはいない。今頃別の教員からきついお説教をしている最中だろう。
「でも、武器の携帯は禁じられておりませんよね。」
続いて、詩音がそう言った。
「魔術科の生徒はワンドを所持しているからね。常時武器を携帯しているようなものだから、必要以上に不公平にさせないために、他の科の生徒も武装自体は認められているわ。だから年に一度くらいは喧嘩もあるけれど。」
そこでヘレン女史は言葉を区切ると、厳しい眼差しで詩音に言い放った。
「入学初日での喧嘩はあなた達が初めてだわ。」
「・・すみません。」
思わず、頭を下げる。喧嘩自体は詩音も何度か経験してはいるが、考えてみれば理由が大体似たり寄ったりだ。相手からふっかけられたり、友人や、それこそ真理が馬鹿にされた時に、ついカッとなって竹刀を振るってしまう。
考えてみれば、よく今まで停学処分にならなかったものだ。
「とにかく、反省文を書いて頂戴。」
「反省文、ですか。」
「そうよ。理由はどうであれ、喧嘩は喧嘩なのだから、反省の意を学校宛てに提出すること。期限は今週末まで、いいわね?」
ヘレン女史は相変わらずの厳しい口調でそう言うと、詩音とセリスに退出を命じた。
「全く、納得できませんわ。悪いのはギリアムのせいでしょうに。そうは思いませんか、シオン殿。」
教務室から出たところで、セリスが憤然としながらそう言った。
「仕方ないだろ、剣を抜いたことは事実なのだから。」
確かにこの少女は少し先走る所があるな、と詩音は思いながらそう答えた。フランソワは一足先に抗議に向かうと言っていたから、この場所にはいない。
その時である。
「シオン殿と、セリス殿でいらっしゃいますか。」
一人の少女が、声を掛けてきた。
「そうですが、貴女は?」
セリスが首を傾げながら、そう訊ねた。
「失礼致しました。私リリーナ=メリアーノ=ロワールと申します。ギリアムとは許嫁の関係にありますわ。」
それを耳にした瞬間、詩音とセリスは驚きの余りに瞳を見開いた。
如何にもプライドが高く、常に鼻に掛けたような態度をとるギリアムとはまるで正反対、リリーナは深窓の箱入り娘という表現そのままの少女であったのだから。
「あのギリアムと許嫁とは、苦労しそうね。」
嫌味と言うよりも素直な感想という様子で、セリスがそう言った。その言葉にリリーナも小さな苦笑を見せる。
「お陰さまで、男の扱い方というものを覚えましたわ。あの人もすぐに目移りするものだから。」
「私だけではないのね。」
「貴女も?」
セリスがそう言った瞬間、リリーナの瞳が途端に厳しくなった。詩音ですら少し肩を竦めてしまう程度に。
「いや、冗談の一つと受け取ってくれれば。」
思わず、詩音はその場をとりなす様にそう言った。
「ええ、そう言うことにしておきますわ。」
リリーナが低い声でそう言った。小さく、奥場を噛んだような音が聞こえたが、聞えなかった事にしておこう。
「ともかく、この度は許嫁がご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。いずれギリアムからも謝罪させますわ。ああ見えて、根は良い人なので。」
リリーナはそう言うと、それでは、と述べて立ち去って行った。
「ギリアムも苦労しているだろうなぁ。」
思わず、詩音はそう呟いた。
「男女の関係は良く分かりませんわ。」
セリスはリリーナの背中を見送りながらそう答えると、颯爽と踵を返した。
「そろそろ、午後の講義に向かいましょう。遅刻してしまいますわ。」
そうだな、と応じて詩音はセリスと別れると、午後の講義が予定されている講堂へと向けて歩き出した。入学式に引き続き、二度も三度も遅刻する訳にはいかない。結局昼食を食べ損ねた胃が不満そうに唸ったが、我慢するしかないだろう。
そう思って詩音が本館一階の教室に入った時、先に到着していたクラスメイトからどよめきにも近い声が上がった。
一体なんだ、と詩音が思った瞬間、一人の、小太りしている少年が詩音に向かってこう言った。
「待ってました、英雄!」
「はい?」
一体こいつは何を言っているんだ。そう思っていると、小太りの少年が詩音を手招きした。隣の席が空いているから座れ、と言うことだろうか。
「いや、良くやってくれたよ。ギリアムをぶちのめしてくれただろう?」
招かれるままに、詩音が小太りの少年の隣に腰を降ろした時、少年が詩音の肩を軽く叩きながらそう言った。
「ああ、確かにそうだが、それがどうした。」
「あいつ、少し魔道が使えるからと言って騒ぎすぎなんだよ。フランソワだけじゃないぜ、俺達魔術が使えない貴族連中は皆ギリアムに苛められていたんだから。」
どうやら、フランソワに対してだけあの態度、という訳ではないらしい。
「それで、君もギリアムの被害者ということか。」
「マシュー=マラガ=アンダルシア、マシューでいいよ、シオン君。」
「分かった。それで、マシューも散々ギリアムに嫌味を言われたのか。」
「あれはフランソワだから。一応女性には甘いつもりらしいよ。僕はもう魔術でぼろぼろにされたことだってあるし!」
マシューが悔しそうにそう言うと、他のクラスメイトが同意するように頷いた。
「あんな氷の塊をぶつけられたのか?」
あれが当たれば、相当に痛い。下手すれば重傷を負ってしまうだろう。
「その通り、それがこの傷だよ。」
マシューはそう言いながら、制服の袖を捲くった。そこには小ぶりだが、痛々しい傷跡が残っている。
「とにかく、僕たちはギリアムに抵抗すらできなかった。それをだよ、シオン君、君は魔術を使うことすらなく、見事にギリアムを打倒してくれた!平民だと聞いているけれど、そんなことは関係ない、君はヒーローだよ!」
興奮気味にマシューがそう言うと、クラス中からそうだ、そうだという声が上がった。
「参ったな、これは。」
そう言いながらも、詩音としては満更でもない。
と、その時、教室の扉が開かれた。教員が入ってきたのだ。
「あ。」
思わず、詩音は気まずそうな声を漏らした。マシュー達に持ち上げられて高揚した気分がすぐに萎えてしまう。
「皆さん、静粛に。早速講義を始めますよ。」
その女性教員は、そう言いながら黒板に氏名を書き連ねた。それが終わると、詩音を一瞥してから、口を開いた。
「ヘレン=マーガレット、法律学を担当しています。今日は初回ですから、アリア法を学ぶ前に、校則の解説と罰則について解説をしておこうかしら。」
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第十話です。宜しくお願いします。 黒髪の勇者 第一編第一話 http://www.tinami.com/view/307496 第二編第一話 http://www.tinami.com/view/379929 ミルドガルド全図 http://www.tinami.com/view/361048 イラスト(詩音とフランソワ) http://www.tinami.com/view/405021 |
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