ブラック・バニー 3 |
「何か見えるか?」
静まり返ったブリッジでハルゼイ艦長が沈黙を破ったのはL4空域からルナ2への行程のちょうど半分を過ぎたときだった。地球周回軌道に移るために軌道遷移したときに艦長が、命令を下してからだからかなりの時間沈黙が続いていたことになる。
「いえ、現在のところ進路はクリアー、接近するものも第3戦闘ラインエリアまでは皆無です」
オペレーター席から見るかぎり眠ったように見えていた艦長が、不意にしゃべったことにぎょっとしながらもササキ曹長はすぐに応えた。振り返るとトーマス上等兵も同じように思ったのだろう、おなじように振り返ったトーマスと目が合った。
「ほんとに何も見えないのか?」
その声は、あくまでおっとりとしている。戦闘艦の指揮官というよりは、どこかの幼稚園の園長先生のようだ。
「はい、見えません。見えないものは見えやしませんよ・・・」
見えないといっても必ずもう一度確認を求めて繰り返すのはハルゼイ艦長のくせだった。返事をして、後半部分は聞こえないようにヘッドセットを少しずらして小声で言う。
それでも、万が一のことを思ってササキ曹長は全天モニターを見上げてざっと状況を再確認する。そして、これもいつものように心の中でいう。
(ほらね、何も見えませんでしょう?艦長さん?)
敵性を示すものは確かに何も表示されてはいなかった。
現在74戦隊は、地球周回軌道上をルナ2へ向けて進行しつつある。軌道上は、もっともジオン軍の正規部隊との接触が想定される空域でもある。逆に言えば、ここを無事に過ぎればルナ2への入港を約束されたようなものだった。同時に、気が緩みやすい局面でもある。
そういったことが艦長には分かってるのかしら?ササキ曹長はそう考えながら自分の気を引き締めた。どこか気が緩みかけていたのは確かだったからだ。
「コーヒーでもいかがです?少尉」
オープンになったジムのハッチを覗き込んできたのはコックス曹長だった。手には、コーヒーパックを持っている。
「気が利くわね?」
手渡されたコーヒーは十分に温められているらしくグローブを通してもやんわりと温もりが伝わってくる。
「そりゃあそうです、1ヶ月も少尉付けの整備班長やってれば察しもつきますよ」
24時間をとうに過ぎて、コクピットの中で既に2回も食事を済ませ、コクピットを出たのはトイレに行くときに1度きりだった。仮眠もコクピットの中で合計して3時間ほどとったが、当然ぐっすり眠れるはずもない。カフェインのたっぷり入ったコーヒーで眠気をほんの少しでも和らげて温かい飲み物で身体を暖めることによってリラックスさせるのは大事なことだった。覗き込んだときには憔悴しているように見えたレイチェルの顔に僅かでも笑顔が戻ったのをみるとコックス曹長も、にっこりと笑った。
「わたしじゃなくって、ジム12号機でしょう?」
そのとおりだった。コックス曹長は、あくまで『ナイル』に所属する整備部隊の1員だからだ。仮にレイチェルが転属になってもコックス曹長が、『ナイル』から異動することはない。
「同じようなもんです。さっき、中間点を過ぎたようです、敵と接触する可能性は、もうないでしょう。後3時間ほどで第2戦闘配備に移行するんじゃないですかね?」
それを聞くとレイチェルは、大きく一呼吸した。レイチェルの形の整った胸が、それに合わせて上下するのがコクピットの中の暗がりでも分かってコックスは少しばかり目のやりどころに困った。中間点を過ぎたということは、敵と接触する可能性はこれまでよりずっと小さくなったことを意味する。
「少し早いわね」
レイチェルは、リストウォッチに目をやっていった。予定より2時間ばかり早い。途中で哨戒任務を切り上げたためにまだ十分に残っていた推進剤を贅沢に使ったのだろうとレイチェルは想像した。「まあ、期待しないでおくわ」
レイチェルには、どちらかというと慎重を絵に描いたような艦長が周回軌道上を離脱しないうちに第2戦闘配備に戻すとは思えなかった。もっとも、コックス曹長が、気休めをいってくれているのを承知していたせいでもある。
「そういえば、わかりましたよ」
コックス曹長がちょっとばかり得意げにいう。
「何が?」
チューブから思わず口を放したせいでコーヒーの滴が球状になってレイチェル少尉の口元から漂い始めた。
「急に帰還することになった理由ですよ」
「なぜ?」
「上からの命令だそうですよ」
「ワッケイン司令?」
ルナ2に所属しているいじょう普通は、ワッケイン司令が思い浮かぶ。あるいは、哨戒隊を直轄しているデボンズ大佐かだ。
「いえ、ジャブローだそうです」
「ジャブロー?」
思わずレイチェルは、眉をひそめた。戦争の先行きが見えた現在、少なくともレイチェルはそう思っている、ジャブローが宇宙の作戦行動について口を出すのはろくでもないことだと思えるのだ。
大々的な反攻が始まったわけではなかったが、連邦軍の反撃態勢は、既に整っている、というのがおおかたの将校達の考えである。それが、証拠にジオン軍の再三の攻勢、大規模なものであれ、小規模なものであれ、は、全ての戦線で封じ込められている。1つには、ジオン軍の補給線が伸び切ったこともあるが、そのだいぶは、連邦軍が混乱から立ち直って来たことによる。
「らしいですよ、ラインバック伍長から飯の時に聞いたんです、確かですよ」
少し余計なことをいったかなとコックス曹長は、思う。
「あんたが、どうして伍長と同じ時間に食事してたかは興味ないけど、本当なの?ジャブローっていうの」
案の定、機嫌を少し損ねたようだった。少しだってレイチェル少尉が、自分に対して興味がないにもかかわらず、少尉は、自分が1番でないと気に入らないのだ。
「たまたまですよ」
「まあ、いいわ」
「でも、何でジャブローなんですかね?」
「分かんないけど、ジャブローが、関与したくなるような大作戦が控えてるってことじゃないの?きっと私たちも参加するのよ」
「はあ・・・、そんなもんですかね?」
コックス曹長は、ぐるっと格納庫内を見回した。モビルスーツが、運用できるからといってこの艦が、レイチェル少尉のいうような大作戦に必要とされているのか?半信半疑だった。
「そうに決まってるじゃない、と思いたいわね」
レイチェル少尉は、カッコのいい顎をつんとさせていった。確かに、少尉が、自信を少し持つのも分からないではない。たとえ、試験運用の側面が強いとはいっても数少ないモビルスーツを実戦使用している実用部隊なのだ。どちらかといえば、エリート部隊には違いなかった。けれど、ジャブローが、たかが1部隊に、それほどの信頼を寄せるとはコックスには思えなかった。
結局、74戦隊が第2戦闘配備に移行したのは、それから7時間あまりもあとのことだった。もっとも、開放されたのはレイチェルの所属する第1小隊だけで第2小隊がその恩恵に預かれるのはさらに後のことだった。その最後の4時間あまりをレイチェルは、コックス曹長と自分たちが今後どのような戦場に投入されるのかというようなことを話して過ごし た。
「え・・・」
コニー・アクセル曹長は、思わず驚いてしまった。
「え?ではない、曹長。何を習ってきたんだ?」
ルナ2でコニー達を受け入れた士官は、コニーのもののいいようにあからさまに怪訝な顔を向けた。
「ハイ、コニー・アクセル曹長、了解しました」
コニーは、口でそうはいったものの全く了解などできていなかった。
その士官が、他の仲間達に集合場所を伝えている間中、コニーの頭の中を巡っていたのは「なぜ?」ということに尽きた。
「アクセル曹長は、第17桟橋に行くことになる、そこで乗艦するナイルが君を待っている。戦隊指揮官のハルゼイ大佐には話が通っているので心配するな」
「ハイ、少佐」
答えながらもコニー曹長の頭の中はぐるぐるといろいろな考えが巡っていた。1人だけ、みんなと別の部隊に配属されるという不安。仲の良かった、たとえそれがコニーの一方的な想いだとしても、デュロクと別れ別れになること。全てが、仲良しこよしで行くはずがないとはわかってはいても、20歳になったばかりのコニーにとっては、酷な出来事には違いなかった。
「アクセル曹長は、済まんがこのまま1人でここで待機していてくれ、じきに別なものが君を案内してくれる。他のものは、わたしについてこい」
コニーは、軍隊式に2列に整列させられた同期生達が士官に引き連れられて部屋を出ていくのをただ唖然と見送った。
こうなったもっとも根本的な原因は、やはりジャブローからの命令だったかもしれない。その命令とは、モビルスーツを運用する全ての部隊は、任務の如何にかかわらず10月31日までにルナ2に帰還し戦力を補充、待機せよ、というものだった。モビルスーツを運用する全ての部隊といえば聞こえはいいが、この時点で連邦軍所属の部隊で、モビルスーツを運用している部隊の数は決して多くはなかった。
この命令が、実効を持った瞬間、74戦隊もL4空域での哨戒任務、実際にはジムの運用試験といった性格の方がより強い、を解かれることになった。同時に、その命令が発せられる直前に喪失したジムの補充をパイロットとともに受けられることにもなった。
そして、それは珍しく、どういったパイロットを望むか?という希望でさえ受け入れられたのだ。
これは、連邦軍内にあって非常に稀なケースといってよかった。1つには、新米のパイロットが1度に20人も地球から無事に送り届けられたということもあったが、半分以上は、デスクワークの気まぐれだった。同時に、補充すべきパイロットは、74戦隊向けのものが1名だけだったことも関係があったかもしれない。
もちろん希望を聞かれたのは、ハルゼイ艦長だった。モビルスーツパイロットの本質が、どういうものなのか分かりもしないハルゼイ艦長にとっては何を基準にすればよいかは全く分からなかった。マクレガー大尉かハミルトン中尉が近くにいれば助言の一つも求めたかもしれなかったが、彼らはその場にはいなかった。
結局、ハルゼイ艦長は、深く考えることもなく「他とは違ったパイロットがいい」とだけ返答をしたのだった。
他とは違ったパイロット、このあまりにも抽象的な希望を聞かされたデスクワークの士官は、20人のパイロットの考課表をざっと眺めた。他の兵種から転向してきたパイロットであればさまざまな評価、たとえそれが良きにしろ悪しきにしろ、がされているのだけれど、全くの新兵である彼らの考課表はほとんど似たりよったりだった。
ほんの少し考えたその士官は、1人に目をつけた。そのパイロットは、まず全体的に他のパイロットと比べて成績が悪いところがまず違っていた。それに、直感力にややみるものがある、こんな表記をされているのはたった1人だった。うん、これは明らかに他とは違う、そう思った士官は、ファイルの束の中からその他とは違ったパイロットの分を引き抜いた。
コニー・アクセル曹長が、74戦隊に配属されることが決まった瞬間だった。
30分ほども1人にさせられたコニー曹長は、すっかりふさぎ込んでいた。そして、ようやく現れた軍曹に先導されて74戦隊が、入港している17番桟橋へと連れていかれた。
「ちょっと質問いいですか?」
階級上は、コニーの方がもちろん上だったけれど10歳は年上の軍曹に対して上官じみた口調をきくことはコニーには当然できなかった。
「なにか?」
その軍曹も当然のように年齢相応の口の聞き方をした。
「74戦隊ってどんな部隊ですか?」
「良くは知らんが、モビルスーツ母艦を中心にした小さな部隊だ。昨日作戦から戻ってきたばかりなんだがな、1人欠員が出たらしい」
「モビルスーツ母艦?ですか」
その瞬間にコニーの気分は、ぱっと明るいものになっていた。
モビルスーツ母艦、連邦軍が急ピッチで戦力の拡充をはかっている現在、今後その中心になると教官から教えられた艦種、それがモビルスーツ母艦だった。
「ああ、そうらしい。無駄口はこれくらいで止めだ、じきに着くからな」
確かに、3分と経たないうちに桟橋に着いた。そこでコニーは、ノーマルスーツを身に着けさせられ、内火艇へと乗り組まされた。目的の艦が、桟橋に接舷していれば着替えなくても良かったし内火艇に乗る必要もなかったのだけれど現在74戦隊の艦は全てが接舷していなかった。
「あれが、曹長の乗る艦だ」
軍曹が、指をさした先を見た瞬間、またしてもコニー・アクセル曹長は絶句しなければならなかった。その艦は、コニーも良く知っている艦だった。『ミシシッピ』級の軽空母だったからだ。戦闘機のパイロットになってもこのクラスの所属だけにはなりたくないと思っていた後方任務用空母、それが彼女にとっての『ミシシッピ』級だった。自分が生まれるよりもずっと前に就役した軽空母が、モビルスーツ母艦だなんてきっと何かの悪い冗談に違いない、そうコニーは信じたかった。
しかし、コニーのそんな思いに反して内火艇は『ミシシッピ』級空母『ナイル』へと滑り込むように着艦した。
「コニー・アクセル曹長、本日付けをもって貴艦のモビルスーツ隊の配属を命じられました!よろしくお願いします」
「ようこそナイルへ」
完全に意気消沈したコニーは、ナイルのブリーフィングルームで初めてこの艦の名前がナイルだということを知った。「艦長のエリック・ハルゼイ大佐だ、よろしく頼んだぞ」
真っ先に自己紹介したこの頬のたるんだどう見ても退役復帰組の大佐が、艦長だということもコニーを意気消沈させるには十分だった。コニーの描く艦長像というものはムーヴィで形作られたものだからだ。そういった意味では、ハルゼイ艦長は絶対艦長役にはなれない風貌だった。
もっとも艦長の方でも、またしても女パイロット、しかも子供のようなのを送り込んできて、と失望していた。コニーと違うところは、それを全く顔に出していないというところだろう。
「トレイル中佐だ、よろしく頼む!」
副官なのだろうがコニーから見れば中佐の方が余程軍人らしく見えた。そのあたりは、中佐が現役組だからだろう。「曹長の所属するモビルスーツ隊の面々だ」
そういうとトレイル中佐は、1人1人の名前と階級を紹介し始めた。2週間前にもやったばかりなんだがな、と思いながら。
「マクレガー大尉、君の所属する小隊の指揮官であり、当艦の全モビルスーツ隊を指揮する立場でもある」
(デュロク程でもないけどかっこいいかも・・・)
「アレクシア少尉だ。目下当艦のエースだ」
(え?このけばい女が?)
「スコーラン上級曹長だ」
(わたしが1番下っ端か・・・)
「ハミルトン中尉、第2小隊の指揮官だ」
(大尉の方がかっこいいわ)
「ラス准尉だ」
(美人ね・・・)
「ホワン曹長だ」
(陰気くさいわね)
「ホンバート曹長だ」
(2小隊だったら下っ端じゃなかったのになあ)
「これで当艦のパイロットは全てだ。何か質問はあるか?アクセル曹長」
順に紹介していったトレイル中佐が、コニーの方に向き直っていった。
「いえ、ありません。皆さん、よろしくお願いします」
軽く頭を下げて敬礼をしたが、それに対しては何人かが軽く手を挙げただけだった。どうやら、それほど歓迎されていないらしいのが分かったが、それがなぜなのかは分からなかった。
「よろしい、艦長何かありますか?」
コニー曹長に最後の一瞥をくれながらトレイル中佐は、この分だと近々また同じメンバーの紹介をしなければならないなと思った。
「ない・・・な。大尉、必要と思うところに曹長を案内してやってくれ」
「ハイ、艦長」
「他のものは解散してよし!」
艦長が部屋を出て中佐がそれに続き、2小隊の面々がさらに続いて出ると、広いブリーフィングルームはがらんとしてしまった。もともと、数十機の戦闘機のパイロットを1度に集められるように作ってあるせいだった。
「悪いがレイチェル、案内してやってくれるか?」
4人だけになるとマクレガー大尉が口を開いた。
「いやよ!あなたが頼まれたんでしょう?」
腕を組んだレイチェル少尉の返事にコニーは驚いた。しかも、あんた呼ばわりだ。
「仕方がないだろう、俺はモビルスーツの受領もあるし、備品の受け取りにも立ち会わなけりゃあならないんだ、艦長は忘れてるけどな」
「だからってあたしが何でこんなガキの面倒見なきゃならないの?」
こんなガキ?ってわたしのこと?コニー曹長は、目の前の会話に面食らった。
「だって女同士の方がいいと思ったんだよ」
「女?こんなガキとあたしを一緒にするなんて止めてよね。あたしも忙しいの、分かる?」
顔を大尉の鼻先にまで近づけて分かる?を一語一語ゆっくりというとレイチェル少尉は、さっさと部屋を出ていった。
「はぁ」大尉は、その後ろ姿を見送りながら大きく溜め息をついた。そのままスコーラン上級曹長の方に向き直っていった。「すまんがケヴィン、案内してやってくれるか?」
「ハイ、大尉!」
ひょっとするととコニー曹長は、思ったけれど少尉は特別らしかった。スコーラン上級曹長は、素直に返事した。大尉と曹長は、お互いに肩をすくめあった。そうしたところを見ると特に今日だけのことではないようだった。
「じゃあ任せたぞ」
そういうと大尉は、少しばかり疲れたような様子で部屋を後にした。
「なんか凄いですね・・・、スコーラン曹長」
2人きりになって最初に口を開いたのは、コニーの方だった。
コニー曹長は、すっかりレイチェル少尉の剣幕に圧倒されていた。後で自分に対するガキ呼ばわりに腹を立てるコニー曹長だったけれど、今はそんなことよりも少尉の剣幕にただただ驚いたのだ。
「だろう?まあ大尉と少尉は同じ年だし、少尉はあの通りだから仕方がないといえば仕方がないんだけどね。でもまあ少尉は、それほど悪い人じゃないんだ、きっと今日は虫の居所でも悪いんだろう。ああそれと、ケヴィンでいいよ」
それって、単なるフォローじゃないの?と思いながらもコニー曹長は、うなづいた。
「ハイ、でも・・・」
さすがに、ケヴィンでいいよといわれても、初対面の上級者にファーストネームで呼びかけるのははばかられた。
「じゃあ呼びやすい呼び方でいいよ。堅苦しいのは肩が凝るからね」
「ハイ、曹長」
「じゃあ、まず部屋から案内するよ。荷物は?」
「ハイ、別便で送ってもらってますので後から着くと思います。といっても私物袋だけですけど」
「そっか、じゃあ部屋からでなくってもいいな。いくとしますか?」
にっこり笑って曹長は背を向けた。
「ハイ、曹長」
返事をしながらコニーは、きっとこれから1番世話になるはずの若い曹長が、思っている以上に気さくなことに安心した。歳は、きっと自分と変わらないはずだった。それも安心したことの一つだった。
まず連れていかれたのは食堂だった。格納甲板の1層上に設けられた食堂は、想像していたよりもずっと広かった。今ではほとんど半減してしまったけれど、やはり空母時代の乗組員が多かった証拠の一つだった。「これとは別に士官用の食堂もあるんだ」とは、ケヴィン曹長の説明だった。続いてはモビルスーツの格納甲板に連れていかれた。全てのモビルスーツは、仰向けに寝かされてハンガーに固定されている。2列に7機のモビルスーツが並んで寝かされている様子は、何だかモビルスーツの昼寝のように見えてちょっとばかりこっけいな眺めだった。ちょうど上甲板からモビルスーツが1機降ろされてくるところだった。
「たぶん曹長の搭乗機だね」
格納甲板全体を見渡せる窓から搭載機用のエレベーターに乗って降ろされるジムを見ながらケヴィン曹長はいった。ダークグレーとライトグレーで塗装されたジムは、確かに真新しさを感じさせていた。曹長のジム、つまりは自分のジムだという響きはなんともしびれる響きだった。自分が、モビルスーツのパイロットになれたんだという実感が湧いてくる。
「あれは、隊長機ですか?1機だけ違う色のジムがありますけど」
コニー曹長は、目に留まったというか、嫌でも目に飛び込んでくるカラーリングのジムを見ていった。
「ああ、あれね。少尉のジムなんだ。何でかはあえて説明しないけどね。ちなみに曹長が、色を変えてくれっていっても絶対不可能だよ」
笑いながらケヴィン曹長は教えてくれた。
その後も、パイロットとして知っておくべき場所、待機所や更衣室、シャワールームなどの場所を教えてもらい、もっとも複雑な艦内を1度に覚えられるわけもなかったが、最後に自分の個室を教えてもらった。
「ここが、曹長の部屋だ。ほんとは士官以上っていう建前になってるけど、パイロットは一応個室がもらえるようになってるんだ。ちなみに隣は、僕だから、いつでもノックしてくれていいよ。今日は1日上陸許可が出てるからルナ2内に出ていってもいいし、何をしててもいいよ、まあゆっくり休むといいんじゃないかな、じゃあ」
そういうとやっと開放されたよ、という表情をほんの少し浮かべながらスコーラン曹長は、コニー曹長をその場に残して通路の奥へと消えていった。
「ありがとうございました」
スコーラン曹長の背中に向かってコニー曹長が礼を言うと曹長は、背中を見せたまま軽く右手をあげた。
(さてと、っと・・・)
タッチパネルに軽く手を触れるとドアがスライドし、コニー曹長に割り当てられたの部屋が一望できた。つまり、それだけの広さしかないということだった。右の壁にくっつくように設置されたベッドと壁に埋め込まれた液晶モニター、反対側の壁には申し訳程度のテーブルとイス、その奥には小さなロッカーがあるだけのあまりにも殺風景な部屋だった。それでも軍隊らしくきっちりと必要最低限度のものがまとめられているし、ベッドにかけられたシーツは真新しいものらしく白さが眩しいくらいだった。
足元には、軍が支給したいわゆる私物袋、デニム製で口がヒモでぎゅっと絞れるようになっている、が既に届けられて置かれていた。地球からコニー曹長が、持ち込んだ全てがそれにつまっているのだ。
私物といってもそれほど多く持ち込めるわけではなかったのでその私物袋には申し訳程度にしか入ってはいない。軍が、支給するショーツがあまりにも具合が悪いので買い足した下着が5枚に写真がいくつか、それに簡単な化粧品、メモができる程度の携帯端末、お守り、そういった程度だった。
「よ〜し、頑張っちゃうぞ!」
誰も聞くものなどいなかったけれど、コニー・アクセル曹長は、1人でこの新しい環境で頑張っていく決意を声に出していった。そうすることで何か身が引き締まる感じがして心地よかった。
つづく
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