幻想の刀鍛治 2 |
第2話 教師―Teacher―
季節は春。
雪はすっかり解け、今までその姿を隠していた草花たちは一気にその存在感を知らしめようとするが如く元気良く咲き誇る。
当然春告げ妖精が春の到来を毎日嬉しそうに報告している姿を時々見かける。
人里から少し離れ、魔法の森に近いところに存在している一軒の家。隣には大きな攻防のような小屋があり、そこが何かを作る場所だというのを象徴するかのように黒くすす汚れた煙突が見えた。
そんな家の中は殺風景なまでのもので片付けられているというよりもほとんど最低限の生活用品しかないためにそう見えたのだ。
食堂にある丸テーブルの上には色とりどりの花が花瓶に挿されており、殺風景な家の中に唯一色取る存在としてあった。
太陽が昇っており、すでに朝である。
普通なら仕事のある者たちはすでに食事を終えそれぞれの職場に出張る時間帯でもあった。
しかしこの家の主はあまりに朝に弱いということもあり、いつも起床するのが遅かったりするのだ。
あまり大きくない家であるがそれでもいくつかの小さな部屋が設けられている。そのうちのひとつが寝室とプライベートな部屋となっており、中には布団を敷いて包まるようにして山を形成しながら眠っているこの家の主がいた。
未だ夢の中にいるためか、ゆっくりと定期的な山の上下が見て取れる。
そんな彼を起こすものはいないために、彼は好きなだけ睡眠をとることができたのだった。
それから数時間が経つ。
昼近くになってようやくもぞもぞと起き上がる少年。髪は寝癖がひどいために土色の髪はあらゆる方向に跳ねており、かなり酷い状態だ。
そんな髪を無造作に掻き上げ、腹を掻く。まるで親父のような行動だ。
無造作に羽織っていた布団を起こすとゆらゆらとまるで亡霊のように起き上がり、寝室を出る。
やってきたのは台所だ。
水を溜めている水瓶のところに向かい、適当に桶に水を入れる。そして一緒に持って来ていたタオルを適当なところに投げてからバシャバシャと顔に水をかけるようにして眠気を取るための洗顔を開始する。
数回それを繰り返してようやく大分マシになる。
手鏡を取り出し、一緒に櫛を持って跳ねている寝癖を直しにかかる。やや長い後ろ髪は赤いリボンのようなものでひとつに結わえる。少年が幼い頃に亡くなった母の形見だ。
それを終えてようやく一通りのことを終える。
時間は昼に近いということもあってか兼用に食事になりそうだった。いつものことなのであまり気にはしない。
米を取り出し、鍋に入れ、水を入れてから釜戸の上に置く。まきを適当にくべてマッチで火をつけ、いらない紙にそれを移してから一緒に中へとくべる。
火は一瞬にして紙を燃やし、そして木々を燃やしていく。
ご飯が炊き上がるのに時間が掛かるためにおかずや味噌汁の方の準備だけを終えておこうとして適当に野菜を取り出し適当な大きさに切り分けていく。
保存しておいた魚も下ごしらえとして塩を全体に塗っていく。
それを終えて取り敢えず台所を離れ、裏にあるもう一つの玄関から外へと出る。草鞋に履き替え太陽の昇っている外へと足を踏み出す。
少年――神代切継が向かう先には彼の家よりも一回り小さな工房のような小屋だ。中に入るとそこは朝だというのに真っ暗だった。日差しを入れたりする窓は一応あり、開けっ放しにされているが辺りの壁が一面すすで汚れていたためにそう見えたのだった。
さらに開けっ放しにされているにもかかわらず工房の中は熱が残っており少しだけ暑かった。
天井からぶら下がっているランタンに火を灯す。
僅かな光が工房の中に照明を与える。
大きな窯、ヤスリをかける台、手鎚や向こう槌、鋏、鐫、テコ棒などといった用具一式が綺麗に並べられている。隅には使用した炭を再利用するために保存して置く炭入れがあり、そのほか必要なものがところ狭しに置かれている。
熱とともに鉄と炭の混ざった臭いが漂う。
今日の予定はなんだっただろうかと一つひとつ整理していく。人里において注文を受けている依頼は新しい手包丁を数本、農具の鍬や鋤といったものをいくつか、自警団に提供する得物だったはずだ。
それに定期的に以前注文を受けていた手包丁の修理が終わっていたためにそれを含めて依頼を終わらせようと考えた。
食事を終え、背中に背負っている風呂敷の中に注文で修理していた手包丁などのものがあった。中には店に提供するものも入っていた。注文が定期的に入ればこのようなことも必要ないのであるが、やはりそうしょっちゅう物が壊れるというのはありえない。そのために収入を絶やさないためにも自分が作ったものを店に提供するということをしなければいけなかった。
運がよいのか切継が打つものは好評だった。切れ味が鋭く、それが長く続くということからだった。
それができるのは切継自身の持つ能力にも関係していた。
この幻想郷という世界においては能力というものを持つ存在がいる。神や妖怪などという人外ならもちろんのこと、人間にも時々そのような才能のようなものを持って生まれてくるものもいる。先天的なものもあれば後天的なものもあった。
切継の場合は神代家のものが代々次いで来た能力をやはり先天的に継いでいた。それが「ありとあらゆる力を付加させる程度の能力」だった。
それは刀鍛治という職に就いている切継にとっては都合のいい能力だった。それは彼の打つ得物に対して彼の記憶を頼りにしてあらゆる能力を付加させることができるのだ。炎を放つことのできる炎の魔剣。辺りを氷付けにすることができる氷の魔剣。辺りを風によって切り刻むことのできる風の魔剣。天から轟雷を呼び寄せたりすることができる雷の魔剣などだ。そのほかにも概念的なものも負荷できるというがその能力には当然のようにデメリットのようなものもあった。
それは得物に対してあらゆる力を付加させるたびに鍛冶師の魂が消費されるということだった。魔剣。魔刀という類の存在を生み出し続けるたびに鍛冶師の魂もそれに比例して消費されていく。
神代家がかなりの短命である理由はここにあった。両親の死がそれに関係して以内というのはまた別の理由があるのだが。ほとんどの神代家の鍛冶師というのは齢50を越えられるかどうかと言われている。大半の魂を何に消費するのか、それは切継自身も分かりきっていることだった。
きっとこの運命からは逃れられない。逃れることができても待っているのは終わりだけだ。何せ彼に対して終わりを告げに来るのはきっとあの時お互いに宣誓しあった彼女なのだから。
「はぁ……空が嫌なくらい晴れ渡ってやがる」
彼の心は曇りきっているというのにまるで自慢するように晴れ渡っている空が少しだけ憎たらしかった。
考えても仕方のないことだ。むかむかする気持ちを抑えながら、取り敢えず仕事を終えようと思い、人里に向けて足を向けるのだった。
人里は時間的に午後の仕事が始まる辺りだった。店はいくつも開かれており、客を呼び込むために大きな声を上げているのが聞こえる。
彼にはそこまで元気な声を出すようなことはできない。そんなことができるものにむしろ尊敬の念を抱くくらいだ。
取り敢えず注文した家を一軒一軒回っていき、代金と引き代えに修理したものを手渡していく。
お互いに鍛冶師と客という関係。余計な会話はするつもりはなかった。
お茶を出すと言われたがそれも丁寧に断る。
一通りの仕事を終え、取り敢えずゆっくりしたいということで甘味処に寄ろうと考えた。
甘味処などの食事を提供する店も寄り添うようにして存在していた。同じようなものを提供する店があっても味はまったく違い、客はその違いを楽しむために入れ替わるようにして入っていく。
中には朝から営業している酒場もあった。
取り敢えず席に座り、中から現れた店員の女性に対して注文を告げていく。
「お茶と団子3本で」
「それに追加でお饅頭を10個なのだー」
「あたいは餡蜜でよろしく」
「だ、駄目だよ二人ともー!」
隣の席から聞き覚えのある声が三つ聞こえてきた。
注文容姿に手を添えながらそんな切継の隣に座る者たちに視線を向けながらきょとんとしている店員の女性。彼女に倣うように隣に視線を向けるとそこには金髪の髪をして黒い服とスカートの少女、水色の髪の毛に大きな青いリボン、青い服にスカート姿の少女、薄緑色の髪に、黄色いリボンの再度テール、緑の服にスカート姿の少女がいつの間にか存在していた。
彼女たちはいつもこの場にいない二人の妖怪とともに遊んでいる妖怪と妖精だ。危険度もそれほど高くなく、むしろ人懐っこい存在だ。
それに彼女たちには時々仕事のようなものを頼んでいた。それは頭を使うのが苦手としている妖精にとっても簡単な作業だった。それはおやつをあげる代わりに鉄屑を集めてくるということだった。
刀を打つために以外にもいろいろなことに鉄は必要だった。使われなくなった廃材などを集めて再利用するなどもしているがそれでも足りないことが多々あった。その時に現れたのは彼女たちだった。
暇だったので鉄屑を集める切継の様子を見ていて面白そうだったから真似してみたということから始まり、ただで手伝わせるのはさすがにないだろうと良心的な考えから条件付でそれを頼んだのだ。それを彼女たちは暇つぶしだということとおやつがもらえるということもあってか嬉々としてそれを引き受けてくれたのだ。
それにしても何故今日になってやってくるのだろうか。適当な日に適当に渡すつもりだったのだが便乗されかなりの量を注文されてしまった。
財布の中を確認しながら大丈夫だろうかと少し頭を抱える。
「ほら、大ちゃんも頼んだら?」
「え、えぇ!?」
水色の髪の少女が大ちゃんと呼ばれる薄い緑色の髪の少女を急かすように言う。戸惑いながら彼女は切継の方に視線を向けてくる。
いつも彼女たちを抑えるのに尽力している彼女である。おそらくここは我慢してくれるだろうと思っていたのだが、ごめんなさいと一言言い何故か一番高価な商品を注文したのだ。
「ごちそうになるわ」
「ごちそうになるのだー」
「ええっと、ごちそうになります」
「なんでお前たちがここにいるんだよ! それに大妖精、お前ちゃっかり一番高いの頼んだよな!」
「ご注文は以上ですね?」
「ちょっと待て、俺は許可していないぞ」
「この前お手伝いしたのだ、今日はそれのお礼を貰いに来ただけなのだ」
「約束を破るのはいけないことだって慧音が言ってたよ」
「ええっと、そう言うことなので」
三者三様の言葉を聞かされ、さらに店員の女性はもはや何も言わずに職務に励む。それに対して待ったをかけるようにして切継は立ち上がり叫ぶ。
しかし彼女たちに手伝いをしてくれるかわりにおやつをあげると約束したのは切継自身だ。彼女たちは純粋にそれを信じてやってくれただけであり、もしその約束を破ったりしたら今後一切手伝いを引き受けてくれなくなるだろう。
ひとりでもできなくはないがそうなると余計な時間を食う羽目になる。
それに今回彼女たちがこのような行動をとった理由は今までなかなかお礼をできないでいた切継自身のも原因があった。今回はそれのツケが回ってきたのだと考える他になかった。そうでもしないとどうにかなってしまいそうだったからだ。
店員の女性が注文を取り終えて、店の奥へと入っていく。
三人が何故ここに来たのか。偶々切継のことを見つけたので来たのだろうが、なぜ人里にいたのかが分からない。今日は彼女たちから集めてもらったものを受け取る日でもなかったのだがと考えていた切継。
「今日は寺子屋があるんです。だから先に三人で行こうって決めてたんです」
「「ミスチー」と「リグル」は八目鰻を取りに行くっていって遅れるらしいのだー」
「あ、それなら二人の分も買っておかないといけないね。いいよね、切継!」
そういえば彼女たちも妖精や妖怪とはいえ寺子屋に通っていたなと思い出す。人間と妖怪が共生している世界であるからできることであって、普通なら絶対に不可能なことだろう。
それに寺子屋を経営している慧音と呼ばれる人物も自身の教師という職務を誇りに思っているためにそれを可能にしているのだった。
幼い頃切継もまたこの人里にある彼女が経営している寺子屋に通っていた。そのために二人は教師と生徒という関係であり、卒業した今でも時々交流はあった。
それはもっぱら自警団の仕事であるが。
年齢が上がりお酒も一緒に呑むことだってある。昔話もするし、切継に課せられている使命についても彼女なりに心配してくれているのだ。
両親を幼い頃に立て続けに失ってしまった切継の心のケアをしてくれたのも彼女であった。ぶっきらぼうな態度を取ってしまう切継であるが、心の中では彼女には感謝してもし切れないものがあった。
水色の髪の少女――「氷精」の「チルノ」がここに姿を見せていない二人の分も買いたいと切継に申し出てきた。嘘も穢れもない、純粋な瞳がこちらを見つめてきた。
ここで彼女の頼みを断るわけにはいかないだろうというのは分かっていた。
何せここにいない二人の妖怪とも三人と同じように約束をしてしまっているのだから。胸の内で盛大にため息をつく。少しならいいが彼女たちは妖怪であり、妖精である。普通の人間の子どもよりも多く食べるために懐が寂しくなるのは必至だった。
「お待たせいたしました」
笑顔で店員の女性が運んできた注文した品々。
それぞれ手にとっていただきますと元気よく言うと同時においしそうにそれを口に運んでいく。
妖怪や妖精などという人間とは違う存在だというのにまるで人間の子どものように笑みを浮かべているのを見るとこれくらいは悪くはないのではと思う。
手元においている団子を口に運ぶ。しつこくない甘さが口に広がりその後に飲むお茶が丁度いい味になる。
「まだ残ってるのだ。いただきまーす」
「あ、おいルーミア! 俺の団子だぞ、それ」
「切継が食べないのがいけないのだ」
あまりにゆっくりとしていたためか、それとも彼女があまりにも食べるのが早かったためか、突然小さな手がニュッと現れ、残っていた数本の団子を奪っていく者がいた。金髪に赤いリボンを結っている少女――「宵闇の妖怪」、「ルーミア」だった
大食い妖怪とも言われる彼女の食欲はいつも仲良しでいるグループの中でもトップクラスだ。そのために少しでも気を抜くと切継の食べるものを取っていってしまう。決まって言われるセリフが食べるのが遅いというものだった。
そうバクバクと食べるのは女の子としてどうなのかと言った時は意味ありげな笑みとムッとした表情を交互に見せた。
この辺りには様々な店が開かれている。あまりいないが朝から酒をたしなむものも少なくはない。そのために開かれている酒場もあるが、いつも平和というわけではなかった。
突然響き渡る男性の怒声と食器か何かが割れる音。
一体何があったのかと音がしてきた酒場の方に視線が集まる。切継たちもその音に反射的に視線を向けていた。
酒場から出てきたのは巨大な体躯を持った男性とその男性に捕まれて地面に放り投げられた酒場の女性店員だった。
それに続くようにして数人の柄の悪い男たちが姿を見せる。平和そうに見えて幻想郷の人里においてもこのような荒事というのは決してないというわけではなかった。
このような場合、自警団たちが集まってくるのだが生憎近くにいないようで慌てて呼びに行く酒場の店員の姿がチラリと見える。
周りに人が集まってきているが誰ひとりとして助けにいこうとする者はいない。当然だ、柄の悪い者たちに立ち向かったところで一般人がかなうはずがないからだ。
巻き込まれるのはごめんだとここにはいない二人の分の団子を注文し、お金を払う。そこにいる三人に渡して欲しいと言伝をして立ち去ろうとした。
「え、ちょっと切継さん」
「ちょっと、どこ行くのよ切継! どうして助けないのよ?」
「そーなのだー! 助けるのだー!」
などと足を踏み出した切継の前に現れた三人が彼のことを足止めるようにしてなぜかと尋ねてきた。彼女たちが助けに入ることはできなかった。もしそうしてしまったのならその瞬間に討伐の対象となってしまうからだ。
妖怪たちが悪さをしないなら人間も討伐するようなことはしない。
だが逆に何かしら悪さをするのであれば、人間側もそれ相応の対応を選択しなければいけなかった。
この騒ぎになった理由は大方酔った男が女性店員に何かしらのちょっかいを出しそれを嫌がったために逆切れしたのだろうと思う。
朝から飲んでいるということはそれだけ何か鬱憤が溜まっていたのかもしれない。だからといってこんな道のど真ん中で問題を起こすというのはどうなのだろうか。
正直関わり合いにはなりたくないのだが、目の前に彼女たちの視線を振り切ってここを去るのはどうしてもできそうになかった。
彼女たちからの微力な協力を得られなくなるからか。それくらいの理由でなら振り払うことだってできたはずだ。
しかし根拠がなくとも信頼を向けられてしまうとそれを無碍にはしたくないと思った。それは切継が背負っている重すぎる運命が関係しているためであろうか。
戸惑いを見せながらミスチーことミスティアとリグルの分の団子を包んだ女性店員が近づいてきてそれを切継に手渡す。それを一番近くにいたチルノに押し付けると、小さく舌打ちを零し、仕方ないと言う様に腰にある刀の柄に手を添えながらその現場へと足を向ける。
「んだ、てめえ! 俺たちの酌ができないってどういうことだ!」
「も、申し訳ありませんが、当店ではそのようなことは一切――」
「うっせんだよ、そんな決まりはどうでもいいからやりゃいいっつってんだよ」
「そうそう、それに俺たち自警団よ? 俺たちのおかげでお前、守られてるんだからそれくらいの奉仕はしてもらわないとな」
得物を取り出し脅すように女性を脅迫する。
女性は刀の切っ先を突きつけられ、恐怖で何も言えなくなる。
回りもざわついているが、男の周りにいる取り巻きたちの睨む視線で黙らざるをえない。自警団を呼ぶはずが、今回問題行動を起こしているのがその自警団なのだからどうしたものか。
取り敢えず止めるしかないだろうと思い人ごみを掻き分けて近づいていく。男たちは近づいてくる切継に視線を向け、睨み付ける。
だがそんな視線を無視して歩み寄るのをやめない。刀の切っ先を向けながら叫ぶ男たち。がむしゃらに振り回しているだけなのでまったく脅威にもならない。ギリギリ切っ先がとどかないところまで歩み寄って立ち止まる。
感情を表に出さない、冷静さを保ったまま口を開く。
「もうそこらへんにしろよ」
「ああん? なんだクソガキ。俺達に盾突こうってのか?」
「もしかしてこいつ、ヒーロー気取りなんじゃないか? うわ、恥ずかしい」
「この女を助けてちやほやされるつもりなんだろうが、残念だったな。俺たち相手じゃそれは叶わないぜ?」
「……弱い奴ほどよく吼える」
そうボソリと呟いた切継の頬を薄く切り裂く一閃が放たれた。
小さく作られたきり傷から血が流れ頬を伝い、顎から雫となって地面を赤土色に染めていく。
苛立ちを表情に見せている男が横一閃に刀を振ったのだ。相手を殺さずに僅かな傷をつけるだけに留められるくらいは実力がありそうだ。大方スケジュールがきつすぎて久しぶりに酒場にのみに来たはいいが、やはりストレスがたまっていたようで暴走してしまったのだろうと考える。
――迷惑極まりないな……。
そう心の内で思う切継。切られたところは敢えて無視する。
「その言葉、吐いたことを後悔するんだな……死に晒せ!」
男が勢いよく振り上げた手斧を切継目掛けて振り下ろしてきた。それに対して抜刀して対抗するか、回避するかを選択しかかっていた時だ――突然横から刈り取るようにして現れた得物がその攻撃を受け止めたのだ。
切継の目にはその得物が湾曲したものに見えた――そう、大きな刈り取るために存在している鎌だった。
そしてその多き仲間を軽々振り回す女性がそこに立っていた。青い服を着て、胸元は豊満な胸によって押し上げられ、隠しきれていないのが見える。紅色の髪を髪留めでツインテールに結わいている。
「なんだい、折角の酒の時間だっていうのに朝から荒事かい? 酒がまずくなるからそういうのはやめてくれないかね」
「んだと女! 女だからって容赦しねえぞ!」
「容赦? あはははっ! あたいに対してそう言うかい。なら、あんた達は閻魔様の前に行く覚悟、できているのかい? 多少なりとも黒の判決を言い渡されるだろうね、その罪は重いよ?」
「なんでお前が居るんだよ、小町」
「有給だよ、ゆうきゅー。折角いい気分でお酒を飲んでたっていうのにすっかり冷めちまったよ」
大きな鎌を肩から担いでいる女性が言う。
女性に対してさらに怒りのボルテージを上げている男性が食って掛かるように叫ぶ。顔が近いために唾が飛び、女性にかかる。汚いと顔をしかめながら懐から取り出した布で綺麗にする。
目を据わらせて先ほどの気前のいい口調とはまったく違う、まるで執行者のような低く脅すような口調で言ってきた。
一瞬だけ怯んだ男性たちであるがすぐに女性と切継に対して好戦的な態度を見せる。
双方のやり取りを聞いていた切継ぐ葉ため息をつきながらその鞘から刀を抜き取りつつ、隣に立っている女性に対して言葉をかける。
彼女の名前は「小野塚小町」。彼岸にいる死神のひとりだ。
余裕やあるためかキセルを取り出し、一服を始める。ケタケタと笑いながら先ほどの張り詰めていた雰囲気を一瞬にして霧散させる小町。彼女とはタバコ仲間、酒飲み仲間だった。切継としては色々と気苦労の耐えない職業についているし、小町は死者を閻魔の前に連れていくというもの言わぬ死者と隣り合わせの仕事であるために退屈とストレスのたまるものだった。
そのためにお互いにそれを発散させるという面目で酒場に来ていたときにばったりとであり、お互いに愚痴を零したところから仲良くなっていた。
はるかに年上である小町は切継に取って年上の姉的な存在だった。小町としても切継のことを無愛想に見えて、優しさをうまく伝えられないという不器用さを持つ弟だと気に入っていた。それと彼の背負う使命、運命というものを知っている者でもあった。
有給だとにこやかに言ってくる。またいつものようにサボりなのではないかというと、それを激しく否定する。流石にサボり常習犯であるために疑ってしまうのは無理もない。
「あたいってお前さんにどう見られてるんだい?」
「サボリ魔だろ、当然」
「ヒドイっ! ヒドイよ、切継!」
そう尋ねられた切継であるが真顔で一刀両断するように呟く。それを聞いて思わず噴出した小町。肩を揺さぶり文句を言ってくるがただうるさいだけだ。
そうこうしている内に面倒くさいことにどこからともなくわらわらと男たちの仲間と思わしき者たちが現れる。中には人里においても所謂不良と呼ばれる者たちの姿もあった。
それぞれにらみつけるものもいたり、小町の胸にニヤニヤとした視線を向けたりする者たちもいる。
さっさと終わらせる、か――。
そう思いながらチラリと隣に立つ小町に視線を向ける。目だけをこちらによこし、了解したと言うように小さく首肯する。
「久しぶりに暴れさせてもらおうかな?」
首を回してコリをほぐす。肩に担いでいた大きな鎌を頭上に持ち上げてぐるぐると風を切り裂くようにして振り回す。
切継もゆっくりと刀を抜き取って正眼に構える。
「切継、言っておくけどしくじるんじゃないよ?」
「……余計なお世話だ。余計なものはお前のその胸だけにしておけ。そういうお前も足引っ張るな、よ!」
「お? 男の子だねー。それじゃあ、あたいもやりますか!」
そう言って二人は弾けるように二手に分かれる。
ぐるりと二人のことを囲むようにしていた男たちに対して突っ込んでいく。弾丸の如く迫ってくる切継ぐに対して男たちは虚をつかれ、慌てて得物を構えて迎撃に入る。
地面を滑るようにしてすり足で地面を穿ちながら一瞬にして男たちとの距離を皆無にしてみせる。まるで瞬間移動のように現れた切継に対して構えていた得物を振り下ろすことができないでいる男たち。
問答無用にその逆刃で男たちの顎をかち上げる。三人の男たちが白目を向いて空に舞い、地面に崩れ落ちる。
恐れおののく男たち。ゆっくりと刀を突きつけながら睨みつける切継ぐに恐怖した男が悲鳴を上げて刀を構え、切り掛かってきた。それをその双眸をしっかりと見開いて紙一重でそれをかわしていく。
右手でつばを深めに握り締め、左手を柄頭にそっと添えている。しかし決してその刀の刃で相手の攻撃を受け止めることはしない。紙一重で回避しているとはいえ、着ているものに少なからず傷はできていた。
いくら鍛え上げた刃だとしても絶対に折れないという道理はない。
わずかなミスで戦うための得物を失った時何もできないというのは笑い話にもなりはしない。そのために切継ぐは決して鍔迫り合いには持ち込ませない。
一定の距離を保ちながら相手の攻撃を回避し続ける。
そして一瞬だけ相手が大振りになるという大きな隙を表した。それに対して双眸をカッと見開き、今まで溜め続けてきた力を一瞬にして足に集め足場を爆発させるようにして接近し、交錯すると同時に斬撃を背中に叩き込んだ。
男は弓なりになり、地面に崩れ落ちる。
視線を小町の方に向ける。彼女の方も巨大な鎌を振り回して男たちを一度に数人を弾き飛ばしていた。もちろんみねうちであるために死にはしない。
そんなことをしたら地獄の閻魔に起こられてしまうし、死神として殺しをするのは本当にしに瀕している相手に対してのみの行為だ。
二人の周りには屍のように気を失っている男たちが転がっていた。
案外簡単に片付いてしまった。ひとりならもう少しかかっていただろうが、目の前にいる小町がいてくれたのであまり労力を使わずに済んだ。
後は自警団がきたらそれに預ければいいだろう。
とはいえこの中にも数人自警団がいるなどという皮肉な話である。
ならもうここに留まる必要はない――そう思って背を向けた切継ぐと小町であるが、突然二人に後ろから影がかぶさった。慌てて二人は危機感を察知し横にそれぞれ飛びのいた。二人がいたところには巨大な戦斧が地面をかち割るようにして突き刺さっていた。
慌てて視線を向ける。そこには大人の男性をゆうに超える巨体の持ち主が立っていた。軽々とその戦斧を肩に担いでいる。おそらく不良グループのリーダー的な存在なのだろう。顔色敵によっていないということは仲間たちがいる酒場に遅れてきたということだろうか。そしてその酒場の前で仲間たちが二人によって倒されているのを見て襲い掛かって来たということらしい。
「何してくれるのかねえ。あたいたちが一体何をしたっていうんだい?」
「この状態を見てそう言うかよ、女。仲間たちが世話になったな」
「面倒なことを押し付けてくれたよ。あんたもリーダーならしたっぱの手綱くらいちゃんと持っていてもわらないと困るよ。こういうことをするのはあたいの仕事じゃないんだからさ」
「そうかい。だが手を出したのには変わりはねえ……悪いがそれ相応の代価は払ってもらうぜ?」
「ふーん、ならその代価って一体――」
そう言い終えるよりも先に小町はその経っていたところから飛びのく。彼女の首があったところを勢いよく男が持っていた戦斧を振りぬいたのだ。もし動かなかったら今頃首と胴体が分かれていただろう。
流石に小町も表情を崩すことはせずに死神らしく据わった目をして相手を睨みつける。彼女から投げかけられる視線にも臆することなく男は斧を肩に担いでむしろ得意げだ。
その巨体とそれに見合った強さが彼の自身なのだろう。相当使い込まれているようであるがその斧の威力は相当なものだ。
周りを取り囲むようにしてみていた住民たちは悲鳴をあげてさらに中央にいる切継たちから距離を取る。できるならどこかにいって欲しいというのが本音なのであるが。
「代価は、女は身体で、ガキは死ぬまでその細い身体で稼いでもらうぜ!」
「お生憎さまだね。そんなの真っ平ごめんだよ」
「……図体でかいだけの見掛け倒しめ」
「その減らず口……いい加減にしやがれぇ! やれ、お前ら! やられてばかりで後に引けるか!」
「「お、おおっ!」」
小町は相手が自身のことを変な目で診ているのに対して嫌悪感を感じる。同じく死ぬまでただ働きをさせられそうになっている切継はまったく興味はないというような表情だ。
二人の言葉に男はいよいよ沸点を越えたようで気絶していた者たちもいつの間にか起き上がっていた。圧倒的な強さの前に倒れて戦意喪失をしていたが、リーダーの男性が現れたということもあってかもう一度やる気を見せていた。
大人しく眠っていればいいものを――。
そう思いながら刀を正眼に構え、右半身を前にし、右手を鍔深くに握り締め、左手を柄頭に添えるようにして置く。
鍛え上げられた刀身は銀色に輝き、それにある波紋には歪みは一切存在しない。
「俺があのデカブツを潰す……ザコは任せる」
「一応言っておくけど負けんじゃないよ?」
「フン……抜かせ」
隣に立つ小町にそう言うと、彼女は不安のない笑みを見せ手元に何故かお金を出現させる。それは彼女の持つ霊力によって生み出されたものであり、それを投げつけることで投擲型の武器ともなる。
周りに集まりつつあった男の仲間たちに先制攻撃としてそれが直撃する。もともと威力が低いために当たり所が悪くても気絶する程度である。込められ威力もまた気絶させる程度であり、いくら死神である彼女であってもむやみやたらに人を殺すようなことはしない。そんなことをしたら彼女の上司である閻魔に地獄送りにされかねないからだ。
彼女が周りの者たちを一手に引き受けてくれるために切継は刀を構え、目の前にいる巨体の男性と対峙する。
力強く、その巨体に見合う威力を見せる。
とてもではないが組み合うことはできない。
だがもともと切継は相手を鍔迫り合いなどという状態に持ち込むことも、するつもりもなかった。
なにせ戦いの中で武器を失うことは自身の死に直結することである。いくら鍛え上げられた刀であっても刃こぼれはするし、耐久にだって限界はある。そのために切継ぐ葉とにかく交わす。その戦斧の刃を鼻先で紙一重にかわしていく。だが当然のように福や神は切り裂かれる。だが決して服より下の肌は切り裂かれることはない。
本当にギリギリの極限状態での攻防であり、切継の肌にはいつの間にか大粒の汗が噴出していた。
男は嘲笑う。切継がその刀を振るわずに防戦一方であるためであった。
自分が圧倒的に有利であるために調子に乗りながらその戦斧をまるで小瓶を振り回すように易々と振り上げては振り下ろすという攻撃を繰り返していた。
単細胞だな……馬鹿な奴だ――。
ギリギリで交わすなど、とにかく緊張が途切れることがない切継。
しかし心の中ではそう考えられるほどの余裕があった。確かに相手の男性の攻撃はいくら切継ぐとはいえ一本の刀でそれを受け止めきれる自身はない。だが受け止め切ることはできなくても交わすことはできる。
地面をまるで氷上を滑るかのように穿ちながら動いていく。
「ぶっつぶれろおおお!」
男が両手でそれを掴み、振り上げた。
隙ありだ――。
切継はすぐさま刀を腰高に抜刀するように構える。ゆっくりと振り下ろされる戦斧。男は切継が回避する体勢でないことに自身の勝利を疑わない表情を浮かべている。今までならそれで勝利することができただろう。
だが今回は、相手が悪かったな――。
抜刀。
切継の振り抜いた刀が戦斧の刀身と衝突する。短い金属音が耳に響く。
そこからだった。
抜き放たれた刀が勢いを殺さずにそのまま戦斧の刀身をまるで焼けたナイフでバターを切り裂くようにして中心へと侵攻していくのだ。それを見て男はありえないという驚愕の表情を浮かべた。
流石だね――。
攻撃を続けながら小町はチラリと見た切継と彼が鍛えた刀がやってのけるその光景を見て感嘆するように小さく口笛を吹く。
人と武器が一体にならなければできない芸当だ。それに相当な鍛錬を込められた業物であるからこそ、それが可能なのだと理解していた。
突然に振り下ろされた刀や突き出された槍を交わす。
霊力をお金の形に変えてそれを投擲する。直撃した男たちは爆弾のように小規模なその爆発に巻き込まれてあちこちに吹き飛んで頭をぶつけて気を失っていく。
こうもうまく気を失ってくれると助かると小町は余裕を持って勇ましく戦いを挑んでくる者、悲鳴をあげながら恐怖を前面に出してくる者、逃げ出そうとしている者に攻撃を続ける。
殺さずに退けるというのは小町ほどの実力があればできないことはない。少し相手を懲らしめる程度で構わないので、最近暇だった彼女にとってはよい運動だった。
さて、向こうの方も大詰めだね。ならこっちもさっさと終らせるかい――。
こんな荒事をさっさと終わらせてまたゆっくりと酒を飲みたい。何なら切継も一緒に同席させようかとも考えながら再び掌にお金に霊力を形作り投擲する。
「どっからでも掛かってきなよ! 逃げるならあたいが目をつけていないうちだよ!」
いくつもの刃が小町に振り下ろされる。だがそれを死神の鎌で軽々とはじき返して見せた。余裕の表情を浮かべ、小町はそう叫んだ。
一閃――ただそれだけで男が振り下ろした自慢の戦斧とそれによる攻撃が断ち切られた。男よりもはるかに小さい切継という名の少年と、ただ一本の細い刀によって。
嘘だ、ありえない! 俺があんなガキ一人にやられるだなんて――。
男は表情に色濃く表れているように思考においても切継がやってのけたことに驚愕の念を抱いていた。
ただの一閃で鉄が鉄を切り裂いたのだ。普通なら戦斧の方が威力が高い分刀を叩き折ることが可能だ。それに鍔迫り合いになるのならまだましも、そんなのはほんの一瞬だけで美しいともいえる太刀筋を真っ二つにして見せた刀身に刻み込んでいた。
対する切継は振り抜いた勢いを利用して身体を回転させる。その動作の中で再び刀を構える。今度は刃を返しての攻撃だ。さすがに相手を切り殺すつもりなど毛頭ない。そんなことをしたら死神である小町に閻魔の前にたたき出されてしまうだろう。
まだやることが残っているために閻魔の前に連れて行かれるのはその後でもよいと考えていた。振り抜かれた逆刃が男のわき腹に叩き込まれた。男は細腕の切継から放たれたものとは思えないその威力に思わず前に数歩よろめく。
歯を食いしばり、倒れるのを堪える。たかが子どもの切継にここまでコケにされたことに対して怒りがもはやゲージを振り切ってしまった。感情の赴くままに真っ二つにされた、もはやただ叩き潰すことにしか使えない戦斧を切継に対して振り下ろした。
それをただ横に動くだけで余裕を持って回避する切継ぐ葉、そのまま懐に潜り込んで柄頭を男の腹部に打ち込んだ。
今度こそ前かがみになった男に追撃としてこめかみに肘鉄を食らわせ完全にバランスを崩させる。それでも怒りのこもった視線をこちらに向けてくる男。
いい加減にしろよな……――。
そう呆れたように切継は胸中でため息をつき、一撃で仕留めるためにわるびもなく男の股間に対して柄頭で思いっきり殴りつけた。嫌な感触が手に広まったがいちいち気にするつもりもない。
白目をむいて泡を吹き出しながらゆっくりと地面に倒れ伏す男。その男を思いっきり蹴り飛ばして地面を転ばせる。もはや戦う術も、戦意も失ってしまった男と彼に付き従う者たちに勝ち目はなかった。
戦闘が終了し、事体が収拾した頃になってようやく酒場の店員から呼ばれてきた自警団の姿が現れた。
倒れ伏している男たちの中に数名仲間がいたために少しだけ表情が暗かった。
こういうこともある、仕方ないと自警団の団長をしている上白河慧音がそう呟くのを聞くことで、団員たちはそれぞれの役割に徹することができた。
この事体の収拾に協力してくれた者たちということで慧音に切継と小町は呼び出されていた。もっとも本当は小町が暴れるのはあまりよろしくないのであるが、今回は仕方のないことだったということで注意は少なかった。
自身の上司と同じようなタイプである慧音であるから注意や説教という場合になった時、小町は彼女に対して苦手意識を持っていた。最もお酒を飲む相柄であるので、仲のいい友だちではあるのだが。
「それにしても、お前が人助けをするとはな。教えた私としては嬉しいぞ」
「ふん、たまたまだ」
嘗ての教え子である切継に対して嬉しそうに話しかける慧音。彼女が当時教えていた頃の切継とは無愛想であるためにあまり周りから受け入れられない子どもだった。親を早くに二人も失っていたのでそういう性格になってしまうのも無理はないと考えていた。
何とかしてあげたいという気持ちもあったが上っ面だけの優しさでは彼に化せられた重すぎる運命や使命のことを考えると返って逆効果になると思い、どうしようか悩み事のひとつだった。
彼女にできたことといえば余り彼のことをひとりにしないということだった。ひとりになりそうになれば必ず声をかけるようにしていた。
当時の切継にとっては何故自分に関わろうとするのか分からないでいた。むしろ馴れ馴れしい、自分のことも分からないくせにと、むしろ慧音のことを鬱陶しがり、嫌っていた。
だが切継が酒を飲むようになった時、偶々二人はとある酒場でばったりと会った。もうそんな年齢になるのかと時が経つのは早いと笑って酒を飲む慧音が言った。
半人半妖彼女にとっては人間の一生というのは酷く短い。そのために今までにも何人もの教え子の最期を看取ってきた。それが寿命か、殺されるかは別としてだ。
その酒場ではじめてお互いの胸の内を語った。
切継においては酒に酔っていたために自制することを忘れていたのだ。口から言葉として吐き出されたそれを止めることは時間が経ってしまった今はもう不可能なことだ。
対して慧音にとっては教え子の当時の心境を聞くことができ嬉しくもあった。自分の下ことが鬱陶しく思われていたとしても、こうして胸の内を聞くことができたのは彼女にとって嬉しいことだった。
まだ当時の面影を残しながらも何かを成し遂げるために確実に成長している教え子を誇らしく思えた。
「そういう不器用なところも変わっていないな」
「なっ!? 誰が不器用だって!」
「難儀な奴だね、あんたも。素直に言えばいいのにさ、人助けをしましたって」
からかうようにして言う慧音。そんな彼女に対して切継は噛み付くようにして叫ぶ。だがそれが虚勢であることを知っているために慌てる様子はまったく見せない。
素直になればいいのにと小町も呆れたように言ってくる。
そんなことができるようになった時というのはきっと切継ぐに対して何かしら幸せなことが起きたときだろう。
今の彼が素直に何かをしたいなどという願望というのを吐き出すことはないと二人は知っていた。
酒に酔えば色々と愚痴などを零してくる。
その中には彼なりにやってみたいことなどが含まれていることがある。酒が入ればその時のことを忘れがちであるために胸に隠していたことをうっかりはいてしまっているのを彼は気づいていないのだ。
そんなことを聞けるのは本当に一握りの存在だけだった。
「そんなこと思っていても誰が口にするか」
「まあいいさ。天邪鬼だってのは分かってるから」
「いい加減にしろ、この暴力教師!」
「そういう口の悪いのは少し修正が必要、だな!」
切継の言葉に反応した慧音はがっちりと肩をつかむと思いっきり頭を振り下ろした。交わすこともできず、鈍い音が響く。
それを聞いた小町は思わずウッと唸り声を上げ視線を逸らす。
今の音を聞いただけで誰もが目を瞑りたくなる。普通なら首の骨が折れてしまってもおかしくはな威力だ。だが絶妙な力加減ともいえるのか、切継はただ気を失っているだけで、首の骨は大丈夫なようだった。
その頭突きがあるから、そうよばれるんだろうけどねえ……――。
困ったものだというように小師に手を当ててばたりと地面に倒れ、目を回して気を失っている切継を見ている慧音に対してそう思わざるをえない小町。
まったく面白い奴だよ、あんたって人間は――。
退屈させない人間に対して、小さく死神は微笑んだ。
後書き
始めましての方は始めまして、第1話から読んでくださった方はありがとうございます。泉海斗です。
突発的に生まれたネタから書き始めたこの作品ですが、楽しく執筆させていただいております。不器用で、ぶっきらぼう、それでも相手を気遣う主人公というものをかけていればホッとします。
もう少し慧音との話を書ければよかったのですが、何故かこまっちゃんとの話が長くなってしまいました。こまっちゃん繋がりだけではなく、幻想郷の存続に一役買っている家系であるために映姫とも親交はあります。
映姫からすれば切継が聖剣を打つことが最大の善行だと思っています。もちろんそれに代償が付くということも理解した上でですが。
次回からは少しずつ交友関係が意外と広いことや聖剣完成への道を一歩踏み出していければよいかと考えております。
次回も読んでくださる皆様に楽しんでいただけるような作品にするということをモットーに私自身も楽しく執筆して行きたいと思います。
今後ともよろしくおねがいします!
それでは!!
説明 | ||
今日も平和な日常が続いている幻想郷。 そんな幻想郷を外の世界と分け隔てている存在――「博麗大結界」。そんな大結界を守護する存在である博麗の巫女。 今代の博麗の巫女である「博麗霊夢」がいる。 何故彼女は博麗の巫女としての力とともに、「空を飛ぶ程度の能力」転じて「あらゆるものから浮く程度の能力」という人の身に余る能力をその身に宿す事ができているのか。 そこには知られざる者の尽力があったからこそそれが可能となっている。 何故彼女が修行をしないのか。 何故彼女が他人と距離を縮めるのを拒むのか。 その理由には彼女が博麗の巫女として今も存在していられるのに関わったひとりの刀鍛治の存在があった。 これは彼女の幼き頃の、ただ一度だけの恋の物語。 二人は切り離され、そしてもう一度継がれる。 |
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