ていたらく
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 分厚いカーテンの隙間から微かにに差し込む光は、明らかに茜色を含んでいて、それが午後の日差しであることを主張していた。

 鉛でも括り付けられているんじゃないかというほど重たい腕をぎこちなく持ち上げて目を拭い、目脂のせいでぼやける視界を晴らそうとする。効果は薄い。

 

 ゾンビか何かのようにぐねぐねした動きで立ち上がり、数歩の距離にあるデスクにやっとのことで座る。

 あんまり質のいいパソコンでもないので、起き抜けの俺と同じ位のスピードでゆっくりと起動していく。

 砂時計が消えるまで、睡魔と死闘を繰り広げながらネットで拾ってきた画質の悪いベクシンスキーをじっと眺めた。3回見ると死ぬらしいそれに、俺は毎日顔を合わせるうちだんだん萌えるようになってきている。いろいろと末期だけど、死んでないし大丈夫だろう。

 

 6週間前から冬眠している鼠に代わって、ペンタブレットのペンが10月の蚊みたいな動きでカーソルを走らせていた。

 兎に角軽いことだけを条件に探し当てたフリーのお絵かきソフトを起動する。なぜだかいつもマイドキュメントから始まる『開く』で描き途中の絵を何とか発掘し、20年間放置したブリキの玩具みたいな動きでペンを動かし始めた。

 

 線画が描きたくないからという理由から厚塗りをしているけど、多分中学生にやらせたほうが上手だ。

 「まぁ趣味だからいいんだけどね」と言ってしまえばそれまでで、上達する理由もなければ手段もやる気も無い。

 

 

  

 案外、上野の森美術館とかに飾ってありそうな絵が浮かび上がって来た所でぎぎぎぎ、と安いホラー映画みたいな音を立てながら閉じかけだった部屋の扉が開いた。

 

 「おぉお前か」

 世界でただ1匹俺の性格の悪さの弊害を享受していないと思われる生き物が、愛情をかけ過ぎた故にツチノコに進化した体を隙間にめり込ませて進入してきていた。

「おいネコ。こっちおいで」

名前を付ける手間を極力省いた省エネな名前。しかしながら不満を一切感じていないらしく、ぴん!とたてた尻尾を震わせながら駆け寄ってくるツチノコ。じゃなくてネコ。

 全然見た目通りではない繊細で俊敏な動きで、A4用紙1枚分くらいのスペースを除いて何であるか分かりたくないものがうず高く積み上がっている机に飛び乗る。魔窟を崩す気配もない。

「流石だな」

手の甲で頭をぐりぐりと撫でてやると、ぶるるーぶるるーと嬉しそうにアイドリングを始める。目を細めた顔に、思わず口元が綻んだ。

 

 しばらくそのまま撫でくりまわしていたが、そのうち目が恍惚のものから、12日ぐらい前から着ているパーカーの襟紐を狙うハンターの目になってきていたのでそっと手を離す。それから、ある日森のなか熊さんに出会ったときのやり過ごし方と同じ動きで、本とか、もう状態どころか所在すら知りたくない〈ピー〉とかで40cmくらい高くなった床に埋もれているねこじゃらしを片手で掘り返す。よく使うものなので、浅い層にあった。よかった。

 

 釣竿状のそれを微かに揺らすと獲物に付いている鈴がちりりと鳴る。その音に一気に目を見開いたツチノコを案内するように、ベッドの方向へ勢い良く振ると阿修羅の如き身のこなしで喰らい付いてきた。

 

 ネコと遊ぶときは出来る限り釣竿状のじゃらしのほうが都合が良い。何故ならさっきも言った通りにブラックホールが誕生しそうなほど散らかりに散らかった室内では、ベッドと机に続く花道以外に足を踏み入れることが危険なため、どうしてもネコを楽しませるためにリーチが必要なのだ。

 

 しっかし1人で延々と自分語りを脳内で垂れ流すのは楽しいなぁ。

 本職が物書きだからか。

 まぁ、冬眠中なんだけどね。人間って何であんなにいやらしい生き物なんだろ。

 

 飼い主に似たのか、体系のせいか、両方か、ネコは結構な早さでギブアップした。ベッドの上に転がり、岩の上で休むセイウチみたくなってる。

 そして失敗したブレイクダンスを踊りながら変な声を上げ始めた。

「おーぅ。撫でて欲しいのか?」

返事の代わりになるように、更に大きな声で鳴き始めたので撫でてやることにする。全人類がこいつみたいな馬鹿になればいいのになぁ。俺を除いて。

 

 「よぅし。今いっ……って、うぉ危ねぇ!」

道を外れてしまったようだ。危うく鋏を踏みかけた。花道以外に足を踏み入れるとどんな怪我をするか想像するだけで恐ろしいので、いつもは極力下を向いて歩く。でもなんかこういう、目を離したくない物体が目の前にあるときはやっぱりそっちを向いてしまうので怪我のリスクが跳ね上がる。もっと全身に意識を集中できたらなぁと思う。思うだけ。

 

 

 あいつがいた頃は、俺が散らかすスピードについて来られる速さで片付けを行うことができる貴重な人間がいたおかげで普通の家だったんだけども。ほら、追い出したから。

 あのときからだろうな。俺の人間不信が加速したのは。

 

 そんな哀愁に浸りながら、高額な枕みたいな張りとさらさら感を兼ね備えたネコの腹を撫で繰り回す。やっぱり短毛だよね。

 そうした所、何故か手に思いっきり齧り付かれた。

 

 …なんだよ。撫でて欲しかったんじゃないのか。

 

 「腹減ってたんだな」

 ごめんごめんと言いながら振りほどく。手には無数の穴が開いていたが出血は無し。典型的な甘噛みだ。かなり痛いけど。

 

 

 そして机の上に置いてある、正確に言うと机の上の「魔窟と交じり合わないよう慎重に扱わなければいけないもの専用のスペース」にある皿と、我が家を養豚場からネコチャンとの愛を育む素敵な場に変える、緑と銀のストライプのメタリックな袋を手に取った。簡単に略すとダイエットフードだ。

 

 一応美味しい方。やっぱりコイツ第一で生きてるからさ。

 ブレイクダンスしていた場所から全く移動していないネコの鼻先にそっと皿を持っていくと、ニュートリノの速さで起き上がり、がつがつと食べ始めた。

 

 うむ。いつも通りの食べっぷり。どこか悪いというようなことは無いみたいで安心した。

 それからそんなネコの姿を見ていたら省エネ生活を送る俺も流石に腹が減ってきたので、ベッドの上に放ってあった食パンを一枚取り出し齧り付いた。ちょっと酸っぱい気がするがそんなことは知らない。

 あと部屋から出ないなら2lより500mlを買い置きしたほうがいい。何故かって言うと飲み切らないうちに腐敗するからだ。

 という訳で、魔窟とは微妙に混じりつつもまだ存在感を放っている渓流天然水の山から一本取り出し一気に半分にした。やっぱりパン酸っぱいよ。歯応えが部屋に放置し続けただけなのにトーストだし。

 

 それでもしょうがないので、そのまま貪りつつ昨日モンスターより眠気のほうが強いということが判明し中断したPS●Pを枕元から拾い上げて電源を入れる。ボタンを押した瞬間吹っ飛ばされ、訳が分からないままクエスト失敗と相成った。やっぱりあんなでかい化け物倒すなんて無理だろ。行商人とかやりたい。

 ということで採取に行くことにした。やっぱり猫状の生き物は可愛いね。

 

 いつの間にか50分が過ぎ、村に帰ってきたところで強烈な眠気に襲われたのでゆっくりとゲーム機を枕元に置き、足元でウミウシ状に溶けているネコを抱えて布団に潜り込んだ。

 

 寝るときまで頭の中が妄想だらけだからかどんなに眠くてもなかなか寝付けないんだけれども、そんな意識を段々と破壊され眠りに落ちていくのが逆に好きだったりする。四六時中夢を見ているみたいで。

 

 今は起きて妄想しているのか、破綻した夢を見ているのか。もうずっと分からない。心地いい。

 

 

 

 ……

 

 

 ……公衆浴場らしい風呂場で、一角のヒノキ風呂になみなみと注がれた味噌汁にタオルを手にしたおっさんが、何の躊躇いも無くむしろいそいそと入っていくのをぼーっと見ていた。とりあえずシャワーを浴びようとしたら、シャワーからも味噌汁が出てくる。どうしたものかと思いつつ味噌汁の味を確かめようとしたところで目が醒めた。

 

 ネコはまだ腕の中で熟睡している。眠気は消えている。

「……起きるか…」

ネコを起こさないよう慎重に身を起こすと、昼目覚めたときより頭がすっきりしていることに気がついた。それからさっき真っ暗と言ってしまった室内だが、正確には一箇所だけ光源を確保していた。

 

 「うぉ。やばいな」

 中古屋で安かった理由が見ただけで分かる、このご時世に奥行きのあるデスクトップが必死にパイプを紡いでいた。電気代が大変かもしれない。この部屋に時計は存在しないので、俺が何時に寝て今が何時なのかなど分かるはずも無いんだけど。4時間くらいかな。きっと違うけど。

 

 そんでもって、消すのも面倒なので描きかけの現代アートを完成させることにした。

 30分ほど筆を走らせ出来上がった深淵を早速、最大手の最近発狂してきたSNSに投稿してみる。いつも通りの閲覧数0なんだろうなて思いながら。ライトノベルをこき下ろして悦に入ってる文学者様御用達の作家なんだぞって火病起こしたらちょっとは相手にしてくれるかな。してくれるな、別の意味で。

 

 寝ていて疲れたのか、5か月ぶりくらいに腹の虫が泣き声を上げたので土に還りたがっている食パンを与えてやることにした。

 やっぱり凄く体に悪い味がする。でも水さえあればきっと大丈夫。大丈夫。

 

 最後のひと欠片を飲み込んだ後なんとなく尿意を感じたので、本日初となる部屋からの脱出を試みる。ボトラーになる気はさらさら無いのだ。その為にドアが開くように花道を設計している。俺って何て偉いんだろう!

 

 という訳で難なくミッションをこなし、部屋へと帰還する。このままネットサーフィンでもしたい所だったが、一旦電源を落とすとなかなか動いてくれないパソコンなのでそっと諦める。

 布団をのぞいてみた所まだネコが睡眠中だったため、俺も一緒に寝るのがベストだと判断し、そっと布団に潜り込んだ。それでも振動で起きてしまったネコがぐにょーっと伸びをして、反動のように丸まったから

「おやすみ」

と言って俺も丸まった。

 

 

説明
 他のSNSにも投稿してあるものなのですが、今のところ一番力を入れた作品なのでアドバイスを請うに最適かと思い、投稿させて頂きました。
 一部、他のSNSに投稿したものから改変してあります。
 どうぞよろしくお願いいたします。
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タグ
小説

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