第2話 襲来 - 機動戦士ガンダムOO × FSS
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第2話 襲来 - 機動戦士ガンダムOO × FSS

「うう、ここは?」

 

 私はゆっくりと瞼を開くいた。

 遠い昔光を失ったはずの私であったが、ぼんやりと何かが見えてきた。小さな光が瞬いている。その数は多数、いや無限とも思える小さな小さな光が瞬いていた。

 

「あれは星? 何年ぶりだろう、こうして自分の目で外を見るのは?」

 

 目が慣れてきたのか、徐々に像がはっきりしてくる。よく見るとあたりは星々が一面に広がっていた。いや、一面所ではない。まるで私を包み込むように。

 

「ここは、まさか! 宇宙!?」

 

 私は宇宙に浮かんでいた。宇宙服も着ないで。いや、そもそも何も着ていない。

 私は恐る恐る自分の両手を見る。手に皺が一つもない。

 次に自分の胸を見る。乳房に張りがある。顔に体を撫でまわすも皺がなく、肌もあれていない。それに毛も白髪ではない。

 鏡がないから自分の顔を見ることが出来ないが、恐らく私は今、若い頃の、それも、生まれたままの姿になっているのでだろう。だが、それほど羞恥心は感じなかった。周りに誰もいないせい? それとも通常では考えられない事態だから? 幾つかの考えが浮かぶがいずれも今の自分の心境を納得させられる答えにはほど遠かった。

 

 この状況に少しでも慣れようと手足を動かしてみた。手足は何不自由なく動くのだが、ここの場所からは動くことが出来ない。

 

「いつまでも、ここに漂っているわけにもいかないわ。……彼のように飛ぶことは出来ないのかしら?」

 

 私は自分に言い聞かせるように色々手足を動かしてみたり、周りに人の目がない事を良いことに、テレビのヒーローのようにポーズをとってみたりしたのだが、一向にこの場所から飛ぶことが出来なかった。もし、付近に宇宙船が航行していたら私の行動はさぞ奇怪に映ったことであろう。全裸の女性が宇宙空間でジタバタしているのだから。

 

「これは本格的に困ったわ。私は彼のように飛びたいだけなのに……。」

 

 私は彼の愛機が自由に大空や宇宙を飛び回り光景を頭に思い描いく。光を失ってから籠もりがちだった私を彼は様々な所へ連れ出してくれた。

「ちょっとそこまで、だ」と言って遠い遠い世界にも連れて行ってくれた。後で親友にバレて二人で怒られた事もあった。たとえ、目が見えなくても彼の愛機で空を飛んでいるあの不思議な感じ。彼の愛機が彼に内緒で自分の目を通して外の様子を直接私に見せてくれたこともあったわ。まるで本当に自分が空を飛んでいるような錯覚だった。

 

 あの時のように飛びたい。強く私が心の中で思ったその時、徐々にだが自分の体が動き始めたではないか。私はもっと早く飛びたいと強く思い描く。それにあわせて速度も徐々に上がっていく。そう、この感じなの。このまま飛翔して、右旋回、左旋回、そして急上昇してそこから一回転。そして急停止。が、出来れば格好良かったんだけど、すぐには止まることが出来なかった。残念。

 

 私は一通り飛べるように練習を繰り返していた。予想以上に面白かったのもあるが、まるで私が彼の愛機になったような感じだった。どうやら、体だけじゃなくて、気持ちも若返ったようだ。

 

「彼に今の姿を見せたらビックリするかしら。ちょっと恥ずかしいけど、これ位のインパクトは必要よね?」

 

 普段の自分ならまず考えないだろう事を思いついたその時だった。遠くで大きな光の玉が出来たと思うと、風船のように破裂し消えていく。

 

「今の光は何かしら? ハッ、この場所に私以外、誰か居るの?」

 

 すると今まで感じなかった羞恥心が沸々と芽生えてきた。だが、何故かあの光が消えてしまう前に、光の方に急いで行かないといけない、そんな義務感のような気持ちがわき上がってくる。羞恥心と義務感が私に中で激しく対立するが、すぐに決着がついた。

 

「彼ならきっと行くわ。」

 

 私は先ほどのように光の方向に飛ぶように強く思い描いた。体は光の方向に進み始める。

 

「もっと、もっと急がなくては。」

 

 どうしてだろうか。自分の中で、先ほどまで羞恥心が妨げになっていたはずなのに、今はあの光が消えてしまう前に行かないといけない気持ちが強くなる。

 

「TRANS-AM……」そんな魔法の言葉が私の頭をよぎる。でも、不思議とすぐに光が消えてしまう前に辿り着ける自信があった。今の私は彼の愛機のように早く飛ぶことが出来るのだから。

 

 消えかけた光の方向に近づくにつれ何かが見えてきた。あれは人形……? 違う、巨人? 次第にはっきりと見えてくるに従って私は段々怖くなってくる。

 あの巨人は……首と右腕がない! それに左足も膝から下が無くなっているようだ。あの巨人、違う! あれはモビルスーツ。だが、私は見たことがない。

 

「でも私はあのモビルスーツを知っているハズだ……。忘れるものですか!あれは、あれは、あれが刹那のガンダム!」

 

 彼の愛機、そう刹那のガンダム、ダブルオークアンタは、頭を吹き飛ばれ、右腕が切り落とされた状態で宇宙を漂っていたのだ。左足も膝から下がズタズタになっている。それに背中から吹き出しているはずの緑の粒子も見えない。

 

「刹那、クアンタ! お願い、返事をして頂戴! 刹那! クアンタ!」

 

 必死で呼びかけても刹那もダブルオークアンタも答えてくれない。私は自分でも気がつかないうちに涙を流していた。

 

「ああ、クアンタが今動いたわ! 刹那は無事なの!? お願い返事をして頂戴!」

 

 私の声が通じたのかクアンタが微かに動き始める。傷だらけの体を必死に動かそうとしているのが遠くからでもわかった。私がクアンタに近づこうとスピードを上げようとするが、私の体に目に見えない何かが絡みつき、これ以上近づくことが出来なくなっていた。

 

「どうして? 私は刹那の所に行きたいだけなの。お願い、邪魔をしないで。私を刹那の側に行かせて!」

 

「……TRANS-SAM!」

 

 私はTRANS-AMの呪文を唱える。モビルスーツではない私がそんな事を口ずさんでも効果があるのかはわからなかったが、自分が彼の愛機のようにTRANS-AMした様子を思い描くと、たちまち私の体を絡め止めていた何かを引き千切ったのか再び体が動き出した。

 私は頬を伝わる涙を拭いながら一気に刹那のクアンタに近づく。あともう少し、もう少しで刹那の側に行ける!

 

 その時だった。

 

「これで終わりだ!」

 

 クアンタの胸を一振りの大剣が貫いた。

 

 闇から出現した巨大な((悪魔|サタン))がクアンタの胸を大剣で刺し貫いたのだ。クアンタは苦しむように左腕を数回動かすと爆散した。周囲に緑の光が弾け飛ぶ。

 

「え!?」

 

 私は力なく呆気にとられてしまった。あの、刹那が、刹那が、死んだ? そんな事、あるわけない、じゃない。遠い宇宙の果てまで対話のために五十年も留守にして、突然ひょっこり帰ってくる、あの刹那よ。

 あの刹那が、死ぬわけない。死ぬわけないわよ。だって、だって刹那よ!

 駄目、理解できない。認めたくない。刹那の死を認めたくない。

 

「あ、ああ、あああああぁぁぁ、せ、刹那!刹那ぁぁぁああ!!!!」

 

 私は悲しかった。悔しかった。怖かった。

 どうして、どうして、どうして? どうして刹那が! 駄目、やっぱり理解できない。

 

「手こずらせおって。これで邪魔者はいなくなった」

 

 刹那を殺したサタンが爆発の中から現れる。その勝ち誇った悪魔の顔が私を睨む。

 

「次は貴様の番だ。マリナ・イスマイール!」

 

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「……マリナ、マリナ!」

 

 ハッと目が覚めた。ここは、寝室のベッドの上。私の世界はやはり光を失ったままだ。

 

(……今のは夢?)

 

 息づかいが荒い。

 夢を思い出して体が震える。だが、すぐに震えていた私の体は、よく知っている暖かい両腕によって抱きしめられることになる。

 

「……え? その声は、刹那?」

「マリナ、大丈夫か?」

「良かった。」

  

 私は溜息を吐くと躊躇せず彼の腕の中に飛び込み、こちらからも彼の背中に腕を回し抱きしめてその存在を再確認した。暖かい彼と、彼に同化しているELS達も肌で感じることが出来る。

 

「うなされていたが大丈夫か?」

「え? ええ、少し、怖い夢を見ていたの。」

 

 私は嘘をついた。本当はとても怖い夢だった。彼は私を抱きしめている片方の手で私の髪の毛を梳かすように何度も頭を撫でてくれていた。その行為だけでも私の心を落ち着かせてくれる。

 

「マリナ、ダイジョブカ?マリナ、ダイジョブカ?」

「……ハロ、あなたも側に居てくれたのね。」

 

 ベッドに埋め込まれた私を常に看ていてくれる相棒の心配する可愛い声も聞こえてきた。だってこのハロは刹那が私のためにプレゼントしてくれたハロだもの。

 

「ハロ、マリナノ、ソバカラハナレナイ。ソレガ、ハロノシゴト。ハロノシゴト」

「ありがとう、ハロ。刹那が抱きしめてくれたおかげで落ち着いたわ。」

 

彼の抱擁と可愛い声で私の震えは大分収まっていた。でも、彼の腕の中から離れたくはなかった。

 

「刹那、おかしな事を聞いても良いかしら。 クアンタは今どこかしから?」

「クアンタがどうかしたのか? ……奴なら待機中だ。」

「そう、良かったわ。」

 

 私は出来るだけ両腕に力を入れて彼を抱きしめて、彼の存在を再確認する。姿は見えないが、間違いなく私は彼に抱きしめられている。やはりあれは夢だったのだ。

 

「もう朝なのかしら、今は何時?」

「ゴゼン4ジ27フン32ビョウ。イマ33ビョウ、ナッタ」

「……マリナ、今日は朝のランニングは中止しよう。」

 

 彼は私を優しくベッドに寝かせると、自分も側に添い寝してくれているのが気配でわかった。

 

「刹那、日課は良いの?」

「気にするな。それより、もう一眠り出来そうだな。」

 

 彼の優しさに感謝しつつ私は再び眠りについた。彼の腕枕の中ならあの夢はもう見ないだろう。

 

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 刹那とマリナのいつもの朝の風景。

 ラジオからはニュースが流れていた。世界情勢からアザディスタン国王からの談話、宇宙航行艦の今の様子など話題は事欠かないようだ。

 

「今日は朝から元気がないが、やはりどこか具合が悪いんじゃないのか?」

 

 エプロン姿で朝食の片づけを行っている刹那は昨夜のマリナが心配なのか、朝から何度も同じ質問を繰り返していた。

 

「……ごめんなさい。心配をかけて。大丈夫、私はどこも具合が悪くありませんよ。」

「……それなら良いが。」

 

 朝から何度目のやりとりだろうか。

 

「刹那、今日は何時にいらっしゃるのかしら?」

「午前中に来ると言っていたが、彼女のことだ。時間通りに現れるだろう。」

 

 刹那は洗い物をこなしながらマリナに答える。今日はフェルトがマリナの健康診断に訪ねてくる日である。

 

「そう。……刹那、質問して良いかしら。答えたくないなら答えなくても良いわ。」

「なんだ、急に。」

「刹那は昔、私に『戦え、自分の信じる神のために』と言いましたね。」

 

 刹那達ソレスタルビーイングがはじめてアザディスタンの内戦に介入した際に、マリナに投げかけた言葉だ。

 

「あぁ、覚えている。そしてマリナ、君はその言葉の通り、君のやり方で戦い続け、こうしてアザディスタンを復興させた。」

 

「ありがとう。」

 

 刹那の投げかけた言葉の通り、マリナはマリナのやり方でアザディスタンを復興させた。一方、刹那も革新しイノベイターとなり、ELSとの対話を行い、ついにマリナとのもわかり合えたのだ。

 

「そこで、刹那に質問です。刹那は『((悪魔|サタン))』を信じますか?」

 

「((悪魔|サタン))、だと?」

 

 刹那は神と悪魔は表裏一体の存在と認識していた。一方にとっては神のような存在でも、もう一方にとっては悪魔のような存在であるからだ。

 

(俺たちソレスタルビーイングは世界にとって悪魔のような存在だった。だが、果たしてソレスタルビーイングはもう一方で神だったのか?それは違うはずだ)

 

 刹那がなにやら考えている雰囲気をマリナは読み取る。

 

「ごめんなさい、変なことを質問してしまって。今の質問は忘れて頂戴。ごめんなさい、刹那。」

 

 マリナの方から一方的に質問の取り消し宣言をされてしまい、それ以上刹那も話しかける事が出来なかった。

 

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 刹那にとって懐かしい仲間に会える日でもあると同時に『ある』チェックが行われる日でもある。

 刹那は朝食の後かたづけを終えると部屋の掃除をはじめる。いつもマリナも手伝いを申し出るが刹那は頑なに断る。これもチェック項目に含まれているのだ。

 マリナが暮らす一軒家の掃除は王宮の人間が訪ねてきたときに行われていたが、刹那が一緒に住むようになってからは刹那が掃除を行っている。

 刹那が掃除機をかけているその後ろを、赤ハロが転がりながら着いてくる。

 

「ハロ、寝室クリア。掃除漏れのチェックを頼む。」

「セツナ、チェックOK、チェックOK。」

「了解、次の((フェーズ|部屋))に移る」

 

 男性目線ではついつい汚れを見落としてしまう箇所もある。ましてや、あの刹那である。そのような見落とし箇所はハロがチェックを行い、掃除後のデブリーフィングで刹那にフィードバックされていた。

 この一軒家のハロはマリナの手伝いだけではなく家政夫刹那のサポートもしている。今日はフェルトの家政夫チェックが行われる事もあり入念なチェックをしているのだ。

 

 マリナは掃除の邪魔にならないように椅子に腰掛けながら耳で掃除の様子を見守っていた。

 どうやら刹那が掃除機をかけながらこちらに近づいてくるようだ。マリナは気配を察し立ち上がる。しかし、刹那は一端掃除機のホースを放棄し、立ち上がったマリナをひょいっと両腕で抱き上げる。マリナも慣れたもので両腕を刹那の首に巻き付ける。

 刹那は片手だけでマリナを持ち直すと、空いたもう片方の手で先ほど放棄したホースを再び手にして、マリナが座っていた椅子の下を手早く掃除機をかける。

 

「刹那、言っていただければ退きますから。」

「いや、すぐに終わるからこの方が良い。」

 

 刹那はマリナを降ろし再び椅子に座らせる。名残惜しそうに両腕を離すマリナであったが、刹那はあえて無視して掃除を続行する。

 刹那はテキパキと掃除を終えると、呼び出しのチャイムが鳴った。

 

「相変わらず時間通りだな。」

 

 刹那は玄関に向かうと、そこには小柄の老婆が大きな鞄を持って立っていた。

 

「ご無沙汰していました、刹那。」

 

 かつてのソレスタル・ビーイングの仲間であったフェルト・グレイスである。

 

「1ヶ月ぶりだな、フェルト。今日はよく来てくれた。」

「こちらこそ、もう少し早く来たかったんだけど、なかなか時間がとれなくてごめんなさい。」

 

 刹那はフェルトを招き入れると刹那はフェルトをマリナが待つ客間に案内する。

 

「いや、いつもマリナが世話になって申し訳ない。ところで、クアンタの診察というのは?」

 

 刹那が申し訳なそうな表情でフェルトに尋ねる。

 

「実は今日はミレイナの((車|MSキャリア))に乗せて来てもらったんだけど、途中で取引先から緊急連絡が入ったので遅れそうなの。だから途中で私だけ降りて歩いてきたの。ミレイナは先にクアンタを診てからこちらに来るそうよ。」

 

「ミレイナ……彼女も来てくれたのか。」

 

 ミレイナ・ヴァスティ。フェルトと同じくソレスタルビーイング、ソレスタルビーイングの宇宙船プトレマイオスの元戦況オペレーターである。彼女と同じくソレスタルビーイングのメンバーであった両親達が、ソレスタルビーイングが保有する機動兵器((MS|モビルスーツ))・ガンダムを開発したのだ。GNドライヴを搭載したMSガンダムを駆って刹那達ソレスタルビーイングは半世紀以上前に世界に対して武力介入を行ったのだ。

 ミレイナの両親、父イアンと母リンダはすでに亡くなっており、ミレイナはソレスタルビーイング解散後はその技術を生かし主に民生品のサポートデバイスを開発、販売する会社をフェルト共に起業したのだ。

 再生治療が発達した西暦でも人間の老いを克服する事は出来ない。介護用のリアクティブ・サポートデバイスはこの世界では当たり前の技術になっていたが、 ミレイナは第三国など貧しい国々でも入手しやすいように安価で、かつメンテナンスが容易もしくはほぼメンテナンスフリーに近い製品を開発・販売していた。ソレスタルビーイングのMS運用で培った技術がフィードバックされている。フェルトは高齢を理由に現在は会長職に退いたが、ミレイナはCEOとして活躍していた。ここ数年は良い取引先に恵まれ多忙の日々を送っているそうだ。

 これら介護用品の売上金の一部は、今なお世界各地で小規模ではあるが勃発している紛争による戦災孤児達の基金に回されている。

 

 実はマリナの介護ベッドなどもミレイナの会社の製品であるが、マリナのベッドは採算度外視の完全オーダーメイド仕様である。ベッドの型式がGNで始まっている事を知っているのは何人いることか……。

 両親が他界した今、ミレイナにとってダブルオークアンタが両親の遺作になってしまった。

刹那が地球に帰還後ミレイナがダブルオークアンタの専属メカニックになったのも自然な流れである。

 

「スメラギ・李・ノリエガの様子は?」

「あいかわらず。スメラギさんは元気ですよ。」

 

 スメラギ・李・ノリエガ、ソレスタルビーイングの元戦術予報士である。現在は保養施設で隠居中である。表向きではあるが。

 マリナはフェルトの気配を感じると椅子から立ち上がりフェルトの来訪を歓迎した。

 

「フェルトさん、おはよう。今日はお忙しいところ訪ねてきていただいて、ありがとう。」

 

「マリナさん、おはようございます。お二人に会いに来るのは楽しみなんです。マリナさんもお元気そうで何よりです。マリナさんは座っていてください。」

 

「おかげさまで。いつも診察していただいてありがとうございます。」

 

 マリナは軽く会釈すると再びゆっくりと椅子に座る。もちろん、刹那はいつでもサポートできるように素早くマリナの背後に回り込むのを忘れていない。

 その様子を見ていたフェルトが、うんうんと、独りで何度もうなずくと、自分も椅子に座る。

 

「ちゃんと刹那はフォローしているようですね。刹那は甘えさせくれていますか?」

 

「えぇ、刹那は厳しいようで優しいですから甘えさせていただいています。」

 

 刹那に対してそれぞれ想い入れのある二人であるが、今では女同士の友情で結ばれた仲だ。

 二人とも高齢ではあったが顔を合わせれば女子会の始まりである。ここ最近は刹那を肴に話の花を咲かせることが楽しみであった。

 

 もっとも、当の刹那本人としてはマリナとフェルトの会話を聞いているとどうも居心地が悪い。

 

(これも対話のひとつだと思うが、なんだこの居心地の悪さは?)

 

 マリナとフェルトの話はさらにヒートアップする。

 イノベイターの苦難はしばらく続くことになる。

 

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 刹那がマリナとフェルトに弄られている頃、先日マリナと刹那が過ごした花畑に、片手にメカボックスを持った女性が訪れていた。

 

 まずは、咳払いを一つ。次に誰もいない花畑に向かって大声で叫ぶ。

 

「ELSダブルオークアンタ! 今日は貴方も健康診断です。諦めてさっさと光学迷彩を解除して姿を現すです!」

 

 年を召しても今日も元気で言葉の語尾に特徴があるミレイナ・ヴァスティである。ミレイナの一言に降参したのか花々と同化していたクアンタが徐々に姿を現す。

 クアンタは偽装していたのではなく、ELS達は花々と同化し自然を楽しんでいただけなのだが、ミレイナからすると診察から逃げ隠れてしている子供に思えるのだろう。

 

「パパとママが作ったELSダブルオークアンタは物分かりが良い子で助かるです。」

 

 ミレイナはクアンタの足下で、離れた場所に駐車したメンテナンス用のMSキャリアに誘導した。このMSキャリアは元々ソレスタルビーイングが地球上でのミッションを行う際に使用していたキャリアで、各種武装の輸送から補給は勿論のこと整備から簡単な修理も行うことが可能である。

 クアンタはミレイナのそれに従い、ミレイナ本人や花々を必要以上に踏みつぶさないように慎重に移動する。そして、MSキャリアに背を向けると片膝を付き、右手をゆっくり大地に降ろし降着姿勢をとるのであった。

 

 ELSと同化したクアンタにはどのような自我があるのか定かではないが、刹那曰 くクアンタには対話の道中様々な経験を重ねる事によって自我を持ったかもしれない、とのこと。それもマリナの元にいるうちに穏やかな性格になった、というのだ。

 非常に興味深い話なのであるがメカニック担当のミレイナは何故かクアンタをバラバラに分解して解析するつもりはなかった。

 

 ミレイナはクアンタに導かれるままコックピットに潜り込むと、メカボックスから携帯端末を取り出しメンテナンス端子(ポート)に接続する。すぐに熟練された手つきで((ダイアグノス|自己診断プログラム))を起動させると、MSキャリアのコンテナ部も自動的に展開するとベッド部が起立し、そこから巨大なアームが伸びてきてクアンタを拘束した。さらにそのアームから何本ものメンテナンス用ケーブルがクアンタの外部ポートに接続されていった。

 

「全ケーブル接続確認完了。((健康診断|自己診断プログラム))開始!」

 

 端末のキーを叩いたあとでふと、振り返りコックピット背後に設置されているヴェーダへのターミナルユニットに目をやった。

 51年前のELS襲来に際の出撃の時に、両親が急遽設置したヴェーダへ接続するためのターミナルユニットである。ELSからの膨大な情報をヴェーダで処理するために使用したアクセス端末で、コックピット前方中央の立体投影装置からティエリアが投影される仕組みだ。

 現在はヴェーダとのリンクが切れているためターミナルユニットは使用されていないが、刹那からも特に取り外すように指示されていないのでそのままにしていた。

 ミレイナは、51年前のあの時のように、電子妖精となったティエリアが突然ふと現れるのではないかと叶わぬ期待をしているのもあるが……。

 

「アーデさんは、またミレイナを置いて遠い宇宙に旅立ってしまいましたね。ミレイナはお婆ちゃんになってもアーデさんが帰ってくるのを待っているです。私がパパとママの元に召される前に必ず戻って来る約束は破っちゃだめです。……でも、その約束は反故になりそうですね。」

 

 ティエリア・アーデは刹那の地球帰還と入れ違いで、宇宙航行艦スメラギに乗船して外宇宙への調査に出かけていってしまった。その別れの際にミレイナがティエリアと無理矢理交わした約束である。だが、帰還するアテはまったく見えないのだ。

 

 ミレイナは大きなため息をつき感傷に漬るがすぐに端末のディスプレイに目をやる。今日は『健康診断』ということもあり診断項目も多く、まだ終わりそうになかった。

 完了した項目からディスプレイに表示されるのは現在のダイアグノスとそう変わりはない。

 

「GNドライヴ6番・7番は異常なしです。モーフィングシステム異常なし、と。」

 

 <GNT-0000 ダブルオークアンタ>純粋種のイノベイターに覚醒した刹那専用機である。

 ELS大戦に導入されてからELSとの対話のため50年間、様々な星々や文明と遭遇したMS。

 だが、ELS大戦から51年経過した現在、地球連邦軍のMSの開発技術は格段にレベルアップしており、宇宙航行艦スメラギに搭載されている作業用MS 『サキブレ』をはじめ、名機と言われ現在も改良が加えられているGN-Xや、可変MSの傑作機ブレイヴシリーズなど、どれもが51年前のソレスタルビーイングのガンダムの性能を凌駕していた。

 それはGNT-0000ダブルオークアンタも例外ではなく、もう過去のガンダムシリーズは博物館行きなのである。事実、旧ユニオン領の博物館にはレプリカであるがソレスタルビーイングのガンダムが展示されている。余談であるが先日も博物館にアロウズのMS、ブーメラン装備型アヘッドの展示を巡って一悶着があったばかりであった。

 

「ところがぎっちょん、GNT-0000[E]ELSダブルオークアンタは伊達じゃないです。」

 

 <GNT-0000[E]>1年前に地球に帰還したダブルオークアンタにミレイナが付与した型式である。ミレイナ曰く、

 

「今日からGNT-0000[E] ELSダブルオークアンタと呼ぶです!」

 

 だそうだが、ELSと同化している刹那とフェルトは今まで通り『クアンタ』、マリナは『ガンダム』と呼んでいる。ELSダブルオークアンタと呼んでいるのは悲しいかなミレイナ唯一人である。マリナの場合は単に刹那が搭乗するガンダムタイプのMSの区別が付いていないというのもある。

 

「ELSダブルオークアンタは、ELSと融合することによりELS達の記憶を引き継いでいるだけではなくELSの能力をはじめ、対話の道中で遭遇した文明の技術が盛り込まれて格段にバージョンアップしているです。」

 

 ミレイナはクアンタのコックピットのスイッチを押してメンテナンスノートを開く。

 メンテナンスノートはロールアウト後から今日までのメンテ記録がメモリーされている。

 ミレイナもコピーは持っているがオリジナルの持つ『当時の空気感』がたまらなく好きだった。

 ノートの担当者の項目にはヴァスティ家以外の名前も記録されており、刹那とクアンタが地球に帰還したばかりの頃、ミレイナがメンテナンスノートを発見し読み進めているうちに号泣したものだ。

 

 つまり対話の道中でソレスタルビーイング以外の人間、いや地球外生命体の手によりクアンタの修理・メンテナンスが行われていた動かぬ証拠である。

 

 メンテナンスノートには言葉なのかさえ分からない地球以外の言語から、何故か日本語まで様々な言語でメンテナンス記録が記されていた。

 地球以外の言語については、恐らくティエリアが行ったのだろうか。ご丁寧に翻訳文も記載されてあったりと芸が細かい。

 また、ノートの欄外には刹那とティエリア、クアンタへの感謝の言葉や、クアンタを建造した両親宛へのメッセージ、GNドライヴ喪失時のバックアップ動力についての提案等、クアンタの抱える問題点の指摘から未来展望まで、多岐に渡るメモが記されていたのだ。

 つまり現在のクアンタにはソレスタルビーイングの意志意外にも異世界の技術者達の夢や希望の未来にかける思いが込められているのだ。

 だからミレイナも、クアンタを簡単にバラバラに分解して解析するような事はしたくはないのだ。

 

 ミレイナの独り言を聞いていたのかコックピット内の照度が少しだけ明るくなる。

 ミレイナにとってクアンタは大きな子供と同じであった。遺作ではなく遺児なのだ。だから『健康診断』という言葉をつかったのだ。

 しかし気になることもある。

 

「ELSダブルオークアンタはELSとの対話の道中、様々な文明の技術を供与、吸収されて進化を繰り返していますが、それらを管制するQUANTUM SYSTEMのアップデートが間に合っていないです。」

 

 ミレイナは現在のクアンタのシステム構成図を表示させて険しい顔をする。

 現在の西暦のMSはシングルドライヴでもツインドライヴ並の性能を発揮出来るようになっていた。事実、シングルドライブ機でも量子ワープが可能である。また、ELSダブルオークアンタに搭載されているGNドライヴも対話の道中に様々な改良が加えられ、更に不思議な自己進化を遂げ、事実上の専用ドライヴとなっていたが、その性能を出し切れていない状態であった。

 

「ヴェーダ とリンクしても地球外の技術が導入されているので、細かい制御はどうしても搭乗者もしくはELSダブルオークアンタと直接対話して制御しないと駄目です。いくらイノベイターのセイエイさんでも独りで精細な制御を行うのはかなりの負担です。」

 

 対話の道中に異世界の技術を取り入れたクアンタではあるが、悪い言い方をすると継ぎ接ぎだらけのMSということになる。クアンタの操縦には現在の西暦の一部のMSと同じくELSよる操縦サポートが行われてはいるが、それでも限界があるのだ。

 

「それに、これからは地球圏でのMS相手に戦闘する機会は減ると思います。これからは外宇宙の生命体や文明への対応が主たる任務になるはず。その時に、現在のELSダブルオークアンタでも、もしも、もしも手に負えない生命体と遭遇したらどうなるか……。」

 

 ミレイナに一抹の不安がよぎる。それは今のソレスタルビーイングの活動内容と関係している事なのだが。

 

「やっぱり、セイエイさんにELSダブルオークアンタの改修計画を提案するのが良いですね。」

 

 コックピット内で険しい表情を浮かべるミレイナの心情を読み取ったのか、コックピット内の照度が若干下がる。

 

「あらららら、ELSダブルオークアンタは心配しなくても大丈夫です。必ず私がELSダブルオークアンタを更に強くたくましい子にしてあげますから安心するです!」

 

 刹那の耳に入ったら頭を抱えてしまいそうなミレイナの発言であるが、ミレイナは明るく振る舞い続ける。丁度、診断プログラムの全項目がすべて完了する。

 

「武装管制も問題なし。すべて異常なし、っと。でも、早い時期にオーバーホールは必要です。地球に帰還してからまだ一度もオーバーホールをしていませんからね。」

 

 ダイアグノス上は異常がなくてもそれはあくまでも診断プログラム上の事である。実際に、この目で、この手で、この耳で直に判断しないと気が済まないのが職人の性である。それは相手が人でも機械で同じ事であった。

 

「実は改修プランはすでにできあがっているです。特別にELSダブルオークアンタに先に見せてあげるです。」

 

 呼応するようにコックピット内部が明るくなる。ミレイナは端末を叩き改修プランをコックピットのディスプレイ全体に表示させる。

 

(ただ、この改修プランを実現するには難問が幾つかあるのです。資金も不足していますが、それにセイエイさんが賛成してくるか未知数です……。)

 

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 ミレイナがクアンタのメンテナンスを行っている頃、フェルトは奥の寝室でマリナを診察していた。マリナは大病こそ患ってはいないが、体力や内臓機能の衰えがみつかっている。刹那が帰還してからは緩やかになってはきたものの、それでも衰えから来る諸症状は確認されていた。

 

マリナの介護ベッドはハロによるサポート付きであると第1話で述べたが、端末を接続することにより大病院の診察ベッドに匹敵する機能を発揮することが出来るのだ。ここでもGN型番で始まるベッドは伊達じゃない。

 

「マリナさん、それでは始めますね。」

 

 診察着に着せ替えられベッドに横になったマリナに話しかける。

 

「フェルトさん、お願いします。」

 

「シンサツ、カイシ、カイシ。」

 

ベッドに埋め込まれたハロが回転し始めスキャンを開始した。

次々と送られてきたデータが診察用端末のディスプレイに表示される。それを覗き込むフェルトは顔色一つ変えずに分析していたが気分は決して穏やかではなかった。

 

(やはり進行している……。刹那、もう時間がないよ。)

 

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「ドウター・エブリディサンクス。次の曲は、今日のゲストのマフ・マクトミンさんからのリクエスト、スーパーノヴァの……。」

 

 診察の間、刹那はオルガンの上に置かれたラジオを聞きながら携帯端末片手に昼食のレシピを考えていた。

 

(……和食はシンプルに見えて前回失敗した。マリナは気にせず食べてくれたが、ガンダムマイスターに同じ失敗は許されない。沙慈・クロスロードの協力が必要だが今は難しいな。と、なると……。)

 

「うん?」

 

 次の瞬間、チャイムが鳴る。クアンタのメンテナンスを終えたミレイナが訪ねてきたのだ。

 

「セイエイさん、ご無沙汰しておりましたです!」

「ミレイナも元気そうで何よりだ。また綺麗になったんじゃないのか?」

 

「えー! セイエイさんもお世辞が旨くなりましたね(これもイスマイールさんの御陰ですかぁ?)」

 

 刹那からのお世辞の奇襲攻撃に頬を赤らめながらも応戦するミレイナであるが、事実、ミレイナは戦後は大変魅力のある女性に成長しており、こうして年を召した今でも母親譲りなのか、同年代の女性より遙かに若く見えた。刹那とフェルトからも眼鏡をかければ母親のリンダに似ていると良く言われていた。

 刹那がミレイナを客間に招くとお茶を煎れる。

 

「イスマイールさんとグレイスさんは、まだ診察中……のようですね。」

「あぁ、まだ奥の寝室で診察中だ。」

「セイエイさん、お茶を煎れるのが上手になりましたね。」

「あぁ、マリナのお陰だ。」

「はいはい、ご馳走様です」

(……それはどういう意味だ?)

 

 怪訝な顔をする刹那の毎度のリアクションにミレイナは内心呆れていた。

 

「セイエイさん、話題を変えるです。セイエイさんには色々お話しする事があるのですが、今度会社の方に来ていただけませんか?」

 

ミレイナが真剣な表情で刹那に問いかける。

 

「それは今の仕事と関係しているのか? それとも……」

 

「『仕事の方』の関係です。最近、ミレイナの会社を御贔屓にしていただいている取引先が出来たのですが、会社の創立記念パーティーの招待券を貰ったのです。ですが、一緒に行く人がいないので困っているです。」

 

「はぁ、そんな事か。」

 

刹那はソレスタルビーイングと関係のある事だと考えていたがどうやら違うようだ。

 

「そんな事とは失礼です! 折角のお得意様からのご招待を断るわけにはいかないです! 断ったらどうなるか、考えただけで末恐ろしいです……。」

「それは悪かった。でも、どうして俺なんだ?ミレイナの会社には若い男は何人も居るだろう?」

 

 ミレイナはギクッとする。

 刹那の疑問はもっともだった。ミレイナとフェルトの共同設立した会社は中小企業ではあったが、50人近くの社員を雇っていた。技術を専門にしている会社のため若い従業員も居るのだが……。

 

「え、えぇ居ますよ。新鮮でピチピチな若い男が。でもセイエイさんじゃないと駄目なんです。」

 

 ミレイナの眼が泳いでいる。どうも何かを隠しているようだ。

 

「ミ・レ・イ・ナ、何かを隠しているな?」

 

 刹那は目を細め問い詰める。刹那も隠し事は苦手であったがミレイナも同じようだ。

 

「うぅ、正直にお話しますです。実はパーティーの出席にはセイエイさんの同伴が条件なんです。取引先の営業部長さんにミレイナの社長室に飾ってあったセイエイさんとイスマイールさんの写真を見られてしまったです。そうしたら是非! と言われてしまったんです。セイエイさん、イスマイールさん、本当にごめんなさいです!」

 

 ミレイナの社長机の上には、去年、刹那が地球に帰還したときに刹那・マリナ・フェルト・ミレイナの4人で写した写真が飾られていたのだ。

 マリナは隠居したとはいえ聖母とまで言われた有名人。そのマリナと刹那が二人とも無自覚に仲睦まじく写っていたものだからマリナの関係者と思われたのだろう。

 

「……困ったな、それはマリナも一緒なのか?」

 

「いえいえ、イスマイールさんは流石にお断りさせていただきました。イスマイールさんが出席となると外交問題になりますし。それならセイエイさんだけでもと言われてしまいまして……。」

 

 刹那は頭を抑えながら、こんな時にティエリアが居てくれたらと考えてしまう。

 

「多分、セイエイさんをイスマイールさんが昔面倒をみられていた子供達と勘違いしたと思うんです。でもでも、一応、取引先のカーリン営業部長には『この人売約済みです』と言ったんですが、それでも是非にということで押し切られてしまいました。う〜、ごめんなさい。」

 

ミレイナは顔を伏せながら申し訳なさそうにする。が、聞こえないような小声で「イスマイールさんが売約済みですと言おうとしましたがやめました」と呟いたのを刹那は聞き逃していた。

 

「ふう、分かった。マリナと相談してからになるが、とりあえず同伴しよう。それにしてもミレイナが押し切られるとは、な。何者だ、その営業部長は?」

 

「セイエイさん、ありがとうです!」

 

落ち込んでいたミレイナに顔に大輪の花が咲く。

 

「カーリン営業部長は凄い美人さんで頭も切れるスーパーレディです!でもセイエイさんを狙っている訳ではないと思う……ので大丈夫だと思います!」

 

「当たり前だ!」

 

 客間でのそんなやりとりがしばらく続いだが、マリナの診察は終わらなかった。

 

-8ページ-

 

 今は刹那とミレイナがキッチンで昼食の支度を行っている。ミレイナと相談した結果、中華になったようだ。

 ミレイナは、先ほど客間でクアンタの改修計画をついに切り出すタイミングを失っていたがこのチャンスを利用してリベンジする。

 

 チラチラっと刹那の顔を見てはプイッと顔を背ける。

 それを繰り返し『セイエイさん、用事があるから話しかけて欲しいです』というサインを繰り返し送る。

 

 ミレイナの改修計画には技術的難関も幾つかあったが、それよりも改修中の代わりのMSの準備も課題に挙がっていた。以前ソレスタルビーイングが運用していたMSで現在の刹那が使用できそうなMSは多くない。

 

「何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

 そんなミレイナのサインに遂に刹那が気がつく。

 

(やっと気がついてくれたです。イスマイールさん相手だったらTRANS-AM状態で早いんでしょうねぇ)

 

「セイエイさん、ELSダブルオークアンタの改修案を持ってきたので後で見て貰いませんか?」

 

 マリナとの扱いの差に不満があったが、顔には出さずにこやかに受け答える。

 

「うん?ダブルオークアンタの改修計画案か。クアンタに改修は必要なのか?……うっ」

 

 刹那が手に持っていた大皿を突然落とした。マリナが盲目のため落として割れるような陶器の皿は使っていないが、皿に盛られていた野菜炒めが床に散乱する。

 

「セイエイさん、大丈夫ですか、突然どうしたんです!?」

 

 ミレイナが苦しむ刹那に駆け寄るが刹那は両手で頭を押さえている。

 

(うぅ、突然、強力な、これは脳量子波!?この家の中から?)

 

 刹那は倒れ込みそうになるが、強靱な精神力で体を支える。ミレイナは肩を貸し刹那を助けるが次の瞬間。

 

「刹那!マリナさんが、マリナさんが!早く来て!」

 

 フェルトの悲鳴に近い叫び声が寝室から聞こえてきた。

 

-9ページ-

 

 刹那はミレイナの肩を借りながらもマリナの寝室に辿り着いた。胸を押さえ、顔から大量の油汗を流して苦しむマリナの姿がそこにはあった。口には酸素吸入器が付けられている。

 

「マリナ、マリナしっかりしろ!」

 

 刹那はベッドの上で苦しむマリナに駆け寄ると必死に呼びかける。

 

「グレイスさん、これは一体どうしんですか?」

 

 ミレイナも普段と違う刹那の様子に驚きながら診察用端末のコンソールを必死に叩くフェルトに質問する。

 

「ミレイナも来ていたいのね。丁度良かった。」

 

 フェルトはミレイナの顔を見て少しだけ不安が和らぐ。だが、

 

「刹那、ミレイナ、私もわからないの。マリナさんの診察が終わり、着替えを手伝っていたら、突然胸を押さえて倒れ込んだの。検査では胸には特に大きな異常はなかったはずなのに。」

 

 フェルトは焦りの表情で診察用端末のコンソールを叩き再度チェックを行うが、異常が発見できない。

 

「グレイスさん、王宮には?」

 

「アザディスタン王宮には連絡済み。移送用の輸送機を至急回すということだけど、アザディスタンの市街地は砂嵐ですぐには輸送機を発進できないの。」

 

 GNドライヴの開発が民間でも可能になった現在であるが、輸送機などでGNドライヴを使用している機種は大半が軍用が占めており、民間用に転用されてた機種は数が少ない現状だった。

 

「うぅ……せ、刹那、刹那は……ど、こ?」

 

 マリナが苦痛の表情で必死に刹那を探す。

 

「マリナ! 俺はここだ。俺はマリナの側にいる。しっかりしろ、一体どうした!」

 

 刹那がマリナの呼びかけに必死に応える。マリナは胸を押さえていた右手を両肩を押さえる刹那の手の上に重ねる。

 

「せ、刹那。み、みんなを連れて、今すぐ……、逃げて……邪な……気配が……近づ、いて、来る。」

 

 マリナは苦悶の表情を浮かべながらも必死に刹那に伝える。

 

「マリナ! しっかりしろ。」

 

 普段の冷静な刹那でもマリナの異常事態に取り乱してしまう。

 

「っつ、うっ、せ、刹那、い、痛っ……い。」

 

「刹那、落ち着いて!」

「セイエイさん、ちょっと落ち着いてくださいです!」

 

 マリナを押さえる手に力が入りすぎていた。刹那が冷静を取り戻す。

 

「すまない。つい力を入れてすぎてしまった。」

 

 刹那はマリナに頭を垂れる。

 

「ハァハァ、だ、大丈夫。気にしないで。」

 

 マリナは荒い呼吸ではあったが、刹那の心配を和らげようと頑張って笑顔を見せるが、誰の目にも顔色は悪い。

 

「本当にすまない。マリナ、それで邪な気配とは……いったい何だ?」

「わからない、私も良くわからないの。で……も、ハァハァ、とても危険な……ものが近づいてくるのを……感じたの……うぅ。」

 

そうは言うがマリナには心当たりがあった。今朝の夢に出てきた『((悪魔|サタン))』である。

それを刹那達に話すべきか悩んでいたのだが、苦しみながら刹那達に話しかける。

 

「うぅ……せ、刹那、フェルト、ミ、ミレイナさん……に、逃げて……あれは……ELSとは違う……。対話が出来ない者達。」

 

 最後の力を振り絞って刹那達に伝える。

 

「マリナ、もう良い。喋るな。それに俺は俺たちはどんな事があってもマリナの側を離れない。」

「そうよ、私達はマリナさんの側を決して離れないわ。」

「そうです、どんな相手が来ようと私達がマリナさんを守り抜くです。」

 

フェルトもミレイナもマリナに呼びかける。しかし、刹那は違和感を感じていた。

 

(マリナは脳量子は使えないはず。しかし、今は強力な脳量子波をマリナから感じる。そしてELSとは違う? 対話が出来ない? どうしてマリナがそんな事をわかる?)

 

 窓の外が少し賑やかになった。クアンタが右手にGNソードVを携えて急降下着陸してきたからだ。しかし、マリナの症状を知ってか静かに地面に着地する。GNドライヴ搭載機だから出来る芸当だ。すぐに片膝を付き、左掌を降ろし刹那の搭乗を待ちかまえた。

 

「クアンタか!? 一体どうしたんだ、俺はまだお前を呼んではいないが?」

 

 その光景に刹那が一番驚いた。クアンタが自分の意志で武装した状態で現れたのだ。

 アザディスタン王宮の病院まで搬送するために刹那が呼び寄せたのではない。第一、搬送するだけならGNソードVは無用のはずだ。

 

 その時、マリナのバイタルをモニタリングしていたフェルトの通信用デバイスに緊急着信が入った。フェルトはこんな時に! 訝しがるが相手を確認するとヴェーダからだ。

 

「やぁ、フェルト久しぶり。」

 

 相手はフェルトやミレイナにとってはあまり会いたくない相手、リジェネ・レジェッタであった。

 ティエリア・アーデと同じ塩基配列を持つイノベイドであったが、性格はティエリアとは正反対で取っつきにくく二人は苦手だ。なるべくなら話したくない相手である。ましてマリナが苦しんでいる時であればなおさらだ。

 

「リジェネさん、お久しぶりです。フェルトです。今日はどうかいたしましたか? ただいま取り込んでいまして、出来れば後でお願いしたいのですが。」

 

それでも冷静を装いながらフェルトは答える。

 

「そうかぁ、今の君たちに非常に関係のありそうな話だったんだけど、それなら後にしよう。」

 

リジェネはフェルトの対応を見越していたように対応する。こう言えばフェルトは必ず食いついて来ると計算済みだ。

 

「リジェネ、何かあったのか! こちらも緊急事態だ。手短に教えてくれ」

 

刹那がフェルトのモバイル端末を奪い取ると早口で話しかける。

 

「これはこれは、刹那・F・セイエイ。そうカリカリしなくても今教えてあげるよ。」

「早く頼む。こちらは一刻も争う事態になっている」

 

 刹那は苦しむマリナの頭を優しく撫でながら、口調には焦りの色が見えた。

 

「まったく君はELSと融合した今もせっかちだね。」

「……リジェネ・レジェッタ。俺はかまわんが、クアンタはGNバスターライフルでソレスタルビーイング号のヴェーダの区画だけ撃ち抜く用意をはじめたが良いか?」

 

 外ではクアンタが宇宙空間のソレスタルビーイング号を狙撃するために背中の触手がソードビットを再現、GNバスターライフルの形状に展開をはじめていた。

 超長距離狙撃を行うためGNドライブの出力が上昇しているのが家の中から確認できるほどだ。

さすがにクアンタ単独で本当に狙撃することはないだろうが、マリナがこの状態ではどうだか怪しい。なお、クアンタのGNソードVは進化を遂げており曲線射撃どころか障害物を回避して背後から狙い撃つ事すら可能である。捕捉さえできれば地球の裏側でも狙撃出来る。

 

「あぁ、本当に君たちは、似たもの同士だねぇ。勘違いしないでほしいね。僕は君たちと事を構える気はないよ。」

 

 リジェネはクアンタにロックオンされているのを確認すると呆れたように返す。

 

「それならば! 早く教えてください。」

 

 横でやりとりを聞いていたミレイナも語気が強くなる。

 

「わかったわかった。教えるよ。火星の軌道上に小型宇宙船と思われる物体がワープアウトしてきた。地球連邦は緊急調査隊としてMS調査小隊を派遣したんだけど、小型艦と遭遇したという通信を最後に連絡を絶ったのさ。」

 

「なっ!」

 

 刹那・フェルト・ミレイナに戦慄が走る。突然現れた外宇宙からの来訪者。

 マリナが伝えた「ELSとは違う」という相手。

 ミレイナは先ほどクアンタに話した「もしも手に負えない状況になったら」という言葉を思い出す。リジェネは続ける。

 

「小型宇宙船は短距離ワープを繰り返しながら太陽系を移動中だ。だが、徐々に地球に近づいてきている。僕の計算ではまもなく月の軌道上に現れるころだ。」

 

 刹那は目を閉じ何かを考えはじめた。

 

「火星に緊急派遣できる小隊ということは、ガデラーザ級とブレイヴの混成小隊!」

「はいです。両機ともサキブレと同じくELS搭載型の最新鋭モデルです。パイロットはイノベイター搭乗を前提に作ってある機体です。それが連絡を絶ったということはただ事ではないです!」

 

 ガデラーザ・ブレイブ共に51年前のELS防衛戦で初陣を飾ったMAとMSである。ELS戦後は幾度の世界大戦の危機が訪れたが、結果的には軍縮が進み、MSの開発スパンは現代の兵器と同じスパンまで落ち着いてはいた。それでもガデラーザ・ブレイヴ共に改良発展型されており、ブレイヴに至ってはシングルドライヴではあるが数少ない純正太陽炉を搭載した可変MSに進化していた。

 地球連邦軍は最新型ガデラーザ1機と同じく最新型ブレイブ2機による調査隊を派遣したわけだがそれが連絡を絶ったのだ。フェルト達が狼狽するのも頷ける。

 

 刹那が目を見開く。その瞳は鮮やかな光彩を放っていた。

 刹那は苦しむマリナの元に行き、マリナを優しく抱きしめ、耳元でささやく。

 

「マリナ、俺とクアンタは少しの間だけマリナの側を離れる。かならずマリナの元に帰ってくる。帰ってきたらまた一緒に花畑を散策しよう。」

 

 刹那はマリナの額に口づけを行う。

 

「駄目、せ、刹那、いけ、ません。わた……私を置いて早く逃げて……奴らの……ひょう、て……きはわた……し、せ、つなた、ちはかん……けいない……。」

 

 マリナは苦痛の表情を浮かべながらも刹那の手を強く握りしめ再考を促そうとするが、今にも意識を失いそうでうまく言葉にならない。

 マリナは何かを知っているようだが、今はそれを聞き出している時間はない。

 そにれ刹那が先ほどまで感じていたマリナからの脳量子は弱くなっていたのだ。マリナをモニタリングしているフェルトも、ついに刹那に出撃を促す。バイタルサインが危険域に近づきつつあるのだ。

 

「刹那、私とミレイナがマリナさんを看ているから、早く行って! 王宮の輸送機もこちらに向かっているわ。」

 

「そうです、セイエイさんはクアンタで出撃してください。私達二人でイスマイールさんを守るです。ELSダブルオークアンタのバックアップは地上から私が行います!」

 

ミレイナも刹那の出撃を促す。

 

「ありがとう。二人ともマリナを頼む。リジェネ、ワープアウト予想ポイントを送ってくれ。」

「すでにクアンタには送信済みだよ」

 

 刹那は最後にもう一度マリナを抱きしめると、寝室の窓から一気に外に出た。

 

(……だめ、刹那……行ってはだ……め。((悪魔|サタン))はとても、危険な……の。)

 

 だが、マリナの叫びはついに刹那には届かなかった。

 ミレイナも先ほどメンテナンス用に使用した端末を再び取り出し寝室のテーブルに展開する。マリナの寝室が前線基地と化した。

 刹那はクアンタ乗り込むとすぐにGNドライヴの粒子生産量を上昇させる。

 

「セイエイさん、ELSダブルオークアンタのサポート回線オンラインです。発進いつでもどうぞ。」

「刹那・F・セイエイ、ダブルオークアンタ、マリナの苦しみを解き放つ!」

 

 クアンタも刹那に応えるようにツインアイを強く輝かせ、大量のGN粒子を放出させてついに大空へと飛翔する。

 重力をまるで引きちぎるような速度で急上昇を続けるクアンタよりソードビットが放たれた。ソードビットはクアンタよりも更に早い速度で前面に展開すると瞬く間にワープゲートを形成する。

 

 「ワープ目標、宇宙船ワープアウト予想付近。ワープアウト後、対話を試みる!」

 

 クアンタはそのままワープゲートを突入し宇宙空間へと一気に躍り出た。

 先ほどまで居た花々が咲き乱れるマリナの別荘とはうってかわって、星々が瞬く大宇宙が広がっていた。

 

(何故マリナから脳量子波が感じられたのか? しかし、接近中の宇宙船からはELSと違い脳量子波は感じられない。何が起きている? ELS達も知らない相手なのか? それよりもなぜELS達はおびえている?)

 

 ヴェーダの予想では間もなく宇宙船もワープアウトして来るのだが、意外な展開が待ち受けていた。

 

「セイエイさん! 緊急事態です。」

 

第2話完。

-10ページ-

次回予告

ヴェーダの予想を覆して突如ワープアウトした謎の宇宙船が、GN-X部隊を悪鬼が襲いかかる。

そして刹那とクアンタに最大の危機が迫る!

-11ページ-

後書き。

第2話の投下が遅れてしまい申し訳ございません。4月は個人的にTRANS-AMしないといけない月間なので時間が取れませんでした。時間にして1分48秒ほどのTRANS-AMなのですが……。まぁそれはさておき、車にばかり乗って執筆活動が出来ないのも敗因です。4月は新幹線も飛行機もあまり乗らなかったのです。

さて、第2話ですが某所に投下した第2話と第3話を合体しています。そのため以降は繰り上げになります。また、細かい部分ですが加筆・修正が入れました。

 

2013.2.7 粒子ワープを量子ワープに修正。

 

説明
西暦2365年、地球。ELSとの対話を終えて地球に帰還した刹那はマリナは、わずかな時間であったが幸せな生活を送ることができた。だが、その生活はまもなく終焉を迎えようとしていた。それは……。
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ガンダム00 FSS ファイブスター物語 ELSダブルオークアンタ 刹那・F・セイエイ 機動戦士ガンダムOO 

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