北郷一刀の奮闘記 第六話
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「こうなることがわかっていたのですか?」

 

隣を歩く先生に問いかける。

服屋からの帰り道である。

今朝になって、彼女は、

「制服を仕立てて貰いにいきましょう。」

と、唐突に切り出した。

初めは、何も俺を誘わずとも先生だけでも良いのではないかと思った。

制服、と言っても、水鏡女学園の物だ。当然、女性物である。

それを、男の自分が仕立てて貰いに行くのは、何となくではあるが居心地が悪く感じられたのだ。

だが、自身の生活の場は、未だにこの学園の中だけである。彼女は、気分転換にでも、と、俺を誘ったのではないかと思い直し、その申し出を受けたのだった。

しかし、と先程の店主の言葉を思い返す。

 

彼は、見たことのない意匠だ、と唸った。

それは当然である。俺が考えた制服とは、今より二千年近く後の時代に考案されたものなのだ。

ついでに付け加えて言うのならば、聖フランチェスカの制服は、俺がいた時代でも珍しいデザインであった。

流石は元お嬢様学校だけあって、有名な何某とかいうデザイナーに考えさせたそうである。

その甲斐もあって、制服に惹かれてフランチェスカの入学を目指す女生徒が後を絶たない、というのは及川の弁であった。

彼自身も、制服と、そしてお嬢様を目当てで通うことを決めたと言うのだから相当である。

 

そんな斬新な意匠の衣装を持ち込めば、是非うちの店で、となる可能性は十分にありえたのだ。

それに気がつかぬ先生ではない。

俺と、店主とを引き合わせるのが今回の目的ではなかったのかと、今になって思い至ったのである。

 

「少し、歩きましょうか。」

 

先程の問いには答えず、彼女はそう言葉を返した。

 

 

賑やかな街中を、言葉もなく彼女の後に続く。

今、俺たちが進むのは街の中央を走る大通りだろうか。

道幅は広く、地面も綺麗に整地されており、歩き易かった。

左右には様々な店が軒を連ねており、客引き声が飛び交っている。一人が大声を出せば、その隣の二人がそれ以上に声を張る。

賑やか、と言う表現は少し控えめだったかもしれない。

風が吹けば、食欲を誘う、昼時を告げる香りが運ばれてきて、今にも腹の虫が騒ぎ出しそうになる。

きゃっきゃっ、と燥ぐような声に目を向ければ、子供たちが笑みを浮かべながら走り回っていた。

その近くには、恐らく母親であろう女性たちが笑いあっている。

いつの時代も変わらぬ、人の営みであった。

 

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「北郷さんは、この街をどう思いますか?」

 

不意に、声がかかった。

目線を前方へと戻せば、振り返った彼女の視線とぶつかる。

真っ直ぐな、真摯な、そんな瞳である。

いつもならば、美人な彼女に見つめられると若干の照れが顔へと出るのだが、今回に限ってはそんなことは起こらない。

何となく、大切な話だと感じられた。

 

「まだ、しっかりとは見てはいませんが、良い街だと思います。」

 

つい先程、目にした光景を思う。

そうですか、と彼女は少し嬉しそうに答えた。

 

その後の言葉が続かない。

言いにくいことなのだろうか。

彼女は何をかを言いかけるも、口を噤むということを幾度となく繰り返す

その様子に、知らず知らずのうちに全身へと力が入っていく。

 

唇が乾き、舌が咥内へとへばり付く。

この先の言葉を聞きたくなかった。

同時に、聞かなければならないと、どこかで感じていた。

互いに言葉を交わすことなく、時は流れてゆく。

あれだけ騒がしく感じられた人々の声も、どこか遠くに聞こえる。

酷く、居心地が悪い。

今にも逃げ出したいのに、縫い付けられたかのように足は地面から離れない。

目を背けたいのに、動くことを忘れてしまったように彼女の目から離すことができない。

 

息が詰まりそうになる、長い、長い沈黙だった。

 

 

 

やがて、諦めた様に彼女は溜息をつく。

 

「先程の申し出、北郷さんはどうなさるおつもりですか?」

 

力なく先生は言葉を発した。

 

「もう少し、考えてみようかと思います。」

 

どこか安心した心持ちで答える。

そうですか、と彼女は短く返す。

僅かに無音になる。その僅かな間でさえも、嫌に気にかかった。

 

「戻りましょうか。」

 

無理に笑顔を作った彼女は、そう口にするとこちらに背を向けた。

その動作は、どこかぎこちなく感じられた。

 

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これで良かったのだろうと思う。

彼女は結局、恐らく言わなくてはならないであろうことを口にはしなかった。

その言葉を受け止められるだけの自信は、自分にはない。彼女もそれを察したのだろう。

まだまだ、時間が足りないのだ。

見知らぬ地で骨を埋める覚悟など、のほほんと生きてきた学生には直ぐに決められるものなどではない。

 

帰りがけに覗いた饅頭店で昼食を済ませ、学園へと戻ったのは一日の内、最も日差しが厳しくなる頃合いであった。

初夏と言えども、日本の気候とは大きく違い、からからに乾いた大地に燦燦と降り注ぐ陽光は、既に参るような熱を持っている。

おまけに、自分が最後に経験した日本の季節は冬であり、急激な環境の変化にまだまだ体が慣れきっていない。

汗を吸い、重くなった着物に不快感を覚えながら、やっとの思いで学園へと辿り着いた時には、体中が太陽よりも熱を持っているのではないかとまで思った程である。

そえに加え、彼女との言い様の得ぬ気まずさも、尾を引いたままの家路であった。

もう、へとへとだった。

 

「……もうちょっと、調べてはみますが、余り期待なさらないでください。」

 

別れ際に先生が投げ掛けた言葉が、精一杯の優しさであると感じた俺は頭を下げた。

 

 

自室と化した保健室で想いを馳せる。

 

身を預けた寝台も、日差しに晒され続けたせいか、多分に熱を持っていた。

 

あの時、彼女が言いかけたこと、それは間違いなく俺自身のことだ。

そして恐らく、俺のこの先のことであろう。

日本へと帰れないかもしれない、きっとそんなことが言いたかったのだ。

先程の彼女の言葉が正にそれを物語っている。

 

服屋の店主に引き合わせたのも、一つの切欠としてなのかも知れない。

 

この先、この世界で生きていく覚悟をさせるために彼女は俺を服屋へと連れ出したのだろう。

仙人じゃあるまいし、霞を食べて生きていくことなどは不可能なのだ。

何らかの手段で金銭を稼がなければならない。

 

いつまでもここで先生にお世話になる訳にはいかないだろう。

頭では分かっていても、気持ちの上では中々行動へと移すことができなかった。

俺と、日本とを繋ぐ唯一の場所が、手がかりが今の所はここだけなのだ。

ここを離れてしまったら、もう二度と故郷の土を踏めないのではないか。

そんな思いが消えないでいる。

 

 

この街はどうか、と彼女が問いかけたのは、どんな心持ちからであったのであろうか。

良い街だ、と答えると少し嬉しそうにした。

自身の住む街を褒められたのが嬉しかったのだろうか。

頭を振り、そんな考えを振り払う。

あの時の彼女は、真っ直ぐに俺を見据えていたのだ。

彼女自身の感情、というよりは俺が良い街だと感じたことが嬉しかったのではないか。

 

……自分が過ごすことになるかも知れない街を好きになって貰いたい、ということなのだろうか。

 

そこまで考えると、口元に笑みが浮かぶ。

 

――あぁ、あの人は根っからの先生なんだなァ……。

 

どこまでも、俺自身の為に身を砕いてくれている。

よくよく考えてみれば、女性一人が生活しているこの学舎へと、ほぼ無償で置いてくれているのだ。

それも何処の馬の骨とも分からない奴を、である。

普通の人なら、一日二日程度の面倒は看るかもしれないだろうが、ここまで親身になってはくれないだろう。

それどころか、憲兵にでも突き出されても文句は言えない立場である。

そんな俺のことを、彼女は心身ともに気遣い、身の回りの世話まで焼いてくれる。

この面倒見の良さ無くして先生という仕事は勤まらないのだろう。

 

やっぱり、何時までも甘えていられない。

 

せっかく彼女が働き口を紹介してくれたのだ。

どこまで出来るかは分からないが、精一杯努めさせて貰おう。

 

まだ、気持ちの整理がつかないことばかりではあるが、一歩、踏み出してみる。

 

結局、こんな所にまで彼女に世話をかけるのか……。

 

どうにも情けなくなり、深い深い溜息を零した。

 

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北郷さん、と声が掛かる。

 

先生の声だ。

どうやら扉の向こうかららしい。

 

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

あれだけ熱烈な視線を振りまいていた太陽の姿は既になく、代わりに白く、大きな月が夜空にぼんやりと浮かんでいる。

時折、開いた窓から吹きかける風は、ひんやりと心地が良い。

昼に比べれば、随分と過ごし易くなった。

しかし、これから本格的に夏がやって来るとなると、若干の疎ましさを覚える。

 

再び、北郷さん、と声が掛かる。

それに答え、もそもそと寝台から這い出す。

扉を開けると、彼女は微かに驚いたような表情を見せた。

 

先程に比べると少し晴れやかな顔をしていますね、と先生は柔らかく微笑んだ。

 

「少しだけですよ。」

 

首を左右に振りながら、答える。

彼女は僅かの間、考えるようにしていたが、

「そうですか。」

穏やかに返した。

 

夕食の支度が出来た、と言うので先生の私室へと向かう。

二人並んで歩いても、昼間のようなぎこちなさを感じることはなかった。

 

すっかりと慣れ親しんだ椅子へと腰を下ろす。

卓の上には何時もの様に彼女の手料理が並んでいた。

 

いただきます、と手を合わせ匙を口へと運びはじめた。

 

 

 

食事を終え、人心地ついた所で、店主の申し出を受ける、という話を切り出すことにした。

 

北郷さんなら、しっかりとやれると思いますよ。

先生は優しく答える。

 

「そう言って貰えると、幾分か気持ちが楽になりなすよ。」

 

やはり褒められるというのは何処かこそばゆい。

少し顔を背けるようにして言葉を返す。

しかしそれでは、いかにも照れています、という様な仕草に思え、誤魔化しにずっと気に掛かっていたことを尋ねてみる。

 

「そう言えば、朝から気になっていたのですが……。」

 

何でしょう、とでも言いたげに彼女は小首を傾げる。

 

「何故、今日は女装をしなくて良いと言ったのでしょう?」

 

俺の言葉にきょとん、としていた彼女であるが、暫くして漸く合点がいったのか、右袖を口元にあて、からからと笑った。

 

「そんなに笑わずとも、良いじゃあないですか。」

 

「……済みません。

 とても真面目な顔をしていたので、そんなことを聞かれるとは思っていませんでしたから……。」

 

そう、答えるも彼女はまだ肩を小刻みに震わせている。

人が一日中、気にしていたことを、そんなこと扱いとは少し酷いじゃあありませんか。

少し、ほんの少しだけ不満に思いながら彼女を見遣る。

先生はやっとのことで息を整えたようだ。

 

済みませんね、と再度口にしてから、彼女は言葉を続けた。

 

「今日、行ったお店、女性服の専門店でしたよね?」

 

「ええ。確かにそうでした。」

 

あの強面の店主が、女性服の意匠を考えると言われて面食らったのだ。

 

「なら、あの店を訪れるお客は女性が多くなるでしょう。」

 

「……そうなりますね。」

 

女性客が多いのなら女装していた方が良いのではないですか?

 

そう返すと、彼女は悪戯っぽく笑って言った。

 

「あら、北郷さんは女性客の採寸までお仕事に加える気ですか?」

 

意匠を担当して欲しいと頼まれはしましたが、実際に店頭に立つこともあるでしょう。

北郷さんが女性だと思われたままなら、店主に女性客の寸法を測るように言われても知りませんよ。

 

片目を閉じ、右手の人差し指を、ぴん、と立てながら言うと、彼女はまたくすくすと笑うのだった。

 

それは……、頂けないですねぇ。

 

遠い目をして言う。

 

「そうでしょう?」

と、彼女はにこやかに答えた。

 

 

 

   北郷一刀の奮闘記 第六話 はじめの一歩 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
皆さん、お待ちかねぇ〜

か、どうかは分かりませんが第六話です。
次回予告で盛大なネタバレをするのって正直どうなの?
師匠とか大勝利とか。

投稿が遅れた理由は、這いよる混沌が可愛かったり、
12人の巫女に星の子を産ませるゲームが面白かったりした為では
きっとないです。
主人公の名前を北郷一刀にしようかと本当に悩んだりもしました。
vistaをsp2にアップデートしようとしたらHDが破壊され、
リカバリをかけたせいでもありません。ええ、はい。


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コメント
優しく、厳しく、そしてしっとり感のある大人の女性。いいですねぇ♪(雷起)
きまお様 ありがとうございます。時間をかける分、良いものに出来るように頑張りたいと思います。(y-sk)
相変わらずほのぼのとした感じと先生の心遣いがいいお話ですね。ゆっくりご自分のペースで頑張ってください。(きまお)
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