幻想の刀鍛治 3 |
第3話 Belief―信念―
幻想郷とは人間と妖怪がともに生きているという奇妙で、古風な世界である。
人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を喰らう。そのようなバランスというのは昔から変わることはなかった。
人間は生きるために身を寄せ合い、この世界においては人里という人間が密集して生活するコミュニティを形成している。
だが人間と妖怪の強制する世界であるために、お互いに歩み寄っている場合もある。人間を襲わず、むしろ友好的な妖怪だって少なからずは存在していた。
そんな妖怪たちに対しては人間も恐れは抱くも決して殺めたりはしないのであった。
しかし当然のように人間を食料としか見ていない妖怪たちの方が多い。人間たちが人里から離れ、森などに入るのにも細心の注意が必要だった。
そんな者たちに付き添うようにして存在するのが人里を警備するための集団、自警団だった。
彼らは日々鍛錬を行ない、自らを鍛え妖怪と戦えるようにしていた。もちろん痛いマンでは決して敵わない。だが人間にあるのは非常に優れた知恵だ。もちろん人間以上に優れたそれを持っている妖怪や神などという存在は大勢存在する。だが人間はその知恵を絞り、集団で個を倒すのだ。
そんな自警団の仲にも圧倒的な強さを持つ人物がいた。白い髪をなびかせ、その手には紅蓮の炎が燃え上がっている。
加えられた一本のタバコから白い煙が上に向かってゆっくりと上がっていく。
長い白髪は腰よりも長く、数箇所をリボンで結わいている。頭頂にも大きなリボンがある。白いワイシャツに赤いモンペ。彼女の名前は蓬莱の人形と呼ばれる「藤原妹紅」だ。
「で、出たあー!」
「も、妹紅さん! あいつです!」
自警団の人間だけでは到底対処し切れない妖怪に対して彼女が臨時でその仕事に就くことがあった。彼女の手からは炎があふれ出し、いくつもの火球を生み出す。
そして妖怪がその巨大な体躯を生かして人間の頭ほどもある拳を振り下ろしてきた。
遅い――。
妹紅はその攻撃に対して余裕を持って回避する。地面を踏みしめて上空へと飛び立つ。彼女の背中からは同じように紅蓮の炎が噴出しており、それがまるで火の鳥のような翼を作り出していた。
図体はデカイが、動きはそれほどでもない……瞬間的な速さはあいつとの戦いでもう慣れている――。
無数の火球が妖怪の周りに放たれる。妖怪はその火球を受け、あまりの熱に慌てている。地面に着弾したそれが大きくそこを抉る。その穴に妖怪は足をとられ、なんとも情けないことに転んでしまう。
「恨みはないけど、人間にとってはお前は危険なんだ……悪いけど、死んでくれ」
妹紅を包み込む紅蓮の炎。その炎が一瞬にして鳥の形になる。炎によって作り出された鳥。自警団の者たちはそれを見てまるで火の鳥だと思わず見惚れてしまう。その火の鳥が大きく旋回すると勢いをつけてその妖怪に向かって飛び込んでいく。
慌てて逃げ出そうとするも火の鳥の方が早い。まるで鳥が得物を捕まえるかのようにその妖怪につかみかかるとその鳥の原型を崩しただの巨大な炎の塊となる。そしてその炎に包み込まれた妖怪は激しい痛みと暑さにもがいているもそれも数秒のことであり、すぐにその身を骨の髄まで燃やし尽くされたのか炭化した状態でそこに現れた。
炎の中から妹紅の姿が現れる。妖怪と同じようにあの炎の中にいたというのにまったくダメージは見られない。
自殺まがいの攻撃でありながら、まったく傷が見えない妹紅。そんな彼女に対して妖怪退治をしてくれたことに感謝の言葉を述べ、自警団たちは自分たちの仕事に取り掛かる。
妹紅は適当に返事をしてそのまま迷いの竹林の方へと足を向ける。
もう分かってるだろうに。あんなことをしても死ぬことができないってことくらい――。
そう達観したように考える。もう千年単位で生きてきた妹紅であるからそうなってしまっても仕方のないことだった。
不老不死という人間を捨てた存在となり、永遠に老いることも死ぬこともできない、周りがどれだけ変わって以降とも、妹紅という存在だけはまるで永遠にそこに縛り付けられているかのように動くことも変わることもできなかった。
誰か殺してくれ……この呪いを解いてくれ――。
誰でもいい、永遠に取り残される呪縛を解いてくれと妹紅は懇願するように空を見上げた。
幻想郷には冥界という死者が霊体となって生者の世界から向かう場所がある。
そこには白玉楼という屋敷が存在している。そこには霊魂を管理する亡霊の姫とその従者であり庭師の少女が住んでいる。
その従者であり庭師の少女――魂魄妖夢は腰と背中にそれぞれ長短の刀を携え両腕に大量すぎる購入したものを抱えながら人里から少し離れ、魔法の森に近い場所に位置している一軒の刀鍛治の住む家へと向かっていた。彼女の持つ二本の刀――一刀で幽霊十匹分の殺傷力を持つ『楼観剣』を左肩から右腰に背負い、人の迷いを断つ『白楼剣』を左腰に備える。この二振りの刀を操る。長いほうの刀が『楼観剣』で、妖怪が鍛えた剣だと伝えられている。短いほうの刀が『白楼剣』で、魂魄家の家宝である。
妖夢が小さい頃からここではないが神代家という刀鍛治の一家には祖父共々お世話になっていた。その神代家が言えと工房を移動したのは今代の刀鍛治になってからだった。色々憶測はあるが、両親を失ってしまったショックからなどというのが上げられていた。
当時から彼女の今もっている二振りの刀の打ち直しや手入れを頼んでいた。当然今代の刀鍛治もそれを請け負っている。彼女はその刀鍛治を昔から知っていた。瀬名家などはすっかり越されてしまっているが、年齢からすると妖夢の方が年上だ。
今向かっている家にいる刀鍛治が小さい頃に未熟ながらも剣の指南をしたものだ。早く強くなって自分の相手になって欲しい。そんな風に思いながら楽しく剣を教えたのを今でも覚えている。
重い荷物をえっちらおっちら持ちながらようやく目的地に着くことができた。扉をノックし中にいるかを確かめる。
しかし数度それを繰り返してもまったく声が返ってこない。
いないのかな? いや、もしかすると――。
そう思い、妖夢は断りを入れて一度家の中に入り荷物を置かせてもらう。そしてもう一度外に出て、少し離れたところにある工房の方へと足を向けた。
まるで油の中に食材を入れたときに鳴るような一瞬の音が蒸気とともに工房の中に発生する。水を溜めた水槽の中に真っ赤になっていた刀身を鉄鋏で掴みながらその中に入れたのだ。数千度という温度が一瞬にして水を沸騰させる。
その時に発生する強烈な温度上昇。もともと熱によって蒸し暑かった工房内がさらに熱くなる。切継の顔全体にまるで雨に打たれたときのように汗が噴出していた。
沸騰している水槽の中に水疱がぶくぶくと発生する。真っ赤だった刀身が水に冷やされて刀だと分かるような鉄独特な色へと変わっていた。
茎の部分を掴みながら水槽の中からその刀身を抜き取る。まだ熱を持っている刀身が水を弾き、それが切継の着ている服を濡らしていく。
その鉄鋏に掴まれている刀身には柄がなく、茎がむき出しになっている。いわば未完成の刀がそこに現れた。
刀といわれるようにその刀身は美しい反りを描いており、刀身の表面には波打つような波紋が浮かび上がっていた。それだけを見ても十分に一級品であると見える。
しかしそれだけには終わらなかった。鉄鋏煮それを挟んだまま固定し、固定台にそれを寝かせて手鎚を取り出すとそれでその刀身を叩き始めたのだ。
刀身が叩かれる度に乾いた音が響き渡る。数回ごとにその刀身を食い入るように見つめてもう一度その作業に入るなどというサイクルを繰り返す。
蒸し暑い攻防の中でそんな地道な作業を繰り返しているために切継ぐ歯すっかり汗まみれになっていた。しずくとなった汗がいくつも床に落ちていっては黒い斑点を生み出していく。声をかけたくても妖夢にはそれをする勇気がなかった。
それ以前に話しかけるなど、集中しているものの邪魔をするだけであり、そんなことをするべきではないと理解していた。
刀身に生まれてしまっているかもしれない歪や曲がりといったものを修正していく。細かなところまで徹底的にだ。
ここ以外にももちろん人里に鍛冶場というものは存在している。
だがそこには切継の用にすべてをひとりで行うのではなく大人数の男たちがいるなどと非常に効率がよい。さらに折り返し鍛錬ではなく鋳型の製造方法であるために切継が一本の刀を数日かけて完成させるのに対してその鍛冶場では一日に何十本もの刀や槍といった得物が作り出されていた。
手早く手入れや打ち直しをしてもらうのならそちらの方が効率よいのであるが、やはり昔馴染みのところでやってもらうのが妖夢にとっても安心できた。もちろん向こうを信用していないわけではない。
ようやく手鎚が振り下ろされる音が消える。妖夢が切継の方に視線を向けると彼は彼女がいることにようやく気づいたのかこちらに視線を向けていた。
「……妖夢か、何の用だ?」
とどうでもいいように、まったく彼女の来訪を歓迎していないように言う。
少しむっとなって妖夢は、
「なんだか投げやりな言い方ですね。相変わらず口の悪さは変わらないようで」
そうからかうように言ってやる。彼の口の悪さは小さい頃からまったく変わっていない。それはまだまだ彼が子どもだと言っているようなものだ。
剣術の指南役として彼の亡き父親から頼まれ、自身の腕の未熟さを知りながら切継に剣術を叩き込んだ。
楽しかった――家や工房などがまだもう少し人里に近いところにあった時、そこで朝から一緒に剣を振った。何度か白玉楼にも招待し、彼女の使える主である「西行寺幽々子」にも会わせたこともある。
「そういうお前は生真面目だな」
「あなたが不真面目すぎるんです」
すっかり煤汚れた顔を袖で擦る。それも黒く汚れていたために彼の頬はさらに黒く汚れる。くたびれた作業着姿、朝から今の昼頃までずっとこの中に閉じこもっていたのだろう。こんな蒸し風呂にい続けるなど、とても妖夢にはできない。
もう一度切継が何の用なのかと尋ねてきた。
妖夢は身につけている二振りの刀を見せ、言葉を必要としない回答をする。なるほどと納得した表情を見せる。
受けてくれると分かり、妖夢は身につけていた二振りの刀を切継に手渡す。
それをまるで割れ物を扱うかのように切継は受け取り、一本の刀を抜き取った。目の前に現れた美しく輝く刀身。その形は切継が打っている刀と同じ反りを持つものだ。
『白楼剣』――魂魄家の家宝であり、人の迷いを断つとされている刀だ。
それに比べて今自分が打っている刀はどうだ。まるで心の迷いを映しているようにその美しさにはまったく敵わない、むしろ曇り、歪んでしまっているように見える。
くそ……全然駄目だ――。
思わず愚痴を零してしまいそうになる。彼女の家宝、それは人が何事をなすにも付きまとう迷いを断ち切るもの。当然その刀身にはまったく迷いが存在していない。それが彼女の迷いのない太刀筋を生み出しているのだろうと分かる。
だが自分の打った刀身はどうか。切れ味も、強度もそこらの製法で生み出されたものにはまったく劣らず、むしろ凌駕しているといっても過言ではない。それだけのことは自負しているつもりだ。
だが今見つめている刀にはまったく及ばないのだ。
このままでは聖剣どころか、「あの能力」にも太刀打ちできない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……」
なんでもないわけはないだろうに。
そう妖夢は作業に必要なものを取り出し始める切継のことを見ながらそう思う。
彼に課せられた使命を知っているからこそそう思えた。
そして何故彼女が剣術の指南役として抜擢されたのか。
彼の迷いを断ち切るためだったのだ。
早くに鍛冶師の師匠である父親を失い、ほとんど聖剣の製造を伝授されることがなかった。ほとんどゼロからのスタートである自分に果たして聖剣を、それも歴代の鍛冶師たちが生み出してきたものを超える聖剣を打たなければいけない。
だが生み出されるのはまったく満足のいくものではない。それの繰り返しが徐々に積もり積もっていき、それが焦りとなり、迷いとなる。
私はどうしたら……――。
剣術の指南役としてどう接してあげればよいのか。
刀を振るうことはできても、作ることはできない。彼女の能力である「剣術を扱う程度の能力」はその二振りの刀を扱うことにしか秀でていない。
何もしてあげられないことがと手も悔しかった。
人里から離れた場所に存在する博麗神社。
人間と妖怪の間に中立の立場として立つためにあまり生き物が寄り付かない高台に長い石段を築いてその頂上に神社は存在している。
さらに妖怪たちがその神社に住む博麗の巫女を殺さないのは、幻想郷において絶対に博麗の巫女を殺してはならないというおきてがあったからだった。
それを破った時には幻想郷は滅びるとされており、またしに陥れるようなことがあった場合には妖怪の賢者だけでなく他のパワーバランスを担っている場所に住む者たちからも制裁を与えられるとされている。
幻想郷の安定と存続のためにはなくてはならない存在。それが博麗の巫女というものだ。
幻想郷と分かたれた外の世界とを隔てている博麗大結界というものの安定を担っているのもまた博麗の巫女であり、それもひとつの役割だ。
今博麗神社の境内では二人の女性と少女がなにやら修行のようなものを行っていた。紅白の巫女服を着た少女が回りに赤、白、黄、緑などという色鮮やかな光球を出現させ、叫んだ、
「「夢想封印」!」
という宣言と同時にいくつもの光球は少女――霊夢の先に立っている同じ紅白の巫女服を身に纏った女性に向かって飛んでいく。女性が片手を前方に翳し、同じように宣言した。
「さあ、今日こそこれを突破して見なさい! 「二重結界」!」
霊力によって作り出された正方形の結界が二重になって前面に展開される。もうひとりの巫女、今代の博麗の巫女である博麗霊華は自身に向かって放たれた博麗の巫女の持つ奥義のひとつである「夢想封印」を受け止める。
ひとつ、二つ、三つと次々と光球が着弾して行き徐々に結界に日々が走っていく。
流石ね……歴代最強になるかもしれない器だっていうのは、伊達じゃなさそうね――。
一枚目が完全に破られ、追い討ちをかけるように再び出現した光球が最後の一枚を破壊するべく向かってくる。何とか集中力を保ちながら霊力を最後の一枚に注ぎ込む。そう簡単に破られるわけには行かない。先ほどよりも霊力の込められた「夢想封印」が「二重結界」を撃ち破らんとして唸りを上げながら襲いかかる。
光球の光が霊華の視界を白く染めていく。
なんとか目を閉じないようして、視線の先に立ち、次々と力技で結界を撃ち破ろうとしている霊夢を見つめる。
戦術なんてない、ただ力任せにこの結界を敗れればそれでいいというような攻撃だ。歴代の巫女の戦いとはまた違ったものだ。
だがそれを可能にするだけの莫大な霊力とそれを運用する抜群のセンスが彼女には備わっていた。歴代の巫女も様々な力を持っていたが彼女のような莫大な霊力も、それを更なる高みへと連れて行くセンスも持ち合わせていない。
彼女が自身の持つ能力を自在に操ることができ、さらに彼女独自の奥義が完成したとなれば?
恐ろしい……幻想郷を荒らす者たちにとっても、幻想郷そのものにとっても――。
霊華は戦慄した。
彼女が完全なる巫女となった時、彼女に敵うものは果たして存在するのかと。
負けない、まだ負けるわけには行かない! ――。
気合のこもった視線を霊夢に向ける。徐々に押されていた霊華はしっかりと踏ん張り、一歩一歩その結界を力任せに押していく。向こうに立つ霊夢も押され始めたことに対して初めて表情を変える。
力だけじゃ、勝てないわよ――。
いつの間にか最初の目的からすっかり修行が脱線していた。もはや新旧の巫女の模擬戦となっている。
妖怪たちが見たら決して中には入りたくないと思う光景。無数の光球が境内を飛びまわり、空を色鮮やかに染めていく。
地面を抉り、土煙を上げて爆発音が無音だった博麗神社の回りに響き渡る。その音に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つのを二人は完全に無視する。
霊力を纏った拳が、蹴りが双方から放たれる。決して美しいとはいえない戦い。
だがその戦いはどうしても新旧交代を告げているようにしか見えなかった。
まずい、押されている!?
莫大な霊力も霊力を扱うセンスがずば抜けて高いわけでもない霊華。だが彼女も博麗の巫女。常人にはない力を持ち、妖怪にだって後れは取らない。
そんな彼女が徐々に押され始めていた。困惑を隠しきれず、それでも負けないという希薄を前面に出して霊夢に対して同じく「夢想封印」を放つ。彼女が放った御札がまるで守るようにして展開する。
「封魔陣」が霊華の攻撃を受け止めた。四散する無数のお札であるがそこにはすでに霊夢の姿はなかった。
突如として霊華の頭上に現れた黒い穴。その中から霊夢の姿が突然に現れたのだ。
「亜空穴」によって瞬間的な移動を見せた霊夢。次々と吸収していった術を駆使して霊華を追い詰めていく。
「あああぁぁぁ!」
と、いつもは感情をそれほど表に出さない彼女が叫びながら襲い掛かってきた。
それに反応しきれず霊華は防御態勢をとらざるを得なかった。風とともに強烈な回し蹴りが防御として作った両腕のガードを崩さんとばかりに叩き込まれる。骨がきしむ音と強烈な痛みに思わず顔を顰める。
後方にわざと弾かれるように飛ぶ。その際に霊華は見た――こちらを見つめている霊夢の目が生気のない虚ろなものだというのを。
空虚な瞳。あるようでないような陽炎のようだ。
その瞬間霊華は巫女の勘というものではっきりと理解してしまった。自分は勝てないということを。
それでも組んだ術式を発動させる。
彼女の奥義とも言える術――「夢想封印」を応用させた技――「夢想封印・滅」!
彼女の周りに無数の大小さまざまな光球が生み出される。回避する隙間すらなく、まさに殲滅するための術だった。
しかし霊夢はそれにすら戦慄を覚えることもなく、黙って空虚な瞳を向けていた。
そしてゆっくりと瞳を閉じる。
諦めた? いえ、それはありえない――。
熱くなりすぎていた思考がゆっくりと冷えてくる。アレだけ動き回っていた霊夢がぴたりとその動きを止めた。その姿を見るだけでは諦めたようにしか見えない。だが彼女がそうするとは思えない。だから霊華もまた発動させていた術を止めることはしなかった。
「博麗式奥義……「夢想封印・滅」!」
その瞬間大小さまざまな光球がまるで雪崩の如き勢いで霊夢に向かって降り注いだ。巨大な光球はまるで巨人が地面を叩いたかのような強烈な地響きを発生させ、小さな光球はまるで驟雨のように隙間なく降り注ぎ、地面を穿つ。
そして大きな爆発を起こした――。
方を大きく上下させ、博麗霊華は疲労を隠すことをしない。
霊力もそこを尽き掛けている。奥義を出してしまったのはまだ正式な巫女になる前の、まだ10歳でしかない霊夢には酷だった。それ以上だろう。
やってしまった……――。
霊華は自分がやりすぎてしまったのを今更になって後悔する。彼女がこれで大きな怪我を負ってしまったのなら紫から何を言われるか分からない。
とにかく煙が晴れるのを待つよりも先に霊夢がいるだろうところに向けて足を踏み掛けた――突然霊華の腹部を穿つようにして球体状の霊力が襲い掛かった。
唖然とした表情を浮かべたまま霊華は視線をその弾幕が放たれた砲口に向けて視線を向ける。そこには周りが霊華の奥義によってもはやクレーターと化していた場所の中央に無傷のままで立っている霊夢がいたのだ。
瞳は生気のない、空虚なものではないがそれでもいつもの彼女とは違って見えた。
ダメージが大きいためと疲労で思わず膝をついてしまう。
「これが私の、力……」
恐怖とともに喜びが彼女の身体に溢れてくる。
圧倒的な強さ、これがあればあの憎たらしい刀鍛治を認めさせてやれる、ぎゃふんと言わせてやれると思った。
誰にも負けない、そういう不思議な自身が何故か持つことができた。
後は今にも倒れそうな自信の育てのものであり、博麗の巫女となるための修行をつけてくれた師匠とも言える女性を倒せばそれでいい。
霊夢はゆっくりと瞳を閉じる。
それだけでいい。彼女は今、すべてから浮いている。ありとあらゆるものは彼女に触れることすらできない。
彼女という存在は見えているのにまるで透明人間のように触れることができない。それが人間であろうとも、妖怪であろうとも、神であろうとも。
人の身に余る力――それが「ありとあらゆるものから浮く程度の能力」。
そして彼女自身が博麗の巫女として持つ奥義――それが今にも発動しようとしていた。
博麗霊夢が生み出した奥義――それが「夢想天生」。彼女の周りに展開された無数の陰陽球。それが点灯し、その瞬間その陰陽玉から無数の御札が放たれたのだ。霊華の奥義のようにまったく逃げ場のない、まさに相手を完膚なきまでに蹂躙する奥義。
膝をつき、動くことのできない霊華にそれを防ぐ術はなかった。
まるで空を覆うようにして展開された御札の弾幕が彼女を包み込み、そしてそのアギトの如き鋭さで彼女のことを呑み込んだのだった。
走る、ただ走る。
ありえない光景を見て、いつものようにこっそりと自分が打つ聖剣に値するか、次代のはく麗の巫女である霊夢の様子を見に来ていた切継であるが、圧倒的な力の前にいつの間にか逃げ出していた。
どれくらい走ったのか分からない。それでももっと遠くに行かなければいけないというような恐怖感に囚われていた。
なんなんだよ、あれは――!
ようやく木々が立ち並ぶ場所に辿り着き、一本の大木の後ろに回り、座り込む。汗がどっと溢れ出してきて、動悸がおさまらない。
今代の博麗の巫女が圧倒された。
技量など関係ない、圧倒的な力の前に、その光景の通りねじ伏せられたのだ。どんな技量も、戦術も、圧倒的な力の蹂躙の前にはなきに等しかった。
あれが、博麗霊夢の力……――?
あの後霊華がどうなったのかは分からない。流石に死にはしないだろうがもはや博麗の巫女の交代は必至のようだ。
だがその交代の儀式に必要な聖剣を果たして自分が打つことができるのか。
当時あれだけ豪語して見せた切継であるが、あの霊夢の強さを見た瞬間真実のようなものを突きつけられたような気がした。
俺にあいつを止められる聖剣を打つことは、できない……――。
あの莫大な力を断ち切ることができるのか、抑え込むことができるのか。
それ以前にまるで透明人間のように攻撃が全く当たらない彼女に刃を触れさせることができるのか。
そう考えていると突然上から声がかかった。
「こんなところまで逃げていたのね。意外に小心者だったのかしら?」
「スキマ妖怪……一体何をしに」
「あら、一応教えに来てあげたのよ。あの子、霊華は無事よ。まあ、酷くやられちゃったからもう世代交代ね」
などとあっさり言う。
もう少し表情に悲しみなどを浮かべるなどをしないのか。
「それだけか? お前がそれだけのために来るような奴とは思えない」
「あら、信用がないのかしら?」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみればいいさ」
「そう? なら今度そうしてみるわ」
自慢するようにそのふくよかな胸を寄せながら言う。今はその行動に対して何を言う気にもなれない。
彼女のことだ、何かを伝えに来たのだろう。
大方聖剣についてのことだろうと思う。
「怖くなったかしら? 不安になったかしら?」
「……」
そうからかうように言ってくる。
だがそんな彼女の言葉に対していちいち言葉を返す気は起きない。
そんな切継の態度はまったく気にしていない様子。あえて無視をしているのか、どうでも言いと思っているのか。彼女はさらに言葉を続ける。
「あの子は私が見てきた歴代の巫女の中でも最強よ。敵に回れば私だって勝負にならないわ」
「だろうな……ありとあらゆるものから浮いちまうんだ。手を出すことはできないな」
ため息をつく紫。流石の賢者もあれだけのものを見せ付けられたのだから当然の感想だろう。
切継自身、今更ながらに自分が背負っているものの重大性と無謀さを理解し始めていた。そして自分がどれだけの存在を相手にしなければいけないのかということもこの目ではっきりと見ていた。
一気に自身を根こそぎ奪われた気分だ。
むしろ爽快すぎて笑いがこみ上げてくる。
もし亡き父であったならどうしただろうか。あの豪快な性格な彼であれば、決して逃げはしなかっただろう。だがそんな乳はもうこの世にはおらず、あまつさえ彼から受け継ぐはずだった技法も最後まで知ることはできなかった。
僅かに伝えられた技法だけでは到底敵うはずもない。それを切継だけではなく、長い間博麗の巫女を見てきた紫も理解していた。
投げやりな態度を見せる切継に対して、
「一応あの子との境界はあるわ。でも私の力じゃ遠く及ばないのよ」
助言のつもりなのか、唯一ともいえる対処法を彼女は言ってきた。おそらくその境界というのは「有と無の境界」なのだろうと何となくであるが理解する。
だが妖怪の賢者たる彼女でさえその境界にまで手を出すことはできないという。存在しているか、存在していないか。つまりは魂にまで干渉できなければいけないことだった。
妖怪の賢者とはいえそこまで万能ではない。
胡散臭さの漂う笑みを浮かべているが、その仮面の下では歯がゆさを感じていた。
その境界を叩き切れれば良いと言うのか――?
簡単に言ってくれると内心毒づく。
そう簡単にそんな芸当ができたのならここまで彼女の力と能力について悩むことはないだろう。だがそれが簡単ではなく限りなく不可能に近いからこそこうして悩まざるをえない状態になっている。
すると紫はスッと指を差し向け何かをする。
そして何かを試すかのように、
「今私の能力を使ってあなたとの間にある境界を弄くってみたわ。あなたの持つその自慢の刀、果たして私とあなたの間にある境界を切ることができるかしら?」
と言ってきた。それは遠回しにお前には不可能だ。父親を殺さなければよかったのにと軽い非難のようなものが含まれていた。
そう思われても仕方のないことをした。
あの日、ムキになってしまわなければ父親は死ぬことはなかった。そんな後悔を何度しただろうか。回りだって決して許してくれているわけじゃないだろう。
少しでもというように技術を磨いてきたつもりだ。もちろん遊んでいた十年間ではない。それでも聖剣には程遠く、その姿すらも見ることはできない。
さらに目の前にあるだろう見えない境界すら断ち切れないかもしれないのだ。
うるさい、だまれ――!
カッと怒りで血が沸騰したかのような感覚を覚える。
できなのかしら?
ふざけるな――!
目の前にある境界を目の前にいる彼女に例え、跳ね上がるようにして起き上がると切継は紫の一間たたきのうちに構えを完了させていた。
切継の刀は鞘に収められており、右半身を前にし、腰を落とし、左手は鞘の鯉口に添えられて、右手は刀の柄を握り締めていた。
見てろ――!
そう視線の先にいる彼女を睨みつけ、切継は、
「居合い――!」
気合の入った声とともにカッと見開かれた双眸。そして神速の抜刀が放たれる。
妖怪の賢者たる紫の目を持ってシテもその神速の抜刀は目で追うことができない。鞘走りのときに発生する火花がまるで赤い花が咲いたようにして噴き出す。
そして一瞬の内に切継の抜き放った刀の刀身は確かに紫の能力によって弄られていた境界にぶつかり――半ばから折られた。
呆然とする切継。
折られた切っ先の刀身は宙を舞い、重力に引かれるようにして地面に突き刺さった。
自分の刀がまったく歯が立たなかった。
わずかな歪みが見えるが、そこには傷ひとつ付いていない。
ゆっくりと折られた刀を見つめる。そこにはあるのは完全に自信を叩き折られた神代切継と聖剣のためにと打った今の状態で最高といえる刀の成れの果てだった――。
後書き
始めましての方は始めまして、第1話から読んでくださった方はありがとうございます。泉海斗です。
突発的に生まれたネタから書き始めたこの作品ですが、楽しく執筆させていただいております。
そして今回は切継の剣術レベルの高さの理由と霊夢の実力が判明する回でした。
妖夢は大体四十代くらいです。容姿は十代でしょうが、半人半霊だということでよろしくお願いします。
切継の剣術の高さは原作の「聖剣の刀鍛治」での登場人物であるルーク・エインズワースが相当高い技量を持っているのでそれに合わせてみました。指南役は父親ではなく、刀つながりということで妖夢にしてみました。
さらに刀の手入れや打ち直しなどというのでも繋がりがあります。妖夢の主である幽々子とも小さい頃から何度もあっているなどお互いに知り合いです。
そして霊夢の実力ですが、彼女の持つ「ありとあらゆるものから浮く程度の能力」と奥義である「夢想天生」を出してみましたが、かなりチートになってしまいました。
それでも唯一の対処法を独自に設定してみました。
しかしそれをできるのは今のところ誰もいません。可能性ははるかにゼロに近いものです。しかしそれをどうにかしていくのが主人公。
次回から少しずつ聖剣に近づいていく要素を出していきたいと思います。
次回も読んでくださる皆様に楽しんでいただけるような作品にするということをモットーに私自身も楽しく執筆して行きたいと思います。
今後ともよろしくおねがいします!
それでは!!
説明 | ||
今日も平和な日常が続いている幻想郷。 そんな幻想郷を外の世界と分け隔てている存在――「博麗大結界」。そんな大結界を守護する存在である博麗の巫女。 今代の博麗の巫女である「博麗霊夢」がいる。 何故彼女は博麗の巫女としての力とともに、「空を飛ぶ程度の能力」転じて「あらゆるものから浮く程度の能力」という人の身に余る能力をその身に宿す事ができているのか。 そこには知られざる者の尽力があったからこそそれが可能となっている。 何故彼女が修行をしないのか。 何故彼女が他人と距離を縮めるのを拒むのか。 その理由には彼女が博麗の巫女として今も存在していられるのに関わったひとりの刀鍛治の存在があった。 これは彼女の幼き頃の、ただ一度だけの恋の物語。 二人は切り離され、そしてもう一度継がれる。 |
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