スレッガー・ザ・エース
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 制帽をはすに被ったその男は、大儀そうに組んだ足を組み替えて手元のカードを見た。

「コール」

 テーブルの上に次々とカードが翻され、落胆と歓喜の声が上がる。

「どうだスレッガー、今度は俺の勝ちだぞ」

 そう言って小隊長は、手札を広げた。

「エースのフォアカードだ。ふふん、お前のお株を奪ってやったぜ」

 コインを掻き集めようとする小隊長の目の前で、スレッガー・ロウは自分の手札を翳した。

「悪いな、小隊長さん」

「エ、エーストップのストレートフラッシュ・・・」

 スレッガーは、快活に笑いながらコインを集めた。

「貴様ら! ここで何をやっとるか。作戦は始まっているんだぞ!」

 格納庫の待機室から、雲の子を散らすように兵士が出ていった。

「スレッガー、また貴様か!」

「そんなにカッカしなさんな、少佐殿」

 スレッガーは、コインをポケットに詰め込んで立ち上がった。

「何がエースだ、いい気になるな。戦績がなければ貴様のような奴など・・・、早く出撃準備をしろ!」

 少佐はそう言い放って立ち去った。

「ふっ、エースねぇ・・・」

 スレッガーは、制帽をロッカーへ放り投げて待機室を出た。

 ヨーロッパにおける連邦軍の反抗作戦が始まっていた。スレッガーの所属する北極基地は、既に二個師団を東ヨーロッパへ南下させていた。

「遅いわよ、何してたのよ少尉」

 カタパルト管制官ミシェル・サーディンの声が、スピーカーから響いた。

「あれ? もうみんな行っちまったのか」

「あなたが最後よ」

「やれやれ」

 スレッガーは、カタパルトに乗せられているブルーのフライマンタに乗り込んだ。

「いつまでもこんな古くさい戦闘機でドンパチなんかやってられねえぜ。俺もモビルスーツに乗りたいな。なあ、ミシェル」

『ジャブローで量産が始まったらしいから、そのうち乗れるんじゃないの?』

「そう願いたいもんだな」

『ねえ、今日は何機?』

「十機だ」

『あら、調子悪いのね。こないだはドップ二十機だったわよ。あとひとつだったのに、残念』

「モビルスーツを十機だ」

『モ、モビルスーツですって・・・』

「じゃあなミシェル、今晩楽しみにしてるぜ」

 スレッガーの右手が上がった。キャノピーが閉まる。

『・・・あたしもよ、スレッガー』

 ブルーのフライマンタは、雪煙を上げて北極基地を飛び立った。

「さて、俺の分残しといてくれよ」

 コンソールで航路を確認すると、スレッガーはグローブをはめ直した。

 

 敵陣の背面から攻撃を仕掛けている北極基地の二個師団は、あくまでも後方撹乱が主目的であった。主力はヨーロッパ方面軍本部の十五個師団で東から、南は黒海から海軍の第八、第十艦隊と三個海兵師団がそれぞれマ・クベの鉱山基地へ進撃していた。

『将軍、黒海の海兵師団が揚陸を開始しました』

 レビル将軍は、陸戦艇ビッグトレイで作戦指揮にあたっていた。

「うむ、第八艦隊は予定通り黒海の東へ展開させろ」

「北極の航空隊も攻撃を開始したようですな」

 副官のエルラン中将が、作戦司令室中央のTID(戦術情報卓)を覗きこんだ。

「例の、ホワイトベースはどうだね、エルラン君」

「なんとか、持ち堪えているようですが・・・」

 エルランは、レビルの顔色を窺った。

「・・・ニュータイプですか。時代は変わっていくということなのでしょうな」

 レビルは、にやりと笑ってエルランを一瞥した。

「パイロット補充の件、連中が空に上がるまでになんとかしてやってくれ」

「その件でしたら、既に手配済みです」

 エルランは、TIDの光る点を指し示した。

「ん? なんだこれは、一機だけ本隊と離れておるではないか」

「誰も奴には付いてこれんのですよ。今までに落とした戦闘機は百機以上、モビルスーツは二十機余り。ずば抜けた戦績ながら素行は劣悪で、部隊をあちこちたらい回しにされている孤独のエース・・・」

「ほう、彼をホワイトベースに、・・・君もなかなかだな、エルラン君」

「それは、お褒め頂いているのでしょうか、将軍」

「そのつもりだが」

『第十三師団が敵防衛線を突破しつつあります』

「よし、第十艦隊を接岸させて進撃を支援させろ。第十一、十四師団で左翼を固める」

 TIDに矢印が点滅した。

「エルラン君、サブブリッジで少し休みたまえ。昨日から引き続きなのだろう?」

「当番兵、将軍にコーヒーを。では将軍、お言葉に甘えて」

 レビルは、どうぞという風に手を差し出した。

「・・・さて、マ・クベ奴、首を洗って待っておれ」

 

 ジャブロー行きの話を聞かされたのは、昨日のことだった。遂に本部付かと、スレッガーは半分本気で思った。入隊してすぐに軌道警備隊へ送られ、続いてルナツーのレクリエーションサービス、ルウム戦役で原隊復帰するも部隊は全滅。その後、地球へ下りて空軍へ移籍、所属した基地は悉く占領され、気がつけば北極に来ていた。ここまで生き延びてきたのは、ただ運がいいだけなのか。

 いつの間にかエースと呼ばれ、階級も少尉にまでなっていた。これだけ長い間前線で戦っていれば、勝手に撃墜マークは増えてくれる。

「何がエースだ、ただの人殺しじゃねえか・・・」

 周りの状況とは裏腹に、スレッガーの心の中は次第にすさんでいった。

「くそったれがあっ!」

 カモフラージュされた対空砲を潜り抜け、スレッガーは対地ミサイルを撃ちこんだ。

「こうなったら、行くところまで行ってやるぜ」

 右手にドップの二個編隊、地上にはマゼラアタックとモビルスーツの機甲部隊が展開していた。

「死にたい奴から来な!」

 北極基地の部隊は、連邦優勢という戦況判断から作戦終了前に撤退命令が出た。それは、手薄になっているヨーロッパ西部を警戒するためでもあった。

「負けたわ」

 スレッガーは、バスルームでミシェルの話を聞いていた。

「弾の数だけ敵を落とすって噂、まんざらでもないみたいね」

「負けたわって、ミシェル、俺は三機しかMSをやってねえぜ」

 タオルで身体を拭きながら、スレッガーはバスルームを出た。

「モビルスーツ三機、ドップ十五機、マゼラアタック七両。あなたの勝ちよ、スレッガー」

「俺は、モビルスーツ十機って言ったんだぜ。負けは負けさ」

「スレッガー、あたしがせっかく負けだって言ってるのに。・・・抱きたくないの?」

 ミシェルは、微笑んで両腕を広げた。

「・・・すまない、ミシェル。今は、気が乗らねえんだ」

 ミシェルは、かぶりを振ってうなだれた。

「あの人、やっぱりそうなのね」

「あの人?」

「こないだ来てたでしょ、赤い髪の補給隊長」

「アジャン中尉のことか・・・、彼女はそうじゃない。ジャブローにフィアンセがいるんだぜ、彼女」

「そんなの関係ないって、いつも言ってたじゃない。恋人がいようといまいと、あたしだって・・・」

「悪い、一人になりたいんだ」

 スレッガーは、ミシェルの肩を掴むと、背中を押して廊下へ促した。

「スレッガー・・・」

 ミシェルは、閉まった扉を見つめた。

「・・・一人になりたいって、あなたいつも一人じゃない・・・」

 スレッガーは、まとめていた荷物をクローゼットから出した。異動の辞令は、オデッサ作戦終了後直ちにということだった。

「ミシェル・・・」

 彼女を抱く時間はあった。だが、彼女を愛せる時間はなかった。

「・・・死ぬなよ・・・」

 この疎外感は何だろうと、スレッガーはいつも感じていた。戦争は、人を殺せば殺すほど褒められる。エースであることの虚しさから来るのだろうと思っていたが、どうやら少し違う。彼にそれがわかるのは、もう少し先のことになる。

 ブルーのフライマンタは、今でも北極基地に保管されている。スレッガー・ザ・エースの伝説と共に。

 

copyright (c)crescent works 1999

説明
1999年作品。間違いなくスレッガーは素行が悪いはず。となれば設定は自然に決まってきました。
ホワイトベースに配属されたのも、きっと厄介払いなのだと。まあ、ニュータイプのテストみたいな意味もあったかもしれません。
女性との関係もきっとドライでしょう。それが戦争のせいなのか、彼の性格なのかはわかりませんが。
やっぱりポーカーは得意じゃないとw
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