恋姫異聞録138 −点睛編ー |
腹部を切り開き、慎重に臓器をよけながら患部である胃をさらけ出せば、胃の幽門腺領域側に大きな穿孔が見つかり
華佗は眉間に皺を寄せた
一体どれほど耐え続ければ此れほどの大穴を開けられるんだっ!?胃液で近くの臓器まで損傷している
馬騰と同じ症状だが、彼の様に潰瘍が変質し癌へと変化している部分が少ない事が救いだ
「塩水を大量に用意してくれ、胃の洗浄と縫合を並行して行う」
指示を受けた衛生班の兵士達は、人肌に水を温めて師である華佗から教えられた通りに、人体に近い水
生理食塩水を生成し、回りの損傷した臓器と共に胃の洗浄を始めた
「施術は損傷が酷く、悪性の病魔が巣食う患部の切除、穿孔部縫合術、大網被覆術、腹腔内洗浄だ。訓練通りに行えば問題はない」
自分に言い聞かせるように弟子達に指示を送るが、華佗はマスクの下の顔を険しくさせていた
余りにも大きな穴、回りの臓器の損傷も酷い、住血吸虫のせいでもあるのだろうか、躯の抵抗力が弱いのが
触診しながら氣の流れを感じ取る左手が訴えていた
胃に近い肝臓、胆嚢、十二指腸が損傷している。何度かに分けて施術を行い、損傷部を切除したいところだが
気を失い、麻沸散を処方され、眠り続ける周瑜の顔をみて、華佗は唇を噛み締めた
保たない、鍼を打って氣の根元、原氣の底上げをしたが、あまりにも氣が減りすぎている。一度で決めなければ
「気功の使えるものは、なだらかな山を登るようにして患者に負担をかけず、氣を送り続けてくれ」
助手を務める衛生兵は、丹田付近に手をかざして慎重に氣を送り続け始めた
手術による失血を補うために、周瑜に氣を送って血を生産させながら行う治療
これで手術が終わるまでは体力が保つ。ならば次は
そう思った瞬間、周瑜の出血が激しく穴の開いた胃の回りを鮮血で染め始めた
「くっ、氣を送るのを緩めろっ!陰交穴の鍼を一つ抜いてくれっ!!」
何が起こった!?何故大量に出血した?まだ何処にも小刀を入れていない、胃にすら手をつけていないっ!
生理食塩水で洗い流し、出血した場所を探るがそんな場所は何処にもない。それどころか、出血するであろう血管は
鉗子で止めてある。何故出血した?
洗えども洗えども流血は治まることはなく、助手達は異常事態に不安げに華佗に視線を集めてしまう
大丈夫だ、落ち着け。こういう時、アイツなら何て言う?アイツは俺の腕を信じるといってくれるはずだ
冷静になれ、友の信じる俺を信じろ。俺に滅せぬ病魔はない、神医華佗に癒せぬ身体は無いっ!
華佗は一つ深呼吸をして、指先に触れるもの全てを把握し変化を掴み取ろうと、左手に全神経を集中させ始めた
何処だ・・・何処に異変がある・・・何が周瑜の躯に起こっているんだ・・・
指先を這わせるが、何処にも異常は見られない。くまなく慎重に指先で臓器を触診するが、変わった所など無いのだ
「何処にも異常が無い。何処も同じ・・・そんなはずは・・・」
表情が固く、強張るが、華佗に郭嘉を診察した時の記憶が蘇る。彼女を診察した時、寄生虫と言う病魔とは違う病
体内に文字通りに【巣食う】虫の記憶。あの時はどうだった?あの時は、郭嘉の躯に異常はあまり見られなかった
だというのに何故か、彼女の体力は消耗されていて、表情も病魔に侵された者と変わりなかった
だが躯を調べても異常はない。そう、異常が無いのだ
「そうか、既に全身が住血吸虫で犯されて居るんだ!だから異変がないように感じたのか」
宿り主の躯を全て感染されてしまうと体全てが異常であるため解らない
既に躯を異常と言う色で塗りつぶされてしまえば、華佗と言えども個々に特色のある人体に区別はつかない
始めから感染された躯を見れば、其れが普通なのだなと感じてしまう思い込みの罠
「原因は解った。だがっ」
ギシリと音を立てて歯を噛み締める華佗。その表情は窮地に立たされ、追い詰められた人間の表情
卵で細血管を塞栓されている。其れも全身にだ!此れでは躯に血を作らせれば、細血管が破裂し体表から滲み出るように血が湧き出す
血が足りぬからと言って、無理に血を流せば心臓に負担がかかり、周瑜の躯は破裂した血管からの血の海に沈む
氣が著しく低下していたのはこのせいか。ならばどうする、血は作れない、体力の消耗は激しい
手が止まれば止まるほど、周瑜の命はこの手からこぼれ落ちる。ならばどうするっ!?
「決まっているっ!こうするんだっ!!」
上半身の衣服を脱ぎ去ると、煮沸消毒された鍼を大量に手に持ち、自身の関節部に打ち込み始めた
肘、肩、首、指先の関節ひとつひとつ、上半身全ての関節に鍼を打ち込み、縫合用の半円の鍼に糸を通す
「ハァッ!!」
助手達の眼に映るのは、人知を超えた縫合術。指先の動きが見えぬほど高速に、しかし機械のように正確に小刀で損傷した患部を切り取り
穴の空いた胃を縫合していく姿。一度洗い流した胃が、再び血で濡れる前に、縫合を終わらせ、最後に大網という
胃の下にぶら下がっている脂肪組織を縫合した胃へ覆いかぶせてしまう
此処までの手術ならば、発達した医療器具が無く全て手探りのこの時代、通常は何時間もかかるはず
だが、華佗は助手が瞬きを数えるほどで終わらせ、傷跡の残らぬ埋没縫合にて腹部を閉じてしまった
そして、閉じた患部を助手の者たちによって氣を送らせ、胃の付近で再び出血し化膿してしまう事を避けるために
陰交穴、気海穴、石門穴、関元穴の鍼を抜き取り、美羽との共同開発で生み出した薬を取り出した
「此れは特性の虫下しだ、美羽より渡された蜂王本草経により見つけ出した新たな薬物を取り入れている」
多様な薬物を混ぜあわせ、現代の吸虫駆除剤プラジカンテルを生み出した華佗は、粉末の薬と水を自分の口に含み
気を失った周瑜へ口移しで飲み込ませると、食道から胃まで到達するのを指先で確認する
縫合した腹部。胃へと薬が到達すると、華佗は昭の治療の際にした時のように手を患部へかざし
氣を送っていた兵士達は、一斉に華佗の背に手を合わせ始めた
「あの時よりも、もっと細く、糸よりも髪よりも、何よりも細く触れれば崩れる小さい穴を通す感覚だっ!」
出血させぬよう、だが代謝させ薬を吸収させるように、精密な氣の誘導で腸と縫合した胃に細胞結合をさせながら同時に吸収活動をさせる
まさに神のなせる業に手を背中にかざしていた兵達は、言葉を無くしていた
「華琳様、兵の準備が整いました」
「ええ、ご苦労様」
「捕えた呉の将達は如何なさいましょうか」
「後で良いわ、其れよりも新城に向けて進軍を開始させなさい」
柴桑の城壁にて、桂花から兵の再編成、完了の報告を受けた華琳は、遠く新城の方向を向いたまま静かに頷いた
華琳は平静を装ってはいたが、捕縛した将の処遇など、後から幾らでもできる
其れよりも、昭達の援軍に向かわねばと心の中は焦りの色で染まっていた
停戦命令を下した時に、孫策が討ち取られた事を聞いた孫権が、無謀にも一人で怒りのままに突出してきた為
難なく待ち構えた季衣と流琉に捕えることが出来た。お陰で追撃の必要も無く兵の再編も素早く済ませることが出来ていた
だからだろうか、華琳は今直ぐ行くことが出来る。友を、民を救う事が出来る。今直ぐに!
そう、心の中で叫び、声をあげていた
「申し上げますっ!」
「既に方針が決まったわ。瑣末なことならば後にしなさい」
「そ、それが呉の将が捕縛から抜け出し、敵兵と我等の兵も」
「どういうこと!?」
間が悪く、伝令の兵士が来たかと桂花は顔をしかめるが、兵の報告に驚き、案内されるまま華琳と桂花は兵の後へ着いて行けば
たどり着いたのは周瑜の運ばれた城門付近の家屋
家屋の回りを取り囲む魏の兵士たち。入り口には呉の兵士が大勢倒れており、魏の兵士が攻撃したのかと桂花は表情を固くするが
良く見れば外傷など何処にもなく、戦ったというよりも夜通し走らされ体力の限界で気を失っていると言うのがぴったりだった
「何があったっていうの?」
事態を把握しようと、入り口に駆け寄ろうとした所で一人の見知った人物の姿が視界に入った
「貴女も周瑜を助けるために此処に来たのですか桂花?」
腕を組んで、入り口の門に背をもたれ掛かけるのは稟
口元には呆れたように笑みを浮かべ、深くため息混を一つ吐いて眼鏡の位置を指先で直す
「助け?何の話?」
「ああ、違うのですね。氣を使える一部の呉の兵達は、周瑜を救うために華佗の手伝いをしているようですよ
安心しましたよ。てっきり昭殿に感化されすぎて、重要な事を見落としてしまったのかと」
心底安心したように、そしてやれやれと額に手を当てて首を振る稟
「此方の恩を仇で返した呉の将など助ける義理はありませんし、今は兵を連れて一刻も早く新城へ向けて兵を向けるべき
敵将一人に何をしているのか、我等の兵も少々昭殿に惹かれすぎている者が多すぎる。敵は待ってくれませんよ?そうでしょう?」
同意を求める稟は、周瑜を救うべく集まったであろう魏の兵士達に呆れた嘲笑の笑を浮かべた
「フフッ、どうやら我等の兵も違ったようですね。良く見れば、怒りや憎しみで充満ている。その通り、貴方達の考えは間違っていない
其れが現実というものです。いっそ皆で殺してしまいましょうか、そのほうが後腐れないでしょう」
兵達の仄暗い部分を掻きだすように言葉を言放てば、皆の表情は次第に変わり始めた
皆の濁った瞳を見て、消えそうになる周瑜の命は面倒であり、足かせになるなら切り捨てようと平然と言い放つ稟
「なっ!?出来るはず無いでしょうっ!何の為にアイツが約束を!何よりも華琳様自身がそれを守ろうとしたのよっ!」
「呉を治めた後の事を考えてでしょう?ならば幾らでもやりようがある。武王らしく、力で言い聞かせるのも良いですね
煩わしい孫呉の将を全て殺し、民だけを統治するなんて言うのはどうでしょう?従わねば皆殺せばいいのです
皆も其れを望んで居るのでしょう?仲間を殺されたのですから、中には兄弟や親、いずれ兄弟になるかもしれぬ人間が居たはずです」
稟の言葉に魏の兵士達は涙を流し、戦場で見せる鋭い瞳を周瑜が居る家屋へと向けた
どれほどの恩恵を魏から受けていたのだ?舞王がどれほどの苦痛と悲しみを受けたのだ?
それだけではない。裏切り、欺き、我等が覇王の御心をどれほど傷つけたのだ?死んで当然だ!死ねば良い!
いいや、いっそ我等の手で殺すことが、散った兄弟達の鎮魂となるとばかりに声を上げた
最早、我等の怒りを止める事など出来はしない!集まっているであろう呉の将ともども皆殺しにしてやるとばかりに
それぞれに手に持つ武器を構えれば、入り口から出てくる孫策の姿
躯を引きずるように、息を切らせて虚ろな眼で、門の前で武器を構える魏の兵の前に立つと
膝を地に着けて崩れ落ちる
「どうしました。周瑜は助かったのですか?」
冷笑を浮かべる稟の問に、孫策は力なく首を振る
「では何故こんな所へ?ああ、そうか。諦めて殺されに来たのですね?手間が省けましたよ、見てください
皆、貴女に此れほど怒りを向けている。多少、嬲られるかもしれませんが、それは仕方がないとご容赦願います
孫呉の王らしく、最後まで抵抗して下さっても結構。ほら、あちらには先ほど貴女を退けた春蘭様も居らっしゃっています」
笑いながら饒舌に言葉を並べる稟は、兵たちを紹介するように指を差し、次に異変を感じて駆けつけた春蘭にまで同じ動作を繰り返す
全ての氣を出しきり、僅かな体力でガクガクと震える躯を支え、涙を流しながら孫策は稟の言葉を否定するように弱々しく首を振る
「違うのですか?では何でしょう、まさか裏切り、欺き、謀った貴女が今更我等に助けを求める等するわけがありませんよね?
そんな誇りなど欠片も無い行為を、呉の王である貴女がするはずがない。違いますか?」
稟の心を抉る言葉に孫策は唇をきつく噛み締め、顔を伏せた
「・・・・・・そうよ」
「そうでしょうとも、貴女は最後まで孫呉の王であればいいのです。我等が喜んで首を落としてあげましょう」
孫策は小さく呟くと、稟の言葉を否定するようにゆっくり地に頭を着けて懇願する
「・・・お願い・・・お願いします。私の大切な人を助けて下さい」
その声が聞こえた瞬間、地面を揺らす大きな音が辺りに響いた
見れば、春蘭が大剣を地に突き刺したのだと理解し、兵たちは春蘭の気迫に武器を手から落としていた
大切な人間の為に恥を捨て、頭を下げる姿に己の義眼を触り、弟の姿を思い出した春蘭は無言で周瑜の元へと足を向けた
「お待ち下さい、呉は我等の信頼を裏切った罪人ですよ。それに、周瑜にかまっている時間はありません。昭殿が死んでも構わないのですか?」
通り過ぎざまに、声をかける稟に春蘭は義眼の美しい紅の瞳を向けて足を一度止めると
「今まで貴様は華琳様の何を見てきた?」
と一言。そして【昭はこの程度では死なん】とだけ言い残して家屋へと消えていった
気がつけば、地に崩れる孫策を抱え家屋のなかへ入ろうとする華琳が稟の眼に映り、稟は軽く微笑む
「宜しいのですか?一刻も早く新城へ行かねばならぬと言うのに」
「私は戦を続ける為に戦って居るのではない。私は民が付けた名のように、矛を止める武の王よ」
此れこそが誇りである。修羅のように、生きるために、皆と共に生き抜くために戦い続ける。其れが魏であると語る華琳
兵たちは王の姿に思い出す。自分たちの誇りを、戦いの意味を。何故戦うのか?戦いを、全ての争いを終わらせるために
戦っているのだと、故に修羅で有り、誇りある武王の兵なのだ
此処で今だ敵だ、味方などと言っていれば、何時、戦を終わらせる事ができるのだ?何時、悲しみをなくせるのだ?
子の世代にまで、我等の遺恨を持ち込もうと言うのか!?救え、仲間を。既に目の前で頭を垂れる者は敵ではない
【我等の仲間だ】
王の後に続くように、家屋へと入っていく魏の兵達。中に入れば、寝台の前で気を送り続ける華佗の姿
そして、地面に崩れ落ちる呉の将と兵。僅かに躯の動く黄蓋が、周瑜を守ろうと躯を引きずれば
春蘭が其れを止め、華琳は孫策を優しく寝台近くに、周瑜の顔が見える場所へ座らせると
華佗の背に手を当てて氣を送り始めた
「そ・・そうっ・・・すま、ないっ」
「集中しなさい、約束は破らないのでしょう?」
意識が途切れそうになる華佗は、再び背から送られる華琳の氣を細く練り上げ、春蘭は華琳の手にそっと自分の手を重ねた
「成長したわね、春蘭」
「そうでしょうか?自分では解りませんが、華琳様が仰るならばきっとそうなのでしょう」
少し不思議そうに首を傾げる春蘭は、華琳の微笑む姿を見て笑顔を返し
後から着いて来た桂花は、氣の使える兵と使えない兵に分けて並ばせ、氣を使えぬ兵に倒れる呉の将兵の介抱を指示していた
「・・・」
「ごくろーさんっ!」
家屋から離れ、一人城壁の上で兵士の指揮を取り、柴桑の回りを警戒する稟の隣に現れたのは霞
偃月刀を両手に担ぐようにして、稟の側に寄ると城壁の縁へと座った
「此れが仕事ですから」
「違う、先刻の話や」
「見ていたのですか?」
霞は頷き、どこからくすねてきたのか解らないが、酒を取り出して美味そうに煽っていた
「まあな。あんだけざわついて、ぎょうさん人が集まったら誰でも興味わくわ」
「そうですか」
「呉の兵や将を開放したんは稟やろ」
「何のことでしょう」
「大変やな、憎まれ役ちゅうのは。ウチにはできんわ」
「私は思った事を言ったまでです」
遠くを見つめる稟の横顔を見ながら、霞は嬉しそうに笑を浮かべた
「確かにそうかもしれんけど。ああ言う事を言えば、華琳は周瑜を助けられる。稟が何も言わなかったら
きっと今頃、現実を見る王として周瑜を放って華佗に任せたまんま進軍を開始してたやろな」
「・・・」
「昭が此処におれば、兵を少し残して、昭に治療任せて華琳は安心して進軍してた。でも居らんから、華琳がそれをせなアカン
でも、裏切った相手をただ救うために手を差し伸べたら、華琳は王や無くなる。面倒やな、王様いうのは」
「王とは本来、自由など無いのですよ」
「自由な昭を羨ましいと思ったりするんかな」
「さぁ?私の様な者に、麗しく気高い華琳様のお考え等、想像が及びません」
想像がつかないなどと、冗談を言う稟に霞は声を出して笑っていた
「どうしました?」
「いやーウチの友達は面白いなぁと再確認したわ。それに、自慢出来る」
「友達ですか、私と霞が?」
「ん?違うん?ウチだけそう思ってた?」
「ええ、違いますね。親友でしょう。風以外に、親友と呼べるのは貴女だけですよ霞」
稟の言葉に、霞は大きく眼を見開いて、心底嬉しそうに頬を染めて笑い酒を差し出せば
稟は「少しだけですよ」と、一口くちにして笑みを返していた
気がつけば、いつの間にか季衣と流琉が背後にたっていて
表情を見れば今のやり取りを聞いていたと理解する稟は、呆れたようにため息を吐いていた
「兵の準備が整い次第、我等、張遼隊、許緒隊、典韋隊で雲の援護に向かう。王への報告は後でも構いません」
「ええんか?勝手に兵を動かして」
「ええ。この度の戦い、戦功第一位の冠軍は私。ならば先に褒美を頂くとします」
【一時的に部隊を三つ、自由に動かせると言う褒美を】
そう言い放つと、稟は季衣と流琉に指示を飛ばし、霞は気合と共に声を上げた
「まぁ、私の書き換えた想像通りなら、駆けつけるまでもありませんがね」
これから向かう戦場に、額に青筋が立つほど想像力をふくらませた稟は、瞳を鋭く細めて攻撃的な独特の笑みを浮かべた
「退がれ、私と昭が相手をする。凪は腕を折られているだろう、一馬を連れて治療を受けろ。真桜と沙和は櫓の軍師を守れ」
魏延の一撃を受けた凪の歪に折れ曲がる腕を見て、秋蘭は倒れる一馬を指さし
武器を破壊された真桜と氣を使い過ぎ、息を荒く肩を揺らす沙和に護衛の指示を出す
「で、でも秋蘭様っ!」
「心配するな、今から舞う弓腰姫の舞は三部に分かれている。見せたことは無いが、昭が私の為に作ってくれた最高傑作だ」
翠へと駆けていた真桜は足を止め、別人のような馬超の武に心配をするが、秋蘭はどこか嬉しそうに
昭に手を引かれるまま、翠へと足を進めていた
あれほどの武を見て、怯むこと無く。余裕とも取れる表情に真桜は何故か安心してしまい、沙和と共に凪と一馬の回収に走った
櫓から降り、自分へと向かう二人の姿に翠は騎馬を遠回りに、自分の姿がぎりぎりまで見えぬように横撃の形を取った
「兄様と夏侯淵二人。初めてだな、この形で剣を交えるのは」
翠の脳裏に浮かぶのは呂布と対峙した二人の話。息の合った二人の攻撃は変幻自在にて千変万化の剣舞
だが、実際に手を合わせるまでどのようなモノか、想像で決め付けることは愚の極みだと、翠は心を氷つかせる
しばらく歩を進め、足を止めた瞬間、翠の騎馬は速度を増した
掠めるようにして、騎馬に躯を隠して繰り出す槍撃は、翠の眼に並んで立つ夏侯淵へと放たれた
双演舞 弓腰姫【狩】
突き出した槍は空を切り、翠の瞳に映るのは手を引かれて後ろに翔ぶ夏侯淵の姿
義兄は何処に?と眼で夏侯淵が居た場所の隣へ移せば、四つん這いになり獣のように此方に紅の殺気をぶつけていた
着地と同時に放たれる秋蘭の矢に、翠は反応し槍を身構えようとするが、矢の照準は自分でなく獣の真似をする義兄
「!?」
義兄は、獣のように通り過ぎる騎馬に跳びかかり、騎馬へ飛びつくと剣を爪に見立て翠に振り回し、難なく剣を良ければ
騎馬から直ぐに離れ、影からは秋蘭の放つ矢が
「チッ!」
そう、弓腰姫【狩】とは、昭が獣に扮して敵に襲いかかり、弓を腰に付けた姫である秋蘭は獣を狙い打つ
昭を囮とし、影から矢で狙い撃つ奇襲
体勢を崩したまま矢を弾いた翠は、このままでは騎馬が倒れ負傷すると考え、自ら騎馬から飛び降り昭へと矢を構えた
「どちらが先に獣を狩るか、ということか」
冷たい瞳に覇気を混ぜあわせ、つま先を踏み込み肩を揺らし、殺気の塊を男へと飛ばす
遠当で牽制すれば、男は獣のような唸り声を上げるだけで避ける素振りもみせはしなかった
心力の差か、これを使いこなす夏侯淵にも効かないだろう
翠は心の中で状況を一つ一つ理解し、冷静に槍の穂先を下に、すり足で円を描くように移動していく
視線は二人に向けながら、背では劉備達の動向を僅かでも感じ取ろうと動く
瞳から感情を読み取った男は、一度軽く前へ飛び出し、背後の秋蘭に牽制の矢を翠に放たせると
再び、襲いかかるように大きく踏み込み飛びかかった
まるで剣歯虎のように、両手に持った剣を真上から突き立てるように振り下ろす昭
牽制の矢を弾いた翠は、時間差で襲い来る双剣の牙に半歩後ろに飛んで迎撃をと考えるが、槍が途中で変化する
槍を縦にして剣と剣の間の男の顔、目掛けて振るわれた
双剣は倚天と青スの剣ではなく、鉄刀【桜】
穂先を横にすれば抑えられることは無いにしても、横に伸びた穂先に乗り、掬い上げる下段攻撃を
自分を飛び越える事に利用するはず。その後は、振り上げ無防備になった自分に矢が襲い掛かると翠は判断し攻撃を振るう
自分でも怖くなるほどの力。水の力は、相手の思考、攻撃を無意識に武に反映させていく
双演舞 弓腰姫【鏡】
翠の耳に聞こえたのは、秋蘭の凛とした声
全身に稲妻が走る感覚が翠を襲い、新たに反映された思考が槍を止め、咄嗟に飛び上がった昭の足元を潜り抜ければ背に二つの熱が走り
翠の背には、切り裂かれた二つの赤い傷跡が残り、振り向けば秋蘭が翠が居た場所で倚天と青スの剣を握りしめていた
あのまま義兄を切り裂いて居たら、間違いなく自分は背後から迫る夏侯淵に切り刻まれていた
「いや、最後に剣を交差させていた。あたしの攻撃を見切っていたんだな」
一度、短く飛んで矢を撃たせたのは牽制ではなく、あたしに夏侯淵は弓のみだと思わせただけだ
矢を一つ放った夏侯淵は、此方に走って来ていたんだ。やはり、お兄様の眼は面倒だ
槍を構え直せば、目の前の二人は同じ構え、同じ目線、そして同じく弓を持つ
秋蘭は雷咆弓を、昭は秋蘭のもう一つの弓、餓狼爪を手にしていた
「鏡か・・・」
一撃を受けて、そのままの意味だと理解した翠は、再び槍を握りしめた
秋蘭が翠に向かい、右回りに走ると同時に昭も右回りに走り始め、全く同じタイミング、同じ動作、同じ速度で矢が放たれる
襲い来る矢を弾き、動きを追えば、次々に放たれる矢。次第に速度は上がり、気がつけば、男の速度が僅かに遅くなってくる
義兄と夏侯淵の体力の差か?と思ったのは僅かな間、昭はワザと速度を落とし、翠に対して秋蘭と自分で挟み込むようにしていたのだ
前後から襲い来る矢に、翠は常に振り向きながら矢を捌く事になり、二人の動きを掴む事ができなくなっていく
更に、翠の回りを走りながら二人は間合いを詰めていった
「姉者でも看破することは出来なかった【鏡】だ。貴様に破れるものか」
秋蘭の言葉を表すように、迫り、強く、早く、鋭くなる矢に対し、翠は捌き切れず矢を一つ腕に受けるが
即座に体勢を立てなおして、瞳を閉じた
「むっ!?」
放たれる矢を、翠は韓遂のように聴勁を使い、ゆらゆらと躯を揺らしながら紙一重で避け始め
次第に躯から力を抜いていく
翠の変化に気づき咄嗟に弓を投げ捨て、腰の刀を抜き取れば後方へと吹き飛ばされる昭
秋蘭は目の前で起こった信じられぬ光景に言葉を無くす。姉、春蘭ですら前後から襲い続ける矢の応酬に捌くことは出来ず
練習用の鏃を潰した矢を受けて泣いて居たと言うのに、目の前の翠は、矢を最小限の動きで避け
更には、威力、速度共に劣るとは言え、姿を追うことが出来なかったはず
だが、翠は男に狙いを定めて槍を放ったのだ
あと一歩、僅かに刀を抜くのが遅ければ昭は貫かれていた
矢を放ち、一撃を放って固まる翠へ攻撃しつつ、飛ばされた昭の元へと心配し駆け寄れば、以外な事に昭は笑っていた
「ゴホッ・・・強いな、見違えた」
「そうかな?自分では解らない、兄様が言うならきっとそうなんだろう」
兄の言葉に瞳を柔らかくするのは一瞬、直ぐに冷たい氷塊の瞳に切り替えて槍を再び構える翠
「大丈夫か昭」
「フフッ、楽しいな。残念だよ、戦場なんかじゃなくてもっと違う所で手合わせしたかった」
純粋に妹の成長を喜ぶ昭に、秋蘭は呆れ、少しだけ怒り、そして笑っていた
「嬉しいのか、そんなにボロボロにされて」
「うん。自慢の妹だ、嬉しいよ」
「本当に阿呆だな、お前は」
剣を腰から抜き取り、地面に落ちたもう一振りを拾い上げ、弓を持つ秋蘭の側に身を寄せる
「弓腰姫【舞】か?」
「いいや、俺の仕事は此れで終わりだ。残念だが、寝たふりしている鳥が起きてしまった」
不可解な言葉を放つ昭に秋蘭はかすかに首を傾げるが、翠は背に感じ続けていた劉備達の方向に違和感を感じ
騎馬にまたがり、義兄へ目もくれずきた道を戻り始めた
一心不乱に騎馬を走らせ、敵兵を避け、頭上を飛びこえ、劉備の元へとかけ続ける
その姿を見て、櫓から空高く真紅の煙矢を放つのは鳳
「もう私も怒っちゃったよ。リッちゃんこんなにされて、一馬くんも怪我して、昭様なんてズタボロ
許されないよねっていうか許してあげない。皆焼け死ねば良い、鳳凰の一文字、鳳の真名は伊達じゃ無い」
空へ一筋の煙矢
翠の猛攻、そして敵の動きを見極めた蒲公英と扁風の行動により、軍を元の位置まで戻し
これから再度、翠を中心に攻撃を展開させようと考えた矢先に、通ってきた背後の森が一斉に黒炎を上げて燃え上がる
紅く染まる森から聞こえる兵たちの悲鳴、進軍を止められ前にも後ろにも進むことが出来無い羌族と涼州の兵は炎に巻かれ
次々にその身を焼かれていた
「私が何もしないで武都に行ったと思う?何も考えないで森を通ったと思う?そんなわけ無いっしょ
雨、止んじゃったのが運の尽きだよ。雨降らせるなんて知らなかったからさ、内心ほっとしてたんだよ」
そういって、衣嚢に手を突っ込み、小銭が無いからか、つま先で櫓をコツコツと蹴り始めた
「こんな酷い、火計なんてモノを使わなくて済んだってね」
行き場のない複雑な気持ちをぶつけるように、力任せに櫓を蹴り飛ばし
ゆっくりその場に蹲って「・・・痛い」と小さく呟いていた
櫓の階段で、変わらず観客のように様子を見ていた司馬徽は、燃え盛る森の炎を見ながら残念そうにため息を吐く
「もう少し、馬超殿の成長と昭殿の戦いを見たかったけれど、これもまた好。十分に楽しむ事が出来た
しかし、此方には雛ではなく成鳥が居るのね」
蹲り、ブツブツと文句を言いながら、半泣きで靴を脱いで、割れてしまった爪を見て泣き出す鳳を見ながら
司馬徽はまた一つ「好」と言って、視線を劉備軍へと向けた
「胆力も、心力も好。直ぐ様、心を立て直し愚者を演じているが、内に英知を宿している。素晴らしいわ
さて、成鳥鳳凰の罠、既に逃げる場所など無く、見れば此方より少ない兵数になってしまったわね」
再び子供のように喜び、笑みを浮かべる司馬徽の視線は劉備を捕えたまま離さない
「貴女が望み、手にしたものは何なのか。そして馬家の子供たちの真の力を見せてもらいましょう」
最早勝負が決まってしまったと言っても過言ではない状況に、何かを期待する瞳を向け、司馬徽は微笑むのだった
説明 | ||
GWなので頑張りました 連続で上げているので、読み飛ばすと ??ってなるかもしれませんwその時はごめんなさい>< 今回は華佗と稟が頑張ってます というか、手術は調べるのがキツイですね 書くのが楽しいからいいんですがw 何時も読んでくださる皆様、感謝しております 修正コメントありがとうございます。明日、直させて頂きます 応援メッセージ等、ありがとうございます 励みにしております。今後共、よろしくお願い致します |
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いやぁ〜罠や策、技術、成長のオンパレードでしたね。もう次がどうなるのかここからどうするのかが楽しみです(鎖紅十字) 華侘の手術に美羽の成長の成果が大活躍してるw 華琳の心情や思考を理解して、判断を誤らせないように憎まれ役を引き受ける稟ちゃんカッコイイ。夏候夫婦対義妹の戦いも白熱してていいですね。秘かに火計の準備をしながら、鳳が「使いたくなかった」と言う思いを吐露するのが良かったです。個人的に櫓を蹴って蹲る姿が可愛いと思いました。(Ocean) ここで鳳も急成長!!次も楽しみにしてます。(破滅の焦土) 対蜀ではまさかこんな展開になってるとは。やっぱり司馬徽の客観視の物言いが微妙に鼻につくな。ある意味解説者的な役割なんだろうけど…。終戦後にどのような展開になるかも楽しみにしています。(KU−) GWに頑張ったのには驚きました(苦笑)対呉ではこのような一幕があったのか。稟の言った事が真実だよな。昭に魅せられた人達には事実にしたくないんだろうけど。原作キャラだからというのもあるんだろうけど、話の展開上、孫策はある意味いい面の皮してるな〜(苦笑)(KU−) なるほど、全てが異常ならそれが正常であると勘違いを生むか・・・・・。後は魏と蜀の決戦はどうなるのやら?そして稟かっこよすぎるw(shirou) |
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