双子星の銀冠(クラウン) −二次創作優雨ルート・1−
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―――最初は、天使さまが降りてきたのかと思った。

 

きれいな青い目で、

 

きらきらひかる銀色の髪で、

 

わたしを見る顔が、すごくやさしくて。

 

いままで見たことがないくらい、きれいな人だったから。

 

 

 

そうして、わたしはちはやに出会った。

その日の雨は――なんとなく、あったかかった気がする。

 

 

***

 

 

双子星の銀冠(クラウン)

 

 

***

 

 

「お帰りなさい!」

 

「……た、ただいま」

 

夏休みの、最後の日の夜。

僕たちは初音さんの提案に乗って、優雨が寮に戻ってきたお祝いをしていた。

 

―――優雨は、夏休みの間ずっとリハビリと治療に励んでいた。

 

元々、身体が弱かった優雨は…入学してからよく体調を崩していた。

入院して集中的に治療とリハビリを行えば、充分に改善される可能性はあると。

そう、医者からは話が有ったのだという。

……でも、優雨はその可能性があると分かっていても治療という選択肢を選べずにいた。

今まで何度も体調を崩して、その度に周囲と自分との違いを実感していて……

他の人とは違って、自分は舞台には立てない人間なんだと――諦めていたのかもしれない。

 

 

……けれど、皆と同じように学校に通いたいと。

もっと頑張ってみたいと。

夏休みに入る前に、入院して身体を治す事を優雨自信が決意したのだ。

 

……これも、千歳さんや初音さんの影響なんだろうか。

 

「……?どうしたんですが、千早ちゃん?」

 

―――と、声を掛けられてそちらを見てみれば。優雨と初音さんが、僕の顔をじっと見ていた。

……どうやら、気になってしまうほどに考え事に浸ってしまっていたらしい。

主催の初音さんや主賓の優雨に気を使われるのは、主催者側にいる人間が……

賓客ではない人間がしてはいけない失態に違いない。

 

「……いいえ。なんでもありませんわ、初音さん」

 

優雨の為のパーティの席で、優雨に心配されてはもてなす側としては失格そのもの。

だから僕は、僕に与えられたパーティでの役目を果たすことにした。

 

「では、温かい内にお料理を頂いてくれると嬉しいわ。今日は優雨の為に、気合を入れて作りましたから」

「デザートも勿論用意してありますから、楽しみにしててくださいね、優雨ちゃんっ」

「……うん」

「はーい!」

 

……薫子さん、そこは貴女が喜ぶところではないと思うんですが。

 

***

 

 

「……では、軽い運動くらいなら、出来るようになったのね」

「うん、学校の体育はまだちょっと無理かもしれないけど……もう少し短い時間なら」

 

食事が終わって、デザートとして用意したケーキを切り分ける前。

僕達は、優雨からこの夏休みの間の話を聞いていた。

 

夏休みの間に行った治療やリハビリによって、体は大分、良くなったらしい。

これからも少しずつ、体力をつける事を意識すれば――身体もそれに応えていくと、

優雨を担当していた先生は言っていたそうだ。

以前は、体調を崩す事が多かったけれど……これからは、きっとそれも減っていくのだろう。

 

――良かった。本当に、そう思う。

千歳さんに会う前の優雨は、何かを諦めているような目をしていたから。

……自分が生き続ける事を諦めているような、そんな目を。

 

そんな優雨を変えたのは、千歳さんと初音さんだった。

 

幽霊になってまで、僕や史、母さんの事を心配するなんて……

本当に優しくて、お節介で、心配性な姉だと思うけど。

でも、千歳さんのおかげでこの皆の姿がある。

 

 

 

 

……千歳さんも。もしかしたら、どこかで今の優雨の姿を見ているのだろうか。

部屋に戻った後、鏡台の小物入れから取り出した「それ」を見ながら……僕は考える。

 

 

 

 

あの、7月の後。

僕も史も、薫子さんも、優雨も、ケイリも――千歳さんの姿を、見ていない。

 

 

 

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――9月の陽光は、未だ夏は終わっていないのだと云わんばかりにやや強く。

春には満開の花を咲かせた桜並木は、枝に青々とした葉を茂らせている。

そんな中――

 

 

「おはようございます、お姉さま方!」

「おはようございます。はぁぁ……お姉さま方は今日も美しくていらっしゃるわ……」

 

「ご機嫌よう、皆さん」

 

校舎までの短い桜並木。

そこを行く僕達に、夏休みが明けて以来久しぶりの……

夏休みに入る前は御馴染みだった、挨拶が行われる。

今日からは二学期――夏休みの間、学舎を離れていた彼女達は再び此処に戻ってくる。

 

 

ここは、聖應女学院――。

明治十九年に設立された由緒ある女学院。日本の近代化に合わせ、

女性にも相応しい教養を学場が必要だ、という理念に基づいて創立された……所謂『お嬢様学校』である。

 

……そう、お嬢様学校。

本来ならば、僕――御門千早という男性が、間違っても居るべきではない場所。

けれど色々とあり、結果として僕は女装しながら、この聖應女学院に通う事になった。

ただし、『御門千早』という男性ではなく……母さんの旧姓を姓に持つ、『妃宮千早』という女性として。

 

現実として通う事になってしまった以上は、仕方が無いと諦めて。

なるべく目立たないように、卒業まで静かに過ごしていこうと思っていた……のだけど。

 

「ああ、2学期の初日からエルダーのお姉さま方の姿を拝見できるなんて……

 今日はいい日になりそうですわ」

「ええ、夏の暑さも気にならなくなってしまいそうです……!」

 

エルダー……エルダー・シスター。

意味は、『一番上のお姉さま』。そう呼ばれているのは、僕と。

 

「……ん?千早、どうしたの?」

僕の横を歩いている、薫子さんの……合わせて2人。

 

――この聖應女学院には、エルダー制度と云う物が存在している。

6月に行われるエルダー選挙で、聖應に通う全ての生徒が自分の最も信頼する

最上級生の名を記し投票を行い……その結果として最多得票を得た生徒は、

同じ学年である最上級生も含めた全ての生徒に『お姉さま』と呼ばれる、

エルダー・シスターと呼ばれる存在になる。

 

元々聖應の中では下級生が上級生を呼ぶ時に『お姉さま』という敬称を付ける慣わしになっていて、

この制度も恐らくその延長だとは思うのだけど。

そのエルダー・シスターに、僕と薫子さんは選ばれてしまった――という訳である。

最早、静かな生活など望める立場ではなくなってしまった。

 

「いいえ、大した事ではありませんよ、薫子さん。……少し、6月の頃を思い出していただけです」

 

6月……?と頭を捻る薫子さん。

それはそうだろう。唐突に6月だなんて言われて、すぐに何を考えているか分かる訳がない。

 

 

……しかし、まあ。最初の頃は『どうしてこんなことに』とばかり思っていた気がするけれど、

僕も随分この環境に慣れてしまったものだと思う。…………慣れない方が良い気は何時もしているけど。

 

 

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「用事があったのは、本当ですよ。ですから、雪ちゃんがこの事を気にする必要は……」

「ですけど、お姉さまがうたちゃんの誘いを断ったのは……」

 

――廊下で茉清さん達と夏休みのことについて少し話していたところ、雪ちゃんの姿が見えて。

何だか暗い様子だったので、気になって声をかけたのだけど。

そうしたら、昨日の誘いを断ったのは自分の所為じゃないか、と雪ちゃんが言い出してきた。

 

 

……事の発端は、昨日の帰り道。

 

華道部での活動が終わり、その帰りに雪ちゃんが雅楽乃を寄り道に誘った。

そして雅楽乃はそれを了承し……隣を歩いていた僕も一緒にどうか、

と聞いてきて、それに雪ちゃんが拗ねてしまった。

僕はそんな雪ちゃんの反応もあり……そして優雨のお祝いの事もあって、結局その場は断ったのだけど。

 

「でも、うたちゃんから誘われた時、お姉さまは私の顔を見ていらっしゃいましたよね。

 お姉さまが誘いを断ったのは、私に遠慮したから……ですよね」

 

……こんな風に。

雪ちゃんは、自分のした事に間違いや難点があれば自分でそれに気付き……自分を責めてしまう。

その考え方は、『良い子』と云っていい物だと思うけど。そうして、自分で自分の感情の行き場も潰してしまう。

……もう少し我侭になってもいいと思うんだけどね。

 

「そうね……では」

 

雪ちゃんが、自分で感情の行き場を作れないのなら。

誰かが、その行き場を――雪ちゃんが納得できる落し所を作ればいい。

 

「罰として、今日のお昼ご飯に付き合っていただけるかしら?」

「…えっ!?それ、罰でも何でもないような気がするんですけど……」

「雪ちゃんは、私の事が嫌いなのだと思っていたけれど。嫌いな人と食事をするのは罰にはならないかしら」

「え、いや、それは……そもそも、別にお姉さまの事がそこまで嫌いという訳ではないんですけど……うーん」

 

とまあ、こんな感じに。

何とか雪ちゃんを説得して……強引に丸め込んだ、と言った方が正しい気がしないでもないけど。

昨日の事での雪ちゃんへの『罰』として、僕と雪ちゃんは一緒に昼食を取ることになった。

雪ちゃんは、これが罰になるのかなあ……?なんて不思議そうな顔をしていたけど、

それでも先刻よりは大分顔は明るくなっていた、と思う。

 

 

……まあ、気安く言った言葉の結果が、まさかあんな事態になるなんて予想もしていなかったのだけど。

 

 

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――夏休みがあけてから、すぐの学校。

実は、ちょっとだけどきどきしていた。わたしはそういうのを、あまり体験してなかったから。

むかし行っていた学校のときは、夏休みが終わる前によく熱を出して。

夏休みが終わっても熱が引かなくて、一週間くらい学校に行くのがおそくなって。

 

 

……そのうち、わたしは学校にも行けなくなって。

わたしだけ、置いていかれたみたいだった。

 

 

廊下を歩くと、みんなの声が聞こえる。

みんな、夏休みの間になにがあったとか、なにをしてた、とか、そういうことを話してる。

……そっか。2学期がはじまるときって、こんな感じだったんだ。

 

 

……でも、まだちょっと教室に行く気になれない。わたしの夏休みは、みんなと違ったから。

夏休みがどうたったか、って聞かれても……わたしが答えたら、気にしちゃうかな、って思ったから。

 

 

……そう思いながら、校舎の中を何となく歩いていたら、ちょっと気になるものがあった。

職員室の前に飾られた、たくさんのお花。よく見ると、華道部、って書いてあった。

どれも綺麗だったけど、その中でも気になったのは――

まんなかにあった、うたのと、ちはやのお花。この2つは、なんだか他のお花よりもすごい気がした。

 

ちはやのお花は、すうっとして、しっかりしてる感じがして、きれいだな……って思う。

うたののお花は、なんだか今にも動き出しそうな感じがする。

同じお花なのに、色やお花の種類がちがうだけじゃなくて、ふんいきもちがう気がする。

……すごい、な。

 

 

……でも、ちょっと気になる事がある。

うたのといっしょにいるところをよく見る、金髪の女の子。あわゆき。

春に見たあの子のお花もすごく綺麗だったと思う。

……でも、ここのお花の中には、あわゆきのお花はない気がする。

どうしたんだろう……?

 

 

そんなふうに、ぼんやりお花を見ていたら、

 

「あれ、優雨ちゃん」

「……かおるこ」

 

かおるこが、わたしに話しかけてきた。……わたしがぼんやりしてて、気になったのかな?

 

「どうしたの?なんか、ちょっと元気が無いみたいに見えるけど」

 

……ちょっとだけ考えて。わたしは、かおるこに話してみた。――どうしたらいいのかな、って。

 

「ああ、成る程……それで優雨ちゃんちょっと暗い顔だったんだ」

「……わたし、どうしたらいいのかな」

「そうだね……」

 

かおるこは、んー、ってちょっと変な声を出して。

 

「元気になったから、次から沢山出かけられるようになる……って言えば良いんじゃないかな。

 どうせならそこで、『次の事』の約束をしちゃうとか。それなら、その子も優雨ちゃんも楽しみが

 増えると思わない?」

「……だいじょうぶ、かな。うまく、できるかな」

 

ちょっとだけ、不安。そういうの、やった事がないから。

そんなわたしに、かおるこは。

 

「色々心配してても、実際やってみたら取り越し苦労だった……なんて事は結構よくあるし。

 まずは友達に元気な顔を見せる!……それが、優雨ちゃんのお仕事ね」

「……うん、わかった。頑張ってみる」

 

そう言うと、かおるこは笑顔で。

 

「よし、いってらっしゃい」

 

って、言ってくれた。

……勇気を出して。頑張ってみよう。

 

 

 

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「……つ、疲れたぁぁ」

「まさか私も、あんな空気の中で食べることになるなんて思わなかったよ……」

「ですね……食べたお昼ご飯の味が分かりませんでしたよ」

 

――昼食後。……にしては、全然似つかわしくない内容の会話。

茉清さんも聖さんも溜め息をついていて……特に、薫子さんは相当ゲンナリ来ている様だ。

 

……その昼食で、何があったかと言えば。

最初は、僕と雪ちゃんの2人で学食に行くはずだった。

しかし、雪ちゃんに雅楽乃と史が何故かくっついてきて、4人。

更に賑やかになりそうだと薫子さん、茉清さん、聖さんも参加して、計7人。

ここまでなら、何事もなかったのかもしれない。

けれど、行った先が学食というのが問題が大きかった。

……いや、他の所でも同じことになっていたかもしれないけど。

 

……エルダーの、僕と薫子さん。エルダー候補であり、人気が高い茉清さん。

そして、下級生達から『御前』と呼ばれ、次期エルダーの呼び声も高い雅楽乃。

そんな4人が、揃って学食に現れたとなれば――

 

「おおおお姉さま方っ!是非こちらの席をお使い下さいっ!」

「席数が足りないというのでしたら、私達も!」

「というかお姉さま方と同じテーブルに着くだなんて恐れ多いです!」

「近くに居るなんて、私にはとても……ああ、刺激が強すぎますわ!」

 

……そんな感じに。

一角のテーブルが僕達のために綺麗に空けられ。

そこに着いた僕達を、周りの生徒が興味深々で眺める――という昼食の構図が出来上がった訳である。

僕と茉清さん、雅楽乃はそれなりに注目を集める人間だし、慣れていると言えなくはない。

史は、そういう事は気にしない。けれど、薫子さん、雪ちゃん、聖さんはそんなものに慣れている訳もなく。

 

「千早について行くなんて、安易な選択をする前の時間に戻ってご飯食べ直したい……」

 

結果として、この様に疲れ切った薫子さんの姿がある訳で。

聖さんは、見た目それほど疲れているようには見えないけど……聖さんは結構凄いのかもしれない。

 

「千早は何でそんなに平気そうなのよ……。ううっ、疲れ切ってるあたしがより一層惨めに思えてくる……」

「どうして、と言われましても……慣れとしか。雅楽乃も平然としていましたし、

 慣れの有る無しは大きいのではないかと」

「御前はじーっと千早の顔を見てただけの気もするけどね……しかもなんか嬉しそうに」

 

……薫子さんの言葉どおり、雅楽乃は僕の食事を微笑みながらじいっと見ていた。

周囲の生徒達の視線よりも、雅楽乃からも見られていた事の方が

食べ難さの要因としては大きかったかもしれない。

 

「あれはまるで、千早をおかずにしてご飯を食べてるような感じだったと思う。うん」

「……止めて下さいよ、薫子さん」

 

否定できない。というか実際ありそうで怖い。

……と、そういえば。薫子さんがこんな風に疲れているのなら――

 

「雅楽乃は兎も角、雪ちゃんは結構気疲れしているのではないかしら。

 全方位から注目を受けての食事なんて機会、そうはありませんから……」

 

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――お昼休み。

わたしは、ご飯を食べおわって学校の中をなんとなく歩いていた。

 

……かおるこの言ったとおりになっちゃった。

かおるこ、すごい。なんだか、いろいろやる気が出た気がする。

この気分で、もう一度お花を見てみたいな、って思った。

……さっきのわたしだと、ちょっとお花に嫌われちゃいそうな気がしたから。

 

職員室の前について、もう一回お花を見てて。そうしてたら、なんだか声がして。

そっちのほうを見てみたら、うたのと…何だかぐったりしたような、あわゆきがいた。

 

「あら、優雨さん」

「……うたの?なんだか……すごく元気そう?」

「ええ、少し良い事がありまして……♪」

「それは御前にとってだけの『良い事』なんじゃないでしょうか……と、ご機嫌よう、優雨さん」

「……うん、ごきげんよう」

 

あわゆきに挨拶をされたから、わたしも挨拶をする。

……この、ごきげんよう、っていうの……まだちょっと、慣れないかも。

 

「優雨さんは、華道部の活け花をご覧になっていたのですか?」

「うん。なんだか、すごいなって。ちはやのお花も、うたののお花も」

「あら。それは、嬉しいお言葉ですわね」

 

そう言って、うたのが笑う。……でも、隣のあわゆきは何だかがっかりした顔をして、溜め息をついてる。

 

「雪ちゃん……」

「いいの、御前。元々出来に納得がいかなくて、出せないって言ったのは私なんだから」

「……お花、ないの?わたし、あわゆきのお花もすごいと思うのに。絵に描いて、大切にとっておきたいくらい」

 

そう言うと、あわゆきはなんだか変な顔になった。

 

「私の花を…描いてみたい、ですか?」

「うん。……何だか、お花がすごく元気に見えて。描いてみたくなるの」

「描いてみたい、かあ……そんなこと言われたの、初めてだわ」

 

うーん、と。あわゆきは悩んでるみたい。

確かに、描いてみたい、って言うのはちょっとびっくりするかもしれない。

 

「優雨さんに描いてもらうというのは……良いのではないでしょうか、雪ちゃん」

「御前?」

「活け花は全体の美であると同時に、細部の美でもあります。雪ちゃんは、全体の構成も勿論そうですけれども、相手に伝えたい思いを細部に込めて花を活けているように思います。伝えたい事が大きくて、少々枠からはみ出してしまうようですけれども……。……ですから、その思いが見ている相手にどのように伝わっているか。それを知る事によって、雪ちゃんが目指す花の姿を探求しやすくなるのではないでしょうか」

 

……あわゆきは、ちょっと悩んでるような感じ。

 

「御前……。でも、そうすると私の活けたい花だけを活けちゃうことにならないかな?

 それだと、人に見られるための『花』を活けているのか、分からなくなりそうで」

「雪ちゃんがそれを分かっているのでしたら、その点については心配することはないと思いますよ?……それに以前一度、優雨さんの絵を拝見した事がありますけれども、良い腕前でした。私も少し描いて頂きたい位ですもの」

 

そう言うと、うたのはこっちのほうを向いて、

 

「優雨さん。もし宜しければ、私の考えに乗ってはいただけないでしょうか。

 園芸部での活動の後に、少々時間を頂いてしまう事にもなるかもしれませんけれども……」

 

なんだか、何となく言った事がすごく大きくなっている気もする。

こういうことになるのはちょっと考えてなかったけど、でも。

 

「……うん。うたの、わたしもやりたい」

 

華道部に行けば、あわゆきやうたの、ちはやのお花ももっと見られる。それを描ける。

なら、いいかもしれない。……かおるこも、どんどん約束すればいい、って言ってたし。

 

「優雨さんからは了承を頂きました。……どうしますか、雪ちゃん?」

「うーん……」

 

 

 

……あわゆきは、少し悩んだ後。

 

「もう少しだけ、返答を待ってもらえますか?」

 

そう、わたしに言った。

 

 

 

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――二学期が始まってからは、しばらく何事もなく。

月末に予定されている体育祭の話でクラスが少し盛り上がったりとか、

その程度しか賑やかな事はなかったけれど……二学期の開始から一週間程経った、ある日。

 

その騒動は、僕達の所に転がり込んできた。

 

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「小物の紛失、ね……成程。それで千早は、その問題の捜査を命じられた、という訳なのかしら?」

「……ええ。まあ、そんなところです」

 

――夕食を終えて。

寮の僕の部屋で、僕達は昼間の事について話をしていた。

部屋の中にいるのは僕と薫子さん、香織理さん、給仕をしている史。そして何故か陽向ちゃんの姿もある。

優雨と初音さんは、夕食の後部屋に戻って一足先に休んでいる。

なので、このような面々になったのだけど……本当に、何で陽向ちゃんも居るんだろう。

薫子さんと香織理さんを話に呼んだつもりだったのだけど、何時の間にか付いて来ていた。

 

「ふへー……梶浦先生って凄いんですねぇ、エルダーに捜査を頼んじゃうなんて」

「エルダーであるとはいえ、学内の一生徒に捜査を任せる、というのは異例と言う外ないわね。

 ……面白い判断じゃない」

 

――学内で、小物の紛失事件が発生している。

それも一度や二度ではなく、結構な回数が。

 

その話を知る切っ掛けになったのは、昼に史から持ちかけられたとある相談だった。

内容は、史の級友である生徒――衛里さんの髪飾りが、

少し目を離した隙になくなってしまっていた、というもの。

それを衛里さんの友人である花帆さんが心配し、また最近同様の紛失が多く起こっている事もあり、

エルダーである僕達に話を聞いてもらおう――と、絵里さんが史に仲介を頼んだ、という事らしい。

 

「まあ、エルダーならばそういうものを頼まれる場合もある……という事なのかもしれません。

 4月から転入してきた私は、良く分かりませんけれど」

「そんなことは、ないと思うんだけどな……奏お姉さまはそうじゃなかったみたいだし」

 

……本当は、梶浦先生に脅迫紛いの内容も織り交ぜて説得されたからなんだけど。

その話は陽向ちゃんが帰ってからする事にしようと思う。

この中では、陽向ちゃんだけが僕が男である事を知らないから。

 

「千早さま、薫子お姉さま、お茶をどうぞ。香織理お姉さま、陽向さんも」

「有難う、史」

「毎日こんな美味しいお茶を頂いて、私もう堕落した気分で一杯ですよ香織理お姉さま」

「……気持ちは分からなくはないけど。あまり妙な事を言うものではないわよ、陽向」

 

……分かるんだ、香織理さん。もしかして僕は慣れてしまってるんだろうか。

 

「そういう訳ですので……明日から少し、動いてみようと思います」

「……なら、あたしも動いた方がいいのかな」

え?と思い薫子さんの顔を見ると、なにやら少し苦悩しているような表情で。

「いえ、梶浦先生から頼まれたのは私ですから……薫子さんが関わる理由はあまりないと思いますけれども」

「いやー、『あたし』が付き合う理由はないんだけど……『エルダーの片割れ』としては、ね」

「最近は、それぞれ『静』と『動』のエルダーなんて呼ばれているらしいじゃない。

 『動』の薫子が不動というのは、可笑しな話になりそうね?」

「……ああ」

 

そうか、今の僕達はそんな認識になってるんだっけ……。

梶浦先生から話を受けたのは僕一人だったから、僕が動けばいいと思って、失念していた。

 

「申し訳ありません、薫子さん。迷惑を掛けてしまう事になるかもしれませんが……協力して頂けますか?」

「はいはい、了解。偶にはあたしもエルダーとして頑張らないとだしね」

 

「……ふむ。陽向、偶には貴女も働いてもいいと思うのだけど」

「へ?」

「日頃美味しいお茶を頂いているのだから、その分位は働いても良いのではないか、と言っているのよ」

「……うーん、どうしましょう。でも結構面白そうですし……

 じゃあ、お言葉に甘えて首を突っ込むことにしますね、香織理お姉さま!」

 

……あっちはあっちで、何時の間にか盛り上がっている。

しかし、陽向ちゃんの協力か……どうするか。…………ああ。

 

「そうね、では……。陽向ちゃん、1年の間に、私たちが紛失事件の捜査をしている、

 という噂を流してもらえるかしら。昼の事で既に噂は多少は広がっているとは思うけれども、

 情報を集めるなら手は多く打っても損はないわ」

「千早と薫子は、エルダーという名の歩く広告塔みたいな物だものね。悪くはないわね」

「お任せ下さい、千早お姉さまっ!広めた後は、お姉さま方に自動的に情報が集まるって仕組みですね!」

「……そういう事であれば。史も、2年の生徒に情報を流すお手伝いをさせて頂きます」

 

……こうして。

僕達は、紛失事件の解決のため、捜査を始めることになったのだった。

 

 

 

 

「…………ねえ、香織理さん。香織理さんだけ、何もしてなくない?」

「私はいいのよ。頑張りなさいな、薫子」

 

「……なんか納得できない」

 

 

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――翌日から、捜査が始まった。

 

「……これだけ情報があると、却って迷ってしまいますわね」

「だよねえ……纏めてみても、多すぎて共通点が見つからないっていうか」

「無関係の物も混じっていると……そう考えて、情報を選別するべきでしょうか」

「その可能性もあるでしょうけど、今はまだ弾かないでいいと思うわ。

 それで見落としてしまっては元も子もないですし」

「分かりましたわ、お姉さま……♪」

「……うたちゃん、何で顔がちょっと赤いの?」

 

僕達が捜査をしていると聞いて、やって来た雅楽乃と雪ちゃんに情報収集や分析の手伝いをしてもらったり。

 

「今の子の話だと、本当にこの事件で紛失した可能性が高そうだよね……史ちゃんはどう思う?」

「薫子お姉さまの判断で問題ないと思います。ですが……難しくなってきたかと」

「うーん……どんな仮説を立ててみても、尽く引っ繰り返されてる気がするよ」

 

史と薫子さんが、紛失事件の被害者と思われる生徒達にそれぞれ当たり、詳しく話を聞いたり。

 

「早くも不可能犯罪の香りがしてきましたね……!

 ちょっと推理小説とか漁って、何か解決の切っ掛けが無いか探してみますね」

 

……陽向ちゃんは相変わらず良く分からない。

いや、僕達の為にやってくれてる事だというのは分かってるんだけど。

 

 

――そうして捜査を進めては行くものの。

校舎の広域に渡る被害報告、一人でも複数であっても困難と思われる犯行の条件。

何とか見つけた共通点は、被害の発生場所は無人の教室が多い事、

被害が南側校舎に偏っている事と、失くなった物が何れも『小物』であること程度。

それ以外に共通点を見つける事は出来ず、立てる仮説はどれも証明不能になり……

早くも捜査は行き詰まりを見せ始めていた。

 

 

******

 

――1日目、2日目ともにほぼ収穫は無く。

捜査を始めて、3日目……ロングホームルームを終えてすぐの昼休み。

 

……先刻のロングホームルームでは、体育祭の事が話題になっていた。

そろそろ、体育祭の各競技に出場する選手を決める頃らしい。

あまり目立つ事はしたくないなあ……等と考えつつ。

 

 

体育祭の事も、気にはなるけど。その事を頭の片隅に残しながら、別の思考に切り替える。

これから行く先で話すのは、それとは全く別の事だ。……早めの解決を目指すなら、集中したほうがいい。

僕に協力してくれている、雪ちゃんと雅楽乃の為にも。

 

 

 

「お待ちしておりましたわ、お姉さま」

「……千早お姉さま、相変わらず難しい顔をしていらっしゃいますね」

 

……食堂の少し手前の通路。そこにあるのは、僕を待つ雅楽乃と雪ちゃんの姿。

僕達は、事件の捜査と話し合いも兼ね……昨日は、3人で昼食を取っていた。

勿論、今日もそのつもりで来た……のだけど。

 

 

 

「……ちはや?」

「あれ?千早お姉さまもお昼ですか?」

 

食堂に入ってすぐ、優雨と陽向ちゃんに声を掛けられた。

優雨達もお昼を食べに来たみたいだけど……。

 

「……あら、優雨さん。御機嫌よう」

「御機嫌よう…………あの、優雨さん。ちょっとこっちへ」

「……?」

 

雅楽乃と雪ちゃんがそれぞれ、優雨たちに挨拶をする。

……かと思えば、雪ちゃんが優雨を連れて少し離れた所に行って、何事かを話している。

 

(申し訳ありませんけど、もう少し待ってもらえますか?まだ……)

(……ん。いいよ、だいじょうぶ)

 

「……優雨と雪ちゃんは、何を話しているのかしら」

 

少し気になって、そんなことを呟く。すると、

 

「内緒ですわ、お姉さま。……雪ちゃんは、色々とあるのです。ふふっ」

 

雅楽乃は少し笑いながら、そんな風に僕の疑問に答えた。

……本当に、何だろう?

 

「あのー……ちょっと蚊帳の外な空気が気になるんですけど、私」

「……ああ、御免なさいね、陽向ちゃん」

 

僕と雅楽乃、優雨と雪ちゃんでそれぞれ話していた結果、

陽向ちゃんは一人取り残されている感じになってしまっていた。

そういえば、陽向ちゃんは雅楽乃達とは面識が無かったっけ。

……幾ら陽向ちゃんでも、話している間には割り込み辛いか。

 

「雅楽乃、紹介しますね。こちらは……」

「ああいえいえ千早お姉さま!自己紹介くらい普通に出来ますから!

 何だかちょっと良い雰囲気を醸し出しているのが気になっただけで!……ええと、私宮藤陽向と――」

 

……まあ、そういう訳で。

僕たちの昼食に、優雨と陽向ちゃんも同席することになった。

 

 

 

 

「それじゃ、未だ進展なしって事ですか……むむぅ……」

「……ちはや、大変そう」

 

食事をしながら、意見の交換を行う僕と雅楽乃、雪ちゃん。そこに時々考えを持ち込んで話す陽向ちゃん。

優雨は僕達の顔が暗いのを見てか、心配する言葉を掛けてくる。

 

「大丈夫。優雨の顔まで暗くなってしまっては、私が困ってしまうわ。……だから、笑って?」

「うん……」

 

やっぱり、優雨の顔は晴れない。

そんなに僕達は酷い顔をしてるんだろうか……。

 

「それでお姉さま、これからどうなさるおつもりですか?」

「尋ねて回る調査は、薫子さんと史にお願いしていたけど……これから、私も回ってみようと思っています。

 もしかしたら、何か見つかるかもしれませんから」

「……そういう事であれば、私と雪ちゃんもお手伝いします、お姉さま。人は多いほうが良い筈です」

「うたちゃ……御前、何だか私の意見が無視されてる気がするんだけど」

「あら、雪ちゃんはここで降りる気ですか?それならば私、

 お姉さまとべったりくっ付いて調査にお付き合いしても宜しいのですけど」

「…………お姉さまがどうなろうと構わないんですけど、

 御前が凄い醜態を晒しそうな気がするので付き合わせて頂きます」

 

……何だかごめん、雪ちゃん。でも、雅楽乃の凄い視線を感じるのがちょっと怖かったし、助かった……。

 

「そういうことであれば、私達もお手伝いして宜しいでしょうか、千早お姉さまっ」

「……うん。ちはや、大変そうだし……わたしも、手伝う」

 

「陽向ちゃん、優雨……有難う、2人とも」

 

人の手を借りる行動は、情報収集のときに凄さを見せ付けられて以来消極的だったけど……

優雨に、これ以上心配そうな顔をさせる訳にはいかないし。その助けを有難く受ける事にする。

 

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陽向ちゃんが1年、雅楽乃と雪ちゃんが2年のクラスをそれぞれ回ることになり。

 

「ひなた、いっちゃった……」

 

……陽向ちゃんが勢いよく飛び出して行ってしまったため、僕の横には優雨が残されていた。

陽向ちゃん、勢いが良すぎて周りが見えなくなってない?

 

「……では、優雨。私と一緒に行きますか?」

「うん」

 

そういう事で、僕は優雨と一緒に最上級生の教室を回ることにした。

 

 

 

「ええ……で……の時間が終わった後に……」

「……なるほど、よく分かりました。有難うございます」

 

被害の報告があった各クラスを回り、被害が発生した時間、当時の状況について話を聞く。

……結構詰めて話を聞いているけど、史や薫子さんが聞いた話に、

少し付け足した程度のものしか得られていない。

 

どうするか、と思いながら手に持っていたバインダーから目を離すと――

ふと、窓の外を見ている優雨が目に入った。

 

「……優雨、どうかしたかしら?」

「ちょっと、気になって。どうして、どこもみんな……窓のそばなのかな、って」

「え……っ!?」

 

……優雨のその言葉に、僕は驚き――そして、優雨が気づいたことを確かめる為、

バインダーを捲り、確認する。……一人目、窓際。二人目、窓際。そして今の生徒も……窓際。

……間違いない。優雨の言う通り、この3件は全て窓際の席の生徒が被害者だ。……でも、どうして?

窓際という共通点は、どんな意味がある……?

 

そう考える僕に――優雨はゆっくりとした喋り方で、答えを教える。

どこか、少し嬉しげに見えるような……そんな風に。

 

 

「ちはや。わたし、知ってる……持っていったのは、多分……烏(からす)」

 

 

 

***

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***

 

「犯人は、烏……ですか」

「ええ、私も盲点だったわ……烏という予想はしなかったもの」

 

雅楽乃達や陽向ちゃんと合流して、犯人が烏であるかもしれない可能性を伝えて、再度情報の確認をして。

中には今日は欠席していた生徒もいたので、薫子さんにも話に加わってもらいながら洗い直しをした。

……その結果、被害が発生した場所は、全てが窓際――もしくは、それに類する場所。

後は今史に調べてもらっている天候の情報が揃えば、ほぼ確定と言っていい。

烏が犯人であるなら、被害の範囲や犯行の可能不可能の問題も解決される。

 

優雨が、この事件の犯人が烏である可能性に気付いたのは……

入院していた病院で、似たような事件が発生していたから、という事らしい。

烏は光り物を好み、よく巣に持ち帰ってしまうのだと、優雨は言っていた。

 

 

……入院、か。

優雨が病弱だという事は知っていたし、その事がこう繋がらなければ

今回の解決ももっと時間が掛かっていただろうとは思う。

その境遇を哀れむつもりは毛頭ない。優雨と話をするのに、そんなものは必要ないから。

 

 

でも、僕は……それを聞いて、胸に痛みを覚えていた。千歳さんの病室を、思い出していたから。

 

 

……あの部屋は、狭い。子供心に、僕はそう思った。

御門が関わる病院であるのだし、病室が狭いという事はない。充分以上の広さがあった。

でも、そこにいる人間には狭い部屋だと……思った。

 

 

……僕には、千歳さんがどう思っていたのかは分からない。

千歳さんなら、最後まで諦めず、外へ出て歩くのだと……そう思っていたかもしれない。

でも、それでも……病室を自由に出入りできる僕とは違い、病室を自由に出られない千歳さんは、

僕よりもあの部屋を狭いと感じていたのかもしれないと……そう思った。

 

 

……優雨は、どうだったんだろうか。

それを考えるのは酷い事だと分かってはいたけどー―それでも考えてしまう。

 

 

 

「……千早お姉さま?」

「…………あ、ああ……御免なさい、史。結果はどうだったかしら?」

「はい。事件の報告がある日は全て晴天となっています」

 

……これでほぼ確定した。この時期はまだ陽射しが強く、晴天の日は窓を開ける場合が多い。

開いた窓で烏が侵入できる環境が出来上がり、窓際に置いた小物は光を反射し、烏の獲物になる。

 

……でも、どうする?

犯人が分かっても、どうやって烏の巣を探せばいい……?

 

 

「……お姉さま?図書室で何をして……あ、お昼に言っていた天気の情報について調べているんですか?」

 

その声に振り向けば、雪ちゃんの姿があった。

 

「ええ、そう……この天候ニュースの情報を見る限り、推測は合っていそうだけれど……」

「あー……合っていた事が分かっても、どうしたらいいか、ですよね……」

 

難しいなあ、と雪ちゃんが呟く。……本当に、どうしたものだろう。

そう思っていると、突然史が口を開いて、

 

「千早お姉さま、淡雪さん。僭越では御座いますが、史にお任せしては頂けないでしょうか。

 ……少々、考えが御座います」

 

そう、言った。

 

 

***

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***

 

――千早さまは、自室にお戻りになられたでしょうか。

夕食の給仕をする際には、何事もない御様子に見えましたが……。

 

 

千早さまや薫子お姉さま、雅楽乃さん、淡雪さん、優雨さん達と行った今日の調査で、

紛失事件の犯人は烏であるという可能性が出てきました。

 

……烏、というのは予想外でした。

史は……それに千早さまも恐らくは、「犯人は人間である」と言う風に思い込んでしまっていましたから。

優雨さんがこの事に気付かなければ、烏が犯人である可能性に至るまでにもっと長く――

場合によっては、そのまま未解決で終わっていた可能性もあります。

 

……千早さま達と史とは分かれて行動しておりましたが、

合流した時に千早さまの表情にやや翳りがあったのが気にはなりますが。

犯人が烏である可能性に思い至るまでに……何事かが有ったのでしょうか。

 

 

……それが気になることは、確かですが。それより今は、史にはすべき事があります。

常日頃の様に、ノートパソコンを起動。そして、普段は主に情報収集のために使っているツールを起動。

 

インターネットを介したコミュニケーションツール、「侍女ったー」。

鏑木や御門等の名家に仕える侍女達が利用する、情報交換と交流を目的としたツール。

 

中身はといえば。主家への愚痴を書く者、主家の人間に憧れる者、噂話が好きな者、様々。

中には外部に漏れてしまうと大事になるような話をしている者もいますが、

解読困難な暗号通信を使っての遣り取りであるため、まず外部に漏れる心配はないと判断致します。

鏑木や御門の技術者も協力していると言う話を聞きますので、安全性は充分でしょう。

 

時々、

 

XXXX: ご主人様のベッドシーツ洗濯なうー あーやばいご主人様のベッドシーツいい匂い

     いい匂いすぎてやばい発情してきたかもはあはあはああああああ

 

という書き込みもありますが、主家にどう仕えるかはその方の自由であると史は考えます。

 

 

……そういえば。

以前、鏑木の当主が再婚なさるという話が出たときは、

恐ろしい程の速度で情報が広まっていた覚えがあります。

鏑木の当主と再婚し、当主の奥方となった方……鏑木の家政婦長であった織倉楓様。

今のお名前は、鏑木楓様。

主家に仕える多くの侍女や侍従達にとって、鏑木の家政婦長を務めていた楓様は、

憧れの存在でもあります。最近は鏑木の当主と結婚された事によって、神格化もされておられる様ですが。

 

――と、そこまで考えて。

 

「……史には、やらねばならない事があるのでした」

 

……楓様の事について考える内に、大分時間を取られてしまいました。

何故でしょう。史は楓様を尊敬はしていますが、信奉する程の熱狂的なファン等ではない筈なのですが。

兎も角、成すべき事をしなければ。

「侍女ったー」にログインし、ざっとログを確認。……目的である方はいらっしゃる様です。

 

Kozue: 疲れたーお風呂はいるー

 

Fumi: @Kozue 梢様、本日のお勤めお疲れ様でございます

Kozue: @Fumi あ、史ちゃんもお疲れ様ー

Fumi: @Kozue お疲れのところ悪いのですけれども、少々お願いをしても宜しいでしょうか

Kozue: @Fumi ん、なにー?聞ける用なら聞くよ?

Fumi: @Kozue 梢様は確かフォックス・ハンティングを御趣味とされていたと思うのですが 

           実は少々入り用となりまして、フォックス・ハンティング用の装備をお借りしたいと思いまして

 

……これが今回の目的。

交流のある人物にフォックス・ハンティングを趣味とされている方がいるなら、

それを借りて活用することはどうか。

 

フォックス・ハンティング――狐狩りは、発信されている電波を受信機を用いて探索し、

電波の発信源を探す事を目的とする遊戯。

このフォックス・ハンティングの手順を活用すれば、事件の解決に役立てることができるのではないか。

……目処も立てずに烏の行方を探すよりは、余程楽であると思います。

 

Kozue: @Fumi ふむむー 狐狩りの装備に興味があったり?それともご主人様のためー?

Fumi: @Kozue そんな所です

Kozue: @Fumi んー… ふむ、ついでにそっちの技術者の人達に整備してもらえるなら

           そのお願い、喜んで受けようぞ にひー

Fumi: @Kozue 有難う御座います、梢様

 

……交渉完了。

これで、受信用の機械の準備は整えられる。後は自分の方で発信機となるものを用意すれば。

……と、満足して一時ノートパソコンから離れようとすると、梢様からメッセージが来ていました。

 

Kozue: @Fumi 史ちゃんはホントにご主人様大好きだねー ふふふ

 

……いつもこんな感じで他の侍女からもからかわれているが、本気なのか判断はつかない。

最近は、薫子お姉さまや香織理お姉さまにもこんな感じでからかわれている気もするが。

取り敢えずは、いつものように返すことにします。

 

Fumi: @Kozue 史は千早さまの侍女でございますから

 

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******

 

――小物紛失事件の犯人が、僕達の捜査の結果烏であることが判明してから。

状況は、今までの停滞が嘘のように進行し始めた。

 

 

「史が『準備が出来ました』と言っていましたので……まずは、史に任せてみようと思います」

 

風の吹く屋上で、そう薫子さんに告げた翌日……その放課後。

烏の巣の探索を、史の言葉を信じて任せてみたら……史は本当に烏の巣を発見してしまった。

方法は、烏が見えるような位置に罠の髪飾りを仕掛けて、捕まえる……それだけのシンプルな事。

……その割にはなんだか、ヘッドホンにチューナー、ロッドと、史はえらく重装備だった気がするけど。

テレビの盗聴器探しの企画とかで見るような装備だったし。

 

 

……そんな重装備の史の後を、僕達は追って。

 

 

「……あれではないかしら」

「発信機の電波も出ておりますし、間違いないと判断できます」

 

……烏の巣は、発見された。

ただ、巣は公園に植えられた木の上に作られていて……

ここが公有地である以上、何も考えずに手を出しては色々と問題になる事もある訳で。

取り敢えずは梶浦先生にこの場所の事を伝えて――後は、任せる事にしようと思う。

 

 

 

因みに、そんな史の探索の様子をを後ろで見ていた僕達が交わしていた会話は。

 

「ふみは、ちはやのお願いだと、すごく頑張るみたい……?」

「……ねえ、千早。史ちゃんに頼み事する時、ちょっと加減した方がいいんじゃないかな。

 かなり控え目に伝えるとか」

「…………考えておいた方が良さそうですね」

 

風呂の事といい、身体測定の事といい、今回の事件の事といい……

史は僕の事になると異常な程頑張るからなあ……。本当に考えた方がいいのかもしれない。

 

 

 

***

 

 

「……そうですか。公園の木の上に」

「ええ。そういう事情ですので、この後をどうするかは梶浦先生にお任せしても宜しいでしょうか?」

 

――巣の場所が分かった事で、そのまま解散、ということになり。

薫子さんと史は寮へ、優雨は園芸部へ。雪ちゃんは……雅楽乃の所だろうか。

そして僕は巣を見つけた事についての話をする為、学院長室を訪れていた。

 

「勿論、構いませんよ……ふふっ。

 千早くんに態々取引を持ちかける必要なんて、なかったのかもしれませんね」

 

……取引と言うより、立派な脅迫だった気もしますけどね、あれは。ただ、

 

「……持ちかける必要がなかった、というのはどういう意味でしょうか」

「いえ、ここ数日の千早くんの様子を見ていてそう思っただけです。

 ……千早くんが此処に足を運ぶ理由は、もう『自分の為』ではないのだと」

 

……ああ、そういえば。

1学期は幾度か学院長室を訪れた記憶はあるけど、

それは『僕が自分の事で相談したい事が有ったから』だった。

でも、今回は……そう言われれば、確かにそうではあるけど。

 

「……今回はたまたま自分以外の事が理由として有っただけです。

 それに学院長室なんて、元々そう訪れる場所ではないと思いますよ」

「そう言われてしまえば、確かにそうですね」

 

僕の言葉にそう答えながらも、梶浦先生は笑っていた。

……そこまでは考えていなかったけど、もしかしたら梶浦先生の見立ては間違っていないのかもしれない。

 

 

 

「では、そう訪れない場所に来たついでに、もう一つ話をしましょうか。

 ……千早くん、栢木さんは最近どんな様子?」

「……優雨、ですか?」

 

優雨の事を聞かれるのは予想外だった。

……でも、優雨の事情を考えれば充分聞かれる理由はある……か。

夏休みは色々としていた訳だし、少し話を聞きたい、という事だろうか。

 

「僕が見ている限りは、特に変わった事はないと思います。

 ……でも、以前より学校に通うことが楽しそうに見えますよ」

 

僕は少し考えた後、そう答える。

……夏休み前の優雨は、どこか消極的だった。

人と触れ合いはするけど、どこかに壁を作っているような感じで。

でも、最近はそうではなく……普通に人と接する事が出来ているように見える。

優雨がどう感じているかは分からないけど……学校に行く事が楽しいと感じているなら、嬉しいと思う。

 

「……そう。では、栢木さんについてはもう殆ど心配しなくても良いのかもしれないわね」

 

梶浦先生は、安心したような顔をしながらそう答え――そして僕の方を見て。

 

「……では、話は以上です。千早くん、これからも頑張ってね。

 ――貴方が栢木さんの事も何とかしてしまった様に、ね?」

 

 

 

……学院長室の扉を閉める。

それは過大評価だと、そう思うけど。僕は少し手伝っただけで……

優雨の心を開いたのは、千歳さんと初音さんなんだから。

 

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***

 

――翌日の放課後、予定通りに巣の撤去が行われることになった。

僕と薫子さん、史以外に集まったのは、華道部の活動がなく時間が空いていた雅楽乃と雪ちゃん、

野次馬で見物に来た陽向ちゃん、その陽向ちゃんに連れられてきた優雨。

……それに。

 

「……本当に、私の失くし物……見つかるのでしょうか」

「お姉さま方なら、きっと見つけて下さいますわ」

 

今回の事件で被害を受けた十数名の生徒。

この生徒達は、陽向ちゃんと史に協力してもらい、放課後に呼んでもらった。

 

 

……撤去作業はそれほど時間も掛からずに終わり、生徒それぞれが確認に入る。

その中には勿論、罠として使った髪飾りもある訳で。

 

「……それ、ふみの?」

「はい、その通りですが……何でしょうか、優雨さん」

「ふみは、はっしんき……って言ってたけど。見てても、ぜんぜん分からないなって」

「ご覧になりますか?」

 

そう言って史は、優雨に発信機――もとい、髪飾りを渡す。

髪飾りを受け取った優雨はじっくり見るようにして、顔に近づけて……。

 

 

 

 

……その姿が、不意に何かを思い出させる。

 

 

――すごーい……!お母さん、これ本当に貰っていいの!?

 

……手の上に乗せたそれを目を輝かせて見ながら、千歳さんは母さんに聞いた。

 

――勿論、いいのよ。それは、貴方達の為に作った物なんだから。

 

そう言って、母さんは千歳さんと僕を交互に見て微笑む。

千歳さんは、手を顔に近づけて。手の上のそれを、穴が開くほど見ていた。

 

――喜んでくれたなら、嬉しいわ。

 

 

……母さんが僕達に渡した「それ」は、とても綺麗で。

子供の僕達には、今まで目にした何よりも輝いて見えた。

 

 

 

 

……あれを僕達が母さんから貰ったのは、何時の事だっただろう。

思い出した記憶と共に、そんな事を考える。

 

それと同時に、僕は一つの事を思い付く。

あの色は、もしかして似合うだろうか。後で少し、頼んで試して貰おうか……なんて。

……そうぼんやりと考えながら、僕は生徒達が巣の中を確認する作業を眺めていた――。

 

 

 

……この後、衛里さんの紛失物だけに関してはもう一騒動あったものの。

学院を騒がせた紛失事件は、解決した。

 

 

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******

 

……その、事件解決までの裏側で。

 

******

 

(――由佳里お姉さまから引き継いだ体育祭の為の秘密会議、頑張ってやり遂げないと……!

 エルダーに近しい者だけが知り、エルダーにも、エルダーに成り得る候補者にも知られてはいけない

 ……が原則だったんですけど、御前が飛び込んできちゃったのはちょっと予想外でした、うん)

 

(あれ、私……由佳里お姉さまに電話で教えられるまで、知らなかったんですよね……?

 エルダー選を終えた後にお姉さまに結果を聞かれて、その後に教えられて、初めて知りましたし。

 もしかして私がエルダーになっていた場合は、由佳里お姉さまは何も教えてくれなかったんでしょうか?)

 

「……良く分からないけど、どうして初音はあんな鬼気迫るような悩んでいるような、

 奇妙な顔ををしているのかしら」

「……お姉さまに判らないんじゃ、私が分かるはずはないじゃないですか。

 それより私は全員サングラス着用の方が気になりますけどねー……。

 あ、でもサングラス掛けてると都市伝説の黒い男みたいな気分になりますね」

「ああ、映画にもなったアレですね……文字とか伝聞が映像になると、

 やっぱりすごい絵になりますよね。宇宙人と戦うのって」

「……はっ、つい考え込んじゃってました。……ええと、これが仮装競争に使える衣装の一覧です」

 

 

「次のページは……っと。………………あの、段々良く分からないものが増えてませんか?」

「……こんなの、本当に演劇で使ったんでしょうか、お姉さま」

「……有り得ない、とは言い切れないけど。これを使う演劇があったと考えるよりは、

 部員の誰かが趣味で作った、という可能性の方が濃厚という気がするわね」

「ナース服にスチュワーデス、婦人警官。メイド服、巫女、魔女……聖應の生徒は中々ユニークなんですね」

「……でも、この衣装は素敵ですわね。私、是非これを千早お姉さまに着て頂きたいと思います」

「ちょ、ちょっと?御前って、そういう趣味だったの……?」

「……悪くないかもしれません。私は、千早ちゃんにこれを着てみてもらいたいかも。

 千早ちゃん細いですし、足も綺麗ですし……」

 

 

「……かおるこは、これがいいとおもう」

「こっちは、どちらかと言えば、千早寄りの衣装のような気もするけど

 ……いえ、千早にはイロモノの方が面白いわね」

「イロモノであろうとも、お姉さまが着た時は充分以上の魅力を発揮する……

 そう、私は確信しております。それを見た私は、きっと目を離せなくなるでしょうから……ああ」

「ご、御前……?ちょっと、本当に大丈夫っ?」

 

 

***

 

こんな風に、怪しい会合が行われていたことなんて、知る由もなかったのだけど。

 

 

***

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***

 

 

――そして、事件の解決から少し経ったある日。

僕は優雨に用があり、少し一年の教室を訪れていた。

 

「……ええ。寮に帰ったら、優雨に少し頼みがあるの。大丈夫?」

「うん。……たのみって、何だろ」

「それは――今は内緒。楽しみにして貰っても良いわ」

「……うん」

 

僕は、この間考えていた事を試してみようと思い、予め優雨に話をしていた……のだけど、そこに。

 

「雅楽乃……それに、雪ちゃん?」

「御機嫌よう、お姉さま」

「御機嫌よう。……お姉さまもいらっしゃるのは、ちょっと予想外でした」

「ええ、御機嫌よう」

 

雅楽乃と雪ちゃんが、僕に声を掛けてきた。

僕がいるのが予想外……ってことは、僕に用はなかったって事だよね。

それに、ここはそもそも一年の教室だ。普通に考えれば僕がいる筈もない。

なら、優雨の教室にいる下級生の誰かに用があるのだろう……と、そう思ったところで。

僕は、雪ちゃんの言葉に少し引っかかりを覚える。

 

……今、お姉さま"も"って言った?

 

「お姉さま。私と雪ちゃんは優雨さんにお願いがあり、こちらの教室に来たのです」

「優雨にお願い……ですか?」

「ええ。……優雨さん、少々お時間宜しいですか?出来ればお姉さまにも」

「うん」

「……ええ、構わないけれど」

 

……何だろう。優雨は分かってるみたいだけど。

 

 

 

 

……雅楽乃達は、何処へ行くつもりだろうか。

そう思いながら着いて行く僕の横を、雪ちゃんは黙って歩いている。

生徒達が交わす談笑の中にありながら、僕達の間は唯静かだった。

 

――と。

 

「……千早お姉さま」

 

不意に雪ちゃんが口を開き、僕に話しかけてくる。

 

「お姉さまは……躊躇ったりはしないんですか?誰かの間に、自分が干渉する事を」

「……躊躇う事がない、とは言わないわ」

 

衛里さんと花帆さんの事……だろうか。

 

「常に良い解決方法がある訳ではないし、関わる事で悪化させてしまう事もある。

 ……でも、出来る事なら何とかしてあげたいと、そう思っています」

「……それで何とかしちゃうんですから、千早お姉さまは凄いですよね」

 

雪ちゃんは、溜め息を一つ付いて。

 

「あの解決の仕方には、今でも納得はしてませんけど……

 それは、外側から無責任に言える事でしかないですし。無責任にならないように、

 少しはお姉さまを見習ってみようかな、って。……あ、見習うって言ったって、

 お姉さまに勝つのを諦めたわけじゃないですからね。

 今までが勝ち負けに拘り過ぎてたのは確かですけど……」

 

そう言って僕に拗ねたような顔をした後――修身室の前で立ち止まる。

そこには既に、僕達の前を歩いていた雅楽乃と優雨の姿もあって。

 

「……やっぱり、話は此処でしたかったので。

 答えるまでに時間が掛かりましたけど……改めて、お願いがあります」

 

……居住まいを正し、雪ちゃんは優雨に向き直る。

 

「優雨さん。……私の花を、描いて貰えますか?」

「……うん。上手くできるか分からないけど……頑張る、あわゆき」

 

その『雪ちゃんのお願い』には、少し驚いたけど……

優雨がやる気になっているならいいかな、と。そう思った。

 

…………まあ、その場は経緯がさっぱり分からなくて、間抜けな顔をしていたかもしれないけど。

後で雅楽乃と優雨に聞いて、やっと話の流れが理解出来た。

 

 

***

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***

 

――その日の夜。

僕と優雨は、昼にあった事を初音さんに話していた。

 

「そうですか、御前と淡雪さんに……」

「ええ。雪ちゃんがああいう事を言い出すというのは、少々意外でしたけど……

 でもきっと、良い経験になるだろうと思います。雪ちゃんにとっても」

「うん。頑張ってみる」

 

雪ちゃんにとって、雅楽乃にとって――そして、優雨にとっても。

きっと、それぞれにとって何かの契機になると、そう思う。

……確信は、ないけれど。

 

「……ああ、そういえば」

 

雪ちゃんの事の印象が強くて、忘れていた事があった。

 

「優雨、少し試して欲しい事があるのだけど……いいかしら?」

「……?」

 

首を傾げる優雨。まあ、史を除けば僕が誰かに『お願い』や『頼み』をする事はあまりないし。

何だろうと思っているのかもしれない。

 

「少し、待っていて頂戴」

 

食堂を出て、自分の部屋に向かう。

部屋に備え付けてある鏡台の棚を引き出し……そこから、小さな箱を取り出す。

 

箱の蓋を開けると、それは室内灯の光を受けて銀色にきらりと光る。

細かな装飾の施された、銀の髪飾り。聖應に転入する時、持ってきたのはただの気紛れだった。

 

 

 

……これは、元々千歳さんの物だった。

千歳さんが亡くなった後、千歳さんの事を忘れてしまった母さんに預ける事は出来ず、

史にも預ける事は出来ず……僕がずっと持ち続けていた、千歳さんの遺品だ。

……もしかしたら。気紛れではなくて、御門の家に置き去りにしたくないと、そう思ったのかもしれない。

 

聖應に入学してから、何度か――この髪飾りを手に、物思いに耽る事があった。

僕にとってこれは、千歳さんとの絆であり、家族の思い出の一つであり……そして、心の支えでもあった。

……自分のもう一人の子供を忘れてしまった母さんに、何時か僕自身がはっきりと向き合うための。

 

 

……あの日、鏡合わせに向かい合った千歳さんは、僕のそんな姿も見ていたと言っていた。

 

 

(――ちーちゃんに全部押し付けてるみたいで、ごめんね)

(ダメなお姉ちゃんだよね、わたし。ちーちゃんに、何もしてあげられない)

 

 

……千歳さんが謝ることなんて、ないのに。

謝りたいのは、それでも何も出来ていない僕の方なのに。

 

 

千歳さんに会えて話が出来た事で、心が幾分か軽くなったのか。

史が千歳さんの事を思い出したからか。優雨が千歳さんと触れて、変わっていったからか。

千歳さんの事を知る人が増えて、どこか安心したからなのか。

何が理由かは、分からないけれど。

 

……それから僕は、以前ほど物思いに耽る事は少なくなった。

 

 

 

 

――箱の蓋を閉じ、部屋を出て……再び食堂に戻って、優雨に話し掛ける。

 

「試して欲しい事、というのはね。……これを、ちょっと優雨に着けてみてもらいたいの」

 

そう言って、箱を開ける。

優雨は箱の中を覗き込んだ後……目を丸くする。

横から覗き込んだ初音さんも、同じく。

 

「わあ……この髪飾り、すごく綺麗です……」

「ちはや……これ、なあに?」

「少し、縁のある物なの。……この色、もしかしたら優雨に似合うかと思って。どう?」

 

……切っ掛けは、烏の巣を探した時の事。

史が発信機を仕込んだ髪飾りを回収する祭、優雨はそれを興味深げに覗き込んでいたのだけど。

その時……ふと、この髪飾りの事を思い出した。

 

史が用意した髪飾りの色は銀色。千歳さんの髪飾りも、銀色。

この髪飾りは、優雨の髪には映えるかもしれないと。

 

……それと。

優雨もこの髪飾りの事を覚えていてくれたら嬉しい――と。そう思って。

 

 

 

「……これ、着けてみていいの?」

「ええ。その為に持ってきたのですもの」

 

僕がそう答えると、優雨は恐る恐る髪飾りを手にとって……そっと着けた。

 

「……ど、どう?ちはや、はつね」

 

……見立ては間違ってなかったみたいだ。優雨に、この髪飾りは良く似合っている。

 

「良く……似合っているわ、優雨」

「…………な、何だか優雨ちゃんが一段と可愛く綺麗に見えてきた気がします、千早ちゃん」

 

そう、僕と初音さんに言われて。優雨は嬉しいのか、それとも照れてしまったのか、やや俯いている。

 

「ううー……千早ちゃんの髪飾りで可愛くなってばかりなのは、ちょっとずるいです。

 ゆ、優雨ちゃん!次は私のリボンで、ちょっと髪形変えてみませんか!?」

 

……初音さんがぷるぷるしていたと思ったら、突然良く分からない事を言い出した。

つまりは、自分も優雨の髪に手を加えてみたい、という事だろうか。

初音さんは、ポケットから黒いリボン……

恐らくは、普段初音さんが髪を結ぶのに使っている物と同じ物を取り出して、優雨に渡した。

……ついでに、僕の手にも。

 

「……初音さん?これは」

「千早ちゃんにも、優雨ちゃんと同じように可愛くなってもらいますっ!」

「…………」

 

ええ……。

 

「わたしも、ちはやも……はつねとおそろい……?」

 

…………可愛い髪形になるというのには、少し抵抗があったので説得しようとしたけど。

お揃いを期待するような優雨の目に負けて……僕は髪をポニーテールにした。

 

「……どうでしょう?」

「うわぁ……千早ちゃん、ポニーも似合いますねぇ……」

「ちはや、いつもとちがう感じ。なんだか……かっこいい?」

 

か、格好良い……かぁ。うーん……。

僕でそう言われるのなら、薫子さんがしたらもっと似合いそうな気もするけど。

 

-17ページ-

 

 

次は、優雨の番。

優雨はちょっと苦戦しながら、髪をリボンで縛っていた。

 

「……ど、どう?」

「いつもと違う感じ……でも、可愛くてすごくいいですっ」

 

……初音さん、ちょっと興奮してません?

もしかして、誰かの髪を弄るのとかに憧れがあったり……とか?

 

「ちはや……?」

 

優雨が、僕の方をじっと見ている。……やっぱり僕も感想を言わなくちゃ、か。

何かを期待しているような感じも、ちょっとだけするけれど。

 

「そうね……」

 

初音さんの言っている事は大体合っている。僕も、優雨を見てそう思う。

でも、そのまま答えて、同じ感想になってしまうのは……ね。

……僕は、束ねられた優雨の髪を手で掬って。掬った手から、優雨の髪が零れ落ちるのを見ながら。

 

「こういう髪型も……良く、似合っていると思うわ。優雨」

「……う、うん」

 

…………似たような感想なのを誤魔化す為に動きをつけてはみたものの。

何だか、かなり恥ずかしい事をした気もする。

 

 

 

……と、そこに。

 

「ほほー、何だか面白い事やってるじゃないですか……

 ツーテールとかどうですか?やってみませんか、お姉さま方っ」

 

食堂の扉を開けて、陽向ちゃんが入ってきた。……しかも、早々に妙な事を言い出しながら。

 

「私は、二つ結びにしても似合わないと思うのですけど……結構、ウェーブの掛かった髪ですし」

「私も結構、癖っ毛ですし……ね。ポニーテールなら、そう目立つことはないんですけど」

「そんな事言わないでくださいよー!私はショートなのでお姉様方みたいに髪を弄れないんですから、

 せめて私に見せて眼福気分にさせてくださいよー!」

 

…………もっと妙な事を言い出した。

陽向ちゃん、それは年頃の女の子との発言とはかなりかけ離れたものだと思うんだけど……。

 

「……ひなた、わたしも?」

「もっちろんですとも!優雨ちゃんもきっと似合うはずっ」

 

この中では一番説得しやすいと判断したのか、陽向ちゃんが優雨を落とそうとしている。

そして……。

 

「……うん。ちょっとなら、やってみたいかも」

 

優雨は、あっさり陥落してしまった。

陽向ちゃんにそう答えた後、今度は僕と初音さんの方を向いて、

 

「また、おそろいに……したいな。ちはや、はつね」

 

……初音さんと顔を見合わせた後。仕方ない、といった感じで僕達は諦める事にした。

優雨のお願いを断るなんて事は、僕達には出来そうにない。

 

 

 

 

――数分後。

 

「うっひゃあぁ……こ、ここは天国ですか楽園ですかっ、それとも桃源郷……っ」

 

……陽向ちゃんはひどく興奮している。しかも、何だか挙動もちょっとおかしい。震えてたり。

 

「が、眼福……これぞ正に眼福じゃぁぁぁ……。もう、これだけで私聖應に入学した事に感謝できますよ……っ!」

 

それは、ちょっとオーバーじゃないかなあ……。初音さんも優雨も、ちょっと戸惑ってるみたいだし。

そんな僕達は全員、頭の左右にそれぞれ髪を束ねた両結び――ツーテールの髪形になっている。

……陽向ちゃんが興奮している原因は、間違いなく僕達のこれの所為なんだろうけど。

 

「……あ、欲を言えばそれで絡みとか」

「はいはい、おっさん臭い発言と欲望はそのくらいにして帰りましょうね、陽向」

 

……気がつけば、よく分からないものが混じった悲痛な叫びを挙げる陽向ちゃんの後ろに

香織理さんが立っていた。しかも、ガッシリと陽向ちゃんの腕を掴んで。

 

「……え、香織理お姉さま!?いい何時からそこにっていうか引っ張らないでくださいよー!私の眼福ぅー!」

「千早の髪は、いつか調香と併せて弄ろうと思っていたのに……

 先に手を出すなんて、余計な事をしてくれたわね、陽向」

「あー!」

 

……そのまま、香織理さんと陽向ちゃんは部屋から出て行った。

今、香織理さんも何か妙な事を言っていた気が。

 

 

 

 

「………………」

「…………あ、あはは」

 

……反応に困る僕と初音さん。

とりあえず……どうしよう?と、そう思った時。

 

「……ぱしゃり」

 

その声と、同時。部屋の中に響くシャッター音。

その音に気付き、出所を探ってみれば――

 

「ちはや、かわいい」

 

僕の方に携帯を向けた優雨の姿が、あった。

……って!撮られた!?今撮られた!?僕のこの両結びの姿を!?

 

「ふみとかおるこにも、見せる」

 

ぎゃー!

 

「……あ、写真に残すのっていいね!私も可愛い千早ちゃん撮るね!」

 

うわー!やめてー!

 

 

 

……この後。

何とか優雨と初音さんを説得して、僕のみっともない姿の流出は避けて欲しい、

というお願いは通ったものの……僕の写真を残したいという2人の意思は変えられなかった。

 

はあ……。あの姿が、優雨と初音さんの携帯には残るのか……。

薫子さんにも、僕の水着姿(中身は千歳さんだけど)を撮られてるのに……。

 

……とほほ。

 

 

***

 

 

「……ちはや」

 

ひなたがかおりに連れられていって、ちはやにお願いとかされて……

ちょっと、ざわざわした感じになっちゃったけど。わたしはちはやに聞きたいことがあって、ちはやを呼んだ。

 

「何かしら、優雨」

 

なんだか、ちはやの顔が暗い気がする。

ちはや、ちょっと疲れてるのかな……?

 

「ちょっと、お願いがあるの。……さっきの髪飾り、またときどき着けてみたい。だめ……?」

 

……わたしの言葉に、ちはやはちょっと驚いたような顔をして、

 

「……ええ、勿論大丈夫よ。優雨が着けたいと思ったなら、私に言ってもらえばいいわ」

 

笑いながら、そう言った。

 

******

-18ページ-

******

 

……それから、優雨がよく華道部を訪れるようになった。

活動時間中に雪ちゃんが花を活け、園芸部を終えた優雨が合流して絵を描き、

雪ちゃんがそれを見て自分の花を考える……という流れで。

 

寮に居る時、どんな感じなのか聞いてみたら、

 

「たくさん描けて、たのしい」

 

……なんて、優雨は言っていた。

絵を描いているときの姿や、ごそごそと鞄からスケッチブックを取り出す時の顔は、

本当に楽しそうだから……良かった、と思う。

 

「……絵の感じだと、ここがちょっと重そうかな」

 

雪ちゃんは優雨の絵を見て、自分で気になるところを直したりしていた。

相変わらず、雪ちゃんの花は雪ちゃんらしい個性を持っていたけれど……

でも、少しずつ何かが変わっているように見えた。

 

 

 

……そんな風にして、時間は過ぎて。

気付けば体育祭は目前に迫っていた。

 

 

******

-19ページ-

******

 

 

 

――スターターがピストルを掲げ、そこから破裂音が響く。

それを合図に生徒達が走り出す。ただ前を向き、ゴールテープを目指して。

 

自分の級友を応援する生徒。自分が尊敬する上級生を応援する生徒。

そして、それを受けて走る生徒。体育祭は、かなりの賑わいを見せていた。

 

そんな中、僕と薫子さんはは自分達のクラスに座りながら競技の様子を眺めていた。

 

「お嬢様学校の体育祭というのはどんなものなのか、と思っていましたけれど……

外とあまり変わりはない様ですね」

「だね。あたしも1年の時、普通過ぎて驚いたもの。……この歓声だけは、ちょっと慣れないけどさ」

 

そう言って、薫子さんは苦笑する。

各クラスでそれぞれ分けられた座席からは、引っ切り無しに黄色い声が飛んでいて。

二つ名持ちの生徒なんかは、特に大きな声で応援されている。

……まあ、騎士の君と大声で呼ばれながら走るというのは……落ち着かないだろうな。

 

 

『次は、プログラムナンバー4番……二人三脚を、行います――』

 

 

「お、次は茉清さんと聖さんの出番だね」

「……ですね」

 

二人三脚に出る生徒達の中から、茉清さんと聖さんが出てくる。

スタートラインに並び、係の生徒に足を縛って貰い――そして、破裂音と共に飛び出す。

 

「おお、結構早い。身長差って、問題にならないものなんだね」

「結構、お二人で練習をしていたようですから……それが大きいのかもしれませんね」

 

二人の足が、ゴールラインを超える。

流石にハンデが有った分、都合良く一位……なんてことはなかったけど。

でも、そんなのは問題になる事ではない。

着順での獲得ポイントに差があっても、体育祭なんて結局は勝敗が付くだけのお遊びだ。

楽しめるなら、それで良いと思う。

 

……そして。

 

「……もう、こちらも心配はなさそうですね」

「今の競技の間、ちょっとだけ心配だったけど……聖さんを羨ましがる人はいても、

妬んでるっていうのはなさそうだったし」

 

私も王子にあんな風に抱かれたい、なんて言葉は聞こえたけど……それ以外はなかった。

茉清さんのエルダー選挙での発言と、あの時の聖さんの優しさも影響しているんだと思う。

 

……さて。

色々確認できたところで……僕も、行ってくるとしよう。

 

「それでは薫子さん、私も行ってきますね。

 帰ってきた茉清さんと聖さんを、私の分までしっかりと労ってあげて下さいね」

「はいはい。千早も注目の的なんだから、あんまりやり過ぎないようにしてよね?」

 

 

***

-20ページ-

***

 

 

「……って、言ったのに」

「見事にやってくれたわね、千早は……」

「ちはや、すごかった……」

 

――午前の部を終えての、昼食の時間。呆れた、という感じの声に僕は囲まれていた。

ジト目で見てくる薫子さん、呆れたような目で見る香織理さん。

そして目を輝かせながら見てくる優雨。……僕は、そんなに変なことをしただろうか?

 

「まあまあ、それよりもお昼にしましょう……ね?千早ちゃんも、薫子ちゃんも」

 

……微妙な空気を初音さんが流そうとしていたので、とりあえず僕達は昼食にすることにした。

 

 

 

……体育祭の昼食は、寮のメンバーで集まっての食事になった。

 

体育祭が行われている以上、食事中の話題が体育祭に関係することになるのは当然で。

陽向ちゃんや香織理さんは、それぞれのクラスで有った事について話していたのだけれど

……優雨は、陽向ちゃん達が話す内容を聞きながら、少し寂しそうにしていた。

 

…………優雨は、この中でただ一人――体操服ではなく、制服を着ていた。

その理由は、未だ体育祭の競技に出られるほどの体力が付いていないから……

というものではあったけれど。クラスの練習にも参加できず、

実際の競技にも参加できないという事を、優雨はどう思っているのだろうか。

 

……少し考えて、僕は聞いてみる。

 

「ねえ、優雨。午前に行われた競技で、何か気になるものは有ったかしら?」

 

僕のその言葉に、優雨は楊枝を刺した玉子焼きを持ったまま、少し考えて――

 

「二人三脚……ちょっと、きになる……かも」

「どうして?」

「ちはやのクラスの人たちが、背がちがうのにうまく走ってたから。……ちょっと、気になったの」

「……そう」

 

茉清さんと聖さんの事……だよね。確かに、あの二人は上手く走ってたと思う。

そうか、優雨はあれに興味を持ってたんだ。…………あ。

 

「無理をしない範囲であれば……運動は、しても良いとお医者様に言われたのよね?」

「……?うん……」

 

……少し、思いついた事がある。

優雨は、少し不思議そうな顔をしている。

……僕のこの思いつきに乗ってくれるかどうかは分からないけど、

優雨が体育祭を楽しめないまま終えてしまう、というのはちょっと嫌だと思ったから。

 

「なら、お昼を食べ終わった後……少し、二人三脚の練習をしてみない?」

 

***

 

……そう言ったのは、確かに僕だけど。

 

「こう……?」

 

僕と優雨は、茉清さんと聖さんがしていたように……

優雨が僕に抱きつくような形になりながら、二人三脚をしていた。

走るのにバランスが悪いのか、少し進んでは僕の体への抱きつき方を変える事を繰り返し。

自分では、優雨の言葉に冷静に受け答えしていた……と思うけど、内心はそれどころじゃなかった。

 

確かに、茉清さんと聖さん、それに僕と優雨の身長差を埋めるにはこれしか方法が無いけど……。

聖さんが二人三脚の途中、どこか顔が赤く見えたのは……こういう事を思って走ってたから……?

 

……考えが至らない僕が迂闊だった。

 

 

優雨に抱きつかれて、心臓の鼓動がいつもよりやや激しくなっていて。昼休みの間はずっと静まらなくて。

午後の部の最初に出て来たとんでもない爆弾で強制的に落ち着かされるまで、

僕の動揺は続いていた……。……もう少し、よく考えるべきだったかもしれないとは思う。

優雨は楽しんでくれていたみたいだから……まあ、いいけれども。

 

 

 

 

……爆弾の方については、あまり思い出したくない。

あんな格好で走る事になるなんて……はあ……。

 

……カメラとかで撮られてない……よね?

 

 

 

 

 

――こうして。

色々ありながらも、体育祭は幕を閉じた。

 

 

***

-21ページ-

***

 

 

「……何この騒ぎ」

 

寮の厨房から響く調理の音。

そして、同じ場所から聞こえてくる香織理さんや陽向ちゃん、優雨の声。

寮に帰って来て、呆れ顔の薫子さんが発した言葉はそれだった。

すぐ姿が見えなくなったと思ったらこんな所で、なんて言って。

 

「仮装競争で、私と薫子さんを謀った事への罰ゲームです。

 折角材料がありましたので、何かお菓子で謝って頂こうかと」

 

……ちょっと話がある、と言って陽向ちゃんを呼んで問い詰めた結果、

陽向ちゃんもグルであった事が判明し。

仮装競争の密談に完全に関わっていなかったのは、被害者である僕と薫子さん、そして史だけだった。

 

「ああ、そういう裏事情だったんだ……。それで、これで手打ちにしよう……って訳か、なるほど。

 ……でも、皆疲れてるんじゃない?大丈夫なの?」

「疲れているからこその罰ゲーム、というのでどうでしょう?

 私達はあんな恥ずかしい思いをして走った訳ですし、少しはそれに見合う対価がありませんと」

 

その為にわざわざ教室で長話をして、薫子さんが寮に戻る時間を遅らせたのだ。

一人一品、と条件をつけたから時間が掛かるのは予想できるし。

……尚、初音さんは生徒会の方で体育祭の後片付け絡みの仕事を行っている為、ここにはいない。

仕方のない事情なので、今日は諦めて別の日に罰を受けてもらおうと思う。

……雅楽乃や、雪ちゃんと一緒に。

 

 

 

「ちはや、できた」

 

そう言って、優雨がスコーンを載せた皿を持ってくる。

その後に、手伝いとして厨房に入っている史がジャムを手に持って続く。

優雨はスコーンの皿を、史はジャムをそれぞれテーブルの上に置いて。

 

「では千早さま、史はお茶の準備をして参ります」

「ええ。お願いね、史」

 

そう答えると、史は軽く一礼してから陽向ちゃんと香織理さんが奮闘する厨房へと戻る。

……史は真面目だな、なんて思ったり。今日のこの話をした時、

お茶淹れを他の方にお任せする事は出来ません、史の仕事ですから――と言っていた。

 

 

……なんて考えていると、袖をくいと引かれる感じがして。

 

「どうしたの、優雨?」

「うん……あのね。また髪飾り、つけてみたいの。おやつの後、いい……?」

 

……その言葉に、僕は少し笑う。あの髪飾りに興味を持ってくれているのなら、嬉しいと思うから。

 

「ええ。勿論、構わないわ」

 

……その答えを返してからすぐ、史が戻ってきて。

何時もの様にお茶を淹れる準備を始める。

 

 

 

 

二学期は、まだ一月が過ぎようとしている所で。

もしかしたら、これから何度か優雨のこんな姿を見るのかな、なんて思いつつ。

 

 

……とりあえず、冷めない内にスコーンに手を伸ばす事にしよう。

 

 

 

******

-22ページ-

******

 

 

 

――今日も、ちはやに髪飾りを借りて、つけてみる。

そして、鏡の中のわたしを見る。

 

 

 

髪飾りをつけた私に、似合うってちはやは言ってくれた。

はつねも、ぴったりだって言ってくれた。

そう言ってもらえるのが、すごくうれしい。

 

 

「……うん」

 

 

だから、この髪飾りは、好き。

鏡の中の、髪飾りをつけたわたしも、好き。

 

 

 

(…………優雨ちゃんは、もう大丈夫かな。

 ほんと、わたしはちーちゃん達の事を心配してばっかりだよね)

 

 

 

――――?

 

なんだろう……?今、鏡の中になにか見えたような気がする。

ふわっとした感じの、茶色い、髪みたいな――

 

 

 

 

 

……もう一回、よく鏡の中を見ても。

そこには、なにも見えなかった。

 

説明
「処女はお姉様に恋してる 2人のエルダー」の二次創作作品。本作品は、私の書いた二次創作優雨ルート、第一話となります。……1話〜3話は原作本編内の描写を近い形で使っている部分も多くあります。その点、改めて御了承下さい。問題があるようでしたら削除致します。

本作品は、PSP版発表前に書き始め、pixivにて2011年4月10日に最終話を投稿した、妄想と願いだけで書いた、PC版二次創作の優雨ルートです。最終話の投稿から1年が経過し、別の場所にも投稿し、そこでの評価を知りたい、と考えTINAMIへの投稿を致しました。拙く、未熟な部分ばかりの作品ですが、読んで頂ければと思います。

***

――9月。
夏休みが終わり、櫻館に戻ってきた優雨。それからの物語――。
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