黒髪の勇者 第二編 王立学校 第十三話
[全1ページ]

黒髪の勇者 第二編 第二章 王都の盗賊(パート3)

 

 夜のミンスター通りは、物々しい気配に包まれていた。

 普段なら閑静な高級住宅街として、日も暮れれば所々に点灯する温かい屋敷の明りと、それぞれの屋敷が独自で雇う、門番を兼ねた守衛が退屈そうに時間を潰している風景しか見当たらない、静かな通りである。

 だが最近は、いかめしい体躯をした男たちで溢れる街に変化しているらしい。

 「随分と厳重ね。」

 詩音とフランソワ、それに案内役を兼ねたアレフの三人で見回りを開始した時、フランソワが呆れるようにそう言った。

 「ここ数カ月の間だな、こんな風になったのは。」

 男たちの肩書きは従来と変わらず、富裕層らに雇われた守衛という事にはなっている。だが、その装備と規模は実質的に傭兵団となんら変わりはない。

 「殆どが外国人の様子だけれど。」

 続けて、フランソワがそう言った。それに加えて、見渡せる限りに見渡しても、妙齢の女性はフランソワ以外に見当たらない。当然、婦人や幼子の姿は皆無である。

 「アリアは戦争が少なかったからな。東方から流れてきている人間が殆どだと聞く。」

 「グロリアを追われた人たちかしら。」

 「おそらくそうだろう。正確な統計はまるで取れていないが。」

 「治安上、却って不安定になるのでは。」

 懸念を示すように、詩音がそう言った。帯刀し、マスケット銃を片手に掴んだ、必ずしも身元がはっきりとしない流れ者が大量に流入してきていい結果を生んだと言う話を、少なくとも詩音は知らない。

 「俺もそう思う。だが、盗賊騒ぎに神経過敏になっている彼らにしてみれば、頼りない国軍よりも余程私兵の方が信用できるらしい。」

 アレフがそう言って、小さな溜息を漏らした。当然、アリア王国軍も相当の人員を警備として回しており、実際に巡回中らしい数名の部隊が詩音らとも時折すれ違って行った。

 「私ひとりじゃ、とても歩けないわ。」

 フランソワがそう言いながら、アレフから借り受けた短銃を小さく握りしめた。先程から一身に受けている、私兵団からの好奇な視線に不快感を覚えているのだ。

 そうしてミンスター通りを中ほどまでに下った頃、詩音はどうやら立ち並ぶ屋敷にも二通りのパターンがあることに気が付いた。

 「傭兵団を雇っていない屋敷もあるのですね。」

 「一度襲われた所だろう。」

 アレフがそう答えた。一度襲った所は二度と襲わない。一応、この辺りの屋敷でも共有されている情報らしい。

 その時、詩音の視界の端に妙な人影が映った。どうやら傭兵を配置していない屋敷であるらしい。静まり返った正門から覗き見るように、その人影はミンスター通りを睨んでいた。

 「アレフさん。」

 小声で、そう呟いた。うん、とアレフが頷く。

 詩音とアレフが視線を送ると、その人影は何かを恐れたかのように門の奥へと消えていった。その態度に違和感を覚えて詩音は屋敷へと向かって慎重に歩き出す。盗賊ではないかもしれないが、用心に越したことは無い。

 詩音はそう考えると門扉に手を掛け、慎重に門を開いた。もう少し冷静に考えれば、夜中に閂一つ施錠されていない事に注意をすべきであっただろう。だが、詩音はその事に深い考えを巡らせることなく、屋敷へと一歩踏み出した、直後。

 天地がひっくり返った。

 流石の詩音も反応どころか状況すら飲み込めない程の一瞬の出来事で詩音は自らの足が地についていない事に気が付いた。視線を向けると、正門の脇には見事な大木が植えられている。右足首には何かに締めあげられている様な痛覚が鈍く響いていた。

 「シオン!」

 恐怖におびえるようなフランソワの声が響いた。どうやら罠にかかったらしい、と詩音が一拍を置いて状況を理解した時、闇夜にも輝く金髪を持った少年が詩音の目の前に飛び出してきた。それだけではない。その右手には珍妙な形をした短銃を手にしている。

 「漸く捕まえたぞ、盗賊!親父の敵だ!」

 少年はそう言うと、手にした短銃を詩音へと向けた。一体この少年は何を言っているのだろう、と詩音が情けなくも真っ逆さまに釣り下ろされながらそう考えて返答に詰まった時、フランソワの素っ頓狂な声が闇夜に響いた。

 「アルフォンス?」

 アルフォンスと呼ばれた少年はフランソワの言葉に不思議そうに幾度か瞬きをして、そして驚いたようにこう言った。

 「フランソワ?どうしてここに。」

 「私は警備のお手伝いを。アルフォンスこそ、どうして。」

 「ここは俺の家だからね。この前盗賊に入られて、警戒していたんだ。」

 どうやらアルフォンスとフランソワは互いの面識があるらしい、とぼんやりと詩音は考えた。だがとにかく、今は。

 「アルフォンス、でいいのかな。とりあえず。」

 そこで詩音は大きな溜息を漏らすと、うんざりするようにこう言った。

 「早く降ろしてくれないかな?」

 

 「いやあ、ごめん、まさか同級生が警備に回っているなんて思ってもいなかったから。」

 十分後、詩音たちはそのまま屋敷へと招かれ、お詫びを込めて紅茶の接待を受けることになった。彼の名はアルフォンス=バーンズ。平民ながら蓄財を重ねて、姓を名乗ることが許可されたバーンズ家の長男であった。

 「見事な仕掛けだったよ。」

 苦笑しながら、詩音はそう答えた。

 「指先は器用だからね、ああいうものを作るのは得意なんだ。」

 「フランソワとは、どこで?」

 続けて、詩音がそう訊ねると、紅茶を含んだフランソワが口を開いた。

 「クラスメイトよ。科学科の一年生なの。」

 「初めまして、シオン君。君の噂はしっかりと聞いているよ。」

 にこやかに、アルフォンスがそう言った。

 「俺の噂?」

 「ギリアムを倒したのだろう。とっくに学校中の噂になっているよ。」

 「・・どうも。」

 人の噂とは早いもの、と痛感しながら詩音はそう答えた。

 「いや、シオンのおかげでこちらとしても身が入るよ。魔術は必ずしも全てに勝ると言う訳ではないと実証してくれたのだから。僕の研究もはかどりそうだよ、シオン。早速、こう言ったものを作ってみたのだけれど。」

 アルフォンスはそう言うと、懐から一丁の短銃を取り出してテーブルの上に載せた。先程詩音に向けた銃である。

 「前々から、如何にして技術で魔術に勝つか、ということを考えていたんだ。とはいえ、通常の武器では魔術にはとても敵わない。遠距離攻撃にしても、せめて銃の連射が利けば、と考えて作った、一つの試作品だよ。名前は二連装銃、と言うところかな。」

 続けて、アルフォンスが解説を加えた。良く見ると銃口二つ装着されている。二つの短銃を一つに重ね合わせればこのような形になるのだろうか。

 「面白い発想ね。」

 フランソワがそう言いながら、二連装銃に手を伸ばした。

 「弾は入っているの?」

 「さっき抜いておいた。」

 「了解。」

 フランソワはそう言いながら、様々な角度で銃を眺めまわし、銃口を覗き込み、トリガーをかちかちと引いてハンマーのかかり具合を確かめた。

 「一発ずつ射撃出来るようになっているのね。」

 「流石フランソワ、そうだよ。トリガーに細工をして、一発目は右の銃口から、二発目は左の銃口から射撃出来るように調整してある。ハンマーが右、左と交互に動くだろう?」

 「だから銃の上部の構造が複雑になっているのね。故障はしないのかしら。」

 「耐久性に関してのデータはこれから、と言うところだね。何しろ完成したのは今日なのだから。」

 「それは運が良かったわ。射撃データはあるの?」

 「まだ十発程度だけれど、射撃速度と命中率のデータは保管してある。取ってこようか?」

 アルフォンスがそう言った所で、アレフが小さく咳払いをした。その音にフランソワは漸く職務を思い出した様子で、アルフォンスに向かって面目なさそうに口を開いた。

 「ごめんなさい、アルフォンス、研究データは非常に興味があるのだけれど、そろそろ警備に戻らなければ。」

 「そうか、残念だよ。研究データはいつでも構わない、フランソワの都合のいい時に声を掛けてもらえれば。」

 名残惜しそうに、アルフォンスがそう言った。

 「そうするわ。」

 「なら、僕はもう一度罠を仕掛けてこよう。シオン、今度は引っかからないでくれよ。」

 冗談めかした口調で、アルフォンスはそう言うと楽しそうな笑顔を見せた。

 

説明
第十三話です。宜しくお願いします。

黒髪の勇者 第一編第一話
http://www.tinami.com/view/307496

第二編第一話
http://www.tinami.com/view/379929

ミルドガルド全図
http://www.tinami.com/view/361048

イラスト(詩音とフランソワ)
http://www.tinami.com/view/405021
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
417 413 0
タグ
異世界 ファンタジー 戦記物 勇者 黒髪の勇者 学園モノ 

レイジさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com