俺妹 勝手に俺のベッドで寝そべりながらエロ本を読んでいた加奈子 |
勝手に俺のベッドで寝そべりながらエロ本を読んでいた加奈子
受験も一段落し、後は合格発表を待つだけ。全力は尽くしたつもりなので後は運を天に任せるのみ。
そんな感じで一種の開放感に包まれた気分で卒業を待つだけの学校から帰宅する。
「ただいま」
誰もいない自室の扉を開けながら帰宅の合図を告げる。
今日はうちに誰もいない。桐乃は撮影がどうとか言っていたし、お袋は町内会の会合がどうとかでしばらく出掛けるとさっきメールが来た。オヤジは仕事中。
そんな訳で俺は今日という日の午後を誰にも邪魔されずにのんべんだらりと過ごすことを密かに決意していた。
そう、自室に足を踏み入れるまでは。
「よぉ、京介。遅かったじゃねえか」
自室に入ると俺のベッドにうつ伏せに寝転がりながらエロ本を読んでいる加奈子の姿があった。
制服が皺になるのも気にせずにやる気なく寝そべっている。スカートなんか裾が巻くて白いパンツが見えてしまっている。
……だらしねえな、コイツ。
加奈子に桐乃やあやせや黒猫の半分でも色気があれば俺はもっと違った反応をしたのだろう。が、俺に浮かんだのはだらしないガキという冷めた感情だけだった。
「で、お前は一体ここで何をしているんだ?」
非難の視線を浴びせながら加奈子に尋ねる。俺の留守中に断りもなく何をやってやがる。
「何って、京介の秘蔵のエロ本を探し出して読んでんだよ。見てわかんねえのか」
加奈子は俺の怒りを含んだ質問に対してサラッと気にせずに答えやがった。
そう、コイツは俺がお袋や桐乃の魔の手から必死に守り抜いて来た秘蔵のエロ本“妹はネコミミメガネヤンデレっ娘”を読んでやがるのだ。俺の最も大切な愛蔵本をっ!
「どうやってその本をみつけた?」
その本はパソコンケースの中という高度な隠し場所に収納していた筈なのに……。
「家捜ししたからな。男の部屋に入ったのは今日が初めてだったけどよ。結構あっさりみつかったぞ」
加奈子はちょっと自信満々に答えた。俺のエロ本に目を向けたまま。
「おかげで京介のエロ趣味がよくわかったぜ。猫耳眼鏡か。ニヒヒヒ」
しかも俺の心のオアシス萌ちゃんをペチペチと指で叩きながら意地悪く笑ってくれた。そのあまりにも屈辱的な光景に俺は瞬間的に血が頭に上りまくった。
妹の理不尽な仕打ちに慣れていなかったら俺は加奈子に掴み掛かっていたかもしれない。フッ。理不尽に慣れている俺って大人だぜ。
「……何で貧乳本やツインテール本が1冊もねえんだよ」
加奈子の方も何かぶつぶつ呟きながら不満そうに唇を尖らせている。コイツは人の部屋で散々好き勝手やって一体何が不満なのだ?
俺の部屋で好き勝手に……うん?
「ところでお前、何でこの家にいるんだ?」
そもそもコイツはどうして留守中の俺の家に上がっているのだろう?
「そりゃあ京介のおばさんにちゃんと挨拶して上がったからに決まってるだろう。人を礼儀知らずの不法侵入者みたいに言うな」
加奈子から心外だといわんばかりの非難の視線が飛んで来る。
「俺に断りなく勝手に部屋に入って、しかもエロ本物色してんじゃねえか」
「細かいことは気にすんな。男だろ?」
加奈子の言葉は一々俺の神経を逆撫でさせてくれる。コイツは俺を怒らせることに掛けて桐乃並みの才能がある。つまり大天才だ。
「じゃあ次の質問だ。何で桐乃の部屋じゃなくて俺の部屋にいるんだ?」
昔黒猫も俺の部屋に毎日の様に入り浸っていたことがある。でもその時桐乃は留学中で、黒猫はゲーム研究会の後輩だった。だからアイツは俺の部屋に来てもおかしくなかった。
けど、加奈子の場合は全く違う。コイツが俺の部屋にいる理由はない。
「だって桐乃の部屋には鍵掛かってて入れねえじゃん」
「うっ……」
俺の理論武装は瞬時に崩壊した。鍵の掛からない俺の部屋が恨めしい。もうじき高校卒業なのにいつまで俺のプライバシーは確保されないの?
「それに今日は桐乃に会いに来た訳じゃねえからな」
「というと?」
「おめぇに会いに来たんだよ」
「ああ、俺にね…………って、はぁっ?」
大口を開きながら後ずさる。
いや、驚いたね。
加奈子が俺に会いに来たって一体どういう風の吹き回しだ?
「JC美少女モデルが冴えない男子高校生の部屋を訪れてやってんだから、もっと嬉しそうな表情は出来ねえのかよ?」
「我が家にも加奈子と同じく唯我独尊なJC美少女モデル様がいらっしゃいます。だから少しも嬉しいとは思いませんのだよ」
ベッドに寝ているJCモデルがあやせだったら俺は小躍りして喜んでいるだろう。けれど、もうじき高校生なのに小学生にしか見えない加奈子じゃなあ。
「で、桐乃の友達の加奈子が何故俺に会いに来た?」
嫌な予感がプンプンする。一方で加奈子は俺の質問にあからさまにムスッとしてみせた。
「あのなあ、京介はあたしのマネージャーだろうが」
「マネージャーは過去のことだろ? しかも片手で数えられる回数手伝っただけの」
マネージャーといっても、あやせに頼まれただけの臨時、しかも偽マネージャーだった。
そして何より俺は加奈子へのセクハラが元で会社をクビになったという設定なのだ。今更マネージャー扱いされても正直困る。
「とにかく、あたしと京介は桐乃がいなくても関係があるってことだよ。覚えとけ」
「まあ、言われてみると確かにそうだな」
というか、加奈子のマネージャー業をやっていたのは今でも妹に内緒にしている。だから俺たちは桐乃を介さない関係という方が実際には正しい。
「そんな訳でおばさんにはちゃんと京介に会いに来たと伝えて待たせてもらっているから安心してくれ」
「これ以上ないぐらい安心出来ないから安心しろ」
きっとお袋の中で俺は麻奈実と黒猫と加奈子に三つ股掛けている最低野郎の地位を天井知らずに上り詰めている筈だ。
しかもその3人中2人が妹の友達って、お袋が帰って来た時の反応が怖過ぎる。俺、妹の友達にばっかり手を出す屑野郎扱いになっている気がしてならない。
「何でそんなに落ち込んでいるんだよ?」
「本気で家を出て独り暮らしも考えないといけないかなって思ってさ」
額を押さえながら返す。
「高校卒業する奴は住む所の自由度が上がるから羨ましいよなあ」
俺をいたたまれない独り暮らしに追いやろうとしている張本人は羨ましそうな表情をこっちを眺めていた。
改めて現状を把握してみる。俺の部屋。2人きりの家。ベッドに寝転がっている加奈子。
把握終了。
「加奈子はよく誰もいない家、しかも男の部屋で俺を待つ気になれるな」
加奈子の奴はちょっと男という生物を舐め過ぎではないだろうか?
「へぇ〜。京介にあたしを襲う勇気があるっていうのかよ?」
加奈子は俺のエロ本コレクションを眺めたまま暢気に尋ね返して来た。まるで俺を警戒している様子はない。信用されているとも言えるけれど、何かムカつく反応だ。
ここは俺が如何に紳士であるかタップリと思い知らせてやる。
「へっ。頼まれても、金貰ってもお前みたいなチンチクリンのガキを襲ったりはしないから安心しろ」
俺にだって選ぶ権利はある。小学生みたいな体型のガキに欲情なんかしたくない。
「誰がチンチクリンのガキだってんだ?」
加奈子が上半身を起こした。その顔は怒りと不平不満に満ち溢れている。だが、売り言葉に買い言葉。俺も加奈子相手に引くつもりはない。
「お前だ、お前。そんな小さい体とペッタンコな胸じゃ誘惑出来るのは精々二次元ロリオタだけだっての」
「言ってくれたな、この野郎っ! あたしが如何に魅力的かその両目かっぽじってよく見てろよっ!」
加奈子は制服を脱ぎ捨て、次いで中の白シャツのボタンにも手を掛け始めた。
加奈子の奴、自棄になりやがった。
「やっ、やめろっ!」
慌てて加奈子の両手を掴んでボタンを外していた手をシャツから強引に引き離す。
「はっ、離せよっ! あたしはっ、あたしの魅力をこの場で証明するんだっ!」
「女の子が自棄になってそんなことするんじゃねえよ。このバカっ!」
睨み合いながら力の応酬をする俺と加奈子。ここで手を離したら加奈子はまた脱ぎ出すに違いなかった。だから、絶対に離す訳にはいかなかった。更に更に力を込めていく。
「どりゃぁああああぁっ!」
気合を入れながら加奈子の行動を封じていく。男と女。しかも加奈子は小柄で非力。俺が本気を出せば力で負ける筈がない。
だがここで思ってもみない事態に陥ってしまった。
「「あっ!?」」
力を込め過ぎた俺たちはそのままベッドに倒れ込んでしまったのだ。俺が加奈子の上に圧し掛かるような体勢で。
偶然からとはいえ、俺は加奈子を押し倒してしまった。
2人きりの家の中、俺のベッドに加奈子は組み敷かれていた。
俺の顔は加奈子の胸に突っ込んでいた。左右の頬に加奈子の胸の感触を感じる。
確かに小さい。きっとブリジットちゃんよりも小さいに違いない胸。でも、ちゃんと柔らかくて、何より女の子の胸だった。それに加奈子から女の子特有の甘い香りがした。
「ば、ばか……っ」
加奈子が俺の視線を避けるように首を横へと逸らした。その頬はうっすらと赤みが差している。らしくない反応。でも、凄いドキッとした。
「わ、悪いっ!」
慌てて顔を加奈子の胸から離す。
頭の位置が上がったことで加奈子の状態がよく見えるようになった。
両手は俺に押さえられており、シャツのボタンは上から4つが外れている。ピンク色のブラが半分曝け出されてしまっている。
誰にも何も反論出来ないぐらい完璧に押し倒している構図です。ええ。
こんな体勢を取られりゃ怒り心頭だろうなと思いながら恐る恐る加奈子の顔を見る。
「…………っ」
加奈子は首を横に向けながら口を真一文字に閉じて微かに震えていた。全く逃げようとも、動こうともせずにただ押し倒されていた。
瞳は潤んでいる。視線をの先は窓を向いており俺を決して見ない。でも、逃げない。暴れない。そして顔は朱に染まっていた。顔だけじゃなく全身が真っ赤に染まっていた。
その表情と行動は全く加奈子らしくないものだった。
だけど俺は、そんな加奈子を……とても可愛いと感じた。加奈子が凄く魅力的に見えた。
「凄く可愛いな、お前」
つい、思っていたことを口に出してしまった。
「……っ!?」
加奈子の体がビクッと大きく震えた。
その震えが伝わって俺も我に返った。
「す、すまんっ!」
慌てて加奈子から両手を離してベッドの横に直立不動の姿勢で立ち上がった。
「本当に、ごめん。加奈子を押し倒すつもりとか全然なかったんだけど、その、スマン!」
頭を深く下げて加奈子に詫びる。わざとじゃないとはいえ、中学生少女を押し倒してしまうとはジェントルにあるまじき失態。
「わざとじゃねえんだから別にいいよ……」
顔を真っ赤に染めたままの加奈子は怒ってはいないようだった。たどたどしい指つきでシャツのボタンを一つずつ嵌めていく。
「それにあたしの魅力もわかって貰えたみたいだしよ……」
加奈子の顔が更に真っ赤に染まり上がった。そんな彼女の顔を見て俺の頬も熱を持って行くのをはっきりと自覚した。
「ああ、それも俺が悪かった。加奈子は魅力的な女の子だよ」
もう一度頭を下げる。
だけどまさか加奈子にあんなにドキッとさせられるとは思ってもみなかった。
もしあの時加奈子が大きな反応を示さなかったら俺はどうしていただろう?
俺は加奈子をどうしていただろう?
色々な意味で危なかった。
「まっ、この超絶美少女加奈子様の魅力を思い知ってくれりゃそれで良いんだよ」
元の制服姿に戻った加奈子はニヤッと笑ってみせた。いつもの悪ガキっぽい笑みをみせてくれてホッとしている俺がいた。
「……京介があたしを選んでくれるのなら、別にあのまま続いても良かったんだけどな」
「何か言ったか?」
「別に〜。さっき押し倒された一件をこれからどうネタにして脅そうか考えていただけさ」
「あやせや桐乃に知られたら本気で殺されそうなので勘弁して下さい」
加奈子に向かって再び頭を深々と下げる。
「言わねえよ。あたしだって命は惜しい」
「へっ?」
「……桐乃たちのことだから、あたしが京介を誘惑したって襲い掛かって来るに違えねえからよ。言ったら殺されるのはあたしの方だ」
加奈子は何かブツブツと呟きながら大きな溜め息を吐いていた。
加奈子を押し倒して起き上がってから5分ほどが過ぎた。その間2人とも黙ったまま。
その内に無言でいることに俺の繊細な神経が堪えられなくなって来た。ちょっと会話でもして雰囲気を変えようと思い立つ。
「その、加奈子はさっきみたいなことを他の男の前でもしているのか?」
顔だけ見れば俺よりも涼しい表情をしている加奈子に尋ねてみる。
近頃の中学生は進んでいると言う。それに加奈子は昔、楽屋でタバコをすぱすぱ吸っていた不良。もしかすると、男女関係においては俺より遥かに大人なのかもしれない。
「んな訳があるかっての。さっきも言っただろうが。あたしは男の部屋に入ったのも今日が初めてなんだよ」
加奈子は不満気に眉を寄せながら答えた。
「そ、そうか」
一方で俺は加奈子の答えを聞いて随分と安心した。すると、そんな俺の顔を加奈子が覗き込んで来た。
「う〜ん? 京介。おめぇ、あたしが処女だと知って安心したんだろう〜? まったく男って生き物は単純で困るよな〜♪」
ニヤニヤとエロ中年オヤジみたいな締りのない笑みを浮かべてみせている。完全に俺を馬鹿にしてくれている。
「あのなあ、そういうことを下品に言わなきゃお前だってもう少しモテるぞ」
「そんなこと言ってあたしの体がまだ他の男に触れられていないのを内心喜んでるんだろ?」
「あんまり両親を悲しませるような下品なことを繰り返して発言するな」
加奈子の乙女らしからぬ発言を注意する。
確かに俺は加奈子が清い体だと聞いてちょっと安心したり喜んだりしてますよ。でもね、それは清純な女の子が良いという世の男の永遠の願望みたいなもの……うん?
突然加奈子の表情が急に曇った。
「あの2人が心配なのは世間体であって、あたしの心配なんかしやしねえよ」
加奈子は吐き捨てるように言った。
「あっ」
そう言えば以前マネージャーの仕事中に加奈子本人から聞かされたことがある。加奈子の家庭の複雑な事情を。
加奈子は喧嘩ばかり繰り返している両親の住む実家を出て漫画家をしているお姉さんの所で生活しているらしい。両親とは上手くいっていないのだ。
「今日は姉貴が漫画の原稿締め切り間際の修羅場でさ。邪魔になるのも悪いんで家を出て来たんだよ」
加奈子は俯きながらいつもより小さな声で答えた。その声に俺は加奈子の悲哀、というかやるせなさを感じた。
加奈子はいつも傲慢に振舞っている。けれど、そんな傲慢の裏には自分という存在に対する不安定さをいつも感じ取っているからじゃないか。そんな風にさえ思えた。
「なあ、さっき独り暮らしするかもみたいなことを言っていたよな?」
「まあ、そんな可能性もない訳じゃない程度の話だけどな」
真面目な話、合格した学部が神奈川や埼玉のキャンパスだった場合、独り暮らしも視野に入れないといけないだろう。
「もし、本当に独り暮らし始めるならさ……あたしも一緒に住んで良いか?」
「ちょっ、お前? 一体何を言って!?」
加奈子の突然の申し出に心底驚かされる。けれど、加奈子は縋るような瞳で俺を見ていた。ただの冗談じゃなさそうだった。
「勿論、タダでとは言わない」
加奈子がベッドの上から擦り寄ってきた。
「飯くらいあたしが作る。掃除も洗濯も全部やる。姉貴の所で世話になっている内にそういうのは得意になったんだ」
「そ、そうか。家事が得意なのは良いことだよな……」
料理の腕は壊滅的、両親がいないとすぐにリビングをゴミ溜めに変えてしまう桐乃より加奈子の方が生活能力は高いようだ。
加奈子の場合は趣味で覚えたというよりも、お姉さんの家に転がり込んでいるという負い目がそのスキルを身に付けさせたのだろうが。
「もし、京介が望むなら……あたし自身だって幾らでも提供するからさっ!」
「だからそういうこと言うのやめろってばっ!」
何か今日の加奈子は生々しい。自虐的というか刹那的というか、とにかく自分を大切にしようとしない。
だから俺に体を任せるみたいなことを口に出してしまうのだろう。
破滅願望みたいなものが今の加奈子を取り巻いている。
「なあ、何があったんだ? よろければ話してくれないか?」
今日の加奈子はどっか変だ。俺の部屋に無断で上がり込んでいる時点でそもそも変。それには何か深い理由があるに違いない。
昔取った杵柄ではないが、桐乃やあやせたちの時のように人生相談モードに入る。
「俺に話してくれ」
加奈子は俯きしばらくの間考え込んで、それから俺を見上げた。
「今日は姉貴の締め切りだから邪魔にならないようにここに来た。さっきそう言っただろ」
「それはお姉さんの家にいられない理由だろ。俺の家に来たのはもっと別の理由がある筈だろ?」
何故友達の所やモデル事務所に行かないのか?
それに加奈子の場合、家にいられない場合の時間の使い方は確か……。
「確か加奈子は時間が余ったら逆ナンに勤しんでたよな?」
以前、桐乃と偽装デートした時に逆ナンに失敗した加奈子に喫茶店で付きまとわれたことがある。あの時確かに加奈子はよく逆ナンに励んでいると自慢げに語っていた。
「逆ナンは秋に入ってから止めたんだよ」
「何で?」
「浮気な女と思われるのは嫌じゃねえか」
加奈子は声を荒げた。けれど、俺にはちょっとわからない。
「誰に?」
「それがわかんねえから、オメェはあたしがここにいる理由もわかんねんだよ」
加奈子は大きく首を横に振りながら大きな溜め息を吐いた。
「まあ、京介に話を聞いてもらいたかったのは事実かもしれねえな。桐乃やあやせみたいな同い年には何か話し難いことなんだよ」
更に大きく息を一つ吐く。
「人生相談……っていうか愚痴を聞いてくれるか?」
加奈子はちょっと辛そうに切り出した。
出会った頃は想像もしなかった加奈子からの人生相談。
でも、自分の趣味を認めて欲しくて葛藤していた桐乃より、自分の考えに凝り固まっていたあやせより加奈子の抱えている問題は根が深いかもしれない。
心して掛からないとな。
「まず始めに言うと、これからの話は相談っていうかあたしの単なる愚痴だ。解決は特に求めていない」
「話を聞いてやれば良いんだな?」
「ああ、頼む」
つまり俺は王様の耳はロバの耳であることを知ってしまった散髪屋が秘密を叫んだ井戸の代わりってことだな。
「じゃあ、始めっからな」
「わかった」
加奈子は一度大きく肺に空気を送り込んだ。
「あたしが悩んでいるのは家庭環境そのものだ」
そんな気はしていた。お姉さんの所からここに来たのは締め切り以外に家庭のことで何かあったのだろうとは思っていた。
「この春からあたしも高校生になる。というか、私立中学だからエスカレーターで高校生になる」
「えっと、高校進学おめでとう」
自分が受験生で忘れがちだが、加奈子や桐乃も人生の分岐点にいるのだ。
桐乃の場合は一応エスカレーターでの高校進学となっている。けれど、妹の場合はいつまたスポーツ留学やモデル業で遠くに行ってしまうのかわからない。
だから高坂家では俺の進路が口喧しく語られるのに反比例して桐乃の進路は語られない。
話題にすることで桐乃が遠くに行ってしまう決意を固めることをオヤジもお袋も恐れているのだろう。そして俺も桐乃もだ。
「その高校進学があんまりめでたいと思えないのが問題なんだよ」
「お前も、か」
俺の周りの15歳の少女は随分難しく生きている。平々凡々と高校に入った俺とは大違いだ。
「高校の勉強は中学よりも遥かに難しいからな。加奈子の頭じゃ大変かもな」
わざと見当外れの意見を述べて少し雰囲気を和ませに掛かる。
「確かにそれは否定できない大問題だな。よっぽど気を引き締めねえと……1年目から留年する可能性が無茶苦茶高けえ」
「桐乃もあやせも勉強は得意だぞ……」
加奈子の返答は予想を上回る過酷なものだった。
「アイツらに勉強を教わったら、そのスパルタぶりにノイローゼになる自信がある」
「すまんが否定出来ん」
勉強は自分で頑張ってもらうしかなさそうだ。
「まあそういう悩みだったらまだ楽なんだけどな」
加奈子はちょっと疲れたように笑ってみせた。俺は加奈子の気分を少し軽くすることに成功しただろうか?
「あたしの悩みはさ、高校に進学すること自体が騒動の種になっているってことだ」
加奈子は本題をポソッと切り出し始めた。
「私立高校ってのは金が掛かるんだよな」
加奈子は頭を掻いた。
「そうだな。高校授業料無償化問題が騒がれているけれど、私立高校にとっちゃ、授業料のごく一部が軽減されるぐらいの感じでしかないからな」
俺が通っていた県立高校の場合、純粋に授業料と言われている金額は約12万円となっている。それが授業料無償化制度の発足によりタダになった。勿論、純粋な授業料以外に納める費用は存在するのでこの制度はただで学校に通えることを意味しているのではないのだが。
一方で私立の場合は支払われる授業料自体が年間平均100万円程だという。その内で、国公立と同じく約12万円が軽減される。だが、それでも90万近い授業料は払わなくてはならない。
私立の場合には他にも寄付金だの、施設の特別使用料だの色々な費用が多く掛かる。だから公立と違って授業料無償化の効果は目に見えにくいのが当事者たちの実感だと思う。
「あたしはモデル事務所に所属していて周りのJCよりは金を持っているとは思う。けど、1人暮らしして授業料払えるほど稼いでいる訳じゃない。悔しいけど……桐乃やあやせと違ってあたしは色物扱いだしな」
オタ系イベントは加奈子の十八番。逆にそういうイベントに桐乃やあやせが出ていたという話は聞かない。その逆にファッション雑誌で加奈子を見ることはほとんどない。
多分加奈子は事務所の中でオタ系イベント・コンパニオン的な位置にいるのだろうなあと思う。そういう仕事の支払いがそんなに良くないことは俺にもわかる。
「まあ、そんなこんなで馬鹿で受験勉強もせず、エスカレーター進学以外の手がなかったあたしは、家族に学費を払ってもらわないといけない訳だ」
加奈子の説明の仕方が無性に悲しく感じた。
俺は高校3年間学校に通って来たが、学費の出所を気にしたことなんかなかった。正確には両親が払ってくれていたのは知っているが、それを気にしたことがなかった。
一方で加奈子は入学する前からそれを悩んでいる。
コイツのことガキだガキだと思っていたけれど……ガキだったのは俺の方みたいだ。
そして15歳にしてこういう問題に真剣に直面してしまっている加奈子が悲しく見えて仕方なかった。
「勘違いしねえで欲しいのは、誰も学費を払ってくれないから学校へ通えない。という問題じゃない。逆なんだ」
「逆?」
それはまた意表を突かれる一言だった。
「父親という男も母親という女も姉貴も自分が学費を出すって譲らないんだ」
「えっと……それは?」
話がまた複雑になっている。
「うちは家族仲が悪いんだ。両親は勿論、両親と姉貴もな」
「そう、か」
それは居た堪れないだろうなと思う。多分4人で暮らしていた時の家の中は針のむしろ状態だったのだろう。
コイツが最近まで凄く捻くれていた原因はやはり家庭環境にあったのかもしれない。
「で、3人とも金を持っててプライドも高い。というか、家族相手に譲らない。普段人当たり良い姉貴も両親には無茶苦茶厳しい」
「家族だから尚更意固地になるって部分はあるよな。昔の俺と桐乃もそうだったし」
家族だからこそ擦れ違うと厄介だということもある。
「それで3人ともあたしの学費は自分が払うって譲らないんだ」
「じゃあ、その学費ってのは……」
「あたしの養育権っていうか、保護者として義務果たしてますっていう免状みたいなもんだろうな。他の2人に見せ付ける為の」
問題の核がハッキリと見えて来た。
「あたしが迷い込んだのはあちらを立てればこちらが立たずって感じの袋小路って訳だ」
加奈子は苦笑いを浮かべて大した問題でない体を装っている。けれど、その無理をした笑顔は泣き顔よりも見るのが辛かった。
やっぱり、少しでも力になってやらないとな。
よしっ、頼まれなくても人生相談開始だっ!
問題を整理してみる。
来栖家では加奈子の学費を誰が払うかで両親とお姉さんが対立中。成り行き次第では家族関係がより一層危機を迎える、と。
そして俺は加奈子の両親もお姉さんも知らない。来栖家構成員を知らない以上、俺に出来るのは第三者的に筋の通った提案を続けていくことだ。
加奈子は3人を同列に考えている。けれど、第三者的に見れば優先順位はちょっと見えて来る。
「なあ、加奈子の法的な保護者は今でもご両親なんだろ?」
「そうだな。一応あたしの保護者は両親になっているし、書類上は今もあたしは実家に住んでいることになってる」
加奈子の返答を聞いて安心する。
「じゃあさ、名目上でも保護者なんだからお父さんかお母さんに出してもらうのが世間が一番納得するんじゃないのか?」
家族内の争いに第三者の目を入れることで解決を模索する。
「あたしが姉貴の家に住んでいるのに、姉貴をないがしろにする結論を出したら明日から家に居辛くなる」
「うっ!」
加奈子の言う通りだった。
「じゃあ、お姉さんに出してもらったら……」
「来栖家の家族破綻は決定的になるだろうな」
冷静に言い切る加奈子を怖いと感じた。
「あたしも別にあの両親とお手手繋いで仲良くなりたい訳じゃない。けどさ、あたしの学費問題で家族の仲を破綻させちまうのはなんか……違うだろ?」
加奈子はとても困った表情を浮かべていた。
多分だけど、桐乃だったら自分が原因となって家族が崩壊したら泣く。人前か人のいない所でかはわからないけれど泣く。桐乃はそういう妹だ。
対して加奈子は途方に暮れている表情を浮かべている。この差はきっと、家族で積み重ねて来た時間の質の違いによるのだと思う。
でも、やっぱり加奈子にとっても家族は大切なのだ。どんなに斜めに構えてみせても。
そんな風に真剣に悩んでいる加奈子に対して適当な解答を促して家族を崩壊させる訳にはいかないよな。
なら、俺が出すべき答えは……成すべき行動はただ一つっ!
「よしっ。加奈子っ! これから一緒に出掛けるぞっ!」
加奈子の手を引っ張って立ち上がらせる。
「ちょっ? おいっ? 出掛けるってどこにだよ?」
目をパチクリと何度も瞬きさせながら加奈子が尋ねる。
「どこって、加奈子の両親とお姉さんの所だよっ!」
俺にやれることは多くない。けれど、やれることは確実にある。俺はそれを全力で行うのみ。
「そんな所に行ってどうするんだよ?」
「そんなことは決まっている。3人を説得するのみっ!」
そう。俺に出来ること。それは3人を説得すること。
俺はこれまでオヤジ、あやせ、出版社、桐乃と数々の厄介な相手を説得してきた。いわば、説得のスペシャリスト。
加奈子の家族だって説得してみせるっ!
加奈子の手を引きながら部屋の外へと出て行く。
「説得って何を説得するんだよ?」
「3人で分担して学費を出して貰えるようにだっ!」
1人で出して角が立つんなら、3人で平等に分け合って出せば良い。それが最善の答えで間違いない。俺はそう信じる。
「だから互いに譲り合わないから苦労してるって最初に言っただろ! 3分割なんてあの人たちは絶対認めないって」
「だから3分割してもらえるように俺が説得するんだろうがっ!」
加奈子の手を引いたまま階段を駆け下りていく。
「けど、説得ってどうやるんだよ? アイツら、物凄い頑固で偏屈屋だぞ」
「加奈子。俺を舐めるなよ」
階段を下り切った所で振り返る。階段2段分上にいる加奈子とは同じ目線の高さになった。
「俺はなあ……っ」
「なっ、何だよっ」
加奈子の両手を強く握り、そして叫んだ。
「俺はなあ、お節介を焼くと決めた女の為なら土下座でも何でもする土下座王として名を馳せているんだ。加奈子の家族だって土下座倒して説得してみせるっ!」
俺の宣言を聞いて加奈子は目を丸く見開いた。次いでジト目で俺を見た。
「最近、土下座は交渉手段としては暴力に等しいって言われてんだぞ」
「どう思われても構わない。結果はちゃんと出してみせるさ」
加奈子の瞳をジッと見る。加奈子は俺の意志が固いと見たのか大きく息を吐いた。
「何で京介はあたしの為にそんなに一生懸命熱くなるんだよ?」
「そんなのは決まってる」
「何だよ?」
加奈子が僅かに目を逸らした。頬にうっすらと朱を差しながら。
「俺は年下の女の子のお節介を焼くのが大好きだからだぁ〜〜っ!」
以前の黒猫とのやり取りを思い出す。そう、俺は妹のような女の子のお節介を焼くのがどうしようもない程に好きなのだ。
これは俺にとって唯一にして絶対の真理かもしれなかった。
「あのなあ……ここは流れ的にあたしのことが好きだからと言う場面だろうが」
加奈子がこの残念男めとばかりに大きく息を吐き出して肩を落とした。
「いや、別に俺は下心があって加奈子を助ける訳でも、桐乃たちを助けて来た訳でもないぞ」
「そうやってこの天然ジゴロに桐乃もあやせも心奪われていった訳だな」
加奈子は大きく溜め息を吐いた。
「とにかく、加奈子の家族が崩壊しそうなこの危機。俺が家族同士を繋ぐ絶好の機会に替えてやるからなっ!」
もう一度強く強く加奈子の手を握る。
「…………桐乃やあやせが惚れちまうのも……これはわかるな。ぜってぇ、惚れるっての」
俯いた加奈子の顔が真っ赤に染まった。
「あのさ……」
俯いたまま加奈子は言葉を紡ぎ出す。
「京介はさ、あたしの家族を説得して意地の張り合いを止めさせてくれるんだよな?」
「ああ。是が非でもそういう結果に持って行くさ」
弱気じゃ成功出来ない。強い信念を持って3人を説得してやる。
「じゃあさ、そういう結果になったらあたしは京介にお礼をしないといけないよな……」
加奈子の声が微かに震えている。
「別に礼なんていいさ。さっきも言った通りただの勝手なお節介だから」
俺のやっていることはただの勝手なお節介。それは黒猫の件を通じてよく理解した。
だからもう勘違いはしない。俺がやりたいからやる。誰かの為になると信じて勝手に行う俺の我が侭。
俺に必要なのはただの我が侭とわかっていながらそれでも突き進む勇気と行動力のみ。
「人の厚意をお節介だからと何の感謝も示さないでいられる程に人間枯れちゃねえよ」
そう言って加奈子は──
「これは前払い分だ。受け取っておいてくれ」
俺の唇に、キスをした。
「あたしのファーストキスだ。足りない分は説得が終わってから、な」
加奈子は呆然とする俺の横を擦り抜けて階段を下り切った。
俺はというとあまりの出来事に動くことが出来ない。
「ほらっ、行くぞ。あたしの両親と姉貴を説得してくれるんだろ?」
加奈子が袖を引っ張りながら催促する。
「あっ、ああ。そうだな」
加奈子に引っ張られながら玄関へと向かって歩いていく。
「何か、加奈子の両親とお姉さんにはその内に別の用件で説得しに行かないといけないような予感がする……」
何故かはわからない。
が、将来、今日よりも更に大きな問題で3人と会って説得しなければならないことが起きる気がしてならない。
「その予感……絶対に実現させてやっかんな」
ニヒヒっと意地悪く笑う加奈子。
腕を組むような姿勢でグイグイと引っ張られていくままの俺。
流されているよなと感じないでもない。
けどまあ、それも悪くないのかもしれない。
加奈子が元気を出してくれたのだから。
そしてこの元気を本気にする為に俺はこれからの大一番に絶対に勝利してみせる。
「土下座王の真髄をとくと見せてやるっ!」
「京介は本当に……格好悪過ぎて、それで、格好良過ぎだよ」
加奈子は今までで一番の笑顔を俺に向けてくれた。
了
説明 | ||
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