RO 広い世界で ep1プロローグ 
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それはまだ、僕が冒険者としてまだまだ未熟だったの頃の話。

 

今日もプロンテラの街は賑わっていて、辺り一面に露天商や冒険者が並んでいた。

毎日がお祭り気分で居られるが、狩りを中心とした生活を営んでいる僕に取っては、単にアイテムの補充を行う場所でしかなかった。

通り過ぎる人たちは如何にも楽しそうで、それがちょっとだけ羨ましく思ったりもしたが、それはそれ、こちらには関係のない事。

割と人との繋がりに拘りを持たないのが僕の生きていく上でのスタンスだったので、積極的に人と関わろうとはしていなかった。

だから、僕を知る人は少なく、知る人であっても「コイツは真面目なんだよ」と言って一定の距離を置いていた。

希薄な関係ほど楽な物は無い。誰かに頼られ、頼り、一人でこなす事のできない無力さは……もう要らない。

そう思って僕は、モンクの道を選んだ。

一人で生きてゆく強い力、誰にも頼る事なく敵を倒せる能力。

信心や外見など、何一つ気にせず、この職業を選んだのは、そんな理由からだった。

 

現在、18歳の僕は、親元を離れてイズルードの借家の一室に住んでいる。

海風に晒されてボロくなっているが、あまり贅沢言えないのが貧困冒険者の辛い所ではあった。

まぁ、誰かを上げる訳でもないし、寝泊りさえできればそれでよかったので、特に問題なく使っている。

初めは波の音が気になって眠れない日も多かったが、慣れてしまえば丁度良いBGMにもならないでもなく、その内気になりもしなくなっていた。

 

そんなボロアパートの一室で僕は目を覚ました。

どことなくホコリっぽい布団から這い出て、慣れ親しんだインナーと外套を身にまとう。モンクに転職した際に支給されるフード付きの外套。

何故か皆、インナーすら着ないで着用している不思議な一品だった。

「あれはなんだろう、筋肉でも披露して歩いているんだろうか…」

眠たいせいか、そんなくだらない事ばかり思い浮かぶ。洗面台で顔を洗い、一階の食堂兼バーに降りていった。

「おばちゃん、おはよう」

挨拶はどの世界でも共通、そして常識だった。そして、それは合言葉でもある訳で。

このアパートの管理人のおばちゃんは、相変わらずムスっとした顔をしたまま無言で朝食の乗ったトレーを差し出してきた。

準備が良い事この上ないのだが、この無愛想だけはなんとかならないものか、というのは町での評判である。

テーブルに着き、歯が立たないような硬いパンにスープを浸しながら、今日の狩り場を模索してみる。

現在、メインの狩り場としているのが天津Dで、狐に化かされた殿様の城に入っては銃奇兵を乱穫している日々だった。

コイツが結構美味しく、気が向けばレアアイテムの矢リンゴまで落とす。しかも不死種族だからヒールまで利き、遠距離攻撃なのでニューマで攻撃を防げる。

と、アコライト系にとってはまさに天国のような狩り場だった。

が、いくら美味しくても飽きは来る。たまには気分転換も必要だった。

世界地図を広げながら、それでも手と口だけは動かしながら考える。

自分の実力なら、余程僻地に行かないかぎりはやられない自信はあったが、気分転換で行けるようなダンジョンとなるとまた話は別だ。

無理のない、無難な所の方がいいか。

と、なるとゲフェンDよりもフェイヨンD。ポタは無いけど、伊豆からならそこまで距離は無く、歩いて行っても知れている。

勿論、歩く気など毛頭なく、街にいるカプラに頼めば馬車を用意してもらえる訳だが。

行く先は決まり、皿の上のパンも無くなったので、地図を仕舞って席を立つ。

「おばちゃん、ご馳走様」

無言のおばちゃんはトレーを受け取る代わりに、おやつに、とリンゴを差し出す。

僕はそれを手に取り、かじりながら伊豆のボロアパートを後にした。

 

 

僕には、姉が居た。

6つも年が離れていた為喧嘩する事もなく、いつも優しくしてくれる姉が大好きだった。

そんな姉は小さい頃から聖職者を目指し、日々勉強に励み、ついにはプリーストとなった。

後進の為に、と小さな子や見習いのアコライトを連れてお話をしたりと、毎日楽しそうに過ごしていた。

だが、突然、姉は消えた。

理由も。動機も。原因も。一切分からないまま。ある日突然家からいなくなってしまったのだ。

11歳だった僕には、何が起こったのか分からず、ただ泣き続けるしかなかった。

探した。必死に探して。僕が探せる範囲がこのプロンテラの実家の、ほんの僅かな範囲でしかない事を知ってしまった。

お金も無く、実力も無く。まだノービスですら無い自分にできる事など、本当に何もなく。

親に聞いても唯泣くだけ。親もまた、ただの弱い人間だったのだ。

だから僕は冒険者になる事をその日の内に決意した。

姉を探す為、何があったのかを知る為に、この道を選んだ。そしてそこに躊躇いはなかった。

 

馬車に揺られてウトウトしていたのだろう。昔の夢をみてしまった。

あれから7年。たった7年で僕は、普通の冒険者に成り下がってしまった。

手がかりは皆無。

現存する全ての街を歩き回った7年だったが、それらしい話は何もなく、絶望というよりも当初の思いが段々と希薄になってゆく。

その感覚だけが嫌悪感として残っている。

誰にも頼らないと心に誓ったあの日から変わらずにあるはずの志ですら、曇っていた。

「嫌な夢、みちゃったな」

そんな事を独白しながら、回りを見回すと、そこには目印のトーテムポールがあり、村の入り口に差し掛かっている様子が伺えた。

嫌な気分を振り払いながら、僕は荷物を持ち直し、降りる準備をした。

 

そしてここがフェイヨンダンジョン。

古くから冒険者達の育成狩り場として愛され、階を追う毎に敵の苛烈さが増す、不死属性の巣窟。

湿度の高い洞窟の中を走る。

速度向上とブレスは予め掛けている。今日は他の冒険者もおらず、ダンジョン無いを疾走しながら迎え撃つ敵をなぎ倒す。

もっとも、1Fや2Fに居るようなモンスターでは話にならない。駆け抜ける拍子に爪の一撃を喰らわす。

骨の砕ける音と共に崩れ落ちるスケルトン。それらを無視しながらさらにダンジョンの奥へと潜る。

そして3F。ここも通り抜けるはずだった。

敵が若干自分の後ろを追いかけているが、このまま4Fに突っ切れるだろうと思っていた矢先。

「マズっ!」

前方にアコライトが居た。彼女もまた自分の敵に手一杯でこちらを見ていない。

その距離10m。敵のポンゴンは3体。

駆けていた足を強く踏み込み、反転しながらその威力を真後ろの敵に叩きつける。

「発頸!」

古来より伝わる「通し」の概念。拳が敵に当る瞬間に回転を加え、より直線的に衝撃を与える技術。

その衝撃を受けたポンゴンはその場で硬直し動かなくなる。それを確認するよりも早く、次の敵が攻撃を放ってくる。

こちらの頭を狙った打突。それを寸前で避けながらそのまま右手で敵の腕を取り、左拳の三連撃を見舞う。

「あと一匹かッ」

と、そこで踏みとどまる。残りの一匹はターゲットをこちらからアコライトに切り替え、ふよふよと移動し始めていた。

この距離では走っていては間に合わない。自分の気力の状態を確認し、練り上げる。

モンクはマジシャンのように魔法を使う事はできないが、唯一、遠距離攻撃として自らの気を相手にぶつける技を持っていた。

敵を指差し、よく狙う。水平に寝かした手のひら、指した人差し指が熱くなる。

これで!

指先から放たれる指弾は高速で飛んで行き、目的物の頭を貫通する。これで三匹とも倒した、か。

 

僕は敵が倒れた事を確認すると、近くで呆然と見ていた彼女に向かって頭を下げた。

「すみません、突然近くでの戦闘になってしまって。お怪我はありませんでしたか?」

とりあえずのヒールと謝罪をする。この業界、謝るときはきっちりと謝るのが筋だ。

と、思ったのだが。

「………ぷっ」

「は?」

何故か彼女は笑い出してしまった。何か面白い事があった訳でもないのに、突然腹を抱えて笑い始めてしまったのだ。

「い、いやね。別に何か可笑しい事があった訳じゃないんだよ?」

と言いつつも、まだ笑い続ける彼女。正直、ここまで笑われて気分が良い訳がない。

確かに悪いのは僕なのだが、そこまで笑う事があるだろうか。

「知らない人にそこまで笑われる筋はありません」

「え?あ、あぁ、ゴメンね。君が面白くて笑ってたんじゃないんだ。ちょっと昔の事思い出しててね」

そうして僕の存在などお構いなしに笑うのであった。

それから3分くらい笑い続けた彼女はようやく落ち着いた表情を取り戻して、僕に詫びてきた。

「うん、もう大丈夫。ゴメンね?もう大丈夫だから」

そう、ほかっておいても大丈夫なはずなのに、何故か僕はその場で3分間も彼女を待ってしまったのだ、特に理由もなく。

「あぁ、そうみたいですね。それなら僕は失礼しますよ」

若干気分を害した振りをして3Fを後にしようとする。

「ちょ!ちょっと待って、君!」

何故か呼び止める彼女。

「今忙しいの?」

「そりゃ、狩りの途中ですので」

「まぁ、それもそうね。」

フっと暗い顔をする彼女。そういえば、今まで気にもしなかったが、アコライトの服装を身にまとっているのに、僕よりも年上のように見えた。

3Fまで来ているのだし、その気になればテレポでも羽でも使って戻れるはずだ。

何も問題ないはずだろうに、何故通りすがりの僕を呼び止めるんだろう。

色んな疑問が浮かんだが、結局立ち止まってしまったのは、彼女がアコライトで、どことなく姉に似ていたからだろう。

僕は観念して首だけ振り返っていた状態から体を戻して、彼女の方を向く。

「忙しいですけど、どうかされました?」

彼女の表情がちょっとだけ明るくなる。黒髪のロングヘアーがさらりと揺れて、俯き加減だった顔が上がる。

はにかんだ表情で答える彼女だったが、僕の問いにはすぐには答えなかった。

「ちょっと、さ」

僕に近づいて、袖をつまむ。

「引退する前に、お話し聞いてくれない?」

 

 

この世界には、色んな引き際というものがある。

どんな職業でさえ、冒険者を辞めるという事は一般的なごく普通の生活に戻るという事になる。

それらを総称して「引退」と呼んだりしていた。この世界から居なくなってしまう訳ではないが、もう二度と冒険する事はない。

町にいる一般人と同じになる。僕らの世界の内側から外側の人間になってしまうという事なのだ。

だから、いくつになっても冒険者で居ようとする人間はいる。逆に言えば、いくつだろうと、何かのきっかけで引退して消えていってしまう人も大勢いる。

彼女もまた、そうなろうとしていたのだ。

「昔はさー、結構楽しかったんだよー。このFDなんかも人が一杯いてね。3Fのこの場所が思い出の場所だったりしたんだ」

彼女は話をする。僕は、相槌を打つ。

「商人さんが居てね。赤pを無料で配布してたりしたのよ。しかも一杯積んで、そのまま露天に出しちゃうの!」

彼女は思い出をつらつらと吐き出していた。

「商人さんもレベル高いから露天出したまま敵の攻撃避けちゃうんだけど、それでも危ないでしょー?」

僕には関係ない、ちょっと昔の話。

「だから、何故かみんなここに溜まって、商人さんを守ってるの。赤pいらないくらいのレベルの人ばっかり集まっちゃってね」

僕には関係ないのに、何故か彼女の話に親しみを覚えて。

「たまにくる初心者さんに赤p貰ってもらって、皆で一緒に喋ったり、狩りしたりしてたんだよぅ。憧れの人も居たしねぇ」

その光景が、まるでそこにあるような気がして。

「でも、それも時間が経つにつれ、一人減り、二人減り。最後に商人さんも居なくなって、誰もいなくなっちゃった」

ちょっとだけ、泣けてきた。

「久々に来たらどの階層にも人がいなくてね。だから、最下層まで行って楽しんだら、それで引退しようと思ってるんだ」

私を知る人はもう、誰もいないからねー、なんて付け加えて。

 

だからだろうか。僕は無性に苛立たしくなった。

「思い出なんかに囚われて引退するなんて、馬鹿みたいだ」

自分でも訳の分からない激情を臆面も無く表に出す。

「誰も居なくなったとか、彼氏が居なくなったとか。その人を待ってたり。馬鹿みたいだって言ってるんだ」

「そんな昔の事思い出したって、居ない事実には変えられないじゃないか」

「待ったって、そんなの来るわけがない。それなのにまたこうやってこの溜まり場に来て」

「商人さん待ってたんだろ?でも居なくて引退だって?そりゃ居る訳ないじゃないか」

「だってみんな、どっかへ行っちゃったんだから。」

あぁ、分かってる。この憤りは他人の事じゃないから、ここまでの苛立ちを感じるのだ。

僕の前から居なくなった姉。

姉も引退してどこかへ行ってしまったのではないかという不安に押しつぶされそうになって、それでも信じ続けた7年。

これが無駄だって分かっていても、信じたい自分がいたから、ここまでこれた。

彼女が、これから先の自分の結末に見えてしかたなかったのだ。

そう思ったら。

「君も………傷だらけなんだね。」

涙が止まらなくなっていた。

「知ってたんだー。誰も居ない事くらい。でもさ、ほら、ちょっとくらい期待するじゃない?溜まり場に帰れば誰かいるかも、って」

彼女も涙目だった。

「だから君のいう事は正しいと思うよ。でも、私は馬鹿だって分かってても、ここに着ちゃったんだ」

その黒髪によく合う、澄んだ黒い瞳に涙をいっぱい浮かべて。

「だって、最後の最後まで諦めたくなかったから」

それは思い出に対してだったのか、彼女達の間にあった絆に対してだったのか。

「でも、実際は誰もいなかった。だから……」

 

「誰も居ないって、そんな事もなかったんじゃない?」

僕は、自分でも思いもしないような言葉を発していた。だけどこの感覚は悪くなかった。

自分の言いたい事を言ってみる。

「一人居たでしょ、部外者だけど」

馬鹿っぽい言葉だな、と思いつつも、彼女の方を見ながら言ってみる。

彼女は驚いた表情をした後に、ニヘっと笑って呟いた。

「ばっかみたい。慰めてくれるんだ?」

「ち、ちがっ…」

「ま、どっちでもいいんだけどさ。なんか君、怒ったりなだめてくれたり、面白いねぇ」

「うるさぃ…なだめてなんかいないよ。ただ…」

「?」

「姉さんに似てて、ほっとけなかっただけだ。」

若干の空白。を、破るかのような爆笑。

「ッッッ!!………シスコンかぁ、君は」

「違う!」

彼女の中では僕はもうシスコン認定されてしまったみたいで、成る程、だとか確かに、だとか呟いている。

先ほどまでのしおらしさはどこへ行ってしまったのか。

「そういう貴女こそ、引退するなら憧れの商人さん追っかけてここまで来るなんて、ストーカーみたいじゃないか!人の事言えるのかよ」

と、勢いを巻き返そうとしたつもりだったのだが、きょとんとする彼女。

数瞬間を挟んで、内容を理解した彼女は手をヒラヒラさせた。

「違う違う、それ勘違いー。ここに居た商人さんと憧れの人はまた別だし、もうどっちも引退してるからねー」

と笑いながら返してきた。

「え?」

呆気に取られる僕。どうやら話を読み違えていたらしい。

「てっきり憧れの彼まで居なくなったから引退するって言ってるんだとばかり」

「間違ってはいないけど、もう随分昔の話だしね。皆がいなくなるもっと前だから、今回の話には関係ないよー。」

とまだ爆笑している彼女。

「………恥かしい。」

「いやぁ、面白いねぇ、君。間違った解釈で私をボコボコにしておいた挙句、ここまで笑わせてくれるんだから。」

「いやほんと、なんと言うか………ゴメン。」

勘違いだったのか。

でもそれだとしても。

「でも、そうだとしても、ちょっとは気が晴れた?」

と彼女に言った。他意は無い。雑談する事で彼女が少しでも救われたのなら、と素直に思っただけだ。

「まぁ、ね」

彼女はまた暗い表情に戻ったが、返事だけはしてくれた。

「最後に、お馬鹿な子の相手をして笑うだけ笑えたって事で、よしとしますか」

彼女は立ち上がると、コートを叩いてホコリを払った。

「ん」

それが会話の終わりを知らせるサインなんだと悟ると僕もそれに習った。

「そういえばさ」

彼女が振り返る。

黒髪が揺れる、ふわりと彼女の周りを包むかのように。

「君のお姉さん、元気?」

あぁ、これが最後なんだろうな、と思った。

だから、嘘でも何でもいいや。彼女を送れるなら、本当の事を隠してでも笑顔で居るべきだ。

「うん、元気だよ」

彼女は僕の様子を伺うように瞳を覗き込んでくる。優しい香りがしたかと思うと、すぐに後ろを向いてしまった。

「そ。それじゃぁお姉さんを大切にねー」

そのままテレポで消えてしまった。言葉だけが僕の中に響いて、すこしの間だけその場所から動けなくしていた。

「そういえば」

名前、聞いてなかったな………

 

 

そしてその日はもう、何もする気もなく、伊豆のボロアパートに帰ってしまった。

夜は数少ない飲み屋として繁盛しているらしく、おばちゃんも大忙しである。

僕はそれを横目に、自室にこもると外套を脱ぎ捨て、ベッドに寝転んだ。

胸に残るのは虚無感。大した事もない、ただの他人を見送っただけのはずなのに、まるで何かを失ってしまったかのような。

そんなダルさを覚える。

明日からはまた一人、狩りに精を出す日々が始まるだろう。そして当然ながら、そこに彼女も姉も居ない。

本当に、一時間足らずのくだらない会話をしただけの間柄なのに、彼女がこの世界から消えてしまったという事だけで寂しさを感じてしまう。

残される辛さを、彼女はずっと味わってきたんだろうか。

そうだとするなら、僕くらいは、彼女の事を覚えていてあげてもいいんじゃないか。

この寂しさと痛みが別れの証拠だとするなら、手放すのも確かに惜しいと感じるかもしれない。

姉にどことなく似ていた彼女。懐かしい痛みを僕にくれた彼女は、もう消えてしまったのだろうか。

取りとめも無い事を考えながら、僕は、寝返りを打った。

 

 

伊豆の朝は早い。アルベルタのような漁港では無いにしろ、海に面しているとそれなりに活動する人たちもいる。

僕は薄ら寒さを感じて目を開けた。日が昇っているとはいえ、海の街はまだ寒い。

起きてしまったからには仕方ない。いつものように新しいインナーと外套を着込んで一階に下りてゆく。

「おばちゃん、おはよう」

相変わらずのムスっとした顔のまま、トレーを差し出してきた。

僕はそれを受け取ると、指定席のテーブルへと歩いてゆく。片手にはパン、片手にはMAP。

今日はどこの狩り場がいいか。またアマツに戻るも良し、たまには崑崙で金策を図るも良し。

何はともあれ、また一人旅。気ままに行くかな。

「崑崙今美味しいよねー。桃木なら、ニュマ支援で楽々行けるし、持ち替えで蝶々も倒せるし。LA入れれば指弾で確殺行けるんじゃない?」

あー、確かに。今ならアマツ行くより崑崙だよなぁ。

「指弾はSP持たないから無理。マニピでも無いかぎ…り……?」

「?」

さも当然のように彼女は目の前に座っていて、僕の朝食のパンをかじっていた。

昨日、引退すると言っていたアコライト。それが何故か、プリーストの格好で、こんな早朝に僕の目の前にいた。

「なんで、いるのさ」

彼女は若干考える振りをした後に。

「君が嘘言ってるの、分かっちゃったから」

と真顔で答えてきた。

その瞬間、昨日の自分の最後の言葉がよみがえってきた。

「それで気になってしまって。もう眠れないくらい心配になって。で、人を頼ってここまで着ちゃった、という訳」

「なんでそうなるのさ。見ず知らずの僕の事なのに」

「そうね、確かにそうなんだけど」

人差し指をあごに当てて自問している、振りをしている。僕にはそう見えた。

だって、彼女は何の戸惑いもないような晴れた瞳をしていたから。

「ちょっとの間、お姉ちゃんの代わりしてあげるのも悪くないかなー、なんて思ったんだ」

そのふざけたような言葉がとても真摯で、胸に響くものがあったから。

そんなくだらない提案も悪くないかな、と思ってしまったわけで。

「そう思うなら、僕の朝ごはん取らないでよ、姉さん」

ありえない、ごっこ遊びにも等しいはずなのに。

「うん!」

彼女を寂しさから救い、この笑顔が見れるなら、ちょっとの間付き合って上げるのも悪くはないかな、と思ってしまった。

 

それが、僕、ラスティと彼女、ユリカの物語の始まりだった。

 

 

説明
ラグナロクオンラインの二次創作です。
良い時代だった頃のROの世界を書き上げました。

当方物書きではありませんので、実際にプレイした事を思い出しながら書きたいようにつらつらと書き上げました。
内容としては転生実装前後程度を想定していますが、如何せん、思い出ですので若干の食い違いがあるかもしれません。
それを含めて、プレイヤーの方、プレイヤーだった方に思い出しながら楽しんで頂ければ幸いです。
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コメント
βからのユーザーとしては、どういう回顧録(?)となるのか、期待させていただきます(小笠原 樹)
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