ハルナレンジャー 第三話「狙われた幼稚園」 A-4
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Scene4:ダルク=マグナ極東支部榛奈出張所 PM01:00

 

「なんだ、これは」

 上品な調度で纏められたオフィスの中で、プリントアウトの束を斜め読みしたシェリーが顔をしかめた。

 呆れたように鼻息をならすと、マホガニー製のデスクの上にそれをを投げ捨てる。

 珍しくデスクの前に向き合って立つジルバが拾い上げ、懐にしまう。

「スタッフの現地徴用は日常的に行われておりますが」

「プレスギャングするほど人材不足に陥っていたとは初耳だな」

「各部署とも充足率は100%。士気も高く、体調管理の面でも問題はございません」

 淡々と事実を報告するジルバ。ますますシェリーは不満そうな顔になる。

「つまり、お前は。人材不足どころか人も元気も有り余っているこの状態で、なお追加の人員徴募を行う、と。そう言いたいのか?」

 一言一言を噛み砕くように言って、睨み付ける。が、眼鏡の奥の涼しげな微笑は小揺るぎもしない。

「人員徴募と申しますか……ちょっとした社会見学のような物とご理解頂ければ。強制ではありますが」

「社会見学か。物は言いようだが、大事な事を忘れていないか?」

「は?」

「うちは『秘密結社』だ!『秘密結社』が一般人に内部を見学させてどうする!」

 デスクをばんっと叩いて怒鳴る。

「しかし、すでに我々の場所は敵方にも明らかになっておりますし」

「なんでそんな重大な情報がだだ漏れになっているのかわかるか」

「見当も付きません。内部に密告者が居る可能性も考慮に入れませんと」

「戦闘員が毎朝ビルの前を掃除していたら、アホでも察しが付くわ!」

 白々しく韜晦を続けるジルバに、思わず立ち上がって怒鳴りつける。

 が、ジルバの方は微塵も動揺せず、

「しかし、友好的なご近所づきあいは円滑な社会活動のために……」

「ご近所に愛される『悪の秘密結社』があるかあ!」

 怒鳴り疲れて肩で息をするシェリー。

 お盆を携えたレミィがどこからともなくささっと現れて、デスクに水の入ったグラスを置く。

 それをぐいっと飲み干して深呼吸。椅子に座り直す。

「大体、誘拐する対象が問題だろう」

「『社会見学』とは、この年齢帯の児童に対して行うのが通例と聞き及びますが」

「ああ、そうだな。そう言う物らしいな……」

「ご理解頂けているようで何よりです」

「だからといって、『幼稚園児』なんぞ誘拐して何をさせるつもりだ!」

「欧米と異なり学生がスクールバスで通学するというケースが少なく、集団で拉致となると幼稚園の通園バスが狙いやすく手頃との調査結果がございましたので」

「そもそも『社会見学』させる意味がわからん上に、たとえ見学させてもおおよそ理解出来るとも思えない『幼稚園児』を連れてくることしかできないという時点で、そもそもの作戦方針が間違ってるんじゃないか、とは思わなかったのか?」

 押さえた声音に、水のおかわりを注いでいたレミィがびくっと硬直。そのままダッシュで部屋から逃走する。

 ジルバの方は相変わらず平然と。

「かつて無い完璧な作戦と自負しております」

 シェリーは怒鳴りつけようとして口を開いて……あまりに言うことが多すぎて何から言おうか迷った挙げ句、口を閉じた。

 椅子に深く沈み込む。

「お前の作戦立案能力は評価している。どうせ、裏でまた何かしらのたくらみでもあるのだろうが……」

「こちらの作戦行動に対する警戒レベルが下がって参りました」

「昨日も散々引きずり回していただろうに、今更対応が変化するとも思えないが」

 今朝方届けられた作戦詳報を、脇に寄せていたモニタに映す。市内各所での散発的な襲撃と、ハルナレンジャーの対応が列挙される。

「少々、負けが込みすぎました」

 敗北、撤退、逃走、撤収……言い方はともかく、各襲撃でダルク=マグナ側がハルナレンジャー側を圧倒した記録はない。

「その点に関してはしかたなかろう。あちらの戦闘能力は想定外だったが、元より局所的な勝利は必要としていない」

「ええ、そちらはむしろ格闘経験を積ませる教育効果が出ていると判断しております……問題は、水面下の方でして」

 ジルバが操作すると、モニタの情報が切り替わる。

「警察当局の作戦に対する脅威度の低下とともに、こちらの調査活動が露見する可能性が出て参りました」

 表向きは市役所の一部課であるハルナレンジャーに丸投げしているとはいえ、警察や公安もダルク=マグナをマークしていないわけではない。襲撃に目を向けているうちは他に手を回すほどの余力はないだろうが、ブラフと見切られて捜査の手を広げられては困る。

「無能組織と甘く見られていればいいのだがな」

 昨日の襲撃に対する各組織の対応状況を見ながらこめかみを押さえる。

 言葉とは裏腹に、そんな甘くはなかろうという嫌な予感はぬぐえなかった。

「適度に対応せねばならない事案を作ってやるというわけか」

「御意」

 深々と一礼するジルバを眺めながら、苦虫をかみつぶしたような表情になる。

「子供をダシにするのは感心せんが、な。わざわざ周辺住民の感情に配慮してきたのも無駄になるだろう」

「その件に関しましては、恐らくさほど問題にならないかと」

 嫌味に対してしれっと答えるジルバの顔を睨み付ける。貼り付けたような微笑の奥に潜む感情は読めない。

「……まあよい、貴様に一任する。好きにやってこい」

 諦めたように手を振ったシェリーにもう一度一礼すると、ジルバはオフィスを後にした。

「狸め」

 閉じたドアを睨み付けながら、シェリーは苦々しげに吐き捨てた。

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