道化師(掌編/切ない恋) |
ひとりの道化師が居た。
彼はとても上手におどけて見せたので、いつも沢山の拍手を貰っていた。
彼の演技に道行く人は誰もが足を止め、腹を抱えて笑った。
街で彼のことはちょっとした評判になっていた。
ある日、彼は病院に来て欲しいと頼まれた。
みんなを元気づけて欲しいと。
無償の仕事だったが、彼は喜んで引き受けた。
陰気な病院は、たちまち陽気に包まれた。
子供たちは彼を囲み、老人達は顔を破顔させた。
窓辺で車椅子の少女が、口元を手で隠してクスクスと笑った。
目があって、彼がスマイルを見せると彼女はそっと微笑んだ。
彼は車椅子の少女に恋をした。
その日から、彼は少女の病室に通うようになった。
彼はいつも自分が渡せる最高のプレゼント――
笑い≠用意していた。
赤い木の葉が落ち、木枯らしが吹きだした。
少女は何度も手術を行ったが、
次第にベットから起きあがることもできなくなっていた。
長い入院生活で少女の頬はこけ、腕は骨のように細くなっていた。
それでも彼は、少しでも少女を笑わせようと、道化を演じ続けた。
そして街をイルミネーションが彩る頃、少女はいなくなった。
最後にあった日、最後に交わした言葉を彼は思い出せなかった。
ただあまりの悲しみに、茫然としていた。
少女の身体に花を手向けて、やっと彼はある事に気づいた。
自分は、彼女に一度も好きだ≠ニ伝えていなかったことに。
この街には昔、評判の道化師がいた。
****
涙の化粧をした道化師は、泣いた顔のままで舞台を過ごす。
演目が流れ、華やかな舞台をみんなと一緒にみても、彼のメイクは涙のまま。
そうしてみんなが道化師の事を忘れたかけた頃、
彼はにっと笑って、涙のメイクをハートに変えた。
道化師は笑っていた。
彼女のくれたハートと共に。
笑うことしか知らなかった道化師は、悲しみを覚えて、涙におぼれた。
彼女の最後を笑って見送ったとき、彼女は彼の笑顔を持ち去った。
笑えなくなった道化師は、メイクを落として町を彷徨った。
誰かが噂していた。
「街で一番の道化師が消えた」
「長い冬もあいつが居ると、暖かかったのに」
「あの、おにーちゃんは?」
せがまれて、彼は一度だけのつもりで、昔の道具を引っ張りだした。
昔と同じ、赤い大きな鼻に口を大きく見せるメイク。
ただひとつだけ、彼の化粧には涙のマークが増えていた。
こうして街に道化師は帰ってきた。
どんなに人に笑って貰うときも、滑稽な演技をしてみせるときも、
彼の顔にはいつも涙があった。
彼が悲しみの虜であることを示すように。
街の人たちは、そんな彼の気持ちには気づかず、ただ彼の再来を喜んだ。
笑いころげた子供は言った。
「笑いすぎて、涙がでちゃった」
道化師は手を止めた。
黄色や緑のカラーボールが床に弾んだ。
彼女と共に笑えなくなったと思っていたのに。
子供には笑っているように見えているじゃないか。
彼は、失った自分の笑顔が、ずっと側にあった事に気がついた。
彼女は、彼の笑顔を奪っておらず。
彼はもう悲しみを乗り越えていたのだと。
床に弾んだボールを、彼はしっかりと捕まえた。
子供たちは、道化師の顔を指さした。
「ほら、みてよっ。涙がハートになった」
こうしてこの街一番の道化師は、この国一番の道化師になった。
彼女のくれたハートと共に。
****
次の春までもたないだろうと言うことは、わかっていた。
それでも、彼は最後まで彼女を笑わせようと一生懸命だった。
どんなに寒くても、辛くても、彼の笑顔は暖かかった。
ベットから身体を起こすのが精一杯の少女は言った。
「私、いつか貴方の舞台を見てみたいわ。みんなで声をあげて笑うの」
――その時は、貴方の一番よく見える席に私を招待してね。
おわり
説明 | ||
人を笑わせることしか知らない道化師は、ある日小さな恋をした。 毎日、彼女に最高の「笑い」をプレゼントし続けた。 彼女が笑ってくれたら、それだけで幸せになれたから。 (2005年.春) |
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コメント | ||
ああ、それいい!! ステキな解釈をありがとうございます。(赤居 酉) ?マークは彼が彼女を招待した特等席なのかな。そんな気がしました。(華詩) |
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