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男は泣かなかった。

 

子どものころから静かな子だと言われていた。

両親はそれを褒めこそすれ、叱ることはなかった。

男は益々泣かなくなった。

 

理不尽な理由で先生に怒られた時も

大きな犬に襲われた時も

父親が戦争で死んだ時も泣かなかった。

 

そこに至ってようやく周囲も男が異常だと気づき始めた。

男には人間の血が流れていないのだと囁かれた。

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過労で母親が倒れた時も、男は泣かなかった。

通っていた学校を辞め、男は工場で働き始めた。

母親が結核にかかった時も、男は泣かなかった。

 

以前に増して必死で働き、嫁をもらった。

母親は喜んだ。

嫁は甲斐甲斐しく母親を看病した。

 

男は益々懸命に働き、工場長になった。

嫁と母親は喜んだ。

男に息子が出来た。

嫁と母親は喜んだ。

 

その年の冬、母親の結核が悪化し、ほどなくして死んだ。

男は泣かなかった。

嫁は冷たい人ねと言った。

男はそれでも泣かなかった。

 

間もなく工場が不況の煽りを受けて潰れた。

男は泣かなかった。

 

男は酒を飲むようになった。

貯金は目に見えて減っていった。

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息子が3つになった時、嫁は息子を連れて出て行った。

男は泣かなかった。

 

毎日酒ばかり飲んでいた。

金はすぐに底をついた。

男は別の工場で働き始めた。

金はすぐに酒に消えた。

 

男は病気になった。

心配するものは誰もいなかった。

男は自分の何がいけなかったのかと考えた。

答えが出せないまま、男は弱っていった。

僅かばかりの貯金ももはやなく、確実に死が男に近づいていた。

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呼ぶ声が聞こえた。

男は首だけを声のした方向に向けた。

見知らぬ青年が戸口に居た。

 

青年は男に粥を作り、手ぬぐいで男の体を清めた。

その粥はどこか懐かしい味がした。

君は誰だと男は聞いた。

青年は、あなたの息子ですと言った。

男は驚いた顔をしたが、そうかと呟いてまた粥を口に運んだ。

 

妙に塩辛い味がした。

 

男は、そうかと呟いた。

説明
涙を忘れた男の話。
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短編

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