茶の味は |
歯に挟む度に感じる、煎餅の固さ。ばりっと引きちぎれる時の音と、口の中で噛み砕く時の感覚が忘れられず、また再び食す。醤油の塩辛さが海苔の少し柔らかな風味に相まって、素敵な味を口の中いっぱいに広げてくれる。
霊夢は今日も、何をするわけでもなくいつものように神社の中でだらけていた。少し寒くなってきた世界の風潮に合わせるように炬燵を引っ張り出し、中に入りぬくぬくとしながらいつものお茶の時間。
最近里に行って買ってきた煎餅は当たりだった。阿求の勧めで腕のいい煎餅焼き屋がいるというので買ってきたわけだが、このぱりぱり感や硬さがしっくりと歯の間に砕かれる感覚が自分が今まで食べてきた煎餅の中でも抜群の味だった。やはり里出身者はこういうのが詳しくて助かる。美味しい煎餅をバリバリと食べながら、幸せそうな顔を浮かべて霊夢はぬくぬくと温まり続ける。
そして湯飲みに手を伸ばす。お茶も、最近新しく買ってきたもの。これも阿求の勧めで買ったものだ。ただ、余り贅沢はしないのが霊夢らしいといえば霊夢らしいのだろう。高級なものは決して買おうとせず、できる限り安い物で阿求のお勧めを聞きながら茶葉を選び、今現在湯飲みに入っているのがその茶葉から出したお茶だ。先ほど入れたばかりなのでまだ十二分なぐらいに熱い。
湯飲みを手に取ると、波立つ茶の表面。吐息を少し吹きかけると、湯飲みの端にとろけるような唇をつけ、その深く濃い緑色の茶を啜る。
「ん――」
喉に流れる熱い感覚が、心地よい。
なるほど確かに阿求が勧める理由もわかった。今まで飲んだ中でも三本の指の中に入るぐらいの美味しさだ。まったりと舌の上でうねるような舌触り、しっかりとした苦味とほんのりとした旨みが絡み合い、絶妙な緑茶を作り出す。
普段自分が使っているぐらいのお金で購入したものなのだが、中々どうして気品がある。普段飲んでいるのはたいした事のない普通の茶葉。それはそれで質素で好きなのだが、しかしこんな美味いお茶を飲んでしまっては元の味に戻れなさそうな気がしてきた。
ほぅ、と息を一つ。今度阿求に何かお返しをしなければな、と思う。
が、ふと息を吐いたときになんとなく感じる寂しさ。
確かに美味しい茶だった。とても美味しいお茶だった。けれど――どうしてだろう。体はぽかぽか温まっているはずなのに、何か、埋まらない味が体の中を突き抜けていくのだ。胸の中のまん丸な穴が、お茶の素敵な味を奪い去っているようで。
一応、理解はしている。
外を見ると、雪がちらついていた。寒そうな外には今日はもう出たくはない。こんな雪の中を歩いていくなんて、馬鹿のする事だと思う。
だから。お茶を一つ啜った後に。
「こんにちは、お馬鹿さん」
「やぁやぁ、どうも虚け巫女」
「雪、ちゃんと落としてから入りなさいよ」
「失敬」
番傘にわずか乗っかった雪を外に向かって払い落とすと、にっこりと微笑を浮かべながら、彼女はその僅か紫陽花のように僅か紫色に染まった黒髪を振りかざす。
稗田阿求は、まるで人形のように可憐な動作で社の中へ徒歩を進めていった。丁寧に靴の向きまでそろえて。神社に来てそんな事をする奴も極稀だ。
「侍女とか、一緒じゃないの?」
「たまには二人で飲みたくなったんですよ。出してください」
「何を」
「それ」
阿求が指差す先にあるのが、霊夢が握り締めている湯のみ。
「入れろ、と」
「いいじゃないですか。家にいるとき家主が客に対して礼節をもって接するのは接客の常識です」
「尤もだけども、客が言うことじゃないわね」
「ですねぇ」
にっこりと微笑む阿求に対して、苦笑しか出てこない霊夢。
立ち上がるのも億劫だと思っていた重い腰が、いやに軽くなって動作を始める。
「ちょっと待ってなさいな」
「いくらでも、待ちますとも」
阿求の柔らかな微笑みに見送られ、霊夢は台所へと歩き出す。
炬燵の無い台所側は外かと感じられるほど寒かったが、なんとなく平気だった。先ほどのお茶でも埋められなかった何かが埋まって、心の中がぽかぽかになっている。
今日のお茶は格別に美味しくなりそうだ。
−了−
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ちょっと自分のサイトでやってる当方二次SS企画をこっちでも投下してみることにしまする。というかTINAMIでの小説投稿ってのがどんなのか気になったってのもある。どきどき。 | ||
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東方 霊夢 阿求 ほのぼの お茶 | ||
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