ハルナレンジャー 第三話「狙われた幼稚園」 B-1
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Scene6:榛奈市役所 「安全対策課」 AM09:00

 

 沈黙が支配する中、ただ時計が時を刻む音だけが室内に落ちる。

 狭い室内をイライラと動き回るのは青山君。

「あいつらからの連絡はまだか!」

 沈黙に絶えられなくなって絶叫する。うがーっと頭をかきむしる。

「も、こうなったら連中のアジトを襲って吐かせましょうよ!よっぽどその方が早いっすよ!」

「まあまあ落ち着いて。下手に刺激したら、彼らが子供達に危害を加えるかも知れないんだから」

 錆の浮いた事務机に肘をつき、ため息を吐く田中課長。

 さすがにこちらも不安は隠せないらしく、眉間には深い皺が刻まれている。

 通園バスから下ろされ町外れの路上に放置された矢木沢さんが最寄りの民家に駆け込んで通報し、事件が発覚してから30分。

 依然ダルク=マグナから連絡は、ない。

「でも……!」

「落ち着け、青山。こういうときこそ冷静になれと、いつも言ってるだろう」

 重い口を開いたのは、ボロソファーに浅く腰掛けた赤岩。

 有香と挨拶を交わしたときの人の良さそうな雰囲気は消えて。

 険しい顔に鋭い眼光が宿っている。

「先輩こそどうしてそんな落ち着いてられるんすか!子供達が心ぱ…い…」

 言い募ろうとして、赤岩が右手に持っていたコーヒーのスチール缶がいびつに歪んでいる事に気づく。ぎりっと赤岩の奥歯が鳴った。

「すんませんっした!」

 思わず頭を下げる青山に、くすくすと涼やかな笑い声がかけられる。

「相変わらずコウちゃんには頭上がらないのね」

「……いや姐さん、その呼び方は……」

 声の主はこの部屋にいるもう一人、唯一の女性である黄旛恵美だった。

 仕立ての良い浅葱の和服、さらさらとした長い黒髪、透き通るような白い肌。

 いかにも良家のお嬢様という容姿は、室内に張りつめる緊迫感をどこ吹く風と受け流す落ち着いた仕草と相まって、そこだけ別空間にでも切り取られたかのような雰囲気を醸し出している。

 気勢をそがれて困ったような表情を浮かべる赤岩にくすりと笑うと、優美な仕草で湯飲みを傾ける。

 切れ長の目を閉じて茶――1パック300円の安物の番茶のはずなのだが――の風味を愉しむように微笑む姿は、目の前の事件には一切興味を失ってしまったようである。

 赤岩が通っていた黄旛道場の一人娘である彼女とは、青山も幾度か面識がある。いつも和装で笑みを絶やさない品の良いお嬢さんだと思っていたが、自分の知る限り怖い物知らずだった赤岩がこうして強気に出られない所を見ると、色々と裏のある人物なのかも知れない。

――こんなろくでもない「仕事」に首つっこんでくる時点で、充分変わりもんだよな。

 青山が自分を棚に上げた諦観に浸っていると、

 凄まじい音とともにドアが開け放たれた。

「アキラ君が誘拐されたってほんとーですかっ!」

 飛び込んできたのは有香――と、首根っこを捕まれて引きずってこられた気弱そうな男子学生――だった。

「……アキラ君って……誰?」

 あっけにとられた青山の口から、少々間抜けな質問がこぼれた。

 

「それじゃ、あいつらから連絡は一切なし?」

「ああ。身代金要求とかそう言うのも今のところはまったく」

 恵美に差し出された茶を飲み干して少し落ち着いた有香の質問に、青山が苦り切った顔で答える。

「そのような要求があるとも思えないのだけど」

「なんでですか?」

 相変わらず薄い笑みは絶やさないまま呟いた恵美に、有香が尋ねる。

「……誘拐そのものが目的、だとすればね」

 答えつつ余計なことを、と横目で睨む赤岩。恵美はその視線を涼しげに受け止める。

 有香や青山が想像したような、身代金目的の誘拐であれば話ははやい。犯人側も要求を伝えるために被害者と連絡をする必要があり、交渉・追跡ともある程度容易になる。

 しかし、誘拐した相手そのものが目的なら、誘拐した時点で目的は達しているのだから犯人側に連絡などする必要はない。

「えっと、つまり……」

「海外へ売り飛ばすとか、兵士として育成するとか」

 さらりと答えた恵美の言葉に青ざめる有香。

 学生組にはなるべく知らせたくなかった事実の指摘に、赤岩と田中課長は思わず顔に手を当てる。

「大変じゃないですか!」

「大変ね」

「はやく助けてあげないと!アキラ君エミちゃんて彼女が出来て幸せそうだったのに!いやそれよりもお母さんとか心配してるんじゃあ……ってなんで黄旛さんそんな落ち着いてるんですかあ!」

 慌てるあまりばたばたと暴れ出した有香を見て、恵美はくすくすと笑う。

「え、あの、もしかして冗談?」

 あまりにも落ち着き払っている恵美の様子に有香も一時停止。

「いいえまったく?」

「じゃあなんで落ち着いてるんですかああああ!」

 全く大変ではなさそうに返されてまたじたばた再開。

 二人のやりとりに赤岩と青山が頭を抱えた、その時。

 

 備え付けの古風な黒電話のベルが、けたたましく鳴り響いた。

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