真・恋姫無双 花天に響く想奏譚 10話と11話の幕間(2) |
<10話と11話の幕間 (2)>
・ちょっくら小話をいくつか・
・閑話 野郎二人の側
結局男女で纏めての部屋割りに決定してから、一同はそれまでに居た場所から大部屋と二人用の部屋が廊下をはさんだ位置関係にある場所へと移った。
大部屋はそれだけ割安になるから言ってしまえば部屋としてのランクは下がるからそのことを店主は気にしていたようだったが、しかし一行の中にそれを気に食わなかったりするようなバカは存在しない。
むしろ宿側の負担が減るなら是非も無し、それに大勢のほうが楽しそうという理由から、女性陣七名は大部屋、男二人は通常の部屋に分かれての部屋割りと相成った次第。
で。
ひとまず男女それぞれの部屋に入って荷物と腰を落ち着かせることになり、今は別々の部屋に分かれている。
そこで、まずは男二人の側からどういった具合かを見てみることとする。
あわや緑一点の危機(?)から脱した一刀は桃香達と一旦別れて華陀と共に、大部屋とは斜向かいの位置にある部屋に入った。
入った部屋は手狭には感じず、されど無駄に広いということも無い手ごろな大きさ。
二つ並んだ寝台は寝た際に横の壁側に頭の側が来る配置で、それらの奥、木の板で閉じてある窓の下には物を置くため程度の机とそれをはさむかたちで椅子が二脚。 隅には衣装入れ、いわゆるクローゼットと基本的な家具は揃っていて、材質や雰囲気・装飾こそ時代背景に沿ったものだが一刀からしても不便さは無いものだった。
「ふぇ、 これでようやく俺達も落ち着いたってとこか。」
今の自分の位置、即ち出入り口の扉に近いほうの寝台辺りまで歩み行った一刀の後ろからは、後から入って扉をバタンと閉めた華陀の歩く音。 一刀のセリフは振り向きながらその華陀に言ったものでもあり、
「だな。 あぁ、寝台はどちらを使う? オレはどちらでもかまわないぞ。」
目が合ったことで自分に対して言ったことと把握、それに当の華陀も応じて返した。
「ん、じゃあ俺はこっちもらう。」
言うと一刀は自分の目の前にある、入り口の扉に近いほうの寝台に寄り、寝た際に足が来る面に腰をかけて黒いデイパックを傍へ ぺいっと適当に放り置いた。
「ではオレはこっちだな。 よ っと。」
そうなると必然的に華陀は窓に近いほうとなり、ひとまず自分も寝台にでも座るべく負っていたつづらを隅の壁際に降ろして、一刀の寝台に近い面に腰を下ろした。
「しかし先の様子然り、一刀殿は女性に対してかなり気を遣うんだな。」
座って一拍の後、思い出したように華陀は自分から見れば斜め前、隣の寝台の足が来る面に腰掛けた一刀に目を向けて言った。
それに一刀も反応、「ん?」と華陀を見て、体の正面を華陀に向けつつ寝台の上に胡坐をかいた。
「かなり…ってかむしろ俺からすれば華陀のほうが開けっ広げすぎる気がするんだけどな…
ほらさっきもだけど、性的などうこうとか、思いっきり言うのはどうかと思うよ?」
「むぅ、たしかにそれは慈霊にもちょくちょく言われるがな。 オレはあくまで、
…ん そうだな、言うなれば普遍的な『事象』、単なる『現象』として言ってるにすぎない、というところか。
…む 上手く言えないが。」
「いや、言いたいことは分かる。 別に他意があるわけじゃない、ってことか。」
「お、それだ。 一人の人間同士として接するに性別は関係ないからな。」
一刀なりの解釈に華陀の頭に電球がピンと点灯、指をパチンと鳴らして合点の言ったことの意思表示。
「ん〜… 分からなくは無い、けどなぁ…」
自分の解釈が当たっていたことはなによりであるが、残念ながら華陀の意識には一刀としては賛同し難い。
「一刀殿も、相部屋を逡巡してはいたが彼女等とどうこうなることを考えていたわけではないだろう?」
「や そりゃ当たり前だけど!」
「分かってる。 一刀殿はそもそもがそういう人間じゃないだろうしな。」
良くも悪くも含む所のない素のテンションでこられるからどうにも空回りしているような気分になるが気を取り直して。
「でも華陀は気にしないかもしれないけど、相手の女の人は分かんないだろ?
治療方法とかだったら…まぁしょうがないだろうけど。」
自分が含まないからと言って、相手も必ずそう思うという理屈は無い。 人間誰しもが読心術者ではないのだ。
そういった旨を一刀が言うと、
「それだ!」
なにやら嬉しそうな色を表情にパッと浮かべて華陀がビッと指で一刀を指した。
「ん、それって? あと指で指すのはどうかと。」
「っと すまん。 それと言うのはな、昔から方法を女性患者に提案していたら時折慈霊に後ろからぶっ叩かれることがあってだな?
そのこと自体はオレが何か言ったせいだとは分かるんだが、その基準が今一つ掴めんのだ。
基本的にはオレ達はそれぞれ同性を診るから女性を診る事もそう多くは無いしな。」
腕を組んで困った表情になった華陀に一刀は訊いてみる。
だが本当にただの直感ではあるが、一刀は慈霊に叩かれる理由が分かった気がしていた。
「女性に提案…ぶっ叩かれる… って、 …例えば?」
「例えばそうだな、 あぁ、
症状を聞くと迂遠に言ってきてな、どうやら当人も大体原因は分かっているらしいんだ。
だから『あぁ便秘だな、ちゃんと便を出せば解決だ』と言った途端頭にズバンと。」
…そしてその直感は当たっていた。
一刀には患者を想ういい笑顔で『ちゃんと便を出せば解決だっ!』と女性患者に堂々と言い放つ華陀と、その後ろで影の掛かった笑顔で玻璃扇を構えた慈霊の構図が見えた気がした。
「…、そりゃそうだろうって。」
らしいといえばらしいのだろうが、そんならしさは肯定しにくい。
あまりに真顔で言ってる華陀に、苦笑半分呆れ半分で一刀は返した。
「しかし便秘だろう? 隠しても良いことは何も無くて」
「男はともかく女の人は気にするって。 ってかそれだと下手したらセクハラか何かで」
「?、せく はら?」
つい現代の言葉が出、一刀は改めて言い直す。
「あぁ えっと 『性的な嫌がらせ』か。」
「む、何を言う一刀殿! オレはいつでも真面目に言ってるぞ!」
まぁ華陀からすれば怒ってもしょうがないが、この状況下では一刀としても看過は出来ない。
「でしょうね! だから厄介なんだっての!
とにかく慈霊さんが叩くのも無理も無いって。
女の患者さんだっていい気分じゃ無いだろうし、もう少し気を遣うこととか意識したほうがいいんじゃないか?」
すこし強めの言い合いとなったが気を取り直した一刀によってまともな方向に転換した。
「むぅ、そういうものか。」
「そういうもの。 華陀は単純に…えっと そうだ、事象として言うだけでも、相手は自分の体のことなんだから言葉にするのも気を遣って然るべきだよ。 とりあえず直接的なこときっぱり言うのはやめたほうがいい。
…つっても、俺に言われる筋合いも無いんだろうけど。」
「いや、実のところ慈霊からもそう言われていてな? だが『いい年なんだから自分で考えろ』と言って苛烈に注意はするんだがはっきりとは言わないんだ。
だからむしろ添削してほしいところだ。」
「そういうことなら。 まぁ俺も男だからいい指摘が出来るかどうかは分からないけど。」
ってなわけで華陀の言い分を聞くこととする。
「ならさっきの便秘の言い方を変えるとしたら…
『内臓に便が溜まっているから早急に排泄行為をする必要が」
…その結果がこれである。 なんかもう正直すまんかった色々と by作者。
「それってそれこそ『言い方変えた』だけだろ! なんか学術的なだけに余計にヤなかんじだし!」
皆聞くまでもなくセリフを食って一刀のアグレッシブ添削タイム発動。
同時に思う。 慈霊が華陀の頭を玻璃扇で スパァンッ と叩きたくなる気分がよく分かる。
こんな時にこそあのツッコミが必要なのだろう。 あれで全てが解決する気がする。
「違うのかっ?」
「違うだろっ! なに意外そうな顔してるんだよ! もっと こう… 隠匿って言うか暗にするって言うか…
こっちも言うの気まずいんです、みたいなかんじで言うとかあるだろ?」
…、とりあえず、ボケとツッコミに近いかたちで上手くかみ合っているらしいから問題は無さそうである。
・閑話 女性陣七人の側
男二人がそれなりに仲良くやっている中、今度は女性陣の大部屋の様子を見てみよう。
時間は少しばかり巻き戻って。
「おぉ〜、寝台だらけ! 変なの!」
一刀と華陀の二人と別れての後、真っ先に部屋に飛び込んだのは鈴々だった。
「わ、ほんとだ。 見て見てっ 寝台がずら〜って。」
続いて入った桃香も、愛紗や朱里をせかしながらちょっと変わったその部屋に感想をもらす。
広さは一刀達の部屋と同じ大きさの数部屋をぶち抜いた横長で、その中にはシンプルな寝台が頭側を壁に接して等間隔に計八つ並んでいた。
ただその間隔が人一人の通路分程で、足側と入り口付近こそある程度の間は空いているのだが。
ぱっと見の印象は、鈴々の言うように『寝台だらけ』ってなものである。
「商隊に対応するための部屋と言っていましたから。 それだけ簡素になるのも道理ですね。」
負っていたつづらを肩から外して床に置きつつの慈霊の言葉で、
「その分設備は最低限になっているって、店主さんも言ってましたね。 …それを気にしてもいたみたいですけど…。」
聞いたことを思い出した朱里の言うように、家具は寝台とあとは荷物を置いておく低いラックぐらいで、それら以外に高さを持つ物体は宿泊客達自身ぐらいのもの。
「まぁそんなに気を遣わなくてもいいっちゃいいんですけどね。 床と壁と屋根があれば充分ですし。」
「同感だな。 ああも気遣われると逆に申し訳ない。」
それでも愛紗・寧の言うことも尤もで、『起きて半畳寝て一畳』ってなものであるからして。
一同の考えは、一時の滞在の状況下では充分すぎるもので一致している。
「…でもご主人様の言ってた『こうきんとう』ってなんなのかな。」
適当に低いラックに荷物を集めて置いた後、女性七人は中心の二つの寝台に腰掛けた。
桃香の疑問がなければそのまま寝台の位置決めとなっていたが、皆としても気になってはいた事だけに自然と集まって小会議となっていた。
「音から察するに『こうきん』という者が首領か、黄色い布に関係する賊軍というところでしょうか。」
率直なところから愛紗は名称に関しての意見を出すが、どこぞの冥琳(周瑜 公瑾)とかからするといい気分ではないだろう。
「あのときの話の流れだと、かなり大きい賊軍ってことなんでしょうか。」
「いろんなことに関係してるみたいな、言い方だった…」
「それほどに大きいんだったら、今の官軍で対応は出来るかどうかもわかりませんね。
出来ても中央のほうでやりあってないと辺境とかにはわざわざ出張ってくることもないでしょうし。」
寧を真ん中、左右に朱里雛里の形で座っている三人は一刀の言葉の端々に見た情報から先々を仮定した。
するとそこで、
「だったら、じゃあなんでお兄ちゃんは知ってるのだ? 誰も知らないのに。」
鈴々のふとした思いつきが口から出た。 それに応じて桃香。
「何言ってるの鈴々ちゃん、ご主人様は天の御使いさんなんだよ?」
「あ、そっか。」
…後の名軍師三人に対して桃香と鈴々はのほほんとしたものである。
「いえ その、理由になってないんですけど…」
「ですがとりあえず天の御使いだからってことで納得するしかないでしょう。
そもそもご主人サマ自身がどうしてここに居るのか分かってないようですから。」
だがちょっと言いにくそうな朱里に続いた寧の意見が正論である。
世を鎮静するという話だが当の一刀はそんなの知らないし、そもそもどうしてここに居るのかが分からない。
その旨を一応話してはいたのだが、桃香と鈴々は今一つ流布している噂の印象が拭えないらしい。
「何はともあれ、今想像したところですぐに答え合わせの時は来るのですから。
この休憩の後に一刀さんがいらっしゃるのを待ちましょう。」
唸って考えても仕方なしと、機を見出だした慈霊は話に見切りを投じる。
「まぁそれもそうなんですが。
こうなるんだったらやっぱり全員一緒の部屋のほうがよかったかもしれませんね。」
その慈霊に応じるように寧が返すと、返しにさらっと入っていた『先の議論』に関して朱里が困った顔になる。
「それを言ったらさっきの議論が流れちゃうじゃないですか…」
朱里の言うさっきの議論というのは、男女に分かれて部屋に入る前のことである。
「先の議論 …む、あぁそうだ言うことを思い出した。
流石に言わせて貰うが、寧が飾らない性分であることはもう分かったが主とした相手へは敬意というものを持つべきではないか?」
愛紗の敬意を欠いているのではとの言は、それまでの寧の物言いに加えて『さっきの議論』でも寧は男女で別れるのが決まっても尚、
「駄目ですか一緒は。 今なら朱里ちゃん雛里ちゃんも付いてきますよ。」
「なんの特典だよ… 第一俺と華陀でもう寝るとこ無いんだって。」
「最悪床で寝てろとか言われても構いませんから。 …って、二人をそんな目に合わせるのはもっと駄目ですね。
ってわけでワタシが床で寝ますから。」
「んなことさせられるわけ無いだろ!」
このようになんかもうめちゃくちゃなことになってたことに因る。
なんだろう、むしろそういう扱いにして欲しいとかなのだろうか。
だとしたらそんな上級者は作者は扱えないぞ。
「主としたからこそ、ご主人サマが対等でいこうって言ったのを実践せんとしているのですよ。
つっても愛紗さんの主従意識を否定するってのじゃないんで。 人それぞれですから。
ですけど遠慮が欠けていたことは確かですね。 気持ちが先走りすぎたのが出てしまったのでしょう。」
気が急いていたなどと、どこの安心と実績の平坦娘が言うのやら。
特にそう思った愛紗が朱里に問う。
「…そうなのか?」
「そう見えます、よね。 でもちょっと違うんです。
寧さんが桃香さん達に対するみたいに人と接することはあまり無いですから…。」
この朱里の言葉に『?』となた桃香は雛里に訊く。
「あれ? …そうだったの?」
「は い。 ……ちょっと、 分かりにくい、ですけど…」
違いの分からない愛紗・桃香に朱里・雛里が解説。
そもそもさっき然り今まで然り、どこに通常運転じゃない要素があったんだとツッコミたいのは愛紗やここには居ない一刀もである。
「む 朱里ちゃん雛里ちゃん、それなんて動物の性質の解説なんです?」
「だって、 …もう言っておかないといいかげん怒られそうで…」
事実寧のせいで周囲が声を荒げる羽目になることは一刀達と共に居る今までよりも以前、水鏡塾の頃からもあった。
原因という名の寧当人はこんなのだが。
「つまり普段の寧さんは他人に無関心なのですか? そうは思えませんが。」
三人の発言に気が留まった慈霊の言によって、流れは一度寧に関しての言及へと。
以下寧と朱里のやりとりである。
「無関心というか まぁ皆さんと同じっちゃそうでしょう。 路傍の石ころをいちいち気にかけます?
なんて言ったらてめぇ何様なんだコラって話ですが。
自分で言うのもアレなんでどんな感じかはこれからで判断してくれればそれでいいですね。」
「え と、それで。 寧さんのご主人様に対する態度とかも、軽視してるとかじゃないんです。 むしろ誰にでもあんなので…」
「あんなのって。」
「はわっ …もぅ、知りません。
えっとそれで、 寧さんの軽視は興味なしと同義ですから あぅぅ 理由になってない…」
「まぁとにかく。 興味があるからこそ一緒の部屋を所望したんですよ。
じゃなきゃどうして容量的にも数的にも部屋の余裕があるのにわざわざ一緒にならないといけないんです?」
口が悪いとも棘があるともしにくいこの妙な言い方ではあるがつまり、
「そこまで御主人様と一緒の部屋がよかったのか?」
寧の言動はこの結論につきる。
愛紗が訊くと同時に、先の議論の前に相部屋を申し出ていた桃香と雛里が若干気恥ずかしげになる。
「それはもう。 桃香さんも村からの道中にご主人サマの武器…いえ防具を見せてもらってましたね?」
「えっ う、うん。 えっと、 なんだっけ、しー…」
「『しーえぬてぃー』… とか… 」
桃香と雛里が音だけで一刀から聞いた名前を口に出す。
ここでも改めて述べておくと『CNT(カーボンナノチューブ)』とは炭素によりなるもので、アルミニウムの半分の重量、鋼鉄の20倍の強度を誇る物質。
一刀の手甲と、膝から下と足の甲を覆う脚甲はこれを基礎素材としていて、人間の手では機材でも使わない限りは破壊は出来ない代物である。
「それですそれです。 そんなものを持ってる上に華陀さんや慈霊さんと医術面の話が合うような人ですから。
一緒の部屋に居れば他にも天の国の知識を教えてもらえると期待していたんですよ。
あの黒い袋の中に他にも何か変わったもの持ってるようですし。
先んずれば人を制す、です。」
「ん 寧? 勝ち負けが発生する要素がどこにある?」
「あながち語弊でもないですよ?
要は仕える者として他の人達より一歩先に主のことをより深く知っているというのはなんかいいな、ってことです。
それ即ち主の信頼がより厚いことに繋がりますから。」
「良いことを仰いますね。 信頼関係は互いを知ることから始まるものです。」
慈霊の言葉が心に触れたのか桃香が反応。
「信頼 …、 そうだね。 私ももっとご主人様のことや天の国のこととか、訊きたいな。」
まぁ寧のあれはアグレッシブが過ぎる気がするが。
だから桃香、しないだろうけど寧の真似はするんじゃないぞ。
「んっ 鈴々もお兄ちゃんの持ってる変な腕輪みたいなのとか見てみたいのだ。
朝は腕につけてたのに、来るときは外してたから。」
桃香に続いた鈴々の言う『変な腕輪』とは一刀が夜通しの番をしていた際に着けていた腕時計のことである。
前にも書いたことに補足して述べると、文字盤が高変換効率ソーラーパネルになっていて、暗所では数字が発光するアナログ方式の黒い腕時計。
番をする際に着けていたのはそうなのだが、この街に来る道中、周囲からすればあまりにも珍妙な物品故、見られて面倒なことになるのを未然に防ぐべく一刀は外してデイパックの中に放り込んでいた。
「…そうか、では寧の言動は全て主のことを知ろうとしてのこと…
それなら認めざ いやそれでも! それでも その、 も とめるだとかを言うのは」
先の地の文と同様の反論を口ごもりながらも愛紗が言及しようとすると、
「それも含めてワタシは結構真面目に言ってますよ。
貞操をささげる相手としても充分に考えられる人ではないです?」
嗚呼すばらしきは平坦娘のなせること。
心電図のフラットラインの如くに平坦な口調での返答だった。
逆に周囲は改造して威力がキチガイレベルの除細動器による電気ショックでもくらったかの如くに心臓がはねる。
内容が上記のようなのになり、流石に愛紗も声が強くなる。
「ていっ… ま またそういうことを!
言わせてもらうがそういうことは軽々しく考えるべきことじゃ」
しかし、
「おや、愛紗さんはワタシが体を誰でもいいからと軽々しく許すバカとお思いです?」
寧にセリフを切られ、且つどうしてか語気が特別強いわけでも無いのに出来た流れに逆らいにくくなる。
「ゴミ畜生向けの安物臭い体は持ち合わせていませんよ。
女に生まれたからには己の純潔、この人と決めた男性に散らしてもらうのが一つの理想というものでしょう?」
語気が特別強いわけでも無いのに聞き入るのも、出来た流れに逆らいにくいのも、返す寧のセリフがきつい語を含むからもあるのだろうが、なによりの理由は真剣なのが分かるからだろう。
相も変わらずブレない調子・様子であっても、物理的にではない真剣な意識をどこかで朱里雛里は元より知っているとして、愛紗達もそれを感じ取ったから、そして一人の女として同意できたからだ。
「まぁそうは言っても『異性』として好きかどうかはまだ分かりませんけどね? あくまで『主』『一人の人』としてであって、男女のアレ云々の考えはそれの延長に過ぎませんから。
ですが今一刀さんに散らしてもらえるならそれはそれで後悔は無いでしょうね。」
そこで言葉を切り、くりゃっ と顔を横に向けて、
「ね、桃香さん?」
視線の先にいる桃香にそんなことを言い放つ。
ここで一瞬、皆含む風景がモノクロになって空気が停止。 ピシッ と。
あぁもう、あのまま終わってればまだましだったろうに…
「へ え?」
「! ね いっ…」
そして時は動き出す。 当の被害者の桃香はなんのことやらと処理が追いつかないでいて、
「ねねね寧さんッ!! なんで桃香さんにふりゅぅれぇぅぅ…」
「いや、一緒に相部屋を申し出た仲ですから。 『そういう意識』は無かったようですが。」
噛んで途中から何言ってるかわからなくなった朱里のセリフだが、そこは長い付き合いの間柄。 ちゃんと理解して寧は話を繋ぐ。
そうして繋がれた話の内容を、
「そういぅ… いし き って、
……………………
!!
な 無いよっ、だってそういうのって結婚して赤 っ! ぁぅぅ〜…」
寧の言っていることを周囲より数拍遅れて理解した桃香、言おうとしたことをからくも自覚して言い切る前に真っ赤になって頭を抱える。
「あぁ、それと雛里ちゃんもそのつもりは無かった筈なのでよろしくですね?
仲良くしなきゃと思 むぐ?」
更に一緒に相部屋を申し出た仲であるもう一人にも飛び火しそうだったが、それは未然に当人の雛里によって防がれる。
方法は背後から両腕と胸で寧の頭ごと抱えるようにして口を塞ぐというものだ。 …おい、雛里の胸が後頭部に密着してるだと だとかの縦じま 間違えた邪なこと考えた奴は居ませんよね?
「〜!! …、 はぁ もういい… 雛里、いっそのことそのまま黙らせていてくれ。」
ついには愛紗も反応放棄。 雛里は愛紗の言に小刻みに頭を縦に振って了承を示した。
そんな状態でも鎮と座っていて、静かに鼻で呼吸はしている様は流石である。
「慈霊さん〜〜…」
自分じゃこの状況下では何も出来る気がしない桃香、慈霊にすがるように情けない顔を向けた。
なんとなく無意識で慈霊に助けを求めたのは、ひとえに彼女の持つ雰囲気によるものだろう。
「あら。 頼っていただけるのは嬉しいですが。
こちらは私の一存では決めかねることですので対応を願いますわ。」
「ふぇ?」
と ここで慈霊が言いながら はいこちら、とばかりに五指を伸ばした手でどこぞを指す。
その手の先に座っているのは、
「…、ん〜?」
きつい単語を織り交ぜていて、しかし故にこそ耳を傾けてしまった寧の弁。
そしてそれから派生したむしろしてしまった… アレな話のコンボで一同はうっかり作者はちゃっかり(こら)忘れていたが、
「みんななんの話してるのだ?」
そう、鈴々が居るのだった。
ぽかんと小首をかしげ頭上に『?』が出ている鈴々に対して、一同の頭上には『!』である。
緩んだ雛里のホールドから寧は抜け出していて小さく咳。雛里が次第に首まで締めてしまったからだ。
周りでは他の面々が表情を固めながら動きも固まっていた。
(どうしましょう? 説明しろと言われればしますがそうもいかないでしょう?)
()の中は顔を寄せての耳打ちと思って。
「どうって、 えぅぅ〜…」
困り顔を加えた笑顔で慈霊は桃香に耳打ちする。された桃香はもうどうしたらいいやらで視線があっちこっちどっち。
「あぁ、鈴々ちゃんは論外でしたね。
いや熱が入りすぎて冷静さを欠いていたようです。 失敬。」
(なにを他人事のようにぃぃぃ!!)
(誰のせいって思ってるんですかぁぁぁ!!)
一方で寧には愛紗と朱里。後者の朱里の表情は困り顔の半泣き気味だ。
「? 雛里は分かるのだ?」
「! …ッ!」
鈴々の目の前でぶんぶん顔を横に振る雛里の応対は当然嘘。
さぁこの局面どう切り抜けようか。
一分後、女性陣の部屋の扉がコンコンとノックされた。
「あ! ご主人様かなっ?」
寝台からぴょんと飛び降りた桃香は扉に走り寄って開けると、
「桃香。 ごめんちょっと華陀と話して て…?」
「どうした一刀殿。 お、こっちは面白い部屋になってるな。」
当然訪ねてくるのは一刀と華陀。
二人の間に先程までよりなんとなく親密さが増しているような空気があるのは、華陀の変な天然さエクスプロードな発言の添削を一刀がしたことによる。
内容が内容だったし。
「…? 何かあった?」
話を戻して。
入って早々、一刀は部屋の中の雰囲気の異様を察知。
なにせ入るなり一斉に自分に妙な視線が集まるわ、出迎えた桃香も慌てたような様子でいるわでさていったい何があったのやら。
「ん? 何かあったのか?」
対して華陀は流石と言うのか気付いていない。
何かあったのかと訊いてはいるが、それは一刀が言ったことで何事かが起きていることを察したにすぎない。
「んぅ? あ、そーだお兄ちゃんか華陀なら教えてくれるのだ?
ていそ」
「御主人様早く例の話をお聞かせ願います! さぁ!!」
「う んそうだね早く早くっ!」
「なんでもないですから! ほんろににゃにもなぃれしゅぁうぇぅ…」
何かあったのは明らかでも、口をそろえて何も無いとする愛紗・桃香・朱里が代表の女性陣。
言ってしまえば先の鈴々の疑問を皆で誤魔化していてのだがそんなことは一刀と華陀は知る由も無い。
「 、 提訴…?」
それはもう怪しいが、一刀はそこから敢えて聞き出す性格はしていない。
因みにもし鈴々があのまま「ていそうってなんのこと?」などと聞いていれば、
「ていそう? …あぁ、貞そ って皆で何の話してたんだよっ?」「あぁっと、 …そうだな、房中術を」「だから華陀隠せてないっての!」
とかのやり取りがあったことを一応記しておく。
話を本筋に戻して。
訪ねた もとい一同が再び集った理由は一つ。
一刀の言った、そして自分達の最初の山場になるであろう、黄巾党についてである。
・捨てる神あれば拾うオオカミあり
所変わって。先刻一刀達が子供を捜して入った山であり森。
狼の群れと『妙な獣』の噂があるここには今、すでに人間は存在しない。
だからこそ、少年が滑って転んで落っこちたせいで手からすっぽ抜けて、崖の下に不本意ながら捨て置かれた鉈に注目する存在は無い。
そう、獣は金属器なんかには見向きもしない。 硬く尖って金臭い、食べられない板なんかに価値は無い。
そう、 その筈、なのだが。
覆っていた落ち葉が除けられて、鉈が再び木漏れ日を浴びた。 鈍い金属が光を反射。
葉っぱを除けたのは前脚。 …え? 手じゃなくて、前脚?
そう、それは前脚だった。 形状を見るに犬系の動物である。
ただし大きさは規格外。 虎や熊のように大きい前脚が、獣らしい動きで葉っぱを除けたのだった。
もう分かるだろう。
先刻子供の首根っこを咥えてどこかへお持ち帰り(おい)しようとして、
また一刀と対峙して友好的な態度を見せた、噂の『妙な獣』こと巨大な狼である。
葉が風に擦れる音しかしない木々の中、木漏れ日を所々に受ける青味がかった銀色にも見える灰色の毛の巨大な狼が、
…なんだろ、長い鼻面を露出させた鉈に近づけて何故かそれを咥えた。
自身が大きいせいか若干やりにくそうにしていたが、なんと刃先を軽く押して柄頭を上げるという梃子の原理を利用して、紐の巻かれた持ち手を器用に口先に煙管のように咥えて顔を上げる。
一刀が思ったことに『獣らしくない』というのがあったが真実こいつは何なのだろうか。
刃先と柄頭を理解しているらしく、しかも梃子の原理まで意識的に使用するなどと。
獣が刃物を使うなんてどこぞの『鋭き銀無垢の牙王』や『我らが慈母』でもあるまいし …とかいったらけっこう事例があったけど、ともかく行動がかなり変。
普通の獣なら鉈なんかは見て嗅いで食えないと判断してそれでおしまいってなところなのに、この狼はその鉈を一度見ていて再びここに戻ってきた。
その上それをこうして咥えて保持して、
最後にはそのまま今の場から立ち去ってしまった。
ここでの巨大な狼の頭の中を視覚イメージ化するなら。
どうしてかは分からないが、一帯が夜になっている風景としておこうか。
風景の中には街の入り口辺りもあった。
どこかしらへと向かう最中、柄に巻かれた紐が狼の唾液で濡れていった。
・オチ
時間は少し過ぎて、一刀達が皆で話し込んでいる最中と同時刻。 宿屋の入り口。
「……旦那方、遅せぇなぁ…」
腕を組んで壁に背を預けている、忘れ去られていた旦那呼びの男がぽつんと独白した。
…こんなオチでいいの?
いいの。
いいのか?
いいの。
いいのか。
・あとがき・
ちょっくら小話 …じゃなくなった。 キャラ多いとそれだけで長くなるのは必然なんですね…。
なんか今回は寧が無双してました。 太腿の六葉(リューヨウ:六本の短刀)が唸った結果がこれだよ。
…いや、あくまで冗談です。 そんな血風纏って羽織の裾と袖をはためかせて走り回って逆手持ち二刀流で敵の首を掻っ切りまくるようなことは出来ません。
オリキャラを目立たせると原作キャラが霞むこともあるらしいからそれは回避したいところではあるのですが。
しかし寧はほんとに使い勝手のいいキャラです。作ってよかった。
基本的にボケなのですが、ツッコミも容赦なくさせられる万能型ですね。
でも本質は「朱里・雛里と他面子の仲介」です。
緊張しやすく噛みやすい二人、特に雛里を言い方は妙ですが強制的に他の面子と絡ませて仲を縮める役割になってます。
つってもそれはメタの役割で、物語中の寧は基本普段は何も考えずに思うまま発言しています。
桃香とはまた違う、一風変わった天然娘ですね。
しょっちゅう出るその発言を諌めたり補足したりすることで、朱里・雛里と他の面子との仲が縮まっていく寸法ですね。
さぁて次回だ。 次回でようやくまた遅々とした物語が遅々として進むときが来た。
ですがまた話数をいくつかに区切っての11話ですよ。 なぁもぅいい加減にしてくれよ自分。
では。 とっとと書いてさっさと進めたい気持ちだけは満載してまた書きますからまた次回。
次回は一刀は実は貴族で華陀による治癒能力の説明の導入です。 …なんのこっちゃ。
PS、そういえば史実の華陀の最期は、 ……いや、止めときましょう。
説明 | ||
10話と11話の幕間の(2)です。 今回は男女に分かれての雑談が中心で、特に華陀と寧の特徴が前面に出てます。 ……はい、特徴です。 特長かどうかの判断は任せるってことで。 |
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コメント | ||
アルヤさん こっちもすいません捻くれてて。 しかし実際問題鈴々辺りがどうにも扱いにくくてそう描写に出てこないのを気にしてるのが現状。(華狼) いえいえそういうつもりではないです。まだそこまで多くキャラ出てませんし。(アルヤ) アルヤさん それは私の話の中に空気キャラがいるぞと暗に注意していると解釈しても? 私ならそういう風に言うものですから。 無論そうならそうでアドバイスとして受け取ります。(華狼) オリキャラがいなくても空気になるキャラが出てきたりするからなぁ・・・・・・。(アルヤ) |
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