ハルナレンジャー 第四話「魔剣襲来」 A-1 |
Scene1:榛奈市中央病院 AM10:00
中央病院に二つしか無いという特別看護室。
差額ベッド代だけでも並のホテルの倍以上、企業の社長だとか政治家だとか無駄に金持ってる人間でもなければ一生用がないような豪華な内装の病室で。
桃谷有香は退屈していた。
レミィに折られた左腕こそギプスで固定されて動かないものの、他は至って健康、元より動き回るのが好きな性格である。
絶対安静を言い渡されてもじっとしていられるわけもなく。
やたらでかいテレビとか何に使うんだかわからない応接セットとか、どう考えても我が家のリビングよりよっぽど豪勢な設備への目新しさも薄れてしまうと、そりゃもうひたすら退屈なわけで。
「あー、暇……」
読みかけの少女マンガをサイドボードの上にばさっと投げると、ぐりぐりと右肩を回した。
三人くらいは余裕で寝られるんじゃないかというばかでかいベッドに体を投げ出す。
何もせず、ぼーっとしていると思い出されるのはあの日のこと。
いともたやすく手玉に取られて、打ち倒された。
折られた腕よりも、胸が痛む。
知らず、右手を強く握りしめていた。
「……悔しいなあ」
「悔しいんだ?」
「はい。油断してました……って、赤岩さん!?」
声のした方を振り向くと、そこには少し困ったような顔をした赤岩が立っていた。
片手に提げた見舞いの品らしき駅前のケーキ店のケースと花束がどうにも不釣り合いな気がして、有香は少し笑ってしまった。
「安心した」
少し背を丸めるようにして持参したケーキをつつきながら、赤岩が微笑んだ。
「はい。綺麗に折れてたらしくて、治りは早いって」
「いや、そうじゃなくてね」
少し顔を赤らめて慌てたように容態について話す有香を、頭をかきながら制する。
侮っていた相手に文字通り足元をすくわれて敗北、しかも腕まで折られて。
傷よりもトラウマを負ってはいないかと心配していたのだが……
「そんなやわにはできてませんよー」
からからと笑う有香の表情には、そんなかげりはかけらも感じられず。
「危ない『バイト』なのは承知の上ですし。現場とかでも怪我や事故はつきものじゃないですか」
ぱたぱたと右手を振って、これくらいなんでもないとアピール。
「赤岩さんこそ……辞めろとか言わないんですね」
「危ない仕事だから」とか「女の子なのに」とか。言われるならそもそも赤岩を追っかけてこの「バイト」に首を突っ込んだ時点で止められてそうなものだが。
問いかけにふと険しい顔をした赤岩を見て、そういえばあの時もそんな顔になってたななどと思い出す。
「危ないとわかってて、それでも君はやると言ったのに、その『覚悟』を俺が否定しちゃ駄目だろう」
思いの外改まって答えられ、「覚悟」って程じゃないんだけどなーと苦笑してしまう。
でもまあ確かに、危険な仕事とわかって飛び込んだのは事実なわけで。
「それこそ親御さんの方からは言われないの?」
問い返されて、眉根を寄せる。
「母にはむしろ……『この程度で投げ出すようならうちの敷居をまたがせない』って言われました」
あまりの言いように一瞬赤岩の目が丸くなり……そして大笑い。
「いいお母さんだ……一度お会いしたいなあ」
他意はないとわかりつつも、ついつい顔を赤くする有香。
「まー、あんたらが何してよーと、あっしらは構わないんでやんすけどね」
呆れたような声に二人が振り返ると、ボロジャージ姿のレミィが、うんざりした顔で立っていた。
思わず立ち上がりかけた赤岩を、有香が手で制する。
レミィその様子をふんっと鼻で笑って見やりつつ、サイドボードの方に回り込んで少女マンガの詰まった紙袋を置く。
「続きでやんす。着替えは明日でよかったでやんすね?」
「ありがと……赤岩さん、レミィは毎日お手伝いしてくれてるんです」
有香が特に警戒もしていないのを見て、赤岩も緊張を解く……が、やはりどうにも落ち着かない。
レミィの方はそんな赤岩の様子を気にするでもなく応接セットのソファに深々と腰掛けると、テーブルに載っていたフルーツカゴの中からリンゴを拾うと、どこからか取り出した無骨なコンバットナイフで器用に皮をむき始める。
「ここで喧嘩をする気はないでやんすしー?戦闘での負傷は今更お互い覚悟の上、恨まれる筋合いはないでやんすよ」
「つったって、お前なあ……」
あっけらかんと言い放つレミィに呆れた様子の赤岩。
「詫びろというなら詫びるでやんすが、それでピンクの負傷が早く治るわけでもなし」
肩をすくめるレミィ。
入院当初に訪ねてきたレミィ相手にほぼ同じ問答をしていた有香は苦笑するしかない。
やたら豪華な病室含め治療費がダルク=マグナ持ち、忙しい母の代わりにレミィが洗濯物などの面倒をみるというあたりで(主に母が)折り合いを付けたからこその現状なのだが、緊張感に欠けている点は否めない。
「はあ……ま、有香ちゃんが納得してるなら仕方ない」
肩をすくめた赤岩ににやりと笑って半分に割ったリンゴを投げて寄越す。
それに、と続けて。
「報復攻撃でこちらの実戦部隊も半壊状態でやんすからな、お互い様でやんす」
「「は?」」
芯をくりぬいたリンゴにかじりついたレミィに、赤岩と有香が間抜けな声を返した。
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三話続き。四話開始 | ||
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