てんぺすと!「お正月精神汚染事件」
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平征22年 東京都江府市

 

年末の慌ただしくも浮き足立った人通りを、一人の青年が不器用に歩いていた。

180センチ近くある長身は黒髪も含めて黒づくめ。ファー付きのコートにレザーパンツ、黒い革靴に赤い靴下がワンポイントだ。腰近くまである黒髪をオールバックにした前髪の下にはメガネ。その奥にはこいつを人から遠ざける素敵な目つきの目がくっついている。申し遅れたが、これがこの物語の主人公。つまるところの、俺様だ。

 

 

アロー、アロー。

 

突然だが、世界は最悪だ。

どっちを向いても気に入らない自意識がのさばり、不愉快なツラが大した用事も無いくせにヘラヘラしたアヘ顔を晒してうろついていやがる。

 

当たり前だが、世界は最悪だ。

魂だの個性だのを妄信し、特別素敵な「わたし」が尊重されるべきだとか無根拠に思い込んでやがる初期不良のクソ製造機どもが死ぬまで生きていやがる。

 

信じられない話だが、世界は最悪だ。

この国では毎年3万人しか進んで死なない。

もう少しやる気を出して死んでくれないと、早朝の美しい街並みは奇跡のように稀なままだ。世界はもっと美しくあるべきだと思う。

 

 

実はもうみんな知っている事だろうが、世界は最悪だ。

 

みんな死ね。 死んじまえ。

 

あーいや、違うな、たくさん死ね。これだ。

俺も、俺の関知する数少ない人間が死ぬのも困る。俺が見たいのは、俺が殺したい奴の死体と知らない奴の死体だ。

 

なんでかって?

今日は何となく、被害妄想にとらわれているからさ。

 

 

 

俺は2010年の年明けを自宅で迎えた。

 

年賀状を眺めながら、プリンターで出し漏らした分を印刷し、ボールペンで適当な挨拶を書き込む。この日、10年越しで立てた完全引き篭もり生活はほぼ完成していた。

 

去年末の有給休暇を最後に、仕事は原稿を書く仕事と、模型の作例製作をメインにすえる形で、ほぼ完全に在宅で処理できるものに整理した。消耗品や生活必需品についてもネット通販を用いて補充できることを確認、予め付近の年齢分布を下調べして引っ越してきたこのあたりのご近所づきあいは既に無難極まりない凪のようなものに落ち着いている。公共工事の土地開発ルートからも外れ、珍しく深夜早朝のゴミ出しもOK(期日はごく限られるが)だ。駅からは徒歩10分。急行は止まらないが、近くに学校の類が無いので、万が一、外出の必要が生じた時にもうっとうしい思いをすることもない。実に静かで安全な(主に精神面で)住環境ではないか。

 

高校時代から始めたこの計画、収入の確保、住環境の設定、人間関係の構築・・・・仕事探しや必要な技術習得に始まり、携帯電話のアドレス帳に必要なコネクションとリザーブを構築したりするのはとても慎重で地道で・・・骨の折れる作業だった。

 

しかし、俺は達成した。

10年という歳月をかけて、ついに俺は引き篭もりライフに必要な独立自律した住環境を手に入れ、全ての準備が終えて新たなる年、2010年の1月1日を迎えることに成功したのだ。

 

今更だが、俺の名前は宮元茜(みやもとあかね)。

世間が嫌いだ。

いや、より素直に言うなら苦手だ。

この世間は呼吸するのも辛い宇宙空間であって、その中では当然に俺の選択可能な言動は制限される。こんな過酷で不自由で不愉快な場所にはやはり出るものではない。そんな素敵な気質をこじらせて、10年かけて完成させた引き篭もり生活の体現者にして、この地上をまるで宇宙空間のようにとらえてストイックに生活するフロテンティアスピリッツ溢れる27歳だ。

 

 

 

「あん、なんだこりゃ?」

新年一発目のひとりごとをごちりながら、年賀はがきを一枚手に取る。

差出人のところには「てんぺすとらうんじ」と刻印してある、トラの意匠をあしらったロリータのイラストが入った年賀状。描いたのは恐らく喫茶店「てんぺうすとらうんじ」のオーナー、東雲業汰(しののめ・ごうた)のものだろう。業汰さんは、一日中店の中に引き篭もっている、その意味では先輩にあたる人間だが、その妻である絆さんいわく、玩具関連のイベントの際は外出することもあるらしい。まぁ、一日中青白い顔をしているので単に体が弱いのかもしれないが・・・。ともかく、この東雲夫妻の販売している紅茶の葉は俺の数少ない文化的なたしなみの一つであり、無理を言って徒歩10分の距離を態々通販している手前、折々の挨拶程度はそつなくこなしておきたい。俺としたことが、この店に年賀状を出しそびれていたとは・・・って、忘年会やったばかりなのだけれど。

 

今年もよろしくお願いします・・・と、形式どおりの挨拶をして、新年早々ポストまで歩くことにする。

 

ポストは俺が住んでいるマンションから歩いて10秒程度のところにある。せっかく出たなら店まで行って直に渡せばいいか、とも思ったが、今日から俺は引き篭もりだ。ここの辺はしっかり筋を通さないといけない。3階建てのマンションの3階から階段で1階へ降りる。慎重に、誰にいつ遭遇しても大丈夫なように心構えをして歩く。正月一日の午前中は、年越しで夜通し騒いだ馬鹿野郎や晴れ着で浮かれる肉便器どもが蠢いているので本来は避けたいのだが、正月という文化的概念的区切りを喪失してしまうことは、実は俺の引き篭もり生活にとって重大な危機を招くのである。海上で過ごす時間の長い海兵は毎週金曜日にカレーライスを食べることを習慣化することで曜日の概念を保持するように、平坦な時間が流れる家の中の生活は、逆に言えば、曜日や時間といった概念はその具体的な意味を喪失することで簡単に崩壊してしまうのだ。

 

これは俺の引き篭もりライフにとっては至極重大な危機となる。まるで宇宙船の中で生活しているような引き篭もりライフとは、具体的な成立条件を想定してみると、意外な落とし穴が死活問題となって潜みまくっている。

 

例えば、寝床とモニター、机の前、トイレと風呂を行ったり来たりすることで生じる体力の低下は、正常な身体活動と精神活動を阻害する。それはまた、作業効率の低下や生活サイクルの破壊のみならず、通院や医療費といった実害として具現化し継続することになる。

 

体の不調よりもタチが悪いのは精神の不調である。

日々繰り返すのっぺりとした朝と夕、いいや、朝か夕かすら関係がない、平坦な時間の中では、引き篭もり者は時間の感覚を喪失し、日常という、つまり24時間との対峙スタンスを見失う。あまり脅威には感じないかもしれないが、折角自由に快適に過ごせるようになった24時間は、電車の時間や店の営業時間、待ち合わせの時間などから解放されて「しばり」を失ったと単に途方も無く平坦でつかみどころの無いものとなるのだ。誰にも何にもせかされない、拘束されない時間の中で、一体どれだけの人間が自律的に生産的な活動を継続できるだろうか。怠慢と後悔とが寝て起きる度に去来し、人間の精神は腐ってしまう。腐ってしまうのだが、引き篭もっている俺には最早誰一人として尻をまくってくれる人間はいないのだから、このスパイラルは生活や人生に破局が訪れるまで延々と続くのだ。

 

こうした状態は、当然、地上の宇宙飛行士たる引き篭もりにとっての死に至る病なのである。これを回避するには、自分の精神の外側に、外部的な制約力を設置するしかない。何時に起きて何をして何時に飯食って・・・ということはまぁ、好きにすればいいとして、問題は、より大まかな、おおらかな「しばり」の概念である。

 

たとえば、民俗学上の日本人のこうした「しばり」意識にケとハレといったものがある。厳格な意味は学説が割れているが、要するに、解放と非日常の象徴である祭りとその前後の禁欲・緊迫期間程度に考えていいと思う。ケは溜めで、ハレは解放。このチャージとバーストのメリハリがあるからこそ、人生はより面白い。より気持ちいい。疑うのならロックマン3とロックマン4とをやり比べてみるといい。

 

ともかく、朝や夜、通勤ラッシュや帰宅ラッシュのような外的な流れから解放された代わりに、全てを自分で規律する、つまり自律して生活をしなければならない引き篭もりにとって、時間的な節目、時節を見失うようなことはあってはならないのである。だからこそ、盆暮れ正月、バレンタインやクリスマス、年度末年度初めなど、文化の中で培われ洗練され浸透してきた様々の時節はこれを吟味した上で採用していかねばならない。自分自身で。そして、正月という区切り、時節は俺が採用した節目の一つなのである。

 

 

と、そんなことを考えて現実回避をしつつ、そそくさと一階に下り、ポストに年賀状を投函。そのまま階段を上がって、自室に戻る。

 

自室に戻ると

 

「ほう、この時間帯から外を出歩くとは・・・そちはデイ・ウォーカーであったか。重畳なことであるな。」

 

金髪の美少女が俺の宇宙船に潜入していた。

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早すぎる。

いつか体験するかもしれない、と思ってはいたが・・・まさか初日にして「こいつ」が現れるとは・・・!

 

今の心境は、例えるなら・・・

 

サンダーバードの宇宙ステーション、壁に設置された様々なコントロールパネルやインジケーターの中で警報とともに点滅するランプがある。そこには「THE MIND CONDETION」(精神衛生状態)とかかれており、それはつまり、俺の心のエマージェンシーサインを意味する。

 

 

身長は恐らく160cmちょっとか。女にしては小柄なほうでもないが、俺のベッドにちょこんと立っている足元の凹み具合を見る限り、体重はかなり軽そうだった。ベッドの上の美少女は美しいブロンドをツインテールにし、白メインに赤でアクセントをいれたお目出度いゴスロリファッションで・・・何故か裸足だった。外人?にしては大きめな目は真っ赤な瞳に長いまつげ、透き通るような、というかどっかで見たような白い肌、真っ赤な唇、あどけなさに潜んで育ち始めた妖艶さは見る者に将来性を確信させてしまう。「おーい、聞こえておるのかー?」そして、まるでオルゴールのようなやわらかさとオルガンのような荘厳さをもった声・・・

 

 

状況は、深刻だった。

 

 

俺は、初日から幻覚を見ていた。

 

落ち着け・・・落ち着け落ち着け!

 

精神疾患の類はまだ患ったことが無い。こういうときの一時対応はどうするべきなのか。生兵法は怪我の元。素直に医者へ行こう。この手の事態を危惧して既にめぼしをつけた病院がある。とりあえずそこへ行くんだ。どうやら俺の精神は、引き篭もり宇宙船製造の段階で既に相当に参っていたようだ。夢ですらアニメーションやコミックスのキャラクターなどが登場することは無かったというのに、まさかこのクオリティーで白昼夢を見てしまうなどとは・・・引き篭もり生活とはかくも過酷なものであったか。

 

「うん?なんだ、顔色が悪いな。やはり日光は体に応えるのかの?そうだ、手土産があるのだ・・・・」

 

美少女はトンッと軽やかに床へ降りてフローリングの冷たさに「ひゃっ」とか可愛らしい悲鳴を上げるとどこから運び込んだのか、馬鹿でかい箱のほうへ爪先立ちで歩いていった。

 

幻覚に幻聴。

ランプはイエローゾーンを突破して赤く点灯している。

 

白昼夢・・・。

夢か。

であるなら僥倖。そうだ、これは夢なのだ。目を覚ませ!過労さ。張り切って働きすぎたのだ。つじつまがあう。一応、落ち着いたら医者へ行こう。先ずは、目を醒ますのだ。

 

物音を立ててパニクッたドラえもんよろしく荷物を散らかす美少女を無視して麦茶を取りに冷蔵庫へ向かう途中、台所に目が奪われた。ブーツが突き刺さるように流し台に置いてあり、カランには靴下が畳んで干して?あった。

 

 

宇宙船と俺の初航海は早くも破綻寸前だった。

 

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ブーツと靴下をどける。

触れる。重い。もう駄目だ。

 

完全に夢か、完全に病気だ。脳かもしれない。

漫画家、イラストレーター、フィギュアの原型師、ライター・・・思えばどれをとっても妄想に深い関係を、というか妄想の産物で飯を食ってきた。この部屋の家賃も、家具も、今着ている服も、いわんやその妄想の産物だ。この上、美少女だって・・・

 

大変なことに思い至った。

俺は、気がつかないうちに女の子を部屋に連れ込んでいた、という可能性もある。そして、何かの拍子に正気に戻って、今こうして悩んでいるのかもしれない。だとすると、あの子は誰だ?いつから俺の部屋にいる?解らない、解らない!本人に聞くか?幻覚かもしれないのに?この部屋をビデオにとって、後で再生したら夢芝居かもしれないのに?いや、いやいや、誰も見ていないのだ、壁に話しかけたところで誰に恥じる必要があるというのだ。馬鹿らしい。馬鹿らしい!馬鹿じゃないのか?!つまり、誰も俺の正気を確認できないということじゃないか!!

 

脈拍が速く、動悸が激しくなっていた。

どうする。どうしたらいい?諦めるな。そうさ、これは『ソラリス』かもしれない。自分の幻覚や理想を否定しようとしたって無駄なのだ。あの科学者のように、誰にはばかることなく、この幻覚と付き合う方法だってあるかもしれない。ここは俺の仕事場でもある。色々な想いがつまった妄想の海であって、そこで妄想の美少女が像を結ぶこともまた概念的にはあり得る話ではないか。そうか。そうかもしれない。いや、そうにちがいない!よし、話してみよう。未知の生命体とのファーストコンタクトだ。そうだな、名前はソラリスと名づけよう。どうせ夢だ。落ち着いたら、さっさと医者へ行き、不要なアニメーションやフィギュアを処分しよう。

 

「あ!そうであった、名乗っておらなんだな。わらわはミルフィーユ・ミールオート・ラザニエ3世。今日からここで世話になる。愛しきわが同胞よ、そなたの名を聞かせてたもれ。」

 

無駄に礼儀正しく、そして上から目線で名乗りを上げたソラリスの幻影は、こうして本格的に俺の日常を侵攻し始めた。エヴァンゲリオンのピンチのBGMが脳内で再生される。伊吹マヤが盛大に吐瀉っている。ブラッドタイプ・ブルー。こいつは非日常の使途。俺を精神病院へいざなう(永遠の)日曜日よりのシ者だ。なんとかせねば・・・切り抜けろ、日常に戻るんだ!

 

とりあえず、コップにめんつゆを注いで飲んでみる。

しょっぱい。かつおだし風味だ。・・・味覚は、正常。重力の好位置を探すプッチ神父のように素数を数えようとしたが3の後で詰まった。メガネを外す。意味が無かった。

 

「うん?何をしておるのだ?この国の言葉は学んできたつもりなのだが、通じておらんのか?と、言ったところでのぅ・・・。hello,my dear companion.are you OK?」

 

ソラリスは困ったように何かぶつぶつやっている。

これはあれか、トーキングヘッドと言う奴か。俺は頭で悲鳴を上げ、体(脳を含む)で幻覚を見ているのか。ソラリス少女は外人特有の険しい表情を一瞬だけ見せると、大げさな身振り手振りで何かをアピールしている。セクシーコマンドーか何かだろう、いずれにせよ注意せねば。

 

どうする。

俺はこのまま外に逃れるべきか。

幻覚を抱えたまま外に出て平気だろうか。かといって、このまま手遅れになってしまえば俺は引き篭ったことすら知られずにソラリスに取り殺されて変死するかもしれない。ではどうすれば・・・たった一人、この状況で俺の精神が正常であることをどうやって確認すればいいのだろうか・・・癪だが、助けを求めよう。初日して妥協してしまうことになるが、これも引き篭もり宇宙飛行継続の為出し方がない。誰かを呼び、ソラリスの実在的属性を検証しよう。そう思った矢先だった。ソラリスが俺の視界から消えて、次の瞬間にはその赤い瞳で俺の顔を間近で覗きこんでいた。

 

「んー??もしかして、見えておらんか?この国の気象に合わせてコンシール(偏光調整)は調整したつもり・・・いやいや、デイ・ウォーカーの視覚機能は特殊なのかもしれんのう・・・興味深い。」

 

ソラリスは俺の体に抱きついて意味の解らないことを言っている。やわらかくて、かろやかで・・・はかない。だが・・・女の体とはこんな感覚であったろうか?何か、良く知っている違和感がある。これは・・・。

 

駄目だ、アニメのヤりすぎですっかりイカれちまったらしい。

もう限界だ。恥を忍んで誰か呼ぼう。でも誰を・・・いや、いい口実がある。

 

「あ、どうも、宮元です。すみませんね元旦から。あ・・・いえ、いえいえ、あの、ええ、どうも、今年もよろしくお願いします。ええ、ええ・・・ソレでですね、ちょっと客が来ることになりまして、てんぺすとらうんじの紅茶の話をしたら食いつきましてね・・・ええ、そうなんですよ、飲ませようと思ったんですけど、ちょっと今手が離せなくなりまして、新年早々申し訳ないのですが、出前お願い出来ませんかね?」

 

ソラリスと距離を置きつつ携帯電話を握り締めながら、一縷の希望を託して「てんぺすとらうんじ」に紅茶の出前を頼んだ。ぶしつけにも程があるが、この際仕方が無い。誰が来るか、恐らくは絆さんか業汰さんだろうが、出来れば絆さんが好ましい。失礼極まりない発送だが、業汰さんも俺と同じ病を患っている可能性もある。いや、それならそれで、先輩としてこうした状況の対処策をご教授願うのも悪くないだろう。よし、なんとか道筋が見えてきた。スタートレックのテーマが聞こえてきそうだ。右脳、そこは最後のフロンティア、だ。

 

「・・・あ、あの、君は・・・なんていったっけ?」

 

航海日記 2010年 01月01日

俺の心のエンタープライズに突如現れた美少女の姿をした何者かに戸惑いつつも、限られた情報を手がかりに対応を検討した結果、俺の心の我々は、この美少女型の何かとファーストコンタクトをとることにした。俺の心のミスタースポックは最近はぐれ刑事純情派とダブり始めている。

 

「おぉ!わらわが分かるのか?うん?おぬし、見えておるのか?」

 

「ああ、見えているし、聞こえている。俺の名前は宮元茜だ。君の名前、もう一度聞かせてくれないか?」

 

ソラリスの表情がぱっと明るくなった。

 

「いいとも!わらわはミルフィーユ・ミールオート・ラザニエ3世。ラフィールと呼ぶがよい!」

 

肩にかかったツインテールを振りほどいて、まばゆい笑顔で彼女は答えた。

 

「すまん、限界、無理。」

 

俺の心の耳の尖った藤田まことが救急車を呼ぶように提案し、みのもんた風の船医はもう少し状況を観察するように提案した。俺は決断を迫られた。救急車を腰部か、援軍の到着を待つか。もう一刻の猶予もならない。もしかしたらさっきの出前も本当にちゃんと通話できていたのか分からない。携帯電話を確認する。着信履歴には店に電話をかけた形跡がある。30分で来ると言っていたが、本当だろうか。携帯電話のアラームを30分後にセットして、俺は椅子に座ってもう一度、ソラリス・・・いや、ミルなんとかを見た。あと30分後、出前をもって東雲夫妻のどちらかがやってくれば、俺はまだ普通に会話が出来ることになる。血相変えてきたなら、大人しく病院へ行こう。来なかった場合も同じだ。恐らく留守電に妄想をぶちまけていると思われるので、これは後日詫びにいかねばなるまい。俺はみの風の意見を採用した。携帯電話の時計という外部的基準を用いて、俺は極力自体を客観的に把握することに努めることにした。そして、この幻覚と向き合うことも決心した。せめて東雲夫妻や医者を困らせないようにしよう、と。

 

「・・・俺は、よく思い出せないがリントだかジントだ。あと30分で美味い紅茶を差し入れに喫茶店から出前が来る。」

 

「うむ。ジョークが通じたようじゃな。正しくは、リン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵(ドリュー・ハイダル)・ジントであったな。しかし、アカネよ、先ほどから何をそんなに困った顔をしておるのだ?緊張しておるのか?同胞とはいえ「格」の違いが気になるのは仕方の無いことじゃが、わしは居候の身であるゆえ、ここではアカネが主人じゃ。どうか気を楽にしてたもれ。」

 

もう何を言っているのか理解が出来ない。

とりあえず、同胞、格うんたらから察するに、ソラリスは度を越したおたくらしい。腐女子か。とすると、この女が精神疾患を抱えた状態で病院を脱走して俺の家へ転がり込んだ、という可能性もあるか。病的に白い肌と妙に軽い体重。これはもしかして、家庭環境に問題があるとか、もしくは、頭のおかしい独り女かもしれない。いずれにしても、これは警察沙汰になるかもしれないな。

 

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原因が自分の脳みそで無い可能性が出てきたあたりで、流石に少しづつ冷静さを取り戻していた俺は、人様の部屋で妙に落ち着いて、というか既にくつろぎ始めているソラリスを様々な仮説の元に観察するだけの余裕を自分に感じ始めた。

 

「アカネは無口じゃの。日本人は真面目とは聴いていたが、ふむ、なるほど、ロードレオン卿のおっしゃる通り、日本の青年は紳士じゃな。しかしの、本場の紳士は女性にこうした気遣いをさせるものではないぞ?」

 

ロードレオン・・・どこかで聞いた名前だな。・・・ああ、こいつ超能力者か。っつーかサイキックフォースっていかにも腐女子、それも30代か?いやいや、ケーブルテレビの再放送を見たのが確か俺が小学生のときだから・・・同い年くらいかもしれないけど・・・妄想か妄想女か、いずれにしても厄介なことだ。

 

「それはどうも。英国紳士(ジョンブル)とは行きませんけど、心がけておきます。ところで、僕の家に何をしにいらっしゃんですか?」

 

「この辺りに用事があっての。そちはロードレオン卿から聞いておらんのか?デイ・ウォーカーとはいえ無関係ではいられまい?」

 

「??サイキックフォース系のイベントは・・・最近聞きませんね。オフ会か何かですか?」

 

「????何を言っておるのか理解出来んが、そのサイキックなんとか、と、オフカイというのはどういったものじゃ?」

 

「え?サイキックフォース知らないんですか?あの、まぁ、幻魔大戦と聖闘士星矢を足して二で割って新谷かおるに描かせた感じですかね。オフ会というのはこうして、おたく同士が実際に交流することですよ。」

 

この女、しらを切るつもりか。面倒くせぇなぁ。っつーかこれ俺一人でやってるとなるともう救いようがない。

 

「おお、てっきり北野MAK○T○のサイキッ(自主規制)年団かと思ったぞ。」

 

「その手のネタは危険ですからやめてください。」

 

「ふむ、あれは大変じゃったな。ともあれ、私は誰あろうロードレオン卿の紹介でここへ来た。てっきり、アカネにも話が通っていると思っておったが・・・本当に、ロードレオン卿を知らぬのか?」

 

「ロードレオン・・・どこかで聞いた名前ですけれど・・・フルネームと外見的な特徴とか、僕との接点とか、何か分かりませんか?」

 

「フルネームは、イオタ・イペルキュライス・ロードレオン。外見は、そうだの、わらわも直接会ったのは随分前じゃから・・・金髪にサングラス、ああ、いつも兄上の形見とかで真っ黒なロングコートを着ておる。アカネとは、テンペストラウンジという喫茶店で遭ったそうだ。そうそう、黒井睦(くろい・むつ)という名で日本国籍も持っているそうだ。」

 

「なるほど、黒井さんですか。あの人の本名がイオタ・ロードレオン・・・黒ずくめの格好にイオタは6番目を意味するから、むっつ、で睦か。確か学校の先生でしたね。確かに、お店で話したことがあったなぁ・・・。でも、貴方の話は初耳でしたね。」

 

「そうか。見たところ、そんな悠長な状況でもなさそうだったが・・・。まぁいい。その泰然自若とした態度は敬服に値する。」

 

なんだか一向に話が見えないのだが、ちぐはぐな会話、或いは、独り夢芝居をしている間に、ベルが鳴った。インターフォンも失礼なので、そそくさと玄関へ向かう。というより、一刻も早く現実的なものに、客観的なものに触れたかった。

 

 

扉を開ける。

 

 

「いやいや、どうも、あけましておめでとう、宮元君。」

純白のファーがついた真っ黒なコートに身を包んだ哀しくなるくらい覇気がないメガネのオッサン・・・喫茶店「てんぺすとらうんじ」のオーナー、東雲業汰が人当たりの良い笑顔で立っていた。紙袋の中身は紅茶の葉にしては大げさな感じだ。

 

「あ、その、おめでとうございます。すみませんね元旦から。忘年会で貰った分使い切っちゃって。あの、ここでっていうのもアレなんで、どうぞ入ってください。」

 

そして見てくれ!教えてくれ!この部屋の現状を!

 

おや、もうお友達は来ているらしいね。」

 

業汰さんは玄関口のブーツを見てそう言った。

ふむふむ、ミルフのブーツは実物らしい。あの重さと感触は現実。となると、頭のおかしい女がオレの部屋に転がり込んでいるか、オレがそれを自分に思い込ませるために遠大な夢芝居を演出しているか、業汰さんがオレのことをあまりにも不憫に思って気を使ってくれているか・・・だ。いずれにしても、運命の瞬間は目前。

 

の、筈だった。

 

耳の直ぐとなりを何かが背後から正面へすっ飛んでいった。

 

「今のうちだアカネ!逃げろ!!」

 

次の瞬間、幻覚はついにオレの想像と理解の範疇を突破した。

 

「いいかげんにしろ!!オレは・・・」

 

言い切る前に何かに絡め採られたオレはそのまま玄関口からリビングまで放り投げられた。視界では、ミルフィーユが玄関口で巨大なチェーンソーを業汰さんに叩きつけていた。

 

「コンシールを解いた途端に!」

 

ミルフィーユは忌々しげに吐き出しつつ、チェーンソーを素手で受け止める業汰さんを睨みつける。「なんだなんだ?新年早々SMかい?」業汰さんに蹴り上げられて、神経に障る金属の摩擦音とエンジン音とを垂れ流しながらチェーンソーごとミルフィーユが宙を舞う。ミルフィーユは稼動しっ放しのチェーンソーを捨てて、そのまま小柄な体をキリもみさせながら更に二機の小型のチェーンソーをどこからか取り出して業汰さんに襲い掛かった。

 

「ふむ、これは可愛い・・・うん?アカネ君、君、大人の女性が好きだったのか?」

 

素足で宙に舞うチェーンソーをジャグリングし、蹴っ飛ばしながら合計三機の凶器で仕掛けられるミルフィーユの攻撃を悉くかわしながら、涼しい表情で業汰さんは玄関口を抜けてきた。ミルフィーユは何かを叫びながらその間も攻撃を仕掛け続けたが、リビングに入った業汰さんが紙袋を床に置くと、ついにミルフィーユを殴り倒した。ミルフの頭の上から振り下ろされた左腕は、彼女の体を床に叩きつけかけたが、そのまま信じられないほど強引に、更に垂直方向へ「振り回された」。おぞけが走るような音が部屋に響く。ミルフの骨が数本、遠心力でひしゃげた。肉をえぐり皮膚を貫いた骨がミルフのうすい皮膚からむごたらしく露出している。

 

「業汰さん!?」

 

「・・・これは深刻だねぇ。見たところ、これは吸血鬼かな?宮元君、正月早々やっかいなことになったねぇ。」

 

「何をしているんだアカネ!逃げるのだ!!」

 

骨をやられてくず折れたミルフィーユは悲壮な表情で口から赤黒い飛まつを飛ばしながら怒鳴るが、表情一つ変えない業汰さんの脚で顎を跳ね上げられた。

 

「吸血鬼の口は危ないからね。さてさて・・・マンションで暴れるのはどうしたものかな・・・。宮元君、彼女はいつからここに?」

 

「つい、さっきからなんですが、あの・・・業汰さん、こいつは一体?」

 

「吸血鬼、ヴァンパイア、あとは・・・ノスフェラなんとかだっけかな?血を吸って仲間を増やして、日の光と十字架に弱いアレだよ。君は・・・咬まれてないね。あ、僕が詳しいのはね、僕はこういうお化け専門の退治屋なんだよ。それにしても、こんな人目につくところで昼間から破廉恥な吸血鬼ですよ。痴女級ですよ。どうせなら裸ならよかったのにねぇ。」

 

業汰さんは左手で持ったままのミルフを再度振り回した。

ミルフのくぐもった喘ぎ声と、骨と肉の断末魔、あのおぞましい音が部屋に響いた。

 

「吸血鬼って・・・。」

 

「信じられないのも無理は無い。けれど、この世界には「こういうの」も居るんだよってことは、一目見れば充分だと思うよ?」

 

業汰さんはミルフィーユに暴力を加え続けながら背中をひん剥いた。飛び出した骨が・・・傷口ごと消えていた。

 

「な・・・何なんですかこれ!?」

 

「吸血鬼・・・しかも上等の。昼間だというのに大した再生速度だ。吸血鬼はさっきのように、チェーンソーを振り回す腕力もあれば、傷口を再生する能力だってある。しかも主食は人間ときてる・・・怖いだろ?」

 

一瞬、業汰さんの目つきが鋭くなった。いつもの覇気のかけらもないこのオッサンのどこにこんな凄みが潜んでいたのか。言いながら、業汰さんによってミルフの背骨は下半分が引き出され、そのまま粉々に砕かれた。口に自分の右腕を突っ込まれたミルフィーユは自分の腕に歯を食いしばって未曾有の痛みに耐えていた。

 

「さてと・・・さぁ、拷問される前に何故この街に来たのか聞かせてくれるかな?僕には、それを聞く義務がある。」

 

右腕を引き抜かれたミルフィーユは暫く奇妙なうめき声を上げていた。顔中の骨がイカレていたミルフィーユは再生に数秒の時間を要し、その後でようやく反撃を始めた。

 

「貴様が退魔師だと?パラディンが聞いて呆れるな、貴様のような悪魔が!知っているぞ!お前が極東の聖王東雲の面汚しだ!東雲聖耶が浦戸家と神羅(かみら)家から簒奪した運命の子が、東雲を根絶やしにしてその跡取りを『汚染』したのだからな!この土地も、この土地の人間どもも、そしてあの忌まわしき兵器も、全て貴様のものだ!貴様のものになったというに!東雲を手中に収めた貴様は人間至上主義の筆頭を気取って他の種族を弾圧し続けておる!!人間気取りの魔王なぞ、自己満足か欺瞞以外の何者でもないわッッ!」

 

「酷い言われようだね。僕は人間のつもりなんだけれど・・・ともあれ、力に見合った責任は果たしたい。僕は東雲の当主、この国の退魔師の首長だ。浦戸家は既に立て直されたから僕が干渉する義理は無い。そもそも、この国は東雲・浦戸・神羅のバランスで成り立っていたんだ。君の国ではどうかは知らないけどね、共生派が強くなりすぎるのもアストラルが強くなりすぎるのも困るんだよ。特に吸血鬼はアストラルと人間の人口比率を崩してしまう。管理者としてはね、その動向には神経質になっちゃうんだよ・・・。ま、君の話に付き合ってあげるのはね、ここに居る宮元君に事態を説明するっていうのもあるんだけど・・・」

 

ミルフィーユの様子を伺っていた業汰さんはそのままこめかみをけり倒した。

 

「仲間を呼んで欲しかったんだよねぇ・・・外来種の君にさ。っていうか、わざわざ宮元君の家に来るなんてねぇ、僕の店の近くの・・・。誰かな、君のような大物を呼び寄せたのは・・・?」

 

「話が一向に見えませんけど、とりあえずその子はもう動けなさそうですし、少し手を休めて貰えませんか?いい加減胸糞悪いですよ。」

 

いい加減、見ていられなくなったので業汰さんを止めた。背骨を盛大に砕かれたミルフは喋れるのが奇跡のようなくたびれっぷりをさらしていた。

 

 

 

 

「はぁ・・・なるほど、ミルフィーユはイギリスから来た吸血鬼で、業汰さんは、東雲家は、そういう化け物専門の退治屋なわけですか。」

 

あれから10分近く、拷問というか児童虐待が続いた。

ミルフィーユはひたすらボコボコにされ続け、業汰さんが紙袋から取り出した袋に入れられて文字通り袋叩きにあった。それは阿鼻叫喚と言って差し支えのない、見ているこっちが拷問を受けているかのような一方的な暴力だったが、暫くしてついにくぐもった声でミルフは降参を宣言した。

 

それでも業汰さんは殴るのを、というか、とどめを刺すような気配を見せたのでこれを止め、とりあえず、俺の宇宙船で何をしてくれているのかを双方に説明させることを半ば強制のように提案して話し合いの席をもった。その際に、俺から二人に部屋で暴れるな、業汰さんからミルフには妙な真似をしたと感じたら即殺す、ミルフからは業汰さんに俺とミルフに手を出さないように、との交換条件が交わされた。っつーか成立してんのこれ?

 

「そうそう。喫茶店は、まぁ、あれかな、擬態っていうの?あの、てやんでぇのピザ屋みたいな。」

 

ともあれ、3人で正月元旦ティータイムとしゃれ込むことになった。

 

「おー懐かしいですな。エンディングテーマが大好きですよ。」

 

「あれね、名曲だよね。絆に歌って貰いたいんだけど、彼女アニソン歌ってくれないんだよね。」

 

「そりゃ残念だ。あ、音源ありますよ。」

 

「本当に?それじゃあ・・・」

 

「お前達には緊張感というものが無いのか?!・・・あうっ!」

 

業汰さんがお茶請けのアーモンドを指で弾いて飛ばした。聞いたことは無いが、多分音速を超えて飛んでいくアーモンドは、俺が認識した時には既にミルフのおでこに直撃していた。ミルフィーユの頭はその衝撃で後ろに大きく弾かれ、デンスケのように前後してから改めてチーズケーキを口に運び、紅茶を啜ってから

 

「人の家に上がりこんで紅茶を啜った上に家主にウソを吹聴するとは大した人格をしておるのぅ。」

 

天唾としか思えない皮肉を言った。

 

「お前だって似たようなもんだろ。大体吸血鬼だっていうのも信じられないんだぞ。ま、それは業汰さんについてもそうなんですけどね。なんだったんです?あのジャンプ漫画みたいな戦闘は。」

 

「うむ。どこから話そうかなぁ・・・まぁ、世界史の授業からにしようか。」

 

「遠すぎでしょう。」

 

「突っ込みが素早くてうれしいんだけど、これってボケてるわけじゃないんだよね。そこの蚊トンボも聞いておきなさい。」

 

「誰が美少女蚊トンボだ。」

 

「言ってねぇよ。」

 

「うむ。アカネの突っ込みはロビンマスクの角より鋭いのぅ。」

 

訳のわからないことを言っているイギリス人を無視すると、呼応して業汰さんは語りだした。

 

「・・・・あ、俺世界史駄目だった。」

 

東雲業汰、高校中退。大学は通信制でかろうじて卒業。何故か博士号を持っているが・・・地歴公民のような専門外の基礎教養はさっぱり駄目な立派な駄目人間であるというのはその妻である絆さんから聞いていた。黒井さんが居てくれればいいんだけど。

 

「役立たずめ。お前のケーキは没収だ。しかたなぃ、ぼごばばだじがだだ・・・」

 

「食ってからにしろよ。」

 

業汰さんのお茶請けのショートケーキを齧りながらミルフィーユはなにやら喋り出そうとしていた。もう威厳も品位もあったものではない。なんなんだこの女は。

 

[newpage]

 

「コホン。」

 

傷の再生がどうのこうの言って結局俺のケーキまで手を出したミルフは、猛毒入りだ、という業汰さんのウソで紅茶をぶちまけ、麦茶の味に驚愕してあーだこーだ文句をいいながら壮健○茶を飲み干した後、ようやく話を始めた。

 

「・・・・宇宙、そこは最後のフロンティア。あうぅっ」

 

双方向(ステレオ)でアーモンドを投げてやった。

 

「先ずはの、わらわのような吸血鬼を含む、アカネ達・・・本当にアカネは人間なのか?・・・まぁ、後にしようか。ええと、そうそう、吸血鬼を含む人間以外の知性体のことをアストラルと言うのじゃ。その辺は、魔王殿にはご存知あろうからアカネに向けて話をするが、これはかつて、神話年代に人間が吸血鬼や鬼といった存在を頭数の理論で「亜種(ヴァリアント)」と割り切って蔑称したものじゃ。」

 

「神話年代って、あの、紀元前より前にあったっていう、前文明のことか?月刊ミューでは俺も書いたことがあるから、たまに読むけど、あの、オーパーツとかパンゲアとかの。一度滅びちゃったっていう奴。」

 

「そうそう。だが、正確には戦争で滅んだのじゃ。人間がアストラルを駆逐するために起こした粛清戦争、今となっては戦争の名前も正確な経緯すら記録が残っておらん。笑えん話じゃが、あまりに長く激しい戦いの後では戦争の当事者は勿論、記録も文明も消耗し費え去ったのじゃ。戦争で用いられた超兵器を含む一部の「神器」や「神話兵器」を残してな。あの時代のことを暫定的に神話年代と呼ぶのは、文字通り、神話の中にしかその残滓が残らぬほどに徹底的に殺し合いが続いてしまったことの証左じゃの。」

 

「神話兵器?ああ、英雄王ルーツ・ウェンリーのエクスカリバーとか理氷剣リーン・エチカのストームブリンガー・・・あとは、剣聖ランスロットのアーロンダイトとかって奴か。魔剣戦争は中世のヨーロッパの話だろ?」

 

「ふむ。そして、そこの魔王殿が所有しているグーングニル、確か、この国では草薙の剣とか呼んでおったかな。いずれにしても、神話兵器とは、神話年代に用いられた戦争の決戦兵器が中世期にサルベージされて用いられたものじゃ。今に到るまでオーバーテクノロジーの塊のような兵器での。剣一本であらゆるもののバランスをひっくり返してしまう。事実、魔剣戦争では、イペルキュライスとルシエド、アストラルに対して絶対的な弱小勢力であったルーツ・ウェンリー率いるイクティノスが神話兵器を集めることで最終的に勝利したくらいじゃ。破壊力一つとっても世に深刻な影響を与えかねん。」

 

「なんだかファンタジーな話になってきたな。まぁ、ルーツ・ウェンリーとかイクティノスとかは俺も世界史で習ったけどさ。そんな訳のわからんことになっていたとは思わんかったよ。・・・・すまん、信じられん。」

 

「事実、ここに二人もアストラルがおるではないか。それに、神話兵器にしてみればそこな魔王にグーングニルを見せてもらえばよい。人間なら触っても問題無い筈だからの。」

 

ミルフィーユは皮肉っぽく業汰さんを見た。業汰さんは・・・寝ている。本当に駄目なおっさんだ。

 

「・・・神話兵器はの、人間がアストラル、つまり、彼等から見れば亜種を駆逐する為の殺戮兵器じゃ。元々は人間側の指導者勢力であった『教会』が打ち立てた聖女ディスティニアの為に開発された『征剣エクスカリバー』を中心に、ガラディンなどが開発されて実装されていったのじゃ。しかし、戦いの初期に、これら兵器を開発したストラグル卿がアストラルの弾圧をみかねて出奔、アストラルと共生派の人間を集めてバンデモニウムを名乗り、教会に反抗して戦争が始まったそうじゃが・・・その中で、戦力補強の為に人造人間であるラムダや、兵器が自らの行使者を生み出すあの忌まわしきマリア・タイプの兵器が製造されていった。例えば、ランスロットはウンディーネによって生み出された魔剣の一部であったが、あれが魔剣戦争当時は選民主義者の巣窟であったイペルキュライスの粛清騎士であったというのは皮肉の極みじゃな。」

 

「ラムダっていうのは・・・太平洋戦争で日本軍が使ったっていう人造人間の、ってこれもオカルトだが、装甲臣民のアーキタイプかもとかって読んだことがあったけど、マリア・タイプ?そんなものまであったのか。」

 

「ああ。あれは平素は女の姿をしておっての、特定の目的のために自らの持ち主を出産・養育して戦士へ仕立てる。どこの勢力にも順応しやすく、なにより、他の種族の男の子どもとして溶け込むことが出来る。悪辣な兵器じゃが、最強クラスの兵器であったアーロンダイトとランスロットのように、トラブルを抱えることもあるのじゃ。」

 

「へぇへ、奥の深いことで。で、それがこの状況にどう超展開すんのよ?」

 

「ま、ここからが面白いところでのう。わらわが生まれたのは1894年じゃ。この頃には、魔剣戦争の記憶も隠蔽されつくしての、アストラルは人間社会の中で生きていたんじゃが、まぁ、わらわのように地方で貴族をするものもいれば、商いをするもの、新大陸・・・アメリカへ渡る者、あ、教会関係者には意外に多いのだぞ、アストラルが。この前会ったシルメリアなぞは聖職者の分際でひっきりなしに・・・あうっ」

 

「話が逸れてるぞ。」

 

業汰さんの音速アーモンドがミルフの頭を弾いた。脱線するたびにアーモンドを投げることになっているらしい。

 

「ぬぬ・・・まったく、レディのおつむをなんと心得えておるのじゃ・・・、まぁいい。後でケーキを馳走になるとしよう。」

 

「なんでだよ。」と、いいかけたがかったるいのでやめた。

 

「ぇと・・・なんだっけ・・・そうじゃった、アストラルは人間社会の中で生きてきたのじゃ。そうなのじゃ。」

 

 

「ところで、アカネよ、おぬしの国にもアストラルはおったのじゃぞ?」

 

「あ、鬼太郎とか?」

 

「我輩は墓場鬼太郎のほうが好みじゃったのう。バー郎はもうちょっとなんとかならんかったのか・・・あぅっ!?」

 

「・・・ぬぬ。魔剣戦争には日本、当時は帝威那(ディナー)と言う名で、誠和天皇が治めておったそうじゃが、日本から来た剣聖日下勇咆(くさか・ゆうほう)と天津鉄風斎(あまつ・てっぷうさい)らがルーツ王の下で共に戦ったそうじゃ。」

 

「あー、武蔵と競ったっていうあの日下勇咆か。海外遠征してたっていうのは伝説じゃなかったのな。」

 

「日本は昔から人間至上主義の概念が無くてのぅ。我々にしてみれば桃源郷のようなところであった。鬼と人の間で子どもが生まれるケースや、天皇のようなシャーマン・パワーを代々継承する血脈、人間が進んでアストラルに歩み寄り互いに融和するケースも非常に多かった。あの忌まわしきエクスカリバーを消滅させるのに数千年を要した我々の文明に比べて、征槍グーングニル、つまり草薙の剣は常に人とアストラルが共に保存してきた歴史がある。うむ。まことに素晴らしい。但し、東雲家を除いてな。」

 

業汰さんは、何も言わない。

 

「日本にはいつからかはあずかり知らんが、アストラルに関する3つの武家があってな。アストラルをその血に取り込んで存続してきた神羅(かみら)家、人間の純潔を守って存続してきた東雲(しののめ)家、そして、人間とアストラルの共存を常に模索し管理してきた浦戸(ウラド)家じゃ。東雲と神羅は立場上、常に明に暗に争ってきたし、その中間で浦戸家がモラトリアムとして人間とアストラルの共存関係を保ってきたのじゃ。これは、人間にしても、アストラルにしても、どちからかが決定的に有利になっていしまうことを避けるための3すくみであったのだが・・・今から20年ほど前、事件が起こった。」

 

ミルフィーユは業汰さんを一瞥して、よろしいな?と何故か許可を求めたが、業汰さんは黙っていた。

 

「1980年、浦戸家に次代の嫡男が生まれた。隔世遺伝での、その子はアストラルでも飛びぬけた、いや、圧倒的な魔力を持って生まれてきた。天皇の勅旨である当代のヤタガラスはこれを神魔級と判釈した。つまり、まぁ簡単に言えば、魔王じゃな。うーん、あれだ、そう、フリ○ザみたいな。」

 

「そこピッコR○じゃねぇんだ。」

 

「まぁ、戦闘力53万くらいのインパクトが欲しかったのでな。これは日本どころか世界の人間とアストラルのバランスを崩しかねない大転機であった。人間とアストラルの混血、共存が進んだ日本でついに、人間の側からアストラルを積極的に導く可能性のある存在が生まれた。人間には想像しづらいかもしれんが、アストラルにとっては神話年代のストラグル卿や魔剣戦争後期の護国卿ロードレオンを思い起こさせた。つまり、希望が生まれたのじゃ。じゃがの・・・。」

 

「どうする?ここからは、ご自分で話されるか、東雲・・・いや、浦戸業汰殿。」

 

「俺は東雲業汰だ。」

 

アーモンドは飛ばない。

 

「・・・・まぁ、ちょっと大げさな話になるけど、その希望っていうのが、僕なんだよ、アカネ君。僕は何と何との混血かも、今となってはよくわからない、みんな死んじゃったからね・・・ともかく、なんだか解らないイキモノなんだけど、17歳までは普通に、人間として生きていたんだ。東雲の嫡男としてね。君がここへ越してきた理由の一つに、この街では幾つか大量殺人事件が起きてるってことだったよね。それで部屋が安いし地価も安く、夜も静かだと。1980年に、ここで何があったか知っているかな?」

 

「・・・西園寺事件!」

 

「そうだ。西園寺というのは、僕の母方の家の名前でね。母は実家で僕を産もうとしたんだ。子煩悩な一族でね、西園寺家の屋敷に浦戸と西園寺の一族が集まっていたんだ・・・そこを、東雲家が襲撃。一族を皆殺しにして僕を誘拐した。指揮をとったのは僕の育ての父で絆の実父、つまり、名実共に義父にあたる東雲聖耶だった。浦戸と西園寺は海外に預けられていた僕の姉を残して全滅。惨劇は前代未聞の大量殺人として騒がれたらしいけど、そこは東雲家のお家芸でお蔵入り。この前も特番やってただろ?あれさ。」

 

「ふん。人間様も対した人道主義をもっておるのぅ。」

 

「東雲聖耶、父さんは、浦戸に強力な子どもが生まれ、それが神羅家の長女と結ばれることになっていたことに危惧を抱いていた。そこで、浦戸を襲撃して新たに僕のような子どもが生まれる可能性を潰した上で、僕を東雲の嫡男として簒奪して育てることにしたんだ。」

 

「それからは、ランスロットのことは笑えないな。僕は17まで退魔師としてアストラルを弾圧し続けた。」

 

「東雲のマスカレイド(血祭り)・ゴータと言えばヨーロッパにまで聞こえたくらいじゃからの。当代きっての皆殺し屋。粛清も弾圧も生ぬるい、目に入った『人間以外』は悉く皆殺した!はっ!!究極の皮肉じゃな!第二のストラグルは教会が作り出したディスティニアの再来であったということだ!知っておるか?ディスティニアとストラグルは恋仲での、二人は最後に刺し違えるのじゃが、あの聖女は最期に世界の全てを呪って死んでいったそうじゃ!遥か昔から、呪われているのだよ!東雲のような人間至上主義は!」

 

うわ、と思った。虐待どころか解体ショーになるんじゃないかと思うほどの殺気が吹き荒れていた。それはミルフィーユからだったが、それ以上に本質的な恐怖感がこの部屋を凍りつかせていた。・・・・業汰さんだ。

 

「噂話が好きだというのはババアの普遍的特徴だな。」

 

「なんだと!」ミルフィーユのその声は声にならない。食ってやろうか、業汰さんがそう言ったからだ。冗談には聞こえなかった。

 

「・・・・僕は東雲の長男として絆と一緒に育てられた。当然、退魔師としての教育を受けてきたし、父さんには色々教わったよ。父さんは、家も、草薙の剣も、絆も、全てを僕に託するつもりだった。あの日、神羅邸事件ですべてが狂ったんだ。」

 

「僕の初恋の人がいてね、3つ年上の先輩だった。神羅美奈、若くして神羅家の総督で、僕の本来の許婚だ。先輩には先輩の考えがあったんだろうけど、退魔師として、僕や絆も含めた東雲家が神羅家とぶつかってしまうのは仕方が無いことだったし、僕はアストラルが人間社会を侵すことが許せなかった。結局、神羅家の、先輩の目的は、東雲業汰の簒奪と草薙の剣の破壊、東雲業汰と関係があると思われた、つまり東雲絆の殺害、そして、西園寺事件の報復でね、僕はそれを死んでいく先輩から聞かされた。」

 

「神羅家は東雲家によって滅ぼされ、僕と絆はこの出来事で父さんや多くの仲間を失い、そして、先輩によって僕の封印はとかれ、最初の犠牲になったのが、絆だったんだ。彼女は寵姫化、アストラルの中には吸血鬼のように他の種族を支配下に置いたりアストラル化させる厄介な手合いがいるんだけど、まぁ、平たく言うと僕のせいでそういうアストラルになった絆はそのまま人を襲い続けた。神羅家が全滅した後で続いた殺人事件を追っていたら絆にあたってね、その原因が僕に人間の肉を食べさせるためだったことがわかった。父さんの施術が無い状態の僕は、当時は力を抑えることも、消耗を別の手段で補う術も知らなかった。」

 

「驚いたな、神羅事件って、いや、それ荒蕪山事件ってそんなことになってたんですか?!」

 

「結局、僕は全部失くしてしまってね。もう死のうと思ってたところに東雲家の人間の助けで父さんの遺した研究経過から力を抑える術を見出して、僕と絆はこうして生きる。この国の護りの中核である東雲家と、アストラルを統制していた神羅家、その協調を図った浦戸家がめちゃくちゃになったことで、この国はとても危険な状況におかれていることは確かだ。今上からヤタガラスの助けを借りて、東雲の復興と新たな草薙の剣の持ち主を育てることを始めることが出来たのは幸いだったんだけど、いずれにしてもこの機会に人間に復讐しようとしたり、アストラルでこの国を多い尽くしてやろう、その力を利用して悪事を働こうとする連中が本当に多くてね、僕も絆も目が回りそうな忙しさで、こうして今にいたっているわけさ。」

 

「過剰反応して同胞が随分殺されたがな。みな、貴様を神か救世主かと慕って!期待して日本に来たのだぞ!それを、貴様は!!」

 

「黙れ!俺は東雲業汰だ!魔王だかフリ○ザだか知らんが、望んでそう生まれたわけでも手前ぇら亜人(ヴァリアント)の為に生まれてきたわけでもねぇんだよ!そんなもんどうでもいいんだ、俺は俺を育ててくれた、俺を助けてくれた俺の家の為に、俺が背負った家と命の為に戦うことに何の迷いも無い。この国の人とそれ以外の微妙なバランスは限りなく危ういんだよ、その気になれば今上が動いて全て消されることだってありえるんだ!そうなった時、草薙の剣を託されている俺がどちらの立場の人間か解ってるのか?何が救世主だ?勘違いしてくれんじゃねぇぞクサレ外道が!」

 

「呆れた!なんたる自愛主義者!なんたる消極惰弱か!奴隷の思考じゃ!貴様は王じゃ!王がそんなことでなんとする!奴隷の王でもせめて王らしく、臣下臣民を愛するのが人の道ぞ!」

 

「愛してやってるからこうして護ってやってるんだろ?護ってるんだよ、一線を超えて取り返しがつかない衝突を招く前に殴ってでも止める形でな。ロードレオンってのは黒井さん夫婦のことだろ?解ってるよそんなことは、俺と絆を見張りにきたんだろ?こっちだって同じさ。だがな、お前ごときがアレを同属とみなすのはおこがましいってもんだぜ?黒井さんは俺達とは根本的に次元が違う。さらに上、上の上さ。多分、人だアストラルだって次元で物事を見てない。あの人の悪意や敵意はもっと別のもっと巨大な何かに向いてる。アレに縋ろうとは思わんことだな。」

 

「・・・フン、お前がどう言いつくろうが、虐げられたり生きるに窮した同胞がお前に救いを求めることにはそれこそ無関係だ。お前は希望なのだ。それを解って新たなマスカレイドを育てるのも気に入らん同胞を殺戮するのもお前の勝手だがな、それでも、我等にはお前しかおらなんだぞ?それを覚えておけ。」

 

「分不相応な物言い・・・だな、そろそろいいかな?」

 

「小僧が・・・アカネよ、騒がせてすまなんだな。お前が人間であるというのなら、魔王も手は出すまいよ。今日のことは忘れるがよい・・・。」

 

ミルフィーユは覚悟を決めたかのように立ち上がった。

 

「勘違いをするな、ここでは殺さない。処理が面倒だし、黒井さんが呼んだというのはどういうわけか、聞かないといけない。お前はしばらくここにいろ。但し、他の生き物に手を出したり気に入らん真似をしたら、お前だけじゃないぞ?皆殺しだ。」

 

「・・・・呪われておるな、どこまでも。どうするつもりじゃ?この脆弱な均衡は長くはもたんだろう?」

 

「・・・・。」

 

「グーングニルの破壊を狙って来るものと、その簒奪を狙うものとが来ているのだろう?ロードレオン卿がこの地へ同胞を呼び寄せている理由もそこにあるのではないか?」

 

「どういうことだ?」

 

「ロードレオン卿は魔剣戦争でエクスカリバーを消滅させたルーツ・ウェンリーと共に戦ったのだ。つまり、グーングニルの消滅方法だって解っているということではないのか?」

 

「・・・・ふん、どうだかな。」

 

「貴様等も破壊したいのであろう?あの忌わしき征圧兵器を。」

 

「アカネ君、しばらくそこのおばあちゃんを預かっておいてくれ。僕は一度黒井さんに会ってくるよ。新年早々ぶっそうだけどね。」

 

「え・・・ええ!?置いて行くですかコイツ?!」

 

「この時間帯じゃまだ吸血鬼に外は出歩けないよ。」

 

「そんなこといわれても・・・部屋もこんな・・・ってあれ?」

 

部屋は殆ど散らかっていなかった。

ミルフの返り血が少し壁に飛んでいたのが心配だが、あまりの迫力に大げさに感じたのか、或いはかなりコンパクトにボコボコにしたらしい。

 

結局、なんだか解らない事を言ってなんだか解らないままに東雲業汰は出て行った。非現実的な光景非現実的な出来事非現実的な会話、そして

 

「ほぅ、これがエリクサーか。思ったより普通の味じゃの。」

 

非現実的な存在。

 

「はぁ・・・まぁ、あの傷の治りっぷりからして、そりゃ普通じゃないとは思う。思えるよ。けどさ、本当にそんな化け物じみた連中がいたなんて信じられないぜ、よぉ。」

 

動力部をぶち抜かれたチェーンソーを見る。

 

「見てみるのが一番手っ取り早いが、まぁ、関わらんほうがいいだろうな。あ、それはそこの棺の中に放り込んでおいてくれ。どうで消耗品じゃ。」

 

結構な重さのチェーンソーを3機、棺に投げ入れた。入るのかよ、と思ったが、チェーンソーは真っ暗な棺の中に音も無く吸い込まれていった。

 

「ドラえもんだったのか。」

 

「22世紀では当たりまえじゃ。」

 

「なんだかなぁ。で、お前はグーングニル、草薙の剣を壊しに来たのか?」

 

「多分そうじゃな。まさかこの地で人とアストラルが衝突することはあり得んだろうし。つまり、人に組する魔王と、その魔王が征剣を持っていること、そして神の地上に於ける全権代理人たる天皇、どれをとっても圧倒的に不利じゃ。誠和帝以来、何故かアストラルに温厚なこの国じゃったが、第二次大戦や曙光の一件以降、正直我等アストラルの間でも評価が分かれておる。明治以降の日本に凶気じみたものを感じておるのじゃ。それが、魔王の出生の兆しであったのか、それとも、東雲家のものであったか、もっと別の、そうさな、曙光計画の黒幕あたりに・・・。」

 

「曙光?ってあの旧日本軍の海上要塞か?確か台風で沈んだっていうんだっけか?」

 

「まぁ、深入りせんことじゃ。あれをやった連中は恐らくまだ生きておる。」

 

「オカルトだなぁ。鳴海の預言者あたりの範疇だぜ。」

 

「預言者?おお、我輩はガンダム占いに興味があるのじゃ!」

 

「本棚に入ってるぞ。」

 

「重畳重畳♪ではさっそく・・・あぅっ」

 

びろびろになっているミルフの服を思いっきり踏んでやる。そのまま

 

「まだ話は終わってないぞ。」

 

「な、なんじゃ、我輩はリリーマルレーンなのかチベなのか、これは是非とも確認してみたい・・・」

 

「戦艦しばりかよ。って、そうじゃねぇよ。グーングニルってなんかいかにもやばい扱いじゃねぇか。それってそんなに危ないもんなのか?」

 

「・・・・まぁ、そうじゃの、お前等にとっては風が吹くときくらいの破壊力と種死くらいの忌まわしさを持ったものじゃの。」

 

「おお、それは最悪だ。で、それはどんなアニメだ?」

 

「アニメじゃない!現実なのさ!ってこれがノリ突っ込みか!いやっほう。あうぅぅっ。」

 

なんとなくぶん殴った。

 

「まぁ、まずはエクスカリバーの説明からすべであろうな。」

 

「エクスカリバーとは、人間以外をことごとく征圧する兵器じゃ。人間以外に扱うことは出来ず、そして、人間の恐怖や不安に反応して無尽蔵無制限の破壊力を発揮する。一度発動すれば持ち主の意思でどこまでも力を膨らませ、ついには全てを破壊してしまう。作ったのは魔剣の製作者たるストラグル卿、最初の持ち主はディティニアじゃった。二人が刺し違えてから、ディスティニアの呪いによって誰も近づけぬ状態で放置され、教会も危険因子と判断して手を出さずに神話年代は過ぎ去り、魔剣戦争・・・こちらでは薔薇戦争とか100年戦争とか言うんじゃったか?あの戦争で復活し、ルーツ・ウェンリーの手に渡った。」

 

「ルーツ・ウェンリーは、その力を人とアストラルの共生の為に使ったわけじゃが、それ以上に困難であったのは、エクスカリバーの消滅という事業じゃ。エクスカリバーのような征剣は、民草の不安や恐怖、不満や怒りが勇者の力となるように作られたが、それはエクスカリバーそのものを破壊困難なものに仕立て上げてしまった。」

 

「なるほど、不安や恐怖は膨れ上がることはあっても、本質的に消えることは無いということか。」

 

「それだけではない、教会は一度起動したエクスカリバーが機能を停止するためには不安の種、つまりアストラルを殲滅しなければならない、という二重の行動原理を生み出した。無軌道に力を増幅していくあの剣の危険さには神話年代から人といわずアストラルといわず言及されておったじゃろうが、そういう口実を用意されて、結局衝突は避けられなくなった。仕組まれた大乱、仕組まれた破壊兵器、仕組まれた英雄・・・まったく、救えぬの。」

 

「で、どうなったんだ?」

 

「ルーツ・ウェンリーは魔剣戦争を終結させて、仲間たちとともにエクスカリバーの機能を停止させた。一体どのようにしてあの強大な力を消滅させたかはわらわにも解らぬ。未だに存在すると思って探しておる手合いがあるくらいじゃ。ともあれ、そうした力を求める者にとって、他の征剣の存在は無視出来ぬものであったし、アストラルにとっても看過出来ぬ問題じゃ。」

 

「なるほど、残りの神話兵器の一本が、草薙の剣か。」

 

「そうじゃ。東流の過程でロンギヌスの槍の柄が散逸し、この国に渡ったのが草薙の剣だとも言われておるが、グーングニルを護っていたアストラルをこの国の王家の人間が征伐して獲得したのが草薙の剣とも言われおる。いずれにしても、エクスカリバーと同型の危険な兵器であることに変わりない。しかも、今その剣を持っているのは、人間の力をもつ、つまり征剣を振るうことの出来る魔王様というわけじゃ。最悪の力を最強の力が振るうなぞ危険過ぎる。しかも、この国最強といっていいであろう天皇家の手先となっておる。力の均衡で言えば既に偏りきっておるのじゃ。」

 

「オカルトに、日本神話か。草薙の剣に天皇家ねぇ。なんだか途方も無い話だ。ま、なんかあったら聞かせてくれよ。聞いてる分には面白い。」

 

「他人事じゃな。人間にも関係のある話だと思うがの。にしても、何故ロードレオン卿がおぬしのところを指名したのか気になるのぅ。その点は魔王殿と同意見じゃ。」

 

「さぁな。間違いじゃねぇのか?隣の部屋とか。俺は引き篭もろうとしてたんだぜ?」

 

「それはないの。ここ2ヶ月ほど、アカネの様子を観察しておった。夜中に出歩いたり、昼間は寝ておったり家でパソコン弄っておったの。朝日・人の目を避けること吸血鬼のそれの如しじゃったからの、てっきり同属かと思っておったのじゃ。」

 

「まぁ、一応仕事してるんだけどね、ご近所づきあいも。ってお前、昼間寝てたんだろ?」

 

「うむ。」

 

「はぁ。あの時期の俺の睡眠時間は平均3時間を切ってたからなぁ。ともあれ、そんな貴族みたいな生活してたわけじゃない。」

 

「なるほど、ヒキコウモリは体力があるの。」

 

「人を怪人みたいに言うなよ吸血鬼。どうでもいいけど、俺の周りでトラブルおこさんでくれよ。業汰さんじゃないけど、周りで人が死ぬのはともかく、そんなとんでもない奴が増えられるのは困りそうだ。」

 

「差別的じゃのう。大丈夫、魔王殿が人間を食らわぬように、わらわも別途の摂食手段を持っておる。まぁ、わらわのようなやんごとなき吸血鬼に限られたことじゃがの。」

 

「それでさっきから俺の家の食い物を食い散らかしてるのか。」

 

「うむ。代謝が良い分食べるものを食べねばな!我輩は健康じゃ!」

 

早く出て行ってくれないかなぁ・・・。

 

業汰さんが出て行ってから20分が経過していた。いい加減に落ち着きを取り戻した俺は状況を整理しようと思ったが、先ずやらねばならないことがあった。

 

扉を開けて、出て直ぐの壁に突き刺さっているナイフ状の金属を引き抜く。かなり手ごたえがあったので、状況証拠として写真を一枚、携帯に写してからなんとか引っこ抜いた。見たことの無い形をしていたが、これは恐らくミルフのものだろうと思って聞いたところ、彼女の骨と血液が変質したものだと言う。記念に貰っておくことにした。

 

それから、部屋の片付けをした。

ミルフィーユが自分の陣地がどうのこうの言っていたが無視。とりあえず2メートルくらいある棺桶くらいは室内においてやることにしたが、なんでも日光にあたるのが嫌らしいので物置化している押入れ近く、フィギュアや本が日焼けするのが嫌で確保しているUVカットスペースをこのなんだかわからない生き物に貸してやることにした。一瞬、この侭家賃を搾取すれば何かと便利かとも思ったが、ミルフは現金を持っているのだろうか。それ以前に、今も年末に食べそびれていた緑のたぬきにお湯を注いで嬉々として食べている、この自称貴族の食費諸々は今後誰がもつというんだろうか。或いは、黒井さんに請求してもいいかもしれないが・・・、いずれにしても宇宙船にエイリアンが侵入してしまったことにかわりは無かった。

 

気付けば13時を過ぎていた。

ミルフィーユによって、夜食や間食用の食材が着々と食い荒らされ、時折あの華奢な体から、骨や筋肉繊維が組み治され、繋ぎ治されているであろう水っぽい不快な音が響いた。その度、何故かミルフは頬を赤らめていた。飛び散った血痕も引き払う時にもめないように丁寧にふき取ったが、ふき取った布は一部持っておくことにした。これも状況証拠。

 

そして、2時前になって、業汰さんが帰ってきた。

またも、手には紙袋を持っている。今度は二つだ。

 

「さて、君に相談だ、宮元茜君。」

 

リビングに入ってくると、大きな紙袋をフローリングの上に下ろした。どんっといかにも重いものを置いたような、それでいて変にやわらかい音。少なくとも金属では無いようで、ソレもそのはず・・・

 

「先ず、君にこれをあげよう。」

 

中身は大量の札束だった。

 

「お、エスパー○ス!・・・あうぅぅ・・・!」

 

業汰さんの目にも留まらぬ一撃でしばかれたミルフは床に突っ伏した。

 

「これも、あげよう。」

 

「これは・・・・」

 

ハリセンだった。

 

[newpage]

 

「お金と、ハリセン?一体どういうことなんですか業汰さん?」

 

「黒井さんから聞いた話だとね、彼女は黒井さんの代役らしいんだ。黒井さんはじきにこの街を離れてしまうから、以降、僕みたいなイレギュラーを監視する役割としてアストラル側から招いたらしいんだけど・・・ま、お目付け役としてはギリギリ及第点ってところかな・・・・君、いつまで寝てるんだ?」

 

業汰さんはミルフを一瞥するとつま先で顎を跳ね上げた。ミルフはうめき声だか悲鳴だかよく解らない音を出して宙返りをするように空中へトスされ、業汰さんに髪の毛をつかまれ、吊るされる形になった。

 

「ふむ・・・なるほど、堂磨の和紙で作ったハリセンだけあってよく韻が乗るじゃないか。こうでないといけないね。そうそう。宮元君、そのハリセンは生き物が持っている波動に感応する、まぁ、なんていうんだろうね、霊力を引き出してくれる紙で出来ているんだ。これでシバけば吸血鬼だろうがフリ○ザ様だろうが一発で黙る。勿論、これで勝つる!ってわけでも無いんだけどね。護身用に持っていてくれ。」

 

業汰さんが手を離すと、ミルフィーユは猫のようにコンパクトに宙返りして床に正座をし、先刻と同じように「ひゃんっ」と言ってバタバタとマットレスの上へ退避した。

 

「霊力とは全然違うだろうに、適当な説明をしおって・・・しかし、噂には聞いていたが和紙と韻の増幅作用は凄まじいのぅ。一瞬、閻魔様を通り越して蛇の道越しにバブルス君が見えたわ。」

 

「お、お目付け役ですか・・・で、それならお店で下働きさせた方がいいんじゃないですか?」

 

「うーん、それじゃ意味が無いかな。さっきも見てたと思うけど、彼女は結構強力なアストラルなんだけど、いかんせん僕の前では居ても居なくても変わらないくらいの強力さなんだよね。結局、僕が何かやらかした時だって、事情を伝える前に殺されちゃったりする位置にいるのはよくないってことじゃないかな。ま、監視の対象は僕だけじゃないだろうしね。」

 

「うむ。あの動く等身大フィギュア・・・なんといったかのぅ・・・」

 

「等身大・・・オートマータか?」

 

「おぅ!それじゃそれ!アカネは持っておらなんだか?興味あるんじゃがなぁ・・・。」

 

「あんな気持ち悪いもん家に置かないよ!」

 

「あ、それは酷いなぁ宮元君!僕の店のアトロポス、ラキシス、クローソーを見てくれれば考え変わると思うぞー?今度ここへ出前させてみようか?いいよー、オートマータはいいよー、カヲル君もビックリだぜ?」

 

「それはそれは、魔王と違ってアカネは良い鼻をしておるな。魔王殿はあれがどういう出自の代物か知っておるのか?」

 

「え?出自って、俺のような崇高なおたくに訪れたIT革命が等身大フィギュアに学習型AIを積んだメイドロボならぬメイトロボじゃんか。ロボットの友達だからロボダッチ♪みたいな。」

 

「お主幾つじゃ??と、いうより魔王殿がそれを知らぬとは酷い話じゃの。あれはあれでこの国の暗部で争いが続いておるというのに。」

 

「何?!スーパーメイドロボット戦争みたいなことになってんの?!光ファイバー!コミュニケーション!回路全開!夢操作ONE!みたいな?」

 

「・・・あんなスケールの問題ではないわ、阿呆め。」

 

「あ、ミルフィーユ今、多分巧いこと言った?」

 

「我輩の気持ちをわかってくれるのはアカネだけじゃ♪あんなお人形遊びで話は済まんのじゃ。オートマータの源流は太平洋戦争中に日本の秘密結社が子供を使って造っておった人造人間ぞ?自国の歴史も知らんのかえ?」

 

「オートマータが戦時中の・・・装甲臣民の話か。あれは都市伝説じゃなかったか?あれ・・・誰か最近その話をしていたような・・・」

 

「うん?確か、愛美ちゃんじゃなかったかな?ほら、君も書いてる雑誌を出してる・・・ええと、鳴神社の記者だよ。鳴神の預言者に会ったって君も言ってたじゃない?」

 

「ああ、藤田の・・・そういえばさっきも曙光がどうとか言ってたもんな。ミルフィーユ、あの手の都市伝説って結構本当の事だったりしたのか?」

 

「まぁ、情報操作が幾重にもされておるようだからな。秘密結社、真赫機関は魔剣戦争、この国では100年戦争の時代には既にヨーロッパに来ておったようじゃしな・・・・・アカネよ、お主、本当に何も知らんのか?」

 

一瞬、ミルフィーユの顔色が変わった。が、それは本当に一瞬のことだった。

 

「だから、オカルト程度にしか知らないって。仮面ライダーみたいな改造人間だの秘密結社だのって、現実感無いんだよな。」

 

なんだかややこしい話になってきそうだった。

 

「なんにしても、じゃ。我輩はアカネの家に居候して、東雲の勢力と、魔王ゴータ、そして、この国におる異常な力を監視する。勿論、共通の目的のために東雲や浦戸、そして天皇家に協力することとてやぶさかではない。そういうことじゃな。」

 

ミルフィーユはポテトチップスの袋をやぶきながら面倒くさそうに言った。なんだか短期間に随分と図々しくなったなコイツ。

 

「それは、黒井さんの言葉としてうけとっていいのかな?」

 

「よい。よいのじゃが・・・おそらくロードレオン卿はもはや戻ることはあるまい。」

 

「では次代の護国卿は誰が?」

 

「解らぬ。東雲にもいずれ劣らぬ聖堂騎士がはぐくまれれておることじゃろうよ。」

 

「僕としては是非会っておきたいね。まだいないなら推薦したい子もいる。」

 

「魔王が勇者を推薦とはな。まぁ、勇者兼任の魔王殿ならではといえば、それまでじゃがの。」

 

「・・・そういうことだ、宮元君、このお金は東雲家から君への手間賃というか、必要経費だ。これでこのコウモリ女を飼ってくれないか?勿論、出来る限りの強力は惜しまない。手近で家を用立てることだってする。」

 

「え・・・いや、この場所はベストポジションなので・・・というか、未だに信じられないんですけど・・・。」

 

「その辺は彼女と暮らしていれば慣れるさ。なに、何か気に入らないことがあったらそのハリセンでしばき倒せばいいんだ。簡単簡単。」

 

「僕は一般人なんですよ・・・。」

 

「引き篭もりライターが、ひょんなことから美少女吸血鬼と一つ屋根の下なんて御誂え向きな話だと思わないかい?フラグ立ちまくりだよ?」

 

「宇宙船崩壊、精神病エンドのフラグなら俺の心のコンクリートジャングルに乱立してますよ。」

 

「大丈夫。君は正気だよ。なんなら隣の人にミルフィーユを見てもらうといいよ。僕の店につれてきてもいい。これは客観的な事実だ。」

 

「その客観的視座というのは人間には取得不可能だと思うんですけど・・・。」

 

「宮元君は哲学専攻だったっけ?ヒュームだったかな?確かにそうだけど、人間なんて、人間にとっての世界なんて所詮はそんなものさ。気の持ちようだと言うのなら、楽しい気持ちで過ごせばいい。それはそれで素敵なことだよ?」

 

「ニーチェはしくじりましたけどね。」

 

「彼は純粋過ぎたし、なによりパラダイムシフトの過渡期の人間で、極端な立場を取らざるを得なかった精神だからね。人身御供さ。でも僕らは違うさ。理性的に生きているこということは、非理性的なことを選択出来ないという不自由を意味しないんじゃないか?」

 

「好きに生きろと人は言う。」

 

「そう、それはつまり、そんなこと俺に聞くなってことなんだけどね。突き詰めれば、誰も君を否定したりしないってことさ。好きに生きてみればいい。」

 

「そうですか・・・・そうですね、わかりました!コイツをつれて帰ってもらえませんか?」

 

「それは駄目。っていうか、君一ヶ月以上彼女と生活してたんだよ?気付かなかっただろうけどさ。」

 

「それこそ気の持ちようですよ。知らぬが仏です。」

 

「気難しいね。大丈夫。100年以上生きてても抱いたらそれなりなんじゃない?」

 

「業汰さん、説得が面倒くさくなってませんか?」

 

「うん。もういいか、出オチってことで処理しちゃおうかコイツ。」

 

「な、話が違うぞ!日本でオタクライフを満喫出来るというからまかりこしたというに!」

 

ハリセンでひっぱたいた。

 

「あうぅぅ・・・って、今のはボケとらんわい!」

 

2発目。

 

「余計に駄目だろ!・・・・わかりました。とりあえず、ここに置きましょう。でも、何かあったら助けて貰いますよ?僕はあんなとんでもない暴力に巻き込まれるのはごめんですし、引き篭もりライフを完成させた途端に破綻させるのもあんまりだ。」

 

「ありがとう!いやはや、よかったよかった。これで話が前に進むよ。」

 

業汰さんは何度も礼を言って、帰っていった。

 

「なんじゃー、あっさり折れてくれたのぅ、アカネー。さては美少女との共同生活にドキがムネムネじゃな?」

 

「まぁな。」

 

紙袋の中の現金が唸りを上げていた。

 

航星日誌 2010.0101

 

俺の心のエンタープライズにエイリアンが転がり込んだ。

まぁ、USSエンタープライズにもミスター・スポックがいたことだし、それはそれで刺激的な航海になって面白いのかもしれない。美少女吸血鬼と一つ屋根の下。俺とミルフィーユの共同生活が幕を開けたのであった。

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引き篭もりと吸血姫のgdgd物語。
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