てんぺすと!「一角獣事件」その2 |
「しっかし酷ぇ目に遭ったなぁ。世界は真っ暗だ、ヨハンもビックリだぜ。」
真夜中の道路をフラフラあるく2つのシルエットがあった。
事後始末を東雲に任せた茜とミルフィーユはひとまず家へ帰ることにした。日が出てしまっては元も子もない。
「茜、あれなるはラーメン屋ではないのか?妾はラーメンを・・・」
茜は時計を見た。深夜3時を過ぎている。腕時計は風呂とベットの中以外ではまず外さない。しかし、ひきこもりである自分にとって時計の電池交感のために時計屋やホームセンターへ行くのはどうにもマヌケに思えていた。
「うーん、確かに深夜営業のラーメン屋って食べたくなるんだけど・・・ガラの悪いのがたむろって足りするんだよなぁ・・・ヤンキー夫婦が数組で着てたりとか・・・ほら、黒の軽ワゴンが停まってる。」
「ヤンキー?」
「不良の延長線上に・・・あ、DQNって言った方がいいか?」
「おー、DQNか!見てみたいのぅ生DQN!」
「ロクなもんじゃねぇよ。っつーか俺達とは真逆の人種だぞ?」
「下種はさっき充分に見たであろう?それにラーメンじゃ!」
「小池さんかお前は。日の出もあるから時間かけられないぞ?解ってるのか?あと多分ニンニクがきつい。そして俺はニンニクの匂いが部屋に充満するのが大嫌いだ。」
「解っておる解っておる。換気扇でもファ○リーズでもなんでも回してやるから早う入ろうではないか。」
ミルフィーユは待ちきれずにちょこちょこと店の中へ入っていった。やれやれと思いながら、ヤンキーうぜぇよと呟いた茜はそれに続いた。
ミルフィーユが店の出入り口に差し掛かると、入れ違いにいそいそとワゴンの主であろう薄汚いジャージの夫婦とちいさな子どもが出てきた。「うわぁマジで襟足伸ばしてるよ。っつーか深夜に子ども連れ歩くなよな・・・ん?」思いのほかまもともな顔つきをしていたDQNは子どもと妻を庇うように車の方へ押し出すと、ミルフィーユを見て何かを言おうとしたが結局何も言わずに車へ乗り込んでしまった。
「な、なんだあれ・・・?」
茜も続いて店に入ると、その原因は判明した。
「なんだ静寂じゃねーか。」
そこにはあきらかにスジ者であろう恐ろしい形相をした男と、金髪の女性がラーメンを啜っていた。
「よう宮元。ミルフィーユさんもこんばんわ。お前がラーメン喰べにくるなんて珍しいな?」
「ミルフィーユが食いたいってさ。ちょっと野暮用で外に出てたからな、ついでだよ。なるほどな、さっきの夫婦に絡んだのはお前か、発(はじめ)。」
「うん?あのバカ女がガキを放っておくのが気に入らなかっただけよ。夜は静かにするものよ?」
「お前なぁ・・・」
金髪の女をかこって夜中にラーメンを食べに来た静寂を見れば、大抵の一般人は警戒する、というか席を立つだろう。静寂の外見は同見てもかたぎではないので無理からぬことだった。加えて、この金髪の美女は外見からは想像も着かないくらい粗暴で身勝手な破綻した人格をしている上に自分のことを天使と名乗るとんでもない問題人物である。さきほどの夫婦は、金髪の美女、発に因縁をつけられ、その隣で眉間にしわを寄せてラーメンを啜っている静寂を見てトラブルのにおいを感じてしまったのだろう。
ヤンキーには一般人とは別の危機意識がある。ヤバイ目つき、ヤバイ顔つき、ヤバイ雰囲気。それは実際に絡まれたり目撃したり、最悪巻き込まれたりした人間が経験上見につけるうわべとは別の危険に対する嗅覚である。静寂の顔とオーラは、本人の資質や意思とはまったく無関係に、凶相ともいえるそれを備えてしまっていた。実際には実直と誠実を絵に描いたような人物であり、この街の市職員であるが、茜がいくらそれを力説したところで、誰一人それを信じるものはないだろう。
もっとも、その凶相は、静寂だけではない、発やミルフィーユ、茜もまた、その多寡こそあれ持ち合わせていた。
静寂の顔をまとも見られたのだろうか。もし、あのDQNの男が本物であるとするならば、おそらく静寂の目をみて店を出たのだろう。子どもを庇った態度からすれば、そういうことなのかもしれないと、茜は思いながらつけ面を注文した。
本当に一線を越えてしまう目というものがある。
ヤンキーだろうがヤクザだろうがルールや倫理を持ち合わせている。それは法律や道徳といったものとほぼ同じ働きをしている一種の倫理観であると言っていいが、一般人と外道とにそうした共通の倫理があるように、また、その双方から逸脱している危険な人種がこの世界には少なからず存在している。恐らく理屈も道徳も通用しない「話にならない手合い」それこそが、社会で生きる凡そ全ての人間にとって最も危惧すべき人物である。
そういう人物を見て、人は「あいつは頭がおかしい」と言う。それは嘲笑と社会的制裁としての揶揄とを指し示すが、ある種の経験をした人間にとっては純然たる脅威になる。そういう人間は、「頭のおかしい」手合いが時に想像もつかない災厄を招き、それが回避できない喪失を生み得ることを知っている。恐怖というよりは、危険である。そう判断して「回避」するのだ。
茜や静寂は、自分がそうであると看破されることを最も嫌った。
ラーメンの丼を手前に置かれたミルフィーユは目を輝かせてそれを見つめていた。数秒間、香りをかいだり物珍しそうに見たりしていたが、ついに先日訓練した箸を手に取り、ラーメンを口に運んだ。
「こ・・・これは・・・なんたる美味か!濃厚にして複雑でありながら美しく澄んだ芳醇な鳥ガラのスープ・・・その精緻にして重厚な背景は人類の食の歴史、いや、森羅万象そのもの!万物の粋をもって作られたスープが注がれた杯はさながら聖杯がことく、そのスープを口にはこぶ麺の歯ごたえ、のど腰・・・そしてこれは・・・」
「黙って食えよ。うるせぇなぁ。」
「わ、わかっておるわ!仕方が無い、では略式で・・・うーーまーーいーーぞーーーー!あぅぅぅ・・・。」
「お前、それがやりたかったのか??」
ミルフィーユをハリセンでしばき倒した茜は呆れたようにうずくまっているミルフィーユを見た。
「下種な吸血鬼はラーメンごときではしゃいじゃうのねー?うらやましいわ。」
髪をかきあげてラーメンを啜っていた発が皮肉を言った。相変わらず性格が悪い。
「うん?なんじゃ貴様は・・・・お前!何故天使がこんなところにおる?!」
発に気がついたミルフィーユが驚嘆して身構える。「ラーメンは置いておけよ。零すぞ。」茜はいたって冷静に忠告をした。
「発もだ。ここで喧嘩するなよ、店に迷惑だ。」
静寂もまた、いつもの事とばかりに発をいさめた。
「残念じゃのぅ、今の妾なら下級天使なぞ一発じゃ。」
「人間を誑かす下品な吸血鬼と違って、人間を導く立場にある私が悪魔ごときに負けるわけがないじゃないの?一発どころか一瞬よ一瞬。」
「ユニコーンを倒してきた。」「なっ!?」
「ふん、見え見えの嘘ね・・・吸血鬼が叶う相手じゃないわ。」
「嘘じゃと思うなら動物園へ行ってみるがよい。中々の強敵であったが、本気出した妾が一発で黙らせてやったわ!のぅ茜?」
「・・・まぁ、色々ひっくるめて事実だな。」
「本当か?!ユニコーンなんて居たのか、凄いな。」
「ろくでもねぇよ。今まで最低最悪の生き物だった。」
「へぇ、それで、発が取り乱すくらい強かったのか?」
「あぁ、小細工を使わないと勝てなかった、っつーか殺されてたな多分。」
「穏やかじゃないな。吸血鬼の女王も苦戦する相手か。また変なことにならんといいけど。」
二人は麺を啜りながら穏やかならぬ会話をしていた。それを黙ってみているのは店の店主であり、彼らより5つ上の先輩の馬屋賛(まや・たすく)である。深夜に行き場の無い人間のたまり場になるようにラーメン屋を空けている変人だが、茜も静寂もたまにこの店を利用している。茜は人間が嫌いであるからだが、静寂は昼間に来ると両隣が空いてしまうので遠慮している。
「たまに来るけどさ、人間(ふつう)じゃないのも。また騒がしいのが増えたもんだ。」
賛は言い争う二人の金髪を見てそういった。スキンヘッドにサングラス。下手をすればバズーカを持ち出しそうな海坊主だが、かなづちである。
「はぁ・・・あれこの前からうちに居候してるんスよ。」
「お前の家にか?大丈夫かよ??」
「大丈夫じゃないッスよ・・・さっきも死に掛けたんですから。」
「ま、危なくなったら東雲の旦那にでも泣きつくんだな。専門家だ。」
「だといいんですけどね・・・。」
[newpage]
「ほぅ・・・ユニコーンを倒す奴がいるとはのぅ・・・誰の仕業じゃ?」
薄暗い、とは言えないような上品な蛍光灯の明かりの下、割と調度品の整えられた地下室にその女はいた。
動物園から少し離れた屋敷の地下で、床までつきそうな長く美しい黒髪と雪のように白い肌に露出度の高い服をひっかけるように着た美女が搬送されてきたユニコーンを見下ろしていた。
「さっき話したでしょう?ヨーロッパからイオタ・ロードレオンの代理でやってきた吸血鬼の女王ですよ。」
部屋に入ってきたのは、同じくらい長い髪が印象的な、長身の男・・・この町で魔王と呼ばれる存在であり、同時に人類最強最悪の兵器の一つ「征剣」草薙の剣の所有者である東雲業汰である。
「吸血鬼の・・・とな?決死のことであったろうな。有り難き事、ほめてやろう。」
「でしょうね。さて、どういうことか説明していただきましょうか?」
「説明とな?」
「私がヤタガラスを通じてお願いしたのは、ユニコーンの角だけです。こんな害獣を日本に持ち込まれてはこまります。」
「それは、人間としての意見かえ?」
「そうです。ユニコーンは人間を襲います。現に子どもが暴行されています。」
「まぁ、気持ちは解らぬではないがな。ともあれ、確かにこのケダモノは聊か度が過ぎたようじゃ・・・角を負って送り返すとしよう。」
「お言葉ですが、私がお尋ねしているのは、何故ユニコーンが動物園にいたのか、ということです。」
「知らん。」
「貴女以外にあんなまねが出来る存在はいないでしょう。」
「大神がおわしゃろう?」
「今上はそのようなことはおっしゃられませんでした。」
「・・・ま、まぁ、良いではないか。それに、約束のものはまだ頂いておらぬしな。」
「解りました。ご案内します・・・」
「ただいまー・・・を言う相手もいないのじゃ。」「イソジンかよ。お前本当は日本人だろ?」
ミルフィーユと茜は夜明け前の街を散策しながらエフコスモスへ帰って来た。
「あ、おかえりー。」
「業汰さん?ちょっと困るなー、大家だからって人の家に入られちゃ・・・うわ、酒臭い・・・って、あれ?」
リビングへ入ると、業汰がいた。業汰の向かいにはこの世のものとは思えない美女が胡坐をかいて座っている。見えちゃうというか、見えていたが、どうもそういうことを気にする人ではなさそうだった。それにかなり酔っ払っている。
「ほぅ、そちらがユニコーンを倒しおおせた者たちか。ふむふむ、そちらの怪異は中々の力を持っているのぅ。酒を持て。」
「いや、後半わけわかんねーから。なんなんですかこの人?」
茜は業汰に助けを求めた。
「ん?いやね、お酒飲みたいっていうからさ、でもこの時間じゃお店開いてないでしょ?空き部屋じゃ掃除しないといけないし、そこで、君の家。」
「お店つかって下さいよ。」
「うちお酒飲むところじゃないからね。それにこの時間じゃもう赫真君が仕入れとか準備とか始めてるんじゃないかな?」
「まったく、俺ひこもってるんですけどね・・・。まぁいいか、ラーメン食ってからじゃ完全に逆ですけど・・・ってお酒なんか置いてませんよ?飲まないので。」
「大丈夫、流石にそれは僕が買ってきてあるから。」
業汰が紙袋を指差す。びっくりする程高級な日本酒が数本、無造作においてあった。「あ、『鶴の友』じゃないっすか?!これレアものですよ・・・飲んでいいっすか?」「おーよいぞよいぞ、宴をにぎやかすがよい。」
女はまるでホストのように茜を呼ぶと、「これはおぬしの勲功じゃなからな。」と言って今の奥でグルグルに縛られて封印らしきお札を貼られているユニコーンを指差した。
「うわぁっ!?な、なななな何でコイツが?!」「心配するな、魔王殿がおればそれこそ一瞬じゃ・・・!」
思わず身構える茜とミルフィーユだが「心配ないよ。動けないから。それに、今から取調べをしないといけない。」業汰はサングラスの下から鋭い目をのぞかせて女を見た。
「取調べ?」
「僕が思うに、一連の事件の犯人だよ、このお方がね。」
泥酔している美女をさして業汰が言った。「そのためにも、君達も少し手伝ってくれ。」業汰は、酒宴に加わるように二人に促した。
まるで砂漠に水をまくように延々と酒を飲み続ける女に付き合って1時間弱たった頃だった。
「さっきの、どういうことです?」
茜は業汰にたずねた。
「うん、彼女、人間でもアストラルでもないんだよ。」
「はぁ・・・つまり、どういうことですか?」
「女神さま・・・僕らよりもずーっと格が上の・・・ケタ外れの存在さ。」
「そういえば・・・この女の纏っておるオーラは・・・」
「そういうこと。どうします?ご自分で名乗られますか?」
「うむ、名乗ってしんぜよう!ワシの名前は、アメノ山ウヅメ子だ。どこにでもおるおネーさんである。酒を持て!」
完全に酔っ払っている女が叫ぶようにうなるように言った。
「どこにでも居る?神気をまとった女がどこにでも居るわけがなかろう!どういうことじゃ、魔王殿?」
「あーそれなんだけどね、草薙の剣を破壊しようとおもって、ユニコーンの角を手に入れようとしたんだよ。」
「ユニコーンの・・・ああ、穢れを消滅させるっていいますもんね。」
「そうそう。君達もその脅威は体験したと思うけど、その力で草薙の剣に溜まった力を消滅させて、一気に壊しちゃおうと思って、このお方のお力をお借りしたわけ。」
「おが多いですね・・・そんなに凄い人なんですか?」
「凄いも何も、神さまだよ、このお方は。」
「アメノ山って・・・天乃宇津女命(アメノウヅメノミコト)?!あーーー!」
茜の中で全てがつながって行った。
[newpage]
「ばれてしまったか・・・仕方が無い、酒を持て。」
「そういうことか!あんたが偽の太陽を作ってたんだな!!」「何!?こやつが偽太陽の黒幕か!」
「そうぞうしい。わしがどうしようがわしの勝手であろう?あのケダモノが逃げ出して子どもを襲いおるから、外に出られないように苦手な太陽を出して封じておっただけのこと。何をはばかるというのだ?」
「なんという・・・この街にどれだけ太陽光が苦手なアストラルが居ると思っておる!?」
「だから知らんと言うておる。この国は天津神がものぞ?そも、客人にどうこう言われる筋ではない。そうであろう、東雲の。」
「はぁ・・・まぁあの、僕もあんまり太陽は得意じゃないんですが・・・ともあれ、宇津女さま、この街には草薙の剣の件でアストラルが多く集まっているんです。あんまり豪快に太陽を幻出されると、後々争いの種になります。」
「ふん、お前と草薙の剣があればなんとでもなろう。それより酒じゃ。」
「いいや待った。そんなことよりも先ず、あれをなんとかしてくれ!」
茜が立ちはだかり、ユニコーンを指差した。
「あんなものを家においておいたら何されるかわかったもんじゃない!」
「あーわかったわかった・・・まったく、せわしないのぅ。。。興が殺れてしまうのはかなわんからのぅ。東雲の望みもあることだし、先に済ませるよしようか・・・」
アメノウヅメは面倒くさそうに立ち上がると、ユニコーンの方へ歩いていった。もう半裸に近い。
「さて、こいつは角を折ってしまえば生え変わるまでおとなしくなる。その角は東雲にくれてやるのであったな。」
「おいおい、その角触って大丈夫なのか?」「何を言う?神であるわしが穢れておるわけがなかろうよ。そこな吸血鬼では勿論出来ぬし、半分は人間である東雲のがやってもタダでは済むまい。お主では到底無理というもの・・・そこでわしのような神が必要であった、ということじゃな。」
「なるほど・・・日本の神はケガレを嫌う分、不浄キラーのユニコーンの角には耐性があるってことか。」
「そういうこと。あれは昔から色んな伝説があってね。いろんな経緯で人手に渡っては高い魔力とあの力でもって色んな結果を残した。それであの剣を壊してしまおうっていうのはいいアイデアだろ?」
二人の前でアメノウヅメは角に手をかけた。
その瞬間・・・
バチィッという音とともに、女神の美しい腕が打ち払われた。
「不浄に反応するユニコーンの角が・・・反応した?」
茜はいいながら、さもありなん、と思った。
「あれ・・・お、可笑しいなぁ・・・」
業汰は苦笑いをしながら日本酒を喉に流しこんだ。
「いい気味じゃな。神とはいえ、清浄不浄は一概・絶対なものではないということじゃ。」
ミルフィーユは既に座ってケーブルTVを見始めていた。
「こ・・・小憎らしい奴!」「?!」「あ、ちょ、ちょっと!」
危機を察知したミルフィーユは茜の陰にもぐりこみ、業汰は光を吸収する漆黒の結界を展開した。そして、「ギャアアアアアアアアアアアアッ」ユニコーンの悲鳴がこだまする。
女神がその手に凄まじい光をまとって角を叩き割ったのだ。
「ど・・・どうなった??」
光が収まると、茜の陰からミルフィーユがひょこっと顔を出した。
角を失ったユニコーンは、太陽の力をもった光に体を焼かれて白目をむいている。「む・・・むごい・・・なんという女神じゃ、慈悲心というものが無いのか?!」ミルフィーユは神々しいまでの後光をまとった、神力を一部解放したアメノウヅメを見た。
「ふん、ケダモノの分際で神の手を焼こうとは罪深い。本来は万死に値する罪じゃが、此度は赦してやる。感謝し崇めるがよい。」
「お前なぁ・・・これ、死んでるんじゃねぇか?」
茜がつま先でユニコーンを突っつく。ユニコーンはブスブスと音を立てて煙をあげていた。
「で、角は?」
茜が聞くと、
「・・・・ま、まぁ、2ヶ月もすれば生えてくるであろ。酒じゃ、酒を持て。」
角は、業を煮やした女神の一撃によって消滅してしまっていた。
「・・・なんだったんだ・・・一体なんだったんだあの騒ぎは!!!」
「まぁ、よいではないか、また短パンの小学生が沢山居るとか嘯けばユニコーンなぞはいくらでも連れてこられるであろうよ。」
「はぁ?!」
「わしとて争いを主とする神ではない。しかと現地へ赴き、礼をもってこのものに接し、契約を結んだ後こうしてこの地へ呼び、角を渡すように約束したのだ。」
「約束・・・?読めてきたぞ・・・このユニコーン、ブラン・ネージュ・・・姉がおったであろう?」
「ほぅ、知っておったか。確か・・・」
「ノワール・・・バイコーンのシャトゥー・ノワールじゃ!ノワールにショタコンの妹がおるのは知っておったが、そうかそうか・・・・貴様、角の交換条件に子どもを使ったな!」
「産土の子をわしがあつかって何が悪い?」
「・・・茜君、拠り代の塩柱は下の階の205号室だ。」業汰がキーを投げて寄こした。
「・・・・。」
うんざりした顔をした茜は無言で部屋を出て行った。
神の光臨には二つのルートがある。
「で、なぜユニコーンを動物園に?」
一つは神が自発的に光臨すること、もう一つは地上から何かを拠り代にして召喚されることである。
「いや、それがのぅ、しばらくの間に地上に酒が満ちておってな、これがまた美味でなぁ・・・ともあれ先立つものがないと酒も買えぬ世の中になってしまった。わしとてわが子同然のこの国の人間から酒を奪うことは出来ぬでな、なんとか矢銭を稼ごうと思って・・・つい、その・・・」
もうダッシュで階段を駆け下り、空き部屋になっている205号室のカギをあけてドアを乱暴に開ける。そこには注連縄がかけられた塩柱があった。茜はその前に駆け出すと
「出来心じゃ、赦せ。」
「「「かぁぁぁえぇぇれぇぇぇえぇぇぇっっーーーーーー!!!」」」
塩柱を思い切り蹴倒した。
翌日
「はぁ・・・、なんかムダに一日を過ごしてしまった・・・。」
朝4時50分
風呂から上がってきた茜はそのままスケジュール通りに新たな一日をはじめた。窓を開けて換気をする。ミルフィーユは先ほどさっさと棺桶に入って寝てしまった。
「・・・一体なにが悪かったんだろうな・・・。」
どういうわけか、角を失ったユニコーンが置き去りにされている。業汰から頼まれたのだった。ユニコーンは角を失って力なく横たわっている。焼け爛れた肌の再生速度はミルフィーユにくらべるとかなり遅いものの、日の当たらないところにおいておいただけで、それなりに皮膚が再生されていた。
紅茶を入れて一服していると、インターホンがなった。「はいはい・・・」茜がぐったりしながら出に行くと、ドアの前には褐色の肌に銀髪が映える女性が立っていた。ドアを開けると、「はじめまして、わたしくし、ブラン・ネージュの姉のシャトゥー・ノワールといいます。この度は妹がご迷惑をおかけして・・・」深々と頭を下げた女性に茜はつられて頭を下げた。思わず吸い込まれそうになる黒い瞳が印象的だった。
「まぁ、ミルフィーユが来ているのですか?」
茜はノワールに紅茶を用意すると、しばらく話をした。
「ええ。今寝てますよ。ユニコーン・・・ブラン・ネージュ相手に大立ち回りをしましたからね。」
「重ね重ね、お詫び申し上げますわ。妹は真っ直ぐな子なのですが、自分に素直すぎるのです。」
「はは・・・まぁ、その辺はミルフィーユや発も似たようなもんですよ。それで、ブラン・ネージュはどうやって連れて帰るんです?」
「私は、魔女ロイヤルローズから『幻視深林(ファンタズマフォーレ)』の管理を任されています。どこからでも森への扉を開くことが出来ます。」
「なるほど・・・それじゃ、本格的に日が出てくる前に済ませましょう。」
茜が立ち上がる。ブラン・ネージュを運ぶのを手伝うつもりだった。
「あ、お気遣い無く。私なら大丈夫ですから。」
ノワールはそそくさとブラン・ネージュのそばへ行くと、その巨躯を軽々と持ち上げて外へ運んでいった。
「それでは、この辺でおいとましますね。宮元さん、ミルフィーユにもよろしくおつたえください。」
「伝えておきます。ノワールさんもお気をつけて。」
「はい。それじゃ、いずれまた・・・。」
ノワールは穏やかな笑顔とともに消えていった。
[newpage]
「と・・・まぁ、こういうわけなんですよ。俺、ひきこもるつもりが外に出ずっぱりで、その上トラブルに巻き込まれっぱなしなんですよ。このままじゃ折角ひきこもり生活を始めても上手くいくとは思えなくて・・・その、自信が持てないんです。」
征暦2010年1月某日
江府市内 浦沢クリニック 診療室
茜が背もたれのある椅子に座ってうなだれている。
病室のベット脇にはスーパーの買い物袋が二つ。どう見ても一人暮らしのそれではない。スーパーの特売日だったのだろうが、それにしても量が多い。事実は、肉まんとあんまんの特売広告を見たのを切欠にミルフィーユの食指が動いたので仕方なく買出しに出たのであるが、帰り道に自分が引き篭もりであることを思い出して自信をなくしてしまったのである。
茜の前には妙齢の女医が座っている。
茜の問診表を見ながらなにやら思案している。笑顔が良く似合う、いかにも優しそうな女性だ。悩んでいる時ですらどこか微笑んでいるように思える。この笑顔だけでも気持ちが安らぐというものだった。
「うーん・・・それは多分、五月病ね。」
女医は、穏やかな声でまったく検討ハズレな事を言った。
「いや、違うと思いますよ・・・一月ですし。」
「旧暦とか?」
「旧暦の五月は真夏ですよ?」
「若いのに細かいわねー。それじゃ・・・あ!神経衰弱じゃない?気にしすぎなのよ宮元君は!」
どこまでも穏やかな表情、声、口調。相手を安心させ、包み込むようなそれだが、時に一抹の不安に駆られることもある。
「はぁ・・・先生、本当に医者なんですか?」
「外科手術なら任せて頂戴♪」
「いや、その、精神科医じゃないんですか?」
「あら、資格は持ってるわよ?」
この人、実際、アホなんじゃないのかと。
毅道椎花が精神科医の免許を取得したのは征暦2008年のことである。藤田風美の知り合いであった矢吹紫愛(やぶい・しあ)の元で勉強して試験を受けたのである。元々、外科医としての資格を持っていた彼女だが、天使教事件の後、浦沢と籍を入れてからは外科手術には携わらなかった。
2009年に茜が江府市に越してきて、引き篭もり生活で健全な精神活動を維持するためにメンタルクリニックを探していた時に見つけたのが浦沢クリニックであり、そこで精神科医・カウンセラーとして働いていたのが浦沢椎花であった。人当たりが良く、不思議と懐の深い彼女を見込んで、茜は担当に椎花を選ぶという、知らぬが仏もいいところの暴挙に出たのであるが、ミルフィーユが転がり込んできてから度々トラブルに巻き込まれるようになってしまった茜は、後に自分には人を見る目が無いのだということを痛感する羽目になる。どうでもいい話だが、そもそも茜が当てにした浦沢幾好は犯罪心理学者として世界中を飛び回っている。
「それじゃ、お茶にする?」
「しねぇよ。」
こうして、宮元茜のひきこもり生活は順調に逸脱を始めていた。
江府市はこの後、いくつかの大きな災厄に見舞われることになる。しかしそれは、東雲業汰と屈木赫真の物語である。宮元茜もミルフィーユも、終始そのそばにありながら全くこれらの事件に関わることがなかった。引き篭もっていたからである。この物語では、宮元茜とミルフィーユが阿鼻叫喚の地獄を無視しながら過ごした一見して無意味に見えて、どこまでも無意味な私生活を追っていくことにする。
Roots&Flu@ts
『てんぺすとらうんじ』〜宮元茜の場合〜
ACT.1 茜と愉快な仲魔たち
おわり
説明 | ||
ひきこもりと吸血鬼を中心に、ダメーズたちのアレな日常をつらつらと・・・。レギュラーメンバーが出そろったところで導入編は最終回です。この後は、pixivには未掲載の分ものっけていこうかと思います。 | ||
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