真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨   第十一話
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急勾配の坂を、濛々と土煙を上げながら岩石が転がり落ちる。

砦へと攻めかかろうとしていた官軍達を一掃するその様に、男は笑みを零した。

 

 

「はっ! ざまぁねぇなあっ!」

「流石っすねアニキ!」

「み、みんなぺしゃんこなんだな」

 

 

“アニキ”と呼ばれた男と、その取り巻きである二人が歓声を上げる。他の箇所からも多かれ少なかれ同じ様に声が上がった。

と、そんな彼らの足元にロクに狙いも定まらない官軍の矢が飛んできた。

 

 

「第二投構え! 俺達のアイドルに手ぇ出そうなんて官軍なんざ、全員纏めてぶっ潰しちまえ!!」

 

 

彼らは元々、張三姉妹の親衛隊だった。

その歌声に惹かれ、或いは容姿に惹かれ、あちこちの街でライブを行う彼女達につき従う様にその数は日増しに増えて行く。

そんな彼女達がライブを行った広宗のとある街で、驚くべき情報が彼らの耳に飛び込んできた。

 

 

 

『―――民衆を徒に扇動する黄巾党の主魁、張角を討つべし』

 

 

 

近隣諸国に発せられた檄を知った親衛隊は、すぐさま三姉妹を守る為に広宗に集結。図らずもそれが徹底抗戦の構えであると解釈され、両陣営の激突は開始した。

 

例え事の発端である略奪事件の数々が、黄巾党を語る盗賊集団であったとしても、官軍はそんな理由などお構いなしに殺しにかかってくる。

ならば、今武器をとらずして何とする。

 

 

「てめぇら踏ん張りやがれ!! 官軍なんぞに負けるんじゃねぇっ!!」

 

 

たび重なる飢饉。

幾度となく搾取される重税。

下役人の顔色一つで奪われる人の尊厳。

 

 

踏み躙られ続けてきた怒りはそのまま力へと変わり、気づけば断崖絶壁のそびえ立つ堅牢な高所に陣取る軍勢は万をゆうに超える数へと膨れ上がった。

その中には、腐敗した王朝を嫌って出奔した者や、窮屈な宮仕えから官を辞した人間が幾人もいた。

 

 

「あ? どうした周倉」

 

 

岩石の転がり落ちた坂下を眺めながら佇む周倉に、男は尋ねた。

この無頼の徒もまた、一時期はとある街で番兵を務めていたが、中央から視察に訪れた下役人の粗暴な振る舞いに反論した途端、謂れのない罪を着せられて官職を捨てた人間の一人であった。

以来、己の武勇を頼みに義侠の道を歩み、今では百人ばかりからなる武装集団を率いるまでになっていた。

 

 

「なに、俺も一つ出てみようかと思ってな」

「ははっ、そりゃ心強いが……お前が出るまでもねぇだろ」

 

 

猪をも素手で殺す男を傍らに見やれば、次々と転がり落ちてくる岩石に官軍は戦々恐々、平素はあれだけ傲慢に威張り散らしているというのに、今は我先にと土と泥塗れになりながら逃げ惑っている。

 

その様の何と痛快で、滑稽な事か。

 

 

大声を上げて笑い飛ばす男の隣で、しかし周倉の浮かべた笑みは酷く獰猛だった。

 

 

「来るぜ、“山賊狩り”が」

 

 

刹那、轟音と共に岩石が四方八方につぶてとなって吹き飛んだ。

何事かと瞠目した兵達は、しかし次の瞬間轟いた女傑の大音声に空を見上げた。

 

 

「乱世に乗じ、民草を苦しめる官匪匪賊の悪党ども!! 我が青龍偃月刀の錆にしてくれる!!」

 

 

艶やかな黒髪を棚引かせ、竜の唸る様な音と共に振り下ろされた一撃を正面から受け止め、周倉は声を張り上げた。

 

 

「俺は晋陽の周倉! 一手手合わせ願おうか!!」

「我が名は関羽! 劉玄徳が一の刃也!!」

 

 

甲高い轟音が響く。

 

戦はまだ、始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一合打ち合う度に、斬撃は突風となって周囲を薙ぐ。

怒号の様に轟く戟の唸りは、双方の力量が拮抗している事を雄弁に語っていた。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

大きく横に薙ぎ払うと、その勢いを利用して関羽は後方へと飛び退く。と、その傍らに槍を携えて星が姿を見せた。

 

 

「“全く、随分と勇み立っているな”」

「ふ……」

 

 

先刻告げた言葉をそのまま返されても、関羽は笑みを絶やさず前を見据えた。

 

坂の上に臨む男―――周倉は片手に長柄の偃月刀を構え、仁王立ちしている。周囲にいた筈の黄巾賊は残らず下がらせたのか、直ぐ傍には一人として見当たらない。精々が遠巻きに矢をつがえている程度だ。

 

 

「黒髪の山賊狩り……成程、噂に違わぬ腕前だ」

「そういうお主こそ、流石は黒山の凶犬といった所だな」

 

 

黒山の凶犬、周倉。

太原周辺を縄張りとする白波賊との抗争に明け暮れていた黒山賊、張飛燕に助力し、僅か七日の内に五百を超える白波賊の精鋭を蹂躙した無頼の徒。

例え賊徒に身を落とそうと、成程その武勇は聊かも衰えていないという事か……と、関羽は胸中で武人としての血が騒ぐのを感じた。

 

 

「お主程の男が、よもやこの様な連中に手を貸すとは……」

「ほざけ」

 

 

ブン、と周倉は偃月刀を振るった。

 

 

「民の一人を守れもしない官軍なんぞに、これ以上奪わせられるかってんだ!」

 

 

大きく飛び上がり、大上段に切りかかった周倉の一撃を、しかし払ったのは星の龍牙だった。

 

 

「貴様らの怒りも最もだ。とはいえ、此方にも退くに退けぬ理由があるからな」

「はっ! んなモンは言わなくても分かるさ。戦場で武人と武人が出会ったんだ……やる事なんて、一つしかないだろ?」

 

 

ニィ、と周倉が獰猛な笑みを浮かべる。対する星もまた、ニヤリと微笑んだ。

 

 

「関羽。この者の相手は、私に任せて貰おう」

「しかし、趙雲……!」

「誰よりも先に頂へと辿り付き、大将首を取る……それが、お主がこの戦で為すべき事であろう?」

「それはそうだが……」

「なに、今の私はしがない客将だ。過不足なく、一宿一飯の恩義に報いるとしよう」

 

 

槍を油断なく構える星に一瞥をくれて、そのまま関羽は坂道を駆けあがった。

いかせまい、と迎撃に向かおうとした周倉の眼前に、星が踊り出る。

 

 

どちらともなく視線が重なり、やがて声を張り上げた。

 

 

「晋陽の周倉、行くぜェッ!!」

「常山の趙子龍、参る!」

 

 

怒号と斬撃が、音を立てて激突した。

 

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「……前線の部隊は敵の先鋒と激突、周辺に展開した部隊が矢を射かけているが、効果は薄い様だ」

「岩肌は思いのほかぬるぬるの様で、登るのは無謀のようですね〜」

「…………(ジロリ)」

「…………(ビクビク)」

「火攻めにするにしても、ああも木々が少ないのでは無理だろうな。届いて山の中腹、それも此方の進路が妨害されるだけで逆効果だ」

「……コホン。そ、それでは正面に部隊を展開して、少数で何処からか奇襲をかけられる場所を探してはどうでしょう?」

「おうおう、インテリ眼鏡の割にエグい作戦じゃねえか」

「これこれ宝慧、奇襲も立派な兵法ですよ〜」

 

 

空気が重いなんてもんじゃなかった。

普段の調子をキープしているのは風くらいなもので、あえて理性的に、冷静に対応出来ているのは稟と仲達。朱里は何やら風に敵愾心的な感じの視線をぶつけているし、そんな朱里の気迫に雛里はただただビクビクと震えている事しか出来ない。

 

いやうん、ぶっちゃけると俺も今すぐ逃げ出したい気分だったりする。

 

だが何故か俺の右隣に座り、仲達の膝の上に収まった風が俺の服の裾を掴んでいる。暗に「放してくれないかな? かな?」という旨の視線を送った所、

 

 

 

『―――フッ(ニヤリ)』

 

――――――風からは逃げられない!

 

 

 

 

…………じゃなくて、確かにそれもあったが一番の要因は仲達だったり雛里だったりする。

仲達は風や稟と話している合間にチラチラと、雛里は今にも泣き出しそうな表情でガン見で、二人ともが縋る様に俺の方に視線をやるのだ。

それがもう切実に救いを求める様なものであるから、それを見捨てて逃亡出来る程の冷酷さを俺が持ち合わせている道理は何処にもなく……

 

 

「え、ええっとさ、風」

「何ですかお兄さん? もしかして『火責め』という単語に新たな調教方法でも思いつきましたか〜?」

「ぶっ!?」

 

 

稟が盛大に鼻血をぶちまけるが、最早特に気にした様子もなく全員が淡々と後片付けを始めた。

テキパキと血を拭いて駒を並べ直し、予め用意していたのであろう予備の地図上に置き直す。

 

最も、その間もこの場の空気が弛緩する様な事は全くなかった訳だが。

 

 

「いや、そうじゃなくて……その、さ。どうして風は仲達の膝の上に収まっているのかなーって」

「んー?」

 

 

俺の言葉に、風は首を傾げ、仲達を見て、結局べったりともたれかかった。

……あれ、もしかして今スルーされた?

 

 

「ン、ン゛! ……風、そろそろ真面目に軍議に取り組んで欲しいのだけど」

「ふぅ、やれやれですね〜」

 

 

心底仕方ない、とでも言いたげにのそのそと動き、風は俺と仲達の間にすっぽりと収まった。

そして俺の服の裾を握っていたのとは反対の手で仲達の服の裾を掴んだ。

 

 

……いや、むしろ状況が悪化した様な気がするのは気の所為だろうか。何故だか朱里だけでなく雛里まで「むーっ」と頬を膨らませて俺達の方を見ている。

 

 

「……ああはい、もうそれでいいですからさっさと軍議を進めますよ。只でさえ今は事態が切迫しているんですから」

 

 

その様子に、最早諦観の域に達した稟が煩わしさを振り払う様に首を振って、言葉を紡いだ。

 

 

 

―――丁度、その時だった。

 

 

「で、伝令!」

 

 

大天幕に転がり込む様に、一人の兵士が慌てた様子で姿を現した。

 

 

「公孫?軍の別働隊であった劉備軍が、突如予定針路を変更し包囲網から離脱! 近隣の村に向かったとの事!!」

「はぁっ!?」

「物見によれば、その村には数百人規模の別の賊が攻め入ったとの報せもあり、只今状況を確認して――――――!」

 

 

言うが早いか、果たして気が付いた時には、俺は大天幕を駆け出した。

否、駆け出そうとした。

 

 

「何処へ行く気だ」

 

 

後ろからかけられた言葉と、万力で締めあげる様にきつく掴まれた肩に、一切の虚言を許さぬ威圧感が漂う。

 

 

「仮にも一団の長たる君が、その様に何度も軽挙妄動を繰り返しては困る」

「けど……っ!」

「僕らが為すべき事は何だ? 与えられた役目は? 他の諸候との駆け引きは? ……その全てを、何もかもを、高々一時の自己満足の為に捨てると云う気か、一刀」

 

 

仲達の言わんとしている事は分かる。

此処で他の諸侯に、付け入る隙を与えてはならない。この戦で、確実に名を高め、実績を得なければならない。

 

 

あの日掲げた夢を叶える為には、それこそが最善で、最良で、最短なのだ。

 

だから、劉備の自己満足には付き合うな。

下らない自尊心を満たす為に、絶好の好機を失うな。

 

 

肩にかけられる力は、仲達の言葉を何よりも雄弁に語っていた。

 

 

 

 

 

――――――だけど!

 

 

 

 

「……ゴメン、仲達」

 

 

俺の言葉に、僅かに緩んだ一瞬の隙をついて、仲達の手から抜け出す。

 

 

「此処で行かなきゃ、俺は“俺”を許せない」

 

 

天の御遣いの名が、民の明日を照らす希望の光だというのなら。

掲げた理想が、虐げられる者達を助けるというものであるのなら。

 

 

北郷一刀は、逃げてはならない。

 

貫くと決めた道に、掲げた信念に背かない。

 

 

それが。

それだけが。

 

 

今は亡き“親友”にしてやれる、たった一つの手向けなのだから。

 

 

            

 

 

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