エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件1
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エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件1

 

 

1.エージェント佐天さんと学園都市の暗部

 

 私の名前は佐天涙子。柵川中学校に通う1年生。

 親友である初春飾利のスカートを捲りパンツを眺めるのが日課のどこにでもいるちょっとお茶目な女学生。

 ちなみに昨日の初春のパンツは青の水玉だった。私としては初春ももう中学生なのだし、もっと大人っぽいのを穿いて欲しいとも思う。例えば面積のやたら少ないスケスケの黒いやつとか。

あっ、でも逆にウサギとかクマとかが大きくプリントされている白の方が初春らしくて良いかも知れない。

 意外性を追求して大人っぽくか、それとも子供っぽいキャラを推し進めさせるべきか。それが問題。大問題。どちらも似合いそうで良いから深く深く悩んでしまう。

 おっと、話がずれてしまったわね。とにかく私は明るく元気が売りの茶目っ気たっぷりの天真爛漫お気楽極楽女子中学生。それが皆の知る佐天涙子。佐天さんのキャラクター。

 でもそれは私の表の顔でしかない。そう。私には初春にも秘密にしているもう一つの別の顔がある。

 それは私がお皿洗いからお風呂掃除までどんな過酷な仕事もやってのける万能エージェントであるということ。1食700円で食事も作るわ(材料費は別途)っ!

 

 エージェント佐天さん。

 

 それこそが私のもう一つの顔。言い換えれば裏の顔。

 何故、普通の女子中学生である筈の私がこんな裏稼業を営んでいるのか? 

 そこには深く重い理由が存在する。

 その理由とは……

 

 レベル0(無能力者)は奨学金が少ないからっ!

 

 両親からの仕送りはちゃんとあるけれど私は何かと物入りな年頃の女学生。お金は幾らあっても足りない。

 ていうか、生活費を除いて自由裁量できる金額が月千円って少な過ぎるでしょっ!

 常盤台のお嬢様と交遊していると1日で吹き飛ぶっての。あのお嬢様達は金銭感覚がおかしいんだから。ホットドック1本に2千円も平気で支払う人種なのよ。ブルジョワ許すまじ。マルクスは今こそ復活を遂げるべきなのよっ!

 まあそんな訳で奨学金も期待できない私は自分で金銭を調達するしかない。

 けれど、中学1年生の私がまともなバイトを出来る訳もなく。そんなこんなで裏稼業に手を染めるしかない。

 そして私には能力者としての才能はなくてもエージェントとしての才能はあったらしい。

 今までにこなして来たミッションは数知れず。私はいつの間にか学園都市の暗部を渡り歩く女になっていた。

 そして今日もまたエージェント佐天さんの元に新たなクライアントが依頼を持って来たのだった。

 

 

 金欠女学生とブルジョワお嬢様中学生が交差する時、物語は動き出す──

 

 

 

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2.謎のクライアント“ですのっ!”の依頼

 

 初夏を感じさせる暖かい風が吹くようになった6月初旬のとある水曜日の放課後。

 私は学園都市内に立地する某有名チェーン店のファミレスにクライアントから呼び出しを受けていた。

 エージェント佐天さんの出番だった。

 

 常盤台中学の友達である白井さん達とよく入るファミレスの中へと若干緊張しながら足を踏み入れていく。

 店内に入り、メールで連絡を受けた今回のクライアントの姿を捜す。クライアントは労せずにすぐに見つかった。

 彼女は自分で指定した通りに厚い茶色のダッフルコートを着て、大きなサングラスを掛け口元には白い大きなマスク。髪型は情報通りにツインテール。頭のてっぺんにはベレー帽も装備。見事なまでに正体を完璧に隠している。彼女の正体が何者なのか全く分からない。見当も付かない。付いてたまるかっての。

 私が店員ならとりあえずアンチスキル(警備員)に出動を要請して発砲して貰いたくなる怪しさ満点の人物。この人こそが今回のクライアント“ですのっ!”に間違いなかった。

 連絡が悪戯でなかったことに少し安堵し、このような怪しい人物の依頼を聞くことに新たな緊張を覚えながらゆっくりと近付いていく。

 ちなみに今の私も“ですのっ!”同様に変装している。

 丸いレンズのフチなしメガネを掛けて、ストレートだった髪もみつあみお下げに変えている。服装はいつもの制服だけどリボンの色を白に変えて清楚感をアップ。全体的に文学少女の雰囲気を醸し出させて別人を演じている。

 しかもパンツは初春のものを無断で借用して穿くという念の入れよう。これなら正体がばれそうになってもパンツさえ見せれば相手は私の正体を初春と誤解するに違いなかった。我ながら完璧な変装。

 学園都市の暗部に身を置く者として安易に自分の正体を明かす訳には絶対にいかない。だからエージェントもクライアントも正体を明かさないのがこの仕事の鉄則。

 

 私は無言のままクライアント“ですのっ!”の座る窓際のテーブルへと近付いた。

「…………パンがなければ」

 “ですのっ!”は小さな声で呟いた。それは私とクライアントの間で交わした暗号に他ならなかった。

「…………パンツをかぶれば良いじゃない」

 私も小声で定められた暗号を返した。

 すると“ですのっ!”が無言のまま私に椅子を勧めて来た。その意を汲んで私も座る。

「よく来て下さいましたわね、エージェント佐天さんさん」

 マスク越しに“ですのっ!”がくぐもった高い声で話し掛けて来た。

「私の呼び方はエージェント佐天さん。もしくは略称の佐天さんにして下さい。佐天さん“さん”などと敬称は必要ありません」

 ちなみに“佐天さん”は固有名詞。それで一つの意味を成す。仮名なのは言うまでもない。

「流石は超一流のエージェント。深いこだわりをお持ちですのね」

 “ですのっ!”は首を縦に振り納得した様な仕草を見せた。そして着ていたダッフルコートを脱いだのだった。

 コートの下は常盤台中学の夏服だった。ということは、このクライアントは常盤台中学の生徒なの?

 けれど、そうとも言い切れなかった。何しろこのクライアントは女子中学生にしては胸がなさ過ぎる。白井さん並に薄い。ここまで薄いと実は男だという線も捨て切れない。

 常盤台中学の制服はマニア達の間で高値で取引されているという話も耳にする。男だという線も含めると“ですのっ!”の正体は更に不明となる。

「どこを見ているんですの?」

 クライアントから批難を含んだ声が掛かる。

 私としたことが正体探りなどという愚行を犯してクライアントを不快にさせてしまった。失敗失敗。互いの素性を明かさないのがこの世界の基本ルールだと言うのに。

「いえ。気品溢れる制服ですよねって思っただけで。それで、用件とは?」

 “ですのっ!”は周囲を窺い自分達を注目している人間がいないか確かめると小声で用件を切り出した。

 常盤台中学関係者のクライアントは支払いが良い。しかも仕事は難しくない。以前仕事を請け負ったクライアント“おっほっほっほっほ”からの依頼は寮の草むしりの代行だった。

 だから今回もそんな感じで良い仕事になると思っていた。それが……甘かった。

 

「実は、常盤台中学の誇る最強無敵の電撃姫であるお姉さ……レールガン(超電磁砲)が類人猿に付きまとわれてストーキング被害に頭を悩ませているんですの」

「レールガン……御坂美琴さんがストーキング被害に?」

 御坂さんは初春を通じて知り合った私の大切な友達の1人。レベル5らしからぬ気さくでさっぱりした人で私はすぐに御坂さんのことが気に入ってしまった。

 そんな大切な人がストーキング被害に遭っていると聞いて驚かずにはいられなかった。

「お姉さ……レールガンをご存知ですの?」

 クライアントの言葉には微妙に棘が感じられた。

「レベル5第3位のレールガンと言えばこの学園都市で1、2位を争う有名人ですからね。知らない人の方が珍しいのでは?」

 冷静に常識を語ってみせることで誤魔化す。御坂さんの友達などと判明すればそこから私の正体がバレないとも限らない。危ない所だった。

 私と御坂さんが知り合いであることは絶対に隠し通さないと。

「そうですわね。お姉さ……レールガンはこの学園都市の頂点に立つ能力者。それを弁えないで接して来たのはあの類人猿ぐらいですものね」

 クライアントはこくこくと首を縦に振っている。

「それで、レールガンがストーキングに悩んでいるという件をもう少し具体的に教えて下さい」

「お姉さ……レールガンは類人猿のストーキングにそれはそれは深く心を痛めておりますの」

 クライアントは大きく溜め息を吐いた。

「毎晩自室で枕をキツく抱き締めてぶつぶつとうわ言を述べながらベッドの上を延々とゴロゴロ転がり続けているぐらいにです。他にも毎日1時間は鏡に向かって顔を真っ赤にしては「私はアンタが好、好、好……っ」と繰り返しています。きっとストーカーと大声で罵る練習をしているに違いありません。そして極め付けは何かに付けて類人猿の行方と行動を気にするのですの。ストーカーから遠ざかりたい一心なのは想像に難くありませんわ」

 “ですのっ!”は拳を震わしながら怒りと悲しみをない交ぜにした声で語った。その悲壮感漂う声にはこの件がどれだけ深刻な問題なのか私に知らしめていた。

 

「でも、レールガンはレベル5ですよね。ストーカーぐらい簡単に退治できるのでは?」

 レベル5のエレクトロマスター(電撃使い)である御坂さんは鬼神の如き強さを誇っている。彼女と戦って無事でいられる人なんて同じくレベル5の能力者ぐらいなのでは?

「それが、お姉さ……レールガンはその類人猿を電撃で仕留めることが出来ないらしいですの」

「えぇええええええぇっ!?」

 半立ちになって驚きながら反り返る。御坂さんの電撃が効かないなんて。相手はまだ存在していない筈のレベル6だとでも言うの?

「でも、そんな危険人物の対処はアンチスキルか警察にでも任せた方が良いのでは?」

 残念ながらレベル0の佐天さんは荒事処理には向いていない。

 けれど私の提案に“ですのっ!”は首を横に振った。

「お姉さ……レールガンは警察やアンチスキルの介入を固く拒んでいますの。きっと何か弱みを握られているに違いありませんわ」

「じゃあ、同じ学生同士ということでジャッジメントに任せてみるというのは? 私、常盤台中学に在籍するジャッジメントの子に心当たりがありますから。きっと助けになってくれますよ」

 常盤台中学に通うレベル4のテレポーター(ダルシム)の友人の顔が脳裏に思い浮かぶ。

白井さんなら御坂さんにご執心な訳だし、きっとストーカーもどうにかしてくれるに違いない。

 けれど、この提案に対してもクライアントは首を横に振った。

「お姉さ……レールガンはこの件にジャッジメントが介入することも望んではおりません。もし、ジャッジメントが公権力を振りかざして介入して来たら、わたく……常盤台中学に在籍するジャッジメントを1人殺すとまでおっしゃっています。類人猿に脅されてそんな心にもないことを口走っているのは間違いありません」

「殺す、というのは本当に穏やかじゃないですね」

 レベル5のレールガンをそこまで脅迫して追い詰めるほどの類人猿とは一体何者なのだろう?

 謎は深まるばかりだった。

 

「それで、レールガンが事件解決に非協力的であるのに、一体私に何をしろと?」

 言い換えればこの悲観的な状況の中で私に何が出来ると言うのか?

 御坂さんでも敵わないその類人猿とやらに戦って勝つなんて、幾ら万能エージェントとはいえ、か弱い女学生である佐天さんには不可能な話。

 一体“ですのっ!”は私に何を頼みたいというのだろう?

「わたくしからエージェント佐天さんに頼みたいことは2つ」

 クライアントは指を2本立ててみせた。

「1つ目はお姉さ……レールガンと類人猿の関係がどうなっているのか確かめること」

 ストーキングの実態を把握しろということだろうか。

「2つ目は、もしお姉さ……レールガンがあの思い出すだけで全身の血が怒りで燃え滾る類人猿にかどわかされてしまっているようなら、如何なる手段を用いてでも2人の仲を引き裂いて欲しいということです」

「なるほど」

 ストーキング被害に心を病んでしまうと加害者に従順になることで心の平衡を保とうとする行動が時々見られるらしい。

 精神的な暴力に屈した御坂さんが類人猿の言いなりになってしまっている可能性も考えられなくはなかった。どんな強い攻撃力を誇っていても、御坂さんはまだ中学2年生の思春期少女でもあるのだから。

 類人猿に暴力で敵わないにしても、御坂さんの心だけは救ってあげたい。だって御坂さんは私の大事な友達なのだから。

 

「分かりました。レールガンのストーキング被害を食い止める為に私も一肌脱ぎましょう」

 立ち上がりながら熱く述べる。これはただの仕事じゃない。友達を救う為の戦いでもある。

「本当ですのっ!?」

 “ですのっ!”は立ち上がりながら私の両手を上から握った。

「それで、依頼を遂行するに当たって類人猿という人物に関する情報が必要なんですけど」

 私の言葉を聞いてクライアントはしずしずと椅子に座り直した。

「実はわたくし、昨夜怒りの余り類人猿に関する写真やらデータやらを全て消去してしまったのですの。脳内も綺麗に掃除してしまったのであの類人猿の本名さえ思い出せません」

「強い意志は力になるって言いますしね」

 苦笑いを浮かべながら椅子に座り直す。

「それで、消去しきれなかったごく少ない記憶を頼りに最も似ている人物の写真をプリントアウトして来ましたの」

 クライアントは私に向かって1枚の写真を提示してみせた。

「これ……人物っていうか……ゴリラ、そのものですよね?」

 写真に写っているのはどこぞの動物園の檻の中らしい風景と共に写っている真っ黒なゴリラだった。

「確かにそこに写っているのはゴリラです。ですが、これがあの類人猿に最も近い写真であることはわたくしの数少ない記憶が物語っています」

「つまり、ゴリラそっくりな男が犯人という訳ですか」

 ゴリラそっくりな外見をしているのか、それとも行動がゴリラのようにワイルドだということか。

「そうです。お姉さ……レールガンに馴れ馴れしく近付くあんな男はゴリラ以下の存在です。いえ、類人猿と比べるなど類人猿に失礼なぐらいに下種な存在です。とにかく、エージェント佐天さんの手でぎったんぎったんにして下さいですの」

「分かりました。引き受けるからには最善を尽くしますよ」

 厄介過ぎる依頼ではあるが、他ならぬ御坂さんの為。そして今月のお小遣いアップの為。

「では、報酬は……スイス銀行…とは特に関係がないゆうちょ銀行の口座にお願いします」

 席を立ち上がってゆっくりと去っていく。

「頼みましたわよ〜」

 背後からクライアントの声が聞こえて来る。私は振り返らないまま親指を立てて返してみせる。

「あっ、すみませ〜ん。シュークリーム4つ。テイクアウトでお願いします。支払いはあのツインテールの怪しい人が一緒に払いますから」

 私はレジに立つお姉さんに笑顔で述べた。

「ええぇえええぇっ!? お土産代もわたくし持ちですの〜〜っ!?」

「世の中には相談料ってものがあるんですよ」

 このシュークリームは事件解決の為の大事な情報提供料になる。

 それを確信しながら私はファミレスを後にした。

 

 

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幕間0 とある少女の恋煩い

 

 学園都市に存在する殊に気品溢れる名門女子校の学生寮の2階のとある一室。その室内に付属するバスルームの中で少女はバスタオルを1枚巻いただけの状態で鏡をじっと覗き込んでいた。

「アイツ……この新しい髪飾りに気が付いてくれるかなあ?」

 白く細長い花弁が特徴の花がデザインに施された髪飾りに右手を添えてみる。よく手入れが行き届いているショートカットに白い花の模様の装飾品が一際映えて見えていた。

 その白い花は名をユキノシタ(雪の下)という。本州から九州にかけて幅広く分布し日差しの強くない岩場などに今の時期にひっそりと咲く。花言葉は切実な愛、深い愛情。

 けれど、少女がアイツと呼ぶ少年はとても鈍感でデリカシーにも教養にも欠けていた。花言葉なんて洒落た知識を持っているとはとても期待出来なかった。

 それどころか──

「私が髪飾り変えたってアイツは気付く筈もないもんね」

 自嘲した笑みが小さく溢れる。少女のお洒落に鈍感な少年が気付くことさえ期待出来そうもなかった。

 少年は少女が苦しんでいる時は頼んでもいないのに首を突っ込んで来る。命まで賭けて全力で突っ込んで来る。けれど、悩みが解決すると何事もなかったかのようにして再び遠ざかっていってしまう。少女の悩み以外の気持ちを気に掛けることなく。

 そんな経験を何度かしている内に少女は少年から目が離せなくなっていった。いつでも少年の行方を追い求めるようになっていた。彼の行動が常に気になるようになった。

 少年を追ってしまうその心の動きが何なのか? 

少年を追い掛けたい衝動の根源は何なのか?

 最近になって少女はその想いの理由を認めることもやぶさかではなくなって来ている。

 即ち、少年への……淡い恋心を。

 けれどそれはあくまでも少女側の心境の変化だった。

 少年の側は何も変わらない。以前と同じ。少女の気持ちには鈍感で無神経な接し方を繰り返している。

 それは少女を安心させ、そして深く落ち込ませていた。

 

「それ以前に……次に会えるのはいつになるのかな?」

 少女は自分の想いが変化したことを認めること自体には抵抗がなくなって来ている。自問自答すれば少年のことが好きであると認めることも出来る。葛藤の果てにだが。

 けれどその想いを行動に移して示せるのかと問われれば話は全く別物になる。少女はあまりにも意地っ張りで見栄っ張りだった。

 少女は少年の前で素直に自分の想いをぶつけることが出来なかった。

それどころか少年とまともに会うことさえ出来ない。

 聞くチャンスは何度もあったのに少年の携帯電話の番号さえいまだに知らない。少年の自宅に寄る機会もあったのにそれを活かせず終いで住所も知らない。少女は少年との連絡手段を持っていなかった。

 結局少女に出来ることと言えば、少年がよく出没する地域に出向いて偶然の出会いに期待することだけ。

 しかも出会えた所で少女は少年に素直に振舞うことが出来ない。気を惹く為の方法といえば決闘を申し込んでちょっかいを出すことだけだった。

「好きな子を虐めるて気を惹くって……私は小学生の男子かっての」

 鏡を見ながら溜め息を吐く。サッパリして凛々しいと評判の少女の美顔はどんよりと影を背負っていた。

「アイツ……結構女の子達から人気あるって言うのにさ……何してるんだろ、私は……」

 少年の交遊関係を考えるとより一層落ち込みたくなる。

 意中の少年が複数の女性と親しく接していたという情報は色々なチャンネルを通じて少女の耳に届いていた。その中には成人女性も含まれていたという。

 少女は年下ではあるが少年よりも精神的に大人であると自負している。少年は自分を子供扱いするけれど、自分の方が大人であると声を大にして言いたい。

 けれど、ライバルが仮に本物の成人女性であった場合には所詮自分が早熟な子供に過ぎないことを自覚せざるを得なくなる。

 そして少年の好みのタイプが年上のナイスバディ属性ではないかという不安が頭を過ぎって離れない。

 少女は身体能力には絶対の自信を持っている。けれど、その能力に比べて体のラインの方はまるで自信がなかった。

「年下に歴然と負けると……やっぱり凹むわよね」

現に少女の友人の髪の長い明るいキャラクターが特徴の少女は1歳年下であるにも関わらずグラマラスな体型をしていた。それは自分の未来の成長の可能性が閉ざされていることを遠回しに語られているようで圧迫を覚える事象だった。

「性格は可愛くない天邪鬼だし、体は幼児体型でアイツの気を惹けそうにない。私……どうすれば良いのかな?」

 困難に遭遇しても立ち止まらずに進み続けることでよく知られている少女が立ち止まって悩んでいた。

 

 

「おっ、お姉さまぁああああああああぁっ!!」

 悩める少女を電気が消えた室内から眺めて憂いているツインテール少女の姿があった。

 ツインテール少女は短髪少女を心から心配していた。そのバスタオル姿に鼻血を垂らしながら。頭にカエルのキャラクターが印刷された女性モノのショーツを被りながら。

「お姉さまの悩みはわたくしの悩みっ! 今わたくしがお姉さまと身も心もひとつになってお姉さまの苦しみを分かち合ってご覧にいれますわ。お姉さまぁああああぁっ!」

 ツインテール少女が空中へと大きく跳躍しショートカットの少女の元へと跳んでいく。

「うっさい」

 だが、抱きつこうとした直前でバスルーム内に突如電撃が発生して彼女に直撃した。

 ツインテール少女は抱きつくことなくその場に崩れ落ちた。けれど、そんなことぐらいでめげてしまう少女ではなかった。

「お姉さまにはわたくしというものがありながら、そんなにあの類人猿に気に入られたいんですの? そんな髪飾りまで新しく変えて気を惹こうだなんて」

 血の涙を流しながらショートカット少女に異議を唱える。しかし──

「……………………っ」

 ショートカット少女から反論の言葉は出て来なかった。それどころか頬を真っ赤に染めながら横を向いて目線を逸らされてしまった。

 その言動はツインテール少女の言葉を事実上受け入れているも等しいものだった。その態度がまたツインテール少女の怒りに油を注がせた。

「おのれぇええええぇっ! 許すまじ、類人猿〜〜〜〜っ!!」

 ツインテール少女の瞳に怒りの炎が宿る。

「こうなったら、わたくしがこの命に替えましてもあのオス猿を討ち取って差し上げますわ。いえ、ジャッジメントとアンチスキルを動員して拘束。懲役250年の刑に処させてやりますわよっ! ひゃっひゃっひゃっひゃ」

 我ながら名案だとツインテール少女は思った。けれど、その名案に対する短髪少女の返答はどこまでも冷たい視線だった。

「アイツに手を出したら……私はアンタを殺すわよ、容赦なく」

「ひぃいいいいいいいいぃっ!?」

「公権力を用いてアイツを逮捕するような真似をしたら……私はアンタを再起不能にした上で絶交するから。二度と口きかないから。部屋も変わってもらうから」

「ひぃいいいいいいいいぃっ!? そんなご無体なぁ〜〜〜〜っ!」

 ショートカットの絶対零度の瞳はそれが本気であることを物語っていた。

 殺されるのも嫌だけど、嫌われるのはもっと嫌。

 ツインテール少女は自身が類人猿と称した少年を追討することを諦めるしかなかった。

 けれど──

「お姉さまとあの類人猿が仲良くなっていくなど……わたくしの脳がおかしくなってしまいますわっ!」

 少女は想像する。目の前の少女と憎き少年が親密になった未来を。

 少女と少年が手を繋いでいる姿を。少女と少年がキスしている姿を。

 常盤台の制服を着た少女のお腹が膨らんで6ヶ月目に入った姿を。

 常盤台の制服を着た少女が少年そっくりの目付きの男の子の赤ん坊を幸せそうに抱いている姿を。

「脳がっ、脳の回路が焼き切れてしまいそうですのぉおおおおおぉっ!! 己ぇ、類人猿っ! お姉さまはまだ中学生なのに子供を産ませるとは何事ですのぉおおおおおぉっ!! 2人目は女の子を産んで是非わたくしに下さいぃいいいいいぃっ!!」

 ツインテール少女は知っていた。目の前の崇拝する少女が意外と雰囲気や状況に流されやすい性質であることを。だから血の涙を流すしかない未来が浮かんでもそれは現実になってしまう可能性が否定できなかった。

「一体アンタは何を妄想しているのよ〜っ!?」

 顔が赤くなった短髪少女のツッコミが炸裂する。ツインテール少女が再び電撃の海に沈んだ。

 

「類人猿を葬りたい。けれど、葬ることをお姉さまに許してもらえない。このストレスでわたくしは今にも狂い死んでしまいそうです」

「そんな大げさな」

 ショートカット少女が馬鹿にしたように短く息を吐く。

 けれど、ツインテール少女にとってその悩みは実際に命に関わるものだった。今にも脳が焼け切れるか心臓が破裂しそうだった。妄想力の豊富さなら誰にも負けない。

 だから自衛の為に何らかの策を打たねばならなかった。類人猿と称する少年のことで頭をこれ以上焼け焦がすことがないように。

「そうですわ。類人猿に関する全てのデータをデリートしてしまえばわたくしが心悩ます原因もなくなりますわね」

 ポンッと手を叩いて自らの提案を賞賛する。

「アイツに関する記憶を全てデリートって一体、何を言っているの?」

 短髪少女の訝しげな瞳を無視して携帯端末を取り出す。

「わたくしは、もしもの際には秘密裏に撮ったお姉さまのあんな写真やこんな写真のデータを一瞬で消去出来るように緊急プログラムを組んでおりますの。死後に自分のデータファイルを見られる恥辱を味わいたくなどありませんから」

「オイっ!」

 短髪少女の苛立ったツッコミを無視する。

「類人猿に関するデータに限定して一瞬で消し去ることも出来ますわ。あっ、ポチっとな」

 ツインテール少女が携帯のボタンを複数押すと、約2秒ほど赤いランプが点滅した。

「デリート完了。これでわたくしは所有していたあの類人猿の顔写真や生体データ、携帯電話番号、メールアドレスなどを全て破棄しました」

「えっ? アンタ、アイツの携帯番号やメアドを持っていたのっ!?」

 短髪少女は別の所に驚いていた。

「ジャッジメントで連絡を差し上げることも嫌々ながらありましたから」

「連絡先も本当に全部消しちゃったの? 頭で記憶していたり、どっかに手描きで残していたりとかはないの?」

 詰め寄るショートカット少女。その形相はいつになく必死だった。

「わたくしが類人猿情報を殊更に記憶しておく訳がありませんわ。今ので綺麗さっぱり消失しましたの」

「ううっ……」

 短髪少女はガックリとうなだれた。

「さて、後はこの脳内に残っている類人猿に関する記憶を全て消去すればミッションはコンプリートですわ」

「いや、ミッションコンプリートって、人間の記憶はそんな便利に消したり出来るものじゃないでしょうが」

「わたくし、お姉さまの電撃を何度も食らっている内に記憶の消去に関してはほぼ完璧に操れるようになりましたの。復元は出来ませんが」

「あっ、そうなんだ」

 短髪少女が微妙そうな瞳でツインテール少女を見る。後輩少女が非人間的な能力を身に付けてしまったことに悪いことをしたかなとも思うし自業自得とも思う。

「という訳で早速、類人猿情報を完璧に消し去りたいと思います。でも、その前に──」

 携帯を取り出して、メモ帳のアプリを開く。

「もしもの際に備えて、最低限の備えを未来のわたくしに託しますわ」

 高速で手を動かしてメモを入力する。

 

「さて、これで準備は全て整いました」

「私はツッコミを入れるべきなの? お笑いってさ、よく分からなくて……」

 良い顔を見せているツインテール少女をどう扱うべきなのか短髪少女には分からない。そして後輩の少女は先輩の悩みを軽くスルーして続けた。

「それでは、類人猿記憶を消去します。お姉さま、申し訳ありませんが3つ数えてからわたくしに電撃を打ってください」

 ツインテール少女は目を瞑った。ぶつぶつと唱えて何かを発動させている。

「分かったわよ」

 少女は面倒くさいなと思いながら数をかぞえ始めた。

「い〜ち、に〜、さ〜ん。じゃあ行くわよっ!」

 少女の右手から先程よりは弱い電流が放出される。

「ぎゃぁああああああああああぁっ!?」

 けれど、電流には違いなくツインテール少女は感電して倒れた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 ツインテール少女に近付いて声を掛ける。

「あれっ? お姉さま? バスタオル1枚などというセクシーなお姿で何をなさっておられるのですか? もしや、わたくしを誘惑しているのですか? そうなのですね!」

 蘭々と目を輝かせるツインテール少女。

「んな訳がないでしょうがっ!」

 ゲンコツを脳天にお見舞いする。

「で、アイツのことは忘れたの?」

 話半分に聞いてみる。

「アイツ、とは誰のことですの?」

 ツインテール少女は大きく首を捻った。目を丸く見開いて訳が分からないという表情。

「…………アンタが類人猿って呼んでいる男のことよ」

「わたくしに類人猿の知り合いがいましたの?」

 後輩の少女は更に大きく首を捻った。

「アンタがゲス条って呼んで嫌ってた男」

「ゲス条? そんな漫画みたいな愉快な名前の知り合いはおりませんが?」

「ふ〜ん。そうなんだあ」

 少女はちょっとだけ嬉しくなりながら頷いてみせる。

「そっか。本当に忘れちゃったんだ」

「だから一体、何をですの?」

「アンタの邪魔が入らないなら……もうちょっとだけ積極的に頑張ってみようかな?」

「何を頑張るんですの?」

 心に火が灯っていく。

「よし、決めたっ。私、頑張るっ!」

 左右の拳をグっと握り締める。

「何でそんな恋する乙女の表情で決意表明なんかしちゃってますの!? 類人猿って一体誰ですの? ゲス条って一体何者ですのぉおおおおおおおぉっ!?」

 後輩の少女の叫び声を聞きながら少女は小さく笑った。

 

 それは少女が自分の恋に対してもう少し前向きに生きようと心に誓った瞬間となった。

 

 

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3.初春の今日のパンツは何色か?

 

 クライアント”ですのっ!”と別れた私は事件に関する情報を集めるべく初春の元を訪れることにした。

 初春は文字通り頭にお花が咲いている子。見た目も言動も天然が入っている。けれど、情報処理能力に関して言えば漫画の天才ハッカー並みの能力を有している。しかもいずれ警察に捕まりそうな危ない橋も平気で渡る度胸も持ち合わせている。

 謎だらけのこの事件に関する情報を集めるのに初春より最適な子はいない。

 そして私には初春にどうしても会わなければならないもう一つ大事な用事があった。その用件を果たす為に私は初春の家へと急いだ。

 

 だいぶ日も暮れて来た頃になってようやく初春の住むマンションに到着。来る途中で服装はいつもの佐天さんに戻しておいた。初春にエージェント佐天さんの存在を知られる訳にはいかないのだ。

 玄関前に着いて早速インターホンを連打する。1秒間に16連打出来る私のピンポン能力をここで如何なく発揮する。

「はいは〜い。佐天さ〜ん。今出ますよ〜」

 インターホンを連打する人間が他にいないからか初春は何も言っていないのに訪問者が私だと探り当てた。

 なら私もそれらしく振舞うべきだろう。

 ガチャっという音と共に鍵が外される。音を聞いた瞬間に私は思い切り扉を開いて家の中へと足を踏み入れた。

「う〜い〜〜はぁ〜〜るぅ〜〜〜〜っ! お腹減ったぞぉ〜〜っ! ご飯食べさせろぉ〜〜〜〜っ!」

 今日ここを訪れた最も重要な理由を叫びながら台所をチェックする。

 この匂い……特に調査するまでもなくカレーか。この風味……鶏肉か。鶏肉を入れているのねっ! 私の大好きなチキンカレーを作っていたのねっ!

「今日辺り佐天さんが来るんじゃないかと思って、好物のチキンカレーを作っておきました」

 おたまを持って笑顔で答える初春。

「さっすが初春〜♪ 私の嫁ぇ〜〜っ♪」

 何も連絡していないのに私の好物を作って待っていた初春に熱い抱擁をプレゼント。

 こんな良い娘を見知らぬ男になんぞやれるかと再確認する。お父さんは初春の結婚に断固反対する。

「もぉ〜何を言ってるんですかぁ。佐天さんは女の子なんですから、私をお嫁にもらうことは出来ませんよぉ」

「そうだった。私は年収700万以上で、専業主婦にさせてくれる格好良くて優しくて楽しい男性を探すという崇高なる使命があるんだった!」

 使命を思い出して悲しみに暮れながら初春の体を離す。

「ごめんね、初春。あなたのことをお嫁さんに貰ってあげられない不甲斐ない佐天さんを許して」

 初春は頭にお花が咲いている子なので結婚したら私が食べさせてあげないといけない。でも、年収700万はキツ過ぎる。

 レベル0として社会の暗部を散々見せ付けられている私には愛さえあればお金なんて要らないなんて乙女なことは言えない。そう、お金が私と初春の愛を引き裂いたのだ。

「じゃあ、嫁に来なくて良いから夕飯食べさせて。はいっ、これお土産」

 先ほどクライアントに代金を支払わせたシュークリームが入った箱を差し出す。

「シュークリーム2つ入ってますね。食後に1個ずつ食べましょう」

「うん」

 店を出た時には4個入っていたシュークリーム。けれど、初春家へと向かう強行軍の途中で荷物の重量を減らす為に2つはお腹の中へと保管場所を移したのだった。

「じゃあ、すぐに食事にしますから部屋でくつろいでいて下さいねぇ」

「おぉ〜っ!」

 チキンカレーを楽しみにしながら私は靴を脱いだのだった。

 

「初春の作ったチキンカレーは今日も絶品だったわ。ごちそうさま」

 初春の使った家庭の味がするチキンカレーを食べ、シュークリームも頂いてから初春に礼を述べる。癒し系で家庭的なこの子はその内に大モテするだろうなあと思いながら食後の日本茶を味わう。

「どういたしまして。佐天さんは本当に美味しそうに食べてくれるので作り甲斐がありますよ」

「人を腹ペコキャラみたいに言うなぁ〜」

 初春を後ろから捕まえて花飾りごと髪をわしわしと撫でる。

 と、その時になって思い出す。私はまだ重要な務めを果たしていないことを。私としたことがとんだ失態を犯していた。

すぐに汚名を返上することにする。

「う〜い〜は〜る〜〜っ! ちょっとパンツ見せてねっ!」

「きゃぁああああああああぁっ!?」

 手馴れた手つきで初春のスカートを巻くり、捲くれた裾の中へと顔を突っ込む。

「フム。今日は花柄ねぇ。赤が多用され過ぎていてちょっと子どもっぽく見えるかな? でも、それが初春らしくて良いのよね〜眼福眼福」

「なっ、なっ、なぁ〜〜っ!?」

 初春の今日の下着をチェックする。1日に1度はチェックしないと落ち着かない大事な日課。

「あっ、でも、せっかくこの間等価交換に置いて行った私の縞パンを穿いてくれてないのはちょっと残念かなあ」

 私は確かに初春のパンツをよく無断で借用している。けれど、決して泥棒などではない。等価交換の原則は守っている。初春のパンツを持ち出す時は代わりに自分のパンツをタンスの中にそっと忍ばせている。

「あの見覚えのない下着は佐天さんのものだったんですか?」

「そうだよ。せっかくだから穿いてくれれば良かったのに」

 初春には縞パン分が足りないと思ってお気に入りを置いていったのに。

「正体不明の気味悪い下着を穿く人なんていませんよ」

「じゃあ、もう私のだって分かったんだから、初春は明日あの縞パンを穿いてくること。明日ちゃんとチェックするからね」

「えぇええええええぇっ!?」

 驚きの声を上げる初春。けれど、この子は根が素直な良い子なのできっと明日は穿いてきてくれるに違いない。後は明日学校でチェックすれば良いだけ。

 

 さて、夕飯も食べたし初春のパンツも堪能した。

 そろそろ帰ろうかなと思った所で私はもう1つの用件を思い出した。

 即ち、エージェント佐天さんとしての仕事を。

「さて、どう聞こうかしらね?」

 迂闊な質問は出来ない。私がエージェント佐天さんであることを初春に知られる訳にはいかない。

 そして何より初春を必要以上に関与させればこの子の身が危ないかも知れない。何しろ相手はあの御坂さんを追い詰めるような輩なのだ。その牙が初春に向けられたらと思うと震えが止まらなくなる。私の嫁、いや、娘は守り通さなければならない。

 直接的な質問は避ける。あくまでも自然に話を振ろう。それを心がけた。

「How are you? I’m fine. Thank you(最近御坂さんに変わったことが起きてない?)」

 しまった。英語とはいえ思いっきり直接的な表現で聞いてしまった。ていうか私の英語の実力じゃ遠回りな聞き方なんて出来ないっての!

「This is a pen. Is this a pen? (御坂さんに特に変わった様子はないと思いますけど?)」

 初春は特に疑問に思わずに英語で返してくれた。英会話の練習か何かだと思ったらしい。

 私にとっては好都合だった。これなら何も知らないフリをしてもっと切り込んだ話が聞けるかも知れない。

「初春はさ、類人猿って言ったら、何を思い浮かべる?」

「類人猿、ですか? そう言われてもゴリラとかオランウータンとかチンパンジーの総称ですよねとしか言いようがないです」

 初春は首を捻りながら答えた。

「じゃあさ、初春の知り合いの中で一番類人猿に近い人って誰?」

 無茶苦茶核心を突いた質問に内心ドキドキしながら尋ねる。

 初春が解答した人物が御坂さんとも知り合いであった場合、ソイツがストーカーである可能性は高い。

「私の知り合いの中で一番類人猿に近い人、ですか? ワイルドな感じで、尚且つ手先が器用っていうか、手癖が悪そうな人になりますね」

 初春は私の顔をじぃ〜と眺めた。

「佐天さん。が、一番該当するかなと」

「私は類人猿でもストーカーでもないってのぉ〜〜っ!」

 初春の頭に両手の拳を押し付けてグリグリをお見舞いする。

「いっ、痛いですぅ〜〜っ!」

「誰がオランウータンやチンパンジーだっての! 失礼なことを言うなあっ!」

「こういう手癖の悪い所がそっくりなんですよぉ〜〜っ!」

 涙目になっている初春にお仕置きを続ける。けれど、この必死な様子を見る限り初春は御坂さんをストーキングしている類人猿について何も知らない。

 類人猿について調査をお願いしてみようか?

 いや、探りを入れてしまうとこの子の身が危ない。相手は御坂さんを屈服させ、初春の情報レーダーにも引っ掛からない様に用心深く周到に動いている危険人物なのだから。

「う〜〜。何だか分かりませんけれど、御坂さんのことで気になるようなことがあるなら白井さんに相談してみればどうですか? 一番良く知っている筈ですからぁ」

「そうよね。やっぱり白井さんに聞かないとダメよね」

 クライアントは御坂さんがジャッジメントの介入を望んでいないと言っていた。

 それは即ち白井さんにこの件を知られたくないという御坂さんの意思表示でもある。

「でもやっぱり、背に腹は代えられないよね」

 けれど、白井さんの情報提供なくしてこの事件の解決はあり得ない。より細心の注意を払いながら白井さんから情報を集めよう。

「よしっ! 私はやるわっ!」

 初春を解放しながら宣言する。

「何だか知りませんが頑張って下さいねぇ」

 初春がグリグリされた頭を手で押さえながら涙目で応援してくれた。

 

「じゃあ私は台所を片しますので、佐天さんはテレビでも見てくつろいでいて下さいね」

 初春は私に背を向けてお皿を洗い始めた。

 私は言われた通りにテレビでも見てくつろごうか考える。

 でも、今の私はエージェント佐天さん。時間を無駄にしている暇はない。

 今回の事件は長引くかも知れないと思い、変装用に初春のパンツを5枚徴収する。等価交換で代わりに私の洗っていない体操服をタンスに入れて静かに玄関へと移動する。

「じゃあ私今日は家に帰るから〜」

「はぁい。また明日学校でですぅ」

 初春に一声掛けて部屋を出る。

 マンションを出た所で私は白井さんにメールを送った。

 

 

-5ページ-

 

4.白井さんと類人猿の謎

 

 土曜日の午後1時半。私はクライアントと接触した例のファミレスで白井さんと会う約束を取り付けていた。

 ジャッジメントである彼女はなかなかに忙しく週末に会うアポを取り付けられただけでもラッキーだった。

 補習を終えて制服姿で店内に入ると、水曜日に私がクライアント“ですのっ!”と会談したのと同じテーブルに白井さんが座っているのが見えた。

「やっほぉ〜」

 手を振りながら明るく声を掛ける。エージェントとして活動していることを白井さんに悟られてはならない。今の私は白井さんの友達の佐天さんだと強く心に戒める。

「………………っ」

 けれど、白井さんは私の挨拶に何の反応も示さない。俯いてテーブルの端をジッと見ているだけ。

「チャオ・ソレッラ!」

 更に近付いて最近マイブームのイタリア語で話し掛けてみる。けれど、これも反応なし。

「ティロ・フィナーレっ!!」

 世界で最もポピュラーな挨拶を声高に叫ぶ。でも白井さんは反応なし。相当深く何かを考え込んでいるようだった。

 仕方なく白井さんの肩を揺すぶって気付いてもらう。

「ねぇねぇ知ってる? ポートピア連続殺人事件の犯人って……実はヤスだったんだよ」

「わたくしが約30年間追い求め続けてきた謎をいきなりネタ晴らしするなんて……幾ら何でもあんまりですわぁ〜〜っ!」

 白井さんは目を剥き立ち上がりながらようやく顔を上げてくれた。

「あら、佐天さん。いつの間にいらしましたの?」

「チィース」

 右手をシャキッと上げてもう1度ご挨拶。ようやく話を始められそうだった。

 

「で、わたくしに是非とも聞きたいこととは何ですの?」

 座り直した白井さんはとても澄ました表情で尋ねてきた。その優雅な振る舞いには先ほどまで考え込むのに没頭していたことやネタバレに激しくショックを受けた痕跡はどこにも見られない。さすが彼女もまた常盤台中学の真正お嬢さまなだけはある。

 これなら白井さんを興奮させずに上手く情報を聞き出せるかも知れない。

 緊張しながら、けれどその緊張を表情に出さないように注意しながら白井さんに話を切り出す。

「実はですね……最近御坂さんに変わったことはなかったかなとちょっと気になりまして」

 明るい佐天さんのキャラを前面に押し出しながら何でもないようにトスを上げた。

 果たして、白井さんの反応は?

「おっ、おっっ、おおっ、お姉さまに変わったことぉおおおおおおおぉおおおおぉっ!?」

 白井さんは大絶叫したかと思ったら、テーブルに激しく頭を打ち付け始めた。白井さんの頭蓋骨とこのテーブルのどちらが先に砕けるだろう?

 ……失敗しちゃたっ♪ てへっ♪

 舌を可愛らしく出しながら頭をコツンと叩く。

まあでも、ものは考えよう。白井さんがこれだけ前後不覚に錯乱しているのなら後腐れなく色々聞き出せそうだ。

 

「それじゃあ白井さんは類人猿って言葉に何か心当たりはありますか?」

「類〜〜〜人〜〜〜〜猿〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 類人猿という言葉を聞いた瞬間に白井さんは全身を激しく振るわせ始めた。

「類人猿……それは黒子の宿敵〜〜っ! わたくしが滅ぼすべきこの世全ての悪(アンリ・マユ)〜〜っ!!」

 白井さんはテーブルの上に立って吼えまくる。

 具体的には分からないけれど、類人猿は白井さんの知り合いであることは間違いないらしい。そして、クライアントの情報を加味すれば御坂さんを苦しめている張本人と。

「で、その類人猿ってどんな人なんですか?」

「あの男、あの下種男だけはわたくしが滅する! わたくしが殺すっ! あの男だけは生かしておけないんですのぉ〜〜〜〜っ!」

 白井さんの憎悪が激し過ぎて類人猿という男の具体像が分からない。

「佐天さんこそ、何故類人猿の名前を知っているんですのぉ〜〜っ!? 佐天さんが知っているあの男に関する情報を吐き出すんですのぉ〜〜〜〜っ!」

 目を剥いた悪鬼が私を問い質して来る。勿論、エージェントである私がクライアントから聞いたなどと漏らせる訳がない。

「実は今、類人猿が都市伝説になってちょっとしたブームなんですよ。類人猿が若い女性を次々に追い回しているというそれはそれは怖〜い噂が流れてまして」

 私が噂好きなキャラであることを利用してありもしない都市伝説に便乗したフリをする。

「やはりあのゲス条、都市伝説になるぐらいの女好きでしたのね。あの類人猿の執拗な毒牙のせいで清純可憐なお姉さまは……お姉さまはぁああああああああああぁっ!!」

 再び絶叫してテーブルに頭を打ち出す白井さん。

 けれど、今の言葉で2つのことが新たに判明した。

 1つ目は類人猿の名前がゲス条であること。とはいえ、そんな名前の人がいるとも思えないからあだ名である可能性は高い。

 2つ目は白井さんは今回の件に関してかなりの知識を有しているということ。御坂さんは今回の件を白井さんに知られないようにしているのではなく、白井さんに知られていることを承知の上で介入させていないことになる。

「……白井さんをどうしても遠ざけたい事件、かあ」

 常盤台が誇る名コンビな筈の2人がバラバラ。一体何が2人の袂を分からせているのか。

この件は私が思っているよりも遥かに根が深く厄介なのかも知れない。

けれど、白井さんからまだまだ有用な情報を聞き出せそうなことだけは確かだった。

「お姉さま〜〜〜〜っ! お姉さま〜〜〜〜〜っ! お姉さまぁあああああああぁっ!」

 でも、話を聞き出すのは急がないといけないかも知れない。このままキツツキ運動を続けると白井さんが永遠に遠い所に行ってしまいかねない。

「それで白井さん。その類人猿のフルネームや身体的な特徴はっ?」

 類人猿が誰なのか特定できれば私に何が出来るのかもきっと見えて来る筈。

「あの類人猿の本名? 火曜日の晩にあの変態に関する記憶を全てリセットしてその後再調査した結果入手したあのゲス条の本名は……」

 何かやたら気になる情報を添えながら白井さんが類人猿情報の核心を喋ろうとした時だった。

 

「あっ、あっ、あれはぁ〜〜〜〜っ!!」

 白井さんが店外を見ながら固まった。

 そして──

「許すまじぃ〜〜っ! 黒子の宿敵〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 窓の外の1点を指差したかと思うと全速力で店を出て行った。

「何なの、一体?」

 白井さんはテレポーターだから走っていくよりもテレポートした方が早い。にも関わらず、それを忘れて走って出てしまうぐらいに彼女は怒っていた。

 それが意味するもの。つまり──

「じゃあ、さっきの白ワイシャツの人が類人猿ってことっ!?」

 白井さんが指差した先には一瞬だったけど、白ワイシャツの高校生ぐらいの男の人が通り過ぎて行くのが見えた。

 顔も全然見えなかったし、背中のワイシャツが白かったことぐらいしか分からない。

 でも、白井さんが絡んでいる人物で今の条件に当てはまる人がいたら……その人が類人猿で間違いないっ!

「よしっ! 早速白井さんを追って類人猿の正体を突き止めなきゃっ!」

 幸いにして白井さんは走って出て行ったのでまだ私の足でも追いつけそうだった。

 荷物を掴んでダッシュして外に飛び出そうとして──

「お客様、会計をお願いします」

「…………はい」

 白井さんの注文したコーヒーの代金を支払うまで外に出られなかった。

 支払いを済ませて外に出てみると、既に白井さんの姿はどこにも見当たらなかった。

「白井さん、一体どこに行っちゃったの?」

 白井さんの姿は視界内のどこにもなかった。

 

 そして私はこの後すぐに彼女を見失ってしまったことをとても深く後悔することになるのだった。

 

 

 続く

 

 

 

説明
pixivで世話になっている人の影響を受けて書き始めた
【とある】作品。
今さらではありますが、佐天さんです。ええ、佐天さん万歳。

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