真説・恋姫†演義 仲帝記 第三十三羽「二兎追うものは一兎をも得ず、手にするは別離と慟哭のみ、のこと(中編)」 |
第三十三羽「二兎追うものは一兎をも得ず、手にするは別離と慟哭のみ、のこと(中編)」
「連弩隊第三陣!放てっ!」
指揮を執る陳蘭の掛け声をその合図とし、三列に並んだ内の最後列の隊が、一斉にその手の連弩、いわゆるボウガンと呼ばれるそれを三本の矢が同時に放てるようにしたものを、眼下に群がり城門を破ろうとしている軍勢へと、次々にその鉄の雨を降らせて行く。
その総数、およそ三千本の矢を頭上から射られ、蒼い軍装の兵士達は次々と大地にその無残な姿の屍を晒して行く。そして矢の雨から一旦逃れるため、城門への攻撃を中止して後方へとさがろうと、その軍勢の指揮官らしき人物が部隊にそう命を下すのであるが。
「そう簡単に逃げられると思うな!第一陣!てーっ!!」
城壁の真下から離脱しようとしているその軍勢に対し、再び陳蘭の号令の下、今度は三列の内の最前列に居並ぶ兵たちが、更なる追撃の矢を彼らに浴びせていく。そしてその攻撃は更に休む事無く、今度は真ん中の列の兵たちが矢を放ち、それが終るや否や再び連弩への矢の充填を終えた最後列が、容赦なく矢の雨を降らせる。
そうして、漸くの事で執拗な矢の雨から蒼い軍装の兵たちが解放されたその時には、城壁付近の大地は物言わぬムクロと化した、彼ら蒼い軍装の兵たちによって埋め尽くされ、緑の大地は蒼と朱の二色に染まっていたのだった。
「敵第三派、撤退しました!」
「よし!陳蘭隊は今の内に、休憩中の雷薄隊と交替する!全員、弩はそのまま!補給隊の邪魔はするなよ!」
「千ちゃん!」
「美紗か。どうだ、矢は後どれほど持ちそうだ?」
此処まで迎撃部隊を務めていた自身の隊を城壁の上から後退させる、その指揮を執っていた陳蘭の下に、普段着のそれとは染められた色の違うだけの戦装束を身につけた雷薄が、普段ののほほんとした表情は見る影も無い厳しい面持ちで駆け寄ってきた。その彼女の後方では、先ほどまでの防衛線で消耗した矢を補充するため、物資の補給をその専門の役目とする部隊が、大量の矢が入った荷を次々と城壁の上に運びこんでいる。
「そうね。此処までの三回の迎撃で結構備蓄の矢を消耗したし、もって後二度、迎撃出来れば良い所じゃあないかな。もちろん、今でも順次、鍛冶屋を総動員して矢を増産させ続けてはいるけど」
「それでももう後一回分ぐらい、追加が来ればって所か。……そういや例の二人は?」
「戯志才さんは翡翠と一緒に、仲徳さんは棗さんと一緒に、それぞれ例の手段の為の準備を西門と東門、それぞれで行なっているわ」
「……今更って気がしないでもないが、あの二人、信用して大丈夫なのか?仕官に来た時期が余りに都合良すぎるし、もしかしたら連中の」
埋伏の毒として送り込まれた間諜かもしれない、と。陳蘭は少し前にこの汝南の地に、路銀稼ぎの為の一時採用を願い出てきた、戯志才、そして程立という名の二人の少女の事を、そう危ぶんで見せた。そんな不安げな顔でいる彼に対し、雷薄はふっと微笑んで見せると、彼のその手をそっと握り、その双眸を真っ直ぐに見つめながら優しく諭す。
「千ちゃんの気持ちも分かるけど、今はそれを言っては駄目。身内を何の証拠も無しに疑いの眼差しで見ていると、そこから、何もかもが崩れて行ってしまうかもしれないから。……ね?」
「……わあーった。じゃ、俺も隊の連中と一緒に簡単にメシ、済ませてくる。美紗、暫くの間、たのんだぜ」
「ええ、任せておいて。……さて、と」
隊の兵士たちと供に城壁の上から降りた陳蘭の背を見送った後、雷薄はその視線を彼方の地平へとやる。彼女のが見つめるその先、汝南の城から遥か北、距離にしておよそ二キロほど先に、うっすらとではあるが炊煙が上がっているのが見て取れる。
雷薄は懐から遠眼鏡を取り出して顔にあてがい、その炊煙を目掛けてレンズの照準を少しづつ合わせていく。そしてピントがしっかりと合ったその時、レンズ越しに彼女の網膜へと入って来たのは、その一団の所属を示す牙門旗と、それを率いる大将のものと思しきそれ。
『曹』、そして、『張』、の、二本の旗が、折から吹いている強風に煽られ、激しくはためいていた。
「曹孟徳……一体何を考えて((汝南|うち))に攻め入って来た?皇帝を擁した事で、大陸の制覇でも描き始めたのかしら。そしてその最初の標的として、美羽様を組伏せ易しと侮ったが故の傲慢かしら?……まあどちらにしても」
遠眼鏡を顔から外し、腰のベルトに挿した小瓶の一つをその手に取る。その瓶の蓋を外し、そこから漂うわずかな香りを、その小さな鼻の先で嗅ぐ。そしてその腰に挿した己の愛用の大鉈、((蘭切砥|ランセット))をおもむろに抜き放って、それを高揚して笑顔を浮かべた己の眼前にかざす。
「……国主の留守、その隙を狙って攻め込むような小賢しい真似をする輩には、たっぷりと、しっかりきっちり、“治療”を施して差し上げませんと、ね。ニュフ、ニュフフ、ニュフフフフフフ……ッ!」
一方その汝南の城を攻めている、曹の旗を掲げた軍勢、その中央の大天幕では、ここまでの三度に渡る攻城があえなく撃退され続けていることに、この軍勢を率いる総大将がかなり苛ついた状態で周囲に当り散らしていた。
「いったい何をやっておるか、貴様らは!たかが城一つ落とすのに、一体どれほど手間取る!?それでも武名高き曹軍の将兵か!」
鬼気迫る形相でもって自身の前に並ぶ三人の人物を怒鳴り散らす、壮年の男性。髑髏の意匠が施された肩当付きという、曹家の軍独特の戦装束をその身に着けてはいるが、とても着慣れた感じのする雰囲気はしておらず、まるで借り物のような、そんな違和感を感じさせている。
男の名は張繍。
今は主君ともに洛陽から長安方面へと、“反逆者”を追って攻めかかっている筈の、張済という名の叔父とともに、反董卓連合戦が終結した、その直後に曹操に仕官した人物である。
「……お言葉ですが張繍殿。袁公路の軍、その精強さは我らの予想をはるかに上回るもの。その士気の高さに加え、あの間断無く撃ってくる矢をどうにかしない限り、我らの勝ち目は薄いかと」
その張繍の怒号にまったく怯む事無くそう反論して見せたのは、全身の所々に痛々しい傷跡が見て取れる、銀髪の少女。
楽進、字を文兼。
黄巾の乱の頃より曹操に従う、曹操軍では古参と言っていい将の一人である。
「凪の言うとおりやで。正直、((井蘭|せいらん))も無しにあれに対抗するんは、ちと厳しいで」
その楽進の右隣に立ち、彼女に続いて現状での汝南の城の攻め難さを語ったのは、首にゴーグルをぶら下げた、薄紫色の髪の少女。
李典、字を曼成。
楽進同様、黄巾の乱の際に故郷の邑で自警団を率いていた所を曹操によって見出された、三人の内の一人である。
なお、井蘭というのは移動式の攻城用櫓の事で、曹軍の本拠地である?州から分解状態で此処まで運んできたものを、現在急ピッチで組み立てている最中である。
「沙和もそう思うのー。このままじゃあ、こっちのびちぐそ野郎達がどれほどももたないのー」
その言葉の中に少々聞くに堪えない言を交え、楽進、李典のその後に続き彼女の言うびちぐそ野郎、つまり自軍の兵士達の疲弊具合を訴えるのは、戦場には少々不似合いな可愛らしい衣装を着た三つ編みの少女。
于禁、字を文則。
楽進、李典の二人と同じく、黄巾の乱の折に故郷の邑で曹操から勧誘を受け、楽進と李典が行くなら自分も行くと、そう言って曹操配下の将となった。
なお、この楽進、李典、于禁の三人を総じて、曹家軍の三羽烏、そう呼ばれるでこぼこトリオとして、曹操の領地内では結構な有名人だったりする。
「于文則!貴様、前から言っておるだろうが!その下品極まりない言葉はあらためろと!」
「うう〜。そんな事言ったって、沙和はこうじゃないと、軍の指揮は出来ないのー。もう癖になっちゃってるから、いまさら直せないのー」
「ちっ……!これだから下賎の出の輩は始末に終えん!李曼成!先ほど貴様が言った井蘭、後どれほどで組みあがる!?」
「……下賎の出で悪うございました……。井蘭やったら、あと一刻もあれば五基全部、組み上がる。けど問題は」
「それをあちらさんが大人しくさせてくれるかどうか、か?真桜」
「ああ。それに、や」
「ちょっと前に城から出て行った早馬さん、あれが宛県に辿り着いていれば、すぐにでも袁公路さんの本隊がここに来ると、沙和は思うのー」
張繍ら曹操軍が汝南を攻撃し始めたその直後、伝令と思しき騎馬が一騎、城の西側の門から駆けていくのを見止めた張繍は、すぐにその伝令に追っ手を出した。結局、伝令は取り逃がしこそしたものの、相当の深手は負わせたと、その時兵士から聞かされていた張繍は、楽進たちの危惧を鼻で笑って一蹴した。
「ふん。報告では相当な深手を負わせたという。到底南陽まで持つとは思えんがな。……それに、もし仮に援軍が来たとすれば、それはそれで俺には都合が良いわ……」
「ん?何か言うたか?」
「なんでもないわ!それより、井蘭が組みあがり次第、もう一度城攻めを行う!今度こそあの城を攻め落とし、袁公路に目に物見せてくれる!いいな貴様ら!」
「……はっ」
「へーへー」
「分かりましたー、なのー」
準備が整い次第再度の攻撃を行う、そう三人に吐き捨てるように告げ、張繍はどかどかと大股で大天幕を一人出て行く。その彼の背を、一応拱手して見送った楽進達だったが、その視線は明らかに嫌悪のそれとなって、忌々しげに出口を睨み付けていたのだった。
それから一刻ほどもたった頃、張繍率いる曹軍は再び汝南の城に対しての攻撃を再開した。漸く全て組み上げることが出来た井蘭を五基、全てを前面に押し出しての総攻撃を始めたのである。ただ張繍は全く気にも留めていなかったが、楽進たち三人は少々不思議と言うか何か解せない、一つの不安要素をその心に抱いていた。
「……やはり、幾ら考えても分からん。真桜、お前はどうだ?」
「ウチもさっぱりや。……連中、なんでウチらが井蘭を組み上げるん、黙って見過ごしたんやろ」
「単にそれに気付かなかっただけ、ってことは無いの?」
「そんなことならええんやけどな。斥候の話やと、城の周囲には罠らしいモンも無いらしいし、さっきまでの戦で死んだ、こっちの兵たちの遺体も既に片づけ済みらしいわ」
「それじゃあまるで、沙和達にどうぞ井蘭を使ってくださいって、言ってるみたいなものなのー」
本来、攻城戦において相手が井蘭等の攻城用兵器を使ってくる場合、防衛側としてはそれを極力使わせないよう、あらかじめそれらを破壊する、もしくは使えないように城の周辺に何らかの仕掛けを施しておくのが、常道である。
しかし、今回のこの戦において、汝南側は井蘭の組み立て作業を妨害もせず、かと言って、見た目ではっきりと分かるような仕掛けは城の周辺には何もされておらず、楽進も李典も于禁も、それらを警戒し暫く攻城は見合わせるべきでは、と。総大将である張繍にそう進言したのであるが。
「ふん。袁術などと言う餓鬼に仕える様な愚者どもに、そんな知恵が回るわけが無いわ。単に我が方の威容に臆して引っ込んでいるだけであろうよ」
張繍は攻城に対して危惧を抱く三人にそうはっきりと言い切って見せ、大将の権限で有無を言わせず攻撃開始を命じたのである。そしてとにもかくにも、そうして大将の命が下された以上、軍という集団においては確固たる理由の無い限り、それに従う他も無く。
不安の完全な払拭も出来ないまま、楽進たちは井蘭隊を率いて汝南の城へと迫り、一斉攻撃を開始。汝南側もそれに応戦し、激しい矢の雨の応酬が両軍の間で続けられた。
「ちっ。やはり井蘭だけでは上手くいかんか!だがこれで向こうの意識は門から離れている筈!真桜!」
「応!いよいよウチの出番やな!李典隊!今から城門に突撃するで!ウチの螺旋槍で門をぶち抜いたる!」
「于禁隊は李典隊の援護に回るのー!蛆虫どもー!真桜ちゃんに矢が当たらないよう、死ぬ気で守るのー!」
矢の応酬が両軍の間で続く中、楽進は城門付近への相手の警戒が薄れている事を察し、李典に対して最後の手段に出るよう指示を出した。李典の持つ彼女の武器、螺旋槍は、その見栄えだけでなく、持ち主の気によって実際に回転し、少々の岩盤位なら兵器で砕いてしまう、ドリルとしての能力も持っている。
楽進たちは当初から、これをここ一番で狙う、その腹積もりで居たのである。もっとも、全ては井蘭というとても目立つ存在があったればこそ出来る手段なので、その井蘭そのものが組みあがるまでに犠牲になった兵士達の事を思うと、心苦しいものが彼女らにはあったが。
「けど、そんな犠牲も全て無駄や無い!此処までに門に与えた損害や欠損はかなりのモンのはずや!ウチ一人の螺旋の衝撃でもぶち抜けるほどになあっ!」
周囲を自らと于禁の隊の兵たちに守られながら、李典が門を目掛けて一目散に駆けていく。もちろんそれと同時に螺旋槍に己の気をやり、その先端部分を激しく回転させながら、彼女は一気に汝南の城の門を撃ち貫きにかかった。
「いけやあああああああっっっっっ!」
「……そう簡単に行くと思うな!真桜!」
「んなっ!?」
李典の螺旋槍が門を貫こうとしたまさにその瞬間、彼女と門の間に突如として降って降りた物があった。それは、人の胴体ほどもあろうかと言う太さをした、巨大な“矢”。そして門を目掛けて突き出された李典の螺旋槍は、その矢の胴部分に当たってしまい、その先端には大きなヒビが刻まれていた。
「な、なんなの、あの馬鹿でっかい矢は!沙和、あんなおっきな矢、見たことないのー!」
「そんなもの、誰だって見たことなど無い!真桜!無事か!」
「あ、ああ。ウチは無事やけど、今ので螺旋に亀裂が入ってもうた……っ!これじゃあ、螺旋は暫く使いもんにならん……っ!何処の誰や!……ウチの攻撃の邪魔をして、螺旋まで壊してくれた上に、ウチの真名まで呼んだどたわけは!」
きょろきょろと。李典は憤怒の形相で自分達のその周囲を窺う。傷だらけの城門に代わり、今はそれがその役目を果たしている巨大な矢。それを寸手のところで李典と城門との間に撃ち込むという、そんなとんでもない離れ業をやってのけたその人物を。
「……なんだ。暫く会わない内に、兄妹弟子の声すら忘れちまったのかよ。え?李曼成?」
「……へ?ちょ、兄妹弟子……?つーことは……千州兄?」
『……は?』
つい、と。声のした方へと李典たちがその視線をやれば、そこに居たのは遥か頭上の城門の上の、更にその上に造られた楼閣の上から、したり顔で李典たちの事を見下ろす陳蘭だった。
「こうして直接会うのは何年ぶりだ?元気そうじゃねえか、真桜?……まあ、こうして戦場で敵味方になってるってのは、妙な感覚だけどよ」
「それはこっちの台詞や!つか、このアホみたいにでかい矢は、千州兄が撃ったんか?!」
「撃った、っていうより、たいみんぐ…じゃねえ、機を見て下に落としただけだけどな。いやあ、大は小を兼ねるといっても、やっぱ限度っつうものがあるな。人間よりでかい矢なんざ、こうして使うより使い道がねえんでやんの」
はっはっは、と。陳蘭はそう豪快に笑いながら、先ほどの矢がただの失敗作の流用でしかない物だと言い、未だに呆気にとられている李典達を、さらに呆然とさせたのだった。
「あ……相変わらず、なんちゅうか……」
「あれが……お前が前に言っていた、兄弟子とやら……なのか、真桜?」
「ああ。陳白洞。発想力にしても技術力にしても、ウチとは比べもんにならん位のお人や。ただまあ、ちっとばかし、内向的思考に偏りがちなのが残念やけどな」
「……おいこら真桜!人の陰口は本人に聞こえないようにしろよな?!……でもまあ、時間は十分稼げたから、今回は大目に見てやるけどよ」
『え』
時間稼ぎ、と。陳蘭が言ったその一言で、はた、と。とてもまずい事態に自分達が陥った、そう直感した楽進たち。そしてそれを裏付けるかのように、見計らったかのようなタイミングで、本陣に残っている張繍からの伝令が三人の下へと息を切らせて駆け寄ってきた。
「ほ、本陣より急使!西より敵軍が迫って来ております!その数二万!」
「げっ!袁公路の本隊がもう来たんか?!」
「ちっ!攻城はここで中止だ!真桜!沙和!一旦本陣まで退くぞ!」
「了解や!」
「分かったのー!」
伝令からの報せを受け、躊躇する事無く即座に撤退を決断した楽進たち。
「……良い判断してるじゃねえか。けど、もうちょい、それが早かったら良かったけどな」
楽進たちが眼下で慌しく動こうとし始めたのを見た陳蘭は、その一言を呟いて後、さ、と。右手を高々と掲げて見せた。そしてそれと同時に、突如として楽進達の左右から地響きにも似た音がこだまし始める。
「なんや?!」
「て、敵襲なのー!」
「城内に居た部隊か!だが何時の間に!?」
「良く聞いとけお前ら!戦いに集中するのはいいが、前ばっかりに意識を向けすぎだ!城には最低三つ、門があることぐらい念頭において置け!」
『……ああっ!』
要するに。楽進達は汝南の城にある三つの門の内、北側の門だけを集中して攻撃をし続けていた。もちろん、それを迎撃する陳蘭の部隊がそれを真っ向から受けてたち、その意識を惹きつけ続けていたと言うこともあるが、それを差し引いても、楽進達の戦術眼は狭すぎた。
それを彼女達自身の未熟と言ってしまえばそれまでかもしれないが、もしこの汝南攻略軍の大将が張繍でなく曹操だったら、彼女らの視野の狭さを陳蘭たちが突く事は出来なかっただろう。そしてその点を陳蘭達に指摘することが出来た、先頃仕官したばかりの流れの客将、戯志才、程立の二人が居なければ、事態はまた違った形になっていただろう。
「さあ、皆!楽しい楽しい大手術の時間よ!特にそこに居る“患者”三人!この私雷薄が手ずから執刀してあげます!観念して治療を受けなさい!ニュフフフフフフ〜!」
「現場での部隊指揮も久々やけど、腕の方はまだ鈍っちゃおりまへんえ!さあ、この魯子敬の相手、だれぞかかってきなはれ!」
それぞれ数自体は一千づつ位だが、撤退を始めたばかりで右往左往している曹軍の者達にとっては、巨大な鉈を片手に笑いながら迫り来る雷薄と、戦用に男装というか妙に派手派手しい衣装を着た魯粛という、そんな二人を先頭に迫ってくる敵の部隊は、相当以上の恐怖を彼らに与えるに十分だった。
「あ、オワタ」
「……儚い人生だったの〜……」
「真桜!沙和!そんなに早く諦めるな!まだ全方位を囲まれたわけじゃない!とにかく此処は退くぞ!」
そして。
楽進達はなりふり構わず、兵に混じって逃げる事により、何とか雷薄と魯粛の追撃を振り切ることに成功し、生き残ったわずかの兵と供に張繍の本隊と合流。再びその体勢を立て直し、西から迫る袁術の本隊、そして汝南の城から全軍で討って出た陳蘭たちの部隊、その双方との決戦へと望むのであった。
ちょうどそれと時同じ頃。江夏に孫堅の援軍として手勢を引き連れ向かった一刀と諸葛玄は、もう間も無く陥落しようとしている江夏の城、それがその視界に捉えられる所にまでたどり着いていた。
「これは……一体、何がどうなっているんだ?」
「……嫌な予感がありありと、ですねえ……」
江夏の城のその付近にまで到着し、自身の部隊に戦闘準備を整えさせた所で、一刀達は少々おかしなことに気がついた。それは、陥落しようとしている江夏の城、その城壁の上に翻っている旗が、彼の思って居たものとはまったく別の、だが、一刀も諸葛玄も良く知っている旗だったからだ。
「なんで、江夏の城の方に、“孫”の旗が揚がってるんだ……?」
そう。それは間違う事なき、孫家のシンボルカラーである赤に染め上げられた、金色の字の孫の旗。つまり、孫堅文台、その人の旗だった。
「……全隊、第二戦闘体勢のまま、ここで待機!物見!城と荊州軍、その双方に間諜を放て!」
「はっ!」
このまま荊州軍に合流するのは危険。そう一刀が判断するのは当然だった。当初の報せの通りであるなら、江夏の城に挙がっているのは黄祖という人物の事を示す、『黄』という字の旗で無ければいけない。だが、実際に城に挙がっている旗はそれでは無く、孫堅のもの。
「……文台さん……なにか、罠にでもかけられたか……?いや、でも、文台さんに援軍を要請したのは、あの蔡徳珪さんの筈。あの人が、文台さんを罠に嵌めるなんて、俺には到底考えられないし、信じられない……っ!」
「報告!間諜が戻ってまいりました!」
「っ!報告を!」
「はっ!江夏の城にはやはりその旗が示すとおり、孫文台公の軍が、かなり疲弊した状態で籠城中とのこと!荊州軍の方には、『蔡』と『黄』の旗が並んで立っているとのこと!」
「ちっ……!最悪の事態、かよ……!徳珪さん……なんで……っ!」
「いやはや。これはどうしたものでしょうかねえ。なんとか、蓮樹ちゃんなり徳珪さんなりから、ことの事情を聞ければいいんですが」
江夏の城は荊州軍によって完全に囲まれており、猫の仔一匹どころか蟻の這い出る隙間も無い、完璧な包囲網が作られていると。物見からはそう、その報告に含まれていた。
「……どうしますか、一刀君。堂々と荊州軍に合流するのは下策。かと言って、その包囲を破っての蓮樹ちゃんとの合流も下策です。もちろん、上策は双方との意見交換なんですが、この状況では到底無理でしょうし。中策は」
「……美羽様との合流、でしょ?今ならまだ、荊州軍もこっちに気付いていないでしょうから」
「そういうことです。……で?どうします?」
「……秋水さん。俺が美羽様から受けた命令は、“文台さんの援軍”です。なら、答えは一つだけ、ですよ」
にっこりと。この場での判断を諸葛玄に求められた一刀は、その彼に対して不敵に笑って見せた。そして、荊州軍による囲みを突破し、孫堅を援けるために江夏の城へと向かう意思を、その場ではっきりとさせたのだった。
「……分かりました。なら、あの囲みを破る方法、何か考えないといけませんが、一刀君には何か考えでも?」
「……ちょっと、無茶をする事になりますけど、ね」
「はは。君の無茶は今に始まった事じゃあないですからね。で?僕は何をすれば良いわけですか?」
「秋水さんにはですね……」
そうして、それから半日ほど過ぎた頃。夜の帳がすっかり落ちた時刻、荊州軍の輜重隊にて小火騒ぎが起き、また別の所では発情した雌馬が一頭、軍馬の中に何処からとも無く突っ込んできたため、荊州勢の一部で大混乱が起きた。その混乱が収拾され、部隊の配置が元に戻ったのは、それから二刻もした後の事だった。
そして夜が明け、見張り番の兵が交代要員と替わろうとした時、ふと見上げた江夏の城の城壁には、先日までに翻っていた孫の旗以外にもう一つ、『十』の字の描かれた純白の旗が翻っていたのだった。
〜続く〜
説明 | ||
久々更新仲帝記。その第三十三羽です。 前回の続きから、汝南での攻防戦を主としてお送りします。 なお、前後編で終らせる、最初はそのつもりで居ましたが、 書いてるうちにそれではすまなくなったので、急遽三部に分けることにしました。 では、お話の方をどうぞw |
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コメント | ||
「敵第三派、撤退しました!」⇒三波(黄金拍車) 龍々さま、それどっちも怖いです!Σ(゜Д゜;) 美羽たちと孫家の確執はもうじき・・・・です。(狭乃 狼) 神木ヒカリさま、そっちはそっちでちゃんと、意味ある伏線・・・のつもりなんですけどね(おw(狭乃 狼) summonさま、そう、二人ともまだ、偽名&改名前なんですねえwそれが何を意味するかは・・・さて?ww(狭乃 狼) 満面の笑みで鉈振りまわすのと、目のハイライトが消えた笑顔で振りまわすの、どっちが怖いですかね? けどますます美羽が呉勢に恨まれる理由がない様な?(龍々) 援軍が来れば都合がいいなんて言うからもしかしてと思ったけど、違う意味なんですね。考えすぎか。(神木ヒカリ) 風達も汝南にいるんですね…美羽たちの味方なのか、それとも。まぁ、まだ程「立」なんで、誰かに仕えているわけではないと思いますが、さて…(summon) 神木ヒカリさま、えー、一応、その辺につながりはありません。タイミングがたまたま重なった、それだけですw(狭乃 狼) YYT−ZUさま、ひ○らしのレ○は怖すぎますってwwまあ、相手からしたらそれぐらい怖く見えるでしょうが(あw(狭乃 狼) ノエルさま、雌馬のくだりは単なる偶然。意図して書いた分けじゃあないんですが、まあ、よくある手段ですわなw L5モード・・・僕はそのネタ分かりません(おw(狭乃 狼) 張繍が何か企んでいるみたいだな。まさか蔡瑁と繋がってる?(神木ヒカリ) 笑顔で鉈を振り回しながら・・・美紗さん怖すぎでしょ。他の方も言ってますが。またL5モードって確かにぴったりだと思います(笑)ひ○らしのレ○みたいな感じだったらやだなぁ〜。血の付いた鉈をなめながら近寄ってきたら。怖っ(YYT-ZU) 「研者は久方に技匠に見え、白天は知己の理外に惑うの事」でしょうか。雌馬の下りは楠木正成のとった戦法が元ネタかな?にしても千州君と真桜の師匠・・・どんなチートなんだw美紗さんは・・・うん、L5モードと名付けようw次回も期待させていただきます。(ノエル) アルヤさま、ええ、ウザイですよwただ、それだけで終わるかどうか・・・(おww(狭乃 狼) 張繍ウゼぇ!傲慢さゆえにやられてしまえ。(アルヤ) 一丸さん、細かい事は気にしないように<蟻の件(おw さて、華琳がなんで張繍を登用したのか、それはまたちょっと後のお話ではっきりします。堅ママについては・・・・・・(遠い目(狭乃 狼) 「猫の仔一匹どころか有りの這い出る隙間も無い」・・・・蟻が這い出るかな?・・・・・なんで、曹操様はこんな無能そうなやつを登用して、しかも重要な役に就けてるんだろう?おかしいよね?・・・・・あと、これが大事だけど・・・・・堅ママ無事でいてえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!(一丸) 叡渡さま、美紗、怖いですねえ。ハイw 張繍がただのオッサンかどうかはまあさておき(お。蔡瑁の考えとは、そして堅ママの運命は?その辺、次回で(多分)はっきりとする・・・はずw(狭乃 狼) mokitiさん<ハイ。千州と真桜は兄妹弟子ですw なお、汝南の戦い、まだ終ってませんですよ?美羽の本隊合流して、そして・・・ですからw(狭乃 狼) やはり、千州と真桜は兄弟弟子でしたか。とりあえず汝南では袁術軍に軍配があがった形になりましたが、さて江夏では!?続きに期待!!(mokiti1976-2010) 劉邦さん<劇薬入りの瓶って・・・(汗 怖い笑顔はたしかにそうだけど(おw (狭乃 狼) オイオイ、ヤバイよ! 『美紗さんが怖い笑顔で汚物は消毒よwwwwwww!?』って言いながら劇薬の入った瓶を投げまくってるよwwwww!?Σ(゚д゚lll) 正しく、タグにある恐怖の看護医師だよwwww!! 後、何やら腹に一物を抱えてる奴がいるなww。(劉邦柾棟) 戦国さま、あんまり無い(こら)千州メイン的お話回でしたw 後書きは、前〜後編とかに分ける際は、最後の後編にしかしない方針な僕ですw(狭乃 狼) さて、一刀たちはどんな行動に出るのだろう?・・・今回は千州、けっこう活躍した。な巨大な鉄の矢か・・・・その内バリスタ砲を作り出しそうw・・・次回作頑張ってください。今回はあとがきコーナーは無いのか(戦国) yoshiyukiさま、はい、大ミスです(汗;www 気をつけておいたはずなのにどうしてこうなったんだろう・・・(^ω^;)(狭乃 狼) 最後のほうで、「発情した雌馬が一刀」とあるけど、一刀は雄馬(種馬?)ですよね。 それとも、一刀→一頭の間違い?(yoshiyuki) 三郎べぇ=昌鹿毛さま、堅ママの安否は次回ではっきりしますよ。結果がどうあれ、ね・・・。 (狭乃 狼) ソンケン様は大丈夫かなぁ?(三郎べぇ=昌鹿毛) 劉邦柾棟さま、はい、たった今気付いて直しましたw ・・・で、お話の感想は?(おww(狭乃 狼) 誤字情報です。 中編が後編になってますよ?(劉邦柾棟) |
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