ちびっこマスター! そのさん
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−話術スキルA-

 

――さて問題です。

私達は、いつまでこの姿で居ればいいのでしょうか?

 

と。

 

士郎と凛が根本的な問題に気づいたのは、アーチャーを召喚してから二日目の朝のことだ。

実は、一日二日で元に戻ると思っていたらしい。

 

「原因が分からなければ、元に戻るも戻らないもないだろう」

アーチャーがすっかり綺麗になった食堂とキッチンを往復しながら、そんなことを言い出した凛に返す。

「う。原因かあ……」

凛が朝食後のお茶を手にしたまま呟くと、セイバーが声をかけてきた。

「問題の魔術を解除すればよいのでは?」

魔術の失敗でこうなってしまったのだから、術を解除すれば元に戻る。簡単な理屈だ。

「うーん。元々ある術のアレンジでの失敗だから、その解析からやらないと。術の効力切れを待つわけにも行かないし」

「全く。本当に何をしてたんだ君らは……」

「あ」

呆れ顔でアーチャーが言うと、それを遮るように士郎が顔を上げてきた。

「しまった……っ」

「シロウ? どうしたのですか」

セイバーの問いかけに、士郎は青ざめた顔で彼女と凛とアーチャーを見る。

「俺、藤ねえに、昨日は向こうの家で飯作るって言ってたんだ……」

「え」

向こうの家とはもちろん、坂向こうにある、士郎の実家のことである。

「日本に帰って来た時、色々忙しくて当分はこっちに居っぱなしになるからってことで、帰ってきた日に、藤ねえのとこに顔出したんだよ。

で、約束したんだ。『一段落したら、昼と夜。藤ねえの好きなもの何でも作るぞ』って。

一昨日には一段落するはずだったから、昨日が約束の日で……」

「え」

「え」

……つまり、藤ねえは丸一日待ちぼうけを食わされて。

「桜も呼ぶとか張り切ってた…………」

みるみる青ざめていく三人の表情に、アーチャーも大体のことを察する。

「なるほど……だが、そんな姿では断るしか」

その時、待ちきれなくなったとばかりに、居間の隅に設置された電話のベルが、大きな音で響き渡った。

 

 

     *****

 

 

坂道で構成された深山町。

坂上の一番高い所に位置する遠坂の館から、坂を下り、反対側の斜面中腹に建つ衛宮の屋敷までは、歩いて二十分くらいの距離にある。

その距離を、まるで数千メートル級の山道を歩くような重い足取りで、士郎と凛とセイバーは歩いていた。

アーチャーはごく普通の足取りだ。

 

さっきの電話の主はもちろんというか当然と言うか、藤村大河その人だった。

『セイバーちゃん!? そっちに士郎居る? ひどいんだよーもーっおなかぺこぺこで待ってたのにーっ』

などと、代表でセイバーが電話に出るや否や一気にまくし立てるものだから、つい、これから向かうと約束し てしまったのだ。

幸か不幸か、今日は部活も休みな日曜日なので、藤ねえに用事が出来る予定はないらしい。

 

そんなわけで細い路地を歩きながら、凛がセイバーに向かって口裏あわせの内容を打ち合わせている。

「私と士郎は遠坂の遠い親戚の子。私達の親が急な事故にあって、その処理をするために、二人はロンドンに戻っていったの。アーチャーは私達の付き添いで、セイバーは留守番を預かるためにここに残った。いいわね?」

「タイガも桜も、そんな嘘が通用する相手とは思えませんが……」

「通用しなくてもそう突き通すのっ」

凛が眉間に皺を寄せてセイバーと話している後方で、士郎とアーチャーはゆっくりと歩いていた。

「……バレないわけがないと思うんだけどなあ」

「彼女は魔術の知識は全くないのだろう? そんなに聡い人物か?」

暗い顔で歩く士郎にアーチャーが尋ねると、彼の胸元にも届かない背丈の少年はひっくり返りそうなくらい顔を上げてアーチャーの顔を見る。

「だって藤ねえだぞ」

「ふむ……」

アーチャーは言われて磨耗した記憶をたどる。

 

藤ねえこと藤村大河は、衛宮士郎の保護者代わりだった女性だ。

衛宮士郎にとっては、誰よりも……凛やセイバーとはまた別の意味で……重要な人物で。

一応前回の聖杯戦争で、顔と性格は確認している。

 

しかし、大事な人だったことは分かっているが、細かい人柄といわれると、どうも思い出せない。

あの戦争で、磨耗していた当時の記憶を数多く取り戻した。だから、彼女のことも当然いくらかは思い出せているはずなのだが……。

うーん。フジムラタイガ……タイガ……。タイガー……。

 

「……タイガー道場とやらを運営していたような……」

「は?」

 

士郎の顔がぽかんとなる。

どうやらアーチャーの記憶は、別の所に繋がってしまった模様。

即刻忘れた方がいいとおもうYO★

 

 

     *****

 

 

そんなこんなやりながらも、歩いていけば目的地には着いてしまう。

 

細い坂道の先に現れた衛宮邸は、記憶と寸分変わらぬただ住まいで、そこにあった。

周りの景色も変わっていなくて、この一帯だけ時間がまき戻ったような感覚に包まれる。

 

そうして四人が門の前にたどり着くと、一人の女性が待ち構えていた。

「セイバーーちゃーん! ひさしぶりーっ」

ぶんぶんと手を振っているのは、僕らのBAD・ENDの味方、タイガー道場のタイガ師匠……ではなくて藤ねえだ。

もう三十路に手が届こうと言う年頃なのに、見た目も雰囲気も、士郎たちが穂群原学園に通っていた頃と何一つ変わらない。

「お久しぶりです。タイガ」

「もー久しぶりすぎだよーっ。士郎ってば約束をすっぽかすし、桜ちゃんと二人、くうくうおなかすかせて待ってたんだよ……お?」

ぷんぷんと怒っている様子の藤ねえだったが、ふと、その視線が背後で止まる。

「こっちのでっかいお兄さんは?」

「え、ええと彼は凛の知人で実は……」

とセイバーが打ち合わせた話を始める前に、藤ねえの視線は既に、アーチャーの背後に隠れていた小さい人二人に注がれていた。

 

「あれ?」

「う」

「あ」

 

藤ねえが身体を伸ばしてアーチャーの背後を覗き込むと、二人はさっとその死角にまわりこむ。

 

「あれれ??」

「きゃっ」

「わわ」

 

ぐるーんと回り込んで近づくと、ちびっ子ふたりがぐるんと逃げる。

 

「あれれれれー?」

「きゃーっ」

「わーっ」

 

ぐるぐると追いかけっこをはじめる三人。

ぐるぐるぐるぐるアーチャーを軸にして。

そのうちバターになるんじゃないかという勢いで。

 

 

 

三人ではなくてアーチャーの目が回りそうになった頃、追いかけっこは藤ねえの勝利で終わった。

 

「つーかまえたっ」

「わわわっっ」

「うきゅっ」

 

両手で子供二人を抱き捕まえ、その顔を覗き込む。

「士郎と遠坂さん、どうして子供になっちゃってるの!?」

「バレてる!?」

誤魔化すより先に思わず叫んでしまい、凛はあわてて自分の口を両手でふさぐ。

三人を見ていたアーチャーも、さすがに驚いた表情だ。

「あ、いややや。そうじゃなくて違うんですっ。私と士郎は私と士郎じゃ無くて」

「ちっちゃいけど、何処から見ても士郎と遠坂さんよね。こんな子たちほかに居ないもの!」

 

全く誤魔かせてない遠坂凛さんと、誤魔化されるはずが無い藤村大河先生。

 

その横で、士郎はやっぱりなあという顔をしつつ、どうやって説明するか必死に頭をめぐらせていた。

(うーん。倫敦で凛が手に入れた不思議なツボの呪いでこうなったとか……嘘過ぎていくら藤ねえでも信じないな。

蔵にある、爺さんが世界中ふらふらしてた時手に入れた変な置物の呪いでこうなったんだ。とか。

切嗣なら何があっても不思議じゃないと納得してくれないかなあ……)

 

そんな風に考え込んでいる間にも、藤ねえは凛を質問攻めに浴びせている。

「二人ともタイム風呂敷でも被っちゃったの? 宇宙人にさらわれた? キャトルミューティレーション? 体とか頭とか変な所無い? 学校にはもう一度行きなおすの?」

 

というか、何気に混乱してないですかこの人。

 

ぎゅうぎゅう抱きしめながら話し続けているので、そろそろ凛と士郎が苦しげな顔になってきたのだけれど、ア ーチャーが口をはさもうにも、余計な手出しをしたら、更に自体を悪化されるのではないだろうかと言う不安に駆られて動けない。

 

どうしたものか……と、その時。動いたのは、やはり金の少女だった。

 

「タイガ。どうか落ち着いてください」

「はっ」

 

藤ねえの手をむんずと掴むと、その中から凛と士郎を救出する。

そして二人をアーチャーに渡すと、セイバーは藤ねえの前にしゃがみこみ、まっすぐに目を合わせた。

「タイガ」

「あ、セイバーちゃん。二人とも一体どうしちゃったの?!」

藤ねえがまくし立てようとすると、セイバーはス……。と彼女の口元前に手を出して黙らせる。

その態度に、さすがの藤ねえも大人しくなった。

 

静かになったところで、ようやっとセイバーが口を開く。

 

「実は、これには深い事情があるのです」

 

そこでいったん口を閉じると、セイバーはとうとうと話し始めた。

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「話は十数年前に遡ります。衛宮切嗣がまだ現役で世界中を飛び回っていた頃、彼は英国のコーンウォールで、とある聖遺物を手に入れるための調査をしていました。

怪しい情報があれば飛びつき罠にかかり、これだと言う情報で深夜の墓地に忍び込めば、警察に追われるという苦労を重ね続けていたそうです」

「まあ……」

 

(切嗣、そんなことをしてたんだ……)

(嘘に決まってるでしょ!)

 

ともかく、セイバーは藤ねえを丸め込むつもりらしい。残された三人はその様子を静かに見守る。

 

「そんなある日、偶然立ち寄った街で、黒髪ショートカットに眼鏡にカレーの武闘派シスターが、その情報を知っているという噂を聞きつけた切嗣は、早速教会に向かいました。もちろん嘘でした。

万策尽きた切嗣は教会を後にすると、その辺の石垣に腰を降ろし、牛を眺めながらクリスプスサンドをかじっていたそうです。

と、その時! 突然空から光が降ってきて、目の前の牛がふわりと浮かびあがったのです!」

 

「牛が!?」

(空に!?)

(浮かび上がっただと!??)

(だから嘘だってばっ)

 

思わず凛が突っ込みを入れるが、セイバーの話に耳を傾ける藤ねえは真剣だ。

というか、セイバーの妙な迫力に押されていると言うかなんと言うか。

 

自信満々な口調。

澄み切った翠の瞳。

 

何処をどう切っても嘘八百なのに、何故か妙な説得力がある。

 

「牛は空に浮かぶアダムスキー形UFOの中に飲み込まれていったそうです。

切嗣が唖然として見ていると、しばらくして内臓を空にした牛の死体が降ってきました。キャトルミューティレーションにやられてしまったのでしょう。

ですが話はそこで終わりません。

その直後、二匹の宇宙人がUFOから落ちてきたのです!」

 

みょんみょんと電波が流れてきそうな話に、藤ねえは食い入るように聞き入っている。

 

「宇宙人は白い化け猫と黒い化け猫の姿をしていたと聞きました。

二匹の化け猫は仲間割れを起こしたのか、空から落下しながらも、血で血を洗う戦いが繰り広げられて いたそうです。

人のメシを横取りするなとか何とか。

確かに人の食事を横取りするのは罪悪ですが、殺し合いまで発展するのはどうかと思います」

 

(セイバーがそれを言うか)

(セイバーがそれを言うんだ)

(セイバーがそれを言うのか……)

 

一瞬だけ傍観者の心が揃ったけど、セイバーの話は止まらない。

 

「切嗣はその戦いの激しさに、このままでは周囲が全て焼き払われるのではないかと心配になり、近くで草を食んでいた牛を一頭捕まえると、彼女らの方へ投げつけたのだとか。

すると化け猫たちは一瞬で牛を美味しい料理に変え、食べつくしてしまったそうです。

二匹は戦いを止めてくれた切嗣にたいそう感謝して、聖遺物の本当のありかと、一つの怪しい人形をプレゼントしてくれました」

 

(ところで……聖遺物ってなに?)

(……アレだろ)

(……アレなのか?)

 

イギリスだし、コーンウォールだし。

UBWルート後の場合、今も士郎の中に入ってるアレ。

 

(じーさん、そんな経緯で手に入れたのか……)

(複雑だな……)

(だから嘘だってばっ)

 

がっくりしている二人に凛が突っ込んでいる間も、セイバーの口はペラペーラと絶好調だ。

 

「おかげで切嗣は無事に目的のものを手に入れて、依頼主に送り届けたそうです。貰った人形は家で待 つ娘にあげるつもりだったそうなのですが、忙しくて機会が無いうちに、結局仕舞い込んだまま忘れてしま ったようです。

……その人形が、先日こちらに戻ってきた時、屋敷の切嗣の部屋から出てきまして」

 

「お人形が?」

「はい。件の化け猫をかたどった、不気味な人形だったのですが……実は、その人形には呪いが」

「のろい……」

「ええ」

そこでセイバーはため息をつく。

「私はその呪いの話を聞いていたので止めたのですが、士郎と凛が面白がっていじりまわしているうちに、呪いが発動しまして。

二人はあのような姿に」

 

そこで藤ねえの視線が士郎と凛の方に向く。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

思わず見詰め合ってしまう二人と一人。

 

(まさか……)

(あれで信じたりしてないよな……)

凛と士郎がぼそぼそとささやきあう。

(セイバーも嘘ならもっとマシなものにすればいいものを……)

作り話にも程があるだろう。とアーチャーが嘆息する。

 

が。

 

「そうだったんだー。二人とも、怪しいものを面白半分でいじっちゃダメよ!」

 

 

 

 

信 じ や が っ た 。

 

 

 

 

「セイバーちゃん、二人の呪いって解けないの?」

「こういったことに詳しいロンドンの知人に調べてもらう予定です。当面は……このままかと」

「そうなんだー」

「い、いやいやいや。藤ねえ!?」

さすがに我慢できなくなった士郎が声を上げる。

「こんなヨタ話、本当に信じるのか!??」

「うーん。確かに不思議なお話だけど……」

藤ねえは腕を組んで考えたが、すぐににぱっと笑顔でうなずく。

 

「切嗣さんなら、何があっても不思議じゃないかなって!」

 

「ああ。そうですか……」

ぐったりした士郎と、何故か背中を向けて肩を震わせているアーチャー。

何かの幻想を壊されたらしいよ。

 

「ともかく、二人とも子供に戻っちゃったのなら、元に戻るまで保護者が必要ね。

私がちゃーん見ててあげるからね! 安心して!」

「タガ。私やアーチャーも居ますから」

「あ。そっかー。じゃあセイバーちゃんも一緒にがんばろうねっ。そういえば、あっちの背中向けてしゃがみこんでる黒い人は、お友達?」

「はい。凛の昔からの知人で、アーチャーと言います。

今は日本に遊びに来てくれているのです。家事が上手なので、シロウと凛がこうなってしまった今は大変世話をかけていまして」

「そうなんだー。アーチャーさん初めまして。私、藤村と言います。これからよろしくおねがいしますね!」

ぽーんと肩に手を置かれ、アーチャーは涙を堪えて立ち上がる。この辺はやっぱり大人だ。

「……よろしく」

 

そして二人が握手をしている横で「これでいいのか??」と頭を抱える子供二人の姿があったとかなかったとか。

 

 

     *****

 

 

その後、呼び出された桜にまで事情をばらされたり色々あったが、アーチャーが作った手料理で皆の再会を祝った後は、皆それぞれの家に戻っていった。

凛達もいったん遠坂の家に戻る。

衛宮の家は居間とキッチン周りだけはいつでも使えるようにしてあるが、他の部屋は一度きちんと空気を 入れ替え、布団類も干してからでないと使えないからだ。

 

夕方の道を歩きながら、士郎はセイバーに声をかける。

 

「よくとっさに、あんなつくり話が出てきたなあ」

「え? そうですか?」

「宇宙人とかのろいの人形とか。普通思いつかないだろ」

内容はでたらめだが、あまりに自信満々に話すから、一瞬信じかけたくらいだ。

しかしセイバーはきょとんとした表情で士郎に返す。

 

「ですが、実際に聞いた話ですよ。昔、切嗣の関係者から」

 

「え」

「人形も、確かまだ部屋にあるはずです。呪いが掛かっているかどうかは分かりませんが、禍々しい形はし ていましたね」

「え」

「タイガなら、切嗣のことを良く知ってますし、信じてくれると思っていました。よかったですね」

にっこりと微笑んでくるセイバーに、士郎はあいまいに笑い返した。

 

背後で黒い男の幻想が欠片も残さず壊された気配がしたが、それは気づかないことにしたそうな。

 

 

 

つづく。

 

 

※クリスプスサンド

ポテトチップのサンドイッチ。一般的かは不明だけど、某国では実在すると本で読んだよ。

説明
藤ねえに会うことになったセイバー・アーチャーと、ちびっ子化したままの士郎と凛。現状をどう誤魔化すか、凛は頭をめぐらせたけど、相手はあの藤ねえなので。■■■今回はイラストなしです。すみません。
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タグ
衛宮切嗣 藤ねえ アーチャー セイバー 遠坂凛 衛宮士郎 Fate 

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